Art Library
Philosophy

1972

【美術と哲学】見ることは権力なのか

ジョン・バージャー『イメージ―視覚とメディア』

1972年の英国では、居間のテレビが絵画を見る場所にもなっていました。1967年にBBC2で本格化したカラー放送は、家庭に美術館の名画や世界各地の風景を運び、新聞や雑誌にはカラー写真の広告が増えていました。絵画を間近で見る機会のない人も、画面や印刷物を通して名作を知るようになります。美術館の壁に掛かった一枚の絵と、テレビで流れてくるその映像は、同じものを見せているのでしょうか。

英国では1960年代から70年代にかけて、教育や文化を誰が享受できるかが問われました。美術の知識は、専門家が作品を解説する本や美術館の展示によって伝えられることが多く、画家の名前や時代の様式を知ることが鑑賞の出発点とされていました。豊かな家庭の書斎にある画集も、学校の教室に映されるスライドも、同じ絵の複製を手元に置ける技術に支えられています。

この時代に登場したのが、英国の美術批評家・作家ジョン・バージャー(1926–2017)と映画監督マイク・ディブ(1940年生まれ)らによるBBCのテレビ番組『Ways of Seeing』です。1972年1月に四回の番組が放送され、同じ年に共著による書籍が刊行されました。日本語では『イメージ―視覚とメディア』として紹介された著作です。絵画の値段、女性の裸体を描く習慣、広告が示す幸福な生活を並べることで、バージャーたちは、何をどのように見るかが社会の権力や富と関わることを問いかけました。

例えば、広い農地を背景にした夫婦の肖像を眺めるとします。美しい風景と衣服を読み取ることはできますが、画面に描かれた土地が誰のものなのかを知れば、絵の意味は変わります。裸婦画に登場する人物が、見知らぬ鑑賞者へ向けて視線や身体を整えていると考えれば、絵を見る側の立場まで問題になります。「見ること」は目に入る光だけで成立しているのでしょうか。絵画と写真、テレビと広告の具体例が、この問いを哲学と美術史の両方へ広げます。

CONTENTS

  1. 1972年の英国で「見ること」が問題になった理由
  2. ジョン・バージャーはどのような人物だったのか
  3. 1969年の『文明』と1972年の『Ways of Seeing』は何が違ったのか
  4. 1972年のテレビ番組はどのようにつくられたのか
  5. 書籍『Ways of Seeing』には何が収められたのか
  6. 「見ること」と「知っていること」はなぜ違うのか
  7. 写真の複製は絵画に何を起こしたのか
  8. ウォルター・ベンヤミンはこの問題をどう考えていたのか
  9. 絵画の「神秘化」はどのように起きるのか
  10. 視点を変えると一枚の絵はどう見えるのか
  11. 「男性は見る、女性は見られる」という議論は何を指すのか
  12. 「裸」と「裸体画」をなぜ区別したのか
  13. ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》をどう見るか
  14. ブロンズィーノとベラスケスの裸体像では何が見えるか
  15. マネ《オランピア》は裸体画の習慣をどう変えたのか
  16. 油彩画はなぜ所有者の財産を描いたのか
  17. ゲインズバラ《アンドルーズ夫妻》には何が描かれているのか
  18. ルーベンスが描いた風景と財産の関係
  19. 静物画の果物や銀器は何を伝えていたのか
  20. フランス・ハルスの理事たちの肖像をどう読むか
  21. 絵画の所有はどのように社会的な地位を示すのか
  22. 油彩画は現実のすべてを同じように描いていたのか
  23. 広告は何を見せ、どのような未来を約束するのか
  24. 油彩画と広告の似ているところ、違うところ
  25. なぜ広告は「羨望」を生み出そうとするのか
  26. 『Ways of Seeing』は広告をどのように見せたのか
  27. 画像の編集は見る人の意味づけをどう変えるか
  28. 美術の歴史を誰が語ってきたのか
  29. 1972年の女性解放運動と『Ways of Seeing』
  30. ローラ・マルヴィの映画論とはどうつながるのか
  31. ジョン・バージャーの理論にはどんな異論があるのか
  32. 1972年の批評はどのように受け止められたのか
  33. 今の写真・広告・画面を見るとき、何を問い直せるのか
  34. なぜ「見ること」は哲学の問いになるのか
  35. 略年表
  36. まとめ
  37. 参考資料・出典

1972年の英国で「見ること」が問題になった理由

テレビが運んだ絵画の複製

1960年代末からの英国では、家族がテレビの前に集まり、ニュースや娯楽だけでなく美術の番組も見ていました。BBCは公共放送として受信料を財源とし、教育番組や芸術番組を制作しました。カラー放送が普及する過程で、名画の色彩や細部をテレビから紹介することが、文化を伝える大きな手段になりました。

公共放送が誰に向けて美術史を語るかは、単なる番組の制作技術にとどまりません。作品の意味を説明する権限が専門家に集中していたとき、テレビがその説明を別の声へ開けば、鑑賞者は従来と異なる視点を得られます。『Ways of Seeing』が取り上げたのは、この新しい環境で絵がどう読まれるかという問題でした。(参照:英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

経済成長と広告に囲まれた街

戦後英国では大量生産の商品が家庭へ普及し、百貨店、雑誌、街頭ポスター、テレビの広告が商品を魅力的に見せる方法を競っていました。服、化粧品、自動車を使えば生活が変わるという約束は、画像と短い言葉の組み合わせによって届けられます。買い物は日々の必要を満たすだけでなく、他人からどう見られるかという期待を伴う行為になっていました。

バージャーはこの広告の文化と、何世紀も前のヨーロッパ油彩画を比較しました。裕福な所有者の生活を祝う絵と、豊かになれる未来を示す広告は、視覚的に似た約束をしていると考えたのです。美術史と身近な消費生活を同じ画面で語る姿勢が、番組の出発点にありました。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

美術館と学校の間にあった距離

美術館では所蔵品の作者、制作年、注文主、様式について学芸員が解説し、学校教育でも作品を一つの美術史の系譜へ位置づけて教えていました。美術史の知識は作品を深く理解する助けになる一方、難解な用語だけが先に立つと、鑑賞者は自分が感じたことを確かめる前に専門家の説明を受け入れがちです。

バージャーが問題にしたのは、名画を権威ある作品として眺める際、そこに描かれた人物の労働や財産、鑑賞者の欲望が見えにくくなることでした。作品を歴史の中へ戻すために、画面の物や人の関係から説明を始めようとした点に、従来のテレビ美術番組との違いがありました。(参照:英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

ジョン・バージャーはどのような人物だったのか

画家として学び、批評家として活動する

ジョン・バージャーは1926年にロンドンで生まれ、美術学校で絵を学んだ後、絵画制作と美術批評に取り組みました。1950年代には雑誌『ニュー・ステーツマン』で美術批評を書き、展覧会を権威や流行だけで評価する傾向へ異議を唱えました。自身が画家として制作した経験から、筆で形を探す行為と、完成作品が社会で評価される過程の双方に関心を持っていました。

彼の文章は絵画の形式にも触れながら、土地を所有する人々、労働する人々、作品を鑑賞できる人々の関係を問い続けました。批評に政治的な視点が含まれるのは、芸術を別世界として扱うより、その社会で誰がどのように生きているかを知るためでもありました。(参照:ジョン・バージャー関連アーカイブ|『Ways of Seeing』(1972)/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

マルクス主義と人間の経験

バージャーは社会主義的な立場から、経済的な力の違いが文化の中にも表れると考えました。ドイツ出身の思想家カール・マルクス(1818–1883)が資本主義社会における労働と所有の関係を分析した議論は、彼の美術批評にとって重要な背景です。絵画が何を描くか、誰が購入できるかという問いを、社会の階層と結びつけて考えました。

同時に、バージャーの関心は経済制度の分析に尽きません。作品が描かれた時代の人が何を恐れ、喜び、願ったかという生の経験にも目を向けます。後の研究者ジョナサン・コンリンは2020年、彼の目的を政治的な批判だけへ縮めると、画像を人々の経験へ取り戻す願いが見えにくくなると論じました。(参照:サウサンプトン大学|Conlin「Lost in transmission?」(2020)/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

1950年代から積み重ねた美術批評

バージャーは1960年代にかけて小説や芸術論も発表し、展覧会評を越えて人間の行為を考える著述家となっていました。文学と絵画を異なる分野として隔てず、画家の手の動きや登場人物の身ぶりを、観客の生活へつなげる文章を試みます。

テレビに登場したときのバージャーは、突然発見された司会者ではありませんでした。長く培った批評を、カメラを通して幅広い視聴者に語る方法を探したのです。これまでの批評と映像の組み合わせを調べると、番組を一人の天才的な発案とみなすより、共同制作として理解できます。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現)

1969年の『文明』と1972年の『Ways of Seeing』は何が違ったのか

ケネス・クラークが語った西洋美術史

英国の美術史家ケネス・クラーク(1903–1983)は、1969年のBBC番組『文明(Civilisation)』で西洋美術と思想の歴史を紹介しました。著名な美術館長でもあった彼は、教会建築や名画を訪れ、作品が生まれた時代の文化を解説しました。美術への関心を家庭のテレビへ届けた功績は大きく、映像による美術教育の代表的な番組となりました。

バージャーたちはこの番組が紹介した名作の価値を一切否定したわけではありません。何を西洋文明の代表として選び、社会のどの立場から語るかという点に別の問いを投げかけました。作品を名作として説明する声と、その絵に描かれた所有や権力の仕組みを問う声を比べると、美術史の語り方も一つではないことが見えてきます。(参照:英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

