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Philosophy

1878

言葉や画像はどうやって意味を伝えるのか

パースと記号論

1878年のアメリカ合衆国では、海岸線を記した地図、鉄道の時刻表、新聞の印刷文字、肖像写真が、離れた場所の出来事を知るために使われていました。東部の都市では新聞や科学雑誌が発行され、電信は短い符号によって情報を運びました。1876年のフィラデルフィア万国博覧会では、発明されたばかりの電話が実演され、声さえ電気の信号として遠方へ伝えられることが示されました。人々は、そこにない物や会ったことのない人物を、文字や画像を通して理解する社会に暮らしていたのです。

こうした通信や記録を支えたのは、科学の測定と行政の仕組みでもありました。連邦政府の沿岸測量局は、海岸の位置や地形を調べ、船の航行に役立つ測量成果を地図へまとめていました。空の星の明るさや地上の重力を数値で表す研究も進みます。測定した数値や図が、離れた地点や観測できない状態について信頼できる知識を与えるのは、どのような理由からなのでしょうか。

この問いに深く取り組んだのが、アメリカの数学者・論理学者・哲学者チャールズ・サンダース・パース(1839–1914)です。マサチューセッツ州ケンブリッジに生まれ、沿岸測量局やハーバード大学天文台で働いたパースは、1878年1月に雑誌『ポピュラー・サイエンス・マンスリー』で「私たちの観念を明晰にする方法」を発表しました。言葉を理解したと思えるとき、その理解の中身をどのように確かめられるか。哲学の古い問題を、実験や行為の結果と結びつけて考えた論文です。

パースはその前後の研究で、言葉、肖像、足跡、指差しなどが何かを意味する仕組みを探究しました。似ていること、現実のつながりがあること、使い方を学んでいること。記号が働く理由を区別し、さらに誰かがそれを理解する過程まで考える理論が発展します。写真を見て人物を知り、標識から進む方向を判断し、言葉で未知のものを想像するとき、何が私たちの理解を可能にしているのでしょうか。

CONTENTS

  1. 1878年、遠くの出来事はどうやって届いたのか
  2. 連邦政府の測量が哲学者の仕事だった
  3. チャールズ・パースは何を学び、何を問うたか
  4. ケンブリッジの討論会で育った問い
  5. 一枚の写真や一つの言葉は何を表しているのか
  6. パースが考えた記号の三つの関係
  7. 意味が生まれる仕組みは三種類に分けられる
  8. 三分類はいつ成立したのか
  9. 「アイコン」はなぜ形の違う図にも当てはまるのか
  10. 「インデックス」が現実の出来事につながる仕組み
  11. 写真は似姿であり、光が残した痕跡でもある
  12. 一つの記号が三種類の働きを持つこともある
  13. 記号を読むことと、真実だと判断すること
  14. 言葉の意味は辞書の説明だけで定まるのか
  15. 1878年の論文は「明晰な理解」をどう考えたか
  16. ダイヤモンドの硬さを考える実験
  17. プラグマティズムはなぜ「意味」を問い直したか
  18. 1877年「信念の固定」から始まった探究
  19. 信念を固定する四つの方法
  20. 研究者たちが異なる結果を得たらどうするのか
  21. 真理とは何かという問いが生まれる
  22. 「すべての思考は記号の中で生じる」とはどういうことか
  23. 三つのカテゴリーで世界を考える
  24. 仮説はどのように新しい知識を作るのか
  25. 言語と画像の意味を考えると何が変わるのか
  26. 言葉の意味をめぐる別の道、ソシュールの言語学
  27. 後年のパースは記号をどう考え直したのか
  28. 言葉と画像を信じるとき、何を確かめればよいのか
  29. 略年表|パースの科学研究と記号論の発展
  30. まとめ|記号によって意味を伝え、世界を知る
  31. 参考資料・出典

1878年、遠くの出来事はどうやって届いたのか

電信の符号から電話の声へ

19世紀後半のアメリカでは、電信が商業取引、報道、鉄道の連絡に利用されていました。発信者は情報を電気の信号へ置き換え、受信する側は信号から文字や言葉を再構成します。送られる電流自体が届けたい出来事に似ている必要はありません。信号の規則を共有することで、距離を越えて内容が伝わります。

1876年、スコットランド生まれの発明家アレクサンダー・グラハム・ベル(1847–1922)は、フィラデルフィア万国博覧会で実験電話を公開しました。二年後の1878年には、ワシントンのスミソニアン協会の建物にも電話設備が設けられます。声を振動から電気的な変化へ変え、再び音として聞かせる技術は、情報を伝えるために何を保存すればよいのかという疑問を身近なものにしました。(参照:スミソニアン協会アーカイブ|1878年の電話導入/スミソニアン国立アメリカ歴史博物館|ベルの実験電話(1876年))

新聞、図版、博覧会の展示

文字で組まれた新聞記事は、印刷された紙を手にするだけで、実際には遠方で起きた出来事を読者へ知らせます。図版は物の形や配置を示し、地名や説明文が加わると、その場所や用途を理解する手がかりが増えます。文章と画像は同じ紙面に置かれていても、意味を伝える働き方がいくつかに分かれます。

1876年の万国博覧会にはスミソニアン協会も資料を出品し、閉会後は展示品が国の収集物として受け継がれました。博物館では標本を並べ、名称や採集地を表示することによって、来館者が未知の自然や技術を学べるようにします。実物、写した図、説明する言葉の関係を考えると、記号が知識を人々へ届ける仕組みそのものに関わっているとわかります。(参照:スミソニアン協会アーカイブ|1876年フィラデルフィア万国博覧会と国立博物館/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

記録を信じるために必要な条件

例えば、新聞に「港に大きな船が到着した」とあれば、読者はその港へ行かずに出来事を思い浮かべます。地図の一点に船の位置が印されていれば、航行に必要な判断もできます。文章や図を読むだけで行動できるのは、記号の使い方を理解するとともに、記録と現実との対応を期待しているからです。

ここには二つの問いが重なっています。一つは、紙の上の線や文字がどうして別のものを示せるかという「意味」の問いです。もう一つは、その文字が示す出来事をどう確かめるかという「知識」の問いです。パースは記号の理論と探究の方法を別々に掘り下げながら、双方を結びつけて考えました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

連邦政府の測量が哲学者の仕事だった

測量局が作る地図の役割

アメリカの連邦政府は、港湾や航海の安全に必要な海岸測量を進めていました。測量者は実際の地形を歩き、角度や距離を測って位置関係を求め、航行のための海図などを作成します。地図には現実の海岸と共通する形があり、縮尺、方位、凡例という取り決めも組み込まれています。

船長が海図を読む際には、描かれた海岸が現実のどの場所に当たり、深さや進路の数字が何を指すかを理解する必要があります。図の形を見分ける力に、現実の海との対応を読む力が加わります。観測の結果を図に変え、他者がそこから判断する過程は、記号が対象と読み手をつなぐ具体的な仕事でした。(参照:米国海洋大気庁|パースと沿岸測量局の重力測定/米国海洋大気庁国家測地測量部|19世紀の測地・重力調査)

重力を振り子の動きから測る

沿岸測量局では地球の形や重力の分布を調べるため、振り子の周期を精密に比較する研究も行われました。振り子が一往復する時間は、重力の強さと振り子の長さに関係します。機器の温度や支持台の状態、時刻の読み取り方なども計算へ影響するため、測定条件を細かく記録する必要がありました。

パースは1870年代半ばに、この重力測定の仕事を担い、ヨーロッパでも振り子の測定値や基準の比較に関わりました。同じ数値が別の場所でも通用するためには、器具の状態を点検し、記号で記した単位や手順を共有しなければなりません。数字は現実を考えるために強力な道具となり、その信頼性は実際の観測と切り離せません。(参照:米国海洋大気庁|パースと沿岸測量局の重力測定/米国海洋大気庁国家測地測量部|19世紀の測地・重力調査)

星の明るさを数字にする仕事

パースはハーバード大学天文台でも観測に関わり、1878年には『測光研究』を刊行しました。夜空の星は光点として見えますが、その明るさを他の星と比較し、繰り返し使える数値にまとめるには機器と測定法が必要です。目で感じる明るさを、人々が共有できる表記へ移す研究でした。

