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Philosophy

1978

【美術と哲学】絵画の「枠」はどこまで作品なのか

デリダ『絵画における真理』

1978年のパリでは、近代美術館に足を運ぶことが、絵を眺める行為だけにとどまらなくなっていました。前年に開館したポンピドゥー・センターは、美術館、公共図書館、音楽や映像の活動を同じ建物に集めています。鑑賞者は展示室を歩き、作品に付された題名や説明を読み、ガラス越しに街を眺め、さまざまな文化が交差する場所を経験しました。作品を見せる建物、展示方法、解説の言葉まで含めて、美術の体験が成り立っていたのです。

古い絵画の前に立つと、私たちは額縁に囲まれた色彩や人物へ目を向けます。木製の額縁は壁と絵の境界を際立たせ、金箔や彫刻によって絵の印象も変えます。別の額縁に掛け替えたり、周囲の壁を塗り替えたりしただけで、同じ絵が違って感じられることもあるでしょう。それでも作品はキャンバスの内側にあり、額縁は後から付けられた飾りだと考えるのが自然に思えます。

フランスの哲学者ジャック・デリダ(1930–2004)は、1978年の『絵画における真理』で、その境界を問題にしました。額縁は絵の外にありながら、何を一枚の作品として見るかを教えてくれます。タイトルや署名、展覧会の制度、絵について語る哲学者の文章も、作品に付け加えられるものとして扱えます。どこまでが絵そのもので、どこからが絵の外なのでしょうか。

デリダは18世紀のカントの美学を読み直し、ファン・ゴッホの古靴を描いた作品をめぐる哲学者と美術史家の論争へ進みます。また、同時代の美術家アダミやティテュス=カルメルとの仕事を通じて、素描と文章、題名と像の境界も考察しました。作品をはっきり区切るための枠が、実際には作品を成立させる働きを持っている。その不思議さが、絵画を通じた哲学の問いになります。

CONTENTS

  1. 1978年のパリで絵画はどのように見られていたのか
  2. ジャック・デリダは絵画に何を問うたのか
  3. 1978年の『絵画における真理』はどのようにできたのか
  4. 「パレルゴン」とは何を指す言葉なのか
  5. 額縁はいつから絵画に必要になったのか
  6. カントは額縁をどのように考えたのか
  7. 美しいと判断するために「外側」は必要なのか
  8. プッサンの絵を囲む金色の額縁は誰の作品なのか
  9. ラファエロの宗教画は額縁でどう変わるのか
  10. 彫像の衣と建物の列柱も「枠」になるのか
  11. 「純粋な切断」とは何を分けようとするのか
  12. 「巨大なもの」は額縁の中に収まるのか
  13. 「パスパルトゥー」は絵と文章の間で何をするのか
  14. ヘーゲルの美学は作品をどう語ろうとしたのか
  15. 1975年、ヴァレリオ・アダミとデリダは何を試みたのか
  16. 「カルトゥーシュ」は何を囲むのか
  17. ティテュス=カルメルの素描は同じ物をどう変えて見せるのか
  18. 1978年の展覧会は素描と哲学をどう結んだのか
  19. ファン・ゴッホの靴はどんな絵なのか
  20. ハイデガーは靴の絵から何を読み取ったのか
  21. 美術史家シャピロは何に反論したのか
  22. デリダの「返還」は靴を誰へ返すのか
  23. 靴を描いた絵は何を証明できるのか
  24. 作品の題名は「内側」か「外側」か
  25. 署名と作品の真正性はどう結びつくのか
  26. 美術館、批評、価格はなぜ作品の周りにあるのか
  27. パレルゴンは「なんでも作品だ」という考えなのか
  28. 額縁の研究はなぜ美術史に必要なのか
  29. 絵画の外を調べると何が見えてくるのか
  30. 略年表|美学と絵画の枠をめぐる研究
  31. まとめ|絵画の「枠」はどこまで作品なのか
  32. 参考資料・出典

1978年のパリで絵画はどのように見られていたのか

新しい美術館に集まる多様な観客

1977年にパリのボーブール地区で開館したポンピドゥー・センターは、美術作品の展示に公共図書館や映像、音楽などの活動を結びつけました。美術に詳しい人も、街を歩いて立ち寄った人も、同じ建物を訪れ、作品の画像や情報へ触れられる構想でした。展示空間の設計や館内の案内そのものが、美術との出会いを変えていきます。

翌1978年には、このセンターでジェラール・ティテュス=カルメルの素描展が開催され、デリダの文章が図録に掲載されました。美術についての哲学的な議論は大学の講義室から展覧会へも持ち込まれます。作品を取り囲む言葉や制度が何を変えるのかという問いは、まさに当時の文化施設の現場と結びついていました。(参照:ポンピドゥー・センター|1977年の開館と美術館の新しい機能/ポンピドゥー・センター|1978年ティテュス=カルメル展・図録の記録)

絵の前には作品名と説明が置かれている

美術館で一枚の絵を見る前に、鑑賞者は作品の作者名、題名、制作年を確かめることがあります。抽象的な形の絵でも、題名が「街」と書かれていれば建物の輪郭を探すでしょう。文字はキャンバスの外に印刷されていても、画面の読み方に作用します。

展示室で用いられる分類、壁の色、照明、周囲の作品との距離は、見る行為の条件です。デリダが取り上げたのは、このような外側を単純な付属品として切り離すことの難しさでした。作品を説明する文章や展示の仕組みを調べることは、何が一つの作品として認識されるのかを考える入口になります。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額装と鑑賞)

美術と哲学の間にあった新しい交流

1960年代以降のフランスでは、哲学と文学研究の方法を用いて、美術作品の見方そのものを考える議論が盛んになりました。作者の意図や作品の意味を、すでに完成したものとして受け取るのではなく、言葉、制度、鑑賞者との関係から検討する姿勢が広がります。

デリダは1967年に『グラマトロジーについて』など三冊の著作を公表し、文章に潜む対立や前提を吟味する「脱構築」の仕事を発展させていました。『絵画における真理』ではその読み方を、額縁や線、絵を解説する言葉そのものへ向けます。文字と絵画の境界が、新たな研究の場になったのです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|脱構築と哲学の歴史/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

ジャック・デリダは絵画に何を問うたのか

アルジェリアで生まれたフランスの哲学者

ジャック・デリダは1930年、当時フランスの支配下にあったアルジェリアのエルビアールで、ユダヤ系の家庭に生まれました。後にフランス本土で哲学を学び、高等師範学校などで教えながら、言語や哲学の歴史を研究します。存在や真理を語る文章が、どのような区別によって成り立っているかが大きな関心でした。

彼は西洋哲学の重要な区別を読み直し、中心に置かれたものが周辺とされたものに頼って成立する場合を検討しました。絵画の額縁は、ふだん注意を向けられない周辺部分として、その問題を具体的に考えられる対象です。誰もが見知っている額縁から、作品という概念の条件へ議論を進められます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ジャック・デリダと脱構築/フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要)

「脱構築」は作品を破壊することなのか

ある説明が「ここまでが作品、ここからが飾り」と区切るとき、その区切りはどのような基準で成り立つのでしょうか。デリダは、哲学的な文章にある対立を、まずその文章自身の論理に沿って読み、分けられた二つが互いを支える関係をたどりました。これが脱構築の基本的な方法の一つです。

絵画の場合、額縁を外しても絵の支持体は残ります。けれども絵をどこからどこまで一つの対象として見せるのかという働きは、額縁が担っていることがあります。境界に依存する仕組みを調べることは、絵が無意味だという結論よりも、作品と呼ぶための条件を精密に考える方向へ進みます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ジャック・デリダと脱構築/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

「真理」を絵の中に見つけるとはどういうことか

絵画の真理を問うとき、描かれた景色が現実に似ているかを思い浮かべる人もいるでしょう。別の人は、作品が人間の生活を深く伝えるか、画家の独自の見方を示すかを考えます。「真理」という言葉は、何を絵に期待するかによって意味が変わります。

デリダが扱うのは、哲学者が絵画の真理を語る際に、どの立場から何を根拠に断定できるのかという問題です。画面の内側に真理が保存され、それを哲学者が取り出すという簡単な構図では済みません。絵画に関する説明の仕方自体が、検討する対象になります。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

