紀元前40000–20000
後期旧石器時代のヨーロッパ
最初期の人物像と動物表現
Art History Minute: Cave Art of Swabian Jura || Prehistoric Germany (Accessible Art History)
紀元前4万〜2万年頃のヨーロッパは、最終氷期のさなかにありました。気温が上下するにつれて草原や疎林の広がりも変わり、マンモス、野生馬、トナカイなどが各地に生息していました。人々は動物を狩り、植物を採集し、石器や骨製の道具を携えて暮らしていました。洞窟や岩陰に残された炉、食べた動物の骨、石を削った破片から、当時の生活が少しずつ明らかになっています。
この時代、ヨーロッパに広がったホモ・サピエンスは、石だけでなく動物の骨や角、マンモスの象牙も加工しました。オーリニャック文化と呼ばれる時期の遺跡からは、動物や人間をかたどった小像、装身具、笛が見つかっています。フランスの洞窟では、木炭や赤い顔料を使って動物を描く活動も行われました。
ドイツ南部のシュヴァーベン・ジュラには、象牙で作られた野生馬や人間とライオンの特徴を組み合わせた《ライオンマン》が残されています。オーストリアやフランス、現在のチェコにあたる地域では、その後も石や象牙、焼いた土を使った人物像が作られました。どのような形を選び、何のために作ったのか。彫刻の表面、発掘された場所、制作年代の研究から分かることは増えていますが、それぞれの像の意味や使い方については多くの疑問が残っています。
CONTENTS
後期旧石器時代のヨーロッパと造形の始まり
氷期の風景で生まれた小さな像
ドイツ南西部のシュヴァーベン・ジュラ地方には、アッハ川とローネ川に沿って石灰岩の洞窟が点在しています。ホーレ・フェルス、ガイセンケルステルレ、フォーゲルヘルト、ホーレンシュタイン=シュターデルなど六つの洞窟が、出土した氷期の彫刻や楽器とともに世界遺産に登録されています。
洞窟の地層からは、石器や動物の骨に交じって、マンモスの象牙を彫った小像、孔を開けた飾り、笛が発見されました。彫刻そのものに制作年が記されているわけではありません。研究者は、どの地層から出たか、その層で見つかった骨や木炭の年代はいつかを調べ、作品の時期を推定しています。これらの古い作品は、主として紀元前4万年頃から紀元前3万年頃にかけての造形として研究されています。(参照:ユネスコ世界遺産センター|シュヴァーベン・ジュラの洞窟と氷期美術)
石を削る道具から、象牙を彫る道具へ
洞窟からは、細長い石刃、刃先を調整した掻器や彫器、骨製の道具、加工途中の材料が出土しています。彫器は硬い素材に溝を刻むための石器で、骨や象牙を細かく削る作業にも使われました。
マンモスの牙は大きく湾曲しています。像を作るには、必要な部分を切り分け、余分な象牙を削り、首や胴の輪郭を彫り出し、表面を磨く工程が必要でした。完成品の周辺に残る材料の破片や加工痕も、制作方法を復元するための資料になっています。(参照:テュービンゲン大学|ホーレ・フェルスの発掘資料)
シュヴァーベン・ジュラの象牙製動物像
フォーゲルヘルトの野生馬|長さ4.8センチの彫刻
Archaeopark Vogelherd, Germany (Ice Age Europe – Network of Heritage Sites)
フォーゲルヘルト洞窟で1931年に発見された野生馬の像は、マンモス象牙を彫った長さ4.8センチの小品です。テュービンゲン大学博物館の収蔵記録では、高さ2.5センチ、厚さ0.7センチ。小さな頭から長い首が伸び、丸い胴へつながります。
表面は磨かれ、十字形の刻みも残っています。後部が欠損しているため、もとの形をすべて知ることはできません。所蔵館の収蔵目録では紀元前4万年頃の作品として紹介していますが、制作年を直接測った数字ではなく、遺跡の文化層などに基づく推定です。