光が望遠鏡に届き、観測者が記録し、印刷された表が別の研究者に読まれる。その過程で星そのものと表の数字は異なる形をしています。それでも数字を通じて星について論じられるのは、観測が対象の性質を一定の規則で記録しているからです。この経験は、科学的な意味と確かさを問うパースの哲学を理解する背景になります。(参照:セント・アンドルーズ大学数学史アーカイブ|チャールズ・パースの伝記/インディアナ大学パース校訂版プロジェクト|伝記・著作の年代)

チャールズ・パースは何を学び、何を問うたか

数学者の家庭と自然科学の教育

チャールズ・サンダース・パースは1839年、アメリカ北東部のマサチューセッツ州ケンブリッジで生まれました。父のベンジャミン・パース(1809–1880)は、ハーバード大学で数学を教え、アメリカの科学界でも活動した数学者です。チャールズは数学、化学、天文学、論理学に親しみ、観測や推論に関わる仕事を生涯にわたって続けました。

当時の大学で哲学はヨーロッパの学説を読む分野としても発展していました。パースの場合、ある主張をどのように証明できるか、観測によって予想と事実をどう比べられるかという、研究の実務が問いの中心にありました。彼の記号論には科学者の作業を理解するための理論という側面があります。(参照:インディアナ大学パース校訂版プロジェクト|伝記・著作の年代/スタンフォード哲学百科事典|チャールズ・サンダース・パース)

測量局、天文台、大学を行き来した研究者

パースは沿岸測量局を重要な活動拠点としながら、ハーバード大学天文台や学術団体で研究し、論理学の講義も担当しました。1877年には全米科学アカデミーの会員となります。こうした経歴からは、現場での測定、計算による検討、学会での発表、一般読者向けの雑誌という複数の場所に彼の仕事が広がっていたことがわかります。

大学の講義室には、議論を継続できる聴講者や学生がいます。政府の測量では、公的な仕事に必要な精度や報告が求められます。一般向け雑誌では、専門家以外の読者に論理の問題を説明しなければなりません。パースは同じ「知る」という行為を、異なる仕事の現場から考えることができた研究者でした。(参照:ミラノ大学パース研究グループ|パースの基礎年譜/スタンフォード哲学百科事典|チャールズ・サンダース・パース)

哲学の主題を「考えるための道具」へ広げる

私たちはある言葉の意味を尋ねられると、辞書に似た説明を返します。その説明の中にも別の言葉が使われ、さらに説明を求めることができます。言葉を別の言葉で置き換えるだけなら、理解したと言える時点をどこに置けばよいのでしょうか。

パースの試みは、言葉を使う人間の理解が、どのような判断や経験に関係するかを考えることでした。記号によって対象を考え、そこで得た考えを行為や予想へつなげ、さらに経験から修正する。この往復が私たちの知識を支えます。「意味するとは何か」が哲学の問題になるのは、どんなことを知ったと言えるか、その基準に直結するからです。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

ケンブリッジの討論会で育った問い

ジェイムズたちとの形而上学クラブ

1870年代初頭のマサチューセッツ州ケンブリッジでは、研究者や法律家たちが集まり、科学的な推論や哲学の問題を論じる会合が開かれました。後に「形而上学クラブ」と呼ばれるこの集まりに、パースとウィリアム・ジェイムズ(1842–1910)が加わりました。ジェイムズはハーバードで生理学や心理学を研究し、後にアメリカの哲学に大きな影響を与えた人物です。

クラブには、同じくマサチューセッツで活動した数学者・哲学者チョーンシー・ライト(1830–1875)も参加していました。ライトはダーウィンの進化論や科学的方法を論じ、経験と仮説の関係を考えていました。異なる分野の専門家が一つの部屋で推論について論じることは、哲学を大学の伝統的な問題から研究の実践へ引き寄せる場となりました。(参照:ハーバード大学図書館|ジェイムズと形而上学クラブの交流/哲学インターネット百科事典|チョーンシー・ライト)

行動と考え方のつながりを討論する

例えば二人が「この橋は安全だ」と言っていても、実際に渡る前に橋の耐荷重を調べる人と、問題を気にせず渡る人では、安全という言葉から予想していることが違うかもしれません。言葉への同意がどのような行動を導くかまで見ると、考えの違いが具体的になります。

パースは、信じている内容を、行動を導く習慣との関係から理解しようとしました。後に「プラグマティズム」として知られる発想は、1870年代初頭の討論でも取り上げられ、1878年の論文で公に示されます。この考えによって、哲学上の言葉が実際にはどのような意味の違いを作るかを比較できるようになります。(参照:ケンブリッジ大学出版局|ウィリアム・ジェイムズと形而上学クラブ/パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies)

科学、法律、教育をつなぐ会話

会合の参加者には法律家もいました。法律の言葉には、一般的な規則と個々の事件を結びつける仕事があります。「責任がある」という判断が成立するためには、事実の認定と規則の解釈が必要です。科学の推論でも、一般的な法則から個々の観測を説明し、予測と実際の結果を照らし合わせます。

異なる仕事で共通するのは、記号を通じて一般的な判断を作り、それを具体的な場面へ当てはめる過程です。パースの初期の討論が後に記号論とプラグマティズムの双方へつながったと理解すると、言葉の意味が哲学の中心課題になった事情を捉えやすくなります。(参照:ハーバード大学図書館|ジェイムズと形而上学クラブの交流/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

一枚の写真や一つの言葉は何を表しているのか

肖像画を見て離れた人物を思い浮かべる

例えば友人の肖像画を見れば、目の形や髪型などから誰が描かれているかを思い浮かべられます。肖像画に写された人物は、その場に立っている必要がありません。絵は人物とは別の物体でありながら、人物を知るために働きます。二つのものの間にどんな関係が生まれると、一つがもう一つの代わりになるのでしょうか。

パースが考えた記号とは、何か別の対象についての理解を生み出すものです。肖像画の顔の線も、紙の上の人名も、ある対象に注意を向ける働きを持ちます。パースの発想では、その関係を成り立たせる読み手の理解まで含めることで、記号がなぜ意味を持つかを説明できます。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

煙が火の存在を知らせる

遠くの山から煙が上がっているのを見た人は、その奥で火が燃えているのではないかと考えます。煙の形は火の炎に似ているとは限りません。煙が燃焼に伴って生じるという自然のつながりが、遠くの出来事を判断する理由になります。

この場合、煙は知りたい対象である火への手がかりです。読んだ人は「火があるかもしれない」という考えを持ち、さらに火災かどうかを確認するために行動することができます。同じ自然現象でも、煙を見た経験と知識が異なれば、そこから作られる判断も変わります。記号が意味を持つ過程には、物体の性質に加えて解釈の働きも含まれています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

文字列が遠くの樹木を示す

日本語の「木」という文字と英語の「tree」という文字列は、形も音も大きく違います。どちらも学習した読者には樹木を思い浮かべさせます。文字と樹木が外見上似ているかどうかより、その文字列をどのように使うかを共同で知っていることが意味を支えています。

新しく言葉を習う子どもは、身近な物を指して大人が「木」と言う場面を繰り返し経験します。似た事物にも同じ語を使えるようになると、目の前にない木のことまで考えられます。記号は、今見ている一つの対象を指すためにも、共通の性質を持つ多くの対象を論じるためにも働きます。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

パースが考えた記号の三つの関係

記号、対象、解釈項の組み合わせ

パースの記号理論は、三つの要素の関係を基礎にしています。「記号」は表す働きを担うもの、「対象」はそれが指し示すもの、「解釈項」は記号を通じて生じる理解や、その理解を表す次の記号です。例えば「橋」という語が記号で、考えている橋が対象、語から「川に架かっている通路」と理解する内容が解釈項に当たります。

この組み合わせによって、なぜ同じ文字が文脈によって異なる働きをするかを考えられます。「橋」が地図に書かれている場合と、小説の中に現れる場合では、読者が作る理解が違うことがあります。紙の上の同じ形だけを調べても、その差は捉えきれません。記号が対象を示し、そこから理解が生じるという関係全体を見る必要があります。(参照:パース「カテゴリーの新しい一覧について」(1867年発表・1868年刊行)|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

解釈項は記号から生まれる理解の内容

パースの「解釈項」という言葉は、記号を読んでいる人そのものを指しません。例えば道路標識を見て「ここから先は左折できる」と理解し、その先の進路を考える場合、理解した内容や次に導かれる判断が解釈項です。運転している人は、その記号が働く過程に参加しています。

