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1966–1972

素材の重さ、柔らかさ、偶然が作品を生み出す

ポスト・ミニマリズムとプロセス・アート

1960年代後半、アメリカの美術館や画廊に、それまでの彫刻とはずいぶん異なる作品が現れ始めました。厚い布が壁から垂れ下がり、色のついた液体が床に広がり、金属の板が自分の重さを利用して立っています。整った像を刻んだり、精密な箱を組み立てたりする方法と比べると、何が完成した作品なのか、最初は戸惑うかもしれません。作品の姿を決める役割を、素材の重さや柔らかさ、流れ方にも任せるという新しい考え方が、そこにありました。

この変化は、少し前に発展したミニマリズムと深くつながっています。ミニマリズムの作家たちは、単純な形や反復する物体を使い、作品と展示空間の関係を追究しました。次の世代の芸術家や、同じ運動に関わった作家たちは、そこで使われた材料が実際にどう反応するのかへ関心を広げていきます。物を吊るせば垂れ、液体を流せば広がり、落としたガラスは不規則に割れます。そうして生まれた形も、作品として受け止められるようになりました。

エヴァ・ヘスは、繰り返される形の中に微妙な違いを残しました。ロバート・モリスは、厳密な幾何学を追究した後、フェルトを吊るし、その曲がり方を重力に委ねました。リチャード・セラは「持ち上げる」「曲げる」などの動詞から制作を始め、バリー・ル・ヴァは布とガラスを床に散らしました。リンダ・ベングリスは液体状のラテックスを床へ流し、絵画と彫刻の境界を押し広げました。作品の姿はそれぞれ異なりますが、制作する行為と素材の性質を重視する点で響き合っています。

こうした作品は、後に「ポスト・ミニマリズム」「プロセス・アート」「アンチ・フォーム」などの名前で説明されるようになります。作家全員が共通の宣言を掲げて始めた運動ではありません。1960年代末には、絵画、彫刻、身体を使った表現、土地に働きかける芸術が同じ展覧会で紹介されることもあり、現在の分類より多様な実験が入り交じっていました。作品と名前の成立した順序にも目を向けながら考えることが大切です。

この時代を知るうえでは、実際の作品を思い浮かべることが役に立ちます。布が垂れるのはどんな力が働くからか。鉛の板は何によって支えられているのか。液体はどこまで流れるのか。芸術家たちは、日常の物質で起きる現象を、美術館の中で考えられる出来事へ変えていきました。完成した形を見るだけでなく、その形が生じた時間や動作を想像することが、作品を理解する大切な手がかりになります。

本記事では、1966年のヘス《ハング・アップ》から始め、1967〜68年のセラ、ル・ヴァ、モリスの実験、1969年の歴史的展覧会とベングリスの作品へと進みます。最後に、1971年に広まった「ポスト・ミニマリズム」という名称や、美術館が直面した作品保存の問題も紹介します。素材に任せて生まれた形が、作品の考え方をどのように変えたのかを、具体的な事例とともにたどります。

硬い物体から、素材が動く芸術へ

1960年代後半、作品の形に起きた変化

1960年代半ばのアメリカでは、箱や直方体を反復するミニマリズムが、新しい彫刻のあり方として注目されていました。寸法や配置をあらかじめ定め、物体の存在感をはっきり示す方法です。その数年後、展覧会には、壁から垂れ下がる布や床へ流れ広がった液体、ばらばらに散らされた材料が現れ始めます。整った形を完成させるという従来の発想が、制作の現場で大きく揺れ始めたのです。

重要なのは、素材に対して何を行ったのかという点でした。布を切って吊るす、ゴムを持ち上げる、金属を壁際へ流し込む。行為が終わったところに生じた形を、そのまま作品として提示します。見る人は出来上がった形と同時に、それが生じた時間や動作まで想像することになります。(参照:ニューヨーク近代美術館|ロバート・モリス《無題》(1969年))

前の時代のミニマリズムとのつながり

ドナルド・ジャッドやカール・アンドレは、既製の工業材料や単純な反復を用い、作品を実際の床や壁に直接関係させました。美術館の展示空間が単なる背景として扱われなくなったことは、1960年代の大きな成果です。ポスト・ミニマリズムの作家たちも、この関心を受け継いでいます。物体を台座から下ろし、素材そのものの性質を見せる姿勢は共通しています。

そこから、同じ単位を精密に並べる代わりに、同じ行為を行っても結果が少しずつ変わることへ関心が広がりました。正確な工業生産と手作業の揺れ、固い素材と柔らかい素材は、当時の作品の中でさまざまに組み合わされています。年代の近い運動を、簡単な対立関係だけで理解しないことが大切です。(参照:グッゲンハイム美術館|モリスとアンチ・フォーム)

ポスト・ミニマリズムとプロセス・アートという名前

「ポスト・ミニマリズム」はミニマリズム以後の多様な実践を整理するため、批評家ロバート・ピンカス=ウィッテンが1971年に用いた名称です。1966年のエヴァ・ヘスや1968年のロバート・モリスが、最初から同じ運動の一員として活動していたわけではありません。作品が先に生まれ、批評と展覧会を通じて新しい歴史的な枠組みが形成されました。

「プロセス・アート」は制作の過程や素材の変化を重視する実践を指し、「アンチ・フォーム」はあらかじめ決めた完成形から距離を取る態度を表します。三つの言葉が指す範囲は重なり合います。本記事では、名称に作品を当てはめるより、それぞれの芸術家がどんな実験をしたのかから歴史をたどります。(参照:スミソニアン美術史資料館|ポスト・ミニマリズムの命名)

素材が形を決めるという発想

重力、柔らかさ、粘り気に目を向ける

同じ布を吊るしても、厚さや幅、切り込みの位置によって垂れ方は変わります。液体は置かれた床の傾きや粘り気によって広がり、金属の板は重さと支え方によって立つことも倒れることもあります。ポスト・ミニマリズムの芸術家たちは、こうした物質の反応を制作の中心に取り入れました。素材の重さや柔らかさが、見た目を決める重要な条件となります。

