New British Sculpture
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーのアーティスト
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーは1980年代のイギリスで注目された彫刻家たちの潮流で、素材、物体、身体、建築空間を新しい方法で扱い、国際的な現代彫刻の更新に寄与しました。
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2 ARTISTSニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーについて
OVERVIEWニュー・ブリティッシュ・スカルプチャー(New British Sculpture)は、1980年代のイギリスで国際的に注目された若い彫刻家たちをまとめる呼称です。トニー・クラッグ、リチャード・ディーコン、ビル・ウッドロウ、アニッシュ・カプーア、アントニー・ゴームリー、シラゼ・フーシャリー、リチャード・ウェントワース、アリソン・ワイルディング、ジュリアン・オピーらが関連して語られます。
彼らは共通の宣言や統一様式を持つグループではありません。廃棄されたプラスチックや家具を組み替える作家もいれば、木、金属、石、顔料、石膏を使う作家もいました。共通していたのは、1960〜70年代のミニマリズムやコンセプチュアル・アート以後に、「彫刻をもう一度物として作るとはどういうことか」を新しい素材と方法で問い直した点です。
この潮流は、伝統的な石彫やブロンズ像への単純な回帰ではありませんでした。むしろ、ミニマリズムが明確にした物体と空間の関係、コンセプチュアル・アートが問い直した作者性、ポスト・ミニマリズムが広げた素材とプロセスへの関心を引き継ぎながら、イメージ、物語、身体、建築、日用品を再び彫刻へ戻していきました。
なぜ1980年代のイギリスで「新しい彫刻」が注目されたのか
1970年代のイギリス美術では、コンセプチュアル・アート、ミニマリズム、パフォーマンス、映像など、従来の彫刻作品を解体する実践が大きな影響力を持っていました。
その状況の後に登場した若い作家たちは、彫刻という媒体を捨てるのではなく、物質、手作業、構築、イメージをもう一度積極的に扱い始めました。
しかしそれは、伝統的な彫刻へ戻ることではありません。何を素材にしてもよい、床や壁へ広がってもよい、完成品でなくてもよいという1970年代までの成果を前提に、再び「物を作ること」を肯定した点に新しさがありました。
「New British Sculpture」は正式な運動名ではない
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーは、作家自身が一つの宣言を掲げて結成した運動ではありません。批評家、キュレーター、ギャラリー、展覧会が、1980年代初頭に現れた複数の若手彫刻家をまとめて語る中で形成された美術史上の呼称です。
そのため、カプーアの顔料を使った抽象形態と、クラッグの廃棄プラスチック、ディーコンの構築彫刻、ウッドロウの日用品の変形は、見た目だけなら大きく異なります。
「共通するスタイル」ではなく、彫刻を物質とイメージの両方から再構築した世代的な状況として理解する方が適切です。
1981年 — 「Objects and Sculpture」
この新しい潮流が可視化された重要な展覧会の一つが、1981年にロンドンのInstitute of Contemporary ArtsとブリストルのArnolfini Galleryで開催された「Objects and Sculpture」です。
リチャード・ディーコン、アントニー・ゴームリー、アニッシュ・カプーア、ピーター・ランドール=ペイジらが参加し、彫刻が再び物体として強い存在感を持ち始めていることを示しました。
同時期には「Objects and Figures: New Sculpture in Britain」など複数の展覧会が続き、若い英国彫刻家への関心が急速に高まっていきました。
1983年「The Sculpture Show」
1983年にはロンドンのHayward GalleryとSerpentine Galleryで大規模な「The Sculpture Show」が開催されました。
そこでは多数の彫刻家が紹介され、彫刻という媒体が1970年代の概念的・非物質的傾向の後に再び大きな存在感を持ち始めていることが国際的にも認識されました。
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーは一つの展覧会だけから生まれたのではなく、こうした複数の展覧会、批評、ギャラリー活動を通して徐々に「新しい英国彫刻」としてまとめられていきました。
リッソン・ギャラリーの役割
ロンドンのLisson Galleryは、この世代の形成と国際化に重要な役割を果たしました。トニー・クラッグ、リチャード・ディーコン、アニッシュ・カプーア、ジュリアン・オピーら、多くの若手彫刻家を早い段階から紹介しました。
