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紀元前約4万年

まだ文字もない時代に、人は何を彫っていたの?

手のひらにのる小さなマンモス。人間のように立つ、ライオンの顔をした生き物。これらは最近作られた置物ではありません。今からおよそ4万年前の人々が、マンモスの牙を削って生み出した彫刻です。

舞台は、現在のドイツ南部。寒さの厳しい氷期に、狩りや採集をしながら暮らしていた人々には、まだ文字がありませんでした。言葉を書き残せなくても、動物の輪郭や人間の体を、手で触れられる形にすることはできました。いったい何を彫り、何を残そうとしたのでしょうか。

手のひらにのる、マンモスと馬

今のドイツ南部にあるフォーゲルヘルト洞窟からは、手のひらにのるほど小さな動物の彫刻が見つかっています。材料は、氷期に生きていた巨大なゾウの仲間、マンモスの牙です。白く硬い牙を削り、動物の体を立体的に作っていました。

マンモスの像は長さ約5センチ。丸く盛り上がった背中、重そうな頭、耳や目まで表されています。鼻の一部や後ろ脚の一部は失われていますが、体には小さな十字の刻み目が並びます。1931年に見つかったこの像は、実際にいた動物を、細部まで観察して彫ったことを伝えています。先史・氷期美術博物館でマンモスの像を見る。

同じ洞窟で見つかった馬の像は、長さ約4.8センチ。背中から頭にかけての形が滑らかで、表面には磨かれた部分や小さな刻み目があります。テュービンゲン大学博物館で馬の像を見ると、牙のかけらから動物の輪郭を少しずつ浮かび上がらせたような、丁寧な仕事が分かります。現在のドイツ南部にあたる地域では、マンモスや馬のほか、ライオンなどの像も作られていました。(参照:先史・氷期美術博物館|フォーゲルヘルト洞窟のマンモス像・テュービンゲン大学博物館|フォーゲルヘルト洞窟の馬の彫刻・ユネスコ世界遺産センター|シュヴァーベン・ジュラの洞窟と氷期の美術)

頭の代わりに輪がある、女性の小さな像

動物だけでなく、人間の体も彫られていました。ホーレ・フェルス洞窟で2008年に見つかった女性の像は、高さ約6センチ。大きく表された胸と腰、短い腕、体に刻まれた何本もの線が特徴です。土の中で割れていた六つの破片をつなぎ合わせることで、元の姿が分かりました。先史・氷期美術博物館で女性像を見ると、わずかな大きさの中に細かな加工があることを確かめられます。

この像には、頭の代わりに小さな輪のような部分があります。何かを通して身につけた可能性が考えられていますが、誰が、どんな場面で使ったのかは分かっていません。古代ローマの女神の名を借りて「ホーレ・フェルスのヴィーナス」と呼ばれています。この呼び名は現代に付けられたもので、当時の人々の呼び方は分かっていません。

考古学者ニコラス・コナードは2009年、発見と年代について学術誌に発表し、少なくとも約3万5千年前には作られていたと報告しました。女性の体の特徴をこれほど強調した理由にはさまざまな解釈があり、今も答えは一つに決まっていません。(参照:先史・氷期美術博物館|ホーレ・フェルスの女性像・コナード(2009年)|ホーレ・フェルスの女性像の発見と年代(『ネイチャー』誌))

ライオンの頭と人間の体が、一つになった

もっと不思議な彫刻もあります。ホーレンシュタイン=シュターデル洞窟で見つかった《ライオンマン》です。高さは約31センチと、先ほどの動物像よりずっと大きく、すらりと立つ体には人間のような脚があり、頭にはライオンの耳や長い口先が付いています。1939年に破片として発見され、後の修復によって現在の姿へと組み立てられました。

マンモスや馬は当時の人々が実際に見た動物ですが、ライオンの頭を持つ人間は自然界には存在しません。作った人は、知っている二つの生き物を組み合わせ、新しい姿を生み出しました。ウルム博物館の《ライオンマン》を見ると、直立した姿勢と動物の顔が不思議な一体感を持っていることが分かります。