この考え方では、完成作品の姿を細部まで図面に描くことが難しくなります。芸術家は素材と操作を選び、結果を確かめながら制作します。作品に残った曲がり方や流れ方には、実際に働いた重力や物質の性質が現れています。目に見えない力を、作品の形から感じ取ることができるのです。(参照:ニューヨーク近代美術館|ロバート・モリス《無題》(1969年))

偶然に任せる部分も芸術家が決める

偶然を取り入れることは、無計画に材料を放置することとは異なります。モリスはフェルトに切り込みを入れる場所や吊るす位置を決め、セラは用いる素材と行う動作を選び、ベングリスは液体状の素材を注ぐ場所を選びました。その先に生じる細かな曲線や広がりについては、素材自身の反応に委ねる部分を残します。

芸術家はすべての形を一人で決める立場から、形が生まれる条件を設計する立場へ進んでいきました。方法を選び、結果を観察し、そこから次の実験へ向かう。制作は一度完成した計画を忠実に再現する工程から、素材とのやり取りを重ねる行為にもなりました。(参照:ニューヨーク近代美術館|《トゥ・リフト》作家による解説)

床や壁も作品を生み出す条件になる

作品をどこへ置くかという判断は、これまでにも彫刻で重要でした。この時代には、展示室の床や壁が制作の道具としても使われます。床へゴムを流せば、その面の状態が作品に現れます。壁からフェルトを吊るせば、壁の高さと床までの距離が作品の形を左右します。金属を壁と床の角へ投げれば、建築の角が型の役割を果たします。

美術館に運び込まれた完成品を鑑賞するという経験に加え、その場所で制作が行われ、展示のたびに姿が変わる作品が登場します。建築と作品の関係が制作段階から始まることは、その後のインスタレーションや場所に固有の芸術にもつながる変化でした。(参照:ニューヨーク近代美術館|リチャード・セラ彫刻回顧展図録)

1966年|エヴァ・ヘス《ハング・アップ》

何も描かれていない額縁から線が飛び出す

エヴァ・ヘスの《ハング・アップ》(1966年)は、壁に掛けられた大きな四角い額縁と、そこから展示室へ張り出す長い輪のような線から成ります。額縁の内部に絵はありません。布で覆った木枠と、布やひもで包まれた金属の管が、絵画の枠と線を思わせながら、鑑賞者が立つ空間へ大きく伸びています。シカゴ美術館は、ヘス自身がこの作品を重要な転機と考えていたことを紹介しています。

何かを描くための枠だけが残り、線は画面の外へ出てしまう。見る人は「絵画の一部だったものが、なぜこんな場所にあるのか」と考えます。絵画の平面と彫刻の立体という区分を、ユーモラスで不思議な形で揺さぶった作品です。(参照:シカゴ美術館|エヴァ・ヘス《ハング・アップ》)

絵画の訓練から生まれた立体作品

ヘスはイェール大学でジョゼフ・アルバースのもと絵画を学びました。彼女が《ハング・アップ》で取り上げた額縁、線、壁面という要素は、その経験と深く関わっています。線がキャンバスの内部に収まる必要を感じなくなったとき、描くことは三次元の空間へ広がりました。作品を壁から外して床に置くという単純な変化より、平面の条件そのものを考え直す実験です。

長い輪は何かを支えているようにも、役に立たない飾りのようにも見えます。幾何学的な四角形の厳格さと、奇妙な線の動きが一つの作品に同居します。ヘスの作品を彫刻史だけで読むと見落としやすい、絵画との連続性がここにあります。(参照:シカゴ美術館|エヴァ・ヘス《ハング・アップ》)

不条理さを作品に残す

ヘスは《ハング・アップ》について、自分が求めていた不条理さや極端な感覚に初めて達した作品だと語っています。四角い枠と長い輪の形は明確ですが、使い道も意味もすぐには決まりません。機能を持たない過剰な部分を残すことで、単純な幾何学の中に戸惑いや可笑しさが入り込みます。完成度の高さを均整や合理性だけで測らない制作の方向が見えてきます。

後のヘスは、反復する単位や工業素材を用いながら、微妙な歪み、不均一さ、身体を思わせる感触を大切にしていきました。《ハング・アップ》は、その出発点として、当時のミニマリズムに近い形式と独自の感覚が結びついた作品です。(参照:シカゴ美術館|エヴァ・ヘス《ハング・アップ》)

ヘスが見つけた、反復と不均一さ

1967年《アデンダム》に見られる二つの秩序

ヘスの《アデンダム》(1967年)では、壁に取り付けた横長の部分に同じような半球状の形が並び、そこから伸びるひもが床へ垂れています。上部には数列に従って間隔が広がる規則性があり、下部にはひもが曲がり、重なり、床で輪を作る不規則な広がりがあります。一つの作品の中に、計画された反復と素材の自由な動きが共存していることが特徴です。

半球から伸びるひもは、まったく同じ曲線を描きません。その違いを見比べているうちに、何も描かれていない床の上に、多様な線が現れているように感じられます。形の反復を保ちながら、そこから外れる結果を楽しむヘスの方法が明確になります。(参照:テート美術館|ヘス《アデンダム》の制作技法と保存研究)

同じ形を繰り返しても、違いが生まれる

ミニマリズムでは同じ形の単位を繰り返すことで、個々の部分より全体の構造を示すことがありました。ヘスも反復という方法を大切にしましたが、手作業によるわずかな差や、柔らかい素材の不揃いな動きも作品に取り入れています。同じ条件から制作しても、出来上がるものが均一になるとは限らない。その事実が作品の見どころになります。

量産品のように揃えられた形を前にすると、見る人は規則を探します。似ていても一つずつ違う形を前にすると、それぞれの個性や身体的な連想が立ち上がります。反復が秩序を示すだけでなく、差異を見つける方法にもなったのです。(参照:ニューヨーク近代美術館|エヴァ・ヘス《反復19 III》)

