1953
言葉の意味は誰が決めるのか
後期ウィトゲンシュタインと言語ゲーム
1953年、哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889–1951)の『哲学探究』(Philosophische Untersuchungen)が刊行されました。著者は二年前に亡くなっており、残された原稿を弟子や遺稿管理者が編集し、ドイツ語原文と英語訳を並べて出版した本です。そこには「意味とは何か」「人はどうやって言葉を理解するのか」「同じ規則に従うとはどういうことか」という、日常では深く考えずに済ませている問いが集められていました。
「水をください」と頼むとき、店で「水」と注文するとき、理科の授業で「水」を説明するとき。使う語は同じでも、言葉が果たす役割は場面によって変わります。誰かが「もういい」と言えば、それは会話を終えたいのか、十分な量を受け取ったのか、相手に怒っているのかを周囲の状況から理解します。辞書で語の意味を調べるだけでは、人が実際に言葉を使う姿のすべてを捉えられません。
ウィトゲンシュタインは若い頃、『論理哲学論考』で言語と世界の関係を論理の観点から考えました。後期の『哲学探究』では、道具を渡す建設現場、遊びの規則、痛みを訴える場面、数列を学ぶ教室などへ視線を移します。言葉は生活の中で働き、言葉の理解には人々が身につける実践が関わるという考えへ進んでいったのです。「言語ゲーム」「家族的類似」「生活形式」「私的言語」は、この転換を読み解くための重要な言葉になります。
「言葉の意味は誰が決めるのか」という問いには、話し手の意思、聞き手の理解、共有された慣習、規則を使う行為が複雑に関わります。ウィトゲンシュタインは、そのどれか一つを万能の答えにするより、具体的な場面で何を「意味が通じた」と判断しているかを詳しく調べました。日常のやり取りをもう一度見直すことで、言葉について当たり前に思っていた前提が変わって見えてきます。
CONTENTS
- 1953年、言語を問う哲学の新しい本
- ウィーンに生まれたウィトゲンシュタイン
- 初期の『論理哲学論考』では何を考えたか
- 初期から後期へ、考え方はどう変わったか
- 哲学を離れた時期とケンブリッジへの復帰
- 『哲学探究』はどう書かれたのか
- 1953年の刊行と版の違い
- 『哲学探究』の出発点にある言葉の考え
- 建設現場の四つの言葉が教えること
- 物を指して教えるだけで意味は伝わるか
- 「意味は使用にある」をどう理解するか
- 言語ゲームとは何か
- 遊びの規則と会話の規則
- 「生活形式」は言葉をどう支えるか
- 「家族的類似」が示す言葉のまとまり
- 境界の曖昧な言葉をどう理解するか
- 同じ規則に従うとはどういうことか
- 教わることと判断の基準
- 「私的言語」は成立するのか
- 「箱の中の甲虫」が問いかけること
- 「痛い」と言う言葉をどのように学ぶか
- 「見ること」にも言語が関わる
- 哲学の仕事をどう変えたのか
- 「理解した」と言えるのはいつか
- 数学と論理にも日常の実践がある
- 後期ウィトゲンシュタインが残した問い
- 略年表|後期ウィトゲンシュタインと『哲学探究』
- まとめ|言葉の意味はどのように生まれるのか
- 参考資料・出典
1953年、言語を問う哲学の新しい本
第二次世界大戦後の思想状況
第二次世界大戦が終わったヨーロッパでは、科学技術と政治の大きな変化を経験した人々が、人間の判断や言葉の働きを改めて考えていました。イギリスの大学では、数理論理学を重視する研究とともに、日常の言葉を詳しく調べる哲学が発展します。人が実際に発する言葉や、議論の中で生まれる誤解に目を向ける研究が注目されていました。
1953年に刊行された『哲学探究』は、この時代の哲学に大きな影響を与えました。書物の中心には、日常の言葉を理想的な形へ直すという課題より、すでに私たちがどのように話し、教え、理解しているかを丁寧に見る姿勢があります。戦後の新しい出版物でありながら、その思索は著者が1930年代から積み重ねた長い探究の結果でした。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
1951年に死去した哲学者の遺稿
ウィトゲンシュタインは1951年4月、ケンブリッジで亡くなりました。『哲学探究』は、著者が最終的な刊行形を決める前に残された遺稿から生まれた書物です。彼は長年にわたって文章を書き直し、順番を変え、同じ問題へ何度も戻っていました。死後、遺稿管理者と編集者が残された資料を整理し、1953年の出版へつなげました。
この成立事情は、内容の読み方にも関わります。章ごとに結論をまとめる普通の教科書とは違い、問いと例が何度も姿を変えて現れます。読者は著者の答えを受け取るだけでなく、言葉をどう考えてきたかという思考の途中へ参加するよう求められるのです。(参照:ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ文書館|ウィトゲンシュタイン資料群)
出版が新しい議論を生み出した
『哲学探究』は、意味と言語、知識、心の働き、数学の規則についての議論を大きく刺激しました。特に「意味は使用にある」という考え、言語ゲーム、私的言語をめぐる検討は、分析哲学の研究者たちが繰り返し取り上げる主題となります。発表後の解釈は一つに定まらず、何を主張している著作なのか自体が議論されてきました。
後期ウィトゲンシュタインの著作は、はっきりした定理の集まりとして読むとつまずきやすい構造を持っています。具体的な例を自分で考え、言葉の使い方が場面によって変わる様子を追うことが理解の入口になります。1953年の出版は、そのような哲学の方法を幅広い読者へ開いた出来事でした。(参照:ワイリー=ブラックウェル|『哲学探究』第4版の編集方針)
ウィーンに生まれたウィトゲンシュタイン
1889年の誕生と工学への関心
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは1889年、オーストリア=ハンガリー帝国の首都ウィーンの裕福な家庭に生まれました。青年期には技術や数学に強い関心を持ち、ベルリンで工学を学んだ後、1908年にイギリスのマンチェスターへ渡って航空工学を研究します。飛行機の設計に関わる数学や論理の問題が、次第に哲学への関心へつながりました。
工学は、計算や測定が何を意味し、どの手続きで正しい結果を得られるかを問う分野です。彼が後に哲学で扱う論理や数学の問題にも、この若い時期の関心がつながっていました。工学の訓練から哲学へ進んだという経歴は、20世紀の分析哲学の歴史の中でも特色あるものです。(参照:ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ文書館|ウィトゲンシュタイン資料群)
ラッセルとの出会いとケンブリッジ
ウィトゲンシュタインは1911年にケンブリッジへ赴き、哲学者バートランド・ラッセル(1872–1970)のもとで論理の研究を始めました。ラッセルとアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドによる『プリンキピア・マテマティカ』の研究は、数学の基礎を論理的に説明する大きな試みでした。ウィトゲンシュタインはその問題へ強く惹かれ、論理と命題の関係を考えるようになります。
その後、彼はノルウェーで思索に集中する時期を過ごしました。哲学の議論を進めるため、大学の制度や通常の授業から距離を置くこともありました。若いウィトゲンシュタインにとって大きな問いは、私たちが文によって事実を語れるのはどのような仕組みによるのかということでした。(参照:ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ文書館|ウィトゲンシュタイン資料群)
第一次世界大戦と『論理哲学論考』
1914年に第一次世界大戦が始まると、ウィトゲンシュタインはオーストリア軍へ志願しました。戦争中も哲学のノートを書き続け、論理、世界、言語、倫理をめぐる考えをまとめていきます。後に『論理哲学論考』となる原稿は戦争末期にほぼ完成し、1921年にドイツ語で発表され、1922年には英独対訳の書物として刊行されました。
『論理哲学論考』は、言葉が世界の事実を表す条件を、論理的な構造の観点から理解しようとした著作です。その精密な姿は、後の『哲学探究』と著しく異なります。ウィトゲンシュタインが一生の間に言語への考え方を変えたことを知るには、まずこの初期の挑戦を理解する必要があります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
初期の『論理哲学論考』では何を考えたか
命題が世界の事実を表す
『論理哲学論考』では、言語の命題が世界の事実を表現できる条件を考えます。「机の上に本がある」という文は、机と本がある関係に置かれた状況を語っています。その文が正しいかどうかは、実際の世界でその関係が成立しているかによって決まります。ウィトゲンシュタインは、このような言語と事実の対応を論理の側から探りました。
