1300年代
ものに共通する「本質」は本当に存在するのか
オッカムと普遍論争
十四世紀初め、イングランドのオックスフォードでは、大学に集まった学生や修道会の学者が、アリストテレスの論理学とキリスト教神学をラテン語で学んでいました。大学では教師が権威ある書物を読み解き、学生が疑問を出し、異なる答えを論じる討論が教育の一部をなしていました。フランシスコ会やドミニコ会などの托鉢修道会も学問の拠点を持ち、修道士の一部が大学の神学教育に加わります。学びは個人的な読書で完結せず、教会の制度、修道会の規律、書物をめぐる共同作業に支えられていました。
そのころ西方キリスト教会では、ローマ教皇が広い地域の宗教生活に権威を及ぼし、教会法や教義をめぐる判断にも関わっていました。1309年以降、教皇庁はフランス南部のアヴィニョンに置かれます。王や皇帝、各地の聖職者は、それぞれの権限をめぐって交渉や対立を重ねました。神学者の文章は教室の中で批評されるだけでなく、その正統性を教会側が審査することもありました。何が確かな根拠を持ち、どの言葉から何を結論できるかは、学問と社会の双方に関わる切実な問題だったのです。
そこで論じられた一つの難問は、日常ではあまりに自然な「同じ種類」という考え方でした。目の前に毛色の違う二匹の猫がいるとき、私たちは両方を「猫」と呼びます。その共通性は二匹とは別に存在する「猫の本質」によるのでしょうか。それとも、現実にいるのは一匹ずつの猫であり、共通の名や概念を使うのは私たちの知性なのでしょうか。英国出身のフランシスコ会士ウィリアム・オッカムは、この問いを言葉と存在の両面から考え直しました。普遍論争と呼ばれる長い議論のなかで、彼が何を変えたのかをたどります。
CONTENTS
- 「猫は猫である」と言うとき、何が共通しているのか
- なぜ古代の小さな入門書が千年近く論じられたのか
- アクィナスは、共通の本質をどう説明したのか
- ドゥンス・スコトゥスは、何を共有し、何を区別したのか
- オッカムは、どこで学び、何を書いたのか
- オッカムの答えは「存在するのは個々のもの」だった
- 心の中に言葉がある、とはどういうことか
- 同じ語が、文章によって違うものを指すのはなぜか
- 「オッカムの剃刀」は、何を切り落とすのか
- 個物しか存在しないなら、一般的な知識は成立するか
- 「存在するものの種類」を減らすと何が変わるのか
- 普遍の問題は、神学とどうつながったのか
- 教皇との争いは、どうして起こったのか
- 十四世紀の学者たちは、オッカムをどう受け継いだのか
- 私たちは、何を根拠に「同じ種類」と呼ぶのか
- 略年表|普遍論争からオッカムの生涯へ
- まとめ|共通する本質を考えるための三つの立場
- 参考資料・出典
「猫は猫である」と言うとき、何が共通しているのか
二匹の猫と一つの名前
白い猫と黒い猫が庭を歩いています。大きさも模様も性格も違い、それぞれ別の場所へ移動できます。私たちは一方を指して「これは猫だ」と言い、もう一方にも同じ言葉を使えます。「猫」という一語が複数の個体に正しく当てはまるのは、どのような理由によるのでしょう。色や体重を数えるだけでは、その理由は見つかりません。私たちは違いを見分けながら、同時に「同じ種類だ」と判断しています。
ここで問われるのは、猫を何匹数えたかという事実より、その判断を正しくする根拠です。二匹の間に共通する「猫であること」が何らかの仕方で現実にあるのか、それとも二匹がそれぞれそのような存在であることから、一つの概念が成り立つのか。普遍論争は、言葉を使う能力と、言葉が表す世界の構造の関係を探ります。分類が便利だという説明から、分類が真実を捉える理由へと問いを深めるところに、哲学的な面白さがあります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|性質の哲学)
「この猫」と「猫という種類」は、何が違うか
「この猫」は、いま庭にいる一匹を指せます。その猫が明日別の場所へ行っても、同じ個体として追いかけられます。一方の「猫」は、いま見ている二匹以外の猫にも当てはまります。中世の学者は、このように多くのものについて述べられるものを「普遍的」と呼びました。人間、動物、赤いもの、三角形なども、複数のものに当てはまる言葉の例です。どの語が何を表すかに応じて、普遍性の問いも少しずつ変わります。
「本質」という語は、あるものをまさにその種類のものとする性質やあり方を指す文脈で使われます。「赤い」は猫が別の色になっても猫であり続ける点で、「猫である」と違う役割を持ちます。中世の論理学では、こうした種、属、固有性、偶有性などの区別が大切でした。何が本質的で、何が変わりうる性質なのかを見極めるためにも、多くの個物に当てはまる語の働きを詳しく調べたのです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|ポルピュリオス/スタンフォード哲学百科事典|性質の哲学)
哲学者がこの問題を放っておけなかった理由
医学で「人間の体」について知り、幾何学で「三角形」の性質を証明し、倫理学で「正しい行為」を考えるとき、私たちは一つの対象を超えたことを語ります。個々の例だけで知識が終わるなら、見ていない人や、まだ描いていない図形について一般的な判断を下すことが難しくなります。中世の学問は、論理的な推論によって普遍的で確かな知識を得ることを重んじました。その土台がどこにあるかは、学問全体に関わる問いでした。
二つの説明が競い合います。現実のものの中に種類に共通するあり方があるから一般的な知識を持てる、という説明と、個々のものの性質を知性が捉えて共通の概念を作るから一般的に語れる、という説明です。実際の中世の学説はさらに精密で、立場も多様でした。オッカムが登場したときの新しさは、この問題を「心の中の一般的な表現は、現実のどんな個体を指せるか」という論理と意味の問いへ徹底して結びつけたことにあります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|トマス・アクィナス)
なぜ古代の小さな入門書が千年近く論じられたのか
ポルピュリオスが残した三つの問い
ポルピュリオス(234年頃〜305年頃)はローマ帝国の文化圏で活動した哲学者で、プロティノスに学んだ新プラトン主義者です。彼はアリストテレスの『カテゴリー論』を学ぶための入門書『イサゴーゲー』を書き、ものを「属」や「種」に分ける方法を示しました。人間は動物の一種であり、動物はさらに広い分類に属する、といった整理を学ぶための書物です。この短い教科書が、中世の論理教育で長く使われました。
彼は冒頭で、属や種が実際に存在するのか、それとも知性の中だけにあるのか、実在するとして物体か非物体か、さらに個物から離れてあるのか個物の中にあるのか、という問いを挙げます。詳しい答えは入門書の範囲を超えるとして留保しました。分類の方法を学ぼうとする学生は、入口ですでに分類の対象が何なのかを考えさせられます。後の中世学者は、この未回答の問いを本格的に引き受けることになりました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ポルピュリオス/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争)
ボエティウスは、古代の議論をラテン語へ渡した
ボエティウス(480年頃〜524年)は西ローマ帝国の後のイタリアで活動した政治家・著述家で、ギリシア語の論理学をラテン語で伝える仕事に力を注ぎました。ポルピュリオスの入門書を訳し、注釈も著したことから、西ヨーロッパの学者が普遍の問題に取り組む重要な入口になりました。中世初期には読めるギリシア語哲学文献が限られていたため、彼の翻訳と注釈は教育の基盤となります。