ラテックスやガラス繊維を使う意味

ヘスは1960年代後半、ラテックス、ガラス繊維、ポリエステル樹脂、ひも、布などを試しました。工業的な素材を使っていても、その仕上がりは必ずしも滑らかで均質ではありません。透ける表面、薄い膜、たわみやすい部分、樹脂が固まるときの不規則さなど、素材に備わる性質を造形に生かしました。材料を加工する途中で予想外の表情が生まれることも、実験を続ける理由となります。

後世の視点からは、これらの素材が時間とともに変色したり脆くなったりすることも重要な問題です。制作時の美しさと長期保存の難しさは密接に関わっています。作品が持つ不安定さは、現在の美術館にとっても考え続けるべき課題になりました。(参照:グッゲンハイム美術館|《エクスパンデッド・エクスパンション》)

1967年|リチャード・セラは動詞から作品を考えた

《動詞のリスト》という制作の出発点

リチャード・セラは1967年、紙に「丸める」「折る」「曲げる」「持ち上げる」「散らす」など、多数の動詞を書き並べた《動詞のリスト》を制作しました。彫刻の完成形を描いた設計図ではありません。素材に対して行える操作を、言葉として整理したものです。ニューヨーク近代美術館は、このリストをセラの初期作品を理解する重要な資料として紹介しています。

一見すると、美術作品より作業のメモに見えるかもしれません。セラはこの言葉を実際の素材に当てはめ、予測しなかった形を発見しようとしました。何を作るかという完成像より、何をするかという動作を先に考えたところに、大きな転換があります。(参照:ニューヨーク近代美術館|リチャード・セラ《動詞のリスト》)

動作と素材を組み合わせる実験

柔らかいゴムを持ち上げるのと、硬い金属板を持ち上げるのとでは、出来上がる形も必要な力も違います。同じ動詞を別の素材へ適用することで、素材ごとの性質がはっきり見えてきます。セラは動作を言葉として並べ、それを手や身体で実行し、結果を確かめる方法を続けました。動詞は作品を説明する文章であると同時に、制作を始めるための手がかりとなったのです。

言葉から作品を生む点では、同時代のコンセプチュアル・アートとも接点があります。セラの場合、言葉の後に実際の物質がどう反応するかが中心にあります。紙の上の一行が、重さや抵抗を持ったものへ変わる過程に注目したいところです。(参照:ニューヨーク近代美術館|《動詞のリスト》と制作過程)

《トゥ・リフト》でゴムを持ち上げる

1967年の《トゥ・リフト》は、倉庫で見つけた加硫ゴムの一枚のシートを、中央から持ち上げる行為によって生まれました。持ち上げられたシートは自分の重さと弾力によって曲面を作り、独特の姿で自立します。セラは後に、中央を持ち上げただけで彫刻的な形が現れたことに驚いたと説明しています。

観客は曲面を見ながら、どうしてこの形が生まれたのかを比較的容易に想像できます。表面に彫刻刀の跡を刻んだり、複雑な部品を組み立てたりした結果ではありません。素材の重さと柔らかさ、そして一つの動作が、作品の形を決めているのです。(参照:ニューヨーク近代美術館|《トゥ・リフト》作家による解説)

1967年|バリー・ル・ヴァが床に広げた作品

一つの彫刻を探せない展示空間

バリー・ル・ヴァは1960年代半ばから、フェルトやガラスなどの材料を展示室の床に分散させる作品に取り組みました。大きな像が中央に立つ代わりに、色や形の異なる断片が床のあちこちに広がります。見る人は最初に、作品がどこからどこまで続いているのかを見渡す必要があります。近くの断片だけを見る経験と、部屋全体を歩いて見る経験の両方が作品に関わります。

散らばった材料の配置には、密度が高い部分と低い部分、重なる場所と空いた場所があります。作者はそれらの関係を考えながら、ひとまとまりの彫刻像に収める方法から離れました。空間を歩く観客の動きが、作品の理解に深く入り込んでいます。(参照:ホイットニー美術館|バリー・ル・ヴァ作品一覧)

1967年《継続する関連した行為》

ホイットニー美術館所蔵の《継続する関連した行為――落下によって中断される》(1967年)は、フェルトとガラスによる作品です。布を置き、折り、散らす行為が続いた後、ガラスを落として割るという出来事が加わります。題名は完成した形を表すより、制作中に何が起きるのかを示しています。複数の素材と行為が床の上に残り、観客はその順序や過程を想像することになります。

床にあるガラスの割れ方は、実際に落としたときの衝撃によって決まります。同じような操作を行っても、ひびの入り方や破片の位置は毎回変わります。作品は一定の手順を持ちながら、毎回異なる結果を含むことができます。(参照:ホイットニー美術館|バリー・ル・ヴァ《継続する関連した行為》)

散らされた材料と鑑賞者の歩く場所

ル・ヴァの床に広がる作品では、観客が歩ける場所と作品の範囲が密接に関わります。部屋の中央だけに視線を向ければ、作品を十分には捉えられません。断片の間にある空間や、そこへ近づく際の身体の動きも意識されます。展示室の壁や床、照明などの条件によっても、全体の印象は変わります。

この方法は、彫刻を一つの完成品として保存する考えにも新しい問題を投げかけました。設置のたびに配置が変わり得る作品では、素材の保管に加えて、制作方法や設置条件の記録が重要になります。作品の形を決める範囲が、作者の手から展示の現場へと広がっていきました。(参照:ホイットニー美術館|バリー・ル・ヴァ作品一覧)

1968年|ロバート・モリスとアンチ・フォーム

ミニマリズムの中心作家が始めた別の実験

ロバート・モリスは1960年代前半、単純な幾何学の立体を通して、作品と鑑賞者の身体、展示空間の関係を探究していました。そのモリス自身が、1960年代後半にはフェルトや工場から出た繊維の屑など、形が安定しにくい材料へ関心を移します。作品を厳密な外形に従わせる方法から、素材の重さや変化を受け入れる方法へ向かったのです。

彼の変化は、ポスト・ミニマリズムを理解する重要な手がかりです。ミニマリズムの成立に関わった当事者が、その数年後に別の問題を追究し始めました。美術史上の運動は、ある時点で完成して次の流行と入れ替わるものとして語りきれないことがわかります。(参照:グッゲンハイム美術館|モリスとアンチ・フォーム)