文が何かを語るとき、その文には世界のあり方を表せる構造があるという見方です。論理的な形は、個々の言語の違いを越えて成立する条件として考えられました。初期の研究では、命題がどのように世界の可能な状態を示すかという問題が中心を占めていました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
写像の考え方が持つ力
初期ウィトゲンシュタインの代表的な考えは、命題が事実の可能な姿を映し出すという「写像理論」です。地図が道路や建物の配置を一定の方法で示すように、文は対象同士の関係を表すことができると考えます。地図の記号と現実の建物は同じ形をしている必要がなく、対応の規則があれば場所を伝えられます。
この見方は、文が正しく世界を説明できるかという問題に明確な道筋を与えました。科学的な記述や事実の報告を考える際には、とても強い説明力があります。やがて彼自身が、命令、質問、冗談、挨拶なども含む言語の多様さへ目を向けるようになります。後期の探究が何を新しく問うたかは、この違いから理解できます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
語れないものをめぐる初期の問題
『論理哲学論考』は、何が命題によって明確に語れるかという境界の問題を扱いました。倫理や価値をめぐる問いは、この境界との関係で論じられます。論理的な分析によって哲学の混乱を解消しようという姿勢は、後の『哲学探究』にも別の形で受け継がれます。
重要なのは、初期と後期の思想を完全に切り離して考えないことです。ウィトゲンシュタインは両方の時期に、言葉に惑わされた哲学的な問題をどう整理するかを考えています。初期には命題の論理形式を重視し、後期には言葉の具体的な使われ方を追いながら、問題の立て方そのものを問い直しました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
初期から後期へ、考え方はどう変わったか
「言葉は何を表すか」からの転換
初期の著作を読むと、言葉の重要な働きは、世界の状態を表すことにあると理解できます。後期ウィトゲンシュタインは、人間の生活の中にある多くの言語活動を見て、記述だけを言語の一般的な型として扱うことに疑問を持つようになりました。命令する、励ます、冗談を言う、感謝を伝えるという活動は、それぞれ異なる役割を果たします。
例えば「ドアが開いている」という文は、状況の報告にも、誰かへ閉めるよう促す言葉にもなります。文の形が同じでも、人が何をしているかによって受け取られる働きが変わるのです。後期の探究は、話す行為が置かれている場面を丁寧に見て、意味の説明を組み立てようとしました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
ラムジーとスラッファから受けた批判
『哲学探究』の序文でウィトゲンシュタインは、初期の考えを見直すうえで、フランク・ラムジー(1903–1930)とピエロ・スラッファ(1898–1983)から受けた批判の重要性を述べています。ラムジーとは論理や数学について話し合い、スラッファとの長年の交流も考えを動かすきっかけとなりました。これは著者自身の序文に記された証言です。
思想の転換は、ある日突然に完成したというより、他者との議論や自分の著作の読み直しを通して進みました。序文では『論理哲学論考』の古い考えと新しい考えを対照させる必要も述べられています。読者が二冊を並べて考えることは、著者自身が意図した読み方と響き合います。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
説明よりも具体的な例へ
後期ウィトゲンシュタインは、言語の本質を一つの抽象的な定式で言い表そうとする習慣へ疑問を向けました。そこで行うのは、実際の言葉の使用例を並べ、どこで理解が生まれ、どこで取り違えが起こるかを見る仕事です。場面を変えて例を考えると、最初は当たり前だと思えた説明が限られた場合にしか通用しないことがわかります。
「意味」という語を理解したと思っても、その意味を同じ方法で説明できるのはどの場面でしょうか。人に物の名前を教えること、質問へ答えること、歌詞の一節を解釈することでは、手続きが違います。後期の哲学は、こうした細かな違いを見落とさないことから始まります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
哲学を離れた時期とケンブリッジへの復帰
小学校教師としての生活
『論理哲学論考』の完成後、ウィトゲンシュタインは哲学の研究から距離を取り、オーストリアの地方の学校で教師として働きました。子どもたちへ言葉や計算を教える仕事は、言語の理解が抽象的な説明だけでは完結しないことを考える経験ともなりえます。彼は後に哲学へ戻り、教育の場面に似た具体例をたびたび扱いました。
当時の教師としての経験から後期の思想が直接生まれたと決めることはできません。生涯を見渡すと、大学の論理学、地方の生活、再び始まる哲学の研究という大きな移動があります。日常の活動へ目を向ける姿勢を理解するうえで、この経歴は重要な背景になります。(参照:ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ文書館|ウィトゲンシュタイン資料群)
1929年、再び哲学の議論へ
ウィトゲンシュタインは1929年にケンブリッジへ戻り、哲学の研究を再開しました。初期の『論理哲学論考』を完成した人として知られていましたが、当時の自分の考えをそのまま繰り返すつもりはありませんでした。講義や対話の中で、意味の説明、理解の基準、数学の規則などを改めて検討します。
この時期の考察は、授業でのやり取り、口述された文章、手書きのノートとして積み重なりました。そうした資料の中で、後の『哲学探究』に使われる考えが少しずつ形成されていきました。実際に人と話すことが、言葉の働きを探る哲学の方法と結びついていきます。(参照:ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ文書館|ウィトゲンシュタイン資料群)
1930年代の講義と「青色本・茶色本」
1933年から1935年頃にかけて、ウィトゲンシュタインの講義や口述の内容は、後に『青色本・茶色本』と呼ばれる資料へまとめられました。これらの文章には、言葉の意味、理解、日常の使い方を具体例から考える議論が現れます。初期の論理形式への関心から後期の言語ゲームへ進む過程を知るための重要な資料です。
ある問題を講義で説明しようとすると、聞き手がどこでわからなくなるかが見えます。例を言い換え、別の場面を想像する作業によって、言葉の説明に隠れていた前提が明らかになります。後期の研究では、こうした方法が哲学の中心へ深く入り込んでいきました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
『哲学探究』はどう書かれたのか
1936–1937年に進んだ原稿の形成
ウィトゲンシュタインは1930年代半ば、『茶色本』を改稿する作業を進めた後、新たな原稿の形を探ります。1936年から1937年にかけての草稿には、後の『哲学探究』を特徴づける議論が現れました。言語ゲームが生活の中で成立するという「生活形式」の考えも、この時期の原稿の変化を通して発展したことが研究されています。
完成した理論を一度に書き下ろしたのではなく、同じ問いについて記述を選び直し、異なる例を組み合わせる仕事が続きました。草稿が残されていることによって、どの概念がいつ加わり、なぜ書き方が変わっていったかを追うことができます。文書館の資料は、哲学の考えが生まれる具体的な過程を教えてくれます。(参照:Nordic Wittgenstein Review|ジュリエット・フロイド「生活形式の概念の成立」)
1945年に書かれた序文
『哲学探究』の序文は1945年1月付で書かれています。ウィトゲンシュタインは、約十六年にわたる考察を短い断章として記し、その断章を一冊へまとめることに苦労したと述べました。さまざまな方向から風景を描くスケッチのように、自分の文章を考えていたこともわかります。
この序文を知ると、本文に同じ主題が何度も戻ってくる理由が理解しやすくなります。ある場所から見た風景を描いても、別の位置へ動けば見えるものが変わります。著者は言葉の問題を一つの視点で終えず、何度も見直す構成を選びました。読者が行うべき仕事も、答えを暗記することより視点を動かすことにあります。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
1947年の大学退職と晩年の執筆
ウィトゲンシュタインは1939年にケンブリッジ大学の哲学教授となり、1947年に職を辞しました。その後も哲学のノートを記し、心理学や確実性をめぐる問題へ研究を広げました。『哲学探究』の主要部分に関わる草稿は、彼の生前に幾度も検討されました。大学教授としての活動と、出版をめぐる迷いは並行していたのです。
