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2015–2023

AIが画像を生み出す時代へ

生成技術と現代美術の変化

2015年、Googleの研究チームは「DeepDream(ディープドリーム)」を公開しました。これは、画像認識のために学習した人工知能(ニューラルネットワーク)を利用し、写真の中にある模様や形を繰り返し強調して、元の画像を変化させる技術です。例えば雲や建物の写真を処理すると、動物の顔や無数の目を思わせる形が現れ、現実の風景が夢の中のような像へ姿を変えます。画像認識の仕組みを調べる研究から生まれたこの方法は、機械学習による画像制作を広く知らしめ、芸術表現にも新しい可能性を示しました。

この変化には長い前史があります。ハロルド・コーエンが《AARON》の開発を始めたのは1960年代末でした。2010年代半ばになると、大量の画像から特徴を学習する技術が発展し、学習済みのモデルを使って像を変化させたり、新しい画像を生成したりできるようになります。技術の成り立ちを理解するには、規則による造形と、データから特徴を獲得する学習の違いを知ることが役立ちます。

同時代の作家たちは、機械の機能をさまざまな方向へ利用しました。スグウェン・チャンはロボットの腕とともに紙へ線を描き、メモ・アクテンは学習データによって異なる像が生じる装置を作ります。アンナ・リドラーは膨大なチューリップ写真に手書きで注記し、その画像群を生成モデルの訓練に使いました。AIが出力した画像へ至るまでに、身体、撮影、選択、分類などの具体的な行為が積み重なっています。

2018年、オブヴィアスの《Edmond de Belamy》がクリスティーズで43万2500ドルで落札され、AIアートは美術市場の大きな話題となります。同じ頃、マリオ・クリンゲマンは人物像を生成し続ける装置を作品化しました。2019年にはバービカン・センターで《AI: More than Human》が開催され、レフィク・アナドルは膨大な都市画像を用いた没入的な映像空間を発表しています。一枚の画像から生成装置、映像、身体的な展示へと表現が広がりました。

2021年、米国のAI研究企業OpenAIは、文章で物体や場面を指定すると、それに応じた画像を生成する「DALL·E(ダリ)」を発表しました。同社は、文章と画像の内容の結びつきを学習する技術「CLIP(クリップ)」も公開しています。翌2022年には、OpenAIが改良した「DALL·E 2」、米国のMidjourney社が提供する画像生成サービス「Midjourney」、Stability AIなどが開発に関わった画像生成モデル「Stable Diffusion」が登場しました。文章を手がかりに画像を作る技術が広がり、専門的なプログラミングの経験がない人も多様な画像を制作できるようになります。作家にとっても、言葉で生成条件を指定し、得られた画像を選び、必要に応じて修正を重ねることが、新しい制作方法の一つとなりました。

画像生成AIの普及によって、作家の作品が学習に使われることへの同意、生成された画像の著作権、撮影されていない写実画像をどのように受け取るかという問題も浮かび上がります。2023年には米国著作権局がAI生成素材を含む作品の登録指針を公表しました。技術が示した可能性とともに、データの出典、制作に関わった人々、作品の保存を考える必要が強まりました。

本記事では2015年から2023年までを中心に、生成AIを利用する作家の具体的な制作と作品をたどります。DeepDreamからGAN、拡散モデルへの技術史を手がかりとしながら、チュン、リドラー、クリンゲマン、アナドルらの造形表現を詳しく見ていきます。技術の新しさがどのような作品へ結びついたのか、そして画像を作ることの意味をどのように変えたのかを、美術史の流れの中で考えます。

AIアートの前史と生成の考え方

2015年は、ニューラルネットワークが作る画像が一般の注目を集めた節目でした。美術家が機械へ規則を与え、予期しない形を生成させる取り組みには、すでに長い歴史があります。まずコンピューター・アートから続く実験と、2010年代に新しく加わった学習という方法を整理します。

1960年代から続くコンピューターによる造形

コンピューターを用いた造形実験は、1960年代のコンピューター・アートへさかのぼります。ゲオルク・ネースやフリーダー・ナーケらは、線を引く位置、反復する間隔、偶然に変化させる数値をプログラムで指定し、プロッターという描画装置で紙に出力しました。作者が一筆ずつ描く方法に加えて、図形を生み出す規則を組み立てる制作が生まれたのです。当時の描画装置には計算速度や出力方法の制約がありました。限られた線種や反復から複雑な画面を構成する実験は、のちの生成美術にも受け継がれます。作品を鑑賞するときには、紙の上に現れた幾何学模様とともに、どの要素を一定に保ち、どこへ変化を与えたかを見ることができます。

2010年代半ばには、大量の画像を学習し、そこに共通する特徴を計算によって獲得する方法が急速に発達しました。作家が指定する規則と、学習によって形成されたモデルの振る舞いが、新しい形で制作に組み込まれます。1960年代から続く規則と偶然の探究は、画像データを介する段階へ進みました。(参照:ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館|Chance and Control: Art in the Age of Computers)

