2022–2026
【美術と哲学】AIが作った画像は芸術なのか
創造性、作者、作品の価値
2022年、アメリカ・コロラド州の美術コンテストで、一枚の幻想的な画像が1位を獲得しました。宮殿のような大広間の中に人物が立ち、巨大な円形の窓から光が差し込む《Théâtre D’opéra Spatial》です。審査では完成した画面が評価されました。作者のジェイソン・アレンが画像生成AIを用いていたことが知られると、この作品をめぐる議論は世界へ広がります。
アレンは、記録によれば624回以上の試行を重ね、画像の細部も編集していました。それでも米国著作権局は、AIが作った部分と本人が作った部分を区別し、作品全体を対象とした登録申請を認めませんでした。美術コンテストでは評価された画像に、法律は別の問いを向けたのです。
2022年には、文章を入力すると短時間で画像が現れるDALL·E 2やStable Diffusionが広く知られるようになりました。美術館では、収蔵作品のデータを学習したAIが変わり続ける映像を作り、別の作家は自ら撮影した花の写真を学習させて投機と価値を表現しました。技術は似ていても、制作の目的や鑑賞の経験はそれぞれ違っています。
「作る」とは手で線を引くことなのか、形を選ぶことなのか、表現に意味を与えることなのか。コンピューターと美術の歴史、創造性をめぐる哲学、現代の作品と制度をたどると、この問いにはいくつもの段階があることが見えてきます。
CONTENTS
- 2022年|美術コンテストで起きた出来事
- 画像生成AIは、何を新しくしたのか
- AI以前から、機械とともに描いていた画家がいた
- 写真の発明も、「機械が作った像」を問い直した
- 創造性とは、何を新しくする能力なのか
- コンピューターを「芸術家」と呼べるのか
- 2018–2019年|チューリップを一万枚近く集めた作家
- 2022–2023年|美術館の収蔵品が変わり続ける映像になる
- 誰の記憶をAIが語るのか
- 2023年|存在しなかった人物を写す「写真」
- 2023–2025年|法律は制作のどの部分を見ているのか
- 2024年|「AIアーティスト」を市場はどう扱ったのか
- 2025年|AI美術だけを集めた競売
- 学習データは誰の作品と労働から集められるのか
- 2026年|AIを作者とする申請と最高裁判所
- AI画像を芸術として考えるための三つの視点
- 略年表|AIと芸術の歩み
- まとめ|AIの画像と芸術作品
- 参考資料・出典
2022年|美術コンテストで起きた出来事
幻想的な舞台を描いた《Théâtre D’opéra Spatial》
2022年、米コロラド州博覧会の美術コンテストで、宇宙的な宮殿のような室内に人影が浮かぶ《Théâtre D’opéra Spatial》が、デジタルアートなどを扱う部門で1位に選ばれました。光に満ちた巨大な円形の開口部、その前に立つローブ姿の人物、精緻な装飾が、壮大な舞台の一場面を思わせます。制作したのはジェイソン・アレンという応募者で、画像生成サービスMidjourneyを利用していました。
入賞後に制作方法が知られると、評価の根拠が問われました。人間の手で細部を描いた画像と、文章の指示から生成された画像を、同じ審査で比べてよいのでしょうか。審査員が見たのは完成した画面であり、そこに至る工程には新しい種類の判断と労働が含まれていました。争いの焦点は、絵の出来栄えという判断から、誰が何を作ったのかという問題へ移っていきます。(参照:米国著作権局|《Théâtre D’opéra Spatial》再審査決定(2023年)/スミソニアン誌|コロラド州博覧会での受賞報道)
624回以上の試行と、画像の細部を直す仕事
アレンはのちに米国著作権局へ、自分が作品を作った工程を詳しく説明しています。決定文書によると、Midjourneyへ入力した文章を改め、画像を生成し直す作業を少なくとも624回重ねました。さらにPhotoshopで欠点を修正し、画面に新しい要素を加え、Gigapixel AIによって解像度を引き上げました。
この経緯を知ると、「ボタンを一度押したら完成した」という印象は変わります。彼は目指す場面を思い描き、多数の候補を比較し、修正を加えていました。同時に、人物の衣服のひだや建築の細部の多くは、機械の生成過程から現れています。作品を構成する線や色の一つひとつを誰が決定したかは、従来の描画とは異なる分担になっていました。
例えば写真家が何百枚も撮影して一枚を選ぶ行為と、生成画像を何百回も出力して選ぶ行為には共通点があります。写真では現実の光景と撮影時の視点が画面を制約します。生成AIの場合には、学習済みモデルが作れる表現の範囲も結果を大きく左右します。この違いが、作品の選択、制作、作者という言葉を検討する出発点になります。(参照:米国著作権局|《Théâtre D’opéra Spatial》再審査決定(2023年))
賞を与えることと著作権を認めること
アレンはこの作品を米国著作権局にも登録申請しました。2023年9月5日の再審査決定は、AIが生成した部分を登録申請の対象から除外するよう求め、作品全体を対象とした申請の拒否を維持しました。決定文書には、Photoshopによる人間の創作的な編集については、保護に値する独自の寄与があると認めた経緯も記されています。アレンがAI生成部分を除外する形へ申請を変更しなかったことが、結論に関わりました。
博覧会の審査は出品作品を評価する行為です。著作権局が扱うのは、法律によって保護される人間の表現を特定する問題でした。一つの画像が両方の場で注目されても、問われていることは違います。美術としての価値、作者の行為、権利の範囲を区別して考える必要が生まれたのです。(参照:米国著作権局|《Théâtre D’opéra Spatial》再審査決定(2023年))
画像生成AIは、何を新しくしたのか
2022年に広がった文章からの画像生成
2022年春、OpenAIは文章から画像を作るDALL·E 2の試験提供を始め、9月には登録待機リストを廃止しました。8月にはStability AIがStable Diffusionを公開し、開発者や利用者がモデルを利用・改変する環境も広がります。自然な文章によって画像の構図や様式を指定する制作方法が、短期間で広く知られるようになりました。
