Art Library
Art History

1995–2005

映像インスタレーションとMoving Image

映画、投影、時間、展示空間

1990年代後半、美術館の中で映像を見る経験が大きく変わりました。映像作品そのものは1960年代から存在していましたが、この時期にはテレビモニターの中に収まっていた像が壁いっぱいへ拡大し、一つのスクリーンが二つ、三つ、八つへ増え、映像が複数の部屋や建築全体を占めるようになります。観客は映画館のように一方向を向いて座るのではなく、暗い展示室の中を歩き、振り返り、別の画面へ移動しながら作品を見るようになりました。

1995年、Museum of Modern Artは《Video Spaces: Eight Installations》を開催し、Stan Douglas、Gary Hill、Tony Oursler、Bill Violaらの作品を通して、ビデオ・インスタレーションが映像美術の主要な形式へ成長したことを示しました。その後、Douglas Gordonは映画そのものの速度を変え、Steve McQueenは映画史の身体を再演し、Tacita Deanは16mmフィルムの光と時間を追究します。Pipilotti Rist、Shirin Neshat、Eija-Liisa Ahtilaは複数スクリーンによって、一つの視点へ回収されない映像空間を作りました。

同時に、プロジェクター、レーザーディスク、DVD、デジタル制御などの技術発展によって、大型投影や長時間ループ、複数チャンネルの同期が現実的になります。Stan Douglas、Doug Aitken、Diana Thater、Bill Viola、Bruce Naumanらは、映像をスクリーンに表示される内容だけではなく、建築、音、照明、鑑賞者の身体、待つ時間を含んだ環境として扱いました。

本記事では「映像作品が流行した」という説明に留まらず、映画館と美術館の違い、フィルムとビデオ、単一画面と複数投影、ループ、暗室、展示機材、保存までを追います。1995–2005年は、Moving Imageが一つのジャンルとして増えた時期というより、「映像を見るとはどのような行為か」を展示空間全体から組み替えた時期でした。

CONTENTS

  1. Moving Imageとは何を指すのか
  2. 映像美術は1990年代に始まったわけではない
  3. 1995年MoMA《Video Spaces》
  4. documenta IXで絵画や彫刻と並ぶ映像
  5. ホワイトキューブの中に暗室が増える
  6. 映画館とギャラリーの違い
  7. ループが「始まり」と「終わり」を変える
  8. 大型投影を可能にした技術環境
  9. Douglas Gordon — 映画そのものの時間を彫刻する
  10. 1993年《24 Hour Psycho》
  11. 時間を「彫刻」する
  12. 記憶している映画を見る
  13. 1996年Turner Prizeと映像の位置
  14. Steve McQueen — 映画の文法と身体
  15. 1997年《Deadpan》
  16. 映画史の中へ黒人の身体を置く
  17. 本当の「無音」を作る
  18. 巨大投影によって身体の比率が変わる
  19. 1999年Turner PrizeとSteve McQueen
  20. Tacita Dean — フィルムという物質と消えゆく時間
  21. 1996年《Disappearance at Sea》
  22. 出来事より「待つ時間」を見る
  23. フィルムは画像であると同時に物質である
  24. Pipilotti Rist — ビデオを色と身体の環境へ広げる
  25. 1997年《Ever Is Over All》
  26. 二つの映像を同時にどう見るか
  27. Shirin Neshat — 二つのスクリーンの間に立たせる
  28. 1998年《Turbulent》
  29. 1999年《Rapture》
  30. Stan Douglas — 歴史、テレビ、映画を再構成する
  31. 三面投影でテレビの歴史を見る
  32. 1998年《Win, Place or Show》
  33. 1999年Dia《Double Vision》
  34. Doug Aitken — 映画を複数の部屋へ分解する
  35. 1999年《electric earth》
  36. 都市の電気と身体が同期する
  37. Eija-Liisa Ahtila — 物語映画を複数スクリーンへ開く
  38. 1999年《Consolation Service》
  39. 物語が壊れたのではなく、複数化する
  40. Diana Thater — 投影そのものを建築へ重ねる
  41. 2001年《Knots + Surfaces》
  42. 観客の影が映像へ入る
  43. Bill Viola — 映像を宗教的なスケールの経験へ
  44. 2001年《Five Angels for the Millennium》
  45. 「何かが起きる」のを待つ
  46. Bruce Nauman — スタジオを七つの映像へ分解する
  47. 2001年《Mapping the Studio I》
  48. 何も起こらない映像を見る
  49. 監視映像と美術映像の接近
  50. モニターと投影は同じではない
  51. 音が空間を分ける
  52. 鑑賞者は「座る人」から「移動する人」へ
  53. 長い作品を最後まで見る必要があるのか
  54. 既存映画を素材にすること
  55. フィルムとビデオは対立ではない
  56. アナログからデジタルへの移行
  57. 映像インスタレーションを何として保存するのか
  58. 機材の廃番という問題
  59. 映像を見ることが建築経験になる
  60. 「映画」と「アート映像」を単純に分けない
  61. 鑑賞者が編集するという比喩
  62. 没入は一つの方向ではない
  63. 国際展と映像インスタレーション
  64. 美術館の時間も変わる
  65. 1995–2005年に何が変わったのか
  66. 映像の台頭は絵画の終焉ではない
  67. 2005年以後への影響
  68. 次の時代へ — ポスト・インターネット以前のデジタル化と画像環境
  69. 参考資料・出典