ここを区別すると、記号の意味が個人の気分だけに閉じ込められずに説明できます。別の運転者も同じ規則を学んでいれば、標識から共通の判断を引き出せます。個人の理解には差が生じても、標識の意味は道路制度や共有された慣習に支えられています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

記号によって理解を深めることができる

煙を見て火を考えた人は、次に風向きや乾燥した地面の様子を確かめるかもしれません。最初の煙が生んだ理解は、新しい観測の選び方へつながります。写真を見て写っている場所を探した人が、地図や地名からさらに情報を得る場合も同じです。

パースは、記号の解釈が別の記号や思考へ展開することを重視しました。ある言葉を別の言葉で説明し、観測結果で修正し、再び説明し直す営みです。記号と対象の関係を考えることは、人間の思考がどのように続き、知識が増えていくかという哲学の問いにもつながっています。(参照:パース「四つの能力の欠如がもたらす帰結」(1868年)|パース著作集原典/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

意味が生まれる仕組みは三種類に分けられる

似ていることで理解できる場合

丸い円を描けば、見る人は円形の物体や幾何学上の円を思い浮かべられます。人の顔を描いた似顔絵でも、線や色が対象に共通する特徴を持つことで理解が成立します。パースは、このように対象との類似性によって働く記号を「アイコン」と呼びました。

「似ている」という関係には、姿が同じように見える場合のほか、要素の配置や関係が似ている場合もあります。例えば鉄道路線図は、線路の形を忠実に写すより、駅同士がどの順序でつながるかを示すように描けます。実際の距離は省略されても、乗り換えを考えるのに必要な関係が伝わります。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

現実のつながりによって示す場合

雨が降った後の泥道に残る靴の跡は、そこを誰かが歩いたことを示します。風見鶏の向きは、その場所に吹く風の方向を知らせます。パースは、対象との現実的な接続によって働く記号を「インデックス」と呼びました。形が似ているかどうかより、そこで起きた出来事との関係が意味を生み出します。

足跡を見れば、靴の大きさや歩いた方向を推測できます。そこから誰が歩いたかを知るには、別の証拠が必要になることもあります。インデックスは現実の出来事に結びついているため、新たな観測や調査へ進むきっかけにもなります。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

使い方を覚えて理解できる場合

青色の板に「駅」と書いてあれば、同じ言語を学んだ人は駅の方向を探せます。この理解を支えるのは、「駅」という文字が社会で共有された使い方を持つことです。言葉の意味はこうした慣習に支えられています。パースは、規則や習慣を通じて働く記号を「シンボル」と呼びました。

シンボルには言葉だけでなく、数学の記号や、ある団体を表す印も含まれます。意味を学ぶ人々が増えるほど、同じ記号が多くの場所で使えるようになります。私たちが文字を通じて遠い国の歴史を知れるのも、言語の規則によって、目の前にない対象について共通の理解を組み立てられるからです。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

三分類はいつ成立したのか

1867年の研究に現れた初期の区別

パースは1867年、アメリカ芸術科学アカデミーで「カテゴリーの新しい一覧について」を発表しました。翌1868年に刊行されたこの論文では、表象が対象に結びつく仕組みと、思考における働きを体系的に考えています。そこには後に有名になる「類似」「現実の接続」「一般的な関係」による記号の区別の基礎が現れています。

この時期にパースが使った名称と、後年広く使われる「アイコン・インデックス・シンボル」という三語は、完全に同じ形ではありません。記号を三つの関係から考える発想は1860年代から育ち、名称と説明はその後の著作で洗練されました。哲学の学説には、最初の着想と後年の完成形との間に長い研究の時間があります。(参照:パース「カテゴリーの新しい一覧について」(1867年発表・1868年刊行)|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

1878年の論文が中心にしたのは意味の明確化

1878年1月の「私たちの観念を明晰にする方法」は、記号をアイコン、インデックス、シンボルに分類するための論文として書かれたものではありません。そこでは、ある概念を理解していると言うとき、どのような経験や行為の違いを考えれば、その意味をはっきりさせられるかが論じられます。

これらの考えは、意味を対象との関係から説明する記号理論と深く結びつきます。言葉が何かを指す仕組みを知っても、その言葉で何を判断できるかが曖昧なままでは、論争が続くかもしれません。そこでパースは、概念の意味を明らかにする一つの方法として、経験上考えられる結果に注目したのです。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

1894年の草稿と1903年の分類体系

パースは1894年頃の草稿「記号とは何か」で、似姿、指標、象徴的な記号という三つの働きを、多くの具体例とともに説明しました。写真、地図、指差し、案内標識、言葉が取り上げられ、これらの違いが論じられます。1878年から十数年を経て、初期の構想がさらに豊かになっていたことがわかります。

1903年にはハーバード大学などでの講義を通じて、記号の分類はより精密な体系へ発展します。パースは記号そのもの、対象との関係、解釈との関係を組み合わせ、十種類の記号を区別する説明を試みました。初期の三分類を入り口として、後年の研究ではもっと多くの要素を分析したのです。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/ケンブリッジ大学出版局|T. L. Short『パースの記号理論』の記号分類/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

「アイコン」はなぜ形の違う図にも当てはまるのか

似顔絵と肖像の共通点

似顔絵は、顔の輪郭、目や鼻の位置、髪型などから特定の人物を思い浮かべさせます。画家はすべての特徴を忠実に描く必要はなく、特徴的な部分を強めることもできます。対象と絵が共有する性質によって人が理解する点に、アイコンとしての働きがあります。

仮に描かれた人物の名前を知らなくても、絵に表された表情や姿勢は見ることができます。類似性を理解するには、対象との共通点に気づく働きが必要です。実際の肖像と照合する場面では記憶も関わり、似顔絵の表現が誰のことなのかという判断へつながっていきます。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

幾何学の図が関係を見せる

円の中に三角形を描き、線を一本加えると、辺や角度の関係が目で追えるようになります。紙の上の図は完全な円でも、長さを持たない理想的な直線でもありません。それでも図を使うと、どの部分が等しく、どの部分が接しているかを考えやすくなります。

パースは、物の外見を写す画像に加え、要素間の関係を表す図もアイコンとして重視しました。図形を操作することで、文字だけで述べた場合には見つけにくい関係が見えてくるからです。記号を使うことは、既知の答えを伝達する仕事とともに、新しい推論を行う仕事でもあります。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの論理学)

路線図が地形を省略できる理由

駅を結ぶ路線図では、実際の線路の曲がり方を単純な直線に置き換えても、各駅の接続や順序を正しく示せます。海図も、航行に関係する深さや方角を選んで図示します。表示する対象のどの性質を残し、どの性質を省くかによって、記号が伝えやすい情報は変わります。

例えば二つの駅の位置関係を知りたい旅行者と、正確な距離を知りたい測量者では、求める図が異なります。アイコンは「そっくりに描くほど優れている」という単純な基準では評価できません。何の関係を確かめるための図なのかが、似せるべき性質を決めます。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/米国海洋大気庁国家測地測量部|19世紀の測地・重力調査)

「インデックス」が現実の出来事につながる仕組み

足跡がその場に残る理由

砂浜に足跡が残るのは、そこで足が砂を押したからです。見ている人がその足を見たことがなくても、跡の形から靴や裸足の大きさを推測できます。印と出来事が物理的な接触によって結びつく点が、インデックスのわかりやすい特徴です。

足跡を見て「誰かが通った」と考えることと、「特定の人が通った」と断定することの間には違いがあります。前者は跡が示す出来事に近い推測で、後者には靴の照合や他の証言が加わることが必要です。記号が現実に結びついているからこそ、どこまでのことがわかるかも検討できます。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

風見鶏、指差し、呼びかけ

建物の屋根にある風見鶏の向きは、実際に吹く風に応じて変わります。ある人が指をさして「あちら」と言えば、聞いた人の注意は指が向いている方向に導かれます。こうした指標は、対象とのその場の関係によって働く点で、一般的な言葉の意味とは異なる特徴を持ちます。

パースは、地名や人名を言うだけで伝えにくい具体的な場所や相手を、指示によって示す働きに注目しました。「この人」「いま」「ここ」といった言葉も、発話された場面がわかることで指し示す対象が定まります。同じ音や字でも、いつ誰が使ったかが意味を変えるのです。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