美術の専門家に代わる語り口

『Ways of Seeing』では、バージャーが正面から視聴者へ語りかけ、絵の細部を映したかと思うと、街中の広告や現代の生活へ映像が切り替わります。撮影や編集の方法そのものが、絵を取り巻く権威ある雰囲気を変えていきました。

作家の生涯や様式名を覚えているかどうかに関係なく、鑑賞者は画面の人物がどこを見ているか、何を持っているかを確かめられます。その観察から社会の問題へ進むため、番組は専門的な知識を伝えるだけでなく、視聴者に判断の仕事を引き受けさせる構成をとりました。(参照:英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

美術番組をつくる技術と考え方

マイク・ディブは映像を撮影し編集する技術を通じて、バージャーの主張をテレビに適した表現にしました。額縁に入った絵へカメラが近づくと、全体の構図から一人の顔や手へ視線が集中します。そこへ違う映像をつなげれば、同じ絵の意味が変化して感じられます。

コンリンはBBCと制作者の資料を調べ、ディブとバージャーによる編集の工夫が番組の思想を具体的な映像へ変えたことを指摘しています。『Ways of Seeing』の新しさは、映像で説明される思想と、その思想を視聴者に経験させる映像技術が重なったところにあります。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現)

1972年のテレビ番組はどのようにつくられたのか

BBC2で放送された四回の番組

『Ways of Seeing』は1972年1月、BBC2で約30分の番組四回として放送されました。第1回は絵画の複製と権威、第2回は女性の裸体像、第3回は油彩画と所有、第4回は広告の視覚的な働きを扱いました。大きな時代順の通史ではなく、異なる作品や身近な画像を同じ問題に沿って並べています。

各回は、美術館の絵を見るときの常識を別の場面へ持ち出します。広告を眺めた後に肖像画を見ると、衣服や物の描き方に別の意味が現れます。裸婦画を見た後に現代の雑誌を開くと、見る側の性別を想定する仕組みが浮かびます。こうした往復が番組の組み立てでした。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現)

共同制作の五人と映像の編集

書籍の協力者として、ジョン・バージャーのほかスヴェン・ブロムベルグ、クリス・フォックス、マイク・ディブ、リチャード・ホリスが名を連ねます。研究、映像制作、図版の選択、デザインが連携した仕事でした。一般にバージャー一人の名前で語られることが多い著作ですが、目で考える表現を成立させたのは複数人の制作です。

制作体制を知ると、作品の意味を誰が決めるかという問題が番組自身にも現れていることに気づきます。バージャーの文章に映像の編集が加わり、視聴者が受け取る印象が組み立てられました。『Ways of Seeing』は、語られている結論だけでなく、どう見せるかを考える実践でもありました。(参照:ジョン・バージャー関連アーカイブ|『Ways of Seeing』(1972)/リチャード・ホリス公式アーカイブ|『Ways of Seeing』の編集・デザイン)

額縁と絵の一部を切り分ける方法

英国映画協会が紹介する冒頭の場面では、バージャーが額に入った絵の複製の一部を刃物で切り取るように見せます。これは本物の作品を傷つけた記録ではなく、スタジオで構成された演出です。元の作品を枠から切り離した図像は、別の場所や目的に使われる可能性を示します。

額縁は絵画を一つの完成した対象として固定して見せます。切り抜かれた細部は別の順序で並べることができ、広告や解説の材料にもなります。作品の一部分が移動すると意味がどう変わるかを、番組は説明文を長く読む前に視覚的に体験させました。(参照:英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

書籍『Ways of Seeing』には何が収められたのか

1972年の初版と日本語での書名

BBCの番組をもとにした書籍『Ways of Seeing』は、BBCとペンギン・ブックスによって1972年に刊行されました。1973年に初めて成立した著作ではありません。日本語では1986年に『イメージ―視覚とメディア』として刊行され、2013年にはちくま学芸文庫として再刊されました。著書『見るということ』は原題『About Looking』の別作品です。

刊行年と邦題を正しく区別すると、1972年の英国でテレビがどのように絵画観を変えたかという歴史が見えます。テレビ番組と書籍は同じ題名を持ちながら、動画で時間を追う経験と、読者が自分の速度で図版を見比べる経験という異なる方法を採用しています。(参照:ペンギン・ブックス|『Ways of Seeing』書誌と初版年/国立国会図書館|『イメージ―視覚とメディア』書誌/国立国会図書館|別著『見るということ』書誌)

七つの章と写真だけの章

書籍は七つの章からなり、そのうち三つは文章ではなく図版を中心に構成されています。画像をただ文章の挿絵にするのではなく、互いに近接させることで見る人自身に関係を発見してもらう方法です。絵画、広告、写真を並べたページには、説明のない部分にも読者へ考える仕事を任せる意図があります。

例えば人物の姿勢が似た二枚の画像を見比べると、服装や背景が違っても、視線の向きや手の置き方に共通の習慣を感じることがあります。その経験は、文章を読むことに相当する知的な働きです。書籍は視覚の資料を使って、視覚について考える方法を試みました。(参照:リチャード・ホリス公式アーカイブ|『Ways of Seeing』の編集・デザイン/ジョン・バージャー関連アーカイブ|『Ways of Seeing』(1972))

リチャード・ホリスが設計した紙面

英国のデザイナー、リチャード・ホリス(1934年生まれ)は書籍の版面を設計し、太い書体による文章と写真図版の視覚的な重さを近づけました。彼の公式アーカイブによれば、図版の多くはテレビ用映像から単純に取り出したものではなく、制作者が書籍のために加えています。

読者は文字を追いながら隣の画像へ目を移し、また文字へ戻ります。テレビで映像を見ながら語りを聞く経験を、印刷物の構成へ移したものです。文章を強く、写真を小さく従わせる一般的な図録とは異なるデザインが、著作の論旨そのものを支えました。(参照:リチャード・ホリス公式アーカイブ|『Ways of Seeing』の編集・デザイン/世界書誌WorldCat|『Ways of Seeing』1972年刊初版)

「見ること」と「知っていること」はなぜ違うのか

目に入るものと、理解しているもの

小さな子どもが周囲の顔や光に反応する経験は、対象の名前や由来を理解するより前から始まります。バージャーは書籍の冒頭で、見る経験と知識の関係が固定していないことを取り上げました。私たちは言葉を覚える前にも世界を見ていますが、言葉や知識を得ることで、同じ世界を別の関係の中に置いて見られるようになります。

例えば雲の形をただ眺めるときと、その雲が雨を運ぶ気象現象だと知ったときでは、視線の向かう部分が変わります。絵画でも、画面の中の服装や土地に歴史的な意味を知れば、今まで見えていた色や形へ別の注意が集まります。知識は視覚の後から加わる説明であるとともに、次に何を見るかを左右します。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/ペンギン・ブックス|『Ways of Seeing』書誌と初版年)

見る側の立場が風景を変える

窓から一つの通りを見ても、通勤する人は駅へ続く道を探し、子どもは遊べる場所を見つけ、店主は通行人の流れに注目するでしょう。同じ景色の異なる部分が、見る人の生活の中で重要になります。バージャーの主張は、目の構造を説明する生理学ではなく、経験と社会の立場が視覚的な意味に関わるというものです。

この違いを考えると、「写真に写っているのだから、誰にとっても同じ意味だ」と結論づけることは難しくなります。像の存在は確認できても、そこに何が見いだされるかには習慣や関心が働きます。美術批評は、絵の中にあるものと見る人が持ち込む知識の両方を検討する仕事になります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

何を「自然な見方」と呼ぶのか

名画を正面から静かに鑑賞する姿勢は、美術館での一般的な作法です。日用品の広告は数秒で理解し、テレビの映像は次のカットへ移る前に見る必要があります。それぞれの場で目の使い方は違い、どの見方が適切だと感じるかにも学習が関わります。

バージャーは、絵をどのように扱うべきかという作法まで含めて「見ること」を捉え直しました。社会が長く受け継いできた美術品の評価方法を考えると、個人的な好みの問題に見える鑑賞にも、公的な権威や教育が関わっていることがわかります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現)

写真の複製は絵画に何を起こしたのか

かつて絵画が置かれた場所の意味

礼拝堂のためにつくられた祭壇画は、祈る人々の身体や建築の空間と結びついていました。貴族の屋敷の肖像画は、そこで暮らす家族や客を迎える部屋に置かれます。同じ画像でも、どこで誰が向き合うかによって、作品が果たす役割は変わります。

写真によって絵が複製されると、祭壇画は学校の教科書へ、屋敷の肖像は雑誌のページへ移るようになります。もとの場所へ行かなければ見られなかった像が、多くの人の手元へ届くようになったのです。バージャーはこの変化を、単純な技術の便利さより大きい文化の転換として扱いました。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|レオナルド《岩窟の聖母》)

一枚の絵を何度でも写せること

版画の複製には長い歴史があります。19世紀に写真が普及すると、絵画を撮影して多数の人に配布する方法が急速に広がりました。20世紀には映画やテレビも絵画を映し、画面の一部分を拡大し、順序を変えて紹介できるようになります。

複製は美術館へ通えない人にも作品を知らせます。同じ複製は絵の色や寸法、表面の筆触を十分に伝えないこともあります。作品を広く共有する可能性と、作品の意味が別の文脈へ移る変化は、一つの技術から同時に起きているのです。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

絵の細部が別の物語へ組み込まれる

画集に《岩窟の聖母》の全体像が載るとき、鑑賞者は四人の人物と岩の空間を一緒に見ます。マリアの顔だけを大きく切り出せば、もとの祭壇画で人物の位置が持っていた意味は弱まり、顔の表情が中心になります。テレビ番組では、さらに音声や他の画像が加えられます。