Moving Imageとは何を指すのか

現代美術で「Moving Image」という言葉は、映画、ビデオ、デジタル映像、アニメーションなど、時間とともに変化する画像を広く指すために使われます。ただし、本記事で扱う1995–2005年の重要な変化は、単に映像作品の本数が増えたことではありません。

映像が一枚のモニターや映画館のスクリーンから離れ、展示室の壁、床、複数のスクリーン、建築空間全体へ広がりました。鑑賞者は椅子に座って最初から最後まで見るだけでなく、途中から入り、歩き、別の映像へ視線を移し、好きな時に退出します。映像を見る「場所」と「時間」の制度そのものが変化しました。

映像美術は1990年代に始まったわけではない

Nam June Paik、Bruce Nauman、Joan Jonas、Dan Graham、Peter Campus、Bill Viola、Gary Hillらは1960年代末から1980年代にかけて、ビデオ、閉回路テレビ、モニター、投影を使った作品をすでに展開していました。映画を美術の文脈へ持ち込む試みも、Andy Warhol、Michael Snow、Anthony McCallなど多くの先例があります。

したがって1990年代後半の特徴を「映像が初めて美術館に入った」と説明することはできません。重要なのは、映像インスタレーションが特殊な実験から、国際展や大規模美術館で絵画・彫刻と並ぶ主要な展示形式へ移っていったことです。

1995年MoMA《Video Spaces》

1995年6月22日から9月12日まで、New YorkのMuseum of Modern Artで《Video Spaces: Eight Installations》が開催されました。Barbara Londonが企画したこの展覧会には、Stan Douglas、Gary Hill、Tony Oursler、Bill Viola、Chris Marker、Teiji Furuhashiら8組が参加しました。

MoMAはこの時点で、ビデオ・インスタレーションとビデオ彫刻を、ビデオ美術の中でも特に活発な形式として位置づけています。Londonは、作家たちが映像を単一の画面から解放し、時間と空間の双方へ広がる環境の中へ埋め込んでいると説明しました。

documenta IXで絵画や彫刻と並ぶ映像

MoMAの《Video Spaces》資料は、その前段階として1992年documenta IXを重要視しています。そこではStan Douglas、Gary Hill、Tony Oursler、Bill Violaらの映像インスタレーションが、絵画や彫刻と同じ主要展示の中に配置されました。

映像は「メディア・アート専用室」に隔離されるのではなく、現代美術の一形式として展示空間全体へ入り始めます。1990年代半ば以降、この状況がさらに一般化していきます。

ホワイトキューブの中に暗室が増える

近代美術館の典型的な展示空間は、均質な白い壁と照明を持つ「ホワイトキューブ」として語られてきました。しかし投影映像には暗さが必要です。1990年代後半、美術館の内部に黒い壁、遮光カーテン、暗い廊下、スクリーンを持つ空間が急増しました。

この「ブラックボックス」は単なる設備ではありません。作品を見るために観客が暗闇へ入り、目が慣れるのを待ち、映像の時間へ身体を合わせるという鑑賞行為を作ります。展示建築そのものが作品経験を左右するようになります。

映画館では通常、上映開始時刻が決まり、観客は暗い客席に座り、同じ方向を向き、最後まで一本の作品を見ることが前提です。ギャラリーでは観客が自由に移動し、途中から見始め、途中で出ていくことができます。

映像インスタレーションはこの二つの制度を交差させました。映画と同じ撮影・編集技術を使いながら、物語の最初と最後を保証しない。作品の時間だけでなく、鑑賞者がどれくらいその場に留まるかという時間も作品の一部になります。

ループが「始まり」と「終わり」を変える

ギャラリー映像では、作品が繰り返し再生されるループ形式が多く使われます。観客は上映時刻を待つ必要がなく、いつでも作品へ入れます。

しかしその代わり、物語の始点が不明確になります。どこから見てもよい作品、最初まで戻って確認したくなる作品、繰り返しそのものが意味になる作品など、映画館とは異なる時間構造が生まれました。

大型投影を可能にした技術環境

1990年代にはビデオプロジェクターの性能が向上し、レーザーディスク、DVD、コンピューター制御などによって、長時間の映像を安定して反復再生しやすくなりました。複数の映像を同期させる作品も現実的になります。