フェルトを切り、吊るし、重力に委ねる

モリスのフェルト作品では、厚い工業用フェルトに切り込みを入れ、壁から吊るしたり床に積んだりします。切る場所と吊るす場所は作者が選びますが、柔らかい素材がどのように垂れるかは重力によって決まります。ニューヨーク近代美術館が所蔵する1969年の《無題》にも、切られたフェルトが重なりながら弧を描く形が見られます。

均整の取れた幾何学の作品と比べると、輪郭が大きく揺らいでいることがわかります。吊るされた布の重みや曲がり方を見ると、私たちは自分の身体に働く重力まで思い出します。素材が持つ感触が、鑑賞者の身体感覚へつながる作品です。(参照:ニューヨーク近代美術館|ロバート・モリス《無題》(1969年))

1968年の論考「アンチ・フォーム」

モリスは1968年、『アートフォーラム』誌に「アンチ・フォーム」を発表しました。この文章では、あらかじめ決めた永続的な形を完成させることへの疑問を示し、素材そのものの性質や重力、偶然の働きを制作に取り入れる可能性を論じています。表題の「フォーム」は形を意味しますが、形を完全になくすという主張として読むと本来の狙いが見えにくくなります。

フェルトを落とせば、必ず何らかの形が生まれます。重要なのは、その形を制作前に細部まで決めていたか、素材と行為の結果として受け入れたかという違いです。作品の完成形を先に設定する考え方を問い直したところに、この論考の歴史的な意義があります。(参照:グッゲンハイム美術館|モリスとアンチ・フォーム)

1968年|セラが見せた重さと力の関係

《プロップ》で物体が立つ仕組みを示す

セラの《プロップ》(1968年)は、重い鉛の板を壁に立てかけ、それを別の鉛の部材で支える作品です。板は溶接やねじによって固定されているわけではありません。重さと圧力、接触する場所の関係によって構造が成立しています。見る人は、単純な板と棒の形を確認すると同時に、その状態を維持している見えない力を想像します。

物がその場に立っているという当たり前のことが、作品の中心になります。部材の配置が少し変われば、支える関係も変化します。完成した彫刻の輪郭より、重さがどのようにつり合っているかを示す構造そのものが重要になっています。(参照:ニューヨーク近代美術館|リチャード・セラ《プロップ》)

《スプラッシング》では建物の角が型になる

1968年の《スプラッシング》では、セラは溶けた鉛を壁と床の角へ投げかけ、冷えて固まった形を作品にしました。建物の角が、液体金属の形を受け止める型として働きます。サンフランシスコ近代美術館によれば、この初期の鉛による作品はジャスパー・ジョーンズとの関わりの中で制作されました。

金属は彫刻家の手で細かく刻まれたのではなく、投げる動作と重力、壁や床の状態によって形になります。後に残る鉛の表面には、液体だった時間と、そこで行われた行為の痕跡が残ります。展示室の建築が、作品の制作に直接参加することになりました。(参照:サンフランシスコ近代美術館|ジャスパー・ジョーンズとセラの作品)

制作の行為を記録する映像《ハンド・キャッチング・リード》

同じ1968年、セラは《ハンド・キャッチング・リード》という短い映像作品も制作しています。画面に映るのは、上から落ちてくる鉛の小片を手でつかもうとする動作です。つかめるときもあれば失敗するときもあり、手の動きが繰り返されます。完成する彫刻の姿は現れず、行為と時間がそのまま鑑賞の対象になります。

この作品を考えると、プロセス・アートとパフォーマンス、映像表現が同じ時代に近づいていたことが理解できます。素材を扱う身体の動きも、作品の一部として見られるようになりました。何を作ったかとともに、どのように動き、何が起きたかが重要になったのです。(参照:ニューヨーク近代美術館|リチャード・セラ彫刻回顧展図録)

1968年|19個の容器に残された違い

ヘス《反復19 III》を床に並べる

ヘスの《反復19 III》(1968年)は、ガラス繊維とポリエステル樹脂で作られた19個の筒状の立体から成ります。どれも大きさが近く、上が開いた容器のような形をしています。ニューヨーク近代美術館の解説によれば、手作業で作られた形は似通っていながら、一つとして完全に同じものがありません。作品は台座を使わず、展示室の床に直接置かれます。

整った形が繰り返されるミニマリズムの作品に親しんだ読者なら、この19個が生み出す雰囲気の違いに気づくでしょう。口の縁や表面の歪みがそれぞれにあり、工業製品の集まりというより、個々の存在が集まった群れのように見えてきます。(参照:ニューヨーク近代美術館|エヴァ・ヘス《反復19 III》)

似ているからこそ見えてくる個体差

19個という数が先に決められ、容器状の形も繰り返されているため、観客は自然に一つずつ比較し始めます。高さ、厚み、縁の形、透け方には微妙な違いがあります。もし一つだけが置かれていたら気づきにくい差異も、並べて見ることで明らかになります。反復することが、均一さを強める方法から、個々の不揃いを見せる方法へ変わっています。

ヘス自身は、これらの空洞を持つ形に身体を連想させる性格を認めていました。見る人によって、植物や器、身体の一部のようにも感じられます。抽象的な単純形でありながら、身体的な想像を引き出すところに作品の魅力があります。(参照:ニューヨーク近代美術館|エヴァ・ヘス《反復19 III》)

展示のたびに変わる配置

ヘスは《反復19 III》の19個を置く順番について、唯一の決定的な配置を定めませんでした。作品を作ったときの並び方が、常に守るべき完成形とされたわけではありません。実際の展示では、単位同士の間隔や集まり方が変わり、それに応じて全体の印象も変化します。美術館が作品を説明する写真と、現場で経験する姿が一致しない場合もあります。

作品を保存するとは、最初の並べ方を永久に固定することなのでしょうか。この立体群は、素材となる19個を守ることと、それらを配置する可能性を残すことの両方を求めます。展示行為そのものが作品の姿に関わることを示す重要な例です。(参照:ニューヨーク近代美術館|エヴァ・ヘス《反復19 III》)