一つの本が別々の人の手に同時に丸ごと存在することはありません。ところが「人間という共通の本質」がすべての人の内に同時に、同じ一つのものとして存在すると考えると、数が異なる人々と一つの存在をどう両立させるかが難しくなります。ボエティウスはこの種の難問を論じながら、ものが個別に存在することと、知性が共通に捉えることの関係を考えました。普遍についての議論は、古代哲学の翻訳だけでなく、その矛盾を探る論証も受け継いだのです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ボエティウス/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争)
アベラルドゥスは、言葉の共通性を考えた
ペトルス・アベラルドゥス(1079〜1142年)は十二世紀のフランス、とりわけパリ周辺で教育と論争を行った哲学者・神学者です。ボエティウスらの論理学を学んだ彼は、「人間」という共通の語が正しく多くの人に当てはまることと、世界の中に一つの共通物があることを区別しました。普遍性を言語の意味に結びつける議論は、オッカムより前にも豊かに発展していたことを示します。
アベラルドゥスにとって、「人間」はソクラテスやプラトンのそれぞれを指せます。その語が表すのは個々の人間であり、一つの普遍的な人間という物体とは区別されます。個々人が人間であるあり方に基づいて、共通語は意味を持ちます。この先例を知ると、十二世紀の論者を一様に実在論者、十四世紀の論者を一様に唯名論者と区切ることの難しさがわかります。オッカムの独自性は、「一般語を使える理由」という古い問いを、新しい心的言語と論理の理論に組み込んだ点に現れます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ペトルス・アベラルドゥス/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|中世哲学の心的表象)
アクィナスは、共通の本質をどう説明したのか
個物の中にある本性と、知性の中の普遍
トマス・アクィナス(1225年頃〜1274年)はイタリア出身のドミニコ会神学者で、パリ大学などで教育・執筆を行い、アリストテレスの哲学をキリスト教神学へ精密に取り入れました。彼にとって、現実に生きるソクラテスとプラトンは別々の人間です。一人ひとりの人間的な本性は、その人の中で個別に存在します。そして知性は、個々人を分ける条件を考えから外すことで、「人間」という普遍的な概念を形成できます。
例えば家族写真に写る人々は身長も年齢も違います。私たちは個々の顔を見分けながら、全員について「人間だ」と理解します。アクィナスはこの理解を、人間の知性が感覚経験をもとに共通する本性を捉える働きとして説明しました。ここで「普遍」は知性によって考えられるあり方であり、共通の本性は個々のものの中に現実に存在すると考えられます。彼の立場を知ることが、後のオッカムによる批判を正確に理解する出発点になります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|トマス・アクィナス/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/Corpus Thomisticum|アクィナス『存在と本質について』ラテン語原典)
抽象するとは、特徴を消してしまうことなのか
ものを見るとき、私たちの感覚は具体的な形や色を受け取ります。アクィナスは、知性にある「能動知性」が感覚的な表象をもとに、普遍的に理解できる内容を取り出す働きを持つと論じました。これを抽象と呼びます。実際の人物から年齢や服装に注意を向けず、人間とはどのような存在かを考えるような仕方です。個々の相違を脇に置くことによって、同じ種類のものに共通する理解を成立させます。
ここで興味深いのは、抽象が単なる記憶の平均化で終わらない点です。「何人かの人は二本足だった」と観察することと、「人間とは何か」を理解することは異なります。前者は見た事例の記録であり、後者は新しい事例についても判断を支える考え方です。アクィナスは、個物の中に実在する本性と、知性がその本性を普遍的に考える仕方を結びつけ、学問が一般的な真理を扱える理由を示そうとしました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|トマス・アクィナス/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|中世哲学の心的表象)
「人間」は種類であり、ソクラテスは一人である
「ソクラテスは人間である」と「人間は一つの種である」は、どちらも正しいように見えます。では二つをつなげて「ソクラテスは一つの種である」と言えるでしょうか。通常、ソクラテスは一人の人間であって、人間という分類そのものではありません。アクィナスは、人間的本性が個人に存在する場合と、知性の中で普遍的に捉えられる場合を区別することで、この推論の誤りを説明しました。
同じ言葉を使っても、何について述べているかによって真偽が変わります。この区別は、ものの存在と心の働きを同時に整理する試みでした。アクィナスは、世界にある共通性が知性の理解を支えると考えます。オッカムは後に、共通の本性の実在を認めるその説明が本当に必要か、また一つのものが個別でありながら共通でもあるといえるかを問い直しました。両者の争点は、知識を大切にするかどうかではなく、知識を可能にする存在の説明です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|トマス・アクィナス/スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム)
ドゥンス・スコトゥスは、何を共有し、何を区別したのか
「共通本性」は個々のものの中にある
ヨハネス・ドゥンス・スコトゥス(1265〜1266年頃〜1308年)はスコットランド出身のフランシスコ会神学者で、オックスフォード、パリ、ケルンで教えました。オッカムより一世代ほど早い学者として、共通本性をめぐる精緻な理論を残します。彼はソクラテスとプラトンがともに人間であることには、思考の側だけでなく、ものそのものの側の基礎があると考えました。その基礎を「共通本性」と呼びます。
例えば二本のオークの木は、一本ずつ異なる場所に立ち、枝ぶりも変わります。それでも両方を同じ種類として認める理由を、木を見る私たちの言葉だけでは説明しきれないとスコトゥスは考えます。共通本性は個々の存在のうちで現実のものとなり、それぞれの木の個体性と結びついています。個物にある本性がどのような意味で共通と言えるかを、知性による分類以前の問題として論じました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ドゥンス・スコトゥス/スタンフォード哲学百科事典|中世の「このもの性」論/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/The Logic Museum|スコトゥス『オルディナティオ』第2巻・共通本性の原典)
「このもの性」は、一人をその一人にする
スコトゥスの議論をさらに難しくするのが、なぜ同じ本性を持つものが別々の個体になるかという問いです。人間である点では共通する二人が、ソクラテスとプラトンという区別できる二人であるのは、何によるのでしょう。スコトゥスは、ある存在を「まさにこのもの」にする個体化の原理を考えました。後に「このもの性」、ラテン語でハエクケイタスと呼ばれるものです。色や大きさなど一般的な特徴を寄せ集めたものとは区別される、個体としての固有性を説明します。