1931年の発掘は短期間に行われ、出土層の記録には不明確な部分もあります。シュルヒとコナードは2026年、古い発掘記録と新たに回収した石器・象牙片を検討し、洞窟の地層の区分を見直しました。大部分の資料がオーリニャック文化に属するという見方を支持しながら、個々の遺物の帰属には慎重さが必要だとしています。(参照:Schürch・Conard(2026)|フォーゲルヘルト洞窟の地層再検討)(参照:テュービンゲン大学博物館|フォーゲルヘルトの馬)
マンモスと水鳥|異なる動物の形を彫り分ける
同じフォーゲルヘルト洞窟では、胴の量感を大きく表した長さ約4.7センチのマンモス像も発見されました。大学博物館の紹介資料では紀元前3万8000〜3万3000年頃に相当する年代が挙げられています。正確な制作年が決まっているわけではありません。曲がった牙や低い胴を持つマンモスは、首を前に伸ばす馬とは違う輪郭で彫り分けられています。
ホーレ・フェルス洞窟から出土した長さ約4.8センチの水鳥像も象牙製です。2001年に胴、2002年に頭部が別々に発見され、のちに接合されました。細長い首とくちばしの形が残り、陸上の大型哺乳類とは異なる鳥の特徴が表されています。(参照:テュービンゲン大学博物館|フォーゲルヘルトのマンモス像/テュービンゲン大学博物館|ホーレ・フェルスの水鳥像)
最初期の女性像|象牙と石に刻まれた身体
頭部に輪を備えた象牙の女性像
ホーレ・フェルス洞窟では2008年、女性の身体を表した象牙像が六つの破片となって見つかりました。復元後の高さは約6センチ。頭の位置には小さな輪が彫られ、大きな乳房、腹部、腰、太腿が強調されています。輪の部分に紐を通して身につけた可能性も考えられています。
発見を報告したニコラス・コナードは2009年の論文で、像の出土層などから少なくとも紀元前3万3000年より古い時期に制作されたと結論づけました。輪や身体の刻線は観察できますが、何の目的で身につけられたのか、身体のどの特徴に意味があったのかは分かっていません。(参照:Conard(2009)|ホーレ・フェルスの女性像の発見報告)
ガルゲンベルクの女性像|身体をひねる姿
オーストリアのガルゲンベルク遺跡では1988年、薄い片岩から女性の身体を彫り出した像が見つかりました。高さは7.2センチ。ウィーン自然史博物館は、紀元前3万4000年頃に相当する年代の像として紹介しています。厚い象牙とは異なる薄い石の形を利用し、正面に身体の起伏を作り、背面を比較的平らに整えています。
片腕を上げ、胴をひねったように見える姿勢から「踊るファニー」の愛称で知られています。「踊っている」というのは現代の見立てであり、制作者がどのような仕草を表そうとしたかは不明です。ホーレ・フェルスの女性像と並べると、同じ人体でも、輪郭や姿勢に異なる選択があったことが分かります。(参照:ウィーン自然史博物館|ガルゲンベルクの女性像「ファニー」)
ライオンマン|人と動物を組み合わせた像
大英博物館 キュレーターのジル・クックが、4万年前のライオンマンの彫刻を紹介します。マンモスの牙で作られた像で、人間の体と洞窟ライオンの頭を持っています。
獅子の頭と直立する身体
ホーレンシュタイン=シュターデル洞窟で発見された《ライオンマン》は、高さ31.1センチのマンモス象牙製彫刻です。ネコ科動物の耳や鼻先を持つ頭に、直立した人間を思わせる胴と脚が組み合わされています。手のひらに入る動物像が多いシュヴァーベン・ジュラの出土品の中では、際立って大きな作品です。
ウルム博物館は紀元前3万8000年頃の像として紹介しています。2013年の復元により、脚の形や顔の細部が以前より詳しく分かるようになりました。人と動物の特徴を合わせた造形であることは確認できますが、何という存在を表したのかについては、研究者によって見方が異なります。(参照:先史・氷期美術博物館|ライオンマン像の復元と制作)
