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Art Quiz

美術は、疑問から面白くなる。絵画の見方から、作家たちの不思議な行動まで。楽しく学べる1問1答。
気になった問いを入口に、美術の世界をめぐってみませんか?

1955–1975 | ポップアートの美術史クイズ!

Q. ポップアートって、どうして広告や缶詰が絵になるの?

ポップアートは、1950年代の英国で芽生え、1960年代にはアメリカでも大きく発展した美術の動向です。画家たちは、それまで美術館で扱われる機会の少なかった漫画、テレビ、広告、商品パッケージ、映画スターの写真などを、作品の題材として選びました。スーパーの棚や雑誌のページにある見慣れた画像が、絵画や彫刻として展示されるようになったのです。

大切なのは、題材を選んで美術の場に移すという行為です。例えばウォーホルがスープの缶を繰り返し描くと、誰もが知る商品が、色や形、反復を見つめる対象になります。同時に、私たちが広告や商品にどんな価値を与えているのかも浮かび上がります。「ポップ」は大衆的な文化に由来する言葉。身近なものを眺め直すことで、従来の美術の枠を押し広げました。(参照:MoMA|Pop art / スコットランド国立美術館|Pop Art)

Q. ポップアートは、アメリカで生まれたの?

ウォーホルやリキテンスタインが有名なので、ポップアートにはアメリカの印象が強くあります。その出発点の一つは1950年代のロンドンです。リチャード・ハミルトンやエドゥアルド・パオロッツィらは、映画、雑誌、広告、家電製品などに関心を寄せ、芸術と大衆文化の関係を考えていました。彼らが集まった「インディペンデント・グループ」は、こうした議論を進める場となりました。

1956年、ハミルトンは広告や写真を切り貼りし、家電や商品であふれた室内を描くコラージュ《一体何が今日の家庭をこれほど変え、魅力的にしているのか?》を制作しました。豊かな暮らしを約束する商品のイメージを一つの画面に集めた、初期ポップアートの象徴的な作品です。その後、アメリカでは商品とマスメディアを主題にした作品が広まり、英国とアメリカでそれぞれ異なる表現が発展しました。(参照:スコットランド国立美術館|Pop Art / Smarthistory|Richard Hamilton(1956年のコラージュ))

Q. ウォーホルは、なぜスープ缶を32枚も描いたの?

アンディ・ウォーホルの《キャンベル・スープ缶》(1962年)は、ほとんど同じ大きさのキャンバス32枚でできています。当時、キャンベル社が販売していたスープの種類に対応し、それぞれのラベルに書かれた味が違います。1962年の初展示では、スーパーの棚に商品を並べるように作品を見せました。ウォーホル自身、長年にわたってキャンベルのスープを昼食に食べていたと語っています。

同じ形の缶がずらりと並ぶ様子は、工場で作られ、店で大量に売られる商品の風景を思わせます。ここで意外なのは、32点が主に手で描かれていることです。ウォーホルは文字を投影してなぞるなどして、できるだけ似た画像を作りました。一枚ごとの違いを競う絵画から、同じものが反復される光景へ。ありふれた商品を使って、絵画の見方そのものを変えた作品です。(参照:MoMA|Andy Warhol, Campbell’s Soup Cans / MoMA|Serial & Singular: Andy Warhol’s Campbell’s Soup Cans)

Q. ウォーホルは、なぜ同じ画像を何度も印刷したの?

ウォーホルは1960年代初頭から、シルクスクリーンという印刷技法を絵画制作に積極的に用いました。細かな網目を通してインクを押し出す方法で、同じ写真の画像を何度も転写できます。写真をもとにした肖像や、新聞などに掲載された画像を反復する作品に向いていました。絵筆で一枚ずつ描く作業とは違う、商業印刷に近い制作方法です。

同じ版から刷っても、色を変えたり、インクの乗り方がずれたりすると、画像の表情は少しずつ変わります。ウォーホルはこうした違いも作品の中に残しました。何度も目にする広告やテレビの映像のように、一つの顔や出来事が繰り返し現れる感覚を絵画に持ち込んだのです。先ほどの《キャンベル・スープ缶》は主に手描きの作品で、マリリン・モンローの肖像などではシルクスクリーンが重要な役割を果たします。(参照:MoMA|Andy Warhol(作家解説) / MoMA|Andy Warhol, Gold Marilyn Monroe / MoMA|Andy Warhol, Campbell’s Soup Cans)