ロンドン・ナショナル・ギャラリーにあるレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452–1519)の《岩窟の聖母》は、1490年代から1500年代にわたって制作された板絵で、ミラノの礼拝堂の祭壇画に属しました。この来歴と画面全体の関係を知ると、切り出された顔の画像とは別の作品の役割が理解できます。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|レオナルド《岩窟の聖母》/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

ウォルター・ベンヤミンはこの問題をどう考えていたのか

1930年代の複製技術をめぐる議論

ドイツの思想家ウォルター・ベンヤミン(1892–1940)は、1930年代に写真や映画による芸術作品の複製を考察しました。彼は、一点の作品が特定の場所と歴史に結びついて存在する独自性を「アウラ」という概念から論じ、複製が作品の受け取られ方を変えると考えました。

ベンヤミンの議論は、作品の複製を単なる精度の問題として扱わない点で、バージャーに先行します。人々が集まる場所や鑑賞の習慣が変わると、作品の意味が現れる条件も変わります。美術作品と大衆文化を一緒に考える理論的な道筋が、1930年代から示されていました。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

アウラと作品の値段を分けて考える

一点の絵画が持つ固有性は、制作された場所、素材、経てきた時間などと結びついています。複製の時代にも、実物の絵画は美術市場で高額に取引されます。バージャーはこうした市場の価値づけに注目し、複製によって像が身近になったのに、原画の希少性がますます重視される状況を問題にしました。

この議論では、作品を眼前で見る経験と、値札の数字によって威信を感じることを区別できます。絵の前に立って絵具の厚みや寸法を感じることは、原画ならではの経験です。その経験が社会的な名声や金銭価値の説明へ置き換わるとき、誰が作品を所有できるかという権力の問題も現れます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

複製が政治的な意味を生む可能性

一枚の絵が新聞の記事と並べられると、その絵は新しい主張の材料として読まれることがあります。美術館にあった像が街頭のポスターになると、展示室とは違う人々に届きます。ベンヤミンが問うた技術と政治の関係は、こうした流通経路の変化から理解できます。

バージャーはこの考えをテレビの編集によって試しました。画面に映る作品を別の画像と接続することで、美術作品を権威ある過去の記念物から、現在の社会を考える材料へ戻そうとしたのです。複製の民主化と、画像を誰がどう使うかという問題は結びついています。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/サウサンプトン大学|Conlin「Lost in transmission?」(2020))

絵画の「神秘化」はどのように起きるのか

作品の由来が曖昧な賛辞に変わるとき

美術館で一枚の絵が「偉大な傑作」と紹介されると、訪れた人は何が優れているのかを説明できなくても、その評価に従って眺めることがあります。制作された場所や注文主、描かれた人物の生活を具体的に知る前に、作品を崇拝の対象として受け止めてしまうのです。

バージャーは、過去の作品を神聖なものに見せ、現実の社会的な関係を覆い隠す解説の仕方を「神秘化」として批判しました。作品を生んだ人間の経験を調べれば、絵を遠い権威として眺める必要は薄れます。名作への敬意を保つことと、作品の歴史を批判的に調べることは両立します。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現)

図版の説明が視線を誘導する

たとえば「この肖像には不滅の精神が表れている」という文章を読んでから絵を見ると、鑑賞者は人物の表情へ注意を向けるでしょう。「これは土地所有を示す注文画である」という説明を先に読めば、背景の広さや人物の持つ道具にも目が向きます。文章は画像の外側から意味を与えるだけでなく、画像のどこを見るかを案内します。

美術館のラベル、展覧会の構成、テレビのナレーションは、いずれも視線の動きに関わります。バージャーの批評は、解説者の立場が透明であるという思い込みを揺さぶりました。作品の読みを誰が組み立てたのかと考えることが、画像の権力を調べる第一歩になります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

歴史を戻すことで何が変わるのか

肖像の人物がどの家の生まれで、描かれた衣服や家具を誰が購入し、画家に誰が費用を払ったのかを調べると、画面の中の物の関係が具体的になります。絵に描かれた静かな姿勢にも、人物の地位や注文主の願いが働いていた可能性が見えてきます。

バージャーは美術の歴史を消し去るために神秘化を批判したのではありません。人々が実際に生きた歴史へ作品を戻し、鑑賞者がその事実をもとに判断できるようにするためです。権威ある説明を別の説明に取り替えるだけで終えず、何を根拠に見ているのかを問う姿勢が重要になります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/Jonathan Conlin(2020)|番組の政治的解釈をめぐる研究)

視点を変えると一枚の絵はどう見えるのか

ホルバイン《大使たち》の二人の人物

16世紀のドイツ出身で英国でも活動した画家ハンス・ホルバイン(1497年頃–1543)は、1533年に《大使たち》を描きました。縦207センチ、横209.5センチの板絵には、二人の男性が地球儀や書物、科学機器の並ぶ棚を挟んで立っています。衣服の豊かさと学識を示す品々が、人物の社会的な立場を伝えています。

正面から見ると画面の手前には、細長く歪んだ不思議な形が浮かびます。斜めの位置から見たときに頭蓋骨として認識される像です。鑑賞者が立つ場所によって形の読み方が変わる仕掛けは、見えるものと知識の関係を具体的に考えることにも役立ちます。作品そのものはバージャーの説明用につくられた絵ではなく、彼より四世紀以上前の宮廷文化の産物です。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ホルバイン《大使たち》(1533)/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|《大使たち》研究図録(2024))

顔だけを見た後に背景を確かめる

肖像の顔だけを切り抜いた写真からは、衣服の質感や社会的な地位の一部は読み取れても、全体に配置された物の関係はわかりにくくなります。《大使たち》にある地球儀や楽器、宗教的な含意は、人物像と一体となって作品の複雑な意味をつくっています。

複製を見るときも、どの範囲が画面に含まれているかを確かめれば、解説で目立たせたかった部分が見えてきます。ひとつの作品が、細部の選択によって異なる物語に変わるというバージャーの問題意識を、具体的な絵から検討できます。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ホルバイン《大使たち》(1533)/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

絵と鑑賞者の位置が意味を変える

斜めから見ることで形が認識できる《大使たち》の頭蓋骨は、正面からの視線だけが作品にふさわしいとは言えないことを示します。画面の下部へ移動したり、近づいたりする身体の動きが、別の像を見つける条件になります。

バージャーが1972年に問題にしたのは、身体の位置だけでなく、社会的な立場からも見ることが変わるという点です。ホルバインのしかけは視点の違いを可視化する好例ですが、遠近法上の変化と、性別や財産による解釈の違いは同じ現象ではありません。それぞれの仕組みを区別して考えることが大切です。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|《大使たち》研究図録(2024)/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

「男性は見る、女性は見られる」という議論は何を指すのか

女性の身体を描く習慣への問い

ヨーロッパの絵画には、女性の裸体を神話のヴィーナスやニンフとして描く長い伝統があります。バージャーは、その作品の中で、女性がどのような姿勢を取り、誰へ視線を向けているかに注目しました。美しい身体を描く技術と、見知らぬ人がその身体を眺めるための構成が結びついていると考えたのです。

彼は社会の中で男性が行為する主体、女性が見られる対象として配置されやすいという非対称を論じました。この指摘は全ての男性と女性の実際の行動を一つの規則へ押し込める説明ではなく、当時の絵画や広告に繰り返し現れる視線の慣習を批判するものです。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像/Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性)

自分の姿を他者の目で確かめること

鏡で服装を整えるとき、人は自分の身体を外側から眺めた姿として意識します。女性が常に他人にどう見られるかを気にかけるよう教育される社会では、この意識が生活の中へ深く入り込みます。バージャーは、女性が自分自身を眺める監視者の視点を内面化する問題を論じました。

ここで問われているのは、鏡を見る行為の善し悪しではありません。他人に評価されることが日常の行動を決めるような仕組みが、誰に強く求められてきたかという点です。肖像の人物が画面の外の鑑賞者へ向けて姿を整えているかを考えると、美術作品にもこの問題が現れます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像/Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性)

誰が画面の外にいると想定されるか

裸婦画の画面には男性の鑑賞者が描かれていない場合があります。それでも女性がこちらを見て、身体を見せる姿勢を取ると、画面の外に誰かがいることを前提にしているように感じられます。バージャーは西洋の裸体画が、男性の鑑賞者や購入者を暗黙の中心に据えてきたと考えました。

この説明によって、作品の人物、制作した画家、最初の所有者、現代の鑑賞者という四つの立場を区別できます。作品を眺める自分が、絵の中で想定された鑑賞者と同じ立場に置かれるとは限りません。違和感や抵抗を含む読み方も、作品が今日生み出す経験に含まれます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像/Jonathan Conlin(2020)|番組の政治的解釈をめぐる研究)

「裸」と「裸体画」をなぜ区別したのか

身体を持つことと、身体を展示すること

バージャーは衣服を着けていない身体と、美術の慣習に従って鑑賞される「裸体」を区別しました。前者は人が身体としてそこにいる状態を指し、後者は観客から眺められるための姿勢や構図へと変えられた身体を意味します。

この区別は、裸体画がなぜ何世紀にもわたって繰り返し制作されたかを考える手がかりです。画家は人物の肌を描くだけでなく、どう横たわり、どこへ視線を向けるかを構成します。その構成によって、画面の人物が誰のために存在しているように見えるかが変わります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ブロンズィーノ《ヴィーナスとキューピッドの寓意》)

ケネス・クラークの裸体論との対話

ケネス・クラークは1956年の著作『ザ・ヌード』で、裸体を芸術として構成された理想的な形として論じました。自然の身体と造形された裸体像を区別する考え方は、美術史の中で長く用いられてきました。バージャーは、この形式的な区別に加えて、その裸体像がどのような観客を前提としてつくられたかを問いかけます。