原稿は1951年の死後も編集上の判断を必要としました。どの文章をどの順番で収めるか、後年の断片をどのように扱うかという問題が残ったためです。この事情は、読む版によって収録内容の位置づけが違うことにもつながります。著作の成立を理解することが、本文の解釈を助けます。(参照:ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ文書館|ウィトゲンシュタイン資料群)
1953年の刊行と版の違い
アンスコムとリーズによる編集
ウィトゲンシュタインの死後、遺稿を託された人々の中で、G・E・M・アンスコム(1919–2001)とラッシュ・リーズ(1905–1989)が『哲学探究』の編集に深く関わりました。アンスコムは英語訳も担当し、1953年にドイツ語と英語の本文を読める書物として刊行されました。遺稿管理者にはゲオルク・ヘンリク・フォン・ウリクトも含まれていました。
著者が書いた文章を読者へ届けるには、草稿の順序や語句の選択を整理する作業が必要です。編集者の仕事によって本が広く読まれるようになり、後に編集の判断について新たな研究も進みました。1953年の本は、著者の思考と遺稿を残した人々の活動が結びついて成立した出版物です。(参照:ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ文書館|ラッシュ・リーズ資料群)
初版に収められた二つの部分
1953年の『哲学探究』には、番号を付した多くの断章からなる第1部と、心理学に関わる話題を多く含む第2部が収められました。第2部を続けて収録することは編集者の判断に関わり、著者が最終的にどの形で書物を完成させるつもりだったかという問題が研究されています。本文のすべてを同じ時期に仕上げたとは考えにくい成立史があります。
初版の第1部には言語ゲームや家族的類似、規則に従うこと、私的言語などの代表的な議論が置かれています。第2部には、ある図形や言葉の見え方が変わる現象など、心理学と知覚に関わる考察が多く含まれます。この構成を知っておくと、後年の版で編集上の扱いが変わった理由がわかります。(参照:ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト|『哲学探究』成立史)
2009年第4版での整理
2009年に刊行された第4版では、英語訳や注の配置が見直され、従来「第2部」と呼ばれていた文章は「心理学の哲学――断章」という名称で扱われました。編集者たちはドイツ語原文の修正や注記の整理も行い、原稿の成立に関する説明を充実させています。版が変わると節の呼び方や本文の位置づけが変わる場合があります。
後期ウィトゲンシュタインを引用するとき、どの版の何節を参照しているかを確かめることが重要です。例えば言語ゲームや私的言語についての第1部の節番号は、多くの研究で共通の参照点となっています。成立の違いが解釈に関わる箇所では、原文と編集史をあわせて読むことで議論をより正確にたどれます。(参照:ワイリー=ブラックウェル|『哲学探究』第4版の編集方針)
『哲学探究』の出発点にある言葉の考え
冒頭で引用されるアウグスティヌス
『哲学探究』の第1節では、古代の思想家アウグスティヌスの『告白』が取り上げられています。そこには、子どもが大人の指さしや発話を見聞きして、言葉が物を指すことを学ぶ様子が描かれます。ウィトゲンシュタインは、この説明を出発点に、言語を理解する際に私たちが持ちやすい一つのイメージを明らかにします。
「りんご」と聞いて果物が思い浮かぶように、物の名前を学ぶことは言語習得の重要な一部です。この場面は私たちにもわかりやすく、言葉の働きの全体を説明しているように感じられます。ウィトゲンシュタインは、その説明で捉えられる言語の範囲がどこまでなのかを問い始めます。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
すべての言葉が物の名前だろうか
机や本、犬などは、指さして名前を教えやすい言葉です。「もし」「ありがとう」「なぜ」「痛い」といった言葉は、同じ仕方で一つの物を示すことが難しくなります。「赤」は色を表し、「三」は数え方と関わり、「待って」は相手の行動を変えようとします。言葉が果たす仕事は一つの種類に限られていません。
私たちは日常では、その違いをほとんど意識せずに言葉を使います。教室で教師が「三」と言ったときと、買い物で「三つ」と頼むときでは、何を行うかが違います。ウィトゲンシュタインは、この多様さを整理する前に、言語の意味を最初から物との対応として決めてしまう考え方を問い直しました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
名前を知ることと使えることの違い
新しい道具の名前を一度聞いただけでは、その道具を使えるようにはなりません。何をするときに取り出すのか、どのように扱えばよいか、誰に渡すのかを経験して初めて、名前が実際の行動と結びつきます。言葉を学ぶときにも、物に付いた札を記憶することと、場面に応じて使うことには違いがあります。
例えば「予約」という言葉を辞書で覚えても、店へ電話し、日時や人数を伝え、確認を取るといった一連の行動を知らなければ、予約するという活動を十分には理解できません。後期ウィトゲンシュタインは、言葉の意味を説明する際に、その言葉で人が実際に何を行うかを重視します。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
建設現場の四つの言葉が教えること
第2節に登場する職人と助手
『哲学探究』の第2節には、建設現場で作業をする職人と助手の短い例が登場します。職人が石材や部材の名前を発すると、助手はそれに対応する物を持ってきます。著者は、四種類の部材を示すわずかな語で成り立つ言語を想像しました。この例は、言葉が物と対応するという説明が実際に役立つ場面を示しています。
職人が一語を発することは、単に物の名前を知らせる行為にはとどまりません。助手に何をしてほしいかが、作業の習慣の中で了解されています。言葉が短くても、それを使う人々がどんな作業をしているかがわかれば、必要な行動が生まれます。ここに言語ゲームを考えるための手がかりがあります。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
短い言葉が命令として働く
例えば仕事中に上司が「書類」とだけ言うと、状況によっては書類を渡してほしいという依頼として理解されます。同じ語でも、整理棚の前で教えるときには物の名前を示す説明になりえます。文の長さや語の種類だけで、その発話が何をしているかを決めることは難しいのです。
建設現場の例では、職人と助手がすでに役割を共有しています。職人が発する語と助手の動作が一つの仕事の中で結びついているため、特別な文法的説明がなくてもやり取りが成立します。ウィトゲンシュタインは、言語を生活から切り離すと、この働きを見落としやすいことを示しました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
一つの例から言語全体を決めない
建設現場の言葉は、物の名前を呼ぶことで行動を生み出す仕組みとして理解できます。この説明はその仕事にはよく合っています。日常のすべての会話を同じ形へ置き換えると、質問、約束、冗談、歌、数の計算など、多くの活動を説明しにくくなります。ウィトゲンシュタインは特定の例の有効性を認めながら、その範囲を見極めました。
例えば「おめでとう」という言葉には、相手の出来事を喜び、社会的な関係を表す働きがあります。名詞で物を指すときとは違う役割を担っています。建設現場の例を出発点に、言葉がどれほど多様な働きを持つかを比べることが、『哲学探究』の大切な読み方になります。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
物を指して教えるだけで意味は伝わるか
指さしにも解釈が必要になる
人が色のついた鉛筆を指して「赤」と言ったとします。聞き手は、鉛筆の色を教えられたと理解するかもしれません。別の状況では、鉛筆の名前、形、素材、あるいはそこに置かれている物の種類を教えられたと考えることもできます。指さしの動作そのものは、どの特徴に注目すべきかをすべて決めてはくれません。
周囲の人が色の見本を並べていたり、「何色ですか」と質問していたりすれば、聞き手は色について教えているのだと理解しやすくなります。ウィトゲンシュタインは、言葉と物を結ぶ指示の仕方にも、それを解釈するための背景が必要だと考えました。言葉の学習は、手が示す方向を見ることからさらに広がっています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
「二つ」と教えるときに起きること
机の上にりんごが二つあるとき、教師がそれらを指して「二つ」と言ったとします。子どもは数を教えられたのか、りんごという種類を教えられたのか、判断に迷うかもしれません。数の言葉を使えるようになるには、目の前の物を見るだけでなく、別の物を数える活動にも参加する必要があります。