技術は作品の意味そのものではありませんが、何を展示できるかを変えました。テレビモニターの大きさに制約されていたビデオ像が、壁いっぱいの投影や建築的な環境へ拡大します。

Douglas Gordon — 映画そのものの時間を彫刻する

Douglas Gordonは1990年代、既存映画を切断、反復、遅延、反転することで、映画の内容よりも「見る時間」そのものを意識させる作品を展開しました。

Hirshhorn MuseumはGordonを、既存の映像を単純な操作によって変形し、記憶、知覚、時間を探る作家として説明しています。映画を素材として使いながら、新しい映画を撮るのではなく、既に共有されている映画体験の時間構造を変える点が重要でした。

1993年《24 Hour Psycho》

《24 Hour Psycho》(1993)はAlfred Hitchcockの《Psycho》を極端に減速し、全編が約24時間かかる速度で無音投影する作品です。1993年の作品ですが、1990年代後半の映像インスタレーションを考えるうえで大きな起点となりました。

観客が丸一日そこにいることは通常ありません。有名なシャワー場面を知っている観客であっても、いつそこへ到達するのか分からない。映画のサスペンスは物語の速度から切り離され、記憶している映画と目の前の極端に遅い映像のずれが作品になります。

時間を「彫刻」する

Gordonの作品について「時間を彫刻する」という表現が使われるのは、映像を単なる物語の容器としてではなく、伸ばしたり、反復したり、二重化したりできる素材として扱うからです。

彫刻が物体を空間の中へ配置するように、Gordonは既存映画の時間を展示空間へ配置します。映像インスタレーションでは、時間が作品の外部条件ではなく、直接操作される素材になります。

記憶している映画を見る

《Psycho》を知っている観客は、実際に目の前で起きていることだけを見ているわけではありません。次に何が起こるかを記憶から補いながら見ています。

Gordonの作品は、映画文化が個人の記憶へどれほど入り込んでいるかを利用します。映像の引用は単なる参照ではなく、観客の記憶そのものを作品の一部にします。

1996年Turner Prizeと映像の位置

Douglas Gordonは1996年にTurner Prizeを受賞しました。1990年代のBritish Artでは、絵画や彫刻だけでなく、映像、写真、インスタレーションが主要な賞の中心へ入っていきます。

この受賞を「映像が絵画に勝った」と読む必要はありません。しかし美術館制度がMoving Imageを特殊な周辺領域ではなく、同時代美術の主要形式として評価する状況が明確になった出来事の一つでした。

Steve McQueen — 映画の文法と身体

Steve McQueenは、後に長編映画監督として世界的に知られる以前から、美術館の展示空間で上映される短編フィルムを制作していました。彼の初期作品では、カメラ位置、フレーミング、身体、無音、反復が極めて意識的に使われています。

映画的な技術を用いながら、物語映画のように登場人物の心理を説明するのではなく、見る行為そのものを身体的な出来事に変える点が特徴です。

1997年《Deadpan》

《Deadpan》(1997)は、Buster Keatonの1928年映画《Steamboat Bill, Jr.》の有名な場面をMcQueen自身が再演した作品です。家の正面壁が倒れ、開いた窓の位置だけが身体を避けて落下するというスタントを、複数の角度から何度も見せます。

MoMAの《Projects 62: Steve McQueen》のために制作され、16mmフィルムをビデオへ転送して上映されました。物語の一場面だったKeatonのスタントを反復し、出来事そのものを撮影・編集の研究へ変えています。

映画史の中へ黒人の身体を置く

MoMAは《Deadpan》について、McQueenが自らの身体をKeatonの位置へ置くことで、初期映画史の中で黒人のアイデンティティが不可視化されてきたことへ間接的に触れていると説明しています。

作品は字幕や説明文でその問題を語りません。映画史上よく知られた白人男性俳優の身体を、自分の身体で置き換えることそのものが意味を生みます。引用は映像史を再演する行為になります。

本当の「無音」を作る

McQueenは《Deadpan》を完全な無音空間で見せることを重視しました。無声映画も実際の上映時には音楽伴奏があることが多かったため、彼の作品の静けさは歴史的なsilent cinemaの再現ではありません。

音が消えることで、観客は自分の呼吸、衣服の音、他の観客の動きを意識します。映像だけでなく、鑑賞者自身の身体が展示空間の中で可視化されます。

巨大投影によって身体の比率が変わる

MoMAは《Deadpan》が巨大なスケールで投影され、光沢のある床への反射も含めて観客を包むことを記録しています。映画館でも映像は大きいですが、ギャラリーでは観客がスクリーンとの距離を自由に変えられます。

近づけば身体より巨大な像になり、離れれば一つの平面として見える。Moving Imageは時間芸術であると同時に、スケールを持つ空間芸術になります。

1999年Turner PrizeとSteve McQueen

McQueenは1999年にTurner Prizeを受賞しました。わずか数年の間にDouglas GordonとMcQueenが相次いで受賞したことは、1990年代後半のイギリス美術でMoving Imageが大きな位置を占めていたことを示します。