ハロルド・コーエン《AARON》と描画する装置

英国出身の画家ハロルド・コーエンは、1960年代末からコンピューターによる描画システム《AARON》の開発を始めました。絵画や素描の経験をもとに、線や形をどう構成するかという判断をプログラムの手順へ置き換え、長年にわたって改良しています。初期には抽象的な線や植物に似た形を描き、のちには人物や色彩の扱いも発展させました。

《AARON》が生成した図形は、プロッターや専用の描画装置を使って紙などへ描かれました。手で描いたような線が現れても、その背後にはコーエンが設計した構成規則があります。画面の完成形を一つずつ指定する代わりに、多くの異なる結果を生み出せる仕組みを育てることが、制作の中心でした。

コーエンは1970年代以降、描画装置がどのように線を引き、構図を作るかという問題を改良し続けました。後に人物や植物を描くようになっても、その中心にあったのは、作家が持つ絵画的な判断をプログラムの手順へ移す作業です。ホイットニー美術館は、作品の画像に加えてソフトウェア自体を収蔵・紹介しています。

ホイットニー美術館が所蔵する《AARON》の作品やソフトウェアの記録は、この実践が長期にわたる改良の成果だったことを伝えています。2010年代のAIアートにもつながる、描画方法と作者性への探究を具体的に読み取ることができます。(参照:ホイットニー美術館|Harold Cohen: AARON)

機械学習は制作の何を変えたのか

2010年代に普及した機械学習では、数多くの画像を用いてモデルを訓練し、形や色、質感の特徴を計算上の関係として取り込みます。作家は何を学習させるか、どのモデルを用いるか、得られた結果をどう展示するかを選択します。コーエンの《AARON》に代表される明示的な描画規則とは、画像を生み出す方法が異なります。

学習済みモデルを使う制作には多様な形があります。写真を別の像に変える映像作品、生成画像を印刷する作品、ロボットとともに紙へ線を引くパフォーマンス、膨大な美術館の記録を動く映像へ変換する展示などです。それぞれの作品で人間が関わる工程も、画像収集から装置の設計、出力の選択まで異なっています。

同時に、データを撮影した人、モデルを研究・開発した人、作品として発表する人の役割を具体的に確認する視点も生まれました。AIアートという名称の内側には、技術的な系譜と、独立した作家の表現史が複数存在しています。(参照:ホイットニー美術館|Harold Cohen: AARON)

GANとDeepDreamが登場する

2014年に提案された敵対的生成ネットワーク(GAN)と、2015年に注目を集めたDeepDreamは、どちらもニューラルネットワークに関わる技術です。学習の目的も画像の作り方も異なり、その違いを知ることが2010年代の作品を理解する基礎になります。

2014年に提案された敵対的生成ネットワーク

2014年、イアン・グッドフェローらは「Generative Adversarial Nets」で、敵対的生成ネットワーク(GAN)を提案しました。GANは、画像を作る「生成器」と、その画像を学習用データと見分けようとする「識別器」を競わせて訓練する仕組みです。研究者たちは、偽札を作る側と鑑定する側の競争にたとえて説明しました。

訓練を繰り返すうちに、生成器は学習した画像群に近い特徴を持つ画像を作れるようになります。肖像画を学習させれば顔や衣服の構造が、花の写真を学習させれば花びらの形や色の傾向が生成結果に現れます。生成された像には、細部が溶けたり、輪郭が不安定になったりする独特の表情も見られました。

GANは研究者が提案した画像生成手法であり、作家によって学習データ、出力の選び方、支持体、展示方法が変わります。2018年前後には、この技術を使った肖像画や植物の映像が美術館やオークションへ登場し、研究室の技術が新たな造形実験の道具になっていきました。(参照:NeurIPS|Generative Adversarial Nets(2014))

2015年のGoogle DeepDreamと幻覚的な画像

2015年6月、Googleの研究チームは画像認識ネットワークの働きを可視化する実験「Inceptionism」を公表しました。既存の写真を入力し、ネットワーク内部で特定の特徴に強く反応する部分を増幅すると、雲や樹木、建物の表面に目や動物の顔のような形が次々と浮かび上がります。DeepDreamとして知られるようになった画像です。

例えば空の写真に現れる犬の顔は、撮影時にその場所にあったものではありません。画像認識モデルが学習した特徴を繰り返し強調した結果、画面内に動物を連想させる模様が生まれます。画像の一部が増殖し、建築や風景の輪郭を覆っていく様子には、手作業のコラージュとも異なる密度があります。

この研究はニューラルネットワークの処理を調べる目的から生まれ、生成された奇妙な画像はインターネット上で広く共有されました。科学研究の可視化が独特の視覚様式として受け取られ、機械が学習した特徴そのものが、観客の見る画像へ変換された出来事です。(参照:Google Research|Inceptionism: Going Deeper into Neural Networks(2015))

