紀元前3200–2300
青銅器時代のエーゲ海諸島
キクラデス文化の大理石人物像
エーゲ海に浮かぶキクラデス諸島は、乾燥した斜面と小さな谷、岩の多い海岸が続く島々です。紀元前4千年紀の終わりから紀元前3千年紀にかけて、人々は麦や豆を栽培し、羊や山羊を飼い、漁労や島と島を結ぶ航海を営んでいました。ナクソス島やパロス島には大理石が産し、ミロス島には鋭い刃物になる黒曜石がありました。こうした石材は島の暮らしを支える道具にも、人や動物をかたどる造形にも利用されました。
紀元前3200〜2300年頃の初期青銅器時代、キクラデス諸島では白い大理石を彫った人物像が数多く作られました。初めは輪郭を極端に簡略化した小像が目立ち、やがて胸の下で腕を組み、顔を少し上に向けた人物像が広がります。竪琴を弾く人物や杯を持つ人物、薄い大理石をくり抜いた容器、船を刻んだ土器なども残されました。
現在の美術館では、人物像の白い表面や簡潔な形が印象に残ります。実際には、目や髪、身体の模様を赤や青で描いた作品もありました。墓から見つかった像がある一方、ケロス島では壊された彫刻や容器が集められていました。形や制作方法については多くのことが分かっていますが、誰が何のために作り、どのように使ったのかをめぐっては研究が続いています。
CONTENTS
島々の暮らしと大理石の文化
海に分かれた島々と初期青銅器時代
ナクソス、パロス、アモルゴス、シロス、ケロスなどの島々は、海で隔てられながらも舟で行き来できる距離にあります。紀元前3200〜2300年頃には、島ごとの集落と墓地で大理石製品、土器、銅器、黒曜石の刃物が使われていました。「初期キクラデス文化」という呼び名は、そうした複数の島に残る遺物と埋葬習慣を考古学者がまとめた名称です。
この時代は大きく初期キクラデスI期とII期などに分けられます。紀元前3200〜2700年頃には簡略化した人物像や頸の長い石製容器が多く、紀元前2700〜2400/2300年頃には腕を組む人物像が盛んに作られました。形の変化は墓地や集落の出土品を比較して整理されており、すべての島が同じ順序で同じ品物を使ったわけではありません。(参照:メトロポリタン美術館|初期キクラデス美術と文化、キクラデス美術館|人物表現の変化)
大理石と黒曜石を使い分ける技術
島の石材のうち、大理石は人物の輪郭や容器の曲面を削り出すのに適した素材でした。硬い石を打ち当てて大まかな形にし、石粉で磨くことで、細い腕や膝の線も表せます。ミロス島で採れる黒曜石は割ると鋭い縁ができ、細部を刻む刃物や農作業の道具に使われました。
黒曜石の産地分析では、キクラデス諸島の遺跡で使われた石材が島を越えて運ばれたことが確認されています。石材が動いた事実から海上の交流は分かりますが、誰がどの経路を航海し、どのように交換したかには複数の可能性があります。(参照:キクラデス美術館|石材加工の道具、考古科学誌(2025)|ケロスの黒曜石加工と島嶼間交流)
簡略化された最初期の人物像
輪郭で女性の身体を表したヴァイオリン形小像
紀元前3200〜2700年頃の人物像には、細長い首と肩、左右に広がる胴と腰を、厚みの薄い大理石の輪郭だけで表した作品があります。その形から「ヴァイオリン形」と呼ばれます。メトロポリタン美術館の高さ11.5センチの像(L.2022.38.39)には、肩幅よりやや狭い腰と長い首があり、乳房や顔の細部は刻まれていません。
同館の高さ25.5センチの例(L.2022.38.62)では、胸と骨盤の境に浅い線を入れ、下腹部には平行な刻線と三角形に近い線が見られます。線を出産後の身体や腰に巻いた帯と読む解釈もありますが、何を表したのかは特定されていません。(参照:メトロポリタン美術館|ヴァイオリン形人物像・作品番号L.2022.38.39、メトロポリタン美術館|ヴァイオリン形人物像・作品番号L.2022.38.62)