商業ギャラリーは単に完成した作品を販売する場所ではありません。誰を継続的に展示し、どの作家を国際展へ紹介し、批評家や美術館と結びつけるかによって、一つの世代を可視化する制度になります。
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーの成功は、作品だけでなく、ギャラリー、展覧会、批評、国際交流が結びついて成立した現象でもありました。
トニー・クラッグ — 都市の廃棄物を彫刻にする
トニー・クラッグは、ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーを代表する作家の一人です。初期には、路上や工業地域で拾ったプラスチック片、容器、日用品、建築廃材などを大量に集め、床や壁へ配置しました。
これらは伝統的な彫刻素材ではありません。捨てられた工業製品を色や形によって分類し、別の大きな像へ組み替えることで、都市生活と消費社会そのものを彫刻の材料へ変えました。
素材は加工されて完全に別物になるのではなく、ボトル、玩具、容器といった元の形を残しながら、全体として新しいイメージを作ります。
クラッグ — 物体とイメージの二重性
クラッグの壁面作品では、無数のプラスチック片が一つの人物像や道具の形を作ることがあります。
近くで見れば個々の廃棄物ですが、離れて見ると一つの大きな像に見える。つまり作品は「物体の集合」であると同時に「イメージ」でもあります。
この二重性は、ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーがミニマリズムの純粋な物体性だけに留まらず、再び像や連想を彫刻へ取り戻したことを象徴しています。
廃棄物は社会の断面になる
クラッグが使ったプラスチックや工業製品は、単なる安価な材料ではありません。大量生産、大量消費、廃棄という戦後社会の循環そのものを含んでいます。
地質学者が地層から過去を読むように、都市の廃棄物からその社会の生活や産業を読むことができます。
この点でクラッグの作品は、素材の物質性だけでなく、ポスト工業社会が作り出す物の過剰を彫刻へ持ち込みました。
リチャード・ディーコン — 「彫刻家」ではなく「fabricator」
リチャード・ディーコンは、自らを「sculptor」より「fabricator」と表現してきました。彼の作品では、木、亜鉛メッキ鋼、波形鉄板、リノリウム、布、革などが曲げられ、接合され、構築されます。
表面にはネジ、リベット、接着、継ぎ目など制作工程の痕跡が残され、どのように作られたかを隠しません。
彫刻を一つの塊から彫り出すのではなく、複数の素材を組み立てることで形を作る。ディーコンの方法は、工業製作と手仕事の間にあります。
ディーコン — 内部と外部が同時に見える形
ディーコンの作品には、輪、管、容器、身体器官、骨格、機械部品のように見える曲線的な構造が多くあります。
しかし特定の何かを直接再現しているわけではありません。中が空いていたり、表と裏が連続したりすることで、内部と外部の境界が不安定になります。
鑑賞者は作品の周囲を歩きながら、どこが表面でどこが内部なのかを探ります。彫刻は固定された正面像ではなく、移動によって理解される構造になります。
ビル・ウッドロウ — 日用品を切り、別の像へ変える
ビル・ウッドロウは、洗濯機、冷蔵庫、自動車部品、金属製キャビネットなど、捨てられた日用品を素材にしました。
特徴的なのは、既製品の金属板を切り出し、その切り取った部分を別の形へ変形させながら、元の物体との物理的なつながりを残す方法です。
日用品が完全に解体されるのではなく、元の姿と新しい像が一つの作品の中で共存します。物の用途、記憶、変形が同時に見える彫刻です。
「見つけた物」と「作った物」の間
クラッグやウッドロウの作品では、既製品や廃棄物が重要ですが、デュシャンのレディメイドとは方法が異なります。
デュシャンは既製品を選び、美術の文脈へ移すことで作品としました。ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーでは、既製品を切り、分類し、積み、接続し、別の像へ組み替える制作行為が再び重要になります。
「選択」だけでなく「変形」や「構築」が戻ってきたことが、1980年代彫刻の一つの特徴です。
アニッシュ・カプーア — 物体の表面を消す
アニッシュ・カプーアは、初期に強い顔料を使った抽象的な立体作品で注目されました。深い赤、青、黄などの顔料が作品表面だけでなく周囲の床にも広がり、物体の輪郭を曖昧にします。
顔料によって表面の素材感が見えにくくなると、作品は硬い物体でありながら、色の塊や影、空洞のようにも感じられます。
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーの中でも、カプーアは物質を強調するというより、物質が「消えて見える」知覚の状態を探究した作家です。
空洞は「何もない」のか
