哲学史 | 新たに26本の記事を追加しました
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このたび、哲学史カテゴリに新たに26本の記事を追加いたしました。今回は、20世紀半ばから現代にかけての思想を中心に、ボーヴォワール、アーレント、フーコー、デリダ、リオタール、バトラーらを取り上げています。言語や知識、自由、権力、ジェンダーをめぐる議論に加え、ウォーホルやフランシス・ベーコン、写真や抽象絵画、現代のAIによる画像生成など、美術と哲学が交わるさまざまなテーマを紹介しています。
追加した記事は以下のとおりです。
- 1949|「女らしさ」は生まれつきなのか — ボーヴォワール『第二の性』
- 1951|全体主義はどのように生まれたのか — アーレント『全体主義の起源』
- 1953|言葉の意味は誰が決めるのか — 後期ウィトゲンシュタインと言語ゲーム
- 1961|植民地支配が終われば人は自由になれるのか — ファノンと脱植民地化
- 1961|【美術と哲学】画家は世界をどのように見ているのか — メルロ=ポンティ『眼と精神』
- 1964|【美術と哲学】スーパーの商品と美術館の作品は何が違うのか — ウォーホルとダントー
- 1966|【美術と哲学】彫刻を見るのになぜ歩き回る必要があるのか — ロバート・モリスと現象学
- 1966|時代によって「正しい知識」が変わるのはなぜか — フーコー『言葉と物』
- 1967|作品の意味は作者が決めるものなのか — ロラン・バルト「作者の死」
- 1967|言葉には一つの決まった意味があるのか — デリダと脱構築
- 1968|【美術と哲学】絵画は現実をどのように表しているのか — グッドマン『芸術の言語』
- 1970|【美術と哲学】芸術は社会から独立できるのか — アドルノ『美学理論』
- 1971|【美術と哲学】なぜ「偉大な女性芸術家」は少ないとされてきたのか — リンダ・ノックリンと美術制度
- 1972|【美術と哲学】見ることは権力なのか — ジョン・バージャー『イメージ―視覚とメディア』
- 1974|【美術と哲学】誰が「これは芸術だ」と決めるのか — ジョージ・ディッキーの制度論
- 1977|【美術と哲学】写真はなぜ現実の証拠に見えるのか — パースの記号論とロザリンド・クラウス
- 1978|西洋はなぜ東洋を特別な存在として描いてきたのか — エドワード・サイード『オリエンタリズム』
- 1978|【美術と哲学】絵画の「枠」はどこまで作品なのか — デリダ『絵画における真理』
- 1979|なぜ私たちは大きな物語を信じなくなったのか — リオタールとポストモダン
- 1980|【美術と哲学】ある写真が忘れられなくなるのはなぜか — バルト『明るい部屋』
- 1981|【美術と哲学】フランシス・ベーコンの絵画は何を伝えるのか — ドゥルーズ『感覚の論理』
- 1984|【美術と哲学】抽象絵画は目に見えないものを表せるのか — リオタールとバーネット・ニューマン
- 1990|「男らしさ」「女らしさ」はどう作られるのか — ジュディス・バトラーとジェンダー
- 1998–2004|【美術と哲学】人との関係そのものが芸術になるのか — 関係性の美学とその批判
- 2000年代|芸術は政治と無関係でいられるのか — ジャック・ランシエールの美学
- 2022–2026|【美術と哲学】AIが作った画像は芸術なのか — 創造性、作者、作品の価値
今後も記事の追加・改訂を重ねながら、哲学の歩みと美術とのつながりをより深くたどれるよう、内容を充実させてまいります。関心のある問いや思想家を入り口に、さまざまな時代の考え方に触れていただければ幸いです。