身体の細部を残したプラスティラス型
同じ初期キクラデスI期には、頭、肩、腕、脚を別々の部分として彫り分けた人物像もありました。「プラスティラス型」はパロス島の墓地に由来する分類名です。輪郭をまとめたヴァイオリン形に対して、首や腕の厚みを残し、胴と脚のつながりを具体的に表します。
これらは、抽象的な形から写実的な形へ一方向に進んだ証拠ではありません。簡略化した人物像と、人体の各部分を彫り込んだ像が同じ時期に存在しました。ヴァイオリン形では指も膝も刻まれていませんが、プラスティラス型では腕を胴から分け、脚の形を彫り込んでいます。(参照:キクラデス美術館|人物表現の変化)
紀元前2800〜2700年頃の形の試行
初期キクラデスI期からII期に移る頃には、肩を横に張り出させながら首と脚を長くするなど、前後の型の特徴を組み合わせた人物像が作られました。ナクソス島のルロス墓地にちなむ「ルロス型」などが知られています。
考古学上の型は、作品の外形、腕の位置、脚の彫り方などを比べて整理するためのものです。ひとつの形が突然消えて次の形だけになったという意味ではなく、制作の慣習が重なり合う時期がありました。(参照:キクラデス美術館|人物表現の変化)
腕を組んだ大理石人物像
わずかに反らせた頭と胸の下の腕
紀元前2700〜2400/2300年頃の人物像に多いのは、裸の身体の前で両腕を折り、胸の下に重ねた形式です。多くの例では左腕が右腕の上に置かれ、鼻が顔面から高く突き出し、胸や恥骨付近を刻線で表します。膝は少し曲がり、足先は下方へ伸びています。こうした共通した形から「腕組み形人物像」と呼ばれます。
足の角度から、像を立てるのではなく横たえた姿勢を表したという解釈があります。人物像の大きさは小型のものから1メートルを超えるものまであり、同じ形式でも身体の比率や細部の表し方には違いが見られます。(参照:キクラデス美術館|人物表現の変化、キクラデス美術館|初期青銅器時代の作品案内)
カプサラ型の小像に残る顔の彩色
メトロポリタン美術館の高さ18.4センチの女性像(L.2022.38.61)は、紀元前2700〜2500年頃のカプサラ型に分類されます。頭を後ろへ反らし、長い鼻を浮き上がらせ、細い腕を胸の下で組んでいます。丸みのある乳房に対して胴は細く、膝から下の脚はふくらみを持たせて彫られました。
顔には目を描いた位置がうっすらと残り、頬と首には赤い顔料の一種である辰砂が確認されています。腹部のふくらみを妊娠の表現と見ることもありますが、妊娠した人物を表すと確定した資料ではありません。(参照:メトロポリタン美術館|カプサラ型人物像・作品番号L.2022.38.61)
スペドス型の高さ86.5センチの女性像
紀元前2700〜2400/2300年頃のスペドス型人物像には、手のひらほどの小像だけでなく大型作品もあります。メトロポリタン美術館の像(L.2022.38.22)は高さ86.5センチ、幅21センチ。肩から腰へ続く平たい胴に、乳房、指、恥骨部の刻線が加えられ、両脚は膝を境に少し後ろへ曲げられています。背面には背骨にあたる縦の溝も彫られました。
この像には眉と目の形が表面に残り、当初の塗装によって保護された部分が周囲と違う状態で保存されています。額には別の目のような痕跡もあり、顔が後に描き直された可能性が議論されています。顔や身体の細部をすべて彫るのではなく、彫刻と彩色を組み合わせた例です。(参照:メトロポリタン美術館|スペドス型大型人物像・作品番号L.2022.38.22)
角ばったドカティスマタ型と末期の変化
アモルゴス島の墓地名に由来するドカティスマタ型では、広い肩から細い腰へ続く胴、角ばった輪郭、長い首が目立ちます。ナクソス島のスペドス型に見られる柔らかな曲線と比べると、肩や頭の外形を直線的に整える例が多くなります。