カプーアの作品では、穴、くぼみ、暗い内部、鏡面反射などが重要になります。空洞は彫刻の欠けた部分ではなく、それ自体が強い存在感を持ちます。
深い顔料や暗い色によって奥行きが判別できなくなると、鑑賞者は実際の物理的な深さと、視覚的な無限感の間で揺れます。
彫刻を「そこにある物質」だけでなく、「そこに見える空間」まで含めて考える方向は、インスタレーション・アートや後のカプーアの巨大作品へつながります。
アントニー・ゴームリー — 身体を空間の測定器にする
アントニー・ゴームリーは、自身の身体を型取りした人体像などを通して、身体と空間の関係を探究しました。
人体彫刻は西洋美術の非常に古い伝統ですが、ゴームリーの作品は人物の個性や物語を表現することより、身体が空間の中で占める位置や容積を意識させます。
人間の身体を「表現する対象」ではなく、空間を感じるための単位として使うことで、伝統的な人体彫刻を現代的な問題へ変換しました。
人体彫刻への回帰ではない
ゴームリーの人物像を見ると、古典彫刻への回帰のようにも見えます。しかし、理想的な人体美や英雄像を示しているわけではありません。
身体はしばしば無表情で、匿名的で、建築や風景の中へ置かれます。
重要なのは「誰を表しているか」ではなく、「身体がこの場所にあると空間がどう変わるか」です。これはミニマリズム以後の空間意識を、人体という古い主題へ接続した方法と考えることができます。
シラゼ・フーシャリー — 物質と見えない力
シラゼ・フーシャリーは、土、藁、銅、鉛などを用いた立体から出発し、物質と精神、形と不可視のエネルギーの関係を探究しました。
彼女の作品はニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーの中で語られる一方、単なる素材実験には収まりません。
物体の表面や構造を通して、存在、呼吸、変化、空間といった抽象的な問題へ向かう点で、同世代内部の多様性を示しています。
リチャード・ウェントワース — 日用品の用途をずらす
リチャード・ウェントワースは、椅子、バケツ、梯子、容器、金属部品など日常的な物を組み合わせ、本来の用途からずらした彫刻を制作しました。
一つの物を別の物へ支えとして使う、予想外の位置へ置くなど、簡単な操作によって日用品の見え方を変えます。
作品は大規模な造形ではなく、「普段どのように物を使っているか」という身体的な習慣や都市生活の知恵を意識させます。
アリソン・ワイルディング — 素材同士の緊張
アリソン・ワイルディングは、木、石、金属、ゴム、布など異なる素材を組み合わせ、重さ、柔らかさ、透明性、支持関係を探究しました。
形を一つの意味へ固定するより、素材同士の性質の違いが作品の緊張を作ります。
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーの歴史は長く男性作家中心に語られてきましたが、ワイルディングをはじめ女性彫刻家の実践を含めて再検討する必要があります。
男性中心に語られた「新しい英国彫刻」
1980年代の彫刻展や批評では、男性作家が圧倒的に多く紹介されました。そのため「ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャー」という歴史的カテゴリー自体が、当時の美術制度のジェンダー偏重を反映しているという批判があります。
同時代にはアリソン・ワイルディング、フィリダ・バーロウ、スーザン・ヒラーなど重要な女性作家も活動していましたが、「代表的な英国彫刻」の物語から十分に可視化されなかった場合があります。
運動を振り返る際には、誰が「新しい世代」の代表として選ばれたのかという制度的な問題も含めて見る必要があります。
ミニマリズムから何を受け継いだのか
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーはミニマリズムを否定したわけではありません。物体の実在性、床との関係、鑑賞者の身体、工業素材への関心など、多くを受け継いでいます。
しかし、ミニマリズムの幾何学的な単純さや反復だけに留まらず、廃棄物、身体、容器、道具、物語的な連想などを再び作品へ戻しました。
「物体そのもの」から出発しつつ、その物体が何を連想させ、どのような社会的・身体的意味を持つかへ問題を広げたのです。
ポスト・ミニマリズムとの連続性
ポスト・ミニマリズムが素材の柔らかさ、重力、制作過程を重視したことも重要な背景です。
ディーコンの接合部、ワイルディングの素材関係、クラッグの集積などでは、完成形より「どう作られ、どう支えられているか」が見えます。
ただし1980年代には、それらの物質的関心にイメージや比喩が再び強く加わり、より視覚的で多義的な彫刻へ展開しました。
コンセプチュアル・アートの後で「作る」
コンセプチュアル・アートは、作品の本体を物体からアイデアや指示へ移しました。その後でニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーの作家たちは、再び物質的な制作へ向かいました。
しかし、コンセプチュアル・アート以前へ戻ったわけではありません。作者性、文脈、展示空間が作品の意味を変えるという認識はすでに共有されています。
