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Philosophy

紀元前600–500

神々の物語以外で世界を説明できるのか

タレスと自然哲学の始まり

西洋哲学の祖「タレス」(ざっくり哲学解説チャンネル)

紀元前6世紀、現在のトルコ西岸に位置するミレトスは、エーゲ海に面した港町として栄えていました。船は島々や黒海方面へ向かい、海の向こうにある都市から陶器や金属、食料などが運ばれてきました。周囲にはリュディア王国が勢力を伸ばし、ミレトスの人々は海上交易と近隣の国々との外交のなかで暮らしていました。

ミレトスは、都市と周辺の土地を一つの政治共同体として営む古代ギリシアの都市国家(ポリス)でした。都市には政治を動かす人々がいて、港には商人や船乗りが集まり、近郊の神殿ではアポロンなどの神々が祀られていました。古代ギリシアの人々は、祭礼に参加し、詩人が語る神々の物語を通して世界の始まりや秩序について考えていました。

この都市で活動したと伝わるタレスは、世界にあるさまざまなものの根本を「水」に求めた思想家です。石も植物も空も、性質はそれぞれ違います。それらが何を共通の始まりとして成り立っているのか。タレスの名で伝わるこの問いから、自然を一つの原理によって説明しようとする古代ギリシアの哲学が見えてきます。

紀元前6世紀のミレトスで生まれた問い

エーゲ海と黒海を結んだミレトスの港

ミレトスは、小アジア西部のイオニア地方に築かれたギリシア人の都市です。紀元前7〜6世紀には黒海沿岸や海峡の周辺にギリシア系の都市や居住地が広がり、ミレトスもその海上活動の中心の一つでした。黒海方面からは穀物や原材料が、エーゲ海の各地からは陶器、金属製品、オリーブ油などが運ばれ、港を通じて人や品物が行き交いました。

エジプトのナイル川河口にあったナウクラティスも、ギリシア人がエジプトの人々と交易した拠点でした。大英博物館の考古学調査では、ギリシアの陶器、エジプトの護符、キプロスの小像などが出土し、エジプト式の家屋や異なる神々を祀る聖域の存在も明らかになっています。都市が多様な文化の人々に利用されていたことが、具体的な遺物からわかります。

航海する人々は、風向き、星の位置、季節の変化、海岸の地形を経験によって覚える必要がありました。エジプトや西アジアにも、暦、測量、計算、天体観測に関する長い蓄積がありました。ミレトスの自然探究がこうした知識から何を直接学んだかは、個々の資料によって検討されます。広域の交流は、異なる土地で培われた知識と出会う場をもたらしていました。(参照:オックスフォード古典学辞典|ミレトス/大英博物館|ナウクラティスの考古学調査/メトロポリタン美術館|古代ギリシアの植民と交易)

都市国家を動かした人々と、リュディア王国との関係

古代ギリシアの都市国家は、城壁のある市街地と、その周辺の農地や集落を一つの共同体として営みました。政治の仕組みは都市ごとに異なり、有力な家々が権力を競い合うこともありました。ミレトスでは、紀元前7世紀末から6世紀初め頃にトラシュブロスという支配者が活動したことが、後世の歴史書に伝えられています。アテネで後に発達した民主政とは、政治のあり方が異なっていました。

紀元前5世紀の歴史家ヘロドトスは、リュディア王アリュアッテスの軍がミレトス周辺の畑を荒らした戦争を記録しました。収穫期の農地を狙う戦いは、城壁内の人々が食料を得る仕組みに直接関わります。ヘロドトスの物語では、トラシュブロスは敵の使者が訪れる日に広場に大量の穀物を並べ、市民に宴を開かせました。都市に食料が十分あると思わせ、和平に結びつけたという伝承です。

この話からは、ミレトスの暮らしが海上交易とともに、農地、政治権力、近隣諸国との交渉によって支えられていたことがうかがえます。タレスについては、後の伝記に政治的な助言をした賢人という像も残りました。古代ギリシアの「知恵」は、天体や自然を考えることと、都市の問題について判断することの双方に関わっていました。(参照:ヘロドトス『歴史』第1巻17〜22章|ハーバード大学/オックスフォード古典学辞典|ミレトス)