例えば同じ材料、同じ設計で二つの杯を作ったとしても、机の右にある杯と左にある杯は別々に存在します。二つが同じ種類でありながら二つであることを、どんな原理で説明するか。杯の例は理解を助けるためのもので、スコトゥス自身の問題はさらに広く、人間などの個別的な存在の構成に及びます。共通本性と個体化の原理を分ける理論は、一と多を同時に説明しようとする積極的な試みでした。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ドゥンス・スコトゥス/スタンフォード哲学百科事典|中世の「このもの性」論)
オッカムは、なぜその説明に疑問を持ったのか
共通本性と「このもの性」を区別すれば、何が同じで何が違うかを説明する道筋ができます。その一方で、現実に一つの個体として存在するものの内部に、「共通であること」と「この個体であること」をどのように区別して置くのかという次の問いが生まれます。スコトゥスはそれらの関係を精密に考えました。オッカムはその議論を学びながら、そもそも個体のほかに共通本性という実在を認める必要があるのかを問題にします。
一匹の猫が具体的に存在するなら、その猫を説明するために、猫全般に共有されるものが個体の内部に別の構成要素としてあると考えるべきでしょうか。オッカムが重視したのは、存在するものを増やす前に、目の前の個体と知性の働きで説明できる範囲を確かめることでした。スコトゥスが「共有されるもの」と「個体化するもの」の関係を解きほぐしたのに対し、オッカムはその区別に実在を認める理由そのものを問い直します。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ドゥンス・スコトゥス/スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の「このもの性」論)
オッカムは、どこで学び、何を書いたのか
英国の修道会からオックスフォードの討論へ
ウィリアム・オッカム(1287〜1288年頃〜1347年)はイングランドのサリー地方に生まれ、若いころフランシスコ会に入りました。修道会の教育機関で論理学や神学を学び、遅くとも1318〜1319年にはオックスフォードで神学研究に従事していました。神学教育では、十二世紀の神学者ペトルス・ロンバルドゥス(1100年頃〜1160年)が編んだ『命題集』が標準的な教材として扱われました。オッカムもその注解講義を行い、普遍や知識についての論点を深めます。
彼はオックスフォードの神学課程を最後まで終えた正式な神学教授ではなく、後に「尊敬すべき入門者」と呼ばれました。大学教育は段階を踏んで進む制度であり、講義を行ったことと教授資格を得たことは区別されます。その時期の彼は、論敵にも恵まれました。同じロンドンの修道会拠点にはウォルター・チャットンやアダム・ウッドハムらの学者がいて、互いの学説を厳しく検討しました。普遍論争は、孤独な天才の思いつきではなく、書物と討論が連続する学問の中で進んだものです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世懐疑論)
『論理学大全』は、どんな問いに答えたか
オッカムの『論理学大全』は1323〜1325年頃に成立した大部の著作です。第一巻で語の種類や意味、第二巻で命題の真偽、第三巻で推論や証明の仕方を論じます。アリストテレスやポルピュリオスから続く論理教育を受け継ぎながら、言葉が何を表し、何について語るとき正しい文章になるのかを細かく分析しました。哲学上の「存在する」という主張を吟味するためにも、文章が実際に何を意味するかを確かめる必要があったのです。
例えば「どの人間も動物である」という文は、具体的な人を一人ずつ考えることで理解できます。この文が正しい理由を説明する際、「人間という普遍的な物」がひとつ存在し、「動物という普遍的な物」に含まれる、と捉える必要はあるでしょうか。オッカムは、語と個々のものの関係、そして推論の規則を使って文章を読む道を示しました。彼の主要な哲学的仕事が論理学と強く結びつく理由は、まさにこの検討にあります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の語の性質/スタンフォード哲学百科事典|中世哲学の心的表象/インディアナ大学学術リポジトリ|オッカム『論理学大全』第1巻・抜粋英訳)
アヴィニョンへの召喚は、思想家の人生をどう変えたか
1324年、オッカムは教皇庁が置かれていたアヴィニョンへ呼ばれ、彼の神学上の主張について調査を受けました。異端の疑いがかけられたものの、調査によって彼の学説が正式に異端と断罪された事実は確認されていません。彼はその地のフランシスコ会施設に滞在し、神学的な著述も続けました。大学の論議が教会の権威による審査につながる状況は、当時の学者の活動範囲をよく示しています。
アヴィニョンでは、修道会の財産と貧しさの理想をめぐる教皇との争いが激しくなります。オッカムは後にこの争いへ深く関与し、1328年には修道会総長らとともに教皇庁から逃れました。前半生の論理学・形而上学に関する著述と、後半生の政治的・教会論的な著述には、関心の重点の違いがあります。「普遍的な本質を否定したから教皇に反抗した」と一本の原因で結ぶより、学問上の議論と具体的な宗教対立の経緯をそれぞれたどる方が彼の人生を理解できます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世政治哲学)
オッカムの答えは「存在するのは個々のもの」だった
白い猫と黒い猫に、もう一匹の「猫」はいない
オッカムが普遍について示す中心的な答えは明快です。現実に存在するものは個別的なものであり、「猫であること」という普遍的な実体を一匹ずつの猫に加えて数えることを認めません。ある猫はこの猫として、別の猫は別の猫として存在します。二匹の間に実際の類似性があり、私たちが正しく両方を猫と呼べるとしても、その事実から共通の一個の実体を数え足す必要はありません。
庭で二匹を見たとき、猫であることの共通性を感じられます。オッカムは、この感覚がまったくの気まぐれだと言っているのではありません。個々の猫はそれぞれのあり方において互いに似ており、知性はその類似性に応じて一般的な概念を持てます。彼が退けるのは、類似しているという事実を説明するために、数多くの個体の間で文字どおり共有される別個の「猫そのもの」を実在させる考え方です。世界の類似性を認めることと、普遍的な実体を認めることは同じ判断ではありません。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|古代・中世の経験論/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード大学|『論理学大全』第1巻第14章・原典抜粋)
一つのものが、同時に複数のものにあるのか
オッカムが実在論の議論に向けた批判の一つは、存在の数え方に関わります。「人間という一つの共通本性」が本当に数の上で同じ一つの存在なら、離れた場所にいるソクラテスとプラトンの両方で、それがどのように一つであり続けるのでしょう。個々の人がそれぞれ独立した存在であることを認めながら、その内部に同じ一つの実在があるとする説明には、個別性と共通性の関係を改めて説明する負担が生じます。
二枚の紙に同じ図形を描いても、インクの線は二組あります。二つの図が同じ形として理解されることと、同じ一本の線が両方の紙面にあることとは別です。これはオッカムの問題を身近に捉えるための例ですが、実在論者の理論を単純な重複の誤解として片づける趣旨ではありません。スコトゥスはまさに共通本性のあり方を区別して説明しました。オッカムの争点は、その精密な区別にも実在的な根拠があるといえるかどうかでした。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|ドゥンス・スコトゥス/スタンフォード哲学百科事典|中世の「このもの性」論)
