Post-Painterly Abstraction
ポスト・ペインタリー・アブストラクションのアーティスト
ポスト・ペインタリー・アブストラクションは1960年代に、抽象表現主義の重い絵肌や劇的な身振りから距離を取り、明るい色彩、開かれた構図、平坦な表面を追求した抽象絵画の潮流です。
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2 ARTISTSポスト・ペインタリー・アブストラクションについて
OVERVIEWポスト・ペインタリー・アブストラクションは、1960年代前半のアメリカで、抽象表現主義の濃密な筆触や厚い絵具、作者の身振りを前面に出す絵画から距離を取り、より開放的で明晰な色彩と構成へ進んだ抽象絵画の広い傾向を指します。名称は批評家クレメント・グリーンバーグが1964年に企画した展覧会「Post-Painterly Abstraction」に由来します。
この言葉は、一つの統一された運動やグループ名ではありません。ヘレン・フランケンサーラー、モーリス・ルイス、ケネス・ノーランド、ジュールズ・オリツキー、サム・フランシス、エルズワース・ケリー、フランク・ステラら、方法の異なる作家たちを、抽象表現主義「以後」の新しい抽象としてまとめるための批評的な枠組みでした。
共通するのは、抽象表現主義の非具象と大画面を引き継ぎながら、絵具の厚み、劇的な筆触、心理的なジェスチャーを減らし、薄い色、明確な輪郭、広い余白、開放的な構成を重視した点です。その内部からカラー・フィールドやハード・エッジが発展し、さらにミニマリズムへ接続する方向も現れました。
1964年の「Post-Painterly Abstraction」展
ポスト・ペインタリー・アブストラクションという名称を決定的にしたのが、1964年にロサンゼルス・カウンティ美術館で開催された同名展です。展覧会はクレメント・グリーンバーグによって企画され、その後ミネアポリスのWalker Art Center、トロントのArt Gallery of Ontarioへ巡回しました。
グリーンバーグは、抽象表現主義の次に現れつつあった複数の抽象表現を一つの新しい方向として紹介しました。そこには、薄い絵具による染み込み、大きな色面、明快な輪郭、広い余白など、互いに異なる方法を持つ作品が含まれていました。
したがって、この名称は後から成立した「一つの様式」の名前ではなく、1964年という時点で、戦後アメリカの抽象絵画に起きていた変化を批評家が整理し、提示した概念です。
「ペインタリー」とは何を意味するのか
「Post-Painterly」という名称を理解するには、まず「painterly」という言葉を見る必要があります。ここでいうペインタリーとは、筆触、絵具の厚み、にじみ、重なりなど、絵具を扱った痕跡が強く見える絵画的な表面を指します。
ポロックのドリップ、デ・クーニングの激しいブラシストローク、クラインの太い黒線では、どのように描かれたかという行為が画面の重要な意味になります。それに対してポスト・ペインタリー・アブストラクションでは、その痕跡を弱めようとしました。
「絵画的であることの後」という名称は、絵画そのものを否定する意味ではありません。絵具を使いながら、絵具の厚さや筆の動きではなく、色、形、平面、支持体の関係をより直接的に見せようとしたのです。
抽象表現主義から何を引き継いだのか
ポスト・ペインタリー・アブストラクションは、抽象表現主義への単純な反抗ではありません。大型キャンバス、非具象、画面全体を一つの場として扱うこと、色と形を直接的な経験へ変えることなど、多くの要素を引き継いでいます。
一方で、作家の内面や身体的な行為を「作品の意味」として強く読むことからは距離を取りました。画面を見て、作者の心理を想像するのではなく、色と形が目の前でどのように作用するかを重視します。
つまり、抽象表現主義のスケールと非具象を残しながら、その英雄的なジェスチャーを取り除くことが、一つの大きな転換でした。
フランケンサーラー — 染み込みによって表面を薄くする
ヘレン・フランケンサーラーは、この転換の重要な先駆者です。1952年の《山と海》では、下地を施していないキャンバスへ希釈した油絵具を染み込ませました。絵具は表面に厚く積もるのではなく、布そのものへ浸透します。
この方法はポロックの床置き制作から刺激を受けながら、線の網を薄い色面へ変換しました。筆触や盛り上がりは弱まり、色とキャンバスが一体化します。