机の上に鉛筆が二本ある場面でも「二つ」が使えるとわかれば、数え方の働きが見えてきます。ウィトゲンシュタインは、教える側の指さしと聞く側の理解を、すでに共有されている行動の仕組みの中で考えました。単独の場面に置かれた言葉の意味は、その後の使い方と結びついています。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
身振りと授業の習慣が支える理解
人は言葉を学ぶとき、説明を聞くだけでなく、相手の身振りをまねたり、間違いを直してもらったりします。先生が「こっち」と言えば、子どもは手の指す方を見たり、そこへ移動したりします。その振る舞いが教える側の期待に合っているかによって、理解の程度が判断されます。
やがて子どもは、自分で「こっち」と言って相手を呼べるようになります。言葉が意味を持つことは、一度心の中に定義を入れることだけでは説明しきれません。さまざまな場面で人と応答し、何がうまく通じるかを学ぶ時間が含まれています。ウィトゲンシュタインが重視したのは、この実践の厚みでした。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
「意味は使用にある」をどう理解するか
第43節の言葉を正確に読む
『哲学探究』第43節には、言葉の意味をその言語における使われ方から説明できるという有名な記述があります。そこでは、すべての種類の「意味」が一つの説明に収まると断定されているのではなく、意味という語を用いる多くの場合について語られています。ウィトゲンシュタイン自身が例外や別の用法を考慮している点は重要です。
例えば「鍵」という語の意味を教えるなら、辞書で定義するほかに、実物を示し、ドアを開ける活動の中で説明できます。言葉をどう使えばよいかがわかることは、その語を理解しているという判断の有力な手がかりになります。後期の探究では、こうした手がかりを個別の例から調べていきます。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
同じ言葉が異なる仕事をする
「大丈夫」という言葉を考えてみましょう。困っている相手を安心させるときは励ましになり、作業を頼まれた人が答えるときには引き受ける返事になり、誘いを断るときには丁寧な辞退になることもあります。語形が同じでも、話し手と聞き手が何をしているかによって働きは変化します。
ここで意味を探るには、話した人の内面を推測するだけでなく、発話の前後のやり取りを見る必要があります。どんな問いへの返事だったか、相手はどう反応したか、その場にどんな習慣があったか。これらの情報から「大丈夫」がその場でどう理解されたかを考えられます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
使い方を見ることは辞書を否定することか
辞書は言葉の使われ方を整理して伝える重要な道具です。辞書に意味が載っているのは、人々がすでに多くの場面でその語を使ってきたからでもあります。ウィトゲンシュタインの視点からは、辞書の定義を読んで終わるより、その定義がどのような発話や行動をまとめているかを調べることができます。
例えば「約束」は将来の行為についての意思表示として説明できます。実際の約束には、相手との関係、引き受けた責任、約束を破ったときに起きることも関わります。言葉の意味を使用から考える方法は、定義が生活の中でどのような働きを担うかを理解する方向へ問いを広げます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
言語ゲームとは何か
言葉と活動が一緒になっている
ウィトゲンシュタインは、言語を使うことが生活の中の活動と結びついている点を示すため「言語ゲーム」という考えを用いました。勝ち負けのある遊びをたとえにしながら、命令や会話、報告などへ視野を広げるための言葉です。人が一定の場面で言葉を使い、相手がそれに応答する一連の活動を、言語の働きとして考えます。
例えば料理をしている二人が「塩を取って」「もう少し」「これでいい」と話す場面を考えます。言葉は材料や動作、相手の反応と結びついています。台所での仕事を離れて単語だけを並べても、その言葉が何をしていたかは十分にわかりません。言語ゲームという言葉は、この結びつきに目を向けさせます。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
報告・命令・祈り・冗談の違い
『哲学探究』第23節では、命令する、出来事を報告する、物語を作る、歌う、冗談を言う、感謝するなど、多くの言語活動が並べられています。相手に行動を求める文と、経験を語る文では、言葉に期待される仕事が異なります。人々は場面ごとに何が適切な発言かを学び、互いに理解しています。
「明日は雨が降る」という言葉が天気予報なのか、遠足を心配する話なのかは、使われる場面によって変わります。予報なら根拠が問われ、心配の表明なら相手が励ますこともあります。文の形だけを分析する方法に加えて、その言葉がどの活動に属するかを見ることで、言語の多様さが見えてきます。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
言語ゲームは一つに決められるか
私たちは一日のうちに、家族と話し、仕事で相談し、本を読み、メッセージを送ります。同じ人が異なる言語ゲームへ参加し、時には一つの会話の中で複数の働きを行っています。ウィトゲンシュタインは、言語ゲームの種類を完成した一覧として提示するより、その広がりを例で示しました。
例えば「それは面白いですね」は、真剣な賛同にも、皮肉にも、会話を進めるための相づちにもなります。どの働きがあるかを知るには、相手との関係や声の調子、会話の流れを調べます。言語ゲームの考えは、言葉の使い方が変化し、新しい活動とともに生まれることも見通せるようにします。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
遊びの規則と会話の規則
チェスの駒を覚えるだけでは足りない
チェスの駒にはそれぞれ名前があります。名前を覚えただけでは、棋士として対局できるようにはなりません。駒をどの方向へ動かせるか、どの手が認められるか、勝敗がどのように決まるかを理解する必要があります。ウィトゲンシュタインは、言葉の働きを考える際に、このようなゲームの規則との類似に注目しました。
例えばチェス盤の上で「王」と呼ばれる駒は、盤面で認められる動かし方によって役割が決まります。王冠に似た形は駒を見分ける助けとなり、ゲームの中ではルールが意味を支えています。言葉にも、語の音や形だけを見てもわからない使用上の役割があります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
規則を読むことと実際に従うこと
カードゲームの説明書を読んで、書かれている内容を理解したつもりでも、実際に遊ぶと迷う場面があります。新しい組み合わせが現れたときにどの規則を適用するか、例外をどう扱うかについて判断が必要になるためです。経験のある人の動きを見たり、間違いを指摘されたりして、プレーの仕方を身につけます。
言語の学習にも似た面があります。文法の規則を知っていても、目上の人への依頼や親しい人との冗談を適切に使うには、実際のやり取りが必要です。ウィトゲンシュタインは、規則が紙に書かれていることと、人がその規則に従って活動できることの関係を問いました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|規則に従うことと志向性)
新しいゲームが生まれるとき
遊びの規則は人々の活動の中で作られ、受け継がれ、時には変えられます。昔からある遊びにも地域による違いがあり、新しい道具や場所が現れると別の遊びが生まれます。言葉も同じように、新しい職業、技術、習慣によって使われ方を広げます。
新しいサービスや道具の名前が広まると、最初は説明を要した語が、やがて多くの人に通じるようになります。意味が社会の中で変わることを理解するには、いつ誰がどの活動で使い始め、どのように学ばれたかを見ます。言語ゲームという視点は、変化する言葉にも対応できる考え方です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
「生活形式」は言葉をどう支えるか
同じ日常を経験していること
ウィトゲンシュタインは、言語ゲームを人間の「生活形式」と結びつけて論じました。食事を用意する、道を尋ねる、働く、遊ぶ、痛みを訴えるといった活動を、人々は日常の中で学びます。言葉が通じるのは、その言葉で何をするかについて、ある程度共有された行動の仕方があるからです。