熱、煙、計器の針が知らせる情報

温度計の液面や計器の針は、測ろうとしている状態に応じて変化します。目盛りを読めば、私たちは自分の感覚で直接感じる以上の細かな違いを知ることができます。ここでは物理的な変化と、数字を読む規則の双方が結びついています。

例えば温度計を初めて見る人には針の動きだけが見え、使い方を学んだ人には「これから水が凍る条件に近い」といった予測も生まれます。指標としての接続があることと、その情報をどう判断に使うかは関連しながら異なる問題です。パースの理論は、その両方を区別して考える材料を与えます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論/パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies)

写真は似姿であり、光が残した痕跡でもある

写真が対象に似るということ

19世紀の写真は、レンズを通った光を感光材料に受け、撮影したものの明暗や形を像として残しました。家族の肖像写真を見れば、顔立ちや衣服などの特徴から人物を識別できます。対象と似た形が画面に現れるため、写真はアイコンの働きを持ちます。

パースは1894年頃の「記号とは何か」で写真を取り上げ、外見が対象に似ていることに加えて、実際の対象との物理的な関係を説明しています。写真の見た目がよく似ていることと、その像が特定の場所で実際に撮られたことは、別の種類の理由として考えられるのです。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト)

光学と感光材料が作るつながり

フィルムや写真乾板を使う撮影では、対象から届いた光によって感光層が化学的に変化します。その光学的・化学的な過程が像を成立させます。撮影時にその場で生じた光の影響が記録されるため、写真にはインデックスとしての側面があります。

例えば同じ建物の写真を二枚見比べると、片方には窓の明かりがあり、もう片方にはありません。撮影時刻や露出条件を確かめることによって、その差が建物の変化なのか、光の条件の違いなのかを検討できます。写真が現実とのつながりを持つということは、像の成立条件を調べる理由にもなります。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

写真を読むときに言葉が加わる

一枚の古い集合写真に「1878年、研究所の職員たち」と書かれていたら、見る人は写っている人物を研究所の職員として理解します。写真だけでも人物や服装の様子は見えますが、氏名、撮影地、日付などの情報は、説明文と照合することで確かになります。

写真の像には類似性と物理的な生成過程が関わり、付けられた題名や説明文には言語の規則が働きます。鑑賞者はこれらを組み合わせて一つの写真を解釈します。パースの記号論で見ると、写真という媒体の意味は複数の関係が重なって生まれるものだと説明できます。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

一つの記号が三種類の働きを持つこともある

駅の案内図を読むための三つの知識

駅の案内図には、通路の形、階段を示す絵、出口番号、現在地を示す印などが載っています。通路がどのようにつながるかは図の関係からわかります。現在地を示す印は利用者の立つ場所を指し、出口番号はその場所で共有される規則に従って意味を持ちます。

案内図が使いやすいのは、図形、現実の位置、学習した記号が一緒に働くからです。例えば地図の向きが現実の通路と違うとき、案内板の「現在地」と矢印によって図の読み方を補うことができます。アイコン、インデックス、シンボルは、記号を三つの別々の箱へ閉じ込める名前以上の分析の仕方なのです。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

地図の輪郭と座標・地名

地図に描かれた海岸線は、実際の土地の輪郭や位置関係と対応します。経線や緯線は位置を共通の規則で示し、地名は言語の取り決めを用います。地図の全体は、類似、測量による現実との対応、名前や数字の使用という異なる関係によって支えられています。

沿岸測量局のような組織が地図を更新するのは、記号を現実へ照らす作業を続けているからです。海岸の形や深さが変われば、古い地図は航行に必要な情報を十分に示せなくなることがあります。記号を読む技能と、記号が指す対象の新しい状態を確かめる仕事が組み合わさっています。(参照:米国海洋大気庁|パースと沿岸測量局の重力測定/パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト)

言葉に含まれる指示と慣習

「あの赤い建物」と言うとき、「建物」という言葉は一般的な種類を示し、「赤い」が特徴を与え、「あの」は話し手と聞き手が共有する状況の中で対象を指します。文全体の意味は、語の規則に加えて、何を指しているかという関係に支えられています。

文字で書かれた住所を読むと、地名の慣習と番地の制度によって場所を探せます。実際に現地で指をさされれば、同じ場所を直接示すこともできます。記号の働き方を一つずつ取り出してみると、普段は自然に行っている言葉の理解に、多くの関係が組み合わさっていることがわかります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論/パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト)

記号を読むことと、真実だと判断すること

印の意味がわかっても、事実は別に確かめる

道路標識の絵を正確に読めたとしても、その標識が本来の場所から動かされていれば、示す内容は現在の道路状況と合わないかもしれません。同じように、海岸の古い写真が何を写しているか理解できても、現在の波止場の形を知るには新しい記録が必要です。

記号を理解するという仕事には、どんな対象を指すか知ることと、その対象について何が正しいか確かめることの双方があります。パースは両者の関係を論じる際、経験に照らして信念を修正する科学の方法を重視しました。意味の研究は、何を根拠に判断を変えるかという問いへ進みます。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

実際の出来事と誤った読み取り

窓の外に白い煙が見えた場合、火事だと考える人もいれば、工場の蒸気だと考える人もいます。白いものが見えたという経験を共有しても、その原因については別々の仮説を立てられます。何かが示されているとわかることと、その原因を正しく推論することは区別して考えられます。

仮説を確かめるには、煙の出ている場所、におい、周囲の温度など、別の情報を集められます。新しい記号によって最初の解釈が変わるという連鎖は、私たちが誤りから学ぶことを可能にします。パースは、知識が完成済みの答えとして人に与えられる場面より、こうした修正を伴う探究に注目しました。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

なぜ人によって解釈が変わるのか

同じ古い写真を見ても、建築を学んだ人は柱や窓の形に注目し、服飾史を学んだ人は着ている物の年代を調べるかもしれません。注目する点が違うことで、そこから導かれる解釈項も変わります。写真に含まれる情報が、学んだ知識と結びついて理解されるからです。

理解の違いは、次に何を調べるかを決めることがあります。建物がいつ建てられたかを知りたい人は図面を探し、衣服の来歴を知りたい人は当時の資料を調べます。一つの記号が多くの問いを生み、複数の調査へ広がるという点に、記号を解釈する行為の豊かさがあります。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

言葉の意味は辞書の説明だけで定まるのか

同じ言葉を別の語で説明する

「硬い」という言葉の意味を尋ねられたら、「傷がつきにくい」「力を加えても変形しにくい」と説明できるでしょう。けれども「傷がつく」「変形する」という別の言葉も、何が起きるか想像できて初めて理解できます。語を語で置き換えるだけでは、説明が深まったかどうかを見分けにくい場合があります。

パースが注目したのは、ある性質を持つものと、持たないものを区別するとき、どんな経験が違いを示すかという点です。例えば硬さについては、一定のものを当てて引っかいたときに傷がつくかという違いを想像できます。言葉の意味が、実際に何が起きると考えられるかに結びつきます。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies)

考えが明瞭だと感じることの落とし穴

普段よく使う「重い」「公平だ」「本物だ」という言葉には、理解しているという感覚が伴います。ところが実際の例について判断を求められると、誰かと意見が食い違うことがあります。自分の頭の中でははっきりしていた言葉が、他の人に説明しようとすると曖昧になるのです。

パースは、言葉を聞いてすぐわかる感覚や、定義を言える能力を越えて、概念の意味を精確に理解する方法を探りました。新しい問題に直面した際にも、どのような違いを期待し、どんな判断を下すかを明らかにすることが重要になります。意味を考える哲学は、日常の判断が何に支えられているかを調べる研究でもあります。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

異なる定義が同じ判断を導くとき

例えば二人がある性質を異なる言葉で説明していても、その性質があるかどうかを確かめる方法と、そこから導く予想が一致する場合があります。語の響きや定義の違いに注意を奪われると、二人が実際に同じことを考えている可能性を見落とします。

1878年のパースは、ある概念の意味を明瞭にするため、考えられる実際上の効果を調べる方法を提示しました。定義が異なるという事実だけで争いが成立するのか、それとも予想する結果にも違いがあるのか。こう問い直すと、哲学の議論をどのように進めればよいかも変わってきます。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