DeepDreamと新しい画像生成モデルの違い

DeepDreamが行うのは、入力された画像に対して、画像認識ネットワークが反応する特徴を繰り返し強調する処理です。元の写真にあった雲や葉が変形していく過程を追えることが特徴です。2021年以降に広まる文章からの画像生成では、入力文の条件をもとに新しい画像を組み立てる方法が発達しました。この違いは、作家の操作にも現れます。DeepDreamでは変形させる写真と、強調するネットワークの反応を選びます。後年の画像生成モデルでは、文章や参考画像で主題を指定し、複数の出力から画像を選択したり再編集したりします。同じ「AI画像」という言葉の中にも、異なる制作工程があります。

DeepDreamの表面に現れる反復模様は、ネットワークが持つ視覚的な傾向を観客へ見せる手がかりでした。2010年代の美術家たちはさらに、学習画像の収集や分類、作品を生成する装置そのものを制作へ取り込み、機械学習のプロセスへそれぞれ異なる角度から関わるようになります。(参照:Google Research|Inceptionism: Going Deeper into Neural Networks(2015))

スグウェン・チャンと人間・ロボットの共同制作

AIを用いた美術には、機械と人間が同じ空間で作業する実践もあります。スグウェン・チャンの《Drawing Operations》では、作家が引く線にロボットが応答し、その動きが次の描画へ影響します。身体の動作と機械の制御が重なる制作の時間を追います。

身体を動かす作家とロボットの腕

スグウェン・チャンは、描画する人間とロボットが同じ紙に向かう《Drawing Operations》を2015年から展開しています。最初の装置D.O.U.G._1は、頭上のカメラでチャンの手の動きを捉え、その軌道をロボットの腕へ伝えます。腕に取り付けられた描画具が動き、作家と機械の線が同じ画面へ重なっていきます。観客の前で制作する際、チャンはロボットがどのように線を返すかを見ながら手を動かします。ロボットが応答するまでのわずかな時間や、運動のずれも紙の上に残ります。完成したドローイングには二者の線が同時に現れ、描き手の動きと機械の制御が一つの制作過程として見えるようになります。

チャンの作品では、共同制作の時間と身体の動作も鑑賞の対象です。画像を高速に生成するソフトウェアとは異なる方法で、機械との関係を紙やインクの痕跡へ変換しています。初期の実演は東京の国立新美術館やニューヨークなどでも行われました。(参照:ソウゲン・チュン|MIMICRY(2015))

2015年《MIMICRY》が示した相互模倣

《MIMICRY》(2015)という題名は「模倣」を意味します。D.O.U.G._1はチャンの手の動きをカメラで読み取り、機械の腕で同時に再現します。チャンもロボットの速度や軌道を見ながら次の線を引くため、画面には追従と応答が連続して現れます。ここで起きているのは、完成画像を指示して機械に代筆させる過程とは異なる即興です。

机や紙を共有していると、線は相手の動きによって交差し、ときには意図しなかった位置に集まります。作家とロボットのそれぞれが動く様子を知ることで、観客は線の重なりを単なる模様以上の出来事として見ることができます。チャンは、この関係を人間と機械による共同の描画として位置づけました。

2015〜16年の実演記録には、ロボットの腕と作家の身体が並び、線を重ねていく様子が残っています。《MIMICRY》はチャンが継続していく複数世代のロボットとの制作の出発点となりました。(参照:ソウゲン・チュン|MIMICRY(2015))

共同制作として捉えるAIアート

2017年、チャンは第2世代の《MEMORY》で、過去に描いたドローイングを機械学習に利用する方法へ進みました。D.O.U.G._1ではカメラで捉えた現在の動作をロボットが追います。《MEMORY》では蓄積された線の特徴を参照しながら、新しい線を生成する仕組みが導入されています。作品に組み込まれる時間が、現在の共同作業から過去の制作記録へ広がりました。

同じ紙に現れる線を見ても、どれが作家の手で、どれがロボットによるものかを一目で区別するのは難しいことがあります。重要なのは、その線がどのような関係の中で引かれたかです。作家の身体、カメラ、学習データ、機械の制御が順に関与することで、一枚のドローイングが成立します。

NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)は《MEMORY》を、過去の描画の学習を取り込んだ共同制作として紹介しています。作家がロボットの応答へ開かれた制作を続けることで、描画行為そのものが変化していく経緯がうかがえます。(参照:NTTインターコミュニケーション・センター|スグウェン・チャン《MEMORY》(2017))

メモ・アクテンと機械が学習した視覚

ニューラルネットワークがどのような画像を生み出すのかは、学習に使う事例によって変わります。メモ・アクテンは、その違いを日常の物体とライブカメラを使って分かりやすく示しました。AIアートを考えるうえで、学習データを選ぶことの重みが明確になります。

メモ・アクテンが問う「見ること」

メモ・アクテンの《Learning to See》(2017)では、カメラが机の上の物体や布、手の動きを捉え、その映像をニューラルネットワークが即座に別の像へ変換します。実物は目の前に残り、画面の中では波打つ海面や炎のような風景へ変わります。同じ動作をしても、学習済みモデルによって異なる映像が現れる仕組みです。