1968〜1969年|柔らかな材料が身体を思わせる

キース・ソニアがラテックスを壁から剥がす

キース・ソニアは1960年代後半、ラテックスやゴム、繊維、光を用い、壁や床と一体になるような作品を作りました。壁へラテックスを塗り、固まってから剥がすと、壁の表面を写し取った柔らかい膜が生まれます。その膜は、元の建築を思わせると同時に、皮膚のような質感を持つようにも感じられます。

彫刻用の型を用意する代わりに、展示する場所そのものを型として使う方法です。素材が固まった後に壁から離れると、建築の痕跡を持った一枚の薄い物体になります。作品は床や壁から独立した完成品として作られるだけでなく、実際の場所との接触から生まれるようになりました。(参照:ディア美術財団|キース・ソニアの初期作品)

1968年《ラット・テイル・エクササイズ》

ソニアの《ラット・テイル・エクササイズ》(1968年)は、ラテックス、ひも、ゴム、短い繊維などを組み合わせた作品です。床から壁へと伸びる不規則な構成を持ち、幾何学的な枠組みを思わせながらも、細い線や表面の感触は生き物の一部のように見えます。ディア美術財団は、作品が床と壁の関係を使い、身体的な連想を引き起こす点を紹介しています。

整った格子の構造を使いながら、素材は柔らかく、毛や皮膚を連想させます。工業製品を利用した抽象表現が、冷たく無機質な印象に収まらないことがわかります。作品を理解する鍵は、その物質に触れたくなるような感覚にもあります。(参照:ディア美術財団|《ラット・テイル・エクササイズ》)

抽象的な形と身体感覚の接近

ヘス、モリス、ソニアの作品を見比べると、人物を描いていなくても身体を意識させる形が数多く登場します。垂れ下がるフェルトには布や皮膚の重みがあり、樹脂の筒には身体の内部を思わせる空洞があります。ゴムの膜は、壁に触れていた表面の痕跡を残します。抽象的な形が、重さ、たわみ、透け方などを通じて身体的な経験へ近づいていったのです。

この時期には、ボディ・アートやパフォーマンスも並行して発展していました。自分の身体を直接作品に使う作家もいれば、物質の反応を通して身体を想像させる作家もいました。異なる制作方法が同時代に生まれていたことが、1960年代後半の美術の豊かさを示しています。(参照:グッゲンハイム美術館|モリスとアンチ・フォーム)

1969年|制作過程を展示する時代へ

ホイットニー美術館《アンチ・イリュージョン》展

1969年5月19日から7月6日まで、ニューヨークのホイットニー美術館で《アンチ・イリュージョン――手順と素材》展が開催されました。企画したのはマーシャ・タッカーとジェームズ・モンテです。タイトルが示すように、完成作品の見た目とともに、制作に用いる素材や手順へ視線を向ける企画でした。絵画や彫刻に加え、映像や音楽、時間を伴う作品も取り上げられました。

ヘス、セラ、モリス、ル・ヴァ、ベングリス、ソニアらの実験を同時代の現象として見る重要な機会となりました。形が大きく異なる作品を、どのような素材を選び、何をしたのかという共通の視点で比較できる展覧会でした。(参照:ホイットニー美術館|1969年《アンチ・イリュージョン》展)

「何が描かれたか」から「何が起きたか」へ

床に流したラテックス、吊るされたフェルト、投げて固められた鉛では、見た目に共通の様式を探すことが難しくなります。展示の主題を制作過程に置くと、別々に見える作品を同じ問題のもとで考えられます。どの材料にどんな操作を加えたのか、その結果として作品がどう変わったのか。鑑賞者の関心は、目の前の姿から制作中の出来事へ広がります。

絵画の色彩や彫刻の輪郭を楽しむ視点も続いています。そのうえで、出来上がったものから制作行為を読み取る方法が重視されるようになりました。作家が何をしたのかが、作品に向き合うための重要な情報となったのです。(参照:ホイットニー美術館|1969年《アンチ・イリュージョン》展)

展覧会が新しい美術史を形作る

異なる芸術家がそれぞれの場所で制作していても、美術館が一つの展覧会に作品を集めると、時代の共通した特徴が見えることがあります。《アンチ・イリュージョン》展は、後にプロセス・アートと呼ばれる実践を広く紹介する役割を果たしました。そこで付けられた展覧会名や作家の組み合わせが、その後の研究や教科書にも影響していきます。

1960年代の美術史では、作家の制作だけでなく、批評家や学芸員が作品をどう紹介したかも重要です。作品を選び、並べ、何を主題として説明するかという判断が、新しい芸術の見え方を作りました。(参照:ホイットニー美術館|1969年《アンチ・イリュージョン》展)

1969年|エヴァ・ヘス《エクスパンデッド・エクスパンション》

硬い支柱と柔らかく垂れる布

《エクスパンデッド・エクスパンション》(1969年)は、ガラス繊維の支柱の間に、ラテックスを含ませた布が垂れ下がる大きな作品です。立ち上がる支柱は骨組みのように見え、薄い布は重力を受けてたわみます。固いものと柔らかいもの、支えるものと垂れるものの関係が、作品の形を作っています。グッゲンハイム美術館が所蔵し、1969年の《アンチ・イリュージョン》展に出品されました。

細く透ける膜は、光の加減によって厚さや表情が変わります。見る人は巨大な彫刻の前に立っているようにも、揺れる布の近くにいるようにも感じられます。素材同士の性質の違いが、作品の印象そのものを生んでいます。(参照:グッゲンハイム美術館|《エクスパンデッド・エクスパンション》)

幅が変えられる彫刻

この作品の横幅は一つの寸法に固定されていません。支柱の間隔を調整することで、全体を広げたり縮めたりすることができます。グッゲンハイム美術館は、作品がアコーディオンやカーテンのように広がり方を変えられる構造だと説明しています。単純な支柱が繰り返されている点ではミニマリズムを思わせますが、設置ごとに形が変わり得ることが大きな特徴です。