鉛筆や筆によって描画する場合、画面に現れる形と手の運動には直接的な関係があります。画像生成では、まず言葉で条件を指定し、出てきた画像を見て、意図に近いかを判断します。画面の細部を描く技能と、画像の構想や選択の能力が別々の工程として目立つようになりました。
この変化は、絵を描く専門的な訓練を受けていない人にも複雑な画像を作る機会を与えました。制作を容易にする道具は歴史上たびたび現れています。今回注目されたのは、道具自身が見慣れない構図や細部を大量に提示し、人間が予想していなかった形まで候補として差し出すことでした。(参照:OpenAI|DALL·Eベータ公開(2022年)/OpenAI|DALL·Eの一般公開(2022年)/Stability AI|Stable Diffusion公開発表)
学習した画像と、生成された画像の関係
代表的な画像生成モデルは、多数の画像と説明文などから、言葉と視覚的な特徴の関係を学習します。拡散モデルと呼ばれる方法では、訓練の段階で画像に加えたノイズを取り除く過程を学び、生成時にはノイズのような状態から条件に応じた画像を徐々に形づくります。出力のたびに大量の写真をそのまま切り貼りする仕組みとして理解すると、技術の特徴を見誤ります。
例えば「夕暮れの赤い橋」という指示では、夕暮れらしい色彩や橋の構造について学習した関係が使われます。どの画像で学習したか、どのような説明が付けられていたかによって、できあがる像の傾向が変わります。学習データの偏りや不正確な分類も、特定の人物・文化・職業をどう描くかに影響し得ます。
ここで生じる哲学的な疑問は、学んだ規則の組み合わせから新しい画面が現れたとき、その新しさを誰の創造と考えるかということです。画像が複雑であることと、それが作家にとって意味のある作品であることの間には、さらに考えるべき過程があります。(参照:Stability AI|Stable Diffusion公開発表/ボーデン|「創造性と人工知能」(1998年))
AI以前から、機械とともに描いていた画家がいた
Harold Cohen: AARON | Discussing the Earliest Artificial Intelligence Program for Artmaking(Whitney Museum of American Art)
ホイットニー美術館8階で開催中の展覧会「ハロルド・コーエン:AARON」のキュレーターチームである、デジタルアート・キュレーターのクリスティアーネ・ポールとキュレーター・アシスタントのデイヴィッド・リスボンが、この対談で展覧会について語ります。この展覧会は、芸術制作のための最初期の人工知能(AI)プログラムであるハロルド・コーエンのAARONの進化をたどります。ロンドンで確立された画家としての活動を終えたコーエン(1928~2016)は、1960年代後半にカリフォルニア大学サンディエゴ校でこのソフトウェアを構想し、1970年代初頭にAARONと名付けました。コーエンはAARONでの作業を共同作業と捉え、アーティストの知識とプロセスをコードに変換する人工知能の可能性を探求することに生涯を捧げました。この展覧会は、デジタルアート・キュレーターのクリスティアーネ・ポールとキュレーター・アシスタントのデイヴィッド・リスボンによって企画されました。
ハロルド・コーエンと《AARON》の誕生
生成AIブームのおよそ半世紀前、イギリス出身の画家ハロルド・コーエン(1928–2016)は、1960年代末にカリフォルニア大学サンディエゴ校でコンピューターによる描画を考え始めました。1970年代初めに《AARON》と名付けられるプログラムは、作家が決めた規則をもとに線や形を生成していきます。1973〜75年にはスタンフォード大学の人工知能研究所でも制作を発展させました。
当時の《AARON》は、現在の画像生成サービスのように大量の写真を学習して文章から絵を描く仕組みではありません。コーエンは、物の形や配置に関する知識、線を引く順序、画面の均衡を判断する条件などを、プログラムへ組み込みました。線が交差し、閉じた形になり、奥行きらしい関係が現れる過程には、画家自身の長年の造形的な判断が入り込んでいます。
コーエンが向き合ったのは、人間が「描く」とき何を知り、どんな規則に従っているのかという問題でした。制作を機械に任せるほど、その規則を言葉やコードにする必要が生じます。画面を手で描くことから一歩離れることで、画家自身の判断の仕組みを研究する作品になりました。(参照:ホイットニー美術館|「Harold Cohen: AARON」展/ホイットニー美術館|《AARON》初期の制作工程)
《Stephanie & Friend》の線と色に残る分担
1993年の《Stephanie & Friend》には、互いに寄り添うように見える二人の人物が、植物を思わせる形や鮮やかな色の間に配置されています。ホイットニー美術館所蔵の作品は、キャンバスにアクリル絵の具とプロッター用ペンを用いたもので、約137.2×198.8センチメートルあります。人物を囲む輪郭と色面の重なりを注意深く見ると、機械による描画と画家の絵画実践が交わる制作の特徴が伝わります。
コーエンは《AARON》を制作の相手として長年育て、人物や植物を扱う段階へ発展させました。プログラムが一定の規則で造形を進める一方、システムを設計し、何を描かせるかを変え、作品として発表する判断をコーエンが担っていました。出力と人間の手による着彩の関係も、時期によって変化しています。
2024年、ホイットニー美術館は《AARON》の展覧会を開き、展示のために再構成した描画装置が実際に線を引く様子も見せました。完成品だけが掛けられる展示室に制作の時間が持ち込まれると、観客は機械が画面を作っていく過程そのものを見ることになります。(参照:ホイットニー美術館|《Stephanie & Friend》作品記録/ホイットニー美術館|描画機械の実演記録)
写真の発明も、「機械が作った像」を問い直した
フランスの画家であり、ダゲレオタイプの発明者として知られるルイ・ダゲールを紹介します。
1839年、光が画像を記録する仕組みが現れる
1839年、フランスでダゲレオタイプという写真技術が一般に公表されました。ルイ・ダゲール(1787–1851)は、銀メッキを施した銅板の表面を感光させ、光によって像を定着させる方法を実用化した人物です。画家が目の前の姿を線でなぞらなくても、光と化学反応によって精密な画像が成立することは、当時の人々に強い驚きを与えました。