アクテンが着目したのは、目の前のものを理解する際に、過去に学習した経験が働くという点でした。作品では、モデルへ与えた画像群が、画面に現れる世界を形づくります。観客は日常の物体を認識しながら、その物体が機械にとって別の視覚表現へ変わっていく様子を同時に見ます。

《Learning to See》は、学習データの影響を複雑な統計資料から説明する代わりに、身近な動作と映像の変化によって経験できる作品です。変換された像の滑らかな動きも、作家が設計した鑑賞体験の一部になっています。(参照:メモ・アクテン|Learning to See(2017))

2017年《Learning to See》のリアルタイム変換

《Learning to See》の展示では、机の上に置いた布や物体の位置が変わると、画面内の風景も連続して変形します。海の映像を学習したモデルは布の折り目を波のように読み替え、炎の映像を学んだモデルは同じ動きから別の色彩と輪郭を生み出します。入力の手触りと画面の見え方が食い違うことが、作品の魅力です。

あらかじめ記録された映画を再生する展示では、観客が見ている間に映像の構成は変わりません。この作品では、その場の動きが次々と出力に反映されます。身体を使った操作によって、学習データから得られた視覚的な特徴がリアルタイムに現れることを理解できます。

アクテンは機械が何を学んだかという条件を、観客の行為と結びつけました。出力された映像だけを見れば抽象的な風景に見える作品も、机上の物体との関係を知ることで、機械学習による画像変換の実験として姿を現します。(参照:メモ・アクテン|Learning to See(2017))

学習データが画像の解釈を方向づける

ニューラルネットワークが作る像は、学習に使われた画像群の影響を受けます。《Learning to See》では、海や炎など特定の種類の映像を選ぶことが、出力の色や動きの方向を決めています。作家は完成画像の一部分を直接描く代わりに、どの世界の特徴をモデルへ学習させるかを設計しました。この過程を考えると、学習データは制作の材料であり、画面に現れる世界を制限する条件でもあります。撮影対象、収集方法、分類の基準が変われば、同じモデルの仕組みでも異なる結果が生まれます。2018年のアンナ・リドラーや2019年のジェイク・エルウェスは、データを作り、組み替える行為をさらに作品の中心に据えました。

アクテンの装置が示すのは、見るという働きが入力画像だけで完結せず、蓄積された経験を介して成立するという考えです。観客は、機械の学習条件が映像を変える場面を、自分の身体とともに確かめられます。(参照:メモ・アクテン|Learning to See(2017))

AIの創造性を計算する試み

2010年代後半には、機械が新しい画像を作る能力と、そこに創造性を認めるかという議論が並行して進みました。創造性という言葉を何によって定義するのか。美術史を学習させる研究は、過去の作家たちの様式変化を計算の対象として捉え直しました。

AICANと過去の美術様式の学習

2017年、ラトガース大学のアーメド・エルガマルらは、創造的敵対的ネットワーク(CAN)に関する論文を発表しました。大量の美術作品を学習させながら、既存の様式へ似せる方向と、学習した様式から変化させる方向を組み合わせ、これまでに見たことのない造形を生み出そうとする研究です。後にAICANとして展開された活動とも関わります。モデルが扱う「新しさ」は、学習した美術画像の特徴から計算されます。色や形、画面構成の傾向から外れた結果が作られたとしても、美術史の評価は作品が発表された場所や、作家の意図、同時代の批評にも左右されます。エルガマルらの研究は、創造性という言葉を計算可能な条件として定義する試みでした。

絵を生成する研究が美術史上の様式を学習対象としたことで、美術作品はモデルを訓練するデータであると同時に、何を新しい表現と見なすかを考える比較対象にもなりました。(参照:Ahmed Elgammalほか|Creative Adversarial Networks(2017))

新しさと創造性を測ることの難しさ

生成モデルが過去の絵画と異なる形を生み出したとき、その違いをどのように評価するのでしょうか。CANの研究では、美術作品に共通する特徴を学習し、その特徴から一定の変化を生み出すことが計算上の目標とされました。色や形の新規性は、研究成果を比較するための指標になります。

美術史では、作品の新しさは造形上の差異とともに、発表された社会や制度の中で受け止められてきました。マルセル・デュシャンのレディメイドやコンセプチュアル・アートのように、既存の物体や記号を用いて作品の定義を変える実践もあります。外観の差を測る方法には、こうした歴史的な関係を扱うための別の資料や判断が必要です。

エルガマルらの研究が興味深いのは、創造性をモデルに組み込もうとする過程で、人間側がどの特徴を「美術らしさ」や「新しさ」と定めるかを明らかにすることです。その定義そのものが、技術と美術批評の接点になっています。(参照:Ahmed Elgammalほか|Creative Adversarial Networks(2017))

生成能力と作家の表現を考える

画像生成モデルは、学習したものから新しい構成を作り出します。その出力を美術作品として発表するまでには、主題やデータの選択、モデルの調整、作品名、展示形式など、多くの判断が重なります。作家自身がモデルを開発する場合も、既存のモデルを制作環境へ取り入れる場合もあります。