1939年の発見と2013年の再復元
像の破片が発見されたのは1939年です。当初は一つの立像だと分からず、考古学者ヨアヒム・ハーンが1969年に複数の破片を組み立てました。その後も修復が続き、2009年以降の再発掘では新たな象牙片が見つかりました。2012〜13年にそれらを組み込んで復元が更新されています。
2018年に公表された復元研究では、破片の接合と発掘記録の見直しによって、像の形や発見状況を再検討しています。現在見えている輪郭には実物の破片と補修部分があるため、どの部分が残存しているのかを区別する必要があります。(参照:ライオンマン像の発見・復元を検討した研究(2018))
大英博物館の研究者ジル・クックは2018年の解説で、日常の居住跡が少ない洞窟の奥に像が残されたことに注目し、儀礼や人々の信仰に関係した可能性を論じています。一方、当時の儀礼を記した資料はなく、祭祀のために作ったと確定することはできません。動物の姿への変身を表したのか、独立した存在をかたどったのかも、解釈の余地が残っています。(参照:ライオンマン像の発見・復元を検討した研究(2018)/大英博物館・Jill Cook|ライオンマンとその解釈)
身体装飾と音楽に使われた造形物
貝殻・動物の歯・象牙の装身具
シュヴァーベン・ジュラの洞窟では、穴を開けた貝殻や動物の歯、磨いた象牙の小片が出土しています。孔のあるものは紐などを通して身につけた可能性があり、曲面を磨いたり表面に刻みを加えたりした例もあります。
ガイセンケルステルレ洞窟では、こうした装身具が石器や骨製品とともに発見されました。孔の摩耗や出土位置から使われ方を調べる研究が進められていますが、個々の飾りが所属集団を示したのか、贈り物だったのか、別の意味を持っていたのかについては決着していません。(参照:テュービンゲン大学|ガイセンケルステルレ洞窟)
鳥の骨から作られた五孔の笛
ホーレ・フェルス洞窟では、シロエリハゲワシの骨を利用した長さ約21.8センチの笛が発見されています。骨の内側に空洞がある性質を利用し、五つの指孔と吹き口を加工したもので、2008年に複数の破片として見つかりました。
コナード、マリナ、ミュンツェルは2009年の論文で、南ドイツの洞窟で出土した鳥骨製・象牙製の笛を報告しました。象牙製の笛では、硬い素材を細長く割って内部を削り、合わせる工程が必要です。研究者たちは、これらを少なくとも紀元前3万3000年以前にさかのぼる楽器の証拠として位置づけています。演奏された曲や、音楽が使われた場面までは復元できていません。(参照:Conard・Malina・Münzel(2009)|骨製・象牙製の笛)
ショーヴェ洞窟|壁面に描かれた動物
人間の手から絶滅した動物まで、洞窟壁画は先史時代の生活を垣間見せてくれます。洞窟壁画は誰が描いたのか、そしてその当初の目的は何だったのでしょうか?ショーヴェ・ポン・ダルク洞窟とラスコー洞窟の壁画を探検し、先史時代の芸術が数千年前の世界について何を教えてくれるのかを学びましょう。
ショーヴェ洞窟の制作年代をめぐる研究
フランス南東部のショーヴェ=ポン・ダルク洞窟は1994年に発見されました。内部には馬、ライオン、サイ、マンモス、バイソンなどが木炭や赤い顔料で描かれ、線刻された動物の姿も残っています。絵だけでなく、床の木炭や動物の骨、人の足跡も調査対象になっています。
キレスらは2016年、洞窟で得られた多数の年代測定結果をまとめ、人間の活動が紀元前3万5000〜3万1500年頃と、紀元前2万9000〜2万6000年頃の二つの時期に集中するという見方を示しました。これは洞窟に人が入った時期の推定であり、描かれたすべての絵に同じ制作年を与えるものではありません。(参照:Quilesら(2016)|ショーヴェ洞窟の年代研究)