1878年の論文は「明晰な理解」をどう考えたか

見分けられること、説明できること

パースは「私たちの観念を明晰にする方法」の冒頭で、従来の論理学が考えてきた明晰さを検討します。ある言葉に出会ったとき正しく見分けられることと、その意味を定義によって詳しく述べられることは、理解の異なる段階です。例えば色を見分けられる人が、その色の物理的な特徴を説明できるとは限りません。

17世紀のフランスで活動した数学者・哲学者ルネ・デカルト(1596–1650)は、誤りうる信念を疑い、確かな知識の基礎を探究しました。パースも明晰な考えを求めますが、他の人に通じる説明と、経験によって検討できる内容を結びつけようとします。これが当時の知識論に対する彼の新しい提案でした。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

第三の段階として実際の効果を考える

パースは、概念が考えられる行為や経験にどのような結果をもたらすかを検討することによって、もう一段深い明晰さへ進めると論じました。「物が硬い」とは、特定の試し方をした場合にどのような結果が現れると期待することなのかを考えます。

パースが考える効果には、目の前で実験して得た結果に加え、「もしこの条件なら、こういう結果になるだろう」と考えられる可能な経験が含まれます。観念の意味は、私たちがその観念からどのような予想や行動の方針を導けるかをたどることで具体的になります。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies)

抽象的な言葉から予想を取り出す

例えば「この鍵は安全だ」と言う場合、盗難を防ぐ力、壊れにくさ、使う人が開けやすいことなど、どの点を考えているかが問題になります。言葉だけなら両立して見える説明でも、誰がどう使い、どのような危険に備えるかを考えると、異なる意味を区別できます。

パースの方法は、言葉による主張が考えられる状況の違いにどう結びついているかを問います。測定できる性質を考える場合には試験の結果が役立ち、価値や倫理について考える場合には、ある立場を取ることで判断や行動がどう変わるかという問いを立てられます。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

ダイヤモンドの硬さを考える実験

目の前にある石を引っかいてみる

1878年の論文でパースは、ある物が「硬い」と言うときに何を意味しているかを考えました。硬いものなら、特定の物でこすったとき傷がつかないという反応を期待します。この予想が、単に「硬い」という音を知っていることと、硬さという性質を理解することの違いを具体的にします。

例えばダイヤモンドを机の上に置いたまま眺めても、その硬さを直接見ることはできません。別の物体でこすったらどうなるか、どの素材なら傷をつけられるかという試し方を考えます。実際にすべての試験を終えたかどうかより、どんな結果がありうるかを理解することによって、硬さという性質の中身が見えてきます。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies)

一度も引っかかれなかった宝石は硬いのか

パースは、やわらかい綿に包まれたまま、最後には焼かれてしまい、一度も傷つけられなかったダイヤモンドを想定しました。この石について「硬い」と言うことと「やわらかい」と言うことの違いを、どのように考えればよいのでしょうか。試していない性質を語れる理由が問題になります。

この例が面白いのは、私たちが実際の試験結果を持たなくても、硬さについて意味のある予想を語っているからです。パースは当初の説明で、試験が行われるかどうかに強く引きつけて意味を論じました。後年には、現実には起こらなかった試験についても「もし試したなら」という可能性を考える必要を、より明確にしていきます。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

可能な経験から概念を説明する

例えば窓ガラスに使う素材を選ぶとき、「割れにくい」とはどんな意味かを考えられます。風や振動が加わる場合、何かがぶつかる場合、温度が変わる場合。すべてを実際に試す前に、どの条件でどんな結果を期待するかを考えることができます。言葉が実際の判断の方針を与える例です。

パースのいう実践的な結果は、特定の用途での損得を超えて、考えられる経験の違いに関わります。まだ起きていない出来事について、どのような結果が起こるはずかを考えることで概念が明確になるというのが、後にプラグマティズムと呼ばれた方法の核心です。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

プラグマティズムはなぜ「意味」を問い直したか

結果の違いを示せる主張かを調べる

二人の論者が難しい言葉を使って対立しているとき、どの場面で異なる予想を立てるかを尋ねることができます。例えばある現象を説明する二つの理論が、どちらも同じ観測結果を予想するなら、なぜ異なる名前を与えているのかを考える必要があります。実際の違いを示せる部分に目を向けると、議論の内容が具体的になります。

パースは、概念について考えられる実践上の効果を見渡し、その効果についての理解によって概念の意味を明らかにしようとしました。1878年の論文は、科学の理論だけでなく、哲学で繰り返される論争に応用できる方法を示した点でも大きな意味があります。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

役に立つことと、意味が明瞭になること

ある道具が便利かどうかは、実際の目的を達成しやすいかによって評価できます。パースの問題は、道具や言葉の「有用性」を褒めることより、概念を使うとどんな違いを考えられるかにあります。例えば「真実」という概念は、今日の仕事で便利かどうかという質問だけで中身が定まるものではありません。

真実を求める人は、今抱いている信念が新しい証拠によって修正される可能性を引き受けます。どのような証拠によって判断が変わるのか、異なる研究者が同じ問題を考えるとどうなるのか。こうした経験に関わる違いを明らかにすることは、言葉の意味を研究の方法へつなげる仕事になります。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズムの真理論)

信じることが行動に現れる

大雨の日、橋が安全だと信じている人は普段どおり渡るかもしれません。危険だと信じている人は別の道を探します。信じている内容は、心の中で文を唱えることに加え、状況に応じてどんな行動を取るかという習慣にも関係しています。

パースは、このような信念と行為のつながりを手がかりに概念の意味を考えました。言葉にどんな形の説明を与えるかという問題は、どのような経験に備えるかという問題と結びつきます。哲学的な意味の問いが、生活の中での予想や選択へつながる理由です。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies/パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies)

1877年「信念の固定」から始まった探究

疑いはなぜ人を調べる行為へ向かわせるか

パースは1877年11月、同じ科学雑誌に「信念の固定」を発表しました。そこで考えたのは、人があることを信じて行動しているとき、疑いが生じるとどうなるかという問題です。いつも通る橋に亀裂があると聞けば、これまでの信念に揺らぎが生じ、別の経路を調べたり、危険の程度を確かめたりします。

疑いを解消しようとして調べる過程を、パースは「探究」として捉えました。信念は行為を導く習慣であり、疑いはその習慣の働きを不安定にします。人間が知識を求める行為は、真理への知的な関心とともに、どのように行動すべきかという現実の問題にも深く関わっています。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies)

人は確信をどのように維持するのか

例えば自分の考えが正しいと信じている人は、反対意見を聞かず、同じ説明を繰り返すことによって確信を保てる場合があります。ある集団では、学校や法律を通して特定の教えを人々に信じさせることもできます。さらに、自分の感覚に合う説明を理にかなっていると感じて採用する場合もあります。

パースは信念を固定する方法を比較し、それぞれの利点や限界を論じました。信じている人が強く納得していることと、対象についての判断が十分に確かめられていることは、同じではありません。人が確信を持つ理由を分析することから、何を根拠として知識を評価するかという問いが生まれます。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies)

「科学の方法」の位置づけ

パースは、自分が望む考えや権威の命令から独立した現実が、私たちの判断を左右する方法として科学を重視しました。例えば天体の位置を予測した計算が観測結果と合わなければ、計算や前提を調べ直す必要があります。自然が人間の思いどおりに変わらないことを、知識を改善するための条件と考えたのです。

科学的な探究にも間違いは起こります。器具の故障、測定の方法、仮説の立て方を他者と検討できることが、誤りを修正する道を開きます。パースにとって科学の強みは、最初から正しい答えを知っている点より、経験に照らして考えを変えられるという方法にありました。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

信念を固定する四つの方法

自分の考えを守り続ける方法

第一の方法は、ある考えを自分の中で繰り返し、反対の意見や事実に触れないようにするものです。パースはこれを「固執の方法」として論じました。慣れ親しんだ考えにとどまることは、日々の迷いを少なくするかもしれません。

例えばいつも同じ道が最短だと考えている人は、新しい道路ができたことを知らなくても普段どおり歩けます。別の経路を試した人の経験が加わると、どちらが本当に早いかを調べる理由が生まれます。固執の方法は、異なる経験を持つ人との交流によって揺さぶられるとパースは考えました。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies)

権威と好みによって信じる方法

第二は、国家や宗教組織などの権威が共通の信念を教え、それに従うよう人々を導く方法です。第三は、何がもっともらしいかという知的な好みや、直観的に納得できるかによって考えを選ぶ方法です。パースは第三の方法を「先験的方法」と呼び、人の理性的な好みが時代とともに変わりうると論じました。