フランケンサーラーの作品は、後のモーリス・ルイスやケネス・ノーランドに大きな影響を与えました。作者の身体的な行為から出発しながら、その痕跡を透明で開かれた色の場へ変える方法が、ポスト・ペインタリーな抽象の重要な基盤となりました。
モーリス・ルイス — 流すことで筆跡を消す
モーリス・ルイスは、希釈した絵具をキャンバスへ流し、重力を利用して色を広げました。《Veils》シリーズでは複数の透明な色が重なり、《Unfurled》シリーズでは画面左右から斜めの色帯が流れ、中央に広い未塗装部分が残ります。
ここでは筆で形を描くという行為が大きく後退します。絵具は流れによって形を作り、作者の手の動きは直接的には見えにくくなります。
それでも作品は機械的ではありません。絵具の量、角度、流す位置、重ねる順序など、制作上の判断は細かく存在します。身振りを消すことと、作者の判断がなくなることは同じではありません。
ケネス・ノーランド — 構図より色の関係
ケネス・ノーランドは、同心円、シェブロン、ストライプ、ダイヤモンドなど単純な形を繰り返し用いました。これらの形は象徴的な図像ではなく、色同士の関係を明確に見せるための構造です。
構図を単純化することで、鑑賞者は色の幅、明度、隣接関係、間隔へ直接注意を向けます。作品の中心は「何を描いたか」ではなく、「色がどう並んでいるか」へ移ります。
ノーランドはカラー・フィールドとハード・エッジの両方に接続する重要な作家であり、ポスト・ペインタリー・アブストラクションが複数の方向を含む広い概念であることを示しています。
ジュールズ・オリツキー — 色を「置く」のではなく広げる
ジュールズ・オリツキーは、1960年代にスプレーガンなどを使い、キャンバス全体へ色を霧のように広げる作品を制作しました。色は明確な形として置かれるより、画面の端から端へ薄く拡散します。
この方法では、筆触や中央の構図がさらに減少します。鑑賞者は一つの形を見るより、色そのものの密度と広がりを経験します。
オリツキーの作品は、グリーンバーグが重視した「開放性」「明晰さ」を極端な形で示します。絵画表面から物質的な厚みを減らし、色だけを視覚的な現象として前面に出したのです。
サム・フランシス — 余白を画面の中心にする
サム・フランシスの作品では、鮮やかな色が画面の端や周囲に集まり、中央に大きな白い空間が残ることがあります。絵具は滴り、流れ、飛沫となって広がりますが、ポロックのように画面全体を密に覆うのではありません。
白い部分は塗り残しではなく、色と同じほど重要な空間です。色が存在する部分と存在しない部分が互いを強調し、画面に光と呼吸を生みます。
この「開放された画面」は、抽象表現主義のオールオーヴァーな密度から離れたポスト・ペインタリーな方向をよく示しています。
エルズワース・ケリー — 色と形を環境から切り出す
エルズワース・ケリーは、窓、建物、影、道路、植物など、周囲の環境で見つけた形を単純化し、鮮やかな色面として提示しました。絵具の身振りより、形の輪郭と色の関係が重要です。
さらにキャンバスの外形そのものを変えるシェイプト・キャンバスを展開し、絵画を「長方形の中に形を描くもの」から、一つの形を持つ物体へ変えました。
ケリーの作品はハード・エッジとの関係が強く、ポスト・ペインタリー・アブストラクションが染み込み技法だけを指す概念ではないことを示しています。
フランク・ステラ — 感情表現を減らす
フランク・ステラの1950年代末の《Black Paintings》では、黒い帯がキャンバスの形に沿って規則的に反復されます。筆触は目立たず、構造は非常に明確です。
作品の意味を作者の内面や物語へ結びつけることを避け、目の前に存在する帯、間隔、キャンバスの形そのものへ注意を向けます。
ステラのこの方向は、ポスト・ペインタリーな抽象をさらに進め、絵画を一つの物理的構造として扱うミニマリズムへ接近しました。
「開放性」とは何か
グリーンバーグがポスト・ペインタリー・アブストラクションで重視した特徴の一つが、画面の「開放性」です。抽象表現主義では、線や筆触が複雑に重なり、画面全体が濃密になる場合がありました。
それに対して、ルイスの広い未塗装部分、フランシスの白い中心、フランケンサーラーの薄い色面などでは、画面に空気が入り込むような余白があります。
この開放性は、単に何も描かれていない面積が大きいという意味ではありません。色と支持体の境界を明確にし、鑑賞者が画面全体の構造を一度に把握しやすくする方向を示しています。
「明晰さ」とは何か
もう一つの重要な特徴が「明晰さ」です。絵具の厚い層や複雑な筆触によって形を曖昧にするより、どの色がどこにあり、どの形と接しているかを明確に見せます。