この状況には、美術史上の共同制作や指示書にも通じる部分があります。ソル・ルウィットは壁面のドローイングを制作するための指示を作品に組み込み、描く行為を他者へ委ねました。機械学習による画像制作は異なる技術的な仕組みを持ちながら、作家がすべての線を直接引く必要があるのかという古い問いを新しい形で呼び起こします。

作品を考えるうえでは、どの作業を機械へ委ね、生成された結果に作家がどのような判断を与えたかを具体的に見ることができます。技術に備わった画像生成能力と、作品として構成された表現の関係が、作家ごとに異なる輪郭を示します。(参照:Ahmed Elgammalほか|Creative Adversarial Networks(2017))

アンナ・リドラーとデータセットの制作

アンナ・リドラーは、生成された画像へ至る前の準備工程を作品の中心へ置きました。自らチューリップを撮影し、一枚ずつ分類した写真が、生成モデルの学習素材と美術館で展示される物体の両方になります。2018年と2019年の二つの《Mosaic Virus》へ続く制作の流れを追います。

《Myriad (Tulips)》と数千枚の手書き注記

アンナ・リドラーの《Myriad (Tulips)》(2018)は、チューリップを自ら撮影し、一枚ずつ手書きの注記を付けた膨大な写真からなるインスタレーションです。写真は壁面に整然と配列され、花の形や色の小さな違いとともに、撮影と分類に費やされた時間を伝えます。機械学習の準備工程が、そのまま鑑賞される作品にもなっています。

収集には花の季節という期限があり、写真に写るチューリップはそれぞれ異なる姿をしています。リドラーは、既製の巨大な画像集をそのまま使う代わりに、学習用の画像群を自ら制作しました。画像を準備し、種類を調べ、注記する作業が、後の映像作品《Mosaic Virus》を成立させるための土台となります。

壁に並べた写真を見る観客は、生成モデルへ渡される前の個々の画像と向き合えます。完成映像へ至るまでの人間の手仕事が可視化され、学習用データがどのような経緯で構成されたかを確かめられる点に作品の独自性があります。(参照:アンナ・リドラー|Myriad (Tulips)(2018))

2018年《Mosaic Virus》と投機の歴史

《Mosaic Virus》(2018)は、GANで生成されたチューリップの画像が格子状に現れる、約20分の単一画面映像です。花は固定された写真として並ぶのではなく、色や形をゆっくり変化させます。その変化にはビットコインの価格変動が結びつけられ、植物の像と金融市場の値動きが同じ時間の中で進行します。

題名のモザイクウイルスは、チューリップの花びらに縞模様を生じさせる病原体を指します。17世紀オランダのチューリップ投機では、珍しい模様が価値の対象となりました。リドラーは、当時の花の取引と現代の暗号資産への投機を重ね、価値の変動が画像を変える映像を構成しています。

この作品では、価格データを示すグラフの代わりに、形を変える花の群れが市場の動きを伝えます。撮影、手書きの分類、生成モデルの学習、金融データが一つの映像へ結びつき、花の儚さと投機の不安定さが重なります。(参照:アンナ・リドラー|Mosaic Virus(2018))

2019年の3画面版とデータの物質性

2019年版《Mosaic Virus》では、3つの画面にそれぞれ一輪のチューリップが映し出されます。2018年版の多数の花が並ぶ構成から、一輪ごとの姿をじっくり観察できる展示へ変わりました。花びらの輪郭や色が絶えず移ろい、実物の花の成長や衰えとも異なる、人工的な時間が生まれます。

この映像の背後には、《Myriad (Tulips)》として展示された膨大な写真と分類作業があります。データセットは制作前の事務的な準備という位置にとどまらず、写真作品として展示され、生成画像の由来を観客に伝えます。花の季節に合わせた撮影の時間と、モデルの出力による変化の時間が、別々の作品を通じて結びついています。

2018年の格子状の花と2019年の3画面の花を比較すると、同じ生成技術を使っても映像の時間や展示形式が変われば、作品の受け止め方も変わることが分かります。リドラーは学習データと展示空間の両方を丁寧に構成しました。(参照:アンナ・リドラー|Mosaic Virus(2019))

AI生成肖像画が美術市場へ登場する

2018年に一枚のAI生成肖像画が競売で高額落札され、AIアートの話題は専門的な研究や美術展から一般報道へ急速に広がりました。落札の出来事と実際の制作過程を分けて見ると、技術開発者、作家、市場の関係が浮かび上がります。

オブヴィアス《Edmond de Belamy》と高額落札

2018年10月25日、パリを拠点とする集団オブヴィアスの《Edmond de Belamy》が、ニューヨークのクリスティーズで43万2,500ドルで落札されました。額縁に収められた肖像は、暗い衣服を着た人物がぼんやりと浮かび上がる、古いヨーロッパ絵画に似た印象を持ちます。輪郭や顔立ちは曖昧で、人物は画面の中心からわずかに外れています。