紀元前2400〜2300年頃には、腕の重ね方や頭の表し方が従来の慣習から外れる像も現れます。人物像の種類が減り、制作数も変化していきました。分類名は制作地や作者を確定するものではなく、発見地にちなんで特徴の似た作品を集めた名称です。(参照:キクラデス美術館|人物表現の変化)
大理石を彫り、顔と身体を彩る
未完成品と工具が教える制作工程
イオス島スカルコスの工房区域からは、完成した小像と未完成品、金剛砂などの石製工具、軽石、顔料が発見されています。人物像を作るには、大理石に輪郭を描き、不要な部分を硬い石で打ち落とし、表面を研磨し、鼻や指、脚の線を刻んで仕上げました。
キクラデス美術館が紹介する実験的な再現では、高さ25センチほどの小像を硬い石の工具で彫るのに20〜30時間程度かかると推定されています。これは再現実験による目安で、古代の職人が実際に同じ時間で制作したという直接の記録はありません。大型像や複雑な容器では、さらに異なる工程が必要だったと考えられます。(参照:キクラデス美術館|人物像の製作工程)
白い像に描かれていた赤い目と青い模様
現在は白く見える人物像の多くにも、当初は色が施されていました。目、眉、髪、装身具、恥骨部、身体の模様などを、赤や青の顔料で描いた痕跡があります。青には銅鉱物の藍銅鉱、赤には辰砂や赤鉄鉱が用いられました。
エリザベス・ヘンドリックスは2024年、メトロポリタン美術館で展示されたレナード・スターン・コレクションの人物像95点とその断片を再調査し、30点に明瞭な彩色の証拠、さらに24点に彩色の可能性があると報告しました。白い大理石の輪郭だけを見て当時の姿を復元すると、顔の表情や身体の装飾を見落とすことになります。(参照:エリザベス・ヘンドリックス(2024)|初期キクラデス人物像の彩色)
彩色の痕跡と現代の修復を見分ける
長い年月の間に顔料そのものが失われても、塗装されていた部分だけ風化の進み方が異なる場合があります。研究者はその明暗や細かな凹凸を観察し、目や髪が描かれていた位置を調べています。大理石に残るこうした痕跡は、目に見える顔料の粒と合わせて検討されます。
一方で、近現代に補った絵の具や接着剤、表面を磨き直した跡が古い像に重なることもあります。メトロポリタン美術館では顕微鏡観察、X線、顔料の成分分析などを組み合わせ、古代の彩色と後の修理・補彩を区別する調査を進めています。(参照:メトロポリタン美術館|キクラデス美術品の科学調査、エリザベス・ヘンドリックス(2024)|初期キクラデス人物像の彩色)
楽器を演奏し、杯を掲げる人物像
腰掛けて竪琴を弾く男性像
少数ながら、人物が何かをする場面も大理石で表されました。J・ポール・ゲティ美術館の《竪琴奏者》(85.AA.103)は紀元前2700〜2300年頃の作品で、高さ35.8センチ、幅9.5センチ、奥行28.1センチあります。男性は腰掛けた姿勢で、前方に立てた竪琴の枠を腕で抱え、細い脚と楽器の輪郭が空間を囲むように彫られています。
この像には目や髪を彩色した痕跡も確認されています。竪琴の音色や演奏の場面を直接知ることはできませんが、楽器の形と演奏者の姿勢が同じ石から彫り出されているため、弦楽器が当時の人々に知られていたことが分かります。(参照:J・ポール・ゲティ美術館|男性の竪琴奏者、J・ポール・ゲティ美術館(1986)|初期キクラデスの竪琴奏者)
腰掛けたまま杯を差し出す人物
アテネのキクラデス美術館には、腰掛けて杯を持ち上げる人物像(ΝΓ0286)が収蔵されています。人物と腰掛けは一つの大理石から彫られ、右手には小さな杯が握られています。日常の飲酒、宴席、あるいは液体を神などに捧げる行為を表すという読み方があります。