ただし両者の方法は異なります。Gordonは既存映画の記憶と時間を操作し、McQueenは自ら撮影した映像、身体、カメラの位置から映画そのものの知覚構造を組み立てました。

Tacita Dean — フィルムという物質と消えゆく時間

Tacita Deanは1990年代半ばから16mmフィルムを主要な媒体として使い、海、航海、灯台、失踪、古い建築、偶然、記憶などを扱いました。

デジタル化が進んだ時代に彼女がフィルムへこだわったことは、単なる懐古ではありません。光がフィルムを通過し、映写機が回転し、一定の速度で物理的なフィルムが送られること自体が作品経験に含まれます。

1996年《Disappearance at Sea》

《Disappearance at Sea》(1996)は、Hirshhornの資料によれば16mmアナモルフィック・カラー・フィルム、光学音声による約14分の作品です。灯台の回転する光と、海に沈んでいく夕日が長い時間をかけて映されます。

作品の背景には、単独世界一周航海レース中に失踪したDonald Crowhurstの物語があります。しかし映画は事件を再現するドラマではありません。灯台、海、光、時間が、失踪の記憶を間接的に呼び起こします。

出来事より「待つ時間」を見る

HirshhornはDeanのフィルムについて、行動を抑え、ゆっくり持続する時間と大気的な風景を重視していると説明しています。

映画館の物語映画では、出来事が次の出来事へ進むことが時間を作ります。Deanでは何も起こらないように見える時間を長く見続けることが、作品の中心になります。灯台の光が戻ってくるまで待つことそのものが鑑賞になります。

フィルムは画像であると同時に物質である

16mm作品を映写すると、映写機の音、フィルムの継ぎ目、ランプの光、粒子、傷、色の変化が経験に含まれます。デジタルファイルと違い、上映するたびに物理的なフィルムが装置を通過します。

Deanの作品は、映っている風景だけでなく、「フィルムで見ること」の条件を意識させます。Moving Imageがデジタル化へ向かう時期に、古い媒体の物質性が逆に強く意識されました。

Pipilotti Rist — ビデオを色と身体の環境へ広げる

Pipilotti Ristは、音楽ビデオ、テレビ、フェミニズム、日常的な映像技術などを横断し、鮮烈な色彩と音によるビデオ作品を展開しました。

彼女の作品では、ビデオを冷たい電子装置として見せるより、色、音、身体、植物、欲望が混ざり合う感覚的な空間へ変える方向が強く現れます。

1997年《Ever Is Over All》

《Ever Is Over All》(1997)は、二つの映像を隣接する壁へ投影する作品です。一方では水色の服を着た女性が街を歩き、巨大な花のような道具で駐車中の車の窓を楽しそうに割っていきます。もう一方では赤い花が大きく映し出されます。

MoMAは、二つの映像が隣接して重なり合い、夢のような映像と日常の都市空間が一つの環境を作る作品として説明しています。京都国立近代美術館の資料では、1997年Venice Biennaleで発表され、若手作家賞を受賞したことも確認できます。

二つの映像を同時にどう見るか

映画館では一本のスクリーンの中心を見ることが基本ですが、《Ever Is Over All》では二つの映像が同時に存在します。観客は一方を見ながら、周辺視野でもう一方を受け取ります。

複数投影では編集がスクリーン内部だけで完結しません。観客がどちらへ視線を向けるかによって、自分自身で映像同士の関係を組み立てます。

Shirin Neshat — 二つのスクリーンの間に立たせる

Shirin Neshatは1998年から2000年にかけて《Turbulent》《Rapture》《Fervor》という映像インスタレーションの三部作を制作しました。Whitney Museumは、これらをイラン文化、ジェンダー、亡命、社会的・宗教的問題を扱う重要な作品群として位置づけています。

特に《Turbulent》と《Rapture》では、向かい合う二つのスクリーンが重要です。観客は一画面の外から見るのではなく、二つの像の間に身体を置かれます。

1998年《Turbulent》

《Turbulent》(1998)は、男性歌手と女性歌手を向かい合う二つの映像として配置します。男性側には公的な観客が存在し、女性側の空間は異なる条件に置かれています。

二つの映像を完全に同時に見ることはできません。観客は振り返りながら、二つの空間、二つの声、二つの社会的位置を比較します。画面間の物理的距離そのものがジェンダーの分離を経験させる構造になります。

1999年《Rapture》

《Rapture》(1999)も二つの映像を対置し、一方に男性たち、もう一方に女性たちの集団を配置します。Whitneyは、男性たちが海辺の要塞内で集団的な儀礼を行う映像などを記録しています。

作品を一画面へ編集して男女を交互に見せることも技術的には可能です。しかしNeshatは二つのスクリーンを離して設置し、その間に観客を置きます。社会的分離が映像編集ではなく、展示空間の建築へ変換されます。