ディディマの神託と、都市の暮らしを支えた祭礼

ミレトスの南方約16キロメートルにあるディディマには、神アポロンの神託所がありました。人々は神に問いを捧げ、その答えを神託を伝える人々から受け取ります。紀元前6世紀にはディディマの神託所が広く知られ、ミレトスと周辺地域の宗教生活で大きな役割を果たしていました。現在目にする巨大な神殿の建築は主に後の時代に属します。

神殿は信仰の場であると同時に、都市の共同体が神々との関係を確かめる場所でもありました。ヘロドトスが伝えるリュディアとミレトスの戦争でも、近郊のアテナ神殿の焼失と再建が和平の経緯に組み込まれています。神託や祭礼、神殿への奉納が、政治や外交の出来事と結びついていました。

神々への祈りや神託を求める習慣が根づく社会で、タレスに帰される自然の原理をめぐる探究も育ちました。自然の仕組みを考えることと、神々を敬うことは、同じ時代の人々の生活の中にありました。(参照:オックスフォード古典学辞典|ディディマ/ヘロドトス『歴史』第1巻17〜22章|ハーバード大学)

神々の物語と、世界の始まりを考える詩

紀元前8〜7世紀頃、ギリシア人はフェニキア文字を手本にした文字を用い、詩や名前、奉納の言葉などを書き記すようになりました。長い物語は人々の前で歌われ、文字で伝えられる作品も生まれました。紀元前700年頃に活動した詩人ヘシオドスの『神統記』は、世界と神々がどのように生まれたのかを語る長い詩です。

『神統記』では、最初にカオスが生まれ、続いて大地のガイアや愛の力エロスなどが現れます。大地や天空、海に関わる神々の誕生と争いが続き、やがてゼウスを中心とする秩序が整います。神々の系譜を語ることは、人々が暮らす世界の成り立ちを理解する方法の一つでした。

タレスの水についての学説にも、「世界は何から始まったのか」という同じ大きな問いがあります。ヘシオドスが神々の誕生を語ったのに対し、タレスは自然界の一つのものを根源に据えたと伝えられます。問いの対象が重なりながら、理由の求め方に違いが現れたことが、初期の自然哲学を理解する入口になります。(参照:メトロポリタン美術館|古代ギリシアの植民と交易/ヘシオドス『神統記』104行以降|ペルセウス電子図書館/スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学)

タレスは世界の何を「水」で説明したのか

タレスはどんな人物だったのか

タレスは紀元前6世紀前半にミレトスで活動した人物で、古代ギリシアでは天体、図形、自然について考えた賢人として知られていました。古代の伝承に登場する「七賢人」は政治や人生について優れた判断を示した人々の集まりで、タレスもその一人に数えられます。哲学が大学の専門科目として分かれるはるか以前、自然に関する知識と都市で役立つ判断は、ともに知恵の一部でした。

タレスの名で伝わる問いは、海や大地、草木や生き物を含む世界が、どのような根源から成り立つのかというものです。人々の身の回りにある水を、世界全体の始まりを考える答えとして選んだと伝えられています。彼の思想を知る主な手がかりは、後に生きたヘロドトスやアリストテレスらの証言です。本人が書いたと確実にわかる文章は、現在まで伝わっていません。(参照:インターネット哲学百科事典|ミレトスのタレス/スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学)

「世界の根本は水」とはどういう考えか

土や石、草木、動物、海や空。身近な世界には姿も性質も異なるものが存在しています。タレスは、こうした多様なものに共通する根本があると考え、その根本を「水」に求めた思想家として後世に伝えられています。身の回りにある一つの自然物を、世界全体の始まりを考えるための答えにしたのです。

なぜそれが哲学史で注目されるのでしょうか。ヘシオドスの詩では、神々の誕生や争いが世界の秩序を説明していました。タレスに帰される学説では、「世界の多様なものは何を共通の根源として成り立っているのか」という問いに、水という自然界のものを用いて答えます。個々の出来事を超えて、世界全体を説明する共通の原理を探すことが、初期の自然哲学の特徴でした。