そのため「作ること」自体も、無自覚な手仕事ではなく、美術史を踏まえた選択として行われました。
「イメージを持つ彫刻」の復活
クラッグの人物像や道具、ウッドロウの日用品、ゴームリーの身体、カプーアの空洞など、ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーでは形が何かを連想させることが再び重要になります。
1970年代の一部のコンセプチュアル/ミニマルな実践が象徴や物語を避けたのに対し、1980年代の彫刻は物体とイメージを再び接近させました。
この点は、同時代に絵画で新表現主義が注目されたこととも並行します。絵画でも彫刻でも、イメージや身体的な制作が再び前面へ出てきたのです。
ポストモダニズムとの関係
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーは、ポストモダニズムの文脈でも理解できます。
一つの純粋な彫刻様式を追求するのではなく、伝統彫刻、工業素材、日用品、建築、身体、広告的イメージなど複数のコードを自由に横断したからです。
モダニズムの「彫刻は彫刻固有の形式へ純化する」という考えから離れ、彫刻を異質な素材と意味の交差点として扱いました。
国際展と英国美術の再評価
1980年代、この世代の作家たちはイギリス国内だけでなく、ヨーロッパやアメリカの展覧会へ積極的に紹介されました。
トニー・クラッグは1988年のヴェネチア・ビエンナーレ英国館で個展を行い、同年ターナー賞を受賞しました。リチャード・ディーコンも1987年にターナー賞を受賞しています。
こうした国際的評価によって、ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーは1980年代英国美術を代表する重要な「輸出可能な」現代美術として認識されていきました。
「British」という括りはどこまで有効なのか
名称には「British」とありますが、作家の出自や活動範囲は多様です。アニッシュ・カプーアはインド生まれ、シラゼ・フーシャリーはイラン生まれ、トニー・クラッグはドイツを拠点に長く活動しました。
したがって、共通する「英国的な感性」を想定するより、1980年代のロンドンを中心とする美術教育、ギャラリー、展覧会、批評ネットワークによって形成されたカテゴリーと考える方が適切です。
「British」という名称自体が、国際的な美術市場や文化政策の中で作られた枠組みであることにも注意が必要です。
YBAとは何が違うのか
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーは、後のヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)と混同されることがありますが、世代も制度的背景も異なります。
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーは主に1980年代初頭から彫刻という媒体の再編を担った世代です。YBAは1988年の「Freeze」以降、1990年代にインスタレーション、映像、写真、既製品などを横断し、メディアと市場を巻き込みながら大きく注目されました。
ただし、英国の若手作家を国際的に可視化するギャラリー、コレクター、展覧会のネットワークという点では、1980年代の経験がYBAへ続く重要な前史となりました。
彫刻は「物体」に戻ったのではない
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーを「コンセプチュアル・アートの後に彫刻が復活した」とだけ説明すると重要な点を見落とします。
作家たちは確かに物を作りましたが、それは1960〜70年代の批判を忘れて伝統へ戻ったのではありません。作品と空間、作者性、既製品、素材のプロセス、社会的文脈といった問題をすべて引き受けた上で彫刻を再構成しました。
その意味で、彫刻は「元に戻った」のではなく、以前より広い定義を持って再び物質化したと考えることができます。
素材からイメージへ、イメージから空間へ
ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーの歴史的な重要性は、1980年代に英国で彫刻が流行したということだけではありません。ミニマリズムとコンセプチュアル・アート以後、「彫刻とは何をする媒体なのか」を再び物質的に問い直したことにあります。
クラッグは廃棄物を集積して物体とイメージを重ね、ディーコンは構築の過程を露出し、ウッドロウは日用品を変形し、カプーアは顔料と空洞によって物体の存在を揺らし、ゴームリーは身体を空間の単位へ変え、ワイルディングは異なる素材の緊張を作品化しました。
ミニマリズム、ポスト・ミニマリズム、コンセプチュアル・アートを踏まえつつ、ポストモダニズムの複数性の中で彫刻を再編したニュー・ブリティッシュ・スカルプチャーは、1990年代のYBAに先行する重要な英国現代美術の転換点となったのです。