クラークが美術の形に注目したところへ、バージャーは観客と社会の権力関係を持ち込みました。両者の違いを知ると、裸体画を見る方法が二つ以上あることがわかります。画面の色や構図を確かめることと、誰の欲望や所有が作品の成立に関わったかを調べることは、同じ作品に対する異なる質問です。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像/英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現)

「見る側」に関する問いを自分で試す

例えば女性の裸体画の人物を男性に置き換えた場面を想像すると、鑑賞者は姿勢や視線について違和感を抱く場合があります。バージャー自身も、このような置き換えによって絵の慣習を確かめる実験を提案しました。

違和感の原因をたどれば、裸体像の美しさが誰にとって自然なものとして教えられたのかを考えられます。違う身体を同じポーズに置くことがなぜ不自然に見えるのか。絵画の習慣を普遍的な美の規則から切り離して考えることが、この実験の狙いです。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像/Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性)

ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》をどう見るか

寝台に横たわるヴィーナスの構図

ヴェネツィアで活動した画家ティツィアーノ(1488年頃–1576)は、1538年に《ウルビーノのヴィーナス》を制作しました。油彩・カンヴァス、119×165センチの画面には、寝台に横たわる女性がこちらを見つめ、その足元に小型犬が休み、奥の室内で二人の女性が衣服の準備をしています。

ウフィツィ美術館は作品を、当時の婚礼に関する習慣やヴィーナスの象徴と結びつけて解説しています。バージャーの問いから見るなら、女性の視線が絵の外にいる人へどう向けられ、横たわる姿勢がどのような鑑賞者を前提にしているかが問題になります。(参照:ウフィツィ美術館|ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》/バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像)

華やかな室内と、画面の外の観客

赤い寝台や白い布、金色の髪、奥の衣服入れは、身体を豊かな室内に置く役割を担っています。人物の目は絵の外へ向けられ、身体と見る人との関係が構図の中心に置かれます。絵が置かれた宮廷文化と注文の目的を考えると、官能性だけでなく身分や所有の問題も浮かび上がります。

画面から何を読み取るかは、鑑賞者がどの歴史的事実を知るかによって変わります。美術館の作品解説が扱う婚礼の意味と、バージャーによる視線の批判は、同じ絵の異なる側面を示します。どちらか一方だけで作品の内容を説明しきったと考えないことが必要です。(参照:ウフィツィ美術館|ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》/バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像)

1538年の作品を1972年の視点から読む

ティツィアーノはバージャーの社会批評を説明するために制作していたわけではありません。16世紀のイタリア宮廷で求められた美と婚礼の観念は、1970年代英国の女性解放運動とは異なる条件の中にありました。

バージャーが行ったのは、歴史上の絵を現在の鑑賞者の立場から改めて問い直すことです。作品成立時の文脈と、1972年の批評が発見した視線の仕組みを二つの層として読むと、美術史の研究と現代の社会批評を結びつけることができます。(参照:ウフィツィ美術館|ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》/バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像)

ブロンズィーノとベラスケスの裸体像では何が見えるか

ブロンズィーノの華やかな寓意画

フィレンツェの画家ブロンズィーノ(1503–1572)は、1545年頃に《ヴィーナスとキューピッドの寓意》を制作しました。縦146.1センチ、横116.2センチの板絵では、ヴィーナスとキューピッドが抱き合い、その周囲に時間や欺瞞などを暗示する人物が配置されます。極めてなめらかに描かれた肌と複雑な象徴が結びつく作品です。

バージャーが注目するのは、寓意を読む知識に加え、裸体がどのような視線を誘うようにつくられたかという点です。神話や寓意の衣をまとうと、同時代には直接的に表しにくい官能的な像も、美術の形式として受け入れられることがありました。その仕組みを具体的な絵から確かめられます。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ブロンズィーノ《ヴィーナスとキューピッドの寓意》/バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像)

《鏡のヴィーナス》に映る曖昧な顔

スペインの宮廷画家ディエゴ・ベラスケス(1599–1660)が1647–51年頃に描いた《鏡のヴィーナス》では、女性が背中をこちらへ向けて横たわり、キューピッドが鏡を掲げています。ナショナル・ギャラリーの解説によると、鏡に映った女性の顔は意図的にぼかされ、特定の人物の表情を読み取ることが難しくなっています。

鑑賞者は女性の背中を見ながら、鏡に写る顔を探すことになります。鏡の中の顔を見たいという欲望は、画面の外にいる観客の存在を強く意識させます。バージャーの問題に引き寄せると、鏡が身体の姿だけでなく、見る者の欲望を可視化する装置として働くことがわかります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ベラスケス《鏡のヴィーナス》/バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像)

二つの絵が教える解釈の違い

ブロンズィーノの作品は宮廷的な寓意を重ねた表現で、ベラスケスは背中と鏡を中心にした簡潔な構成を選びました。どちらも女性の身体を描きながら、神話の意味、画面の奥行き、観客との距離に違いがあります。

「裸婦画は男性のための表現だった」という大きな枠組みを考える際にも、個別の作品が何をしているのかを見失わないことが重要です。バージャーの視点は両作の共通する社会的な側面を探る助けとなり、美術館の作品研究はそれぞれの造形と来歴を確認する土台になります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ブロンズィーノ《ヴィーナスとキューピッドの寓意》/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ベラスケス《鏡のヴィーナス》)

マネ《オランピア》は裸体画の習慣をどう変えたのか

1863年制作、1865年に論争を呼ぶ

フランスの画家エドゥアール・マネ(1832–1883)は、1863年に《オランピア》を描き、1865年のサロンで発表しました。縦130.5センチ、横191センチの油彩画には、寝台の女性と花束を運ぶ黒人女性の使用人が描かれています。裸体の女性は画面の外へ鋭い視線を向け、背景は暗く、身体の輪郭が明瞭に浮かびます。

オルセー美術館は、マネがティツィアーノの《ウルビーノのヴィーナス》を参照しながら、当時の都市の現実を題材にしたと説明しています。伝統的なヴィーナスの構図を使いながら、人物は神話の理想像から同時代のパリの女性へ変わり、サロンの観客に衝撃を与えました。(参照:オルセー美術館|マネ《オランピア》(1863)/ウフィツィ美術館|ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》)

見る者を見返す女性のまなざし

《オランピア》の人物は受け身で画面に置かれているようには見えず、鑑賞者の方へ自分の存在を強く示しています。バージャーはこの絵を、女性の裸体像が伝統的に割り当てられてきた役割へ疑問を投げかける転換点として取り上げました。

人物に向けられる視線を考えると、裸婦画を見ることは単に鑑賞者の自由な行為ではなく、画面の側から問い返される経験にもなります。絵の前に立つ人は、自分が女性をどのように眺めようとしていたかを意識するかもしれません。ここに作品の具体的な造形と批評が交わる場所があります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像/オルセー美術館|マネ《オランピア》(1863))

黒人女性の描写も読む必要がある

《オランピア》には花束を持つ黒人女性が描かれています。作品を女性の裸体と男性の鑑賞者の関係だけで説明すると、同じ画面に現れる人種や使用人の立場が見落とされる場合があります。19世紀のパリの社会、植民地主義、労働の関係も作品の意味に関わります。

後の美術史研究は、ジェンダーだけでなく階級や人種が交差するところから作品を読み直してきました。バージャーの1972年の枠組みを歴史的な批評として受け取り、そこから新しい問いが生まれることを認めると、《オランピア》が持つ複雑さをより詳しく考えられます。(参照:オルセー美術館|マネ《オランピア》(1863)/Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性)

油彩画はなぜ所有者の財産を描いたのか

油絵具が表現する物質の質感

15世紀以降のヨーロッパでは、油絵具を使う絵画が発達し、金属の輝き、絹や毛皮の手触り、果物の表面を巧みに描けるようになりました。光が当たる部分と影になる部分を重ね、物がそこにあるように見せる技術は、富裕な注文主の生活を魅力的に記録するためにも使われました。

バージャーは、油彩という技法そのものに財産の表現へ向かう性質を見いだしました。画面の物が実際に触れられそうなほど詳しく描かれると、所有者は絵を通して現実の財産を再び眺められます。彼が注目したのは、物の質感を描く能力が、社会の富を示す欲望と結びつく状況でした。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

注文主と肖像画の仕事

近世ヨーロッパでは、王侯、貴族、商人、都市の団体が肖像画や歴史画を注文しました。画家は注文主の身分を示す衣装や紋章、住まいの家具を画面へ描き、作品は宮殿や商館、家庭の室内に置かれます。そこでは絵画を所有すること自体が文化的な威信の証しにもなりました。

バージャーは、肖像の人物を一人の心理を持つ人間として読むだけでなく、どのような財産や地位を示しているのかを問いました。写真を使わずに像を残すことが重視された時代、精密な油彩画は所有者の姿と所有物を長く伝える方法でもあったのです。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ゲインズバラ《アンドルーズ夫妻》)

油彩画の歴史をひとまとめにできるか

祭壇画や市民の肖像、静物画には、それぞれ異なる制作の目的があります。画家たちは注文主の望みに応えながら、祈りや不安、人生のはかなさを表現することもありました。油彩画のすべてが富を見せびらかすためのものだったと断定すれば、その多様さは失われます。

バージャーの主張は、長い美術史に広がる特定の社会的な傾向を強く浮かび上がらせる批評です。作品に描かれる所有物と、作品自身が所有される関係を同時に考えられる点に力があります。その一方、個々の絵の目的を調べるときには、制作年代と注文主の資料へ戻ることが必要になります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