ダゲールは古代彫刻の石膏像、街並み、静物などを撮影対象に選びました。被写体が動きにくいことは露光の長さへの対応であり、白い石膏像は光を反射して細部が見えやすいという利点がありました。何を撮り、どう光を当て、どのような条件で記録するかという判断は、像が機械的に生まれるからこそ際立ちます。
画像生成AIと写真は、どちらも人が画面の細部を直接描かない工程を含みます。写真には特定の時と場所で光を受けたという結びつきがあり、文章からの画像生成はそうした出来事を必要とせず、学習した関係から場面を生み出せます。その差を知ると、エルダグセンの架空の人物像がなぜ写真賞で議論を呼んだかも理解しやすくなります。(参照:メトロポリタン美術館|ダゲールと写真の発明/ボリス・エルダグセン|2023年写真賞をめぐる経過と声明)
創造性とは、何を新しくする能力なのか
マーガレット・ボーデンの三つの創造性
イギリスの認知科学者・哲学者マーガレット・ボーデンは、1998年の論文「Creativity and Artificial Intelligence」で、創造性を三つの働きから説明しました。すでにある発想を意外な形で結びつけること、一定の規則で作れる可能性を探ること、そして規則の枠組み自体を変えることです。論文はAIが新しい案を生成する問題と、その案を評価する問題の難しさも区別しています。
例えば、現存する絵画様式を組み合わせた画像には、意外な組み合わせの新しさがあります。同じ条件から多数の構図を試す作業には、可能性を探る新しさがあります。既存の絵画のルールを揺さぶり、そもそも何を絵画として提示できるかを変える仕事になると、三つ目の問題が現れます。
この区別を使えば、AIが珍しい画像を作ったという事実を、ただちに芸術的な創造全体の達成と同一視せずに考えられます。どんな可能性を探り、その結果をなぜ選び、どの規則を変えようとしたのか。制作の判断へ目を向けることで、画像の新奇さについてより詳しく語れるようになります。(参照:ボーデン|「創造性と人工知能」(1998年))
たくさん作れることと、選ぶ理由を持つこと
生成AIでは短い時間に多数の画像を出力できます。十枚を並べて最も美しい画像を選ぶことも、その十枚の共通点を見て別の制作へ進むこともできます。二つの選択は同じように画面を減らす行為ですが、目的は異なります。
例えばリドラーがチューリップの写真を分類して学習データを作った仕事は、花が美しく見えるかを選ぶ以上の行為でした。後に説明するように、機械が何を学ぶかを作家が決めることで、作品の主題そのものを形づくっています。ここでは画像が予想外だったかよりも、何を調べるためにその技術を組んだのかが核心になります。
ボーデンの議論は、創造性を神秘的な才能として閉じ込めず、その働きの種類を考える道を開きました。作者の歴史的な責任や作品の意味まで、それだけで説明し終える理論ではありません。その先に、芸術は誰がどのような意図で行うものかという問いが残ります。(参照:ボーデン|「創造性と人工知能」(1998年)/アンナ・リドラー公式|《Myriad (Tulips)》)
コンピューターを「芸術家」と呼べるのか
アーロン・ハーツマンが2018年に考えたこと
コンピューターを用いた画像表現を研究するアーロン・ハーツマンは、2018年の論文「Can Computers Create Art?」で、機械が絵を出力できることと、芸術家として作品を作ることを分けて考えました。写真やアニメーションなどの歴史も振り返り、技術の登場が人間の表現をどう変えてきたかを論じています。
ハーツマンが重視するのは、芸術を社会の中で行われる活動として理解することです。作家は作品を発表し、評価や批判を受け、他者の表現を読み取り、制作の目的や意味を引き受けます。現代のコンピューターは、こうした社会的な立場を人間と同じように担う存在として扱われていません。
この立場では、《AARON》が描いた線の価値を軽く見る必要はありません。その線を作るプログラムをなぜ作り、何を探究するために展示したのかという、コーエンの行為が見えてきます。機械の自動性が強いほど、作者の仕事が消えるという結論になるわけではなく、制作と判断がどこに置かれるかが変わるのです。(参照:ハーツマン|「コンピューターは芸術を創れるか」(2018年)/ホイットニー美術館|「Harold Cohen: AARON」展)
作者という言葉が担う役割
美術展で作品の横に記された作者名は、単に手を動かした人を示す情報ではありません。その人の別の作品や制作歴、何を問題にしてきたかという文脈へ鑑賞者を導きます。共同制作や工房制作でも、一つの作品にさまざまな人の仕事が含まれます。
AIを使った制作では、画像を指示した人、データを集めた人、モデルを設計した人、展示の方法を決めた人の仕事が重なります。ここから誰にどのような評価や責任を帰属させるかは、制作工程と芸術の制度を一緒に調べる問題です。ハーツマンは、いつか機械が作者として扱われるようになる可能性も論じています。現時点の社会的な理解を永遠の定義として固定しているわけではありません。(参照:ハーツマン|「コンピューターは芸術を創れるか」(2018年))
2018–2019年|チューリップを一万枚近く集めた作家
ナイサー・チューズデーズ:アンナ・リドラー
アンナ・リドラーはロンドンを拠点とするアーティストで、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)の卒業生です。講演では、チューリップに関する自身の継続的な研究、そして1630年代にオランダとヨーロッパの多くの地域を席巻した「チューリップ・マニア」、そしてその研究から生まれた作品「モザイク・ウイルス」「ミリアド(チューリップ)」「ブロエメンヴェイル」について深く掘り下げました。
アンナ・リドラー《Myriad (Tulips)》の壁
イギリスの美術家アンナ・リドラーは、2018年に《Myriad (Tulips)》を制作しました。壁面には多数のチューリップの写真が並び、一枚一枚に手書きの分類情報が添えられています。写真はデジタル出力で、磁性塗料を施した展示面と磁石を使って構成されます。作家が花を撮影し、選び、分類するという作業そのものが目に見える作品です。
自動化された技術の美術作品なのに、展示で目立つのは細かな手作業です。花の形や色、光の条件は毎回異なり、どれを同じ種類として扱うかにも判断が必要でした。収集の終わりを決めたのは、一定の枚数に達したことより、チューリップの季節が終わったことだったと作家は説明しています。