1978年の『絵画における真理』はどのようにできたのか

セザンヌの手紙から取られた書名

1905年10月23日、フランスの画家ポール・セザンヌ(1839–1906)は、若い画家エミール・ベルナール(1868–1941)への手紙で、「絵画における真理」を伝えるという趣旨の言葉を書きました。手紙には、自然を見つめ、先行する表現を繰り返さずに画面をつくる苦闘が記されています。

デリダの書名はその一節を受けています。セザンヌの言葉は制作への約束として書かれましたが、哲学書の表題に置かれると、誰が誰に真理を語るのかという問いを生みます。著者の意図と、引用された言葉が新しい文脈で持つ働きの違いも、この本の主題に関わります。(参照:コートールド美術館|セザンヌからベルナールへの1905年10月23日付書簡/セザンヌ協会|1905年の書簡と制作論の資料/フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要)

単行本の初版と英訳の刊行

『絵画における真理』(La Vérité en peinture)は1978年にパリのフラマリオン社から刊行されました。英語版『The Truth in Painting』はジェフリー・ベニントンとイアン・マクラウドの翻訳により1987年、シカゴ大学出版局から刊行されています。1978年を記事の年代とするのは、フランス語版の公刊に基づきます。

本に収録されたすべての文章が1978年に初めて書かれたわけではありません。カントに関する講義や1975年のアダミ展の文章など、異なる時期の仕事が一冊に集められています。制作・発表・再編集の経緯を知ると、哲学書そのものも、複数の文脈を持つ構成物として見えてきます。(参照:フランス語圏アクセシブル図書館|『絵画における真理』の目録・書誌/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/CiNii Books|デリダとアダミ『Le voyage du dessin』(1975))

四つの部分が扱う異なる境界

本の主要部分は「パレルゴン」「+R」「カルトゥーシュ」「返還」の四つで構成され、冒頭には「パスパルトゥー」と呼ばれる文章があります。カントの美学の読解から始まり、同時代の美術家の素描とテクスト、さらにファン・ゴッホの靴についての解釈論争へと話題が移ります。

ばらばらに見える文章には、絵を取り囲むものを調べるという共通の関心があります。額縁、作品名、署名、美術館、引用、批評文を順に考えると、どの地点で「作品の内側」を確定できるのかが問われ続けているとわかります。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/シカゴ大学出版局/デ・グリュイター|『The Truth in Painting』四部構成と英訳/フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要)

「パレルゴン」とは何を指す言葉なのか

作品とその周囲を分ける言葉

「パレルゴン」はギリシア語に由来し、仕事や作品そのものを指す「エルゴン」に対して、その傍らにある付加的なものを意味します。額縁は絵画に対する典型例です。額は画布に塗られた色の一部ではなく、周囲に取り付けられて画面を囲んでいます。

その一方で、額縁によって絵が壁から切り分けられ、一枚の作品として見えやすくなります。外側に位置しながら、内側を成立させる働きを担う。このねじれをデリダは追究しました。単に「額縁が重要だ」と述べるより、なぜ外部とされたものが作品の条件になるのかを考えることが要点です。(参照:ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019)/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

額縁を外すと絵は同じなのか

たとえば小さな風景画を、細い木枠に入れた場合と、厚く彫刻された金色の額に入れた場合を比べてみます。キャンバス上の山と空は変わりません。鑑賞者に届くスケール感や、どこが画面の終わりに見えるかは大きく変化し得ます。

額縁が絵の物質的な一部かどうかと、絵を認識する条件の一部かどうかは別の問いです。カントが外から添えられる飾りとして論じたものを、デリダは作品の境界を成り立たせるものとして読み直します。ここに「内か外か」という二択では捉えられない問題があります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額縁の歴史/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

付け加えたものが中心を支える

額を選ぶ人は画家とは別の人物かもしれません。展示が変われば、額だけ新しくなる場合もあります。外から加えられたものが作品の見え方を支えることは、作品を孤立した物体として考える立場に問いを投げかけます。

デリダの主張は、すべての付属品を無条件に作品の内部へ含めようという命令ではありません。どの境界を誰が引き、作品を鑑賞する場面で何が働いているかをたどる方法です。図録や展示台も、それぞれ異なる仕方で境界をつくります。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019)/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額装と鑑賞)

額縁はいつから絵画に必要になったのか

宗教画と建築に組み込まれた枠

西洋の祭壇画では、絵が祭壇の建築的な枠組みと一体になって制作されることがありました。柱や尖塔状の装飾、複数の画面を分ける部材が、描かれた聖人の位置関係を定めます。その枠を取り外すと、別々の画面に分かれてしまう作品もあります。

ロンドンのナショナル・ギャラリーは、所蔵する古い絵画の多くが当初の額縁を残していないと説明しています。作品が切り離されて売買され、額が交換された歴史は、現在見られる額が画家の当初の構想とは限らないことを教えます。額の来歴を確かめることが作品研究の一部になるのです。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ラファエロ《モンドの磔刑図》と額装の研究/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額縁の歴史)

16世紀の額縁を単独で展示する

16世紀のヴェネツィア周辺では、木彫りの渦巻きや植物模様を備えた装飾的な額が作られました。今日「サンソヴィーノ様式」と呼ばれるものには、建築的な要素を小さな枠の上で組み合わせた例があります。額縁そのものが熟練した職人の仕事として鑑賞できます。

ロンドンのナショナル・ギャラリーが2015年に開催した「サンソヴィーノ様式の額縁」展では、多くの額が絵画を入れずに展示されました。ふだん絵を支える周囲の物が、展示室では鑑賞の中心になります。どこからが作品で、どこまでが付属物なのかは、展示の仕組みによっても変わります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|サンソヴィーノ様式の額縁展/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額縁の歴史)

保存のための枠と装飾の枠

現代の美術館で額縁が担う役割には、絵画の保持、運搬や保管時の保護、展示の調整もあります。枠の材料と加工には、画面の安全と美観の両方が求められ、保存修復の専門家が仕事を担っています。

美術品の保護という機能を知ると、額縁は単なる「見栄えのための飾り」とも言い切れなくなります。作品に触れずに扱うこと、壁に掛けること、光との距離を調整することを支えるからです。カントの美学上の位置づけと、美術館での技術上の働きを分けて考えられます。(参照:ワシントン・ナショナル・ギャラリー|額縁の保存と展示の技術/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額装と鑑賞)

カントは額縁をどのように考えたのか

『判断力批判』が問う美しさの判断

ドイツの哲学者イマヌエル・カント(1724–1804)は、1790年の『判断力批判』で、私たちが何を美しいと感じ、その判断を他人にも認めてほしいと思うのかを論じました。美しいという判断は、物を自分の目的に役立てる判断とも、対象の概念を確認する判断とも異なる性格を持つと考えました。

たとえば花を見て「美しい」と言う人と、その花の薬効を評価する人は、同じ花に異なる問いを向けています。カントはこうした判断の違いを、快の感じ方や目的との関係から検討しました。デリダが注目したのは、その理論で額縁のような付加物がどこに置かれるかという点です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

第14節に登場する三つの例

『判断力批判』第14節では、カントは絵画の額縁、彫像に掛けられた衣、立派な建築の周囲の列柱を、対象に外から添えられる装飾の例として挙げます。いずれも中心となる作品をよりよく見せる働きを持ちますが、中心の表現そのものと区別されています。

これらは額縁だけを指す狭い概念の例ではありません。彫像の衣をどこまで彫刻の本体とするか、列柱を建築のどこに位置づけるかという問題も含みます。絵画の外と内をめぐる問いが、身体表現や建築にも広がる理由はここにあります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

華美な金の額と美の判断

カントは、付属的な飾りも形によって鑑賞の喜びを増す場合があると考えました。他方、金色の輝きで注意を引き、作品そのものへの判断を誘導するような飾りには批判的です。問題にされているのは、額縁が存在する事実だけでなく、美しさを判断する際の根拠です。

デリダは、理論の中で外側に置かれた額縁が、純粋な美の判断を成立させる境界を支えていることへ注目します。周辺のものを排して作品だけを見ようとするには、そもそもどこが作品なのかを知っていなければなりません。その区分がどう作られるのかが次の問いになります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