ここで考えたいのは、答えを「水」としたこと以上に、一つの答えによって世界全体を説明しようとした点です。水を根源と考えるなら、石の硬さや火の熱さのように、水とは異なる性質がどこから生じるのかという問題も現れます。タレスの後にミレトスで活動した思想家たちは、こうした問題を別の原理や変化の仕組みによって考え直しました。現在の哲学と自然科学につながる問いが、当時は一つの自然探究の中に含まれていました。(参照:アリストテレス『形而上学』第1巻983b|ペルセウス電子図書館/スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学)

水がすべての始まりだと、何が説明できるのか

「水が世界の根本」という言葉には、考えてみると二つの意味が含まれています。一つは、世界が最初に水から生まれたという意味です。もう一つは、現在ある土や石なども、姿を変えた同じ根本的な材料から成り立っているという意味です。「どこから始まったのか」と「今あるものは何からできているのか」は、似ているようで異なる問いです。

身近な例で考えると、一本の木は種から育ちます。これは木がどこから生まれたのかという説明です。一方、幹や枝が何によって形づくられているかを調べるのは、その木を構成するものへの問いです。世界全体についても、始まりと材料の二つの問題を考えることができます。

タレス本人が水から土や火のようなものが生まれる過程をどう説明したのかについて、具体的な記述は残っていません。後世の哲学者たちは、「世界の始まり」と「世界をつくる材料」という二つの問題に関心を寄せながら、タレスの水の学説を読み直していきました。(参照:G・E・R・ロイド(2021)|古代の物質・原理の解釈/スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学)

アリストテレスは、タレスが水を選んだ理由をどう考えたか

【形而上学】『アリストテレスの哲学と思想を解説』【四原因説】(瀧本の世界図書館)

では、タレスはなぜ根源として水を選んだのでしょうか。紀元前4世紀の哲学者アリストテレス(紀元前384〜322年)は、『形而上学』第1巻でその理由を考えています。アリストテレスは自然、論理、政治などを研究し、先人の学説を物事の原因や原理を探る歴史として整理した人物です。

アリストテレスは、生き物の栄養には湿り気があり、植物の種子にも水分が含まれることなどから、タレスは水を根本と考えたのだろうと推測しました。植物は水を得て育ち、乾燥が続けば弱っていきます。こうした経験は、水が生命の成り立ちに深く関わることを理解する助けになります。

その一方で、生き物の成長に水が必要だという観察から、石や大地まですべて水を根本としているという結論を導くには、もう一段大きな説明が求められます。アリストテレスの文章は、タレスの考えがどのような観察から生まれたかを後世の立場から推測したものです。同じ箇所でアリストテレスは、水に関わる古い神々オケアノスとテテュスの伝承にも触れ、自然の根源を水と考える発想を比較しています。(参照:アリストテレス『形而上学』第1巻983b|ペルセウス電子図書館/G・E・R・ロイド(2021)|古代の物質・原理の解釈)

大地はどうして落ちずに静止しているのか

人々の足元に広がる大地は静止しているように見えます。では、その大地を支えるものは何でしょうか。アリストテレスは『天体論』第2巻第13章で、タレスが大地は水の上に浮かんでいると考えたと伝えています。木片が水面に浮くのと同じように、大地も下にある水によって支えられているという説明です。

アリストテレスはこの説明に対し、水を支えているものは何かと問い返しました。また、木片は浮いても土の塊は沈むという違いも挙げています。ここでは、自然の現象について理由を示し、その理由自体が十分かどうかを検討する議論が行われています。タレスが説明しようとしたのは大地の静止であり、アリストテレスはその説明に残る問題を具体的に指摘したのです。(参照:アリストテレス『天体論』第2巻第13章|MIT古典文献集)

磁石に魂があるという考え

磁石に鉄を近づけると、離れた場所から鉄が引き寄せられます。目には見えない働きで物が動く現象は、古代にも知られていました。アリストテレスは『魂について』第1巻で、タレスが磁石には魂があると述べたという伝承を紹介しています。当時の「魂」は、生命を持つものの動きや、その働きを生み出す力と深く関わる言葉でした。

アリストテレスは別の箇所で、タレスが「万物は神々に満ちている」と考えたらしいとも記しています。これらの証言には、自然の内部に物を動かす力や神的な働きを見いだす古代の発想が表れています。磁石が鉄を動かす理由を知ろうとする問いと、世界に神的なものを感じる考えが、タレスの人物像の中に並んで伝えられているのです。(参照:アリストテレス『魂について』第1巻|MIT古典文献集/スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学)