ゲインズバラ《アンドルーズ夫妻》には何が描かれているのか

夫婦と広大な畑の配置

18世紀英国の画家トマス・ゲインズバラ(1727–1788)は、1750年頃に《アンドルーズ夫妻》を描きました。油彩・カンヴァス、縦69.8センチ、横119.4センチの作品です。左側には夫妻と犬、右側には収穫された畑と草地が広がります。二人の肖像なのに、画面の大部分を風景が占めることが特徴です。

ナショナル・ギャラリーの記録によると、ロバート・アンドルーズが所有した土地は約3000エーカーに及び、画面に描かれた畑の多くが彼の所有地でした。作品は夫妻の人物像と土地の眺めを組み合わせています。その事実を知ると、風景は背景であると同時に、夫妻の社会的な立場を示す主題だとわかります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ゲインズバラ《アンドルーズ夫妻》/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|《アンドルーズ夫妻》研究図録)

衣装、銃、犬、収穫した穀物

男性は猟銃を手に立ち、犬がその足元にいます。女性は青い絹の衣装で腰掛け、奥では収穫した穀物が畑に積まれています。田園の生活を示す細部が、裕福な地主の余暇と土地の生産力を同じ画面で伝えています。

バージャーはこの絵を、土地を所有している人がその土地と共に描かれる作品として読みました。鑑賞者が自然の景色を美しいと感じることはできます。そこに描かれている土地が誰のものかを考えると、風景の美しさと財産の関係を一緒に読むことになります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ゲインズバラ《アンドルーズ夫妻》/バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有)

風景を描く技術と所有の意味

ゲインズバラは雲の動きや木々の葉、遠方の丘を細やかに描きました。土地所有という社会的な意味に注目するだけでは、この描写の魅力を言い表せません。光の変化と人物の姿勢が同じ画面に収められた造形上の達成も確かにあります。

作品を形から見ることと、誰の財産を描いたかを知ることは、互いに妨げ合う必要がありません。バージャーの視点を通じて、田園風景を美しく見せる構成が、同時に特定の土地所有者の姿を伝えていることを考えられます。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|《アンドルーズ夫妻》研究図録/バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有)

ルーベンスが描いた風景と財産の関係

《ヘット・ステーンの朝景》という風景

フランドル出身の画家ピーテル・パウル・ルーベンス(1577–1640)は、1636年頃に《ヘット・ステーンの朝景》を描きました。縦131.2センチ、横229.2センチの板絵に、朝の光が差す草地、狩りをする人物、行き交う人々、荘園の建物が広がります。緑の丘と空を大きくとった構図は、平和な農村の時間を伝えます。

ルーベンスは1635年、メヘレン近郊のヘット・ステーンという領地を購入しています。ナショナル・ギャラリーは、この作品が画家の社会的な成功と故郷への思いを映すと説明しています。風景は画家が見た自然であり、同時に自分が所有した土地の景観でもありました。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ルーベンス《ヘット・ステーンの朝景》/バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有)

成功した画家自身が土地の所有者になる

ルーベンスは宮廷の注文を受けて大規模な宗教画や肖像画を制作し、外交にも関わりました。高い社会的な地位を得た彼が領地を購入し、それを風景画の主題とした事実から、絵画と財産の関係を具体的に考えられます。

この風景には狩りの場面や市場へ向かう人、子どもを抱く人物なども描かれています。土地を単に所有していることを示すだけでなく、そこに暮らす人々の活動や季節の変化も同時に表れています。財産という観点と風景画としての豊かな内容を、一緒に読むことができます。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ルーベンス《ヘット・ステーンの朝景》)

他者の土地を描く絵と何が違うのか

同じような農村を描いても、画家が所有する荘園の風景と、注文主の土地を描く作品とでは、制作の背景が変わります。ルーベンスの作品には、自分の社会的な達成を目に見えるかたちへ残す側面がありました。

土地を所有する人とそこで働く人の関係は、画面の中では同じ程度には目立ちません。画家が何を主役に選んだかという構図上の問題は、社会の中で誰の立場が可視化されるかという問題にもつながります。バージャーの問いを、作品の制作事情に即して確かめられます。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ルーベンス《ヘット・ステーンの朝景》/バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有)

静物画の果物や銀器は何を伝えていたのか

手で触れられそうな物を描く

17世紀のオランダでは、食卓に置かれた果物、銀器、ガラス器、貝殻や花束を主題とする静物画が盛んに制作されました。磨かれた金属の反射や透明なガラスの厚み、柔らかな果皮は油絵具の技術を示す題材にもなります。

こうした絵画を所有する人は、画面の中の物を長く眺め、その質感を楽しめます。バージャーは、目の前にあるかのように物を描く技術と、珍しい品々を集めて所有する欲望が結びついていたことを指摘しました。描くことが、所有する喜びをさらに増やす仕組みになっていたのです。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有/ワシントン・ナショナル・ギャラリー|フェルメール《天秤を持つ女》)

フェルメール《天秤を持つ女》の複雑さ

オランダの画家ヨハネス・フェルメール(1632–1675)が1664年頃に描いた《天秤を持つ女》では、女性が小さな天秤を手に持ち、机の上には宝石や金の鎖が置かれています。背後の壁には最後の審判を描いた絵があり、物質的な富と道徳的な判断が同じ室内に置かれています。

ワシントン・ナショナル・ギャラリーは、画面が金銭や財産を量る行為と、人間が何を大切にするかを量る行為を結びつけていると説明しています。この作品は、油彩画に財産が描かれていることを示す一方、財産に対する内省も含みます。描かれた宝飾品だけから作品の目的を決めることはできません。(参照:ワシントン・ナショナル・ギャラリー|フェルメール《天秤を持つ女》/ワシントン・ナショナル・ギャラリー|《天秤を持つ女》研究)

富の表現と死の意識

静物画の中には、時計、消えた蝋燭、頭蓋骨などを並べ、人間の命の短さを示す作品もあります。物を精密に描くことが、物の所有を祝う場面に用いられる場合と、富のはかなさを語る場合があるのです。

バージャーの経済的な読み方は、物の存在感に目を向ける点で有効です。さらに個々の作品の宗教的な象徴や注文主の希望を調べると、同じ表現技法が異なる価値観に仕えていたこともわかります。絵の意味を考えるには、技法と主題を分けて確かめる必要があります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有/ワシントン・ナショナル・ギャラリー|《天秤を持つ女》研究)

フランス・ハルスの理事たちの肖像をどう読むか

晩年の《老人養護院の男性理事たち》

オランダの画家フランス・ハルス(1582–1666)は、1664年頃、ハールレムの老人養護院を運営する男性理事たちを描きました。油彩・カンヴァス、約204.5×288.5センチの大画面に、黒い衣服をまとった人物が長い卓を囲んでいます。大きな筆触による表情や衣服の描写が見られます。

バージャーはこの作品に注目し、後世の美術史家が絵の人物に読み込んだ性格や心情の説明を吟味しました。画面の人物が社会でどのような地位を持ち、どんな団体のための絵だったかを知ることは、表情の意味を考える際にも欠かせません。(参照:フランス・ハルス美術館|《老人養護院の男性理事たち》/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

貧しかった画家と注文主の関係をどう考えるか

ハルスの晩年は経済的に苦しい時期を含みました。彼が老人養護院の理事を描いたという事実から、画家が豊かな注文主とどのような関係にあったかを考えることができます。バージャーは、そのような社会の現実を見ずに、絵の表情を抽象的な人間性の説明へ還元することを問題にしました。

とはいえ絵の筆触や人物の目の表現は、画家の高度な技術によって生まれています。作品の歴史的な事情と造形の分析を組み合わせれば、貧困と権力という社会問題を、絵を見るうえでの具体的な条件として理解できます。(参照:フランス・ハルス美術館|《老人養護院の男性理事たち》/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

女性理事たちを描いたもう一枚

ハルスは同じ老人養護院の女性理事たちも描いています。大きな黒い衣服に白い襟を合わせた女性たちが、こちらを見つめ、背後に施設で働く女性が立っています。美術館の所蔵記録では1660年頃とされますが、展示案内には1664年の表記も見られるため、制作年には資料間で幅があることがわかります。

男性理事像と女性理事像を並べて考えると、同じ団体の運営に男女がどう関わり、その地位が画面でどのように表されたかという問いが生まれます。注文肖像という共通の形式にも、個別の人物や組織の歴史が関わっています。(参照:フランス・ハルス美術館|《老人養護院の女性理事たち》/フランス・ハルス美術館|《老人養護院の男性理事たち》)

絵画の所有はどのように社会的な地位を示すのか

絵を飾ることと人に見せること

屋敷の応接室に大きな油彩画を掛けると、家に来た人はそこに描かれた人物と所有者の社会的な関係を知ることがあります。祖先の肖像や領地の風景、珍しい動植物の絵画は、持ち主の家系、旅行、学問上の関心を示す材料になります。

バージャーは、画家がどんな主題を描いたかだけでなく、作品を誰が購入し、誰に見せたかを重視しました。画面が所有物を描き、その画面自身も所有物になることで、富と文化的な地位の関係が二重に示されます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ゲインズバラ《アンドルーズ夫妻》)

美術市場で価値が決められる条件

絵画が美術市場で取引される際には、作者の名前、真作かどうか、保存状態、所蔵してきた人々の記録が評価に関わります。同じ画題を描いた絵でも、作者が誰かによって価格は大きく変わることがあります。

写真によって絵の姿を誰でも見られるようになっても、実物の所有は限られた人にしかできません。バージャーは、複製が広まる時代に、原画の希少性が経済的な威信を生む状況を問題にしました。鑑賞の自由が広がることと、作品の所有が平等になることは別の変化です。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有)