Stan Douglas — 歴史、テレビ、映画を再構成する

Stan Douglasは、映画やテレビの形式を精密に再制作しながら、近代都市、放送制度、歴史の失敗や反復を扱ってきました。1995年MoMA《Video Spaces》に出品された《Evening》(1994)は、三つの架空のニュース放送局を三面の映像として同時上映しました。

1960年代末のアメリカのテレビニュースが、情報伝達から娯楽性の高い「Happy Talk」形式へ移る過程を再構成し、同じニュースが異なる放送形式によってどう変化するかを見せます。

三面投影でテレビの歴史を見る

《Evening》では三つのスクリーンが並び、それぞれ異なる架空放送局のニュースを映します。観客が立つ位置によって一つの音声が強く聞こえたり、複数の音が重なったりします。

テレビを見る通常の状態では一局ずつ選局しますが、インスタレーションでは異なる放送形式を同時に比較できます。展示空間がメディア史を分析する装置になります。

1998年《Win, Place or Show》

Stan Douglasの《Win, Place or Show》(1998)は、Vancouverの高層住宅に暮らす二人の港湾労働者の会話を扱う二面投影作品です。Dia Art Foundationによれば、1960年代の都市再開発による市民空間の変化を背景にしています。

約6分の場面はコンピューターによって複数の撮影アングルから繰り返し再構成され、同じ出来事でありながら完全に同じ編集へ戻りにくい仕組みを持ちます。映画的な撮影とアルゴリズム的な編集が結びつきました。

1999年Dia《Double Vision》

1999年から2000年にかけてDia Center for the Artsでは、Stan DouglasとDouglas Gordonの《Double Vision》が開催されました。Douglasは《Win, Place or Show》、GordonはOtto Premingerの映画《Whirlpool》を二重投影へ変換した新作を展示しました。

同じ展覧会で二人を並べることで、既存映画を分解するGordonと、映画的なセットと撮影を用いて歴史的状況を再構成するDouglasの差が明確になります。どちらもMoving Imageを扱いますが、方法は一つではありません。

Doug Aitken — 映画を複数の部屋へ分解する

Doug Aitkenは、都市、移動、テクノロジー、速度を扱いながら、複数の投影を建築的に配置する作品を制作しました。

物語を一つのスクリーンへ編集する代わりに、複数の映像を複数の部屋へ展開し、観客自身の移動によって作品の順序が作られるようにします。

1999年《electric earth》

《electric earth》(1999)は、8チャンネルの映像を4つの部屋へ配置した約9分50秒のループ作品です。MOCA Los AngelesとWhitneyの記録では、若い男性が夜の都市周辺を歩き、自動販売機、街灯、監視カメラ、機械の動きなどに身体を同期させていく様子が描かれています。

高い制作技術と緊密な編集は商業映画に近い一方、物語は一つの視点へまとめられません。観客は部屋から部屋へ移動するため、映画の編集と建築の動線が重なります。

都市の電気と身体が同期する

《electric earth》の主人公は都市の機械的な動きを身体へ吸収するように踊ります。車の光、監視装置、自動販売機など、人間を取り囲む電子的な環境が身体のリズムへ侵入します。

同時に展示を見る観客も、複数の映像を追って空間を移動します。画面内の身体と、展示室を歩く鑑賞者の身体が異なるレベルで都市的なリズムへ巻き込まれます。

Eija-Liisa Ahtila — 物語映画を複数スクリーンへ開く

フィンランドのEija-Liisa Ahtilaは、家族、恋愛、精神的不安、現実と想像の境界を扱う物語的な映像作品を、複数スクリーンのインスタレーションとして展開しました。

映画的な登場人物と台詞を用いながら、一つのスクリーン、一つの視点、一つの時間軸へ物語を統合しない点が特徴です。

1999年《Consolation Service》

《Consolation Service》(1999)は、離婚を決意した若いフィンランド人夫婦を描く二面投影作品です。NTT InterCommunication Centerは、ドキュメンタリー的な現実感と映画的なフィクションを組み合わせ、一つの場面を二つの隣接スクリーンへ分割する作品として紹介しています。

観客はどちらか一方の人物だけを見ることも、二つの画面を往復することもできます。夫婦間の断絶が、物語内容だけでなくスクリーンの分離として可視化されます。

物語が壊れたのではなく、複数化する

複数スクリーン作品は「物語を捨てた映像」と考えられることがあります。しかしAhtilaやNeshatの作品では、むしろ物語が強く存在します。

変化したのは、物語を一つの画面、一つの視点、一つの時間へ収束させる方法です。同時に起きている別の出来事を並置し、観客がその間を移動することで物語を構成します。

Diana Thater — 投影そのものを建築へ重ねる

Diana Thaterは、動物、自然、映像技術を扱いながら、プロジェクター、モニター、色フィルター、建築の表面を隠さずに使うインスタレーションを制作しました。

通常の映画上映では、装置を隠して観客に映像世界へ没入させます。Thaterは逆に、投影装置や空間の条件を可視化し、映像と建築が重なっていることを意識させます。

2001年《Knots + Surfaces》

《Knots + Surfaces》(2001)はDia Center for the Artsの広い三階ギャラリーのために制作された大規模な多面投影作品です。複数のプロジェクター、モニター群、色フィルターによって、蜂の動きと数学的な多次元空間のモデルを結びつけました。