この像を信仰や物語に結びつけて考える研究者もいます。当時の言葉や説明文は残っていないため、誰を表したのかは確かめられません。それでも、人々が現実にいる動物だけでなく、頭の中で思い描いた存在も彫刻にしていたことは、この形そのものから読み取れます。(参照:ウルム博物館|《ライオンマン》と考古学コレクション・英国博物館の研究者による解説|《ライオンマン》の造形と用途)

硬いマンモスの牙を、どうやって削ったの?

これらの彫刻は、絵の具で色を塗るのとは違い、固い材料を少しずつ取り除いて作ります。マンモスの牙には厚みがあり、細い脚や耳を彫り出すには、削る場所を考えながら進めなければなりません。当時の人々は石で作った刃物などを使い、表面を削ったり、溝を刻んだりして形を整えていました。

その作業がどれほど大変だったのかを知るため、現代の制作者が当時に近い道具で《ライオンマン》の複製を作ったことがあります。大英博物館の研究者ジル・クックが紹介した実験では、完成までにおよそ400時間かかりました。これは当時の作者の実際の作業時間を測った数字ではありませんが、大きな牙から像を彫り出すには、十分な技術と時間が必要だったことを想像させます。

小さなマンモス像に目を戻すと、盛り上がった背中だけでなく、耳の線や体の刻み目にも手間がかかっています。実用の石器を作る技術を持つ人々は、同じように材料を加工しながら、動物や人間の姿も生み出していたのです。(参照:英国博物館の研究者による解説|《ライオンマン》の造形と用途・『アート・ペーパーズ』|ジル・クックへのインタビューと制作再現実験・先史・氷期美術博物館|フォーゲルヘルト洞窟のマンモス像)

何のために、こんなものを作ったの?

小さな像には、身につけたり、誰かに見せたり、特別な場面で使ったりできそうな形があります。例えばフォーゲルヘルトのマンモス像は、前脚の間が穴のようにつながっています。ひもを通すためだった可能性も考えられますが、実際に首飾りとして使われたことを示す摩耗の跡は確認されていません。形から想像できることと、確かめられたことには違いがあります。

そもそも、彫刻のそばに「何のために作ったか」という説明書は残されていません。食べ物となる動物に特別な意味を感じていたのか、親しい人のためだったのか、信仰に関係していたのか。どれも考える手がかりはありますが、一つの用途に決めることはできません。

制作年代にも幅があります。ドイツ南部の洞窟群では、約4万3000~3万3000年前の地層から彫刻や装身具などが見つかっています。研究者は遺物が出た地層の資料を調べて時期を推定するため、特定の像の制作年が一つの年として分かるわけではありません。こうした資料を調べることで、文字のなかった社会の暮らしや想像のあり方を少しずつ知ることができます。(参照:先史・氷期美術博物館|フォーゲルヘルト洞窟のマンモス像・ユネスコ世界遺産センター|シュヴァーベン・ジュラの洞窟と氷期の美術)

まとめ

手のひらほどの象牙に彫られた動物は、当時の人々が馬やマンモスの姿をよく知っていたことを物語ります。女性像では体の一部が強調され、《ライオンマン》では人間と動物が一つになっています。目の前にある姿を小さく作る技術は、現実にはいない存在を形にすることにも使われていました。

その像が何を意味したのかは、まだ分からないことが多くあります。それでも、厳しい寒さの時代に、人々が時間をかけて材料を削り、見たものや思い描いたものを残していたことは確かです。より詳しく知りたい方は、ART LIBRARYの「後期旧石器時代のヨーロッパ — 最初期の人物像と動物表現」へ進めます。(参照:ユネスコ世界遺産センター|シュヴァーベン・ジュラの洞窟と氷期の美術・ウルム博物館|《ライオンマン》と考古学コレクション)

参考資料・出典