美術館はこの形式を珍しい座像と紹介し、完全な状態で残る同種の例として扱っています。人物の性別を直接示す特徴は明瞭ではなく、従来は動作を伴う人物という理由から男性像と解釈されてきました。何の場面を再現したのかは確定していません。(参照:キクラデス美術館|杯を掲げる人物像、キクラデス美術館|杯を掲げる人物像・収蔵資料)
大理石の容器と船を刻んだ土器
吊るす穴を備えた大理石製の頸付き容器
人物像と同じ大理石は容器にも加工されました。メトロポリタン美術館の紀元前3200〜2700年頃の頸付き容器(L.2022.38.36)は、高さ27センチ。丸い胴から細い頸と高い脚が伸び、胴には四つの穴をあけた突起が付いています。頸の口縁は薄く削られ、外面には磨いた曲面が続きます。
現代では形が教会の吊りランプに似ていることから「カンディラ」と呼ばれます。穴に紐を通して吊るした可能性はありますが、大型で重い例は液体を満たして持ち運ぶには不便です。墓から出土した例があり、具体的な用途には議論が残ります。(参照:メトロポリタン美術館|大理石製脚付き容器・作品番号L.2022.38.36、キクラデス美術館|大理石の頸付き容器)
16羽の鳥を一つの石に彫り込んだ皿
《鳥の皿》(キクラデス美術館、ΝΓ0329)は、紀元前2700〜2400/2300年頃の大理石製品です。高さ5.1センチ、幅39センチ、長さ41.5センチの浅い皿に、16羽の小鳥が一直線に並びます。小鳥は皿の上に別々に載せたものではなく、容器と同じ一塊の大理石から彫り残されています。
鳥は一般にハトと解釈されています。皿の中央を横切る列があるため、液体や食物を入れる実用容器としては使いにくい形です。ケロス島のカヴォス周辺からは同種の破片が見つかっており、儀礼的な行為との関係が考えられていますが、実際の使い方は分かっていません。(参照:キクラデス美術館|《鳥の皿》収蔵情報、キクラデス美術館|16羽の鳥を彫った大理石皿)
船と渦巻きが刻まれたフライパン形土器
シロス島ハランドリアニの174号墓から見つかった土器(アテネ国立考古学博物館、Π4974)は、幅の広い円形の器に短い柄が付いた形から「フライパン形」と呼ばれます。口径28.2センチ、柄を含む長さ32センチで、器の底面には波を思わせる刻線と船が描かれています。博物館の解説によると、船には28本の櫂が表されています。
この種の器には、渦巻き、三角形、刻んだ同心円などを密に配した例もあります。メトロポリタン美術館の器(L.2022.38.160)は赤い粘土製で、裏面に刻んだ模様へ白い土質の材料を詰めた痕跡が確認できます。「フライパン」という名称は形を表した呼び名で、火にかけて調理した証拠を示すものではありません。(参照:アテネ国立考古学博物館|船を刻んだフライパン形土器、メトロポリタン美術館|フライパン形土器・作品番号L.2022.38.160)
ケロス島に集められた壊れた彫刻
カヴォスで発見された大量の破片
ケロス島のカヴォスでは、人物像と大理石容器の破片が集中的に見つかりました。1987年の調査に続き、コリン・レンフルーらによる2006〜2008年の発掘では、盗掘を受けていない南側の埋納地点が調査され、人物像、器、土器の破片が浅い穴にまとまって置かれていました。
破片の多くは古い段階で壊れており、同じ像に由来する破片同士がほとんど接合しません。現場で砕いたと考えられる石くずも乏しいことから、別の場所で壊れたものが持ち込まれたと推定されています。儀礼的な埋納とみる解釈は、この破損と運搬の証拠に基づいています。(参照:ケンブリッジ大学|ケロス島発掘2006〜2008年、レンフルーほか(2013)|ケロス島カヴォス・ダスカリオ発掘報告)
ケロスとダスカリオの集会と建築