「唯名論」は、ただの名前遊びを意味するか
オッカムの立場は「唯名論」と呼ばれます。この名前から、共通するものは人間が勝手に貼る呼び名にすぎないと想像されがちです。彼が考えた普遍は、声に出して発する語だけでなく、心の中に生じる概念にも関わっていました。外に存在するのは一匹ずつの猫であっても、私たちはそれらを正しく指す一般的な思考を持ち、命題を作り、推論できます。知的な働きの説明こそ、彼の唯名論に欠かせない部分です。
例えば「猫」という日本語と「cat」という英語は音も文字も違います。言語を変えても、同じ個体を識別し、同じ種類として理解できる場合があります。オッカムにとって、発声や表記は慣習で定まり、その基礎にある心的な概念が自然にものを表します。唯名論は「世界に何も共通しない」という宣言でも、「分類はすべて自由に決められる」という宣言でもありません。一般概念の実際の働きを説明するために、世界にあるものの数と種類を厳密に考える立場なのです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世哲学の心的表象/スタンフォード哲学百科事典|古代・中世の経験論)
心の中に言葉がある、とはどういうことか
声と文字の奥にある「心的言語」
『論理学大全』でオッカムは、言語を文字、音声、心の中の言語という三つの層で説明しました。紙に書いた「猫」は音声の言葉と結びつき、音声の言葉は猫についての心的な概念と結びつきます。人が声に出さずに「これは猫だ」と判断するときにも、知性の中に対象についての表現とその組み合わせが働いている、と考えるのです。現代の私たちが頭の中で日本語の文章を読み上げる経験と完全に同じ理論ではありませんが、思考に構造があるという発想を理解する入口になります。
ラテン語の学者と英語を話す人が同じ馬を見るとき、それぞれの音声表現は違います。オッカムは、言葉の違いの奥に、ものを自然に表す心的な記号があると考えました。概念は、その個体の経験などによって形成される知性の働きとして説明されます。普遍が心的言語に属するという主張は、外界の一般的な実体を認めることなく、互いに通じる思考と推論がどう成立するかを示すための理論でした。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世哲学の心的表象/スタンフォード哲学百科事典|中世の語の性質)
約束で決まる語と、自然に表す概念
「猫」という音声に猫を指す働きがあるのは、共同体の中でそのように言葉を使う約束があるからです。別の言語の話者は別の音を用います。オッカムは、話し言葉と書き言葉の意味づけを慣習的なものとし、心的な概念が対象を表す働きは自然に成立すると考えました。ここでは、語の形を自由に取り替えられることと、猫に出会って猫を理解する働きとの違いが重要です。
仮にみんなで明日から猫を「ルナ」と呼ぶことにしても、庭の二匹は変わりません。言語上の取り決めと、対象を知る経験は別々の仕組みを持っています。オッカムの理論では、心的な表現がどのように対象から生まれ、どの範囲の個体を表せるかが説明の焦点になります。この自然な意味づけの詳細については現代の研究でも議論がありますが、単なる恣意的な名前の集合と区別される点は、彼の普遍論を理解する核になります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|中世哲学の心的表象/スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|古代・中世の経験論)
「普遍」は心にあるのに、一つの個別的な作用なのか
興味深いのは、オッカムが心の中の概念そのものも、ある人のある時点で生じる個別的な作用として理解する点です。私が猫を思い浮かべる行為は、隣の人の思考行為とは別です。それでもその一つの概念は、多くの猫を表すことができます。普遍性は、心の中に数の上で共通する巨大な物があるという意味ではなく、一つの記号が複数の対象に当てはまる働きに見いだされます。
一枚の地図は数多くの道路をまとめて示します。地図という紙は一枚であり、そこに表示される場所は複数です。心的概念の働きを考える補助としては、この「一つの表示が多くを表す」関係が参考になります。もちろん概念は紙の地図と同じ仕組みで作られるものではありません。重要なのは、表すものが一つであることと、表されるものが多いことを区別すれば、普遍という語を使う理由が新しい仕方で理解できる点です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世哲学の心的表象/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード大学|『論理学大全』第1巻第14章・原典抜粋)
同じ語が、文章によって違うものを指すのはなぜか
「猫は動物である」という文の仕組み
「猫は動物である」と言うとき、「猫」という語によって一匹ずつの猫について語っています。同様に「すべての猫は動物である」という文も、猫に当たる個体それぞれについて成り立つと考えられます。オッカムは、文章の中に置かれた語が実際に何を指すかを分析しました。この働きは中世論理学で「代示」と呼ばれ、ラテン語のスッポシティオに当たります。代示は、語そのものが一般に何を意味するかと、特定の文章で何について語るかとを区別する技法です。
例えば「すべての学生は読書している」が正しいかどうかは、それぞれの学生の行動によって決まります。「学生」という抽象的な一個の存在が本を読んでいるかどうかではありません。オッカムは語の一般性を保ちながら、文の真偽を個々の対象へ照らし合わせる道を詳しく考えました。普遍的な語が登場したというだけで、普遍的な実体を結論に加えないこと。この姿勢は、もののあり方についての議論を、文が何を主張しているかという分析へ結びつけます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の語の性質/スタンフォード哲学百科事典|ペトルス・ヒスパヌスの論理学/インディアナ大学学術リポジトリ|オッカム『論理学大全』第1巻・抜粋英訳)
「猫は一つの種である」では何を語るか
「この猫は動物である」と「猫は一つの種である」では、同じ「猫」という語が異なる役割を果たします。前者では一匹の猫について述べています。後者で分類に属する「種」と呼ばれているのは、オッカムの説明では、個々の猫について普遍的に表す心的な概念です。彼は、このように語が通常の対象とは異なる概念を指す場合を区別しました。中世の学者にとって、これは言葉の遊びではなく、推論が正しく進むかどうかを判断するための技術でした。
「ソクラテスは人間である」「人間は種である」から「ソクラテスは種である」と推論すると、誤りが生じます。二つの前提に現れる「人間」が、個人を指す場合と概念について語る場合で役割を変えているからです。アクィナスも別の理論でこの問題を解きました。オッカムの分析は、語が何を指すのかを文章ごとに見定めることで、形而上学上の混乱をほどく方法になりました。同じ語が続いていても、同じ対象について語り続けているとは限らないのです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の語の性質/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争)
「猫」は何文字かと問うと、対象がまた変わる
「猫は哺乳類である」では、猫という語は実際の動物を指します。「『猫』という漢字は一文字である」では、対象は動物ではなく記された語の形です。オッカムの用語では、前者のような通常の対象への代示、概念への代示、語そのものへの代示が区別されます。日常会話で無意識に行っている切り替えを、論理学は明示的な規則として扱いました。言葉について語るときと言葉で世界について語るときの違いが、理解の出発点になります。