美術館へ移ると意味が変わる

個人の邸宅に飾られていた肖像が公的な美術館へ入ると、特定の家族の威信を示す道具から、美術史の資料や一般の人々が見る作品へ役割を変えます。作品の所有者だけが見ていた時代と、入場者が解説を読める時代では、社会との関係が違います。

この変化を知ると、美術館に置くことが作品の歴史を消すわけでも、完全に解放するわけでもないと理解できます。入場料や展示の解説、作品を選ぶ権限が、そこで新しい条件になります。見ることの自由を考えるには、作品がどこに置かれ、誰に届くかを併せて調べる必要があります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

油彩画は現実のすべてを同じように描いていたのか

注文主が画家へ求めた像

裕福な注文主は、家族の地位や商品の豊かさ、信仰心を示す作品を求めることがありました。画家はその希望を受けながら、実際の人物や物の姿を画面へ収めます。絵は観察した現実の一部からつくられ、何を画面に含めるかという選択が伴いました。

バージャーは、油彩画が豊かな人々の立場を示す機能を持ったことを強く論じました。その背景には、制作に費用を出した人の視点が絵画の主題を左右しやすいという事情があります。誰が画家に注文できたかを調べれば、社会の中で何が絵画として残りやすかったかを考えられます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ゲインズバラ《アンドルーズ夫妻》)

労働する人の姿が描かれるとき

市場へ向かう人や農作業をする人が風景の一部に描かれる場合、その姿が画面の中心に置かれるとは限りません。《ヘット・ステーンの朝景》には働く人や行き交う人の活動が小さく描かれていますが、画面の大きな印象は領地全体の広がりです。

美術史の資料として絵を使うときには、そこに描かれた人だけでなく、描かれていない人の存在にも目を向けることができます。制作の費用を払う人と、社会を支える働きを担う人との違いは、画面の中の大きさや位置にも現れることがあります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ルーベンス《ヘット・ステーンの朝景》/バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有)

画家の工夫と社会的な条件の両方を見る

肖像や静物画は、注文主の意図だけで完成するわけではありません。画家が何を強調し、どの色を選び、どのように光を描いたかには、専門的な技能や独自の判断が関わります。

バージャーの議論を理解した上で作品を見ると、社会の条件と造形の工夫を組み合わせて考えられます。絵画を単なる経済の証拠として扱えば、作品が人を惹きつける理由を見失います。誰のための作品だったかという問いを、実際に描かれた形と関係づけることが美術史の仕事になります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

広告は何を見せ、どのような未来を約束するのか

商品そのものより変化した自分を示す

香水の広告には、瓶だけでなく魅力的な人物や美しい場所が描かれることがあります。見る人は商品を買うと、広告に示されたような生活や他人からの注目を得られると想像するかもしれません。バージャーは、広告が商品を説明するだけでなく、その商品を持つ未来の自分を見せることに力を使うと考えました。

商品の使い心地を知らせることと、生活全体の価値が変わるように見せることは異なります。どんな人物として周囲に認められたいかという願いが、商品の画像に結びつけられると、広告は自己評価の問題へ入り込みます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

羨望される人物になるという物語

広告に登場する人物は、自信に満ちていたり、楽しげな集団の中心にいたりします。バージャーは、見る人が将来の自分を他人から羨まれる存在として想像する仕組みを分析しました。重要なのは、物を所有するだけでなく、その物を持つ自分が人々の中でどう見えるかという期待です。

現在の自分に満足していても、広告は手に入れていない可能性を提示します。自分の生活と画像に示された生活との差が、購入への動機になります。見ることが、商品の価値と自分自身の価値を比較する時間へ変わるところに、バージャーの批判の中心があります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会)

広告の風景に登場する富のしるし

広告は豪華な室内、輝く金属、車、広い庭園などの記号を用いて豊かさを演出します。バージャーはこうした手法を、近世から近代の油彩画が描いた衣服、宝石、屋敷、領地と比較しました。画面に実物が存在していなくても、画像がそれに触れるような感覚を届けようとする点には共通性があります。

高価な物の写真を眺めると、見る人はその質感や持ち心地まで想像することがあります。バージャーは、カラー写真が物を生々しく再現する技術を広告へ与えたことも指摘しました。過去の絵画から受け継いだ視覚の習慣が、現代の商品を魅力的に見せる装置となったのです。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会/バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有)

油彩画と広告の似ているところ、違うところ

裕福な所有者と、これから買う人

18世紀の地主が所有した肖像画は、すでに持っている土地や豊かな生活を描きました。広告は、まだ買っていない商品を手に入れた後の生活を想像させます。バージャーは両者の視覚的な似通い方を指摘するとともに、向けられた相手と時間の違いも明確に論じました。

肖像画では、絵を所有する人の現在の姿が祝われます。広告では、まだ実現していない未来の姿が示されます。豪華な衣装や輝く品物が共通していても、絵を誰が所有し、誰に何を期待させるかによって、画像の社会的な仕事は変わります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会/バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有)

広告が過去の美術を引用する理由

車や宝飾品の広告に古典的な彫刻や油彩画を思わせる構図が現れると、その商品へ長い歴史や文化的な権威が添えられることがあります。バージャーは、絵画を直接引用することだけでなく、自然や女性の姿を魅力的に見せる技術が広告へ移っていると考えました。

名画の知識が十分になくても、荘厳な建築や絹の衣装を見れば、上品さや贅沢さを感じる場合があります。広告はそうした慣習を利用して商品へ価値を移します。美術史の知識を使う方法が、商品を宣伝する市場にも広がっているのです。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会)

貧しい生活が画像から消える場合

広告の人物がいつも幸せそうに見えると、消費によって解決できる問題だけが目立つ場合があります。仕事や住居、健康など生活を左右する条件は、画像の外へ押し出されることがあります。

バージャーは、買い物の約束が個人の不満へ働きかけ、社会の格差や共同の問題へ目が向くのを妨げる可能性を指摘しました。商品を買う自由があることと、誰もが自由に生活を選べることは同じではありません。広告の明るさと、その外側にある現実を比べることから政治的な問いが生まれます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

なぜ広告は「羨望」を生み出そうとするのか

他人からどう見られるかという欲望

人は欲しい品物を見つけるとき、便利さや品質を考えます。同時に、その品物を持っている姿が人にどう見えるかを想像することもあります。バージャーは、この自己像への関心を広告が組織的に利用することに注目しました。羨ましがられる自分を見せることで、商品は他人の評価を得る道具になります。

この仕組みを理解するには、まず欲しいと感じた理由を分けて考えられます。機能が必要なのか、デザインを好むのか、周囲から尊敬されたいのか。同じ購入行為に異なる動機が含まれます。広告の批評は買い物を否定することより、何に向けて欲望が育てられるかを知ることにあります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会)

まだ存在しない未来を画像で先取りする

広告の写真に映る人物は、商品を使った後の幸福な状態をすでに生きているように見えます。見る人がその姿を自分へ重ねると、現在と未来の間に小さな距離が生まれます。

バージャーはこの時間の仕組みに着目しました。過去の所有者を確認する肖像とは異なり、広告はまだ手に入れていない生活を約束します。見る人の時間は、いま目の前にある状況から、まだ来ていない未来へ向けて動かされるのです。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会)

広告を見ても買わない自由とその限界

人々は広告を無視したり、商品を比較したり、購入を断念したりできます。個々の消費者には判断の余地があります。それでも街頭や雑誌、テレビに同じ価値観の画像が繰り返し登場すれば、何を成功や美しさと呼ぶかという社会の習慣へ影響が及ぶ可能性があります。

バージャーの関心は、一枚の広告に誰が説得されたかを証明する実験とは違います。複数の画像を見比べ、共通の価値観がどのように表現されているかを調べる文化批評です。その議論を評価するときは、具体的な画像の分析と、視聴者が実際にどう受け取ったかについての研究を区別することが必要です。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会/Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性)

『Ways of Seeing』は広告をどのように見せたのか

絵画と広告の画像を並べる実験

書籍の最終章では油彩画の表現と商品広告の写真が比較され、人物のポーズや豪華な背景、宝石や毛皮の描き方に共通する部分が示されます。両者を別々の歴史として眺めていると気づきにくい類似が、一つの紙面で隣り合うことによって目に入ります。

この方法は、文章が「似ている」と結論づける前に読者へ視覚的な証拠を提示します。見た目が似ている理由が実際に同じ目的に由来するかどうかは、さらに検討が必要です。画像の比較は議論の入り口をつくり、社会の歴史を調べる仕事へつながります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会/リチャード・ホリス公式アーカイブ|『Ways of Seeing』の編集・デザイン)

テレビ編集による思いがけない接続

テレビの中では、絵画を映した直後に広告へ切り替えることで、見る人の記憶に残る形が比較の材料になります。音楽やナレーションの順序も印象を変えます。バージャーとディブはこの編集を通じて、視聴者が画像の関係を感じ取るように構成しました。

ある美術品がどの広告と並べられたかは制作者の判断です。意味が生まれる過程を考えるなら、画像自体の内容に加えて、編集がその二つを結びつけた理由も問う必要があります。番組自身が「誰が意味を決めるか」という問題を実演していたのです。(参照:英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

見る人が別の比較を試す余地

例えば美術館の画集と現在のファッション広告を並べて見れば、身ぶりや構図、背景の使い方の共通点を探せます。重要なのは、似ている部分だけで判断を終えず、それぞれの画像が誰のためにつくられ、どんな場で発表されたかを調べることです。

バージャーの方法は読者が自分で画像を選び、問いをつくることにもつながります。二枚を比べると何が見え、そこから何を確かめるべきか。視覚的な比較の楽しさと歴史的な説明の確かさの両方を意識すると、画像の批評が具体的な学びになります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会/リチャード・ホリス公式アーカイブ|『Ways of Seeing』の編集・デザイン)

