哲学史 | 新たに17本の記事を追加しました
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このたび、哲学史カテゴリに新たに17本の記事を追加いたしました。今回は、19世紀後半から20世紀半ばにかけての思想を中心に、ニーチェ、ベルクソン、フロイト、フッサール、ハイデガー、サルトルらを取り上げています。人間の意識や時間、言葉、存在をめぐる問いに加え、デュシャンやカンディンスキー、シュルレアリスムなど、哲学と美術が交わるテーマも紹介しています。
追加した記事は以下のとおりです。
- 1872|人間はなぜ悲劇を必要とするのか — ニーチェ『悲劇の誕生』
- 1878|言葉や画像はどうやって意味を伝えるのか — パースと記号論
- 1882–1887|ニーチェの「神は死んだ」とはどういう意味か — 近代社会と価値の危機
- 1889–1907|楽しい時間はなぜ短く感じるのか — ベルクソンと時間の哲学
- 1900|自分の心を、自分はどこまで理解しているのか — フロイト『夢判断』
- 1900–1913|私たちは物事を本当にそのまま見ているのか — フッサールと現象学の成立
- 1908–1912|【美術と哲学】抽象絵画は何を表そうとしたのか — ヴォリンガー、カンディンスキーと精神性
- 1917|【美術と哲学】便器を展示したら芸術になるのか — デュシャン《泉》が生んだ問い
- 1921|言葉で説明できないことは存在しないのか — ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』
- 1924|【美術と哲学】夢や無意識はどうして絵画になったのか — フロイトとシュルレアリスム
- 1927|「存在する」とはどういうことなのか — ハイデガー『存在と時間』
- 1934|【美術と哲学】芸術は美術館の外にも存在するのか — デューイ『経験としての芸術』
- 1935–1936|【美術と哲学】ゴッホの靴の絵は何を語るのか — ハイデガー「芸術作品の根源」
- 1936|【美術と哲学】写真や映画は芸術の価値を変えたのか — ベンヤミンと複製技術
- 1943|人生には最初から意味があるのか — サルトルと実存主義
- 1945|私たちは身体を通して世界をどう経験するのか — メルロ=ポンティ『知覚の現象学』
- 1945|【美術と哲学】セザンヌは何を描こうとしていたのか — メルロ=ポンティ「セザンヌの懐疑」
今後も記事の追加・改訂を重ねながら、哲学の歩みと美術とのつながりをより深くたどれるよう、内容を充実させてまいります。関心のある問いや思想家を入り口に、さまざまな時代の考え方に触れていただければ幸いです。