美しいと判断するために「外側」は必要なのか

好みと美の判断を分ける境界

好きな色の服を見たとき、人は自分が着たいという願望から「よい」と判断することがあります。美術館で絵を見て美しいと感じる場合、所有したいという気持ちとは区別して語ることもできます。カントの「利害から離れた」判断は、こうした区別を説明するための考え方です。

その区別を実行するには、どこが鑑賞される対象で、何が所有や実用の目的に属するかを分ける必要があります。デリダの読解は、外側に置かれる条件を調べることで、純粋な判断がどのように語られるかを考えます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

絵画を独立した対象として示すもの

絵画の前に立ち、画面の端を見つめると、描かれた風景がそこで終わり、周囲に実際の展示室が続いていることに気づきます。額縁はその二つの空間を分け、絵の内部を一まとまりの世界として見せます。

周囲の壁から絵を区切る仕組みを取り除いたとき、その絵が独立した対象としてどのように認識されるのかが問題になります。額縁は物としては周辺にありながら、鑑賞の対象を設定するという意味で中心に関わります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額縁の歴史/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

外部を取り除くことと内部を決めること

哲学者が「付け足しは美の判断から除外しよう」と言うとき、何を付け足しと呼ぶかを先に決める必要があります。画家自身が装飾的な枠を絵と一体に作った場合と、収集家が後世に額を選んだ場合では、制作の経緯が違います。

デリダが示す問題は、どんな場面でも境界が消えてしまうという単純な結論ではありません。境界を定める行為には、その境界を支える外部との関係が含まれるということです。具体的な作品の来歴を調べるほど、その関係の多様さが見えてきます。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ラファエロ《モンドの磔刑図》と額装の研究/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

プッサンの絵を囲む金色の額縁は誰の作品なのか

1633–34年の《黄金の子牛の礼拝》

フランスの画家ニコラ・プッサン(1594–1665)は、ローマで制作した《黄金の子牛の礼拝》(1633–34年)で、金の子牛を礼拝する人々と、山から戻ったモーセを描きました。画面は高さ約153センチ、幅約212センチの油彩画で、人物の身振りが画面を横切る動きをつくります。

現在ロンドンのナショナル・ギャラリーにある絵には、華麗な金色の額が付けられています。絵の中の黄金の像を囲む画面外の金色の木彫りは、別の歴史を持ちながら、鑑賞者の視線の入り方にも関わります。この具体例から額縁の来歴と作品の境界を考えられます。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|プッサン《黄金の子牛の礼拝》と額縁)

18世紀に付けられた別の時代の額

現在の額縁は絵が描かれた約80年後、1710年頃のフランスで作られたものです。所有者ジャン=バティスト・ル・ラゴワ・ド・ブルトンヴィリエが、室内の装飾を整えるために注文したと考えられています。彫刻されたオーク材に金箔を施し、花や葉、貝殻などの意匠を組み込んだ豪華な構造です。

プッサンが好んだとされる簡素な額とは、異なる趣味を表しています。絵と額が同時に制作されたという物語を当てはめれば、この重要な来歴が失われます。後世の額も歴史的価値を持つため、現在の美術館では絵とともに保存されているのです。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|プッサン《黄金の子牛の礼拝》と額縁/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額縁の歴史)

額縁自体が独立した美術品になる

プッサンの絵に用いられた額の四隅には装飾的な飾り板があり、縁には細かな葉の彫刻が続きます。木彫り職人と金箔を扱う職人の技術が組み合わされ、18世紀の家具や室内装飾の文化を示しています。

絵を売買する際には、額を別の絵へ転用する可能性もあります。同じ物があるときは付属品、別のときは工芸作品として評価されます。デリダが読解した「パレルゴン」の境界は、作品の評価や分類を決める社会的な営みにも結びついています。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|プッサン《黄金の子牛の礼拝》と額縁/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|サンソヴィーノ様式の額縁展/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

ラファエロの宗教画は額縁でどう変わるのか

約1502–03年の《モンドの磔刑図》

イタリアの画家ラファエロ(1483–1520)が若い頃に描いた《モンドの磔刑図》(約1502–03年)は、十字架上のキリストと聖母、聖人、天使を描いた宗教画です。こうした絵は、今日の美術館で独立した矩形の絵画として見られる以前に、祈りの場所で特定の建築的な枠と関係していました。

当初の見え方と、展示室での見え方を比べるため、ナショナル・ギャラリーは歴史的な額装の資料を調査しています。もともとの額が残る例が少ないことも、研究の重要な条件です。作品を見るときにどの時代の状況を想定するかによって、必要な情報は異なります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ラファエロ《モンドの磔刑図》と額装の研究)

額を取り替えて得られる異なる印象

ナショナル・ギャラリーのラファエロ研究は、画面を囲む枠の色、形、装飾が鑑賞者の印象を変えることを具体的に示しています。何世紀も前の絵に現在の額が付いていると、見る人は両者を一続きの古い作品と感じるかもしれません。

額の形に注意を向けると、宗教画の建築的な性格や、所有者の趣味、修復時の判断が見えてきます。画家が絵の中に置いた人物の位置と、後年の額がつくる視線の方向を分けて考えることができます。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ラファエロ《モンドの磔刑図》と額装の研究/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額装と鑑賞)

鑑賞条件もまた歴史を持つ

作品を教会から美術館へ移すと、祈りの対象としての役割や周囲の光、見る人の位置が変わります。絵の材料がそのまま保存されても、体験全体が同一であるとは限りません。絵が持つ宗教的・美術史的な意味は、複数の条件から生まれます。

額縁はこの違いを目に見える形で示します。制作年代だけで作品を語るのではなく、その後の収集と展示の歴史も調べることが、作品とその周囲の関係を理解する方法になります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ラファエロ《モンドの磔刑図》と額装の研究/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額装と鑑賞/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額縁の歴史)

彫像の衣と建物の列柱も「枠」になるのか

布が彫刻の形を見せるとき

カントが額縁と並べた例には、彫像に添えられた衣があります。古典的な彫像では、布が身体に沿って折れ曲がり、身体の動きや量感を際立たせることがあります。衣の形を追うことによって、人は下にある身体の姿まで想像できます。

彫刻の衣は、石材から同時に彫り出されている場合もあります。どこまでが本体でどこからが装飾かを、単に材料の区別から決められないところに面白さがあります。カントの三例を並べると、絵画の額だけに限らない、造形における付加と中心の問題が現れます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

列柱が建築の印象をつくる

建物の入口に列柱が並べば、そこを通る人は柱の間隔や奥行きによって建物の大きさを感じます。列柱が建物の構造を支える場合もあれば、正面を飾る性格が強い場合もあります。見る人にとっては、どちらも建築の姿を決める大切な要素です。

カントの例では、壮麗な建物を囲む列柱が外から付け加えられるものとして取り上げられます。実際の建築では、装飾と構造が切り離しにくい例もあります。デリダの読み方は、定義のために引いた境界が具体的なものの経験でどう揺らぐのかを考える助けになります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

作品の中心は素材の境目と同じか

木の額と油彩の画面は異なる材料です。彫像の衣は人物の身体と同じ大理石で彫られていることがあり、列柱は建物の荷重を担うこともあります。材料や用途に注目すると、「パレルゴン」という分類がさまざまな状態を含んでいるとわかります。

それゆえ作品の内と外の区切りを、一本の物理的な線だけで説明することは難しいのです。何を中心とするかは造形の構成、使われ方、哲学者の判断基準にも関わります。2019年にポール・デュロが概念史を再検討したのも、この語を額縁の同義語として狭く使いすぎる問題を重視したためです。(参照:ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019)/スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』)

「純粋な切断」とは何を分けようとするのか

美しさに目的を求める考えとの違い

ものを評価するとき、便利だから価値があるという説明と、形の美しさを感じるという説明は異なります。カントは美の判断の特殊性を述べるため、対象の目的や利害と、快をもたらす形の関係を細かく区別しました。

デリダは『絵画における真理』の「純粋な切断の〈なしに〉」に関わる部分で、こうした区分に使われる言葉そのものを読み解きます。外部の目的を切り離した判断を考えるとき、切断が成立する位置や根拠も問われるからです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