写真の並びを前にすると、学習データという抽象的な言葉が、撮影に出かけ、分類を続けた時間として見えてきます。AIの生成する像の背後には、人が何を集め、どんな名を付け、何を除外したかという判断があります。その行為を完成画像と同じくらい見せることが、リドラーの制作の特徴です。(参照:アンナ・リドラー公式|《Myriad (Tulips)》)
《Mosaic Virus》の花が値動きで変化する理由
リドラーはその写真群を使い、2018年の《Mosaic Virus》で、生成されたチューリップを画面に並べました。花の色や形、動きはビットコインの価格変動によって変わります。2019年の版は三つの画面にそれぞれ一輪を映し、価格の変化とともに花の姿が変わる構成です。
タイトルにあるモザイク病は、チューリップの花弁に縞模様を生じさせる病気です。17世紀オランダでは珍しい模様の球根が高値で取引され、後世まで知られる投機熱を生みました。2019年の作品では、ビットコインの価格が上がると花弁の縞が強く現れるよう作られています。
ここでは歴史上の球根の希少性と、現代の暗号資産の価値を結びつけるために、機械学習が必要な仕組みとして使われています。花の美しさだけを見ていると、価格の数字に揺り動かされる画面の仕組みには気づきにくいかもしれません。作品の意味は、データを選んだ理由と、値動きをどのような視覚的変化へ置き換えるかという設計に宿っています。
リドラーはオランダの花の静物画も参照しています。実際には同時に咲かない花を一枚の画面に共存させる静物画と、学習した写真から現実には存在しない花を作るモデルを重ねて見ると、絵画の歴史と生成AIの関係が別の角度から浮かびます。(参照:アンナ・リドラー公式|《Mosaic Virus》(2018年)/アンナ・リドラー公式|《Mosaic Virus》(2019年))
10,000枚の分類が映し出す人間の判断
ヴィクトリア&アルバート博物館は、リドラーの《Myriad (Tulips)》に使われた写真を約1万枚と説明しています。作家はオランダでチューリップの季節に撮影を続け、色などの属性を一枚ずつ分類しました。色は連続的に変化しているのに、機械へ教えるためにはいくつかの名前で区切らなければなりません。どこまでを同じ色とするかという日常的な判断が、学習の前提になります。
学習用の写真を買うこともできたはずです。自分の身体を動かして写真を集め、分類の不確かさも引き受ける行為を作品へ含めたことで、リドラーはデータを目に見える労働に変えました。画面が生成される前から、すでに何を見て何を記憶する機械にするのかという造形上の選択が始まっているのです。(参照:ヴィクトリア&アルバート博物館|リドラーの学習データ作品/アンナ・リドラー公式|《Myriad (Tulips)》)
2022–2023年|美術館の収蔵品が変わり続ける映像になる
レフィク・アナドル《Unsupervised》の巨大な画面
2022年11月、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の一階ロビーには、形が絶えず変わる巨大な映像作品が現れました。トルコ出身の美術家レフィク・アナドル(1985年生まれ)による《Unsupervised》です。色の粒子や濃密な流れ、立体のような塊が現れては崩れ、観客は静止した絵画とは違う時間の中で作品を見ます。
MoMAの作品記録では制作年代は2021〜2023年、展示期間は2022年11月19日から2023年10月29日です。作品は専用のハードウェアとソフトウェア、生成アルゴリズム、色彩と音によって構成されます。大型画面に映る姿は固定された一枚の映像というより、条件に従って動き続ける装置として考えるのが適切です。
美術館が展示してきた作品の記録を、別の作品を生成する材料にする。その発想には、何を美術史として保存してきたのかという問いも含まれます。画面の絶え間ない変容は観客を引きつけますが、作品の主題は視覚的な驚きだけにとどまりません。(参照:ニューヨーク近代美術館|《Unsupervised》展/ニューヨーク近代美術館|《Unsupervised》作品記録)
美術館の記憶を、機械はどう読み直すのか
アナドルと制作チームはMoMAの公開された収蔵情報を用い、機械学習によって新しい画面を生成する仕組みを構築しました。スタジオの資料では、《Unsupervised》の関連作品群に、13万件以上の画像・メタデータが用いられたことが説明されています。チームはデータを整理し、モデルを設計し、変化の道筋を画面へ置き換えるための独自のソフトウェアを作りました。
ここで機械が生み出すのは、特定の所蔵作品の複製ではありません。複数の作品から学習した関係が、抽象的な色と形として動き続けます。鑑賞者は元の作品をすべて思い浮かべることができなくても、美術館に蓄積された膨大なイメージが変換される現場に立ち会います。
何を学習させ、どのように見せるかという選択には、美術館と制作チームの協力が深く関わっています。技術によって生じる偶然性と、作品を成立させる制度的な選択が同居している点に、この作品の独自性があります。(参照:レフィク・アナドル・スタジオ|制作工程/ニューヨーク近代美術館|《Unsupervised》展)
誰の記憶をAIが語るのか
LGグッゲンハイム・アート&テクノロジー・イニシアチブは、現代においてテクノロジーを駆使する最も革新的なアーティストを支援することを目的として2022年に発足しました。このイニシアチブの一環として新設されたLGグッゲンハイム賞は、テクノロジーを基盤としたアートにおける功績を称え、毎年1名のアーティストに10万ドルの賞金を贈呈します。初代LGグッゲンハイム賞の受賞者は、20年以上にわたり芸術探求を続けてきた先見性のあるアーティストであり教育者でもあるステファニー・ディンキンスです。ステファニーの人工知能における先駆的な活動は、参加、対話、そして思いやりの倫理を通して、公平性、透明性、そして社会参加を重視しています。AIは今日、非常に大きなテーマとなっています。すでに私たちの環境、仕事、教育、医療制度、そして現実の認識にまで影響を与えています。ディンキンスは、ビッグデータAIの影響を最も受けている社会的弱者コミュニティとの地域的な関わりから生まれるAI修復モデルを構想しています。彼女の作品は、世界規模でのアートとテクノロジーの融合を通して、より良い未来を想像するよう私たちを鼓舞します。 LGグッゲンハイム・アート&テクノロジー・イニシアチブは、LGの支援により実現しました。YCC 2023アーティストコラボレーションは、LG OLEDによってサポートされています。