オブヴィアスはGANを使い、架空のベラミ家の人物像をシリーズとして制作しました。競売に出品されたのは、そのうちの一枚を印刷し、額装した作品です。AIを使った肖像画が大手競売会社の販売企画へ登場したことで、画像生成技術は研究や制作の領域から国際的な美術市場の話題へと広がりました。

落札額の大きさは社会的な注目を集めました。作品の造形と制作方法を評価する際には、古典肖像画を参照した見た目、生成された像を選ぶ判断、印刷と額装による発表形式などを別々に見ていくことができます。(参照:クリスティーズ|Edmond de Belamy(2018))

肖像画を生み出したGANと数式の署名

《Edmond de Belamy》の制作では、14世紀から20世紀までの肖像画約1万5,000点が学習に用いられたとクリスティーズは説明しています。GANの生成器が肖像らしい画像を作り、識別器との学習を繰り返す中で、目鼻立ちや衣服の特徴が混じり合った人物像が現れました。画面の輪郭の滲みは、その技術的な生成過程を感じさせます。右下には画家の名前を記す代わりに、GANの学習を表す数式が署名のように置かれています。古典的な肖像画の額縁と数式の組み合わせは、伝統的な絵画の権威と、新しい生成技術のイメージを同時に持ち込む演出でした。AIによる制作を観客へどう見せるかという選択が、画面の一部となっています。

オブヴィアスが決めたのは、参照する肖像画の範囲、生成結果の選択、印刷や展示の形式などです。画像を生み出した計算方式だけでなく、伝統的な肖像画として見せる判断が作品の受け止められ方に影響しました。(参照:クリスティーズ|Edmond de Belamy(2018))

ロビー・バラットの公開コードをめぐる論争

《Edmond de Belamy》の落札をめぐっては、作品制作に用いられた公開コードの出典が議論されました。米国の若い開発者ロビー・バラットは、古典絵画をGANで生成するためのコードや実験成果をオンラインで公開していました。オブヴィアスが、その実装を基礎にしたことが報じられ、作者の貢献をどう伝えるかという論争が起きます。

2018年の『WIRED』による取材では、バラット本人の発言と、オブヴィアス側の説明が紹介されています。公開されたコードを利用すること、使用条件に従うこと、開発者の貢献を明記することは、それぞれ異なる判断です。競売の紹介文で誰が作者として見えるのかという問題にもつながりました。

当時19歳だったバラットは、GANの技術を学ぶ人々のためにコードを公開していました。オブヴィアスの作品が高額で落札されたことで、共有の文化の中で生まれた技術的な貢献と、美術市場で作品に付けられる作者名や価格の関係が一挙に注目されます。この経緯は、オープンな研究成果を利用する際の説明責任を考える具体的な例です。

AIを用いた作品には、学習用画像を作った人、モデルを研究した人、コードを実装した人、最終的な作品を構成した人が関わる場合があります。この事件は、それぞれの仕事を確認することが、完成した一枚の画像を評価する際にも関わることを明らかにしました。(参照:WIRED|ロビー・バラットのコードと《Edmond de Belamy》(2018))

マリオ・クリンゲマンと生成し続ける作品

オブヴィアスの肖像画が一点のプリントとして競売に登場したのに対し、マリオ・クリンゲマンは画像を生成し続ける装置を作品として提示しました。画面に現れる像が毎回変わる作品を、何として所有し保存するのかという問いが生まれます。

《Memories of Passersby I》という生成装置

マリオ・クリンゲマンの《Memories of Passersby I》(2018)は、木製キャビネットと二つの画面、内部のコンピューターから構成される作品です。画面には架空の人物の肖像が次々と現れ、顔や表情が崩れたり溶け合ったりしながら別の像へ移っていきます。古い肖像画を思わせる画面が、生成の時間の中で絶えず変化します。

この装置は、一定の映像を繰り返し上映するための再生機ではなく、ニューラルネットワークを用いて像を生成するシステムです。観客がその場に留まって見ている間にも新しい人物の顔が現れ、同じ瞬間の組み合わせは作品の運転時間の中で移り変わります。

作品を構成するのは表示された一枚の肖像だけでなく、キャビネットの存在感、二つの画面の配置、変化し続ける映像と観客が過ごす時間です。クリンゲマンは、生成を続ける装置そのものを造形作品として提示しました。(参照:サザビーズ|マリオ・クリンゲマン《Memories of Passersby I》(2019))

2019年のサザビーズと生成するシステムの所有

2019年3月、サザビーズはクリンゲマンの《Memories of Passersby I》を現代美術の競売に出品しました。買い手が取得する対象は、画面に現れた特定の肖像画像よりも、作品を生成するコンピューター、プログラム、画面を備えた一組の装置です。美術市場での一点の作品という枠組みに、生成を続ける機械が入りました。