美術館の部屋の大きさや展示条件によって、同じ作品が別の表情を見せることになります。完成時の一つの形にのみ作品の価値を置かず、変化できる幅も含めて作品を考える方法です。(参照:グッゲンハイム美術館|《エクスパンデッド・エクスパンション》)

時間の経過で変わる作品の姿

ヘスが使った天然ラテックスなどの素材は、時間の経過とともに変色や硬化、ひび割れが生じることがあります。《エクスパンデッド・エクスパンション》も保存上の課題を抱え、長く展示が難しい状態にありました。グッゲンハイム美術館は保存研究を重ね、2022年に作品を再び公開しています。作品を作った当時と現在とでは、素材の状態が変化していることも重要な事実です。

芸術家が選んだ素材の性質を保つことと、今後も展示できる状態を目指すことには、慎重な判断が求められます。時間とともに変わる物質を作品の中心に据えたことが、保存の現場にも新しい問いを残しました。(参照:グッゲンハイム美術館|《エクスパンデッド・エクスパンション》保存と展示)

1969年|リンダ・ベングリスが絵の具を床へ流す

絵画の制作方法を床へ広げる

リンダ・ベングリスは1960年代末、液体状のラテックスに色を混ぜ、床へ流して固める作品を制作しました。通常の絵画では、絵の具はキャンバスの表面へ塗られます。ベングリスの場合、色を含んだ液体そのものが床に広がり、固まった後も自分の輪郭を保ちます。キャンバスや木枠を必要としないため、色面は四角い画面から解放されました。

作者は自分を画家として考えながら、展示室を歩き回って見る立体的な作品を作っていました。絵画の色彩と、彫刻のように場所を占める性質が、同じ物質の中で結びつきます。(参照:ホイットニー美術館|ベングリス本人による作品解説)

《コントラバンド》と流れる色

1969年の《コントラバンド》は、鮮やかな色を混ぜたラテックスが床の上に大きく広がった作品です。ベングリスは実際に液体を流し、その粘り気と重力によって生まれる形を利用しました。ホイットニー美術館によれば、大きさは制作した場所の条件に左右され、輪郭も液体が自然に流れた結果として現れました。赤、青、黄などの色彩が重なり、川の流れや水面に漂う油膜を思わせます。

本人は、故郷ルイジアナにある地名からこの作品を名づけています。素材が生み出した不規則な形は、抽象的な色面として見ることも、自然界で目にする流動の姿と結びつけて見ることもできます。(参照:ホイットニー美術館|リンダ・ベングリス《コントラバンド》)

ポロックの方法をさらに押し広げる

ジャクソン・ポロックは床に置いたキャンバスへ絵の具を垂らし、身体を動かしながら画面を作りました。ベングリスは、その流すという行為を絵画から引き継ぎながら、出来上がった作品を再び四角い画面へ戻す方法から離れました。支持体を持たないラテックスの層が床を占め、鑑賞者はその周囲を歩いて見ることになります。

ここには抽象表現主義とプロセス・アートの意外なつながりがあります。絵の具が流れ、固まることは昔から制作で起きていました。その現象を最後まで前面に残すと、絵画そのものの姿が変わっていくのです。(参照:ホイットニー美術館|リンダ・ベングリス《コントラバンド》)

1969年|《態度が形になるとき》展が示した広がり

ベルンで開催された歴史的な展覧会

1969年、スイスのベルン美術館で、ハラルド・ゼーマンが《頭の中で生きる――態度が形になるとき》展を企画しました。完成した絵画や彫刻の様式で作家を分類するより、制作への姿勢や行為、その場で生まれる作品に注目した展覧会です。アメリカのプロセス・アートに関わる作家のほか、イタリアのアルテ・ポーヴェラなど、背景の異なる芸術家も参加しました。

作品の見た目より、どう作ろうとしているかという態度を展覧会の中心に置くことは、当時として大きな試みでした。1960年代末には各国で、制作行為や素材の性質を重視する実験が同時に広がっていたことがわかります。(参照:プラダ財団|1969年《態度が形になるとき》展の再検証)

展示室そのものが制作の場所になる

ゼーマンの展覧会では、完成品を運び込んで整然と並べる方法に加えて、作家がその場で制作し、展示室の床や壁へ介入する方法も現れました。作品と設置の作業を切り離しにくくなると、展覧会の準備自体が制作に近づいていきます。展示室は作品を入れる箱という役割から、作品が生まれる場所にもなりました。

この変化は、学芸員の仕事にも影響します。作品を選び、配置するだけでなく、作家がどのような条件で作業できるかを考え、現場での制作を支える役割が重要になります。美術館の仕事と作品の成立過程が、以前よりも密接に関わるようになりました。(参照:プラダ財団|1969年《態度が形になるとき》展の再検証)

国際的な同時代性とそれぞれの違い

1969年の展覧会には、現在の美術史では別々の名前で語られる作家たちが集まりました。アメリカのポスト・ミニマリズム、イタリアのアルテ・ポーヴェラ、土地を使った芸術や概念を中心とする実践には、素材、場所、行為を重視する共通点があります。作家の地域や制作の背景まで同一だったわけではなく、互いに異なる文化や社会条件から生まれた実験でした。

この展覧会は後に、美術の発表形式を考えるうえでも繰り返し参照されました。2013年にはプラダ財団が、1969年当時の展示室や作品の関係を検証する大規模な再構成を行っています。展示の歴史そのものが、美術史研究の対象となっているのです。(参照:プラダ財団|1969年《態度が形になるとき》展の再検証)

1971年|ポスト・ミニマリズムという名前が定着する

ピンカス=ウィッテンの批評

美術批評家ロバート・ピンカス=ウィッテンは、1971年に「ポスト・ミニマリズム」という呼称を用いました。スミソニアン美術史資料館は、彼がエヴァ・ヘスやリチャード・セラらの実践を説明するため、この語を生み出したと記しています。先に制作されていた作品を、ミニマリズムからの展開という視点で整理するための言葉でした。