Diaは、この作品が展示室の開かれた建築と直接相互作用するよう設計されたと説明しています。映像は壁に「掛ける」ものではなく、壁、床、天井、観客の影まで含む環境になります。

観客の影が映像へ入る

大型投影の前を観客が歩くと、身体が光を遮り、影が映像へ入ります。従来の映画館では観客が映写光を遮ることは避けるべき事故ですが、Thaterのような作品ではその干渉が展示経験に含まれます。

鑑賞者は透明な観察者ではなく、自分の身体によって映像を一時的に変えてしまう存在になります。映像インスタレーションは見る身体の位置を強く意識させました。

Bill Viola — 映像を宗教的なスケールの経験へ

Bill Violaは1970年代からビデオを使い続け、1990年代以降には大型投影、高精細なスローモーション、強い音響を用いた没入的なインスタレーションを展開しました。

水、火、生、死、誕生、感情など普遍的に見える主題を扱いながら、映像技術そのものを巨大な身体経験へ変えます。

2001年《Five Angels for the Millennium》

《Five Angels for the Millennium》(2001)は、五つの大型カラー映像とそれぞれの音響からなるインスタレーションです。Whitneyの所蔵記録は、五つの映像が異なる長さのループとして構成されていることを示しています。

National Gallery of Australiaは、暗い大空間の中で水中の人物が落下、浮上、爆発するように現れ、観客が五つの映像と音へ包まれる作品として説明しています。すべてを一度に見ることはできず、観客は空間の中で視線を選び続けます。

「何かが起きる」のを待つ

《Five Angels for the Millennium》では、人物の出現は常に起きているわけではありません。暗い水面を見ながら待っていると、突然大きな音と光の変化が起こります。

映画の物語を追うのとは異なり、観客は出来事が起きる時刻を知らずに待ちます。映像インスタレーションでは「待つ」という鑑賞行為が大きな意味を持ちます。

Bruce Nauman — スタジオを七つの映像へ分解する

Bruce Naumanは1960年代からビデオを制作してきた先行世代ですが、2001年《Mapping the Studio I (Fat Chance John Cage)》では大型多面投影を使い、初期から続く「スタジオで何をすることが芸術なのか」という問いへ戻りました。

作家が何かを演じるのではなく、夜間の無人のスタジオを赤外線カメラで長時間記録します。

2001年《Mapping the Studio I》

Naumanは2000年夏、スタジオ内の複数の場所へ赤外線カメラを設置し、猫、ネズミ、蛾など夜間の動きを記録しました。2001年の作品では七つの映像が長時間投影されます。

Diaで2002年に開催された展示では、投影位置が実際のスタジオに置かれていたカメラの位置関係を想起させるよう構成されました。展示室全体が、遠く離れたNaumanのスタジオの不完全な再構成になります。

何も起こらない映像を見る

《Mapping the Studio I》の大部分では劇的な事件が起こりません。工具、家具、制作途中の物が暗い画面にあり、ときどき動物が横切ります。

しかしその「何も起こらなさ」が、映像を見る期待を変えます。映画が出来事を選んで編集するのに対し、監視カメラに近い長時間記録では、何が重要かを観客が自分で探さなければなりません。

監視映像と美術映像の接近

1990年代から2000年代初頭には、監視カメラが都市空間に急増しました。低解像度、固定カメラ、無人の長時間撮影という映像形式は、映画とは異なる視覚文化を作ります。

Naumanの作品やDoug Aitkenの都市映像などでは、監視的な視点が直接・間接に取り込まれます。Moving Imageは映画史だけでなく、テレビ、CCTV、家庭用ビデオ、デジタル通信といった複数の映像制度から形成されました。

モニターと投影は同じではない

ブラウン管モニターはそれ自体が物体であり、厚み、重量、画面サイズ、家具のような存在感を持ちます。投影は光として壁やスクリーンへ現れるため、像の大きさや位置を建築に応じて変えられます。

1990年代の大型投影の普及によって、ビデオ作品は「テレビを見る」感覚から離れ、映画館、壁画、建築空間に近づきました。一方でTony OurslerやDiana Thaterのように、モニターと投影を同じ空間で組み合わせる作家もいます。