広告の文句や法律の条文でも、ある単語が事物を表しているのか、その単語の定義について話しているのかで議論の結論が変わります。これは現代の理解のための例であり、オッカムの原典はラテン語の語と命題を対象にしていました。彼の分析が今も興味深いのは、文章に出てくる名詞をすぐ独立した物と結びつけず、その使用条件を先に確かめる方法を教える点です。こうして普遍をめぐる議論は、具体的な文章の真偽の検討へと進みます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|中世の語の性質/スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|ペトルス・ヒスパヌスの論理学)
「オッカムの剃刀」は、何を切り落とすのか
説明に必要なものを見分ける原則
オッカムの名前は、いまでは「オッカムの剃刀」という考え方で知られています。多くの実体や原理を想定するとき、それがなぜ必要なのかを吟味する方法です。たとえば二匹の猫が互いに似ているという事実を説明するために、猫の個体とそれらを理解する概念に加え、二匹に共通する独立した実体をもう一つ置くとしたら、その根拠を示さなくてはなりません。説明に加えるものを慎重に選ぶことが「剃刀」とたとえられます。
日常でも、床が濡れている理由を知るには、窓が開いて雨が入ったことや、誰かが水をこぼしたことなどの証拠を探します。理由を確かめずに原因を増やせば、かえって状況が見えにくくなるでしょう。説明の短さより、実際の証拠に合うことが大切です。必要な証拠と推論がそろうとき、どの存在を認めるのが妥当かを考えることがこの原則の仕事です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|形而上学の唯名論)
「必要以上に実体を増やすな」は本人の引用か
「必要以上に実体を増やしてはならない」という有名な定式は、オッカムの著作にそのまま現れる一文ではありません。同じ趣旨の慎重さは彼の思想に見られ、また彼以前の哲学にも節約的な説明を重んじる姿勢がありました。彼自身の議論では、理性に基づく推論、経験、聖書の確かな権威などが、ある存在を認める理由として扱われます。証拠があるものまで削り去る原則ではなく、存在を主張するための責任を明確にする考え方です。
この点を知ると、「どんなときも最も単純な説明が真実」という通俗的な意味との差がわかります。医学の診断でも、単純に見える仮説より複雑な仕組みを示す証拠が豊かなら、複雑な説明が正しい場合があります。オッカムの関心は、世界の事実に合わせて説明の構成を見直すことでした。後世の標語は、その姿勢を覚えやすく伝える道具ですが、彼が進めた論証のすべてを一文で表すものではありません。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|形而上学の唯名論)
普遍の否定は、剃刀だけで決まったのか
オッカムは普遍的実体を退ける際、単に「一つ余分だから不要だ」と言うだけではありませんでした。複数の異なる個体の内部に共通する同一の実体を置く考え方が、個体として一つであることと、複数のものへ共通することをどう整合させるかを細かく検討しました。彼が当時の実在論に向けた批判には、理論の内部に矛盾や説明の困難があるという主張が含まれます。剃刀は、その議論全体の代わりになる万能の結論ではありません。
実在論者は、それに対して「本性が同じである」という言い方には、数の上で一つのものを共有することとは異なる意味がある、と応じることができます。スコトゥスの共通本性についての理論は、そのような精緻化の代表です。争点は、説明の短さだけでなく、世界に何があり、複数の個体について何を同じと呼べるかを、矛盾なく語れるかどうかでした。この論争を読むと、一つの標語の背後に論理学と存在論の長い応酬があることが見えてきます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|ドゥンス・スコトゥス/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争)
個物しか存在しないなら、一般的な知識は成立するか
「すべての人間は死ぬ」は何についての知識か
アリストテレス以来の学問論では、確かな知識は個々の偶然の出来事にとどまらず、一般的で必要性のある事柄を扱うと考えられました。もし個別の人間しか存在しないなら、「人間一般」についての学問は何を対象にするのでしょう。オッカムはこの難問を真正面から受け止めます。学問が扱うのは、普遍的な語を含む命題であり、その命題の真偽を理解し、正しい推論を進めることが知識の内容になると説明しました。
例えばある町の人だけが持つ習慣についての記録と、どの三角形にも成り立つ幾何学的な証明では、主張の広がり方が違います。学問が広い範囲を扱えるのは、一般概念によって構成された命題を推論できるからです。そこから直ちに、一般概念に対応した一つの普遍的な実体が存在するとは結論できません。オッカムは、知識の一般性を、知識の対象を述べる文章の一般性として読み直しました。学問の価値を守りながら、その基礎の数え方を変えたのです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|トマス・アクィナス)
「いま目の前にある」と知ることの特徴
オッカムは認識を論じる際、「直観的認識」と「抽象的認識」を区別しました。直観的認識は、ある個物が存在しているか、別のものとどう関係しているかなど、具体的な事柄について確かな判断を生じさせうる認識です。例えば目の前の本があることや、その本が机の上に置かれていることを理解する場面が近い例になります。感覚と知性の両方で、個別的なものを認識できるという点に彼の議論の特徴があります。
中世の多くの思想家は、感覚は個々のものを捉え、知性は普遍的なものを捉えると考えました。オッカムは、知性も個物について直接的な認識を持てると論じ、その個物があるという判断の成り立ちを詳しく探ります。目の前の本があると知ることと、本一般について考えることでは、認識が与える情報の種類が異なります。この区別は、学問の一般性を重んじながら、現実の個々の存在との接点をどのように説明するかという問題につながりました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|ピエール・オリオール/スタンフォード哲学百科事典|古代・中世の経験論)
記憶で思い浮かべることと、存在を確かめること
昨日読んだ本の表紙を思い浮かべても、その本が今も机にあると確認したことにはなりません。オッカムが「抽象的認識」と呼ぶものは、対象がいま存在しているかどうかの判断を、それ自体では確実に与えない認識です。この言葉は単に具体例から共通の特徴を取り出すという意味に限られません。対象の有無を判断する働きとの関係で、直観的認識と対にして説明されます。
神の全能を論じる神学の文脈では、通常の自然的な認識と、神の力によって可能とされる例外的な場合の関係も問題になります。オッカムは、直観的認識が自然な状況で真なる存在判断を生むことと、神学的に考えられる特殊な場合を区別して議論しました。この複雑さは、彼を現代的な意味で「見たものだけを信じる経験主義者」と呼ぶ説明を超えています。知性が個物をどう知り、どんな判断まで正当化できるかを精査したことが重要です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|ピエール・オリオール/スタンフォード哲学百科事典|中世哲学の心的表象)