美術館で作品だけを見ることは可能か

美術館で作品に集中しようとしても、鑑賞者は作品名を読み、展示室の導線に従い、作品の前で立ち止まります。好きかどうかという気持ちには、自分の知っている情報や周囲の経験が重なる場合もあります。

こうした事実は、カントの美学をただ無効にするために挙げるものではありません。美の判断を一般的な形で説明しようとする哲学が、何を対象の外側として扱うかを考えるための実例です。デリダは哲学的な概念を、その使われ方に即して検討します。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要)

排除された要素が判断へ戻ってくる

装飾を取り去れば純粋な美が現れると考えるとき、どの要素が装飾なのかを見分ける作業が必要です。たとえば絵画の作者があえて極端に厚い枠を選んだなら、その選択は画面と一緒に考えられるかもしれません。

境界の判断自体が、美的な価値の判断と切り離せない例があるのです。外側を除外する基準を検討すると、純粋さを定義する哲学が、具体的な作品を何によって一つの対象とするかという問題へ戻ります。(参照:ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019)/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

「巨大なもの」は額縁の中に収まるのか

カントの崇高と広大な自然

カントは美とともに「崇高」について論じました。大きな山脈や荒々しい自然に向き合うと、人の想像力は目の前の全体を一度に捉えきれないことがあります。そこで感じられる圧倒的な経験を、カントは美の判断とは別の角度から分析します。

『絵画における真理』の「巨大なもの」と呼ばれる部分は、こうしたカントの崇高論へつながります。額縁が画面を限る働きと、全体を把握する能力を超えるものの経験とを並べることで、作品の境界の問題が広い視野で考えられます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

見ることができる範囲と想像できる範囲

遠くの山並みは視野に入っていても、地形全体の広がりを一目で経験することは難しいでしょう。絵画に描かれた山は矩形の中に収まりますが、鑑賞者が想像する自然の広さは、画面の四辺にぴったり重なるとは限りません。

この関係は、枠の外へ実際の自然が続くという単純な話ではありません。ものを測り、全体として理解する人間の能力と、その能力を超える経験との関係です。デリダはカントの語彙をたどり、対象の限界を設定する思考がどこで揺らぐかを検討します。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

「コロッサル」を尺度の問題として読む

カントの崇高論では、大きさを比べるための尺度と、それを統合する想像力の働きが問題になります。デリダは「コロッサル」という言葉の含みを検討し、巨大さが測定の問題と結びつきながら、既存の尺度を揺さぶる様子に注目します。

絵画の額の問題から自然の巨大さへ進むと、同じ「限界」が異なる意味で使われていることに気づきます。物質的な縁と、概念によって対象を捉える限界とを区別しつつ、両者の関係を探るのがここでの哲学的な仕事です。(参照:スタンフォード哲学百科事典|カントの美学と『判断力批判』/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

「パスパルトゥー」は絵と文章の間で何をするのか

額装に使う窓付きの厚紙

パスパルトゥーは絵や版画、写真の額装で用いられる、中央に開口部を持つ厚紙の台紙を指します。紙作品の周囲に余白をつくり、画像と額縁の間にもう一つの縁を設けます。縁が二重になることで、画像の見え方も調整されます。

デリダはこの語を著書の冒頭に置きました。文章を開くための部分にも、絵画を取り囲む仕組みを思わせる名前が付いています。本の前書きが読者を本文へ導き、同時に本文との区切りをつくるという性格を持つためです。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額装と鑑賞)

本の前書きも一種の枠である

一般に前書きは、本編の内容を紹介し、何が話題になるかを読者へ知らせます。読者はそこで得た説明を覚えたまま本編を読みます。前書きの文章は本の中に印刷されていますが、本編に付けられた外部の案内として扱われることがあります。

デリダは「パスパルトゥー」という題名によって、文章の前に置かれる文章の役割自体を考えさせます。冒頭が本を読む条件になるとき、付属物と中心の境界は、絵画の額と似た問題を示します。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

一冊の本にも複数の境界がある

書物には表紙、背表紙、扉、目次、章題、本文、註、索引があります。『絵画における真理』は四つの大きな部分を持ち、さらに第一部は四つに分けられています。どのページを本編と呼ぶかによって、区切り方が変わります。

書物という物の作りを意識することは、デリダの文章をただ理論の説明として読む場合には見落としやすい点です。哲学者自身も、言葉を紙の上に配置し、引用や章立てによって読者の視線を導いています。作品の外側を問う本が、自分自身の外側を持つのです。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/シカゴ大学出版局/デ・グリュイター|『The Truth in Painting』四部構成と英訳)

ヘーゲルの美学は作品をどう語ろうとしたのか

芸術を精神の歴史の中で捉える

ドイツの哲学者ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(1770–1831)は、芸術を、宗教や哲学との関係を持ちながら精神が自己を表す歴史的な営みとして考えました。彼の美学講義は死後に弟子たちによって編集・刊行され、芸術を体系的に語るための資料となりました。

デリダの「パレルゴン」第一小節「補題」は、カントだけでなくヘーゲルの美学がどのような枠組みで芸術を位置づけるかにも目を向けます。芸術を哲学の体系へ収めること自体が、芸術の外にある言説との関係を生むためです。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要)

体系の中で位置を与えられる美術

美術館の目録で「近代絵画」という分類を見ると、個々の作品は歴史の一部として理解されます。ヘーゲルのように芸術を精神の歴史において論じるときにも、作品はより大きな説明の中へ置かれます。その位置づけによって、新しく見えてくる関係があります。

デリダが問うのは、そうした説明がどのような前提から作品を語れると考えているのかということです。絵画を哲学の体系の中へ収めるとき、哲学は作品を支える外部でありながら、作品の意味を定める中心的な力にもなり得ます。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/スタンフォード哲学百科事典|脱構築と哲学の歴史)

哲学の言葉も作品に後から付けられる

ある画家の絵が制作された何十年も後に、美術史家がその作品を一つの運動の代表作と名づけることがあります。その分類は制作時には存在しなかったとしても、後の鑑賞者の理解へ強い影響を与えます。

哲学者が絵画について書く行為も、絵を囲む言葉を新しく加えることです。デリダは自分の仕事もそうした外部に位置すると認識し、作品の意味を完全に所有する立場を疑問に付します。解釈する文章自身が、作品との関係を問われているのです。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

1975年、ヴァレリオ・アダミとデリダは何を試みたのか

輪郭線で画面を組み立てるイタリアの画家

ヴァレリオ・アダミ(1935年生まれ)は、イタリア出身で、明確な輪郭線と区切られた色面によって人物や物の像を構成してきた画家です。画面では部分的な線や形が組み合わさり、鑑賞者はそれがどのような姿を示すのかを読み取っていきます。

デリダは1975年のアダミ展『素描の旅』に向けて「+R」という文章を書きました。作品の輪郭、文字、図像が交差する場所を考えるうえで、アダミの絵は具体的な手がかりを与えました。歴史的な美学の本を読むだけでなく、同時代の制作に哲学者が関わった事例です。(参照:ヴァレリオ・アダミ公式アーカイブ|1975年《素描の旅》展覧会記録/CiNii Books|デリダとアダミ『Le voyage du dessin』(1975)/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

1975年の「素描の旅」と『鏡の裏側』

アダミの公式アーカイブには、1975年5月にパリのギャルリー・メーグで『Le voyage du dessin』(素描の旅)展が開催された記録が残ります。同年刊行の刊行物にはデリダの「+R」が収録され、誌名『Derrière le miroir』第214号としても確認できます。

この文章の初出は1975年で、1978年の書物では第二部に組み込まれています。年号の違いを見落とすと、展覧会と哲学書の関係がわかりにくくなります。素描をめぐる思考がまず具体的な制作と展覧会に結びつき、後に一冊の哲学書の文脈へ移されたことが重要です。(参照:ヴァレリオ・アダミ公式アーカイブ|1975年《素描の旅》展覧会記録/CiNii Books|デリダとアダミ『Le voyage du dessin』(1975)/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

一本の線は何の境界を描いているか

画面に太い線が引かれていると、その線は二つの色面を分けます。同時に、その線が人物の腕や衣服の輪郭に見えてくる場合には、別々の部分を一つの像として結びつけます。線は分割と連結という二つの働きを持つのです。