Q. ウォーホルは、なぜマリリン・モンローを描いたの?

ウォーホルは1962年、映画スターのマリリン・モンローが亡くなったあと、彼女の肖像を繰り返し制作しました。もとにしたのは映画《ナイアガラ》(1953年)の宣伝用写真です。《ゴールド・マリリン・モンロー》では金色に塗った大きな画面の中央に、鮮やかな色の顔をシルクスクリーンで刷っています。金色の背景は、宗教画の聖人像を思わせる効果も生みます。

多くの人が知っていたのは、映画や雑誌に登場するマリリンの姿でした。ウォーホルはその有名な写真を使い、華やかなスターのイメージがどのように作られ、広まるのかを見せています。彼女の死の直後に制作されたことも、作品の印象を複雑にしています。まぶしい色彩の奥には、人気者として消費されるイメージと、生身の人間のはかなさの両方が感じられます。(参照:MoMA|Andy Warhol, Gold Marilyn Monroe / MoMA|Andy Warhol(作家解説))

Q. リキテンスタインは、なぜ漫画の一コマを大きな絵にしたの?

ロイ・リキテンスタインは、漫画や広告の印刷画像を大きなキャンバスに描きました。1963年の《溺れる少女》は、恋愛漫画《シークレット・ハーツ》の一場面をもとにしています。絵の中では、波に囲まれた女性が大きく描かれ、短いせりふが吹き出しに入っています。何気なく読み過ごされる漫画の一場面を切り取り、美術館でじっくり見る絵画に変えたのです。

リキテンスタインは、もとの絵を拡大する際に人物や背景を整理し、せりふも変更しました。その結果、女性の表情や波の形、文字の配置が、一枚の絵として強く目に入ります。大画面にすることで、漫画を構成している線や色の単純さも際立ちます。普段は物語の流れの中で見る画像を、独立した絵画として見ると、どこまでが漫画の表現で、どこからが美術なのかという問いが生まれます。(参照:MoMA|Roy Lichtenstein, Drowning Girl / MoMA|Pop art)

Q. リキテンスタインの絵には、なぜ小さな点が並んでいるの?

リキテンスタインの絵に並ぶ細かな点は、かつての漫画や新聞のカラー印刷で使われた「ベンデー・ドット」を手本にしています。小さな点を一定の間隔で並べると、離れて見たときに色や濃淡があるように感じられます。リキテンスタインは、この印刷の仕組みを絵画の中に大きく描き出しました。点を拡大することで、普段は意識しない印刷の構造まで見えてきます。

1961年の《Look Mickey》では、漫画の登場人物の顔などに点が使われています。ワシントン・ナショナル・ギャラリーの解説によると、制作初期には硬い毛のブラシを使って点をつけ、のちにさらに精度の高い方法を発展させました。機械で印刷されたように見える画面が、絵筆などの道具を使う作業から生まれているのも面白いところです。印刷の見え方そのものが、作品の主題になっています。(参照:ワシントン・ナショナル・ギャラリー|Roy Lichtenstein, Look Mickey / MoMA|Roy Lichtenstein, Girl with Ball)

Q. 漫画の絵を借りることは、盗作だと批判されなかったの?

リキテンスタインの作品は、実際に漫画を描いた人の表現を利用していることから、原作者との関係が議論されてきました。《溺れる少女》は、漫画家トニー・アブルッツォが描いた1962年の漫画をもとにしています。リキテンスタインは構図を切り取り、人物を省き、せりふを変えるなどの操作を加えました。元の絵と完成した絵を比べると、共通点と変更点の両方が見つかります。

美術史では、このように既存の画像を取り入れる手法を「流用」や「アプロプリエーション」と呼びます。作者は誰なのか、既存の表現に手を加えることをどう評価するのかという問題を考えるきっかけになりました。MoMAの作品解説も、《溺れる少女》と原作の違いや、作者性をめぐる議論を紹介しています。ポップアートの作品は、見た目の楽しさとともに、画像を使うことの責任にも目を向けさせます。(参照:MoMA|Roy Lichtenstein, Drowning Girl / MoMA|Pop art)