一方、ペティットとバーンは2015年、絵の様式や発掘資料を重視して早い年代への疑問を示しました。ジューヴらも2020年に、洞窟内の人間活動の年代がそのまま壁画の制作年代を確定するわけではないと論じています。個々の描線に使われた木炭の測定結果と、洞窟全体の利用年代とを区別して考える必要があります。(参照:Quilesら(2016)|ショーヴェ洞窟の年代研究/Pettitt・Bahn(2015)|ショーヴェ壁画の年代をめぐる異論/Jouve・Pettitt・Bahn(2020)|ショーヴェ壁画の年代への批判)
馬の壁面|重ねられた四頭の顔
「馬の壁面」には四頭の馬の頭部が並んでいます。額や鼻先の形が描き分けられ、首の曲線はそれぞれ違う方向へ伸びています。図像の重なりを調べた研究では、サイ、オーロックス(原牛)、馬の順に描かれたと考えられています。
黒い木炭を引いて輪郭を描き、線をぼかして顎や首に濃淡を加えた部分もあります。石灰岩の明るい地肌を残した場所は、黒い線との対比で馬の顔を浮かび上がらせています。こうした制作の順序は調べられますが、何度の作業で完成したのか、描いた人が何人いたのかまでは確定していません。(参照:フランス文化省|馬の壁面と画面構成)
ライオンの大壁面と赤い手形
洞窟奥部の「ライオンの大壁面」では、複数のライオンの頭や身体が、左へ進むバイソンの群れに沿うように描かれています。石灰岩の表面を削って明るく整えた部分や、黒い輪郭を重ねた部分があり、動物の配置を考えて制作したことがうかがえます。
別の壁面には、掌に赤い顔料を付けて押した手形や、手の周囲へ顔料を吹き付けて輪郭だけを残した手形があります。動物画と手形が同じ洞窟に残されていても、作られた時期や目的が同じだったとは限りません。(参照:フランス文化省|ライオンの大壁面/フランス文化省|赤い手形の壁面/フランス文化省|手の陰形の壁面)
グラヴェット文化と女性像の広がり
ヴィレンドルフの女性像|石と赤い顔料
オーストリアのヴィレンドルフで1908年に発見された女性像は、高さ約11センチの石彫です。乳房、腹部、腰が大きく表され、両腕は身体に添えられています。顔の細部は作られていません。頭には細かな凹凸が規則的に並び、髪形や頭飾りとして解釈されています。表面に赤い顔料の痕跡もあります。
ウィーン自然史博物館は、この像を紀元前2万7500年頃に相当する時期の作品として紹介しています。材料は小さな球状粒子を含むウーライトと呼ばれる石灰岩で、発見地点の周辺では産出しません。
ウェーバーらは2022年、石の内部をCT撮影で調べ、各地の同じ種類の石灰岩と比較しました。その結果、北イタリアのガルダ湖周辺の石との類似性が高いと報告しています。素材が実際にどの経路で運ばれたかは確定していませんが、石材の産地を探る研究から、作品が作られた土地の外にも視野が広がっています。(参照:Weberら(2022)|ヴィレンドルフ像の石材分析)
ブラスムプイの女性頭像|顔と髪の刻線
フランス南西部のブラスムプイにあるパープ洞窟では、1894年にマンモス象牙製の女性頭像が発見されました。高さは3.6センチ。額、鼻、顎が立体的に彫られ、頭部には細かな線が格子状に刻まれています。髪を編んだ姿か、頭を覆うものかについては異なる見方があります。
フランス国立考古学博物館は制作時期を紀元前2万8000年頃としています。顔を削り、磨き、瞳を示す小さな穴を作るなど、手のひらに収まる像に複数の技法が使われました。頭部だけが残っているため、もとの像が頭像として作られたのか、胴を備えていたのかも確定していません。(参照:フランス国立考古学博物館|ブラスムプイの女性頭像)
「ヴィーナス像」という後世の呼び名