音が空間を分ける

映像インスタレーションでは、音は映像の付属物ではありません。スピーカーの位置、音量、反響によって、目には境界のない展示室を複数の領域へ分けることができます。

Stan Douglasの《Evening》では立つ位置によって聞こえるニュース音声が変わり、Bill Violaでは音が巨大な出来事として身体を包みます。複数作品が並ぶ美術館では、他作品の音が漏れること自体も展示設計上の問題になります。

鑑賞者は「座る人」から「移動する人」へ

映画館の観客は一定時間座り続けることを期待されます。映像インスタレーションでは、観客はスクリーン間を歩き、近づき、離れ、振り返ります。

つまり編集は作品内部だけでなく、鑑賞者の移動によっても行われます。どの順番で画面を見るか、どこで立ち止まるかが、人によって異なる作品経験を生みます。

長い作品を最後まで見る必要があるのか

美術館で30分、1時間、24時間の映像作品に出会ったとき、観客は最後まで見るべきなのでしょうか。映像インスタレーションの普及は、この基本的な鑑賞倫理を変えました。

途中から入り、数分見て出ることを作品が想定する場合もあれば、全編を見ることでしか理解できない作品もあります。「作品の長さ」と「鑑賞者が実際に見る時間」のずれが、Moving Image固有の問題として表面化しました。

既存映画を素材にすること

Douglas Gordonのように既存映画を直接使用する作品では、引用、著作権、映画産業との関係が避けられません。美術館で映画を遅くしたり、分割したり、反転したりすることで、新しい意味が作られます。

Pictures Generationが広告や写真を再利用した問題は、Moving Imageでも続きました。ただし映画は時間を持つため、引用は一枚の画像だけでなく、速度、順序、音、上映時間を操作することへ広がります。

フィルムとビデオは対立ではない

1990年代後半にはデジタル技術が進みましたが、作家が一斉にフィルムを捨てたわけではありません。Steve McQueenやTacita Deanは16mmフィルムを重要な媒体として使い、Stan Douglasも映画制作の方法を参照し続けました。

一方、Pipilotti Rist、Diana Thater、Bill Violaらは電子映像の特性を積極的に利用しました。フィルムかビデオかという選択そのものが、画質、機材、時間、歴史、身体感覚に関わる美学的判断になりました。

アナログからデジタルへの移行

2000年前後にはDVDやデジタルプロジェクターが普及し、映像作品の展示は徐々にデジタル化しました。フィルムやレーザーディスクをデジタルファイルへ移行する美術館も増えていきます。

しかし媒体を変更すれば作品が完全に同じまま残るとは限りません。解像度、色、フレームレート、音、投影光、機械音が変わるため、保存のための技術更新と作品の歴史的な媒体をどこまで維持するかが問題になります。

映像インスタレーションを何として保存するのか

映像ファイルだけを残しても、インスタレーション全体は保存できません。スクリーンの大きさ、部屋の寸法、プロジェクター位置、音響、観客の入口、照明、再生同期などが作品に含まれるからです。

作品を別の美術館で再展示するには、作家の設置指示、図面、機材仕様、過去の展示写真などを参照し、どこまで変更可能かを判断する必要があります。保存は物体修復だけでなく、作品のルールを継承する仕事へ広がります。

機材の廃番という問題

ブラウン管モニター、特定型のプロジェクター、レーザーディスク、DVDプレーヤーなどは永遠には製造されません。映像作品は絵具の退色とは異なる速度で技術的な陳腐化に直面します。

同じ映像データでも最新の薄型モニターへ置き換えると、画面の厚みや光り方、空間での存在感が変わります。美術館は「機材も作品か」「機能が同じなら代替できるか」を作品ごとに判断する必要があります。

映像を見ることが建築経験になる

複数投影作品では、作品を理解するために展示室の平面構成を見る必要があります。どの壁に何が映るか、スクリーン同士が向かい合うか、観客がどこを通るかによって意味が変わります。

Neshatの二面投影、Aitkenの複数部屋、Thaterの建築への投影、Violaの暗い巨大空間はいずれも、映像だけを静止画で見ても作品全体を把握できません。Moving Imageは建築的な美術になりました。

映画館で公開されれば映画、美術館で上映されれば映像美術という区別も十分ではありません。Steve McQueenは美術館で16mm作品を制作した後に長編映画へ進み、Isaac JulienやChantal Akermanなども映画とインスタレーションの双方を横断しました。

重要なのは媒体の名前より、作品がどの観客関係と上映条件を設計しているかです。同じ映像でも、一方向の上映と複数スクリーンの展示では経験が変わります。

鑑賞者が編集するという比喩

複数スクリーン作品について「鑑賞者が自分で編集する」とよく説明されます。これは部分的には正しいですが、観客が完全に自由なわけではありません。

作家はスクリーン位置、映像の同期、音、入口、ループ時間を精密に決めています。観客の自由な移動と、作家による強い空間設計が同時に存在します。映像インスタレーションの面白さは、その両者の緊張にあります。