例えば駅で「何番線ですか」と尋ねた人には、目的地へ行くために乗り場を知りたいという事情があります。答える側も電車に乗るという活動を理解しているため、番号を示すだけで十分な説明になることがあります。言葉の働きは、人々が暮らしている世界の習慣と結びついています。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
定義の一致を超えた判断の一致
人々が同じ辞書を持っていても、毎回その場でどう使うかが食い違えば、言葉は通じにくくなります。ウィトゲンシュタインは『哲学探究』第241・242節などで、人間の言語における一致が、定義を合わせることだけでは説明できない点に注目しました。実際の場面で何を同じと判断するかにも、共有された実践が関わります。
例えば教室で先生と生徒が同じ計算の手順を使うとき、どの答えが正しいかを確かめる活動が成立しています。計算を学び、確認し、誤りを直す習慣の中で基準が働いています。生活形式という言葉は、定義の一致を支えるこうした学習と判断の背景へ視線を向けます。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
文化による違いと人間に共通する活動
生活形式をどの範囲の活動として理解するかは、研究者の間で議論されています。文化や地域による習慣の違いを重視する読み方があるとともに、人間が共有する反応や行動の形を考える読み方もあります。ウィトゲンシュタイン自身は生活形式の概念を何度も使いながら、その単一の定義を体系的に完成させてはいません。
例えば挨拶の方法は地域によって異なりますが、出会った人との関係を確認する活動には広い共通性があります。言葉と生活の関係を考える際には、共通するところと変化するところを両方見る必要があります。生活形式の概念は、その複雑な背景を探るための問いとなっています。(参照:Nordic Wittgenstein Review|ジュリエット・フロイド「生活形式の概念の成立」)
「家族的類似」が示す言葉のまとまり
遊びに共通する一つの性質はあるか
『哲学探究』第65節からの議論では、「ゲーム」という言葉が取り上げられます。ボードゲーム、球技、子どもの遊び、一人で行うゲームを並べると、勝敗を競うものも、楽しむことが中心のものもあります。すべてのゲームに同じ一つの性質を見つけようとすると、説明が難しくなります。
例えば勝つことを目的にしない遊びもあれば、厳格な競技規則を持つゲームもあります。複数の例を比べると、ある二つには共通点があり、別の二つには別の共通点があります。ウィトゲンシュタインは、一つの中心的な性質を求めるより、その重なり合いを詳しく見るよう読者へ促しました。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
顔つきや性格が似る家族の比喩
同じ家族の人々は、目元が似ていたり、話し方が似ていたり、歩き方が似ていたりします。全員が必ず同じ一つの特徴を持っているとは限りません。それでも複数の似ているところが重なると、家族としてのまとまりを見いだせます。ウィトゲンシュタインは、このような関係を「家族的類似」と呼びました。
「ゲーム」という言葉も、さまざまな活動が部分的に似ていることで一つのまとまりを持つと考えられます。そのまとまりは、辞書で一行の定義を見つけることだけで説明できるとは限りません。具体的な用法を並べ、どこが似ていてどこが違うのかをたどることに意味があります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
言葉の使い方を横断して調べる
「読む」という言葉を考えると、本を読む、相手の表情を読む、楽譜を読む、数値を読み取るなど、異なる活動があります。文字や記号を扱う点で似ている例があり、周囲の状況を解釈する点で似ている例もあります。用法を比べることで、「読む」がどのような場面に広がっているかがわかります。
家族的類似は、人々が具体的な例を比べ、適切な言葉の使い方を学ぶ中で見えてきます。新しい例が現れたときにも、何と似ていてどこが違うかを確かめられます。ウィトゲンシュタインは、言葉にまとまりが生まれる仕方を、単一の本質を決める方法から、似ているところを追う方法へ開きました。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
境界の曖昧な言葉をどう理解するか
明確な線がなくても使える言葉
「背が高い」「近い」「昔」という言葉には、どこからそう呼ぶかを一意に決めにくい性質があります。それでも人は多くの場面で迷わず使っています。「この駅は近い」と言うとき、歩く速さや目的によって感じ方が違っても、相手に役立つ情報を伝えられます。ウィトゲンシュタインは概念の境界が曖昧であることを問題にしました。
言葉を理解するために、必ず境界線を先に引かなければならないのでしょうか。第68節からの議論では、遊びの種類を考えながら、必要に応じて境界を定めることと、初めから完全な境界があることを区別します。実際の使用では、目的に応じた区別が働いています。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
正確さは目的によって変わる
料理をするとき、「少し塩を入れる」という指示で十分な場合があります。薬の成分を量るときは、測定値を具体的に示す必要があります。両方とも言葉による指示ですが、求められる正確さは活動の目的によって違います。ウィトゲンシュタインは、あらゆる場面で同じ精度の定義を求める習慣を問い直しました。
仕事の内容によって、必要な単位や手続きは変わります。どの程度正確なら十分かを考えるときは、実際にその言葉で何をしようとしているかを確かめる必要があります。意味を使用から理解する考え方は、曖昧な言葉が役立つ理由も説明しやすくします。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
線引きをする行為にも意味がある
スポーツの競技では、どこからが反則かを明確に定めることがあります。それは競技を成立させ、公平に判断するためです。新しいルールが作られれば、以前は曖昧だった行動に線が引かれます。ウィトゲンシュタインは、言葉の境界が必要なときには定められることを認め、境界が常に言葉の内側へ隠れているという考えを検討しました。
法律や契約では細かな定義を設けることが必要な場合があります。家族や友人の日常会話では、同じ精度を求めなくても十分に通じます。言葉の境界をどのように扱うかは、その言葉を使う活動の目的と結びつきます。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
同じ規則に従うとはどういうことか
第185節の「二ずつ足す」例
『哲学探究』第185節には、子どもに二ずつ数を増やす規則を教える例があります。子どもは練習した範囲では正しく数列を書き続けます。ところが千を超えたところで、千、千四、千八というように、四ずつ数を増やす書き方を始めてしまいます。教師が訂正しても、子どもは自分が同じ仕方で続けていると思っています。
この例が問うのは、規則を理解したという判断を何に基づいて行うかです。最初の練習がうまくいったことは、まだ出会っていないすべての場面で同じように続けられるという保証になるでしょうか。ウィトゲンシュタインは、理解と新しい事例への適用の関係を細かく調べました。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
頭の中の式がすべてを決めるか
教師は、子どもに「二ずつ足す」という規則を伝えたつもりです。子どもは、その規則を頭の中で記憶していたかもしれません。それでも新しい数に進むと、規則の理解をめぐる違いが現れます。頭の中に正しい言葉や式があるという説明だけでは、その式をどう使うかという問いが残ります。
例えば「右に曲がる」という指示を覚えていても、交差点の形が複雑ならどこで曲がるか迷うことがあります。規則を知るということには、状況の中で適切な行為を続けられることが含まれます。ウィトゲンシュタインは、規則の文と、それに従う人間の活動を結びつけて考えました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|規則に従うことと志向性)
規則の解釈を重ね続ける問題
ある規則の意味が曖昧なら、その規則を説明する別の規則を付け加えられます。けれども追加した説明も、別の場面ではどう解釈すればよいかという問いを生むかもしれません。説明を無限に重ねることでは、人が現に規則に従っているという事実を十分に理解できないように見えます。
『哲学探究』第201節付近の議論では、規則に従うことと規則を解釈することの関係が問われます。私たちは日常で、計算や歩き方の指示を学び、実際にやってみて、必要なときに訂正されながら行動します。規則を理解したということには、このように行為を続けられる実践が関わっています。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
教わることと判断の基準
繰り返し練習して身につくこと