ハード・エッジでは輪郭そのものが鋭くなり、カラー・フィールドでは色面の広がりが整理されます。異なる方法を持つ作品でも、鑑賞者に視覚的な構造を直接経験させるという点で共通します。
この明晰さは、作者の心理を消すためだけではありません。絵画を見る行為を、物語の解読から色と形の知覚へ移すための方法でもありました。
カラー・フィールドとの関係
カラー・フィールドとポスト・ペインタリー・アブストラクションは大きく重なりますが、完全な同義語ではありません。カラー・フィールドは、広い色面によって鑑賞者を包み込むような空間を作る絵画を指すことが多く、ロスコやニューマンなど1950年代前半の作家も含みます。
一方、ポスト・ペインタリー・アブストラクションは1964年のグリーンバーグの展覧会を起点とする、より批評的で時代限定的な枠組みです。そこにはカラー・フィールド的な作品だけでなく、輪郭の明確なハード・エッジやシェイプト・キャンバスも含まれます。
つまり、カラー・フィールドは「色の場」という造形的傾向、ポスト・ペインタリーは抽象表現主義以後の複数の新しい抽象をまとめる歴史的な名称と考えると整理しやすくなります。
ハード・エッジとの関係
ハード・エッジも、ポスト・ペインタリー・アブストラクションの重要な方向の一つです。染み込みや流れる色とは対照的に、色面の境界をシャープに切り分けます。
両者に共通するのは、厚いマチエールや感情的な筆触を減らし、最終的な色と形の関係を明確に見せることです。しかし、カラー・フィールドでは色が広がり、にじむことがあるのに対し、ハード・エッジでは形が独立した単位として知覚されます。
1964年の枠組みが重要なのは、こうした相反するように見える方向を、抽象表現主義以後の同じ世代的な変化として捉えたことです。
グリーンバーグの影響力と問題
クレメント・グリーンバーグは、戦後アメリカ美術の評価に非常に大きな影響を持った批評家です。彼は、モダニズム絵画が自らの媒体に固有の条件、特に平面性と色彩を明確にしていく過程を高く評価しました。
ポスト・ペインタリー・アブストラクションという名称も、その美術史観の中で生まれました。厚い絵具や物語性を減らし、平面性、色、支持体を明確にする作品が、モダニズムの次の段階として位置づけられました。
しかし、この枠組みは一人の批評家による価値判断でもあります。グリーンバーグが選んだ作品だけを「進歩的な抽象」として扱うことで、同時代の別の実践を周辺化したという批判もあります。運動の歴史と、運動を作った批評制度を区別して見ることが重要です。
女性作家の位置
ヘレン・フランケンサーラーは、ポスト・ペインタリーな抽象の形成に非常に大きな役割を果たしました。しかし長く、彼女の制作はグリーンバーグとの関係や、ルイス、ノーランドに影響を与えた「橋渡し」の役割を中心に説明されることがありました。
その見方だけでは、彼女自身が色、余白、風景的感覚、支持体の関係を長期間探究した作家であることが見えにくくなります。
戦後抽象の歴史を再考する際には、誰が革新的な作家として認められ、誰が「他者へ影響した人物」として補助的に位置づけられたのかというジェンダー上の評価構造も検討する必要があります。
ミニマリズムへの境界
ポスト・ペインタリー・アブストラクションの一部は、1960年代半ばのミニマリズムへ接近します。特にステラやケリーでは、色面とキャンバスの外形が一体化し、作品が「描かれたイメージ」より一つの物体として見えるようになります。
ミニマリズムではこの傾向がさらに進み、工業素材、単純な立体、反復、展示空間、鑑賞者の身体が中心的な問題になります。
そのためポスト・ペインタリー・アブストラクションは、抽象表現主義の絵画から出発しながら、絵画の平面性を極端に押し進めた結果、絵画と物体の境界そのものを開く役割を果たしました。
「抽象表現主義の次」を一つの方向に固定しない
ポスト・ペインタリー・アブストラクションの歴史的な重要性は、一つの新しいスタイルを作ったことではありません。抽象表現主義以後の絵画が、複数の方向へ分岐していることを可視化した点にあります。
フランケンサーラーやルイスは染み込みと流れへ、ノーランドは色と反復構造へ、ケリーやステラは明確な形と物体性へ進みました。これらは外見上かなり異なりますが、厚い筆触や心理的なジェスチャーを減らし、画面をより開放的で明晰な視覚構造へ変えるという問題を共有していました。
抽象表現主義からカラー・フィールド、ハード・エッジ、そしてミニマリズムへ。ポスト・ペインタリー・アブストラクションは、この複数の変化を一つの歴史的な転換として理解するための重要な批評概念なのです。