「存在するものの種類」を減らすと何が変わるのか
実体と性質を中心に、世界を説明する
アリストテレスの『カテゴリー論』以来、学者たちは存在や語られ方を、実体、量、性質、関係、場所などの区分で考えてきました。オッカムは、被造世界で現実にあるものを、個別的な実体と個別的な性質を中心に説明しようとします。ここでいう実体は一匹の猫や一人の人間など、それ自体として存在する個体を指し、性質はその個体の色や温かさのような、個々に存在するあり方を指します。十種類の区分があるからといって、十種類の独立した実体を認める必要があるかを検討したのです。
例えば一つの机が窓の近くにあるとします。「近くにある」という関係は、机と窓とは別に浮かぶ第三の物なのでしょうか。机と窓の位置やあり方を説明できれば、それだけで「近い」という文の真偽を理解できる可能性があります。オッカムは、関係や量について語ることを禁じたのではありません。語り方の種類を、そのまま独立して存在するものの種類と重ねる必要があるかを問い直しました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の範疇論)
「二倍長い」と言えるために、関係の実体が要るか
一本の縄を測り、別の縄と比べれば「二倍の長さだ」と言えます。さらに縄を丸めたり伸ばしたりしても、同じ縄の長さを比較できる場合があります。比較についての文章は多様ですが、文章で表せる関係が増えるたびに、その関係を担う新しい存在を追加する必要があるとは限りません。オッカムの自然哲学は、量や線や位置の語りを、具体的な物と性質についての説明へ結び直そうとしました。
この試みは当時の数学的な自然研究とも関係し、後の物理学へつながる議論にはほかにも多くの学者が参加しました。十四世紀の大学では運動、量、因果について議論が重ねられています。彼の理論の面白さは、ある語が学問に役立つことと、その語に一対一で対応する実体を置くことを分けた点です。量や関係を含む文を、どこまで具体的なもののあり方に即して説明できるかが、新しい課題として現れました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の範疇論/スタンフォード哲学百科事典|ジャン・ビュリダン)
それでも世界の違いを正しく見分けられるか
存在を少ない種類で説明するとき、私たちは違いを見落とさないかという心配も生まれます。赤い花と白い花が同じ種類の花であるとしても、色の違いは現実にあります。オッカムの立場では、花そのものも色のような性質も個別的に存在すると考えられます。一般的な名や関係を表す文を分析することは、違いを消すことではありません。現実の個々の違いを保ちながら、言葉による説明の仕組みを単純にできるかが問われます。
この問いは哲学の方法にも関係します。見ている世界の複雑さに合わせて概念を多く用いることと、概念の数だけ実在の種類を認めることを区別するからです。後の学者は、オッカムの絞り込んだ存在論を受け継ぐ部分もあれば、量や様態についてより多くの区別を認める部分もありました。提案された理論が何をうまく説明でき、どんな場合に困難が生じるかが、学問の次の論争を生みます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の範疇論/スタンフォード哲学百科事典|ジャン・ビュリダン)
普遍の問題は、神学とどうつながったのか
神は何を知り、何を創造するのか
オッカムはフランシスコ会の神学者として、世界を神が創造したというキリスト教の理解の中で哲学を行いました。現実には個別の被造物が存在するという主張は、神が何を知り、何を創造するかという問いにも関わります。神が人間を造るとき、普遍的な「人間という実体」を個々の人間とは別に造る必要があるのでしょうか。オッカムは、被造物を一つずつ存在するものとして捉え、一般概念に対応する普遍的な実体を創造の対象として増やす必要を認めませんでした。
ここで現代の「科学的な説明だから宗教から離れた」という見方を当てはめると、彼の議論の出発点が見えにくくなります。神についての議論は、彼の認識論や存在論と同じ学問の場で論じられていました。普遍的な実体を認めないことと、神の創造や知識を否定することは、彼にとって別の問題です。神学上の前提を受け入れたうえで、何を世界の構成要素として認めるべきかを厳しく吟味したところに、当時の論争の独特な形があります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|古代・中世の経験論)
神の全能と、人が普段経験する秩序
中世の神学者は、神が何を行いうるかという全能の問題を細かく考えました。オッカムも、自然の通常の経過と、神の力について論理的に想定できる事柄を区別して議論しています。例えば目の前にあるものを知覚するという通常の出来事について、神が別の仕方で認識を生じさせることが可能かを検討しました。ここでは「ありうること」と「普段起こること」を分けることが、知識についての理論を精密にする働きを持ちます。
人が昨日のことを思い出しても、今日の出来事を目撃したことにはなりません。認識の種類を区別する思考は、こうした身近な差から理解できます。オッカムの神学的議論は、その上で神の力の限界や被造物の働きへ進みます。彼の主張を「自然法則はすべて無意味」という単純な結論へ置き換えることはできません。自然の通常の因果的な働きを認める一方で、神学ではどんな可能性まで考えられるかを調べていたのです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|ピエール・オリオール)
善い行為は、同じ見た目なら同じ価値か
オッカムの関心は存在論にとどまりません。倫理学では、人間の意志や意図が行為の道徳的な価値にどう関わるかを重視しました。例えば二人が同じ道を歩いて教会へ向かったとしても、一人は祈るため、もう一人は別の目的のためかもしれません。外から見える動作だけでは、二人の行為がどんな意図に支えられているかを説明し尽くせません。個々の人間が何を選び、なぜそうしたかという問題が倫理的な評価に関わります。
この議論を普遍論争と結びつける場合にも、すべてが一つの結論から自動的に出てきたと考える必要はありません。彼は意志に関する神学・心理学の論争と、個物についての形而上学の論争に、それぞれ別の論証を与えています。具体的な人の意図を丁寧に考える姿勢は、個別的なものを重んじる彼の関心と響き合いますが、倫理学を単なる唯名論の応用として扱うと、意志と神の命令をめぐる複雑な議論が失われます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世政治哲学)
教皇との争いは、どうして起こったのか
フランシスコ会が守ろうとした「貧しさ」
アッシジのフランチェスコ(1181〜1182年頃〜1226年)はイタリアで清貧と説教の生活を始め、彼に由来するフランシスコ会は十三世紀に広く活動しました。修道士は所有物を持たず、人々の寄付などによって暮らすことを理想としました。問題になったのは、修道士が使う衣服や住まいや食物を、誰が法的に所有するかという点です。個人や修道会が所有権を持たず、使用することだけを認められる仕組みが教会の制度の中で形づくられていました。
たとえば友人から本を借りて読めば、使用している人と所有している人は別です。では、食べればなくなるパンについても、使用と所有は完全に分けられるでしょうか。この問題は修道会の生活と、財産の管理をめぐる実際の法制度に関わりました。1279年には教皇ニコラウス三世がフランシスコ会の清貧のあり方を承認します。ところが次の世紀になると、修道士が何を所有し、何を使用するかをめぐる判断が大きく変わっていきました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世政治哲学)