ステファニー・ディンキンズ《Not the Only One》
アメリカの美術家ステファニー・ディンキンズは、AIに誰の言葉を学ばせるかという問題を、家族の記憶から考えました。2018年からの《Not the Only One》は、黒人アメリカ人の家族三世代の女性たちの口述記録などを材料にした、会話のできるAI彫刻です。来場者は声をかけ、作品が返す答えを聞くことができます。
作家の公式記録には、コンピューターやセンサー、電子装置を用いた彫刻と、その後の複数の形態が記されています。樹脂による立体や黒いガラスのような外観を持つ展示版があり、言葉を返す装置としての存在感を備えています。作品の目的は、訓練されたAIが正確な家族史の文章を機械的に読み上げることではありません。記憶がどんな形で集められ、どのように別の声として現れるのかを、対話の場で経験させます。
データを持っている人ほど、その人の暮らしがAIの標準的な人間像に入りやすいのでしょうか。技術産業で十分に代表されてこなかった人々の声を作品へ取り込む行為は、学習データが中立的な材料として自然に集まるわけではないことを示します。ディンキンズにとって、制作とは記録を作り、他者との関係を育てる行為でもあります。(参照:ステファニー・ディンキンズ公式|《Not the Only One》)
2023年|存在しなかった人物を写す「写真」
フォトポッド:ボリス・エルダグセン – 写真と人工知能
ボリス・エルダグセンは、AI生成画像を禁止するガイドラインのない3つの異なるコンテストに作品を応募した。最も権威のあるソニー・ワールド・フォトグラフィー・アワード(SWPA)では、彼の作品がクリエイティビティ部門で受賞した。他の2つのコンテストでは、ファイナリストにノミネートされた。皮肉なことに、彼はこれまで数え切れないほど多くのコンテストに実際の写真で参加してきたが、トップに立ったことは一度もなかった。これは主催者にとって問題のある領域であり、議論する準備ができていないことを示唆する多くのことが言えるだろう。いずれにせよ、これは取り上げるべき重要なテーマである。ボリス・エルダグセンは受賞を辞退したが、これは彼にとって成熟した行動だったと私たちは考える。しかし、今後のコンテストはどうなるのだろうか?AI生成画像と写真を見分けることは、いずれ不可能になるだろう。審査員でさえ見分けがつかないという事例はますます増えている。そして、最も重要なのは、それが人間によって作られた創造的な作品であることなのか、それとも何らかのレベルで私たちの心に触れる表現であることなのか?
《The Electrician》が作り出した架空の記憶
2023年、ドイツの美術家ボリス・エルダグセンが《PSEUDOMNESIA | The Electrician》でソニー・ワールド・フォトグラフィー・アワードのオープン部門「クリエイティブ」カテゴリーに選ばれました。セピア色の写真を思わせる画面には、時代を感じさせる服装の女性たちが描かれています。古い家族写真のように見えますが、実際にその場へカメラを向けて撮った人物の記録ではありません。画像生成技術を使った作品です。
「疑似記憶」を意味する連作名は、存在しなかった過去を写真らしい画面から思い浮かべる経験へ鑑賞者を導きます。写真には、そこにいた人物や出来事との関係を期待する見方があります。この画面では、見た目の説得力と、歴史的な出来事を記録したという確かさが離れています。写真とは何かという問いが、技術の進化を実感できる形で現れたのです。(参照:ボリス・エルダグセン|2023年写真賞をめぐる経過と声明)
受賞辞退と主催者側との認識の違い
エルダグセンは2023年4月の授賞式で賞を辞退し、画像生成をめぐる議論を求めました。作家は自分のサイトで、応募から発表までの連絡の経緯を公開しています。主催者側も、受賞発表以前にAIを用いた共同制作であると知らされていたことを説明しました。単純な「審査員をだました」話として整理すると、両者のやりとりが見えなくなります。
この出来事では、作品の価値を測る基準と、写真という部門の名称、制作方法の説明が衝突しました。創作の自由度が大きいカテゴリーでは、どの範囲の技術を認めるかという運営上の判断も問われます。架空の人物を写真的に見せる作品を、記録写真と同じ基準で見るのか。主催者、作家、鑑賞者が同じ場面を違う問題として受け取っていたことに、この論争の複雑さがあります。(参照:ボリス・エルダグセン|2023年写真賞をめぐる経過と声明)
2023–2025年|法律は制作のどの部分を見ているのか
アーティストが潜在拡散人工知能を使用した作品で米国初の著作権登録を取得。AIアートの倫理をめぐる激しいオンライン議論が繰り広げられる中、AIの助けを借りて作成されたコミックの登録は続々と寄せられている。ニューヨーク市のアーティスト、クリス・カシュタノワは、アーティストのインスタグラムで明らかになったように、潜在拡散AIで生成されたアートワークを含むグラフィックノベルで米国著作権を登録したようだ。これは確かに初めてのことだ。9月15日には、「夜明けのザーリャ」というタイトルのコミックブックの登録が開始される。カシュタノワは、「ザーリャ」のアートワークを作成するために、Midjourneyという商用サービスを利用した。カシュタノワはオンライン投稿でこの朗報を発表した。「AIで生成されたグラフィックノベルの著作権を米国著作権局から取得しました。」トップページで、旅の途中で作成したことを率直に認めた。私の知る限り、他の調整はしていない。この写真に写っているとおり。AIの助けを借りて作成されたオリジナル作品は私たちの所有物であることを示すことを目指した。私のメモでは、それを芸術作品として分類しました。承認通知と証明書番号が今日届き、書類は私のところに送られてきます。これは法律関係の友人から得た情報で、ルールを作っておこうと思いました。彼らの説明によると、カシュタノワは、作品の制作に何らかのAIが使用されたものの、それが唯一の創造力ではなかったと結論付けました。カシュタノワはストーリーを考案し、レイアウトを描き、コミックブックの視覚的表現に関する芸術的な決定を下しました。生成芸術は1960年代から存在しているため、アーティストが機械やアルゴリズムによって生成された作品を登録申請している可能性は高いです。