日食・幾何学・商売に残されたタレスの逸話

紀元前585年の日食を予言したという伝承

紀元前5世紀に各地の戦争や風習を記録した歴史家ヘロドトスは、『歴史』第1巻第74章で、リュディア人とメディア人の戦いの最中に昼が突然夜になったと記しています。双方は戦闘をやめ、和解へ向かったという物語です。ヘロドトスによれば、ミレトスのタレスはこの出来事をイオニアの人々に前もって告げ、起こる年を示していました。後世、この記述は紀元前585年5月28日の日食と結びつけられました。

ヘロドトスが伝えた予告の範囲は「年」までです。日食が起きそうな年を見通すことと、ある場所で太陽が隠れる時刻や範囲を予測することには、必要な知識の違いがあります。天文学史では、当時利用できた観測記録と計算方法を検討することで、伝承の内容を検証しています。ミゲル・ケレヘタ(2013年)は、日食の周期に基づく複数の説明を検証し、既存の方法ではこの予言を十分に説明できないと論じました。ダミル・マリッチ(2024年)も古代の証言と予測方法を再検討しています。歴史上の出来事として語られた日食と、タレス自身の予測能力については、証拠の確かさが異なります。(参照:ヘロドトス『歴史』第1巻第74章|ペルセウス電子図書館/ミゲル・ケレヘタ(2013)|タレスの日食予言と周期計算の検証/ダミル・マリッチ(2024)|タレスの日食予言をめぐる再検討)

エジプトの測量術と幾何学の物語

タレスには、エジプトで幾何学を学び、ギリシアに伝えたという伝承もあります。幾何学とは、線や角度、図形の性質を考える学問です。土地の区画や建築、測量はエジプトやメソポタミアですでに発達しており、海を越えた知識の交流は歴史的な背景として理解できます。ギリシアの数学も、こうした先行する文化との接触を考慮して捉える必要があります。

紀元後3世紀頃に哲学者の伝記を集めたディオゲネス・ラエルティオスは、タレスがエジプト人から幾何学を学んだという伝承や、円に内接する図形についての話を紹介しています。どの命題を本人が証明したのか、どの旅が実際に行われたのかを示す同時代の記録はありません。図形に関わる知識をタレスの名で語る伝統の存在と、個々の業績の史実性を区別して読むと、古代の学問の継承について慎重に考えられます。(参照:ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』第1巻|ペルセウス電子図書館/スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学)

オリーブの搾油機を借りたという話

アリストテレス『政治学』第1巻には、タレスが「哲学は生活の役に立たない」とからかわれたという逸話が載っています。物語によれば、タレスは冬のうちに翌年のオリーブの豊作を見込み、ミレトスとキオスの搾油機を安く借りる権利を押さえました。収穫期に搾油機への需要が集中すると、その権利を貸して利益を得たといいます。

アリストテレスはこの話を、先の見通しを利用して市場を独占する方法の例として紹介しています。タレスが天文学の知識を豊作の予測に利用したという筋書きには、自然に関する知識を経済活動に生かせるという見方が現れています。アリストテレスは、実際の出来事の詳細を検証するよりも、先を見通して搾油機の利用を独占するという商売の方法を説明するために、この逸話を取り上げました。(参照:アリストテレス『政治学』第1巻1259a|ペルセウス電子図書館)

水から「無限定なもの」へ――ミレトスの探究の展開

アナクシマンドロスは、タレスの問いをどう受け継いだのか

「無限なるもの(アペイロン)」を提唱したタレスの弟子「アナクシマンドロス」(ざっくり哲学解説チャンネル)

アナクシマンドロスは紀元前6世紀前半から中頃にミレトスで活動した思想家で、世界の始まりや天体の配置、大地の形を探究したと伝えられています。古代の伝記や注釈書では、タレスの弟子・後継者とされています。二人が実際に交わした議論の記録は伝わっていませんが、自然界の多様なものが何から生まれるのかという共通の問いに、異なる答えを与えた人物として知られています。

タレスに帰された答えが水だったのに対し、アナクシマンドロスは「アペイロン」と呼ばれる根源を考えたと伝えられています。日本語では「無限定なもの」「限りのないもの」などと訳される言葉です。水には湿った性質があり、火には熱い性質があります。アナクシマンドロスの説では、そうした特定の性質を持つものより根本的な、境界や限定を持たない源から、熱さや冷たさなど異なる性質のものが生まれます。