美術史にとって運動の名前は便利な道具です。複数の作家の作品を一緒に考え、同じ時代の変化を理解しやすくなります。その名前だけから作家の意図を決めつけると、個々の実験の違いが見えにくくなります。名称がいつ生まれたのかを知っておくことは、歴史を丁寧に読むために大切です。(参照:スミソニアン美術史資料館|ポスト・ミニマリズムの命名)

プロセス・アートとアンチ・フォームの関係

プロセス・アートという言葉は、作品が制作される手順や、素材に生じる変化を中心に考えるときに使われます。アンチ・フォームは、モリスが1968年に表明した、完成形を先に定める方法への疑問を指します。ポスト・ミニマリズムは、それらを含む幅広い歴史的なまとまりとして使われてきました。言葉ごとの焦点を意識すれば、同じ作品が複数の文脈で語られる理由も理解できます。

セラの《動詞のリスト》は言語を使った作品としても読めますし、ヘスの造形は反復や絵画史との関係からも理解できます。分類の枠を一つ選んでしまうより、作品が持つ多様な側面を確かめることが大切です。(参照:グッゲンハイム美術館|モリスとアンチ・フォーム)

「柔らかい芸術」という印象を越える

ポスト・ミニマリズムの代表作として、布やゴムを使った柔らかい彫刻がよく紹介されます。セラの鉛の作品のように、非常に重く固い素材を用いた例も重要です。工業材料が使われ続けていたことも共通しています。硬さや柔らかさだけで時代を区切ると、材料へ行為を加えたときに何が起こるかという核心を見落とします。

素材に対する働きかけと、その結果を作者がどこまで予測していたかに注目すると、形の異なる作品を同じ視点で見ることができます。見た目の分類だけに頼らず、制作の過程を考えることが、この時代の美術を理解する近道です。(参照:ニューヨーク近代美術館|リチャード・セラ《トゥ・リフト》)

素材の劣化と、美術館に残された課題

ラテックスや樹脂は時とともに変わる

ヘスの作品では天然ラテックスや合成樹脂が重要な役割を果たしました。こうした材料は、光、温湿度、酸素などの環境によって、時間の経過とともに色や硬さが変わる場合があります。制作当時は柔らかく透明感のある表面だったものが、何十年も経つと暗くなったり割れやすくなったりすることがあります。素材の変化が、作品の見た目や展示の可否に直接影響します。

これらの材料を選んだ理由は、当時の作者が求めた形や感触にありました。後世の保存の問題を知ることによって、作品を制作当時の姿へ単純に戻せるわけではないという現実も見えてきます。(参照:グッゲンハイム美術館|《エクスパンデッド・エクスパンション》保存と展示)

保存することと、変化を受け入れること

美術館は、作品を未来の人々へ伝えるために状態を調べ、必要に応じて修復や展示方法の調整を行います。元の素材を保つこと、失われた柔軟性を補うこと、鑑賞できる状態を確保することの間で、慎重な判断が必要になる場合があります。ヘス《エクスパンデッド・エクスパンション》の再展示は、そうした保存の難しさを考える具体例です。

作品の姿が変わる可能性を持つことと、作品を保護する仕事は、ともに芸術の歴史に含まれています。制作方法を知ることは、保存のために何を守るべきかを考える手がかりになります。素材に任せた形を、どの程度まで固定して残すのかという問いが生まれます。(参照:グッゲンハイム美術館|《エクスパンデッド・エクスパンション》保存と展示)

設置方法も保存すべき情報になる

床に置く19個の立体、壁から垂れるフェルト、一定の幅に固定されない布の作品では、素材を保管するだけでは将来の展示を再現できません。設置位置や許される変化の範囲、作者の意図、以前の展示写真なども必要になります。作品が作られた方法と再展示の条件を保存することが、美術館の仕事として重要になります。

ポスト・ミニマリズムは、完成作品を一つの動かない形として扱う保存の考え方にも変化をもたらしました。展示室へ作品を置く行為が、作品の姿を決める最後の段階になる場合があるからです。作品に残された可能性を理解するために、記録と実物の両方が必要になります。(参照:ニューヨーク近代美術館|エヴァ・ヘス《反復19 III》)

同時代のコンセプチュアル・アート、身体表現、土地の芸術

アイデアを重視する芸術との接点

同じ1960年代後半、コンセプチュアル・アートの作家たちは、作品を成立させる考えや指示に注目しました。セラの《動詞のリスト》は、言葉が制作を始める条件となる点で、その流れと近い関係があります。モリスの「アンチ・フォーム」も、完成形に対する制作の考え方を明確にする文章でした。

プロセス・アートでは、指示が実行されたとき、素材がどのように反応したかを重視します。アイデアと実際の物質が作品の中で深く関わり合います。二つの動向を切り分けて覚えるより、作品ごとに言葉と行為がどのように結びつくかを見ると理解が深まります。(参照:ニューヨーク近代美術館|リチャード・セラ《動詞のリスト》)

身体を使う表現との接点

フェルトを切って吊るす、ゴムを持ち上げる、金属を投げるといった行為には、芸術家自身の身体の動きが伴います。セラの《ハンド・キャッチング・リード》では、物質をつかもうとする手の動きそのものが映像に収められました。これは同時代に広がっていたボディ・アートやパフォーマンスとも接点を持ちます。

身体そのものを観客の前へ差し出す作品と、身体が材料へ加えた作用を残す作品では、表現の方法は異なります。ともに、制作の行為や時間を芸術の重要な要素として扱った点で、同じ時代の変化を示しています。(参照:ニューヨーク近代美術館|リチャード・セラ彫刻回顧展図録)

展示室の外へ広がる土地の芸術

素材の重さや場所の条件への関心は、やがて美術館の外へも向かいます。ロバート・スミッソンらの土地を用いた作品では、土、石、地形、浸食や時間が表現に関わりました。セラの鉛が壁と床の角によって形を得たように、土地の芸術では地形そのものが作品の成り立ちを左右します。

作家たちはそれぞれ異なる歴史や目的から制作していました。素材と場所の相互作用へ目を向けると、プロセス・アートとランド・アートの間にある具体的なつながりが見えてきます。展示室から屋外へ制作が広がる変化は、次の美術史を理解する重要な視点です。(参照:プラダ財団|1969年《態度が形になるとき》展の再検証)