アーティストは潜在拡散駆動型画像合成モデルについて意見が分かれていますが、これらのモデルのいずれかによって作成された作品の著作権を登録したのは今回が初めてです。人工知能によって生成された芸術作品に著作権が適用されるかどうかは、ここ数ヶ月で数多くの論文の主題となっています。解決されていない倫理的および法的問題が多数あるため、Getty Images は AI 生成のアートワークをサービスから除外しています。米国著作権局は、一般的に信じられているのとは異なり、AI アートワークの著作権に反対する判決を下していません。代わりに、人間ではなく AI に著作権登録を認めませんでした。主人公が女優のゼンデイヤを彷彿とさせる Zarya of the Dawn は、AI Comic Books の Web サイトから無料でダウンロードできます。写真を似せるために、AI アーティストは通常、有名な名前をヒントとして使用します。これは、Midjourney のトレーニングに使用されるデータセットに多くの有名人の写真が含まれているためです。Stable Diffusion は、2022 年にスタートアップの StabilityAI によってリリースされたテキストから画像へのモデルです。これはディープラーニングに基づいています。主にテキストで述べられている内容に基づいて詳細な画像を作成するために使用されますが、インペイントなどの作業にも使用できます。アウトペイントを行い、テキストで述べられている内容に基づいてある画像から別の画像への翻訳を行います。ミュンヘン大学(LMU)の研究者たちは、生成ニューラルネットワークの一種である潜在拡散モデルを考案しました。これは、LMUとRunwayと協力し、EleutherAIとLAIONの協力を得てStability AIによって作成されました。Stability AIは、2022年9月までに最大10億ドルの評価額で資金調達するために投資家と話し合っています。Stable Diffusionのコードとモデルの重みは公開されており、シンプルなGPUを備えたほとんどの消費者向けハードウェアで実行できます。これは、クラウドサービス経由でのみアクセス可能だったDALL-EやMidjourneyなどの以前の独自のテキストから画像へのモデルからの脱却を示しています。Kris Kashtanovaは、男性でも女性でもないと自認する写真家兼アーティストです。ニューヨーク市に住んでいます。Krisは、平等、希望、コミュニティ、障害の克服、学習、そして人間としての成長についてのアートを制作しています。彼女たちの作品は、メンタルヘルス、LGBTQIA+問題、ボランティア活動、ジェンダー、気候変動、親切な行為など、多岐にわたるテーマを扱っています。クリスの作品は、概念的でありながらシュールでもあり、同時に悲しみと喜びも感じさせます。彼女の「365プロジェクト」は、1年間毎日何か新しいことを学び、その過程で毎日概念的な自画像を共有する方法として始まりました。クリスは、恐れずに創作するという課題を自らに課しました。クリスは、毎日自己疑念を無視することで、成長し、世界と自分自身について学び、喪失に対処することができると気づきました。
漫画『Zarya of the Dawn』で分けられた表現
米国著作権局は2023年2月、クリス・カシュタノヴァの漫画『Zarya of the Dawn』について、文章と画像の配置・組み合わせなど、人間による創作に関する権利を認め、Midjourneyで生成した個々の画像をその保護範囲から外しました。この経緯は、文章、画像、編集という異なる工程から成る作品を、細かく検討する事例になりました。
例えば漫画のページでは、どのコマをどこに置き、どんな文章で順序をつけるかによって物語が変わります。生成画像の部分の保護を認めるかという判断と、ページ全体の人間による構成を保護するかという判断を分けることで、作品のどこに創作的な寄与があるかを考えられます。著作権局の判断は、AIを使った漫画全体を無価値だと評価したものではありません。(参照:米国著作権局|《Zarya of the Dawn》登録再検討(2023年))
2025年の米国著作権局報告が示した基準
2025年1月29日、米国著作権局はAI生成物の著作権保護可能性について報告書を公表しました。中心になるのは、人間が作品の表現上の要素を十分に決定しているかという問題です。人間が創作した部分がAI出力に認識できる形で残る場合や、AI出力を独創的に選び、配置し、加工する場合などが検討されます。
報告書は、文章で指示を入力することだけでは、一般に出力の著作権保護に必要な人間の創作的統制を示すには足りないという立場をとっています。AI利用の有無ではなく、どんな表現を人間が決めたのかを個別の工程から調べます。写真でもカメラの操作だけでなく、構図や撮影条件の選択が論じられてきたように、新しい道具の利用と人間の創作を詳しく分ける考え方です。
米国の著作権局が定める登録の基準と、世界各地の著作権制度は同一ではありません。また、この報告書が検討したのは権利として保護できる表現です。美術館が何を展示し、批評家が何を評価するかという問題について、法的な判断がそのまま答えになるわけではありません。(参照:米国著作権局|著作権保護可能性報告書(2025年)/米国著作権局|「著作権と人工知能」調査資料)
2024年|「AIアーティスト」を市場はどう扱ったのか
Bottoは作品を作り、人間が選ぶ
Bottoは、画像生成システムと人間による投票を組み合わせたプロジェクトです。画像を次々に生成し、参加者が候補に投票することで、選ばれる作品やその後の生成の方向に人間の反応が関わります。2024年10月にはサザビーズで「Exorbitant Stage: Botto, a Decentralized AI Artist」と題する競売が開かれ、六つの出品作品が並びました。
この作品の作者欄へ「Botto」と記すことは、仕組み全体を一つの作家として提示する実践でもあります。そこにはシステムを設計する人、投票へ参加する人、作品を展示し価格を決める制度が関わります。自律的な機械という呼び名を聞いたとき、その自律が何についてのものなのかを調べると、制作の分担が具体的になります。(参照:サザビーズ|Bottoの2024年競売)
買い手が値段をつけると、芸術的価値は決まるのか