この考えの面白さは、「水のように性質が決まったものが、反対の性質を持つ火まで生み出せるのか」という問題を前に進めた点にあります。後の哲学者たちは、世界の根源を何と考えるかだけでなく、多様な性質が生まれる理由についても説明を求めるようになりました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学/インターネット哲学百科事典|アナクシマンドロス/フォーダム大学|初期ギリシア思想家の古代証言)

熱さと冷たさは、どのように世界を形づくるのか

アナクシマンドロスの考えは、紀元後6世紀にアリストテレスの著作を注釈したシンプリキオスらの記述を通じて伝わります。シンプリキオスは古い資料を引用し、物事は定められた時に従って生じ、やがて元へ帰り、互いに「不正への償い」をする、と伝えました。自然界の変化を語るのに、正義や償いという人間社会の言葉が使われている点が印象的です。

例えば暑い季節と寒い季節、乾いた時期と雨の多い時期は交替します。アナクシマンドロスの説明は、熱さと冷たさなど反対の性質を持つものが一定の秩序に従って現れ、入れ替わる世界を考えるものでした。現存する断片は短く、「無限定なもの」の性格や正義の比喩の意味には複数の解釈があります。原文がどこまで本人の言葉を保っているかも、研究上の論点になっています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学/フォーダム大学|初期ギリシア思想家の古代証言/インターネット哲学百科事典|アナクシマンドロス)

大地を支える「下の水」に代わる説明

アナクシマンドロスは、大地が周囲から等しい距離にあり、中心に位置するため静止していると考えた、と古代の証言に記されています。タレスに帰された「水の上に浮く大地」では、支えとなる水が下にあります。アナクシマンドロスの説明では、大地と周囲の位置関係そのものが静止の理由になります。大地の下にもう一つの支えを想定する方法から、宇宙全体の配置によって説明する方法へと発想が広がりました。

後世の伝承では、アナクシマンドロスは地図を描き、天体の配置を示す模型にも関心を持っていたとされます。円柱のような形をした大地や、地球の周囲にめぐる天体の輪についての説明も伝えられています。地図や模型そのものが残っているわけではなく、現代の復元図は複数の証言をもとに作られています。(参照:インターネット哲学百科事典|アナクシマンドロス/スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学)

アナクシメネスは空気の濃淡から何を考えたのか

紀元前6世紀のミレトスでは、アナクシマンドロスより若い世代の思想家アナクシメネスも自然の成り立ちを探究しました。古代の伝承は彼をアナクシマンドロスの仲間や後継者として伝えています。タレスが水、アナクシマンドロスが無限定なものを根源に置いたのに続き、アナクシメネスが選んだのは空気でした。目に見えにくく、呼吸や風を通して働きを感じる空気を、世界のさまざまな物の基礎に据えたのです。

空気が薄くなれば火となり、濃くなるにつれて風、雲、水、土、石へと変化する。アナクシメネスの学説は、こうした濃淡の変化によって異なる物が生じると説明しました。例えば唇をすぼめて吹く息は冷たく、口を大きく開けて吐く息は温かく感じられます。古代の資料はこの息の例を、温度と空気の変化を考える話として伝えています。身近な経験から変化の仕組みを説明する試みが、水と無限定なものに続いて現れました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学/フォーダム大学|初期ギリシア思想家の古代証言)

なぜタレスが「哲学の始まり」と呼ばれるのか

アリストテレスが描いた哲学の系譜

タレスが西洋哲学史の冒頭に登場する背景には、紀元前4世紀のアリストテレスによる先人の整理があります。『形而上学』第1巻でアリストテレスは、物事の原因や原理を探究した初期の思想家の一人としてタレスを挙げ、水を根本とする考えを紹介しました。ミレトスのアナクシマンドロス、アナクシメネスにも自然の原因を考える学説が伝わり、後世には三人を一つの思想史の流れとして紹介する習慣が育ちました。

「タレスが人類最初の哲学者だった」という言い方については、近年の研究で成立過程の再検討が進んでいます。哲学史研究者リー・カンター(2022年)は、古代の文献を広く検討し、タレスを哲学全体の最初の人物と断言する見方が古代ギリシアで広く共有されていた、という説明を批判しました。古代の著述家たちには、哲学の起源をギリシアより古い時代や他の地域に求める議論もありました。