デリダのアダミ論は、画面の線と文字の働きを考える章です。境界は単に外から付け加えられた枠だけにあるのではなく、画像の内部で何を一つの形として見るのかを決める線にも現れます。絵画の輪郭を追う行為が、意味の成立を考えることにつながります。(参照:CiNii Books|デリダとアダミ『Le voyage du dessin』(1975)/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

「カルトゥーシュ」は何を囲むのか

題名や文字を載せる装飾的な区画

美術や建築で「カルトゥーシュ」と呼ぶものには、文字や紋章などを囲んで示す装飾的な枠があります。絵の外側で説明を与える札と、画像の中に描かれた文字の枠を比べると、文字は作品の意味を示しながら、それ自体も見られる形になります。

デリダの第三部「カルトゥーシュ」は、同時代の美術家ジェラール・ティテュス=カルメルに関わる文章です。描かれた線と作品名、注記や展覧会の言葉の関係が、この章の重要な関心として現れます。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/ポンピドゥー・センター|1978年ティテュス=カルメル展・図録の記録)

図面のような素描に書き込まれた文字

ティテュス=カルメルの作品には、物の形を検討する図面を思わせる素描と、日付や文字が組み合わされています。見る人は対象を眺めると同時に、いつ描かれたか、どの部分が変化したかを示す文字も読みます。

作品に書かれた文字は、作品の意味を外から補足するだけの説明として扱いきれません。画面上の印や線として、描かれたものの配置に参加しているからです。このような具体例から、視覚と言語の境界について考えられます。(参照:ポンピドゥー・センター|ティテュス=カルメル《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1976)/ポンピドゥー・センター|《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1975)の素描/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

作品名が解釈を始めさせる

『ポケットサイズのトリンギットの棺』という題名を読むと、鑑賞者は小さな棺や民族的な道具の形を想像します。その後で紙面を見ると、素描の構造や箱の輪郭が、名前によって示された物とどう対応するのかを探し始めます。

題名は紙の上に描かれた対象の説明でありながら、絵を見る順序も変える働きを持ちます。デリダにとって、題名のような周辺の言葉を調べることは、作品の意味がどこで始まるのかを考える問題でした。(参照:ポンピドゥー・センター|ティテュス=カルメル《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1976)/ポンピドゥー・センター|1978年ティテュス=カルメル展・図録の記録)

ティテュス=カルメルの素描は同じ物をどう変えて見せるのか

小さな棺をめぐる連作の成立

フランスの美術家ジェラール・ティテュス=カルメル(1942年生まれ)は、自分の指示で制作させた箱状の対象を基に、『ポケットサイズのトリンギットの棺』という一連の素描を制作しました。ポンピドゥー・センターの作品記録によれば、127点の素描が1975年6月から1976年7月にかけて描かれています。

同じ対象を繰り返し描くと、輪郭のずれ、材料の違い、見る角度の変化が現れます。鑑賞者は対象の姿を一度で確定するより、各素描の差異を比べながら、その形がどのように捉えられたのかを追うことになります。(参照:ポンピドゥー・センター|ティテュス=カルメル《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1976)/ポンピドゥー・センター|《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1975)の素描)

1975年7月24日の三枚の紙

1975年7月24日付の作品は、重ねられた三枚の紙に黒鉛と木炭で描かれた素描です。画面の大きさは29.9×37.4センチ、額を含めると50×43.5センチと記録されています。重ねた紙という材料上の構造が、描かれた対象の層と響き合うように見えます。

美術館の目録が画面と額装後の二つの寸法を分けて記載している点も注目できます。鑑賞の対象をどこで測り始めるかによって数値が変わるからです。デリダの枠をめぐる議論を、具体的な作品データから考えることができます。(参照:ポンピドゥー・センター|《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1975)の素描)

1976年7月11日の紙、紐、クリップ

1976年7月11日付の作品は、赤褐色の描画材料で描いた二枚の穴あきノート用紙を、六つのクリップと六本の紐で留めた構造です。ポンピドゥー・センターは作品の寸法を49.8×65.4センチ、額を含む寸法を59.5×79センチと記載しています。

ここでは紙を留める器具まで、作品の可視的な構成に参加しています。紙の縁や固定する紐は、単なる展示用の額と異なり、制作中に組み込まれた要素です。物の形を示す描線と、紙を一つの対象へまとめる材料とを見比べられます。(参照:ポンピドゥー・センター|ティテュス=カルメル《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1976))

1978年の展覧会は素描と哲学をどう結んだのか

ポンピドゥー・センターでの展示

ティテュス=カルメルの展覧会は、1978年3月1日から4月10日まで、パリのポンピドゥー・センターで開催されました。展覧会の記録には、図録が刊行され、その中にデリダの「カルトゥーシュ」が掲載されたことが記されています。

哲学の文章は、完成作品を後から説明するためだけのものとして置かれたのではありません。素描を集める展覧会の活動と同時期に公表され、作品の線や題名をめぐる思考を来場者へ差し出しています。展示と批評の位置関係を具体的に考えられる例です。(参照:ポンピドゥー・センター|1978年ティテュス=カルメル展・図録の記録/ポンピドゥー・センター|ティテュス=カルメル《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1976))

同じ作品に複数の名前が重なる

作品には一枚ごとの制作日付があり、連作をまとめる題名もあります。展示会では、それらをさらに展覧会の題名と図録の文章が囲みます。単一の画像から始まった鑑賞も、次第に複数の言葉や時間との関係へ広がっていきます。

作品の同一性を保ちつつ、異なる制度や文章が加わることを考えると、パレルゴンの問題が額縁の木材から展示全体へ広がる理由がわかります。デリダ自身の言葉も、この連なりの外側に立つものとしては扱えません。(参照:ポンピドゥー・センター|1978年ティテュス=カルメル展・図録の記録/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

美術館の記録は作品をどう確定するか

美術館は作品を収蔵するとき、材料、寸法、取得年、管理番号を付けて保存します。ティテュス=カルメルの素描にも、それぞれ異なる管理番号と制作日付が記録されています。連作を一つのまとまりとして考えることと、個々の作品を区別することが同時に行われます。

何を一点と数えるかは、保存と展示の具体的な仕事です。デリダが論じた境界の問題は、哲学上の言葉遊びに尽きません。目録や図録に用いられる分類も、作品が社会でどのように存在するかを支えています。(参照:ポンピドゥー・センター|ティテュス=カルメル《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1976)/ポンピドゥー・センター|《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1975)の素描/ポンピドゥー・センター|1978年ティテュス=カルメル展・図録の記録)

ファン・ゴッホの靴はどんな絵なのか

一足の履き古した靴を描く理由

オランダ出身の画家フィンセント・ファン・ゴッホ(1853–1890)は、1886年から1888年にかけて、使い古された靴を主題とする静物画を複数制作しました。ひびの入った革、曲がったつま先、ほどけた紐を描くことで、普段は見過ごされる生活道具に独特の存在感を与えています。

画面を見る人は、靴を誰かが履いたこと、どこを歩いたかを想像できます。形と色から確かめられる事実と、そこに思い浮かべる人物の生活は、重なりながら異なるものです。デリダが検討した論争も、まさにこの境目で起こりました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ハイデガーの芸術論とファン・ゴッホの靴/メトロポリタン美術館|ファン・ゴッホ《靴》(1888))

1888年のメトロポリタン美術館所蔵作

メトロポリタン美術館所蔵の《靴》(1888年)は、フランス南部アルルで制作された、45.7×55.2センチの油彩画です。赤いタイル床の上に古い靴が置かれ、革のくたびれた表面と、周囲の床の明るい色が対照をなしています。

この作品の背景が室内の特定の床として描かれていることは、所蔵館の解説でも指摘されています。靴の持ち主はファン・ゴッホ本人とも、肖像画のモデルを務めた人物とも考えられています。作者や所有者に関する確実な資料がないとき、解釈は候補として扱う必要があります。(参照:メトロポリタン美術館|ファン・ゴッホ《靴》(1888))

よく似た靴の絵を一枚と決めない

ファン・ゴッホはパリ時代にも靴の静物画を描きました。同じ題名で呼ばれる作品が複数あるため、「ファン・ゴッホの靴」とだけ言っても一枚の絵を特定したことにはなりません。制作年や背景、靴の組み合わせを確認する必要があります。