旧石器時代の女性小像は「ヴィーナス像」と呼ばれてきました。これは近代の研究者による呼称で、制作した人々が使った名前ではありません。乳房や腹部の表現に注目して、豊穣や出産の願いを込めた像と考える説は古くからあります。
パトリシア・ライスは1981年、女性像が妊娠期だけでなく、成人女性のさまざまな年齢を示す可能性を論じました。またルロイ・マクダーモットは1996年、女性が自分の身体を見下ろしたときの視点が、胸や腹の大きさや顔の省略に反映されたとする仮説を発表しています。どちらも特定の形に注目した解釈であり、制作した本人の証言で確かめられたものではありません。(参照:McDermott(1996)|女性像の自己表象仮説)
オルガ・ソファー、ジェームズ・アドヴァシオ、デイヴィッド・ハイランドは2000年、頭部の格子模様や胴体の帯状表現を調べ、編んだ帽子や衣服、繊維製品の描写が含まれると論じました。女性像は身体の象徴だけでなく、衣服や身につけるものを考える資料にもなります。用途については、どの説にも決定的な証拠はありません。(参照:Soffer・Adovasio・Hyland(2000)|女性像の衣服と繊維技術/Rice(1981)|女性像の年齢と解釈/McDermott(1996)|女性像の自己表象仮説)
ドルニー・ヴェストニツェ|土を焼いた人物像
高さ11.1センチの土製女性像
現在のチェコ南部、モラヴィア地方のドルニー・ヴェストニツェでは、マンモスの骨や石器が多く残る旧石器時代の居住地から、焼いた土で作られた小像が発見されています。よく知られる女性像は1925年、炉と関係する場所で二つの破片として見つかりました。高さ11.1センチ、最大幅約4.4センチです。
楕円形の頭には目を示す短い溝があり、乳房や腰の起伏、胴の線が表されています。両脚は一まとまりになり、前後の溝によって左右が区切られています。像の属するグラヴェット文化の居住地は、年代研究ではおおむね紀元前2万8000〜2万3000年頃に位置づけられています。これは制作年を特定の一年へ決めた数字ではなく、遺跡と文化の時期を表す幅です。(参照:Nerudaら(2024)|ドルニー・ヴェストニツェ女性像の内部分析)
粘土の内部まで調べた2024年の研究
この女性像は、柔らかい粘土を成形した後に焼いて作られました。2024年、ペトル・ネルダらは作品を傷つけずに内部を見る高精細のCT撮影を行い、どのような材料を使い、身体の部分をどう組み立てたかを調べました。
内部には細かい石や微小な化石が含まれていましたが、意図的に混ぜた骨や象牙の粉末は確認されませんでした。また、腕や脚を別々に作って付け足した境目も見られず、一つの粘土の塊から身体の形を押し出したと考えられています。内部の亀裂は、焼成時や埋没後に生じた変化を検討する材料にもなります。(参照:Nerudaら(2024)|ドルニー・ヴェストニツェ女性像の内部分析)
略年表|紀元前40000–20000年頃の造形
- 紀元前4万〜3万年頃|シュヴァーベン・ジュラの洞窟に、象牙製動物像・人物像・装身具・楽器を伴うオーリニャック文化の資料が残る。個別作品の制作時期は出土層などから推定される。
- 紀元前4万年頃|フォーゲルヘルトの野生馬が作られたとされる時期。所蔵館の収蔵目録に基づく概年。
- 紀元前3万8000年頃|ホーレンシュタイン=シュターデルの《ライオンマン》が作られたと考えられる。
- 紀元前3万5000〜3万1500年頃|ショーヴェ洞窟で初期の人間活動があったとされる時期。壁画すべての制作時期を示すものではない。
- 紀元前3万4000年頃|ガルゲンベルクで、薄い片岩から女性像が彫られたとされる。
- 紀元前3万3000年以前|ホーレ・フェルスの象牙製女性像と鳥骨製の笛などが知られる。発掘層から見積もった下限年代。
- 紀元前2万9000〜2万6000年頃|ショーヴェ洞窟で人間活動が再び確認される時期。