競売の落札価格は、ある時点で誰かがその作品を取得しようとした金額です。作品への評価を知る一つの資料であり、制作工程の創造性や美術史上の重要性を直接測る数字ではありません。値段には希少性、作家の知名度、市場の期待、作品の来歴などが重なります。
Bottoの場合は、とりわけ作者の名前そのものが作品の概念に関わっています。買い手は画像だけを手に入れるのか、機械と人々の共同体から生まれる仕組みに価値を認めているのか。競売会場は、AIをめぐる哲学的な問いが実際の経済活動と接触する場所にもなっています。(参照:サザビーズ|Bottoの2024年競売/ハーツマン|「コンピューターは芸術を創れるか」(2018年))
2025年|AI美術だけを集めた競売
クリスティーズ「Augmented Intelligence」の結果
2025年2月20日から3月5日、クリスティーズはAI美術を中心とする競売「Augmented Intelligence」を開きました。ハロルド・コーエンの先駆的な制作から新しい生成作品まで幅広く集めた出品は、34点のロットで構成されています。競売会社の発表による総額は72万8784ドルでした。
最高額となったのは、レフィク・アナドルの《Machine Hallucinations – ISS Dreams – A》で、27万7200ドルで落札されました。この作品は、宇宙空間や衛星から得られた膨大な画像のデータを使い、宇宙の視覚的な記憶を再構成する仕事として紹介されました。ホリー・ハーンドンとマット・ドライハーストの作品も出品され、人間の顔とAIによる表象を考える作品として注目されます。
AI美術という売り方の下に集まった作品でも、入力する資料や制作工程、鑑賞体験は大きく異なります。市場における一つの分類が、内部の違いを見えにくくすることもあるのです。競売結果からわかるのは購入者が存在したことと取引の規模であり、今後の美術史的な評価には作品自体と長期的な受容の検討が必要になります。(参照:クリスティーズ|AI作品競売の結果(2025年)/クリスティーズ|競売出品作品記録)
学習データは誰の作品と労働から集められるのか
生成画像の背後にある作者たち
画像生成モデルの学習には、写真、イラスト、絵画の複製画像、それらに付けられた文章などが使われます。作品を作った人と、学習用データとして収集する人、モデルを提供する事業者、出力を利用する人は別々であることが多く、権利や許諾をめぐる争いが生まれています。
学習したことと、特定の著作物を出力して複製したことは、法的にも技術的にも同じ出来事ではありません。学習段階で著作物を利用することがどの条件で適法か、出力が既存作品の保護される表現へどこまで近づいているかなど、争点を分けて検討します。
米国著作権局は2025年5月、生成AIの学習と著作権を扱う報告書第3部の公表前版を公開しました。前述の第2部が出力の保護を中心に検討したのに対し、第3部では訓練に使う素材と権利との関係が主題になっています。作者を考えるには、完成画像を手にした人の行為に加えて、その画像を可能にした多数の制作物へも視野を広げる必要があります。(参照:米国著作権局|AI学習と著作権の報告書/米国著作権局|「著作権と人工知能」調査資料)
2025年の欧州AI法が求める透明性
欧州連合(EU)では2024年にAI法が成立し、汎用AIモデルの提供者に向けた義務が2025年8月2日から適用され始めました。技術文書の整備、EUの著作権法を順守する方針の策定、学習に使った内容の概要の公表などが求められます。既存のモデルには移行期間が設定されているため、すべてが同日に同じ対応を完了したという意味ではありません。
こうした制度の目的は、作者や権利者が何を問題にすべきか判断するための情報を増やすことにもあります。リドラーが学習データの撮影と分類を展示したことと、事業者が訓練素材の概要を公開する義務は、性質も目的も異なります。ともに、結果の画面だけを見ていては把握できない制作の条件を可視化するという接点を持っています。(参照:欧州委員会|汎用AIモデルに関する透明性義務/アンナ・リドラー公式|《Myriad (Tulips)》)
2026年|AIを作者とする申請と最高裁判所
《A Recent Entrance to Paradise》をめぐる争い
米国の研究者スティーヴン・セイラーは、自ら開発したAIシステムによる画像《A Recent Entrance to Paradise》をめぐり、AIを著作者として認めるよう求めてきました。訴訟では、システムが自律的に作ったと主張される画像について、米国の著作権法が人間以外を著作者として認めるかが争点になりました。
2025年3月、コロンビア特別区連邦控訴裁判所は人間の著作者を必要とする判断を支持しました。セイラーは連邦最高裁に審理を求めましたが、2026年3月2日、最高裁はその申立てを受理しませんでした。控訴裁判所の判断がこの事件では維持されることになります。
最高裁が申立てを受理しなかったという記録は、最高裁が芸術とは何かという哲学的な問いへ最終回答を示したという意味ではありません。争われたのは著作権制度における著作者の扱いであり、人間がAIと共同制作した作品のあらゆる場合まで、この事件が結論づけたわけでもありません。(参照:米国連邦最高裁判所|Thaler事件の事件記録/米国著作権局|「著作権と人工知能」調査資料)
AI画像を芸術として考えるための三つの視点
第一に、完成した画像の姿です。色彩、構図、細部のつながり、動きや音を含む作品なら時間の構成まで、作品そのものから読み取れることがあります。エルダグセンの架空の人物像は、写真らしく見える表現の力と、記録として信じる経験の関係を揺さぶりました。
第二に、制作の工程です。アレンが何百回も候補を作り、リドラーが花を集め、コーエンが描く規則を設計し、アナドルのチームが美術館の資料から動く画面を構築したことは、それぞれ違う種類の創作的な判断を示しています。「AIが作った」という共通の言葉の下に、それらの違いを押し込める必要はありません。
第三に、作品を成立させる社会的な関係です。写真賞、博覧会、美術館、競売、著作権局は、同じ画像に別々の問いを向けます。ハーツマンの論文が指摘したように、芸術制作は人々が意味や責任を引き受ける活動とも結びついています。作品の価値を論じるときは、制度の判断を資料にしつつ、その判断がどの問題についてなされたものかを見分けることが重要になります。