子どもが掛け算を覚えるとき、最初は教師の手本をまねて計算し、次に一人で問題を解く練習をします。間違えた答えを直され、似た問題にも取り組むうちに、計算の仕方が身につきます。ウィトゲンシュタインは、規則に従うことの背景として、このような訓練や習慣の役割を重視しました。
練習を積むと、毎回「この場合は何を意味するか」と考えなくても動けるようになります。言語の使用でも同じです。相手から質問されたら答える、頼まれた物を渡す、間違いを訂正するという活動が、共有される生活の中で繰り返されています。規則の理解は、日々の行為を通して確かめられます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
正しく使ったと言えるのはなぜか
ある計算の答えが正しいと言うとき、人々は共有された手順や基準に照らして判断しています。計算の手順を確かめ、ほかの人の答えと照らし合わせ、誤りを指摘できる活動が成立しています。ウィトゲンシュタインが問うのは、こうした判断の基準が言葉の使い方とどう結びついているかということです。
私たちは正しい手順を学ぶ中で、どこを間違えたかも学びます。教師が「違う」と言うことには、別の答えへ導く役割があります。人々の慣習が関わるという説明を、何を言っても正解になるという主張へ置き換えると、この訂正の働きが見えなくなります。実際の練習と判断を合わせて見ることが必要です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|規則に従うことと志向性)
個人の思い込みと規則の違い
自分では手順に従っていると思っていても、ほかの人と照らし合わせると誤りに気づくことがあります。間違いを発見するためには、自分の思い込みから距離を取り、何を基準に判断しているかを確かめる必要があります。ウィトゲンシュタインは、規則の理解と「正しいと自分に思えること」の間の違いを重要な問題として扱いました。
この問いは、学校での学習に限らず、仕事の手順や道案内などにも関わります。道を教わった人は、実際に曲がる場所を確かめ、迷ったら尋ね直せます。他人との確認や訂正が可能なことが、規則に従う活動を支えています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|私的言語)
「私的言語」は成立するのか
本人だけがわかる感覚の名前
『哲学探究』第243節からは、本人しか知ることができない感覚だけを指す言葉によって、一つの言語を作れるかという問いが現れます。個人的な暗号や日記は、使い方を後から確かめられる仕組みを持っています。ここで検討されるのは、他人には理解できる可能性がなく、正しく使っているかを本人の内側だけで判定する言語の想定です。
例えば誰にも説明できない感覚に、自分だけの記号を付けたとします。次に同じ感覚が起きたと思ったとき、その記号を正しく使っているとどう確かめるのでしょうか。ウィトゲンシュタインは、このような想定を用いて、言葉と判断の基準の関係を問い直しました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|私的言語)
第258節の感覚を記す日記
第258節では、ある感覚が生じた日に印を付ける日記の例が登場します。書き手は感覚に注意を向け、自分の内側でその記号の意味を決めたと考えます。後日また同じ感覚が起きたと判断する際、どんな基準で同じだと確かめるのでしょうか。記憶の確かさを判断すること自体が問題になります。
過去の感覚と今の感覚が一致したと感じることはできます。ウィトゲンシュタインが注目したのは、正しいと感じることと、正しいと確かめられることを区別する仕組みです。言葉を理解したという状態を内側の印象だけで説明する考えが、この例によって検討されます。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
一人で書く日記や暗号との違い
私たちは自分しか読まない日記を書き、他人には教えない合図を使うことがあります。その記号は、必要に応じて後から説明したり、同じ使い方ができているかを確かめたりすることが可能です。ウィトゲンシュタインが問う「私的言語」は、そのような日常の個人的な表現と区別して考えられています。
例えば秘密のメモに「星」と書いて特定の予定を表すなら、予定との対応を確かめる仕組みを作れます。これに対して、本人にも正しさを区別する基準がない記号が意味を持つとどう説明できるでしょうか。私的言語の議論では、言葉が意味を持つ条件と、記号を使う人の判断の関係が問われています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|私的言語)
「箱の中の甲虫」が問いかけること
第293節の思考実験
『哲学探究』第293節には、誰もが一つの箱を持ち、その中にあるものを「甲虫」と呼ぶという例が登場します。人は自分の箱の中を見ることができても、他人の箱の中を見ることはできません。箱の中身が人によって違っていたり、何も入っていなかったりする可能性さえ考えられます。
それでも人々が「甲虫」という言葉を一定の仕方で使っているなら、その語が会話の中で果たす役割を調べることができます。ウィトゲンシュタインは、内側の何かを名指すという説明が、言葉の使用を理解する際にどこまで役立つかを問い直すため、この例を置きました。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
他人の痛みは見えないという問題
自分が痛いとき、他の人がその感覚を直接経験することはできません。反対に、他人が痛いと訴えているとき、その人の痛みを自分の身体でそのまま経験することもできません。この事実から「痛み」という語の意味は、誰にも確かめられない内側の物を指すことだと考えたくなるかもしれません。
甲虫の例は、その考えを検討するためにあります。私たちは「痛い」と言われれば手当てをし、どこが痛むかを尋ね、反応を見ます。「痛み」という語には、人々の生活でのさまざまな働きがあります。内側の感覚を直接共有できないという事実と、痛みを語る言葉が成り立つことの関係が問題になります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|私的言語)
内側の経験を消してしまうのか
「箱の中の甲虫」の例を聞くと、痛みや喜びの経験は存在しないと言われているように感じるかもしれません。ウィトゲンシュタインの議論が向けられているのは、経験の有無よりも、言葉の意味を説明する仕方です。内側の経験を指す名前という模型だけで、実際の言葉の働きを捉えられるかを検討しています。
「頭が痛い」と言う人の経験を無視すれば、医療や日常の会話は成り立ちません。私たちは訴えを聞き、状況を確かめ、対応します。その活動が持つ意味を理解するとき、他人の心の中を直接のぞく仕組みを前提にする必要があるかという問いが浮かびます。甲虫の例は、その前提を調べるための思考実験です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|私的言語)
「痛い」と言う言葉をどのように学ぶか
子どもの泣き声から言葉の表現へ
幼い子どもが転んで泣いたとき、大人はその様子を見て声をかけ、痛いところを確かめます。子どもは成長するにつれて「痛い」と訴えるようになり、声や身振りと言葉を結びつけていきます。『哲学探究』第244節付近では、感覚を表す語を学ぶことが、すでにある人間の反応とどう関係するかが問われています。
「痛い」という言葉は、痛みの存在を調べるための報告として使われる場合もあり、助けを求める訴えとして働く場合もあります。私たちはその区別を、場面や相手の様子を通して学びます。言葉の意味を考えるとき、自然に起きる反応と、周囲の人々との応答の両方が重要になります。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
自分の痛みと相手の痛み
「私が痛い」と言うときと、「あの人は痛がっている」と言うときでは、言葉の使われ方が違います。自分の痛みを訴える人は、通常その痛みについて外部の証拠を示す必要がありません。他人の痛みを判断するときには、その人の発言や表情、状況を手がかりにします。ウィトゲンシュタインはこうした一人称と三人称の用法の違いを考えました。
両者は、同じ語を使うという点で結びついています。自分と他人の痛みについて完全に同じ判断方法を求めると、かえって日常の言葉の違いが見えにくくなります。語の使用を丁寧に見ることによって、私たちがすでに持っている理解の仕組みを調べられます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
感覚を説明する言葉の働き
医師に痛みを伝えるとき、人は「ずきずきする」「刺すように痛い」などの表現を使います。痛みの場所や強さを確認するため、相手が理解できる言葉を探すのです。意味を使用から考えると、このような説明も特定の目的を持つ言語の活動として理解できます。