権威による教育は、多くの人々が同じ決まりを知ることに役立ちます。学者同士の議論も、共有された原理から整った説明を作ることができます。そこで問題となるのは、教えられた考え方や魅力的に見える原理が、対象の実際のあり方に合うかどうかです。ここから第四の方法を求める理由が見えてきます。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies)

現実との照合を中心に据える方法

第四の「科学の方法」は、個人や集団の考えとは独立したものによって信念を検討します。例えば星の動きを知りたいなら、権威ある教科書を読むとともに、実際の観測記録を集め、計算と比べることができます。結果が合わなければ、どの手順に問題があったかを再調査します。

この方法には、疑問を解決しようとする人々が観測と推論を共有できる強みがあります。異なる地域や時代の研究者が、同じ対象について検討を続けられるからです。パースが1878年に意味を明確にする方法を論じた背景には、1877年に示した信念と科学的方法の分析がありました。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies/パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies)

研究者たちが異なる結果を得たらどうするのか

一度の実験と繰り返す実験

例えば新しい温度計で水温を測った二人が、異なる数字を読み取ったとします。どちらかが嘘をついたと決める前に、器具の目盛り、温度計を置いた場所、観測した時刻を確かめられます。違いを新しい問いとして扱うことで、測定の技術と知識が少しずつ改善されます。

パースが振り子や天体の観測に関わった仕事では、何度も測って値を比較することに意味がありました。器具ごとの誤差を検討し、同じ条件で繰り返す手順を共有すれば、個人の一度きりの印象から離れて判断できます。記号として残した数字は、再検討するための共通の材料になります。(参照:米国海洋大気庁|パースと沿岸測量局の重力測定/米国海洋大気庁国家測地測量部|19世紀の測地・重力調査)

他者が確かめられる知識

研究者が測定結果を発表するとき、数字だけでなく、使った器具や計算方法を示す場合があります。それを読んだ別の研究者は、同じ方法を試し、新しい結果と比較できます。観測が書かれた表や計算式は、現場にいない他者も調査に参加するための記号として働きます。

パースは、探究を一人の確信に閉じたものとして考えませんでした。時間をかけて複数の人が調べることで、現在の信念を修正し、より確かな理解へ近づけるという見通しを持っていました。言葉や図を通じて知識を共有できることは、この探究の共同性を支える条件です。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズムの真理論)

誤りが発見されることの価値

ある地図の海岸線が実際の測量と一致しないとわかれば、その発見は新しい地図の作成へつながります。古い地図を使っていた人々も、情報が改訂された理由を知ることで、今後の判断を変えられます。誤りを見つけて記録を改訂することで、以前の仕事の成果を引き継ぎながら、対象をさらに正確に知ることができます。

パースの科学観では、どの信念にも見直しの可能性があります。信念を修正できるのは、記録と対象の対応を繰り返し確かめられるからです。記号が現実へ結びつく仕組みと、誤りを正す方法は、ここでも深く関連しています。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

真理とは何かという問いが生まれる

長く調べ続ければ判断はどう変わるか

現在わからない天体の性質も、新しい観測装置が生まれれば調べられるかもしれません。何度も失敗していた測定が、別の方法によって成功することもあります。パースは、探究を長く続ける研究者の共同体という発想から、真理について考えました。

1878年の論文では、十分に長く進められた探究の先に、人々が到達するはずの意見という観点から真理が論じられます。現実とは、そのような探究の到達点によって表される対象のあり方です。これは今日の多数決で決まった意見を真理と呼ぶ主張とは異なり、経験に応じて判断が修正され続けるという理想を示しています。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズムの真理論)

研究の理想としての合意

例えば遠くの星までの距離について異なる計算が出たとき、研究者はより精密な観測と計算によって値を比較します。同じ測定結果が重なると、異なる研究者も一定の結論を共有する可能性があります。時間をかけた検討が収束していくという考えは、パースにとって真理を理解する重要な視点でした。

その合意は現実にすでに実現している必要はありません。探究が十分に進めば判断がどのように定まると考えられるか、という方向づけです。誤った信念を抱く可能性のある人間が、なぜなお真理を求められるのか。パースは、個人の判断を越えて続く探究の条件から、その問いに答えようとしました。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズムの真理論)

現実が人間の思いに抵抗する

誰かが海岸の岩を地図から消して描いても、実際の海岸には岩がそのまま残っています。船が進めば、その岩にぶつかる危険があります。測量者は実際の地形に合わせて記録を修正しなければなりません。

パースが真理の問題で重視したのは、現実の対象が私たちの信念を超えて探究を制約するという点です。地図は人間の手で作られ、使う記号の規則にも人間の取り決めがあります。現実を調べる際には、その取り決めを通して表された内容が、対象について正しく判断できるかを確かめます。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

「すべての思考は記号の中で生じる」とはどういうことか

頭の中の考えにも形がある

今日の予定を考えるとき、私たちは心の中で言葉を並べたり、行く場所の様子を思い浮かべたりします。紙に書いた予定表を見れば、時刻や場所を整理でき、次に何をするかを判断できます。外側の紙も、心の中の言葉や像も、何かについて考えるために働いています。

パースは1868年の「四つの能力の欠如がもたらす帰結」などで、思考そのものを記号の連なりと結びつけて考えました。考える人の頭の中に最初から完成した意味があり、それが最後に言葉として外へ出されるという説明では、途中で判断が作り直される過程が見えにくくなります。(参照:パース「四つの能力の欠如がもたらす帰結」(1868年)|パース著作集原典/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

新しい考えが前の考えから生まれる

例えば地図を見て行き先を決めた人が、出発後に工事中の道を見つけたら、別の経路を考えます。最初の地図から得た判断は、工事を示す看板という新しい記号によって改訂されます。さらに時計を見て時間を確かめれば、進路の選択が変わるかもしれません。

一つの理解が別の理解を生み、そこで新しい経験に触れて考えが変化する。この連続する働きを考えることは、記号を読む人間がどのように知識を増やすかを理解することにつながります。パースの初期理論は、思考の内側にも表象と解釈の関係が働くと考えました。(参照:パース「四つの能力の欠如がもたらす帰結」(1868年)|パース著作集原典/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

理解の連鎖はどこまで続くのか

ある言葉を別の言葉で説明し、その言葉をまた別の言葉で言い換えることはできます。パースの初期記号論では、一つの解釈が次の記号として働き、それがさらに新しい解釈へつながるという連続性が強調されました。このため、解釈の連鎖をどのように理解すべきかという問題が生まれます。

後年のパースは、探究が一定の理解へ向かうという観点を深め、解釈項の種類も詳しく考えるようになります。学術研究では、初期の理論に現れる無限の連鎖を、そのまま全生涯の最終的な立場とみなすかについて議論があります。重要なのは、意味が一度の受け取りで完成するという想定を離れ、理解が時間とともに発展する過程へ注目したことです。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論/ケンブリッジ大学出版局|T. L. Short『パースの記号理論』の記号分類)

三つのカテゴリーで世界を考える

最初に感じられる性質

パースは世界や経験を理解するためのカテゴリーについても、早い時期から研究を続けました。例えば絵の具の赤い色を見たとき、まだ何の物体の色かを判断する前にも、その赤さという性質に注意を向けられます。パースは後年、こうした質や可能性に関わる側面を「第一性」と呼びます。

第一性が表すのは、目に現れる色の質、ある音が持つ響き、線の曲がり方が感じられるという側面です。赤い物の種類を列挙したり、色の名前を習ったりする前にも、その質を経験できます。記号論でアイコンを考える際にも、対象と何らかの質を共有することが説明の一部となります。(参照:パース「カテゴリーの新しい一覧について」(1867年発表・1868年刊行)|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

ぶつかり合い、実際に起こる出来事

ドアを押しても開かなければ、私たちは手に抵抗を感じます。風が吹いて木の枝が揺れれば、その場で何かが起きています。このような実際の作用や抵抗の側面を、パースは後に「第二性」というカテゴリーで論じました。

インデックスが現実の対象と結びつくとき、この実際のつながりが大切になります。足跡には地面を踏んだ出来事があり、風見鶏には風を受けた動きがあります。私たちが頭の中で想像した図形の形とは異なり、対象の働きが跡や計器の状態に影響を与えるからです。(参照:パース「カテゴリーの新しい一覧について」(1867年発表・1868年刊行)|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