ハイデガーが取り上げたのはパリ時代の靴の絵とされますが、文章では個々の作品の所蔵や目録番号が確定されていません。1888年のメトロポリタン美術館所蔵作は比較のための具体例であり、論争の中でハイデガーが必ずこの絵を指したと考える根拠はありません。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ハイデガーの芸術論とファン・ゴッホの靴/メトロポリタン美術館|ファン・ゴッホ《靴》(1888)/オックスフォード大学研究アーカイブ|ハイデガーとファン・ゴッホの靴をめぐる再検討)

ハイデガーは靴の絵から何を読み取ったのか

1935–36年の芸術論と1950年の刊行

ドイツの哲学者マルティン・ハイデガー(1889–1976)は、1935〜36年に発表した講演を基に「芸術作品の根源」をまとめました。のちに1950年刊行の『杣径』へ収録されたこの論考では、芸術作品において真理が開示されるという考え方を検討します。

彼はファン・ゴッホの靴の絵を用いて、道具が単なる物体を超えて、人間の営みの中で何であるかを示すと説明しました。靴という身近な例から、存在するものがどのように私たちへ現れるのかを問うことが、芸術論の中心になります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ハイデガーの芸術論とファン・ゴッホの靴)

農婦が畑を歩くという想像

ハイデガーは、描かれた靴を働く農婦の靴として語り、その靴の中に農作業の苦労や大地との結びつきを読み取ります。実際に靴を使う人は、道具の意味を毎回考えることなく畑を歩きます。絵は、その働きを普段と異なる仕方で見せると彼は考えたのです。

この説明は靴の所有者を調査して確かめた記録ではなく、哲学上の議論を進める解釈です。絵に描かれた革や紐と、農婦の生活についての想像とを分けると、ハイデガーがどの段階で何を作品へ読み込んでいるかが見えてきます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ハイデガーの芸術論とファン・ゴッホの靴/オックスフォード大学研究アーカイブ|ハイデガーとファン・ゴッホの靴をめぐる再検討)

芸術が「真理を開く」という主張

普段の生活で人は靴を目的に応じて使い、その働きを意識することなく行動します。ハイデガーは、芸術作品がそうした日常的な道具の在り方を見えるものへ変えると考えました。絵画が伝える真理は、対象の寸法や色を正確に写すこととは異なる意味で語られています。

デリダがこの議論を再検討するのは、絵が存在を開示するという考えを単純に退けるためではありません。何の絵について、誰の靴として話しているのかという前提まで含めて、哲学の文章が作品をどのように語るかを問題にします。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ハイデガーの芸術論とファン・ゴッホの靴/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

美術史家シャピロは何に反論したのか

1968年の「個人的な物としての静物画」

アメリカで活動した美術史家マイヤー・シャピロ(1904–1996)は、1968年に「個人的な物としての静物画――ハイデガーとファン・ゴッホについての覚書」を発表しました。彼は、ハイデガーが絵の靴を農婦のものとした解釈に疑問を示し、作品の来歴と画家自身の生活に注目しました。

シャピロにとって、絵を何の証拠として使うかを論じるには、まず対象の作品を特定することが重要でした。絵に見える靴の形や制作時期、ファン・ゴッホの伝記的な事情と、哲学者による解釈との間にある距離が論争の発端になります。(参照:ペンシルベニア州立大学出版局/JSTOR|シャピロの1968年論争の研究史/スタンフォード哲学百科事典|ハイデガーの芸術論とファン・ゴッホの靴)

靴は画家自身のものだったのか

シャピロは、問題となった絵が農婦の労働用の靴ではなく、ファン・ゴッホ自身の靴を描いた可能性を主張しました。その議論には絵画の制作事情、画家の伝記、作品を個人的な表現と見る美術史的な判断が関わります。

誰の靴かを明らかにすることは、単に所有者を当てる遊びではありません。農婦の生活を語る読み方と画家の個人的な経験を語る読み方では、作品に認める意味が変わるからです。どの資料が何を支えるのかを吟味することが、解釈の責任となります。(参照:ペンシルベニア州立大学出版局/JSTOR|シャピロの1968年論争の研究史/オックスフォード大学研究アーカイブ|ハイデガーとファン・ゴッホの靴をめぐる再検討)

美術史の証拠が哲学の文章へ向けられる

シャピロは美術史の立場から、解釈は制作年や作品の同定を踏まえるべきだと批判しました。ハイデガーが農婦について語った部分は、絵の中にその人物が直接描かれているという意味ではありません。

両者の目的には違いもあります。ハイデガーは道具と存在の関係を示そうとし、シャピロは絵画の個別性と作者に関わる事実を重視しました。デリダはこの対立を、一方の主張だけを採用するかどうかではなく、双方が何を絵へ返そうとしているのかという問題へ組み替えます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ハイデガーの芸術論とファン・ゴッホの靴/ペンシルベニア州立大学出版局/JSTOR|シャピロの1968年論争の研究史/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

デリダの「返還」は靴を誰へ返すのか

第四部「返還」が用いる独特の対話

『絵画における真理』の第四部は「返還――絵画における真理を靴の寸法に合わせて」と訳せる言葉遊びを含んだ題名を持ちます。フランス語で絵画を意味する言葉と、靴のサイズや履き心地を連想させる言葉の関係が、議論の形にも反映されています。

デリダはハイデガーとシャピロの解釈を検討する際、一つの確定した答えを宣言する文章よりも、複数の声が問い返し合うような構成を用います。内容だけでなく、論争を書く方法そのものが問題になっているのです。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要)

持ち主へ靴を返そうとする二つの説明

ハイデガーは農婦の生活を、シャピロは画家自身の生活を靴に読み込む方向へ進みました。二人が互いに反論するように見えるときも、絵に描かれた一足の靴をある人物の所有物として確定しようとする点には共通する働きがあります。

デリダは、この「返還」の衝動へ注意を向けます。何が絵に描かれているかを説明することと、誰のものとして意味を所有させるかという行為は同一でしょうか。作品の線や色が生む経験は、所有者を定める説明だけで尽くされるのかが問われます。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/オックスフォード大学研究アーカイブ|ハイデガーとファン・ゴッホの靴をめぐる再検討)

靴の左右を合わせるという問題

靴は一足として履く道具であり、左右が組になっています。絵画の中で描かれた二つの靴を、一足の靴だと考えることにも、形の似かよりや向きを見て組み合わせる判断が関わります。デリダは靴の対や結びつきをめぐる言葉を用い、解釈の動きを検討しました。

左右がそろうことと、靴の持ち主がわかることは別です。見た目を確かめる作業の中にも、何を一つの組として認めるのかという判断があります。絵画の真理をめぐる論争が、きわめて小さな視覚的な問題へ戻るところに、この章の特色があります。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/スタンフォード哲学百科事典|ハイデガーの芸術論とファン・ゴッホの靴)

靴を描いた絵は何を証明できるのか

画面に見える革と、見えない持ち主

ファン・ゴッホの靴の絵には、革のしわや靴紐、使い古された形が見えます。絵は誰かが履いた道具を描いているように見えますが、作品の外にいた持ち主の身元は、その形だけでは明らかになりません。伝記や手紙を用いて可能性を調べる必要があります。

画像から読み取れる情報と、画像を用いて組み立てる物語の区別は、ほかの静物画にも当てはまります。デリダはその境界の不安定さを、哲学者と美術史家の対立を読み解くことで示しました。(参照:メトロポリタン美術館|ファン・ゴッホ《靴》(1888)/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

画家の生涯へ意味をすべて回収できるか

古い靴が画家自身の所有物だったと確かめられたとしても、それがなぜその形で描かれたのかは、別に考えなければなりません。画家が同じ対象を繰り返し描いたり、色や構図を変えたりした理由は、作品の比較から検討できます。

生涯についての事実は重要ですが、それだけで絵のすべてを説明できるとは限りません。何が描かれたかを確認する美術史の仕事と、その形が鑑賞者にどのように現れるかを考える仕事を、互いに補い合うものとして理解できます。(参照:メトロポリタン美術館|ファン・ゴッホ《靴》(1888)/ペンシルベニア州立大学出版局/JSTOR|シャピロの1968年論争の研究史/オックスフォード大学研究アーカイブ|ハイデガーとファン・ゴッホの靴をめぐる再検討)