この三つを重ねると、画像生成AIを使った作品が芸術として成立する道筋は具体的になります。機械が新しい画像を出力できること、作家がその生成を作品の意味ある工程として組み立てること、社会がそれをどのような表現として受け取るか。それぞれが独立した問いを持ちながら、実際の美術作品の中で結びついています。(参照:ハーツマン|「コンピューターは芸術を創れるか」(2018年)/アンナ・リドラー公式|《Myriad (Tulips)》)
略年表|AIと芸術の歩み
- 1839年|フランスでダゲレオタイプが公表される
- 1960年代末|コーエンがコンピューターによる美術制作に取り組み始める
- 1970年代初頭|コーエンの描画システムが《AARON》と名付けられる
- 1973–1975年|コーエンがスタンフォード大学の人工知能研究所で開発を進める
- 1993年|コーエンが《Stephanie & Friend》を制作する
- 1998年|ボーデンがAIと創造性に関する論文を発表する
- 2018年|ハーツマンが「Can Computers Create Art?」を発表する
- 2018年|リドラーが《Myriad (Tulips)》《Mosaic Virus》を制作する
- 2018年|ディンキンズの《Not the Only One》が初期の形で制作される
- 2019年|リドラーが三画面の《Mosaic Virus》を制作する
- 2022年春|DALL·E 2の試験提供が始まる
- 2022年8月|Stable Diffusionの公開が始まる
- 2022年8月|アレンの《Théâtre D’opéra Spatial》がコロラド州博覧会で受賞する
- 2022年11月|MoMAでアナドル《Unsupervised》の展示が始まる
- 2023年2月|米国著作権局が『Zarya of the Dawn』の登録を再検討する
- 2023年4月|エルダグセンが写真賞の受賞を辞退する
- 2023年9月|米国著作権局がアレン作品の登録拒否を維持する
- 2024年2月|ホイットニー美術館で「Harold Cohen: AARON」が開幕する
- 2024年10月|サザビーズでBottoの作品が競売に出される
- 2025年1月|米国著作権局がAI出力の保護可能性について報告する
- 2025年3月|クリスティーズで「Augmented Intelligence」の競売が終了する
- 2025年5月|米国著作権局がAI学習に関する報告書第3部の公表前版を公開する
- 2025年8月|EUで汎用AIモデル提供者向けの義務が適用開始となる
- 2026年3月|米国連邦最高裁がセイラー事件の上訴受理を拒否する
まとめ|AIの画像と芸術作品
AIによって生成された画像も、芸術作品として成立し得ます。コーエンの《AARON》は描く規則自体を制作の対象にし、リドラーのチューリップ作品はデータを集める時間と価値の変動を結びつけました。アナドルの《Unsupervised》は、美術館の収蔵品をもとに動き続ける映像を生み出しました。どの作品も、出力された画像の見栄えとともに、何を探究するために生成技術を用いたのかを考えることで、その独自性が見えてきます。
創造性について、ボーデンは新しい組み合わせ、可能性の探索、規則の転換を区別しました。ハーツマンは、芸術制作における人間の意図や社会的な関係に着目しました。この二つの議論を実際の作品と照らすと、画像を生成する仕組みを設計すること、生成された画像を選ぶこと、作品を通じて何かを伝えることが、それぞれどのような創作行為なのかを考えられます。
著作権をめぐる判断は、制作上のどの表現を人間が決めたのかを扱います。米国著作権局の2025年報告書や2026年のセイラー事件をめぐる手続きは、その基準を知るうえで重要です。法的な著作者の認定と、芸術の評価、機械そのものを芸術家と呼べるかという哲学の問題は、それぞれ固有の問いを持っています。
生成技術が変化しても、鑑賞者が作品について知りたいことは残ります。誰が、どんな時代の問題に向き合い、どのような仕組みで表現を生み出したのか。AIが画面の細部を作れる時代には、制作の過程と作者の判断をたどることが、作品を見るときにおいて、重要な一部となっています。(参照:ハーツマン|「コンピューターは芸術を創れるか」(2018年)/米国著作権局|著作権保護可能性報告書(2025年))
参考資料・出典
- 米国著作権局|《Théâtre D’opéra Spatial》再審査決定(2023年)
- スミソニアン誌|コロラド州博覧会での受賞報道
- OpenAI|DALL·Eの一般公開(2022年)
- OpenAI|DALL·Eベータ公開(2022年)
- Stability AI|Stable Diffusion公開発表
- ホイットニー美術館|「Harold Cohen: AARON」展
- ホイットニー美術館|《AARON》初期の制作工程
- ホイットニー美術館|《Stephanie & Friend》作品記録
- ホイットニー美術館|描画機械の実演記録
- ボーデン|「創造性と人工知能」(1998年)
- ハーツマン|「コンピューターは芸術を創れるか」(2018年)
- ボリス・エルダグセン|2023年写真賞をめぐる経過と声明
- アンナ・リドラー公式|《Myriad (Tulips)》
- アンナ・リドラー公式|《Mosaic Virus》(2018年)
- アンナ・リドラー公式|《Mosaic Virus》(2019年)
- ニューヨーク近代美術館|《Unsupervised》展
- ニューヨーク近代美術館|《Unsupervised》作品記録
- レフィク・アナドル・スタジオ|制作工程
- ステファニー・ディンキンズ公式|《Not the Only One》
- 米国著作権局|《Zarya of the Dawn》登録再検討(2023年)
- 米国著作権局|「著作権と人工知能」調査資料
- 米国著作権局|著作権保護可能性報告書(2025年)
- サザビーズ|Bottoの2024年競売
- クリスティーズ|AI作品競売の結果(2025年)
- クリスティーズ|競売出品作品記録
- 米国著作権局|AI学習と著作権の報告書
- 欧州委員会|汎用AIモデルに関する透明性義務
- 米国連邦最高裁判所|Thaler事件の事件記録
- 創作過程とAI共同制作に関する学術研究(2024年)
- ヴィクトリア&アルバート博物館|リドラーの学習データ作品
- メトロポリタン美術館|ダゲールと写真の発明