絵画の収集では、購入時の物体が作品として残ります。クリンゲマンの場合、装置は同じ状態を保ちながら、その画面に現れる人物像は変化していきます。鑑賞者は完成形を確認するのと同時に、その場で別の像が生まれる時間に立ち会います。作品の一点性と生成される無数の像が組み合わさった事例です。

販売の記録を読む際には、どの映像が落札されたかより、どのような生成システムが作品として認定されたかに着目できます。サザビーズはこの装置の持続的な生成を、販売対象の重要な特徴として紹介しています。(参照:サザビーズ|マリオ・クリンゲマン《Memories of Passersby I》(2019))

生成し続ける作品を保存するための条件

《Memories of Passersby I》のような生成装置を長期保存する場合、計算機や画面、ソフトウェアの仕様が作品の構成要素になります。長時間稼働する機械の故障、部品の交換、OSやプログラムの更新は、将来の展示方法と関わります。映像を記録して残せば過去の出力を見られますが、生成し続ける経験を伝えるには別の保存方法も必要です。保存担当者は、作者が認める表示方法、計算環境の更新可能性、元のキャビネットの位置づけなどを確認します。機械の性能が変われば、生成速度や表示の質にも影響が生じる可能性があります。機器を維持する仕事と、作品の仕組みを理解する仕事が重なっています。

この課題は映像やインターネット・アートの保存史にもつながります。クリンゲマンの作品は、AIによる生成が完成画像の形態だけでなく、作品が存続するための条件も変えたことを具体的に示しています。(参照:サザビーズ|マリオ・クリンゲマン《Memories of Passersby I》(2019))

人工知能が作る顔とデータセットの偏り

顔画像を生成する機械学習モデルは、学習に用いた写真の特徴を引き継ぎます。ジェイク・エルウェス《Zizi》は、ドラァグや多様なジェンダー表現の写真を学習用データへ加え、生成される顔の変化を作品にしました。

ジェイク・エルウェス《Zizi》の制作背景

ジェイク・エルウェスの《Zizi – Queering the Dataset》(2019)は、顔画像を生成するモデルと、学習用データに含まれる人物表現の偏りを扱った映像作品です。顔を生成するモデルへ、ドラァグやジェンダー表現の多様な写真を学習させ、その結果として現れる顔の変形を作品に取り込みました。

エルウェスの公式解説によれば、既存の顔画像を学習したStyleGANへ、オンラインで集めた約1,000枚のドラァグやジェンダー流動的な表現の写真を追加しました。もともとのモデルが学習した顔の特徴と、加えられた画像群の特徴が交わり、人物像には不安定な輪郭や予想外の組み合わせが現れます。

この作品では、生成される顔の美しさを競うことより、何を標準的な顔としてモデルへ学習させてきたのかが問われています。出力に至るデータの選択と加工に作家が介入することが、作品の中心にあります。(参照:ジェイク・エルウェス|Zizi – Queering the Dataset(2019))

データセットへ新しい顔を加えるという介入

《Zizi》の制作では、顔画像データセットを作り替える行為そのものが重要でした。ドラァグのメイクアップや多様なジェンダー表現を含む写真が新たに加わると、生成画像に現れる顔の範囲も変化します。エルウェスは、既存の学習データに組み込まれていた顔のあり方を、別の画像群によって揺さぶりました。

生成結果には、顔の各部分が溶け合ったり、目や輪郭が不安定に揺れたりする場面があります。この変形は、モデルが新たな画像群の特徴を取り込む過程を可視化する効果を持ちます。完成した映像の表面には、データの選択に関する政治的な判断が反映されています。

モデルを選ぶ、生成結果を編集するという段階に加え、学習する対象を変更する段階へ制作を広げた点が、この作品の特徴です。エルウェスは顔の表現を通して、分類と生成の仕組みに含まれる社会的な前提を問いかけています。(参照:ジェイク・エルウェス|Zizi – Queering the Dataset(2019))

生成画像が再生産する人物像と社会的規範

顔画像を大量に学習するモデルでは、撮影された人物の分布や、写真に現れる表情・服装の傾向が生成結果に影響します。広告や一般的な肖像写真が多ければ、それらに共通する見た目が標準的な顔として強く現れることがあります。誰を撮影し、どの画像を集めたかという選択が、生成される人物像の範囲を形づくります。《Zizi》でエルウェスが加えた画像には、ドラァグの表現が含まれています。その顔が生成映像へ現れることで、モデルが想定してきた一般的な肖像の枠が動きます。人物像の変化には、社会でどのような身体や表現が見られ、記録されてきたかという問題も重なっています。

観客の前に流れる顔の変形は、学習データの構成という見えにくい条件を映像として伝えます。エルウェスの制作は、生成画像をめぐる評価を、画面の外にある画像収集と分類の工程へ広げています。(参照:ジェイク・エルウェス|Zizi – Queering the Dataset(2019))

2019年、AIをめぐる展覧会が広がる

2010年代末にはAIを扱う作品が、大規模な文化施設の展覧会へ登場しました。美術と科学研究を同じ会場で紹介する試みは、作品を見ることと新技術を体験することの関係を問い直します。2019年ロンドンの《AI: More than Human》はその象徴的な例です。