一般的な規則と媒介する働き

赤信号で止まることを学んだ人は、見慣れた道以外でも同じ色の信号に従います。個々の光と運転者の行動の間に、社会で共有される規則が働いています。パースは、ある事柄を別の事柄へ結びつける一般性や法則性の側面を「第三性」と呼びました。

シンボルが語や規則によって働くことと、この第三性は深く関連します。第一性、第二性、第三性という名称はパースの成熟した哲学における体系であり、1867年の初期研究にもその原型が見られます。目の前の質、実際の出来事、一般的なつながりを区別することで、記号の複数の働きを広い哲学の枠組みから考えられます。(参照:パース「カテゴリーの新しい一覧について」(1867年発表・1868年刊行)|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|チャールズ・サンダース・パース/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

仮説はどのように新しい知識を作るのか

驚いた事実から説明を考える

庭に見慣れない小さな土の盛り上がりがあったとします。雨でできたのか、動物が土を掘ったのか、何かの作業跡なのか、最初は原因がわかりません。もし地中の動物が掘ったなら、この形ができると説明できそうです。そのような仮説を思いつくことが、調査の出発点になります。

パースは、観察された事実を説明するために可能な仮説を立てる推論に関心を持ちました。後に「アブダクション」と呼ばれることが多い推論です。何が起きたのかを確かめる前に、なぜこのような跡があるのかという問いに検討可能な説明を与え、その後の調査の方向を決めます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの論理学/スタンフォード哲学百科事典|チャールズ・サンダース・パース)

仮説から予測を導く

土の盛り上がりを小動物が作ったと考えたら、地面の下に通り道があるかもしれません。仮説が正しい場合にどんな別の痕跡が見つかるかを推論することができます。一般的な法則や仮定から予測を導くことは、演繹的な推論の働きです。

例えば工事が原因なら、土の近くに道具を使った跡があるはずだと予想できます。異なる仮説から異なる予測を取り出せれば、次に何を観察すべきかが明確になります。記号の意味を予想される結果から考えるパースの方法は、仮説を検討する科学的な仕事とも結びついています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの論理学/パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies)

繰り返し観測して考えを修正する

庭の別の場所にも同じ盛り上がりがいくつも見つかり、その近くで動物の活動が観察されたら、最初の仮説を支える材料が増えます。新しい例を集め、規則性について判断を改善することには帰納的な推論が関わります。

仮説を立てる、予想を導く、観測によって考えを評価する。この三つの働きは、パースが生涯にわたり追究した論理学の重要な課題でした。私たちは身近な出来事についても、未知の原因を考え、結果を確かめるという方法で理解を深めています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの論理学/パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies)

言語と画像の意味を考えると何が変わるのか

文章には文脈が含まれる

「今日は静かだ」という短い文は、図書館で言われたのか、演奏会場で言われたのかによって、読者に異なる状況を思い浮かべさせます。「静か」という語の一般的な意味が同じでも、何と比較して言っているのかという文脈が変わるからです。

言語を理解するためには、語の使い方を学び、何について話しているかを推測し、相手がその文からどのような判断を導いてほしいかを考えます。記号、対象、解釈項の関係をたどると、一つの文章がどのように意味を持つかを複数の側面から説明できます。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

絵の細部が新しい問いを生む

例えば古い市場を描いた絵に、果物、布、はかり、街路の入口が描き込まれていれば、見る人は商品を売る様子を理解できます。商業の歴史を学んだ人は、はかりや店の配置から当時の商売を考えるかもしれません。絵を見るという行為にも、示されたものを見分け、そこから新しい疑問を作る過程があります。

パースの理論は、画像が文字より単純であるという発想に収まりません。画像は形の類似によって多くの情報を示し、特定の制作状況や社会の規則とも結びつきます。鑑賞者がそこからどんな解釈を生み出すかまで考えると、視覚表現についての問いが広がります。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

地名のない地図にも意味が生じる

パースは1894年頃の草稿で、地名や緯線などを載せていない地図でも、よく知っている海岸線の輪郭を手がかりに場所を推測できるという例を扱いました。形の関係を理解する力が、書かれた名前による説明とは異なる経路で情報を伝えることを示しています。

地図を読む人は、地形の類似に気づき、知っている土地の位置関係を思い出し、目的の場所を判断します。地図の線の配置と、読み手が積み重ねてきた経験が結びつくことで意味が生じるのです。言葉のない視覚表現にも、理解を導く論理が働いていると考えられます。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト)

言葉の意味をめぐる別の道、ソシュールの言語学

言葉は相互の違いによって成り立つ

19世紀後半のヨーロッパでは、言語の歴史や構造を比較する研究も進んでいました。スイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュール(1857–1913)は、ジュネーヴ大学での講義などを通じて、言語を相互に関係し合う記号の体系として研究しました。講義の記録をもとにした『一般言語学講義』は、彼の没後の1916年に刊行されます。

例えば日本語で「朝」「昼」「夜」を区別するとき、各語の意味はほかの語との境目にも支えられています。ソシュールの言語研究は、このように言語体系の中で差異がどう働くかを考える方向を開きました。(参照:コロンビア大学出版局|ソシュール『一般言語学講義』の成立(1916年))

パースの三項関係と、ソシュールの二つの側面

ソシュールの理論では、言語記号を音のイメージに相当する「シニフィアン」と、概念に相当する「シニフィエ」の結びつきから考えます。たとえば「木」という音や表記と、木についての概念が結びつく仕組みが問題となります。

パースは、記号が対象を表し、そこから解釈が生まれるという三項関係を重視しました。両者は意味を研究するという関心を共有しながら、扱う問題の中心が異なります。パースは自然の痕跡、写真、論理記号までを広く扱い、ソシュールは言語が体系として働く条件を詳しく研究しました。(参照:コロンビア大学出版局|ソシュール『一般言語学講義』の成立(1916年)/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

二つの研究が残した問い

ある国の駅名を旅行者が読むとき、言語体系の中でその名が何を意味するかという問題と、その駅が実際の地図のどの地点に当たるかという問題が重なります。言葉の区別を学ぶこと、何かを指して使うこと、読んだ人が理解することを、別々の角度から考えることができます。

20世紀の記号研究では、パースとソシュールの理論がそれぞれ参照され、言語、文学、映像、文化の研究に多様な方法を与えました。二人は別々の学問的環境で記号を研究し、後世の研究者たちがその共通点と違いを比較してきました。(参照:コロンビア大学出版局|ソシュール『一般言語学講義』の成立(1916年)/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

後年のパースは記号をどう考え直したのか

1903年、三分類から十種類の記号へ

パースは1903年頃に、記号を三つの種類で理解する方法をさらに発展させました。記号がどのような存在か、対象とどのようにつながるか、解釈にどう関係するかを別々の観点として組み合わせます。数学的な整理に見えますが、指差しや文、推論の違いまで説明するための試みでした。

その結果、三つの観点を一定の制約のもとで組み合わせ、十種類の記号を考える体系が示されました。誰もが使う言葉は一般性を持ち、実際の場所を指す必要もあります。この複雑さを扱うには、単純な三分類の先へ進む必要があったのです。(参照:ケンブリッジ大学出版局|T. L. Short『パースの記号理論』の記号分類/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

1905年前後、「プラグマティシズム」と呼び直す

ウィリアム・ジェイムズは1898年の講演でプラグマティズムを広く紹介し、その後、宗教経験や真理をめぐる議論にも展開しました。パースは自分の1878年の立場と、同じ名称で語られる新しい議論との違いを整理するようになります。1905年には、自分の立場を示す名前として「プラグマティシズム」を使用しました。

二人の議論で大切なのは、行為や経験を重視する関心を共有しながら、真理や実在をどのように説明するかという点で違う道をたどったことです。パースは科学の共同の探究と、現実がもたらす制約を重んじました。ジェイムズは、人間が生きる経験の多様さや信念の役割も重視しました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズムの真理論)

記号を理解する過程そのものが研究対象になる

パースは晩年にも記号と解釈の分類を改め、新しい区別を考え続けました。意味を受け取って感じること、理解に基づいて行動すること、推論によって別の判断を導くことなど、解釈が生み出す働きを細かく考察します。