ヨハネス二十二世と修道会の対立
教皇ヨハネス二十二世(1244年頃〜1334年、在位1316〜1334年)はアヴィニョンを拠点に教会を統治し、フランシスコ会の財産制度を見直しました。1322年と1323年の教皇文書を通じて、使用と所有の切り離し方を批判し、キリストと使徒たちが財産を持たなかったという主張にも異議を唱えます。食物のような消費されるものでは、使うことと所有することを法的にどう区別できるのかが争われました。
フランシスコ会総長ミカエル・デ・チェゼーナ(1270年頃〜1342年)は、修道会の理想をめぐって教皇と対立した指導者でした。1327年にアヴィニョンへ来たミカエルは、教皇文書や従来の決定を調べるようオッカムに求めます。オッカムは旧来の判断と教皇の新たな見解の矛盾を問題とし、教皇自身が信仰上の誤りを固守していると批判するに至りました。議論の中心には、教義の解釈と、教会の権威はどこまで及ぶかという具体的な争点がありました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世政治哲学)
亡命先ミュンヘンで、何を論じ続けたか
1328年5月、オッカムはミカエルらとともにアヴィニョンを離れ、教皇ヨハネス二十二世と争っていたバイエルンのルートヴィヒ四世の保護下へ入りました。やがて一行はミュンヘンへ移り、オッカムはそこで政治と教会の権限についての著作に力を注ぎます。1328年には許可なく教皇庁を離れたことによって破門されています。これは1324年に調査された大学時代の哲学説が正式に異端と宣告されたこととは区別されます。
彼の『対話』などの政治著作では、教皇が誤る可能性、信徒が誤りにどう対処するか、皇帝や世俗の統治者の権限がどこから来るかが問われました。皇帝側の宮廷で議論を進めた彼は、1347年にミュンヘンで没したと考えられています。普遍論争を論じた学者が、のちに所有権や権威の限界をめぐって政治的な論争を行ったことは重要です。両者の関係を理解するには、抽象的な理論の類似だけでなく、アヴィニョンで起きた具体的な出来事を押さえる必要があります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世政治哲学/英国学士院|オッカム『対話』ラテン語校訂版・英訳)
十四世紀の学者たちは、オッカムをどう受け継いだのか
ジャン・ビュリダンは、言葉と自然研究を進めた
ジャン・ビュリダン(1300年頃〜1358年頃)は十四世紀のパリ大学で活動した哲学者・論理学者です。普遍を心的な表現や言語の働きから説明する流れの中で、オッカムと関連づけて研究されます。ビュリダンは語の代示や推論を体系的に論じ、自然界について知識を得るための認識論を発展させました。彼をオッカムの学説の単なる繰り返しと見ることはできず、実体を理解する概念の成立や量の扱いでは独自の答えを示しました。
ある馬の体色や動きの特徴を覚えれば、別の馬と共通する点に気づけます。ここで、馬という実体を知ることは、いくつかの色や形の表現を足し合わせるだけで説明できるでしょうか。ビュリダンは、この問題に対してオッカムの心的概念論を批判的に検討しました。共通の実体を置かずに普遍を説明する立場の内部にも、知識や概念の作り方をめぐる対立があったのです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ジャン・ビュリダン/スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争)
「古い道」と「新しい道」は、何が違ったか
十四世紀後半以降の大学では、実在論寄りの説明と、オッカムやビュリダンに結びつく意味論的な説明が、しだいに異なる学問の道筋として語られるようになります。前者は「古い道」、後者は「新しい道」を意味するラテン語の呼び名でも知られました。大切なのは、これは新旧の年号を比べる単純な分類ではなく、概念が何を表し、論理的な文をどう解釈し、学問をどう組み立てるかという方法の違いを示していたことです。
例えば「人間」という語を見たとき、まず現実に共通する本性との関係を問うのか、文の中でその語が何を指すかを分析するのかで、解決の道筋が変わります。大学の教師たちは共通する古代著作を読み、異なる理論を比較しながら、重なり合う学問の場で論争を続けました。普遍論争の歴史は、哲学者の立場が入れ替わるだけでなく、どんな問いから議論を始めるかが変化する歴史でもあります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|ジャン・ビュリダン/スタンフォード哲学百科事典|中世の語の性質)
「近代科学の父」という呼び方で何が見えなくなるか
オッカムの思考の節約や、個々の経験を重視する姿勢から、彼を近代科学の直接の創始者として語りたくなるかもしれません。実際、十四世紀の大学では自然哲学と数学的な説明が発展し、彼の論理学がその一部へ寄与したと研究されています。同時に、その時代の学問はアリストテレスの著作やキリスト教神学と密接に結びついていました。オッカムの目的は、後世の実験科学の方法を先取りすることではなく、当時の論理・自然・神学の問題を解くことでした。
科学の変化を考えるときには、複数の学者の議論、大学の制度、数学的な道具、実際の観察や実験の発達を確かめる必要があります。オッカムは、言葉に対応して実体を増やすことに慎重で、現実の個体をどう認識するかを深く考えました。その成果は後世に多様な仕方で読まれます。影響を具体的な論点に絞ることで、彼の仕事そのものの独自性と、さらに先で起こった学問の変化をともに理解できるようになります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|ジャン・ビュリダン/スタンフォード哲学百科事典|中世の範疇論)
私たちは、何を根拠に「同じ種類」と呼ぶのか
分類が役立つことと、本質が実在すること
図鑑で植物を調べると、葉の形や花の構造などに基づいて名前を見つけられます。分類が役立つという事実から、分類ごとに一つの普遍的な実体が存在するという結論が直ちに出るでしょうか。オッカムの普遍論は、その間に問いを置きます。いま見ている植物はどのような個体か、その特徴を知性はどのように捉え、同じ言葉を何に使えるか。答えは世界の現実と、概念の働きの両方を調べる必要があります。
現代の生物学で種を定める問題は、進化や繁殖など中世にはなかった知見にも依拠します。オッカムの理論をそのまま現代の分類学の結論にしてしまうことはできません。それでも「似ていること」「同じ種類に属すると判断すること」「共通の本質が独立して存在すること」を区別する視点は、今も考える手がかりになります。一つの名前を使っているとき、その名前は何を知るための道具なのか、という問いが残ります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|自然種/スタンフォード哲学百科事典|形而上学の唯名論)
同じ色、同じ形は、どこまで客観的か
二つの布を見て、どちらも赤いと言えることがあります。光の条件が変われば見え方は変化しますが、染料や反射の性質について調べることもできます。分類には、観察した人の言葉だけでなく、もの自体の性質が関わります。オッカムは個々のものが実際に似ていることを認めつつ、同じ赤さという普遍的な実体の存在は別の問題として考えました。似ている理由をめぐる説明は、実在論と唯名論が今も議論する中心的な論点です。