カヴォスの対岸にあるダスカリオには、石造の壁や階段、段状に整えられた建物の跡が残ります。海面が現在より低かった初期青銅器時代にはケロス側と陸続きで、近くのナクソス島などから運ばれた石材を建築に使っていました。
2016〜2018年の発掘では、銅を扱った炉や金属加工の痕跡も確認されました。人々が集まる場所だったという見方は、大量の持ち込み品や大きな建築、金属加工の存在に支えられていますが、そこに暮らした人の数や集会の具体的な目的までは確定していません。(参照:英国アテネ考古学研究所|ダスカリオ2018年発掘、ケンブリッジ大学|ケロス島発掘2006〜2008年)
特殊な埋納から分かることと分からないこと
レンフルーらは2013年の発掘報告とその後の刊行物で、カヴォスを広い島々から品物が持ち込まれる共同の儀礼の場として論じました。墓に副葬する場合とは異なり、破損した人物像や器を集中して埋める行為が繰り返されています。
一方、壊すことがどのような意味を持ったのか、像が最初にどの場所で使われていたのかは、出土品だけでは分かりません。2025年のケロスの黒曜石研究では、搬入された石材を加工する活動や広域のつながりも示され、彫刻の埋納と日常的な生産活動を同じ場所の歴史として捉える必要が生まれています。(参照:レンフルーほか(2018)|カヴォス出土の大理石製品と儀礼の考古学、考古科学誌(2025)|ケロスの黒曜石加工と島嶼間交流)
人物像の意味と出土状況をめぐる研究
墓の副葬品か、豊穣を願う像か
キクラデス人物像の多くは墓から見つかっています。女性の乳房、恥骨部、腹部を強調した形から、豊穣や母性と関係する女神像と読む説が広く知られています。亡くなった人を表す像、先祖や保護者を示す像、儀礼に参加する人物の姿など、ほかの解釈も提案されてきました。
キクラデス美術館の研究解説も、豊穣を示す可能性を指摘する一方で、それが何の儀礼や行為に結びついたかは未解決としています。すべての墓に人物像が入れられたわけではなく、集落からの出土例やケロス島の特殊な埋納もあります。用途を一つに限定できない理由は、この出土状況の違いにあります。(参照:キクラデス美術館|人物像の用途と解釈)
盗掘が失わせた作品の来歴
キクラデスの人物像は20世紀に美術市場で高く評価され、1950〜60年代以降、多くの墓地が盗掘されました。どの島のどの墓から、どのような土器や道具と一緒に見つかったのかが記録されず、研究に必要な情報が失われた例が少なくありません。キクラデス美術館は、知られている人物像のうち系統的な発掘で回収されたものは約4割と説明しています。
さらに、クリストス・ツィロギアンニス、デイヴィッド・ギル、クリストファー・チピンデールの2022年の研究は、1980〜90年代に制作された贋作とその流通経路を検討しました。美術館にある白い人物像を一律に古代の原形とみなせない理由には、出土情報の欠落と、現代の補作・贋作を見分ける課題の両方があります。(参照:キクラデス美術館|人物像の用途と解釈、ツィロギアンニスほか(2022)|キクラデス人物像の贋作と違法取引)
美術館の白い像と古代の実際の姿
初期キクラデスの人物像は、近代以降、その輪郭の簡潔さから抽象彫刻に近い印象で鑑賞されてきました。しかし、顔の彩色、傷んだ部分の修復、現代に行われた接合の違いは、個々の作品で確認する必要があります。
メトロポリタン美術館の一つの大型女性像(L.2022.38.9)では、首と膝で接合された部分の石材組織が胴体と異なることなどから、頭部と脚部が現代に補われた可能性が高いと報告されました。白い大理石の美しさに加え、どの部分が古代に作られたのかまで検討することが、現存する作品を理解するために欠かせません。(参照:メトロポリタン美術館|現代の補作が疑われる人物像・作品番号L.2022.38.9、メトロポリタン美術館|キクラデス美術品の科学調査)