画像の編集は見る人の意味づけをどう変えるか

同じ絵に違う音楽をつける

映画やテレビでは、一枚の絵を数秒映すだけでも、その前後の映像や流れる音楽によって印象が変わります。静かな音楽なら悲しさを感じ、華やかな音楽なら祝祭の場面に見えることがあります。バージャーは複製画像が音や言葉と結びつくことで、新しい意味を与えられると論じました。

この仕組みを知ると、テレビで「名画の紹介」を見るときにも、何が作品そのものから感じられ、何が番組の編集から加わったのかを考えられます。編集者が画像の意味を支配し得ることは、複製の自由を考える際の重要な問題です。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現)

切り抜かれた画像が広がる経路

紙面の中で一人の人物を大きく切り出すと、もとの絵に描かれた他の人々との関係が失われます。テレビや広告はこの方法を繰り返し使えます。絵を知らない人にとって、切り出された画像がその作品の全体だと感じられる場合もあります。

バージャーは複製に批判的でありながら、その技術を番組の中で積極的に使いました。絵を切り分けることが危険であるなら、同じ方法が権威ある説明へ異議を唱える道具にもなります。問題は技術が良いか悪いかより、誰がどんな目的で使い、受け手が比較する自由を持てるかにあります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

本の見開きがつくる意味

リチャード・ホリスの書籍デザインでは、文章と画像を分けた別々のものではなく、視線の移動によって結びつく材料として扱っています。片側の図版を見た後に次の図版へ移ると、読者は人物の姿勢や物の配置を自分で比較することになります。

テレビの編集は映像の順番を決めますが、書籍の読者はページを戻り、長い間ひとつの図版を眺めることもできます。媒体による見る時間の違いが、同じテーマへの理解を変えます。『Ways of Seeing』の印刷物とテレビ番組を区別して考える理由がここにあります。(参照:リチャード・ホリス公式アーカイブ|『Ways of Seeing』の編集・デザイン/バーガー『Ways of Seeing』|第2章・図版構成)

美術の歴史を誰が語ってきたのか

美術史家の言葉と作品の権威

美術の専門家は作品の制作年、作者、材料、画面の構図などを調べ、根拠ある説明を組み立てます。その仕事によって、失われた歴史が明らかになる場合があります。バージャーは専門知識そのものを不必要と考えたわけではなく、その知識が誰の視点を中心に使われてきたかを問いかけました。

美術史が王侯や大きな注文主の文化を繰り返し語るとき、社会の中にいたほかの人々は見えにくくなることがあります。作品の重要性を一つの尺度で測ることと、社会の多様な経験を調べることを区別する必要があります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

絵を選ぶ人がつくる通史

画集には限られた数の図版しか載せられず、テレビ番組にも放送時間の制約があります。どの作品を紹介するかという選択は、美術史がどのような物語として伝わるかを左右します。バージャーたちが古典絵画から広告へ直接進んだ構成も、明確な問題意識に基づく選択でした。

選ぶ人の意図を考えると、番組も中立な窓ではないことがわかります。バージャーの批評が力強いのは、選び方を視聴者に意識させた点です。同時に、その番組がどの作品を取り上げなかったかを考える余地も生まれます。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現)

権威を疑うことと根拠を調べること

ある絵画が「偉大だ」と教えられたとき、その言葉に無条件で従う必要はありません。何が優れているとされるのか、誰がそう評価したのか、作品の制作や保存を支えた人は誰かを調べれば、自分なりに考える材料が増えます。

すべての解釈を同じ価値として扱うと、作品の来歴や年代について確かめられる事実が失われます。バージャーの方法を現在へ引き継ぐには、権威への批判と史料の検証を一緒に進めることが大切です。社会批評も、資料によって説明の強さを変える必要があります。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/ロンドン・ナショナル・ギャラリー|《大使たち》研究図録(2024))

1972年の女性解放運動と『Ways of Seeing』

女性の視点を番組へ取り入れる

『Ways of Seeing』の裸体像を扱う回では、バージャーによる説明の後に、女性たちが映像を見て感想を話し合う場面があります。研究者コンリンらの資料調査では、参加した女性の中に女性解放運動に関わっていた人々がいたことが確認されています。出演者たちは、男性批評家の言葉にただ同意するための存在ではありませんでした。

この構成は、女性の身体が絵の中でどう見られるかを男性が語るという問題に、当事者の声を加える試みでした。作品を説明する人が誰かという主題が、テレビ番組の語り手を変えることで具体化されています。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現)

1970年頃の英国の女性運動

英国では1970年頃から女性解放運動が集会や出版物を通じて広まり、職場の平等、保育、身体の自己決定などが議論されました。1970年のミス・ワールド大会への抗議も、女性が鑑賞や審査の対象として扱われる文化への批判でした。

バージャーが裸体画の視線を論じた1972年は、こうした運動と同時代です。過去の名画の構図が現代の女性をどう見るかという習慣とつながっているという彼の説明には、当時の社会的な問いが背景にありました。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性)

バージャー一人の発見として語らない

女性を眺める側と眺められる側の権力関係は、1972年以前からフェミニストの著作や運動で議論されていました。バージャーはその問題を大勢の視聴者へ届けるうえで大きな役割を果たしましたが、最初に発見した唯一の思想家だったと説明すると、同時代の女性たちの仕事が見えにくくなります。

後年の研究は、番組の協力者や女性出演者の活動を掘り起こし、どのような共同作業で議論が伝えられたかを明らかにしています。作品を誰が解釈するかという問題は、作品を説明した批評家の歴史へも返ってきます。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性)

ローラ・マルヴィの映画論とはどうつながるのか

1975年の「視覚的快楽と物語映画」

英国の映画研究者ローラ・マルヴィ(1941年生まれ)は、1975年の論考「視覚的快楽と物語映画」で、映画が女性をどのような対象として映し、観客にどんな見る立場を与えるかを論じました。精神分析を用いながら、物語映画における男性の視線と女性の身体の位置を分析した理論です。

バージャーの1972年の裸体画論と、マルヴィの1975年の映画論には、見る人と見られる人の非対称を問う共通点があります。二人は対象と方法が異なり、マルヴィの論文が三年後の展開であることも重要です。後世には両者が視覚文化研究の基礎として並んで読まれるようになりました。(参照:Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性/バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像)

絵画と映画の鑑賞の違い

絵画を見る人は、どこへ目を向けるか、どれくらい長く見るかを比較的自由に選べます。映画ではカメラの位置や編集が、観客に見える順序と時間を強く決めます。人物を眺める視線も、物語やショットの切り替えによって変化します。

絵画と映画に共通する視線の構造を考えながら、媒体の差を確かめることで、それぞれの批評が何を説明するかを理解できます。バージャーのテレビ番組は、映画に近い編集技術を使って、絵画の視線を問題にしたという点で両者の中間に位置しています。(参照:Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性/英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現)

男性も見られ、女性も見るという異論

1970年代の視覚文化論では、能動的な男性と受動的な女性という区別が強調されることがありました。その後の研究は、女性が自分の身体や画像をどう受け止めたのか、男性が見られる対象になる場面、異なる性的指向や社会階層の鑑賞経験などを検討しています。

バージャーの議論は、社会の中で繰り返し現れる力関係を見えるようにした重要な仕事です。現実の鑑賞者が一つの役割に収まるとは限らないという批判も、作品をより丁寧に見る方向へ議論を広げました。(参照:Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性/バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像)

ジョン・バージャーの理論にはどんな異論があるのか

油彩画と所有を結びつけすぎる問題

油彩画の多くが豊かな注文主のためにつくられたことは歴史的に確認できます。バージャーはこの傾向を大胆にまとめ、技法と私有財産が結びつくと論じました。けれども宗教画、貧しい人々の肖像、風景の個人的な研究などには、別の制作目的もあります。

一つの大きな理論が何を説明し、何を取りこぼすかを考える必要があります。例えばフェルメールの《天秤を持つ女》は宝石を描きつつ、道徳的な判断という主題も含みます。バージャーの説明が照らし出す社会の構造と、個別作品の意味との距離を調べることが批評の深化につながります。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第5章・油彩と所有/ワシントン・ナショナル・ギャラリー|《天秤を持つ女》研究)

画像を見る人の多様さ

広告や絵画を見た人が、すべて同じ考えを持つと予想することはできません。ある人は広告に憧れ、別の人は笑い、さらに別の人は構図を参考にするかもしれません。視覚文化の権力を論じるときには、画像のつくりと実際の受け手の反応を分けて調べる必要があります。

2022年に発表された女性の雑誌文化をめぐる歴史研究も、1970年代の理論がしばしば受け手の女性の主体性を狭く捉えたことを検討しています。画像がある方向へ人を誘うことと、見る人が常にその方向へ従うことは異なります。(参照:Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

語り手の強い声が生む新しい権威

バージャーは専門家による名画解説の権威を批判しました。同時に、彼の力強い語りや映像の編集も、視聴者の判断を一定の方向へ導くことがあります。コンリンは2020年、番組の説得力の強さが、視聴者それぞれの経験から画像を読み直すという目標と緊張関係にあったと論じました。

この批判は番組を否定するものではありません。権威を批判する人自身も、人々の注意を集め、意味を作り出す立場に立つことがあるという問題です。美術館の説明にもテレビの批評にも同じ問いを向けることで、見る人自身の判断を守る方法が見えてきます。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/サウサンプトン大学|Conlin「Lost in transmission?」(2020))

1972年の批評はどのように受け止められたのか

美術の解説として異例だったテレビ番組

美術館や大学で専門家が語る名作を、テレビで政治や広告の問題へ結びつける方法は、1972年の視聴者に強い印象を与えました。作品を丁寧に説明してから評価する従来の番組に慣れた人には、名画を切り抜いたり商品広告へつなげたりする構成は挑発的に映ったでしょう。