例えば二枚の布について「赤い」と言うとき、具体的な色調の差をどこまで認め、どの範囲を同じ名前でまとめるかは、目的によって変わります。美術の色彩表現、衣服の仕分け、光学的な測定では、分類の細かさも違います。ここでの現代例は中世の著作の内容を示すものではなく、普遍についての問いを自分の経験へ引き寄せるための補助です。言葉の便利さと世界の客観的な特徴の関係を確かめるという難問は、なお開かれています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|古代・中世の経験論/スタンフォード哲学百科事典|性質の哲学/スタンフォード哲学百科事典|形而上学の唯名論)
「共通の本質はあるか」への、オッカムらしい答え
最初の二匹の猫へ戻りましょう。オッカムなら、現実にいるのはそれぞれの猫であり、知性がそれらを表す一つの普遍的な概念を持つと説明します。二匹が猫として似ている事実はありますが、その説明のために個体とは別の共通実体を置く必要はありません。アクィナスは個物に存在する本性と知性の抽象を結び、スコトゥスは個物の中の共通本性と個体化の原理を区別しました。同じ「猫」という例から、それぞれ異なる存在の説明が生まれます。
私たちが何かを「同じ」と呼ぶとき、数が同じという意味なのか、種類が同じなのか、似た性質を持つという意味なのかを分ければ、問いは明確になります。そして、どんな証拠があれば共通の本質を世界の中に認めるべきかを考えられます。オッカムが読者へ残すのは、単に一つの答えを暗記するための標語ではありません。言葉がうまく使えるという経験から出発し、その言葉に対応するものを世界にどこまで認めるか、理由を求め続ける哲学の方法です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|トマス・アクィナス/スタンフォード哲学百科事典|ドゥンス・スコトゥス/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争)
略年表|普遍論争からオッカムの生涯へ
- 3世紀後半|ポルピュリオスが『イサゴーゲー』を書き、属や種の実在についての問いを示す
- 6世紀初め|ボエティウスがポルピュリオスの入門書をラテン語へ訳し、注釈で普遍を論じる
- 1079年|後にパリ周辺で普遍と言語について論じるアベラルドゥスが生まれる
- 12世紀前半|アベラルドゥスが、共通語と個々のものの関係を詳しく論じる
- 1225年頃|トマス・アクィナスがイタリアに生まれる
- 13世紀半ば|パリやオックスフォードで大学の神学教育とアリストテレス研究が発展する
- 1265〜1266年頃|ドゥンス・スコトゥスがスコットランドに生まれる
- 1274年|アクィナスが没する
- 1279年|教皇ニコラウス三世がフランシスコ会の清貧制度を承認する
- 1287〜1288年頃|ウィリアム・オッカムがイングランドのサリー地方に生まれる
- 1308年|ドゥンス・スコトゥスがケルンで没する
- 1309年|教皇庁がアヴィニョンに置かれる時代が始まる
- 1316年|ヨハネス二十二世が教皇となる
- 1317〜1319年頃|オッカムが『命題集』に関する講義を行い、オックスフォードで神学を学ぶ
- 1322年|ヨハネス二十二世がフランシスコ会の所有制度に関する教皇文書を出す
- 1323年|教皇がキリストと使徒の無所有をめぐる教説を批判する
- 1323〜1325年頃|オッカムが『論理学大全』を著す
- 1324年5月|オッカムが神学説の審査のためアヴィニョンへ召喚される
- 1327年|フランシスコ会総長ミカエル・デ・チェゼーナがアヴィニョンで教皇と対立する
- 1328年5月|オッカムらがアヴィニョンを離れ、ルートヴィヒ四世の保護を受ける
- 1328年6月|オッカムが無許可でアヴィニョンを離れたため破門される
- 1329年頃|オッカムがミュンヘンへ移り、教皇権と政治権力について著述を進める
- 1332〜1334年|オッカムが教皇による清貧論批判を検討する『九十日間の著作』を執筆する
- 1334〜1346年頃|オッカムが教会の権威を扱う『対話』の執筆を続ける
- 1347年|オッカムがミュンヘンで没する
- 14世紀後半|ビュリダンらによる論理・意味論の議論が「新しい道」の展開に影響する
オッカムの初期の経歴には推定の年代が含まれます。生涯の主要な出来事と普遍論争の学説を、本人の著作を扱う専門研究に照らし、確定した日付と概年を区別しました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|中世政治哲学)
まとめ|共通する本質を考えるための三つの立場
普遍論争の出発点は、別々に存在するものへ「同じ種類」という言葉を正しく当てはめられる理由にあります。ポルピュリオスが挙げ、ボエティウスやアベラルドゥスが論じた問いを、十三世紀のアクィナスとスコトゥスはさらに精密に考えました。アクィナスは個々のものに存在する本性と、知性がそれを普遍的に捉える働きを結びつけます。スコトゥスは共通本性と「このもの性」を区別し、共通性と個体性をともに説明しようとしました。
十四世紀のオッカムは、現実に存在するものを個別的なものと捉え、普遍は心的概念とそれに従う言葉の働きによって説明できると主張しました。『論理学大全』では、語がどのような対象を指し、命題がどんな条件で真となるかを詳しく考えます。彼の剃刀は根拠なく存在を増やすことへの慎重さを示し、彼自身の普遍実在論批判には整合性をめぐる論証もありました。その後、アヴィニョンでの清貧をめぐる宗教対立は彼の政治思想を形づくります。「共通する本質」はどの意味で存在すると言えるのか。オッカムの思想は、世界の類似性、一般概念、実在の数え方を区別して答えを探す視点を伝えています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム/スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争/スタンフォード哲学百科事典|ドゥンス・スコトゥス/スタンフォード哲学百科事典|トマス・アクィナス/スタンフォード哲学百科事典|中世哲学の心的表象)
参考資料・出典
主に中世哲学の専門研究と、そこで示される『イサゴーゲー』『存在と本質について』『命題集』注解『論理学大全』『対話』などの原著論点を参照しました。哲学者本人の立場、同時代の批判、後世の受容を区別し、現代の具体例は理解の補助として用いています。
- スタンフォード哲学百科事典|ウィリアム・オッカム
- スタンフォード哲学百科事典|中世の普遍論争
- スタンフォード哲学百科事典|ドゥンス・スコトゥス
- スタンフォード哲学百科事典|トマス・アクィナス
- スタンフォード哲学百科事典|ペトルス・アベラルドゥス
- スタンフォード哲学百科事典|ポルピュリオス
- スタンフォード哲学百科事典|ボエティウス
- スタンフォード哲学百科事典|中世哲学の心的表象
- スタンフォード哲学百科事典|中世の語の性質
- スタンフォード哲学百科事典|中世の「このもの性」論
- スタンフォード哲学百科事典|中世政治哲学
- スタンフォード哲学百科事典|ジャン・ビュリダン
- スタンフォード哲学百科事典|古代・中世の経験論
- スタンフォード哲学百科事典|中世の範疇論
- スタンフォード哲学百科事典|形而上学の唯名論
- スタンフォード哲学百科事典|自然種
- スタンフォード哲学百科事典|性質の哲学
- スタンフォード哲学百科事典|中世懐疑論
- スタンフォード哲学百科事典|ペトルス・ヒスパヌスの論理学
- スタンフォード哲学百科事典|ピエール・オリオール
- インディアナ大学学術リポジトリ|オッカム『論理学大全』第1巻・抜粋英訳
- スタンフォード大学|『論理学大全』第1巻第14章・原典抜粋
- The Logic Museum|スコトゥス『オルディナティオ』第2巻・共通本性の原典
- Corpus Thomisticum|アクィナス『存在と本質について』ラテン語原典
- 英国学士院|オッカム『対話』ラテン語校訂版・英訳