エジプトやメソポタミアには、タレス以前から天体観測、計算、暦、自然の秩序についての知識が蓄積されていました。タレスを起点として語る西洋哲学史は、初期ギリシアの自然探究を一つの系譜としてたどる構成です。アリストテレスの歴史の描き方、後世の哲学史の編纂、近代以降の「哲学の始まり」の語り方を分けて見ることで、この人物の位置づけがより正確になります。(参照:アリストテレス『形而上学』第1巻983b|ペルセウス電子図書館/スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学/リー・カンター(2022)|タレスは「最初の哲学者」だったのか)

説明を問い直すことが受け継がれた

同じミレトスで活動したアナクシマンドロスは、世界の根源を「無限定なもの」に求め、大地が宇宙の中心で静止する理由を位置関係から考えました。その後のアナクシメネスは、空気が薄くなったり濃くなったりすることで、火や雲、水、土、石などに変わると説明しました。二人は、タレスに帰された水の学説と共通する「世界を一つの原理から説明する」という問いに、それぞれ新しい答えを与えています。

この流れを追うと、世界の根本を何に求めるかという問いが、物が変化する理由や、大地が静止する理由へと広がっていったことがわかります。一つの答えによって新しい疑問が生まれ、その疑問に別の説明が提案される。古代ギリシアの自然哲学では、そうした議論が積み重ねられていきました。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学)

略年表|ミレトスの自然哲学

  • 紀元前8〜7世紀頃|フェニキア文字に影響を受けたギリシア文字が普及し、詩や奉納の言葉が書き記される
  • 紀元前700年頃|詩人ヘシオドスが活動し、『神統記』に世界と神々の誕生が語られる
  • 紀元前7世紀末〜6世紀初め頃|ミレトスとリュディアの戦争や支配者トラシュブロスの活動が後世の史料に伝わる
  • 紀元前7〜6世紀|ミレトスがエーゲ海・黒海の海上交流に関わり、エジプトのナウクラティスも交易拠点として発展する
  • 紀元前6世紀|ミレトス近郊のディディマのアポロン神託所が広く知られる
  • 紀元前6世紀前半|ミレトスでタレスが活動し、世界の根源を水に求めたと伝えられる
  • 紀元前585年|後世に伝えられたリュディアとメディアの戦いの日食。タレスが予告したという伝承が残る
  • 紀元前6世紀中頃|アナクシマンドロスが「無限定なもの」や大地の位置について考えたと伝えられる
  • 紀元前6世紀中頃〜後半|アナクシメネスが空気の濃淡による自然界の変化を考えたと伝えられる
  • 紀元前5世紀|歴史家ヘロドトスが『歴史』でミレトスの戦争とタレスの日食予告を記す
  • 紀元前4世紀|アリストテレスが『形而上学』『天体論』『魂について』でタレスらの学説を検討する

まとめ|水から始まった世界の説明

紀元前6世紀のミレトスは、エーゲ海と黒海をつなぐ海上交易、リュディア王国との外交、神託所や祭礼が結びついた都市社会でした。そのなかでタレスは、自然界のさまざまなものに共通する根源を「水」に求めた思想家として伝えられています。神々の系譜を通して世界を語る詩と並び、自然界の一つの原理から世界を考える説明が発展しました。

タレスの問いを受け継ぐミレトスの思想家たちは、アナクシマンドロスの「無限定なもの」、アナクシメネスの「空気」といった異なる答えを提示しました。大地を支えるものや、物が変化する仕組みについても考えが広がっています。タレス本人の著作は現存せず、水を選んだ詳しい理由や日食予告の実態は、後世の証言と現代研究を照らして検討が続いています。(参照:スタンフォード哲学百科事典|ソクラテス以前の哲学/G・E・R・ロイド(2021)|古代の物質・原理の解釈)

参考資料・出典

タレスについては、ヘロドトスやアリストテレスなど古代の著述家の証言と、現代の専門研究を参照できます。アナクシマンドロスの学説はシンプリキオスらの引用・証言によって伝わり、日食予言には天文学史上の議論が続いています。