- 紀元前2万8000〜2万3000年頃|モラヴィア地方のドルニー・ヴェストニツェなどで、焼成粘土製の女性像や動物像が作られる。
- 紀元前2万8000年頃|フランスのブラスムプイで、格子模様の頭部を持つ象牙製女性頭像が制作されたとされる。
- 紀元前2万7500年頃|オーストリアのヴィレンドルフの女性像が制作されたと考えられる。
まとめ|ヨーロッパ旧石器時代の立体と壁画
後期旧石器時代のヨーロッパでは、石器を使ってマンモスの象牙や動物の骨を加工し、数センチの動物像から30センチを超える《ライオンマン》まで、さまざまな立体作品が作られました。鳥の骨に穴を開けて作った笛や、粘土を成形して焼いた女性像からは、素材に応じて異なる技術が用いられていたことが分かります。
一方、それらが何のために作られたのかという問いには、まだ明確な答えがありません。女性像には豊穣や母性との関係を考える説があるほか、衣服や身体の見え方に注目した研究もあります。《ライオンマン》の姿を儀礼や信仰と結びつける解釈もありますが、作品の用途を直接示す記録は残っていません。近年は、出土層の再検討や石材の産地分析、内部を調べるCT撮影によって制作方法や年代の理解が更新されています。像の意味や使われ方についても、遺物に残る具体的な痕跡をもとに研究が続いています。
参考資料・出典
- ユネスコ世界遺産センター|シュヴァーベン・ジュラの洞窟と氷期美術
- テュービンゲン大学|ホーレ・フェルスの発掘資料
- テュービンゲン大学|ガイセンケルステルレ洞窟
- テュービンゲン大学博物館|ホーレ・フェルスの女性像
- テュービンゲン大学博物館|フォーゲルヘルトの馬
- テュービンゲン大学博物館|フォーゲルヘルトのマンモス像
- テュービンゲン大学博物館|ホーレ・フェルスの水鳥像
- 先史・氷期美術博物館|ライオンマン像の復元と制作
- ウルム博物館|考古学コレクション
- フランス文化省|ショーヴェ洞窟の年代と画題
- フランス文化省|ショーヴェ洞窟の年代測定
- フランス文化省|ショーヴェ洞窟の描画・線刻技法
- フランス文化省|馬の壁面と画面構成
- フランス文化省|ライオンの大壁面
- フランス文化省|赤い手形の壁面
- フランス文化省|手の陰形を残した壁面
- ウィーン自然史博物館|ヴィレンドルフの女性像の調査
- ウィーン自然史博物館|石材の産地を調べた2022年の研究
- フランス国立考古学博物館|ブラスムプイの女性頭像
- Journal of Archaeological Science|ドルニー・ヴェストニツェ女性像のCT研究(2024年)
- マサリク大学|ドルニー・ヴェストニツェ女性像の研究概要
- ウィーン自然史博物館|ガルゲンベルクの女性像「ファニー」
- オーストラリア博物館|ドルニー・ヴェストニツェの土製像
- Schürch・Conard(2026)|フォーゲルヘルト洞窟の地層再検討
- Conard(2009)|ホーレ・フェルスの女性像の発見報告
- Conard・Malina・Münzel(2009)|骨製・象牙製の笛
- ライオンマン像の発見・復元を検討した研究(2018)
- 大英博物館・Jill Cook|ライオンマンとその解釈
- Quilesら(2016)|ショーヴェ洞窟の年代研究
- Pettitt・Bahn(2015)|ショーヴェ壁画の年代をめぐる異論
- Jouve・Pettitt・Bahn(2020)|ショーヴェ壁画の年代への批判
- Rice(1981)|女性像の年齢と解釈
- McDermott(1996)|女性像の自己表象仮説
- Soffer・Adovasio・Hyland(2000)|女性像の衣服と繊維技術
- Weberら(2022)|ヴィレンドルフ像の石材分析