Q. オルデンバーグは、なぜ巨大なハンバーガーを作ったの?

クレス・オルデンバーグは、食べ物や日用品を大きくした彫刻で知られています。1962年の《フロア・バーガー》は、床に置かれた巨大なハンバーガーです。金属や石の硬い彫刻とは違い、布を縫い合わせ、中に詰め物をした柔らかな立体として作られています。オルデンバーグは当時の妻パティ・ムチャと協力し、巨大なケーキやアイスクリームなども制作しました。

誰もが知る食べ物も、人の身体ほどの大きさになると、急に不思議な存在に見えてきます。重そうなのに柔らかく、食べ物なのに触れたくなる彫刻です。オルデンバーグは、身近な物を拡大し、素材を変えることで、物の形と私たちの身体感覚の関係を揺さぶりました。広告や店先で目にする商品が、見る人を驚かせる彫刻へ変わるところに、ポップアートならではのユーモアがあります。(参照:MoMA|Claes Oldenburg: The Street and The Store / MoMA|Conservation of Floor Cake)

Q. 美術作品を売るために、本物の「店」を開いた作家もいたの?

オルデンバーグは1961年、ニューヨークのロウアー・イースト・サイドに《ザ・ストア》という店を開きました。店内に並んだのは、服、食べ物、雑貨などをかたどった立体作品です。石膏を使って作られた商品そっくりの物が、実際に値札を付けて売られていました。街の商店にあるような品物と、ギャラリーで売られる美術作品が、同じ空間に置かれたのです。

《ザ・ストア》は、商品を買う場所をそのまま美術の実験の場にした試みでした。作品を店頭で販売する行為まで含めて、芸術と商売の関係を考えさせます。オルデンバーグはポスターや案内状も制作し、宣伝という商業の仕組みを表現に取り込みました。美術館の静かな展示室で見る彫刻とは異なる雰囲気を想像すると、ポップアートが当時の街の暮らしとどれほど密接につながっていたかがわかります。(参照:MoMA|Claes Oldenburg, Store Poster / MoMA|Claes Oldenburg: The Street and The Store)

Q. ポップアートは、消費社会をほめていたの?

ポップアートには、広告や商品の鮮やかな色、映画スターの華やかな顔が次々と登場します。そこには大量生産や大衆文化への好奇心と、身近なイメージを作品にする楽しさがあります。同時に、私たちが商品を欲しがる理由や、メディアが何を魅力的に見せているかを考える視点も含まれています。英国のハミルトンによる1956年のコラージュも、商品で埋め尽くされた暮らしを象徴的に示しました。

ジェームズ・ローゼンクイストの《F-111》(1964〜65年)では、戦闘爆撃機の姿が食品やタイヤなどの広告的な画像と重なっています。鮮やかな色彩の中に、ベトナム戦争をめぐる時代の不安が入り込む作品です。商品への親しみや憧れと、消費社会への批評は、一つの画面に同居することがあります。作家ごとの作品を見比べると、ポップアートの明るい見た目から多様な問いが浮かび上がってきます。(参照:MoMA|James Rosenquist, F-111 / Smarthistory|Richard Hamilton(1956年のコラージュ) / MoMA|Pop art)

Q. ポップアートで活躍した女性作家には、どんな人がいたの?

ポップアートには、女性の作家も数多く参加していました。例えばマリソルは、身近な品物や人体の表現を組み合わせたユーモラスな立体作品を制作しました。1962年の《Love》には、石膏とコカ・コーラの瓶が使われています。ポップアートの題材になった商品や広告は、女性の身体や家庭のイメージとも深く関わっていました。女性作家たちは、そこから独自の表現を生み出しています。

ロザリン・ドレクスラーは映画のポスターや雑誌、新聞の画像を拡大し、絵画に貼り込む作品を制作しました。《Hold Your Fire》(1966年)には、機械を操作する男性のような姿が登場し、映写機にも武器にも見える曖昧さがあります。英国ではポーリーン・ボティが映画スターや女性の表象を題材に制作しました。著名な男性作家と並べて彼女たちを見ると、ポップアートが扱った大衆文化の姿がさらに広がります。(参照:MoMA|Marisol, Love / MoMA|Rosalyn Drexler, Hold Your Fire / Tate|Pauline Boty(作家紹介))

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