英国映画協会の記録や後年の研究には、従来のテレビ美術史に疑問を投げかける番組として受け止められたことが記されています。論争を生んだのは、作品の歴史を説明する権利が誰にあるかという問題でもありました。(参照:英国映画協会|バーガー『Ways of Seeing』の制作と映像表現/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

書籍として長く読み継がれた理由

テレビは放送の時間に限られますが、書籍は読者がページを戻し、自分のペースで画像を比較できます。1972年の『Ways of Seeing』は、後に美術やデザイン、メディア研究の教育で広く読まれるようになりました。

リチャード・ホリスの書籍デザインは、文字と画像を互いに読む構造を備えています。扱う画像は古い絵画から当時の広告まで幅広く、見方を考える方法を別の時代にも応用できます。視覚を学ぶ人が自分で問いを組み立てられる点が、長く参照される理由の一つです。(参照:リチャード・ホリス公式アーカイブ|『Ways of Seeing』の編集・デザイン/ペンギン・ブックス|『Ways of Seeing』書誌と初版年)

後年の検証が何を明らかにしたか

2020年のコンリンの研究は、BBCの台本やバージャーとディブのアーカイブを使い、番組がどのような共同制作から生まれたかを詳しく調べました。それまでの評価が番組の魅力や革新性に集中していたところへ、具体的な制作者と編集の過程が戻されたのです。

批評の歴史自体を調べれば、なぜその見方が1972年のテレビに登場したのかが理解できます。番組の思想は一人の批評家の声で語られますが、その声が届くまでには複数の人物と技術、制度が関わっていました。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/サウサンプトン大学|Conlin「Lost in transmission?」(2020))

今の写真・広告・画面を見るとき、何を問い直せるのか

同じ画像でも掲載場所が違えば意味が変わる

美術館の所蔵品の画像を、展示室の解説文と一緒に見る場合と、商品の広告の隣で見る場合とでは、受け取る印象が変わります。元の作品の作者や制作年が同じでも、画像を届ける媒体と前後の文脈は異なります。

バージャーの1972年の議論は、画像の中身だけでなく、どこから来てどのような順序で見せられたかを確かめる方法を与えます。画像を使う人と見る人の間には、編集という働きがあります。その存在を知れば、示された意味をそのまま受け取る前に考える余地ができます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究)

広告が約束する未来をどう検討するか

服や化粧品、旅行の画像は、商品を買った後の楽しさや周囲の評価を想像させます。自分の好みから欲しいと思ったのか、広告に示された人物像へ近づきたいと思ったのかを区別することは、画像の働きを理解する一つの方法です。

バージャーは消費生活における羨望と自己像の関係を分析しました。画像を見るときに、誰が何を得るよう望んでいるか、どのような生活が理想として描かれたかを考えると、商品写真にある社会的な価値観を読み取ることができます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第7章・広告と消費社会)

見る側の責任と自由

誰かの顔や身体が画像として公開されると、写された本人とは別の人がその像を見て評価します。画像の美しさを考えることと、描かれた人物の立場に目を向けることは両立します。

バージャーの考えを受け取ると、見ることは自由な行為でありながら、他者や社会との関係を持つことがわかります。何が描かれているか、誰が見せようとしているか、自分は何を見たいと思っているか。この三つを分けて考えることで、画像へ向かう姿勢を自分で選ぶことができます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像/Social History of Medicine(2022)|1970年代の視覚文化と女性の主体性)

なぜ「見ること」は哲学の問いになるのか

目で捉えた事実と、その意味づけ

ある風景写真を見て「美しい」と感じたとき、その判断には色や形だけでなく、風景に関する経験や好みが関わることがあります。「何が写っているか」と「何を感じるか」は違う問いです。さらに、その風景を写した人がどこに立ち、何を画面から外したかを考えれば、画像の成立条件も問題になります。

バージャーの問いは、見ることがどのような知識と結びつき、社会の中でどんな力を持つかに向かいました。日常的な知覚の経験から、美と価値、所有と権力、他人の身体に対する態度という複数の哲学的な問題が生まれます。(参照:バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文/バーガー『Ways of Seeing』|第3章・裸婦像)

表象を誰がつくり、誰が読むか

美術家は、ある人物を描くとき姿勢や光を選びます。注文主は展示する場所を決め、編集者は複製の大きさや前後の画像を選び、観客は自分の経験に照らして意味を考えます。一枚の絵が社会へ届くまでには、異なる立場の判断が積み重なっています。

作品の意味が、作者の意図だけから決まるのか、鑑賞者の読み方だけから決まるのかという問いは、美学や言語哲学にも関わります。バージャーはこの問題を抽象的な定義から始めるのではなく、実際の絵画、テレビ、広告を見せることで具体的に考えさせました。(参照:Jonathan Conlin(2020)|『Ways of Seeing』成立のアーカイブ研究/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

画像から自分の視点を点検する

例えば《アンドルーズ夫妻》を見て、最初に人物の衣服や田園の景色へ目が向いたとします。土地の所有について知った後、もう一度画面を見ると、畑の広がりが前より強く意識されるかもしれません。絵は同じでありながら、見る人の知識と関心が変わっています。

ここから考えられるのは、私たちの視線も歴史や社会から自由に切り離されているわけではないということです。自分が最初に何を見て、何を見落としていたかを確かめる行為が、絵画についての理解を深めます。「見ることは権力なのか」という問いへの答えは、画像を見る関係の中で権力がどのように働くかを具体的に調べることにあります。(参照:ロンドン・ナショナル・ギャラリー|ゲインズバラ《アンドルーズ夫妻》/バーガー『Ways of Seeing』|第1章本文)

略年表

  • 1450年代頃|ヨーロッパで油彩技法が発達し、物質の質感を描く方法が広がる
  • 1490年代–1508年頃|レオナルド・ダ・ヴィンチがロンドン版《岩窟の聖母》を制作
  • 1533年|ホルバインが《大使たち》を描く
  • 1538年|ティツィアーノが《ウルビーノのヴィーナス》を制作
  • 1545年頃|ブロンズィーノが《ヴィーナスとキューピッドの寓意》を制作
  • 1635年|ルーベンスがヘット・ステーンの領地を購入
  • 1636年頃|ルーベンスが《ヘット・ステーンの朝景》を制作
  • 1647–1651年頃|ベラスケスが《鏡のヴィーナス》を制作
  • 1664年頃|フェルメールが《天秤を持つ女》を描き、ハルスが《老人養護院の男性理事たち》を描く
  • 1750年頃|ゲインズバラが《アンドルーズ夫妻》を描く
  • 1863年|マネが《オランピア》を制作
  • 1865年|《オランピア》がパリのサロンで公開され論争を呼ぶ
  • 1892年|ヴァルター・ベンヤミンがベルリンで生まれる
  • 1903年|ケネス・クラークがロンドンで生まれる
  • 1926年|ジョン・バージャーがロンドンで生まれる
  • 1935–1936年|ベンヤミンが芸術作品の複製技術に関する論考を執筆・発表
  • 1950年代|バージャーが美術批評家・画家として活動する
  • 1956年|ケネス・クラーク『ザ・ヌード』刊行
  • 1967年|BBC2のカラー放送が本格的に始まる
  • 1969年|ケネス・クラークによるBBC番組『文明』が放送される
  • 1970年|英国で女性解放運動が大きな広がりを見せる
  • 1972年1月|BBC2で『Ways of Seeing』全4回が放送される
  • 1972年|BBCとペンギン・ブックスが書籍『Ways of Seeing』を初刊
  • 1972年|バージャーが小説『G.』でブッカー賞を受賞する
  • 1973年|『Ways of Seeing』の米国版が刊行される
  • 1975年|ローラ・マルヴィが「視覚的快楽と物語映画」を発表する
  • 1980年|バージャーの別著『About Looking』が刊行される
  • 1986年|『Ways of Seeing』の邦訳『イメージ―視覚とメディア』が刊行される
  • 1993年|『About Looking』の邦訳『見るということ』が刊行される
  • 2013年|『イメージ―視覚とメディア』がちくま学芸文庫で再刊される
  • 2017年|ジョン・バージャーが死去する
  • 2020年|ジョナサン・コンリンが番組成立をアーカイブ資料から再検討した論文を発表する

まとめ

1972年の『Ways of Seeing』が示したのは、絵画を見る経験が、誰が作品をつくり、所有し、解説し、どの場所へ届けるかという社会の関係によって形づくられることでした。作品の複製によって美術は広く共有されるようになりましたが、切り抜きや編集は絵を別の物語の材料にも変えます。見ることには、画像そのものと画像を見せる人の判断がともに関わっています。

《ウルビーノのヴィーナス》や《オランピア》の視線を比べると、女性の身体を描く習慣と、画面の外にいる鑑賞者の関係が現れます。《アンドルーズ夫妻》では広い農地が夫妻の肖像と結びつき、《ヘット・ステーンの朝景》では画家が所有した領地が風景になります。個々の作品の色彩や形式を確かめながら、財産や地位という社会的な意味も同時に読めるところに、バージャーの美術批評の力がありました。

広告は、すでに豊かな生活を示す油彩画の視覚表現を借りながら、商品を購入した後の幸福な自分を想像させます。この違いを見分けることで、画像が誰に何を望ませようとしているかを考えられます。後の研究は、バージャーの鋭い区分が作品や鑑賞者の多様さを取りこぼす問題も指摘しました。その批判を受け止めつつ、自分が最初に何を見て、どのような説明によって見方が変わったかを確かめることが、『Ways of Seeing』の問いを現在に引き継ぐ方法になります。

参考資料・出典