没入は一つの方向ではない

大型映像とサラウンド音響は「没入的」と表現されやすいですが、没入にも複数の方法があります。Violaは暗闇と巨大な水の像で身体を包み、Ristは色と音で夢のような環境を作ります。

一方、Thaterは投影装置や観客の影を見せることで、完全な幻想への没入をあえて壊します。Moving Imageは現実を忘れさせる装置にも、映像が作られる仕組みを意識させる装置にもなります。

国際展と映像インスタレーション

1990年代後半からビエンナーレや国際展が増えると、映像インスタレーションも急速に広がりました。映像は言語や地域を越えて移動しやすい一方、実際の展示には暗室、電源、同期機器、音響、長時間の機材運用が必要です。

国際展の会場が元工場、倉庫、学校、歴史建築へ拡張したことも、大型映像を建築的に展開する条件を作りました。グローバル化する展覧会制度とMoving Imageの拡大は並行していました。

美術館の時間も変わる

絵画であれば数秒で次へ移動することもできますが、時間芸術は観客に滞在を要求します。映像作品が増えると、美術館を一日で「全部見る」ことが難しくなります。

展示施設側にも、座席、暗室、上映時刻、混雑管理など新しい設計が必要になります。Moving Imageは作品の時間だけでなく、美術館全体の鑑賞時間を変えました。

1995–2005年に何が変わったのか

1995年MoMA《Video Spaces》は、ビデオ映像が単一画面から解放され、時間と空間へ広がるインスタレーションが成熟していたことを示しました。Douglas Gordonは既存映画を24時間へ引き延ばし、Steve McQueenは映画史上の場面を自らの身体で再演し、Tacita Deanは16mmフィルムによる長い時間と光の物質性を追究しました。

1997年以降、Pipilotti Ristは二面投影を色彩と身体の環境へ広げ、Shirin Neshatは対向スクリーンの間へ観客を置き、Stan Douglasはテレビ史や都市史を複数映像から再構成しました。Doug Aitkenは映画的な物語を複数の部屋へ分解し、Eija-Liisa Ahtilaは物語の視点そのものを複数スクリーンへ開きました。

2001年前後にはDiana Thater、Bill Viola、Bruce Naumanの大規模作品が、映像を建築、音響、身体移動、長時間の待機と結びつけます。Moving Imageは「スクリーンに映る内容」だけでなく、映像がどこにあり、誰がどの時間を使って見るのかを設計する美術へ変化しました。

映像の台頭は絵画の終焉ではない

1990年代後半に映像インスタレーションが急速に増えたことを、絵画や彫刻が終わったという直線的な歴史へするべきではありません。同じ時期にはLuc Tuymans、Peter Doig、Marlene Dumasなどの絵画も重要な展開を見せています。

新しいのは、一つの媒体が別の媒体を置き換えたことではなく、美術館の中で絵画、彫刻、写真、映像、音、建築が並行して扱われる状態が定着したことです。

2005年以後への影響

2005年以後、安価なデジタルカメラ、HD映像、プロジェクター、ノンリニア編集、オンライン配信が急速に一般化し、Moving Imageはさらに制作しやすくなりました。映像作品と長編映画、テレビ、ゲーム、オンライン動画の境界も複雑になります。

同時に、複数スクリーン、大型投影、ループ、暗室、鑑賞者の移動といった1990年代に確立された展示語彙は、現代美術館の標準的な方法として定着しました。現在、美術館で映像作品を見るときに自然だと感じる多くの展示形式は、この時期に大きく発展したものです。

次の時代へ — ポスト・インターネット以前のデジタル化と画像環境

2000年代に入ると、映像は美術館内のプロジェクターだけでなく、家庭用デジタルカメラ、携帯電話、オンライン動画、画像検索、SNSへ向かうネットワークの中へ急速に入り込んでいきます。写真、映像、デザイン、広告、個人の記録を分けていた境界も変化します。

次の記事では、2000–2010|デジタル画像環境の拡大 — カメラ、検索、共有、Post-Internet前史として、デジタル写真とオンライン流通、Web 2.0、YouTube、Flickr、Google Images、画像の複製と再利用、そして2010年代のPost-Internet Artへつながる条件を整理します。

参考資料・出典

本ページは、美術館、研究機関、作家関連資料、展覧会アーカイブ等を参照してART LIBRARYが独自に構成・執筆しています。Moving Imageを単一の運動名として扱わず、映画、ビデオ、フィルム、デジタル映像が1990年代後半から2000年代前半の展示空間でどのように再構成されたかを整理するための広い枠組みとして用いています。また、映像インスタレーションの歴史を1990年代から始まったものとはせず、それ以前のVideo Art、Expanded Cinema、Conceptual Art等からの連続を前提としています。原文の全文翻訳ではありません。

資料確認日:2026年10月1日 / ART LIBRARY