近年の研究はシャピロにも問いを向ける

ハイデガーの絵の読み方に対するシャピロの批判は長く有力な見解として受け取られてきました。近年には、その批判が作品の同定や歴史的な事実をどこまで正確に押さえていたかを再検討する研究もあります。オックスフォード大学の研究アーカイブに公開された論文は、シャピロの指摘を根本から見直す議論を紹介しています。

この研究上の対立は、デリダが1978年にすべての結論を持っていたことを意味しません。後の資料検討が新たな反論を生むことと、デリダが当時二人の議論の前提を問うたことを区別できます。原典への忠実さと論争史の更新をともに大切にする読み方が求められます。(参照:オックスフォード大学研究アーカイブ|ハイデガーとファン・ゴッホの靴をめぐる再検討/ペンシルベニア州立大学出版局/JSTOR|シャピロの1968年論争の研究史)

作品の題名は「内側」か「外側」か

題名がある場合とない場合の違い

作者が同じ抽象画に《赤い部屋》という題名を付ければ、鑑賞者は赤い形の中に壁や空間を探すかもしれません。《無題》と表示されれば、別の順序で色や形に目を向けるでしょう。画面が同じであっても、文字が解釈の入口を変えることがあります。

こうした身近な例から、題名は作品の外に置かれる文字でありながら、作品の経験を形づくるものと理解できます。デリダが挙げる作品の周囲には、こうした題名や署名も含まれます。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

絵画を分類するために付けられた名前

美術館では同じ作者が描いた複数の作品へ、後世に便宜的な題名が付けられる場合があります。作品を目録で見つけ、資料を整理するための名前が、鑑賞者には絵の内容を示す言葉として届きます。

制作時の題名と後年の題名を区別すると、作品の意味を語る人が一人に限られないことがわかります。誰が名付け、どの段階で名称が定着したのかを調べることは、作品を歴史の中で理解する方法です。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額装と鑑賞)

作品名が引用されるときの意味の変化

セザンヌの書簡からデリダが書名を採ったとき、制作への約束として書かれた言葉が、哲学書全体を示す名称へ変わりました。この移動は、題名が単なる目印にとどまらず、読む人の期待をつくることを示しています。

手紙そのものは、コートールド美術館に所蔵され、1905年の日付と具体的な文脈を持つ資料です。その言葉が別の書物の枠として働くとき、引用元と引用先という二つの場が生まれます。枠の問題は言葉の来歴にも及ぶのです。(参照:コートールド美術館|セザンヌからベルナールへの1905年10月23日付書簡/フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要)

署名と作品の真正性はどう結びつくのか

画面の一部として見える作者名

絵の隅に画家の署名が書かれていると、鑑賞者はそこを画面の一部として見ることができます。同時に署名は、その絵が誰の制作として示されるかを伝える印でもあります。色を塗る行為と作者を認める制度が、一つの線に重なります。

デリダが作品の周辺として署名を挙げるとき、それは手書きの文字が絵の本体なのかという単純な分類問題を越えています。署名によって、作品とその作者との関係が社会でどのように認められるかという問いが含まれるからです。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次)

署名だけでは作品の来歴は決まらない

古い作品の作者を確認する美術館の仕事では、署名の形だけでなく、絵の具や支持体、所蔵の移動、文書の記録などを調べます。署名が後から書き加えられる場合もあれば、署名のない作品もあります。

それでも作者名は作品が展示・販売・研究される際に重要な役割を持ちます。物体としての作品と、誰の作品として承認されるかという社会的な手続きは関係しながら異なります。名前と証拠の結びつきを調べることで、画面外の制度が何を支えているのかが明確になります。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/ワシントン・ナショナル・ギャラリー|額縁の保存と展示の技術)

作者の名を絵から切り離せるか

同じ絵でも、未知の作家の作品として見る場合と、有名な画家の作品として見る場合とでは、鑑賞者が注目する特徴が変わることがあります。署名が鑑賞の入口になる以上、画面の外にある情報を完全に消して見る行為を実現するのは容易ではありません。

デリダの問いは作者名を無視すべきだという規則ではありません。作品が社会でどのように同定され、どの条件が解釈を変えるかを考えることです。美術史家による作者の研究と哲学上の境界の検討を併せて行う余地があります。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

美術館、批評、価格はなぜ作品の周りにあるのか

展示室の中で一枚の作品とされるもの

展示室では、一枚の絵の隣に作品ラベルが置かれ、館の目録にはその歴史が記載されます。作品は登録番号を持ち、展示替えのときには別の場所へ移動します。絵を囲む制度の働きは目に見えない部分もありますが、鑑賞の条件を整えています。

『絵画における真理』の著者による概要は、額縁と並んで美術館、資料保存、批評や市場を、作品の周囲として挙げています。デリダが考える枠は、木材だけを指す言葉に収まりません。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/ポンピドゥー・センター|1977年の開館と美術館の新しい機能)

作品の説明文は何を決めるか

展覧会の壁面解説は作品の背景を伝えると同時に、鑑賞者がどこへ注意を向けるかも提案します。ある絵を「都市の孤独」と説明するか、「色彩の構成」と説明するかで、見る人が最初に探すものは変わるかもしれません。

説明を全く加えない展示にも、その選択の理由があります。何を見せ、何を周辺の情報とするかは、展示を組み立てる側が行う判断です。額縁が視線の境界を形づくるように、解説の言葉も鑑賞の範囲を定めます。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額装と鑑賞)

市場で作品が数えられ評価される

作品が売買されるとき、作者名、制作年、寸法、保存状態、来歴が記録されます。これらの情報はキャンバスの絵の具そのものではありませんが、その作品を他の作品から区別し、価格や取引の条件を決める働きを持ちます。

芸術の価値が価格だけで決まるという説明は、作品の経験の多様さを十分に伝えません。デリダの視点は、評価や取引の制度を作品の外側へ押し出すだけでなく、そこで何が作品の同一性として認められるのかを考える方向へ向かいます。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

パレルゴンは「なんでも作品だ」という考えなのか

境界が働くことと境界が消えること

ある建物の壁に絵が掛かっているとき、壁、額、キャンバスを物理的に区別することはできます。額を取り外して修復することも、絵だけを移動することも可能です。デリダが問うのは、物の区別が消えるかどうかではなく、作品の意味を区切るための境界がどのように成立するかです。

その境界に依存関係や例外が見つかっても、すべての物を一つの作品と呼ぶ理由にはなりません。見え方、制作史、展示条件を個別に調べ、どの関係がどのような働きを持つかを説明することが求められます。(参照:ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019)/スタンフォード哲学百科事典|ジャック・デリダと脱構築)

何を「外」と呼ぶかは作品ごとに異なる

後から買い足された額、画家自身が制作した木の枠、作品の一部として留められた紙と紐は、それぞれ異なる関係を持ちます。プッサンの額とティテュス=カルメルの素描を比べると、作品の周囲にある物の役割が一様でないことがわかります。

パレルゴンを理解するためには「すべては枠である」と言い換えるより、具体的な制作行為と物の配置を調べる方が有効です。どの境界で問題が生じるかは、作品によって違うのです。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|プッサン《黄金の子牛の礼拝》と額縁/ポンピドゥー・センター|ティテュス=カルメル《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1976)/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

概念の使いすぎへの美術史からの批判

美術史研究者ポール・デュロは2019年の論文「パレルゴンとは何か」で、この概念が現代の批評で、作品の境界や額縁を指す語としてほぼ一つの意味に固定されてきたことを論じました。歴史的には、歴史画の背景にある出来事や風景の飾りなどにも使われてきた概念です。

この指摘は、デリダの読解を引き受けつつ、語の長い用例を見直す必要を示しています。哲学的な概念を美術史へ使う際には、作品が作られた時代の語法や造形上の違いも調べることが重要になります。(参照:ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

額縁の研究はなぜ美術史に必要なのか

額の交換が隠してしまう制作当初の姿

古い絵画は、何世紀もの間に持ち主が変わり、別の額へ入れ替えられることがあります。取り外された額が失われれば、当初どのように見られていたかを推測するには、古い目録や図面、同時代の装飾品を調べなければなりません。