痛みの表現には、身振りや声の調子、過去の経験の比較が関わります。ある語をどう説明するかを考える際、内側で何が起きているかだけを調べるのではなく、相手とどのように確認できるかを見ることができます。ウィトゲンシュタインの私的言語論は、人間の感覚と言葉の関係を考え直す重要な出発点となりました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|私的言語)
「見ること」にも言語が関わる
同じ図が違って見える現象
ある絵を見ていると、最初は一つの動物に見え、突然別の動物に見えることがあります。ウィトゲンシュタインは「アヒルにもウサギにも見える図」などを通じ、同じ線の配置が違った姿として現れる経験を考察しました。この問題は『哲学探究』初版の第2部に収められた心理学的な考察と関わっています。
図の線はそのままで、見ている人がどの特徴を手がかりにしたか、何として捉えたかが変化しています。言葉によって「今はウサギに見える」と言えることは、この経験を他人へ伝える役割を持ちます。知覚と言葉の関係を考える例となっています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
「何として見るか」という問い
雲の形を動物に見立てたり、地図の線を道として読んだりするとき、人は同じ視覚的な形に特定の意味を見いだしています。ウィトゲンシュタインの「相として見る」という議論は、何かが見えることと、それをあるものとして捉えることの関係を考えます。言葉の理解と視覚的な経験が交わる場所です。
例えば複雑な図を見ても意味がわからなかった人が、説明を受けた後に突然その構造を見つけることがあります。視覚的な刺激の変化だけでなく、見方を学ぶことが関わっています。何を見たかについて言葉で説明できることは、学習と理解の働きと結びついています。(参照:ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト|『哲学探究』成立史)
第2部の編集史と心理学の問い
1953年の『哲学探究』第2部には、図形の見え方や心理的な概念をめぐる考察が収められました。これらの文章は、第1部と同じ形で著者が最終的な構成を確定した原稿ではなく、遺稿の編集史に属しています。2009年の第4版では、従来の第2部に別の名称が与えられました。
この成立上の違いを知っておくと、言語ゲームを中心とする議論と、心理学に関わる後期の探究の関係を慎重に読むことができます。ウィトゲンシュタインは晩年にも、思考、感覚、理解について問い続けました。『哲学探究』の書物の形は、その長い研究の一部を読者へ伝えるものとなっています。(参照:ワイリー=ブラックウェル|『哲学探究』第4版の編集方針)
哲学の仕事をどう変えたのか
「説明」より「見渡す」方法
ウィトゲンシュタインは『哲学探究』で、言葉がどのように働くかを多数の例から考えました。第122節では、言葉の使い方を見渡せるように整理することが重要な問題になります。一つの理論ですべてを説明する姿勢から、異なる用法の関係を並べて理解する姿勢へ哲学の仕事を動かしたのです。
例えば「知っている」と「信じている」の使い方を混同して議論が行き詰まった場合、実際の発話例を比べることで何が違うかを見つけられます。哲学の問題は、言葉を現実のやり取りから離したために難しく見えていたのかもしれません。ウィトゲンシュタインの方法は、日常の言葉を見直すことで、その混乱をほどこうとします。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
哲学を治療にたとえた理由
『哲学探究』第133節などには、哲学的な問題に対して複数の方法があり、治療のようにそれぞれの混乱へ取り組むという考えが現れます。哲学者は、一つの大きな理論を作るためだけに活動するのではなく、問いの立て方によって生じた困難を取り除く仕事をするという見方です。
例えば「時間はどこにあるのか」という問いを考えるとき、私たちが「時間がある」「時間を使う」と話す場面を整理することで、最初の問いに含まれていた前提が見えてくる場合があります。ウィトゲンシュタインは、言葉の用法を確かめる作業に哲学の独自の役割を見いだしました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
1982年のクリプキを含む後世の議論
1982年、哲学者ソール・クリプキ(1940–2022)は『ウィトゲンシュタインのパラドックス』として知られる議論を広く展開し、規則に従うことと意味の成立をめぐる問題を再び注目させました。彼の読み方では、過去に有限回使った言葉から、将来のあらゆる場面での使い方がどのように定まるかが問われます。これは後世の重要な解釈として扱われています。
クリプキの解釈をウィトゲンシュタイン本人の最終的な主張と同一視することについては、研究者の間で議論があります。だからこそ1953年の原著と1982年の著作を時代順に区別して読むことが大切です。言葉の意味を誰がどう決めるかという問題は、後世の哲学でも検討され続けました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|規則に従うことと志向性)
「理解した」と言えるのはいつか
頭の中に意味が浮かぶ瞬間
難しい説明を聞いた人が、突然「わかりました」と言うことがあります。周囲の人は、その瞬間に何が起きたのかを直接見ることはできません。表情が明るくなったり、次の問題を自分で解いたりすることを通して、理解が生まれたと判断します。『哲学探究』では、理解することを心の内側に起きる一瞬の出来事と考える習慣が問い直されます。
例えば数学の問題の解き方を聞いて理解したと思っても、数字を少し変えられると解けなくなることがあります。反対に説明が得意ではなくても、さまざまな問題に正しく対応できる人もいます。理解したという言葉がどのような場面で使われるかを調べると、内面の印象と実際の能力の関係が見えてきます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
続けられることと教えられること
楽譜を読めると言う人には、さまざまな楽譜を見て演奏の仕方を説明できることが期待されます。ある一曲を暗記しただけでは、楽譜一般を読めるという判断とは違うでしょう。ウィトゲンシュタインは「できる」「知っている」「理解した」といった語の使い方を、具体的な行動との関係から検討しました。
授業で生徒が新しい問題を解き、ほかの人にも教えられるようになれば、教師は理解が深まったと判断できます。理解を認める場面では、行動を見たり、説明を聞いたり、応用する力を確かめたりしています。私たちがどんな基準や期待を持って「理解した」と判断するかを調べることが、彼の哲学の方法です。(参照:『哲学探究』ドイツ語原文|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン・プロジェクト)
意味が心に浮かぶことと使用
同じ言葉を聞いて、別々の人が異なるイメージを思い浮かべることがあります。「海」と言えば穏やかな水面を想像する人も、荒れた波を想像する人もいます。それでも人々は海について会話できます。頭の中の映像が完全に一致することが、言葉が通じるための唯一の条件ではないと考えられます。
人が海へ行きたいと言えば、行き先を調べ、交通手段を相談できます。意味は内側の映像と結びつく場合があっても、実際の言葉の使用にも現れます。ウィトゲンシュタインは、心の中で何かが起きるという説明に頼りきることなく、言葉を使えるということの意味を検討しました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
数学と論理にも日常の実践がある
計算の正しさをどう教えるか
ウィトゲンシュタインは初期から数学の基礎に強い関心を持っていました。後期には、数列や計算の規則をどのように理解し、適用するかを具体例から考えます。正しい答えを出せるようになることには、記号の読み方、手順の練習、誤りの訂正など、多くの学習の過程が関わっています。
例えば筆算の形を教えられた子どもが、最初は手本を見ながら計算しても、練習を重ねると新しい数についても手続きを進められるようになります。規則が成り立つとはどういうことかという哲学の問いは、このようなごく普通の学習活動の中にも現れます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|規則に従うことと志向性)
証明を理解したと言える条件
数学の証明は、結論へ至る過程を誰かに示し、確かめてもらうために書かれます。ある人が証明の文字列を正確に暗記していても、なぜその手順を取るかを説明できない場合があります。逆に、異なる問題へ応用できるようになって初めて、証明の意味をつかんだと評価されることもあります。