略年表
- 紀元前3200年頃|初期キクラデスI期が始まり、ヴァイオリン形人物像や脚付き大理石容器が作られる。
- 紀元前3000年頃|島々の墓地で大理石小像、石製容器、黒曜石製品が副葬される。
- 紀元前2800〜2700年頃|ルロス型など、人物像の形が多様化する。
- 紀元前2700年頃|腕組み形の人物像が広がり、カプサラ型やスペドス型が作られる。
- 紀元前2700〜2400年頃|シロス島のフライパン形土器、鳥を彫った皿、音楽家の人物像などが作られる。
- 紀元前2700〜2400年頃|ケロス島カヴォスに壊れた人物像や容器が埋納される。
- 紀元前2500年頃|ダスカリオで石造建築や金属加工が発達する。
- 紀元前2400〜2300年頃|腕組み形人物像の形式が変化し、従来型の制作は衰えていく。
まとめ
キクラデス諸島に残る大理石人物像には、輪郭だけで身体を表した小さな像から、腕を組み、膝を曲げた姿を彫った大型像まで、さまざまな形があります。人物の輪郭を削り出す工程や、目と髪に赤や青の色を加えた痕跡は、実物の分析と制作実験によって具体的に分かってきました。竪琴奏者や鳥を彫った皿、船を刻んだ土器にも、当時の人々が使った道具や表現の技術が残されています。
人物像の多くが墓に納められた一方、ケロス島では壊された人物像や容器が持ち込まれ、まとめて埋められていました。女性像を豊穣や女神と結びつける解釈はありますが、同じ意味や用途がすべての人物像に当てはまるかは分かりません。盗掘によって発見場所の情報が失われた作品も多く、近代の補作や贋作の問題も研究を難しくしています。出土状況と彩色の分析、ケロスで続く考古学調査を通じて、人物像がどこで使われ、何を表していたのかが現在も調べられています。
参考資料・出典
- メトロポリタン美術館|初期キクラデス美術と文化
- キクラデス美術館|人物表現の変化
- メトロポリタン美術館|ヴァイオリン形人物像・作品番号L.2022.38.62
- メトロポリタン美術館|ヴァイオリン形人物像・作品番号L.2022.38.39
- メトロポリタン美術館|カプサラ型人物像・作品番号L.2022.38.61
- メトロポリタン美術館|スペドス型大型人物像・作品番号L.2022.38.22
- エリザベス・ヘンドリックス(2024)|初期キクラデス人物像の彩色
- キクラデス美術館|人物像の製作工程
- キクラデス美術館|石材加工の道具
- J・ポール・ゲティ美術館|男性の竪琴奏者
- J・ポール・ゲティ美術館(1986)|初期キクラデスの竪琴奏者
- キクラデス美術館|杯を掲げる人物像
- キクラデス美術館|杯を掲げる人物像・収蔵資料
- メトロポリタン美術館|大理石製脚付き容器・作品番号L.2022.38.36
- キクラデス美術館|大理石の頸付き容器
- キクラデス美術館|16羽の鳥を彫った大理石皿
- キクラデス美術館|《鳥の皿》収蔵情報
- アテネ国立考古学博物館|船を刻んだフライパン形土器
- メトロポリタン美術館|フライパン形土器・作品番号L.2022.38.160
- ケンブリッジ大学|ケロス島発掘2006〜2008年
- レンフルーほか(2013)|ケロス島カヴォス・ダスカリオ発掘報告
- レンフルーほか(2018)|カヴォス出土の大理石製品と儀礼の考古学
- 英国アテネ考古学研究所|ダスカリオ2018年発掘
- 考古科学誌(2025)|ケロスの黒曜石加工と島嶼間交流
- キクラデス美術館|人物像の用途と解釈
- ツィロギアンニスほか(2022)|キクラデス人物像の贋作と違法取引
- メトロポリタン美術館|キクラデス美術品の科学調査
- メトロポリタン美術館|現代の補作が疑われる人物像・作品番号L.2022.38.9
- キクラデス美術館|初期青銅器時代の作品案内