絵の画面に注目するだけでは、所有者がどのような室内に掛け、どんな視線で鑑賞したかまで十分に復元できない場合があります。額の調査は、物質的な条件から作品の歴史を深める仕事です。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額縁の歴史/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ラファエロ《モンドの磔刑図》と額装の研究)

額を保存するか交換するかという判断

美術館の保存修復では、後世の額が歴史的な価値を持つ場合、それを残すことがあります。ロンドンのナショナル・ギャラリーは、適切な時代の額を使う方針とともに、後から付けられた重要な額を保存する場合があると説明しています。

これは作品の当初の姿だけが唯一の正しい展示方法とは限らないことを示します。制作時の文脈を伝えたいのか、長く受け継がれた歴史を示したいのかによって選択の意味が変わります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額縁の歴史/ワシントン・ナショナル・ギャラリー|額縁の保存と展示の技術)

物質的な研究と哲学の相互作用

プッサンの額の金箔と彫刻、ラファエロの祭壇画の枠、ティテュス=カルメルの重ねた紙は、それぞれの制作や展示の歴史を持ちます。物として異なるこれらを、一つの理論だけで説明しきることはできません。

哲学は境界を問う視点を与え、美術史はその境界が実際にどの材料や制度によって作られたかを示します。二つを行き来すると、見る人が作品と呼ぶものの複雑さを、抽象的な概念と具体的な資料の両方から理解できます。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|プッサン《黄金の子牛の礼拝》と額縁/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ラファエロ《モンドの磔刑図》と額装の研究/ポンピドゥー・センター|ティテュス=カルメル《ポケットサイズのトリンギットの棺》(1976)/ポール・デュロ|パレルゴン概念の歴史的な再検討(2019))

絵画の外を調べると何が見えてくるのか

作品は作られた瞬間のまま存在するのか

絵画の絵の具が乾いた時点で、制作行為の一つの区切りが生まれます。その後、額を選び、展覧会へ運び、作品名を記録し、修復する過程を通じて、作品は別の歴史にも参加していきます。画家の制作と、後から続く扱いの両方を知ることができます。

デリダが問い直した作品の境界は、完成品を固定された一つの物と考える前提に関わります。作品は確かな材料と形を持つ一方、それを一つのものとして提示する行為は時間とともに変化します。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額縁の歴史)

鑑賞者もまた枠の内外を行き来する

小さな絵に近づけば、絵の具の厚みや画布の端へ目が向かいます。数歩離れれば、額縁と壁の関係、隣の作品との配置が見えてきます。鑑賞者の移動によって、何を「見る対象」と感じるかが変化することがあります。

この例はデリダが特定の鑑賞者の歩行を観察して記述したという意味ではなく、彼の境界の問いを美術館の経験から考える方法です。作品を見るときに周囲を消し去っているわけでも、常に同じ範囲だけを見ているわけでもないことがわかります。(参照:フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|絵画の額装と鑑賞)

絵の意味を一人の解釈者へ預けない

ハイデガーとシャピロは、同じ主題をもつ絵画から異なる物語を読み取ろうとしました。デリダの「返還」が示したのは、解釈する人が何を前提に作品の真理を語るかを確かめる必要です。作品の詳しい研究は、解釈の自由と責任の両方を伴います。

額縁、題名、署名、美術館、哲学の文章を調べると、画面へ何が付け加えられ、何が絵を見る条件となっているかを問い直せます。作品の周りにあるものに注意を向けることは、絵そのものをより具体的に見ることへつながります。(参照:シカゴ大学出版局|デリダ『The Truth in Painting』英訳・目次/オックスフォード大学研究アーカイブ|ハイデガーとファン・ゴッホの靴をめぐる再検討/フィルペーパーズ|デリダ『絵画における真理』1978年初版の書誌・著者による概要)

略年表|美学と絵画の枠をめぐる研究

  • 1724年|イマヌエル・カントがプロイセン王国のケーニヒスベルクで生まれる。
  • 1790年|カント『判断力批判』初版刊行。美の判断と崇高について論じる。
  • 1831年|ヘーゲルが死去。美学講義はその後、弟子による編集を経て刊行される。
  • 1839年|ポール・セザンヌがエクス=アン=プロヴァンスで生まれる。
  • 1853年|フィンセント・ファン・ゴッホがオランダに生まれる。
  • 1886年|ファン・ゴッホがパリで靴を題材にした静物画を制作する。
  • 1888年|ファン・ゴッホがアルルで《靴》(現・メトロポリタン美術館所蔵)を制作する。
  • 1905年10月23日|セザンヌがエミール・ベルナールへの書簡に「絵画における真理」に関わる言葉を記す。
  • 1906年|セザンヌが死去する。
  • 1930年|ジャック・デリダがフランス領アルジェリアで生まれる。
  • 1935–36年|ハイデガーが「芸術作品の根源」の基礎となる講演を行う。
  • 1950年|ハイデガー「芸術作品の根源」が『杣径』に収録され刊行される。
  • 1967年|デリダ『グラマトロジーについて』『声と現象』『エクリチュールと差異』が刊行される。
  • 1968年|マイヤー・シャピロがハイデガーのファン・ゴッホ解釈を批判する論考を公表する。
  • 1972年頃|デリダが後の「パレルゴン」へつながる美学の講義を進める。
  • 1974年|「パレルゴン」の一部が雑誌等で先行して公表される。
  • 1975年5月|パリのギャルリー・メーグでアダミ『素描の旅』展が開催される。
  • 1975年|デリダのアダミ論「+R」が『素描の旅』関連刊行物で公表される。
  • 1975年6月|ティテュス=カルメルが《ポケットサイズのトリンギットの棺》の連作に取り組み始める。
  • 1975年7月24日|ティテュス=カルメルが現在ポンピドゥー・センター所蔵の素描の一つを制作する。
  • 1976年7月11日|ティテュス=カルメルの素描連作127点の制作期間が終わる。
  • 1977年1月31日|パリでポンピドゥー・センターの開館式が行われる。
  • 1978年3月1日|ポンピドゥー・センターでティテュス=カルメル展が開幕する。
  • 1978年4月10日|ティテュス=カルメル展が閉幕する。
  • 1978年|デリダ『絵画における真理』フランス語初版がフラマリオン社から刊行される。
  • 1978年|ファン・ゴッホの靴をめぐるデリダの「返還」が収録・刊行される。
  • 1987年|ベニントン、マクラウド訳『The Truth in Painting』英語版がシカゴ大学出版局から刊行される。
  • 2004年|ジャック・デリダが死去する。
  • 2015年|ロンドン・ナショナル・ギャラリーで「サンソヴィーノ様式の額縁」展が開催される。
  • 2019年|ポール・デュロが「パレルゴンとは何か」を発表し、概念の歴史を再検討する。

まとめ|絵画の「枠」はどこまで作品なのか

デリダの『絵画における真理』が提起したのは、一枚の絵を「作品そのもの」として切り出す境界が、どのように成り立っているのかという問題でした。カントが『判断力批判』で額縁、彫像の衣、建物の列柱をパレルゴンとして論じたことに注目し、外側に置かれたものが、内側を一つの対象として見せる働きへ目を向けました。作品を支える条件を調べることは、画面の色や形から離れることではなく、その色や形を何として見るのかを考えることでもあります。

プッサン《黄金の子牛の礼拝》に現在付けられた額は、絵からおよそ80年後に作られたフランスの金箔額です。ラファエロ《モンドの磔刑図》では額装の変化が宗教画の見え方を変え、ティテュス=カルメルの素描では紙、紐、クリップ、題名と日付が一つの作品の構造に参加します。額縁が後世に付け替えられること、額自体が独立した美術品になること、作品の寸法に額装後の大きさが併記されることは、作品をめぐる境界が具体的な材料と歴史を持つことを示しています。

ファン・ゴッホの靴をめぐるハイデガーとシャピロの対立では、農婦の労働を描き出す解釈と画家の個人的な靴として見る解釈がぶつかりました。デリダは二人の説明がどのような根拠で靴の「持ち主」を決めようとするかを問い直しました。作品の制作年や同定を検証する美術史的な仕事を続けながら、解釈者が作品に何を読み込むのかを自覚すること。そこに、この哲学と絵画の具体的な接点があります。

参考資料・出典