例えば同じ警報を聞いて不安を感じ、避難し、後で危険の原因を調べる過程には、異なる解釈の働きがあります。記号を見たり聞いたりすることから、判断や行動が生じるまでを一つの研究課題として考えられるのです。パースの生涯を通じた記号論は、意味を受け取る人間の経験まで見渡そうとしました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論/スタンフォード哲学百科事典|チャールズ・サンダース・パース)

言葉と画像を信じるとき、何を確かめればよいのか

似ている画像が真実を保証するとは限らない

実際の人物によく似た肖像画を見ると、その人がどのような姿だったか想像できます。描いた人が特定の部分を強調していれば、現実の姿との間には違いが生じます。画像が対象に似ていることは、一つの理解を可能にすると同時に、何のために描かれたかを調べる理由にもなります。

パースの記号論で考えると、絵の中の類似性を読み取ることと、そこに示された主張が実際の人物について正しいかを確かめることは別の作業です。見る人は制作時期、作者、ほかの肖像や記録を比較することで、理解を深めることができます。(参照:パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

文字による情報と観測できる根拠

「橋の通行を禁止する」と書かれた掲示を読むには、言語の知識と、その文を掲げた人や組織が誰かを知ることが役立ちます。同じ文が法律に基づく公式の掲示として置かれる場合と、個人の意見として書かれる場合では、実際の行動の根拠が変わります。

意味を理解したあとには、どの組織が情報を出しているのか、いつ発せられたのか、現在も有効なのかを確認できます。パースの「記号」と「信念」の研究を結びつけると、文章を読む能力から、読んだ内容に基づいて正しく判断する能力へと問いが広がります。(参照:パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論)

確信を持ちながら見直す余地を残す

身近な出来事を判断する際、私たちはその場で手に入る情報をもとに行動します。その判断を後で新しい証拠に照らして変えることもできます。昨日まで正しいと思っていた地図が更新され、新たな進路が示されるように、知識は記録を受け継ぎながら改善されていきます。

パースの哲学は、言葉や画像が意味を伝える仕組みを考え、その意味に基づく信念が経験によって試される過程まで結びつけました。何を見て、何を読み、そこから何を信じたかを問い直せることが、記号を用いて考える人間の可能性を広げます。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|プラグマティズム)

略年表|パースの科学研究と記号論の発展

  • 1596年|ルネ・デカルトがフランスで生まれる。後のパースが論じる明晰な観念をめぐる近代哲学へつながる
  • 1637年|デカルト『方法序説』が刊行される
  • 1807年|アメリカ合衆国で連邦政府による沿岸測量事業の基礎となる法が成立する
  • 1809年|数学者ベンジャミン・パースが生まれる
  • 1839年|チャールズ・サンダース・パースがマサチューセッツ州ケンブリッジに生まれる
  • 1840年代|アメリカの都市間で電信の利用が始まり、遠隔通信の網が広がっていく
  • 1857年|言語学者フェルディナン・ド・ソシュールがスイスに生まれる
  • 1859年|チャールズ・ダーウィン『種の起源』刊行。アメリカの科学・哲学にも長く議論を呼ぶ
  • 1860年代前半|パースが沿岸測量局の仕事に関わり、化学と論理学の研究を続ける
  • 1867年|パースが「カテゴリーの新しい一覧について」を発表し、表象と解釈の三項関係を論じる
  • 1868年|前年の「カテゴリーの新しい一覧について」が学会紀要に刊行される
  • 1868年|パースが「四つの能力の欠如がもたらす帰結」を発表し、思考と記号の関係を論じる
  • 1869年頃|パースがハーバード大学天文台での研究に関わり始める
  • 1870年代初頭|パース、ウィリアム・ジェイムズ、チョーンシー・ライトらがケンブリッジで哲学を討論する
  • 1875年頃|パースが沿岸測量局による重力測定と振り子の実験を担当する
  • 1876年|フィラデルフィア万国博覧会が開催され、ベルの実験電話が紹介される
  • 1876年|パースがヨーロッパで振り子の測定値や器具の比較を行う
  • 1877年|パースが全米科学アカデミー会員となる
  • 1877年11月|『ポピュラー・サイエンス・マンスリー』にパース「信念の固定」が掲載される
  • 1878年1月|同誌にパース「私たちの観念を明晰にする方法」が掲載される
  • 1878年|パース『測光研究』刊行。ハーバード大学天文台での観測成果をまとめる
  • 1878年|スミソニアン協会に電話設備が導入される
  • 1879年|パースがジョンズ・ホプキンズ大学で論理学を教え始める
  • 1883年|パースの編集した論理学論集『論理学研究』が刊行される
  • 1894年頃|パースが「記号とは何か」を草稿として執筆し、似姿・指標・象徴の例を詳述する
  • 1898年|ジェイムズがプラグマティズムを紹介する講演を行い、思想の知名度が高まる
  • 1903年|パースがハーバード大学などで講義し、記号の十分類を説明する
  • 1905年|パースが自分の立場を「プラグマティシズム」と呼んで区別を明確にする
  • 1907年|ジェイムズが『プラグマティズム』を刊行する
  • 1913年|ソシュールが死去する
  • 1914年|パースが死去する
  • 1916年|ソシュールの講義に基づく『一般言語学講義』が没後に刊行される

年表はパースの原著の発表年・掲載年と、インディアナ大学パース校訂版プロジェクト、沿岸測量史、大学・博物館の資料を照合して整理しました。(参照:パース「カテゴリーの新しい一覧について」(1867年発表・1868年刊行)|Charles S. Peirce Studies/パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/インディアナ大学パース校訂版プロジェクト|伝記・著作の年代/米国海洋大気庁|パースと沿岸測量局の重力測定/コロンビア大学出版局|ソシュール『一般言語学講義』の成立(1916年))

まとめ|記号によって意味を伝え、世界を知る

1878年のアメリカでは、地図、科学的な測定記録、印刷された新聞、肖像写真、電信や電話など、人々が別の場所にあるものを理解するための技術が広がっていました。連邦政府の沿岸測量局やハーバード大学天文台で活動したチャールズ・サンダース・パースは、観測された事実を数値や図に変える仕事に関わりながら、「記号が意味を持つ条件」と「概念を理解したと言える条件」を哲学的に探究しました。

パースの記号理論では、記号が対象を表し、そこから解釈項が生じるという三つの関係が中心になります。肖像や幾何学の図は類似性によって働くアイコン、足跡や風見鶏は現実との接続によって働くインデックス、言葉や数学記号は共有された規則によって働くシンボルの例です。写真には対象との似姿と光学的な記録の両方が関わり、地図や標識にも複数の働きが重なっています。

1878年の「私たちの観念を明晰にする方法」は、ある概念が考えられる経験や行為にどんな結果をもたらすかを考え、その意味を明らかにする方法を提示しました。前年の「信念の固定」では、疑いが生じた人がどのように考えを修正するかを論じ、科学的方法を経験と共同の検討に基づくものとして位置づけています。ここから、言葉の意味を理解することと、その内容が正しいか確かめることが結びつきます。

パースの記号論は1860年代から生涯を通して展開され、1894年頃の「記号とは何か」と1903年の記号分類で詳しく体系化されました。20世紀の言語学では、ソシュールが別の方向から記号の体系を研究します。文字や画像から何かを知ったとき、何がどの対象を示し、そこから何を理解し、どんな根拠で判断を修正できるのか。これらの問いは、画像と情報に囲まれた現在の生活の中でも、記号を用いて考えることの仕組みを見直すための出発点になります。(参照:パース「私たちの観念を明晰にする方法」(1878年)原文|Charles S. Peirce Studies/スタンフォード哲学百科事典|パースの記号理論/パース「信念の固定」(1877年)原文|Charles S. Peirce Studies/パース「記号とは何か」(1894年頃の草稿)|インディアナ大学パース校訂版プロジェクト)

参考資料・出典

パースの1877年「信念の固定」と1878年「私たちの観念を明晰にする方法」は当時の『ポピュラー・サイエンス・マンスリー』掲載本文に基づいて確認しました。記号の初期理論は1867年発表・1868年刊行の論文を参照し、後年の三分類は1894年頃の「記号とは何か」と1903年の理論を研究資料で照合しています。科学者としての活動と通信技術の背景には、測量機関とスミソニアン協会などの歴史資料を用いました。本文各小節の末尾に、対応する出典へのリンクを示しています。