ウィトゲンシュタインは、数学をめぐる判断の仕組みも哲学的な探究の対象としました。定理や規則を抽象的なものとして考える際にも、それを人々がどう書き、教え、検証しているかという活動が重要になります。数学の正しさについての問題は、言語の理解と深い関係を持っています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
1940年代へ続いた数学の考察
ウィトゲンシュタインは1930年代から1940年代にかけて、数学の基礎について講義と執筆を続けました。彼の考えは死後に刊行された『数学の基礎に関する考察』などの書物にも残されています。『哲学探究』の規則に従うことをめぐる議論は、こうした数学への長い関心と重なります。
数を扱う人間の実践を調べることは、数学の成果を軽視する態度を意味しません。計算が正しいと判断する活動には、訓練、共有された方法、検証の手続きがあります。後期の哲学は、その当たり前に見える仕組みを言葉の問題として見つめ直しました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|規則に従うことと志向性)
後期ウィトゲンシュタインが残した問い
日常言語の哲学への影響
『哲学探究』の出版後、言葉の使い方から哲学の問題を考える方法は広く研究されました。イギリスではJ・L・オースティン(1911–1960)などが、発話によって人が行う行為を詳しく分析しています。こうした研究には独自の方法と発展の歴史があり、ウィトゲンシュタインの議論と並べることで、言語が行動と結びつく多様な見方がわかります。
約束する、謝る、命名するなどの発話を考えると、人が言葉によって何を行っているかが問題になります。後期ウィトゲンシュタインは、そのような問いを日常の例から始める大きな刺激となりました。20世紀後半の言語哲学では、意味を辞書の定義や文の構造に閉じ込めずに考える研究が発展します。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
解釈をめぐる議論が続く理由
後期ウィトゲンシュタインの考えは、意味や規則について完成した体系を提示する形を取りませんでした。そのため、著作は哲学者によって異なる仕方で読まれてきました。私的言語の議論をどう理解するか、規則に従うために共同体がどのような役割を持つか、生活形式をどの範囲で考えるかは、今も重要な研究課題です。
たとえば、皆が同じ答えを出したから正しいという説明と、正しい答えを確かめる実践が共有されているという説明は区別できます。ウィトゲンシュタインの文章を読むときも、具体例が何を示し、何をまだ説明していないかを丁寧に検討する必要があります。解釈の豊かさは、この問いの立て方から生まれています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|規則に従うことと志向性)
言葉の意味を決めるものを考え直す
新しい言葉が広まるとき、最初に使った人が意味を提案することがあります。その言葉をほかの人がどのように理解し、別の場面で使うかによって、意味は変わっていきます。日常では話し手の意図と聞き手の理解、過去の使われ方、今の場面のすべてが関わります。後期ウィトゲンシュタインは、こうした関係を考えるための手がかりを示しました。
「言葉の意味は誰が決めるのか」という問いは、意味をめぐるすべての場面に一人の決定者がいると想定すると答えにくくなります。人々が教え合い、使い、訂正し、新しい状況へ応用する活動を見ていくと、意味がどう成り立っているかを具体的に考えられます。言語ゲームの視点は、私たちの日常を哲学の問いへ変える方法として読み継がれています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
略年表|後期ウィトゲンシュタインと『哲学探究』
- 1889年4月|ウィトゲンシュタインがオーストリア=ハンガリー帝国のウィーンで生まれる
- 1900年|バートランド・ラッセルが『ライプニッツの哲学』を刊行する
- 1903年|ラッセルが『数学の原理』を刊行する
- 1908年|ウィトゲンシュタインがマンチェスターで航空工学の研究を始める
- 1910年|ラッセルとホワイトヘッドによる『プリンキピア・マテマティカ』第1巻が刊行される
- 1911年|ウィトゲンシュタインがケンブリッジへ赴き、ラッセルと哲学を議論する
- 1912年|ウィトゲンシュタインがトリニティ・カレッジの学生となる
- 1914年|第一次世界大戦が始まり、ウィトゲンシュタインがオーストリア軍へ志願する
- 1918年|ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』となる原稿を完成させる
- 1920年|ウィトゲンシュタインがオーストリアの学校教師として働き始める
- 1921年|『論理哲学論考』のドイツ語の初出が刊行される
- 1922年|『論理哲学論考』が英独対訳の書物として刊行される
- 1926年|ウィトゲンシュタインが学校教師の仕事を終える
- 1929年|ウィトゲンシュタインがケンブリッジへ戻り、哲学の研究を再開する
- 1930年|初期思想を批判的に検討したフランク・ラムジーが死去する
- 1933年|ウィトゲンシュタインが講義の口述を通じ、後の『青色本』の内容を形づくる
- 1934年|後の『茶色本』につながる口述と原稿作成が進む
- 1936年|新しい原稿に着手し、後の『哲学探究』につながる議論を深める
- 1937年|「生活形式」の考えが草稿の中で重要性を増す
- 1939年|ウィトゲンシュタインがケンブリッジ大学の哲学教授となる
- 1945年1月|ウィトゲンシュタインが『哲学探究』の序文を記す
- 1947年|大学教授を退き、哲学の執筆と研究を続ける
- 1951年4月|ウィトゲンシュタインがケンブリッジで死去する
- 1953年|遺稿を編集した『哲学探究』が独英対訳で刊行される
- 1958年|『哲学探究』第2版と『青色本・茶色本』が刊行される
- 1969年|晩年のノートをもとに『確実性の問題』が刊行される
- 1982年|ソール・クリプキが『ウィトゲンシュタインのパラドックス』をめぐる議論を刊行する
- 2009年|『哲学探究』第4版が刊行され、従来の第2部の扱いが改められる
ウィトゲンシュタインの原稿と遺稿管理者の資料はケンブリッジ大学の文書館に所蔵され、『哲学探究』の1953年初版と後年の改訂は出版社の資料で確認できます。(参照:ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ文書館|ウィトゲンシュタイン資料群)(参照:ワイリー=ブラックウェル|『哲学探究』第4版の編集方針)
まとめ|言葉の意味はどのように生まれるのか
1953年、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの『哲学探究』が死後出版されました。著者は1889年にウィーンで生まれ、工学から数学と論理の問題へ進み、若い頃に『論理哲学論考』を著しました。初期の著作では命題が世界の事実をどのように表すかを論理の観点から考えました。後期の探究では、言葉が人間の生活の中でどのように使われるかへ関心を深めていきます。
『哲学探究』の出発点には、言葉が物の名前であるという考えへの問いがあります。建設現場で職人が部材の名を呼べば、助手はそれを持ってきます。名前を発することは、作業の習慣の中では命令として働きます。言葉の意味を理解するためには、語と物の対応に加えて、その言葉を使って人が何をしているかを見る必要があります。「意味は使用にある」という考えは、この具体的な分析から生まれました。
ウィトゲンシュタインは、命令、質問、報告、物語、冗談、感謝などの活動を「言語ゲーム」として考えました。遊びやスポーツが異なる規則を持つように、人々はさまざまな場面で異なる使い方を身につけます。多様なゲームが一つの本質だけで結ばれるとは限らず、重なり合う似た特徴からまとまりが生まれるという「家族的類似」の考えも重要です。言語ゲームは、人々が日々の活動を共有する「生活形式」の中で成立します。
規則に従うことをめぐる議論では、子どもが二ずつ足す数列を千まで正しく続けた後、別の足し方へ進んでしまう例が登場します。規則の文を知るだけで、あらゆる場合の正しい使い方が自動的に決まるかという問いです。また、私的言語については、本人しか確かめられない感覚に付けた記号をどう正しく使えるかを検討します。「箱の中の甲虫」は、内側の経験と言葉の働きを考える代表的な思考実験です。
『哲学探究』は、言語の本質について一つの理論を完成させるというより、言葉にまつわる哲学的な混乱を具体例によって解きほぐす方法を示しました。1953年の本は著者の生前に刊行の最終形が決まったものではなく、後の版で編集上の整理が続いています。言葉の意味は誰が決めるのか。その問いに取り組むためには、話し手の意図、他者との応答、教わる過程、共有される実践を、個々の場面から確かめることが必要です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)