1966〜1972年、芸術作品の考え方はどう変わったか

完成した形から制作過程へ

1966年にヘスは《ハング・アップ》で絵画の枠から線を空間へ伸ばし、1967年にはセラが動詞を使って素材に行う動作を考えました。ル・ヴァは材料を床へ散らし、1968年にはモリスが柔らかいフェルトと重力へ向かい、セラは鉛の重さや流れを制作に取り入れました。短い期間に、作品がどのように作られ、そこで何が起きたのかが強く意識されるようになります。

これらの作家が同じ形式の作品を目指したわけではありません。形の揃わなさ、素材の反応、行為の痕跡といった、それぞれ異なる問題に取り組みました。その多様な実験を通して、完成形を先に決める制作の方法が見直されていきました。(参照:ニューヨーク近代美術館|《動詞のリスト》と制作過程)

美術館の展示と保存にも新しい考えが必要になった

1969年の《アンチ・イリュージョン》展と《態度が形になるとき》展は、素材や制作の姿勢を作品の中心に置く新しい実践を広く紹介しました。展示室そのものを制作に使い、設置のたびに姿が変わる作品が現れたことで、美術館は作品の保管とともに、展示方法や制作過程の記録へも注意を向ける必要が生まれました。

ラテックスや樹脂の経年変化は、今日まで続く保存上の課題です。素材そのものの性質を尊重することは、制作当時の表現を理解することと深くつながっています。作品の価値は完成した姿の美しさとともに、それが成立する条件や時間にも見出されるようになりました。(参照:グッゲンハイム美術館|《エクスパンデッド・エクスパンション》保存と展示)

後の現代美術に残されたもの

ポスト・ミニマリズムとプロセス・アートが広げたのは、作品の形を生み出す方法の可能性でした。重さ、柔らかさ、偶然、反復、制作する身体、展示する場所は、今も多くの芸術家が考え続けている問題です。ヘスの反復、モリスのフェルト、セラの鉛、ベングリスのラテックスは、互いに異なる作品として、同じ時代の実験の豊かさを伝えています。

現代美術を見るとき、作品が何を表しているかに加えて、どんな素材が使われ、何が行われてその形が生まれたのかを考えてみてください。作品の表面に残された制作の時間が、これまでとは違った見え方をもたらします。(参照:グッゲンハイム美術館|モリスとアンチ・フォーム)

年表――1966〜1972年の主要な出来事

  1. 1963〜1965年 ミニマリズムが発展。単純な物体、工業材料、反復、展示空間への関心が強まる。
  2. 1966年 エヴァ・ヘス《ハング・アップ》。絵画の枠と線が三次元空間へ広がる。
  3. 1967年 ヘス《アデンダム》。反復する形からひもが不規則に垂れる。
  4. 1967年 リチャード・セラ《動詞のリスト》および《トゥ・リフト》。
  5. 1967年 バリー・ル・ヴァ《継続する関連した行為――落下によって中断される》。
  6. 1968年 ロバート・モリスが『アートフォーラム』に「アンチ・フォーム」を発表。
  7. 1968年 セラ《プロップ》《スプラッシング》《ハンド・キャッチング・リード》。
  8. 1968年 ヘス《反復19 III》。19個の不均一な立体を床に配置。
  9. 1968年 キース・ソニア《ラット・テイル・エクササイズ》。
  10. 1969年5〜7月 ホイットニー美術館《アンチ・イリュージョン――手順と素材》展。
  11. 1969年 ヘス《エクスパンデッド・エクスパンション》。
  12. 1969年 リンダ・ベングリス《コントラバンド》。
  13. 1969年 ベルン美術館でハラルド・ゼーマン企画《態度が形になるとき》展。
  14. 1969年 モリスのフェルトを用いた作品が展開する。
  15. 1970年 エヴァ・ヘスが34歳で死去。
  16. 1971年 ロバート・ピンカス=ウィッテンが「ポスト・ミニマリズム」という名称を用いる。
  17. 1972年頃 素材、行為、展示空間をめぐる実験が、彫刻・インスタレーション・絵画に引き継がれる。
  18. 2013年 プラダ財団が1969年の《態度が形になるとき》展を再構成。
  19. 2022年 グッゲンハイム美術館が保存修復を経たヘス《エクスパンデッド・エクスパンション》を公開。

まとめ――素材が形を生み出す時代

1966年から1972年にかけて、アメリカの芸術家たちは、素材の重さや柔らかさ、制作する行為、偶然に生じる変化を作品の中心へ取り込みました。ヘスは似ていても異なる立体を反復し、モリスはフェルトの曲線を重力に委ね、セラは動詞を手がかりにゴムや鉛を扱いました。ル・ヴァは床へ材料を分散させ、ベングリスはラテックスを流すことで絵画の支持体を考え直しました。そこには異なる方法がありながら、形が生まれる過程へ目を向けるという共通する変化が見られます。

この時代の展覧会は、完成した作品を形の似たもの同士で分類する方法にも新しい視点をもたらしました。《アンチ・イリュージョン》展や《態度が形になるとき》展では、素材や手順、作家の制作の姿勢が重要な主題となります。作品を展示する場所が制作の条件になり、設置のたびに姿が変わる作品を保存するには、物質とともに制作方法や展示の記録を残す必要が生まれました。

現代美術を見るとき、作品が何を意味するのかとともに、どのように作られ、何がその形を生み出したのかを考えてみてください。床に広がった色、壁から垂れる布、重さによって立つ金属には、制作時に働いた力や時間の痕跡が残っています。ポスト・ミニマリズムとプロセス・アートは、そうした身近な物質の変化を、芸術として経験する新しい道を開きました。

参考資料・出典

美術館・研究機関・作品所蔵館が公開する作品解説、展覧会記録、作家の発言、保存修復資料をもとに、ART LIBRARYが独自に構成・執筆しています。制作年と後年の歴史的な呼称を区別し、作品の素材・制作方法・設置の条件を確認しました。本文は資料の逐語訳ではありません。

資料確認日:2026年10月14日 / ART LIBRARY