バービカン《AI: More than Human》

2019年5月16日から8月26日まで、ロンドンのバービカン・センターで《AI: More than Human》が開催されました。会場には、AIの歴史や研究成果の紹介とともに、マリオ・クリンゲマン、アンナ・リドラー、エス・デヴリンらの作品が集められました。美術作品と技術研究を同じ展覧会で扱う大型企画です。

観客は、機械学習がどのように働くかを説明する展示と、作家が独自の主題や造形形式を持ち込んだ作品を続けて見ることになります。研究と美術が同じ技術を使っていても、展示の目的や鑑賞の方法にはそれぞれ違いがあります。この展覧会は両者の距離を考える場にもなりました。

2010年代末、ニューラルネットワークは研究機関の成果から文化施設で体験する対象へ広がっていました。バービカンの企画は、作品の制作と、科学・技術・社会をめぐる議論を一つの会場で結びつけた節目に位置づけられます。(参照:バービカン・センター|AI: More than Human(2019))

研究展示と美術作品が同じ空間に置かれる

《AI: More than Human》では、作家による映像やインスタレーションと、AI研究の歴史や仕組みを示す展示が並びました。来場者は装置の反応を試しながら、機械学習の仕組みを知ることができ、別の場所では作家が選び取った色彩や時間の構成を鑑賞します。共通する技術から生まれた表現に、異なる目的があることが見えてきます。技術展示では、あるモデルが何を識別し、どのような処理を行えるかが中心になります。美術作品では、技術の使い方そのものが作家の選択に従って構成されています。リドラーが自ら撮影した花を学習用に用意した行為や、クリンゲマンが生成の持続を装置化した方法は、研究モデルの性能表と異なる見方を求めます。

技術の説明と作品の説明が接するこの展示形式は、AIアートが専門家だけの領域を離れる時期の特徴です。鑑賞者が装置の動作を知った後に作品を見直すこともでき、知識と感覚の行き来が生まれます。(参照:バービカン・センター|AI: More than Human(2019))

技術の新しさから作品の継続的な評価へ

2019年頃には、AIを使えば見慣れない画像が作れるという驚きが、展覧会の観客を引きつける力になっていました。ニューラルネットワークによる顔の変形や、データから生まれる映像は、当時は専門的な機材や知識を必要とする制作が中心でした。数年後、生成画像は一般の利用者にも身近なものとなり、技術の目新しさだけで作品を説明することが難しくなります。

同じAIを使う作品でも、チャンは身体の共同作業、リドラーは学習用写真の制作、クリンゲマンは生成を続ける装置を扱っています。誰がどの段階に関わり、どんな形式で作品を経験させるのかという差が、それぞれの仕事を特徴づけます。

美術館や批評が作品を長く評価する際には、技術の発表年とともに、作品がどんな経験や問いを組み立てたかを記録することになります。2019年の展覧会は、機械学習の普及と作品評価の形成が並行して進んだことを伝えています。(参照:バービカン・センター|AI: More than Human(2019))

レフィク・アナドルと巨大なデータ空間

レフィク・アナドルは、学習データを大規模な空間映像へ変換し、観客が内部にいるような体験を作ります。データを可視化する方法と、その画面が持つ造形的な魅力を合わせて考えることが、この作家の作品を読む鍵になります。

《Machine Hallucination》と都市画像の集積

レフィク・アナドルは、膨大な画像データを機械学習で処理し、建築空間を包み込む映像インスタレーションを制作してきました。2019年にニューヨークのARTECHOUSEで公開された《Machine Hallucination》では、ニューヨークの建築や都市風景に関わる1億点を超える画像データが利用されたと紹介されています。

会場では、都市の写真を一枚ずつ見る体験から、色や形が流動する映像環境へと鑑賞の対象が変わります。建築物の輪郭が崩れ、似た形が重なり合うような画面が広がり、観客は都市の情報が抽象的な景観へ変換された空間に身を置きます。

アナドルは作品を「機械の幻覚」と呼び、データが新たな視覚表現へ移る過程を提示しました。完成した都市の地図を映すというより、都市の記録を学習したモデルによる別の景色を生み出す制作です。(参照:ARTECHOUSE|Machine Hallucination(2019))

「データ彫刻」と建築的な映像体験

《Machine Hallucination》のような作品では、壁面を覆う映像、音響、建築の寸法、観客の立つ位置が一つの環境を構成します。アナドルはこのような実践を「データ彫刻」や「データ絵画」と呼んできました。デジタル画像を四角い画面で鑑賞する経験が、映像に包まれる身体的な体験へ広がります。

映像の中では、色彩の帯や形の集まりが絶えず変化します。変化の速度、光の強さ、画面の広さによって、同じ生成技術も異なる印象を持ちます。作品を理解するには、モデルが出力した画像の特徴と、その画像を物理空間へ配置する判断の両方を見ることができます。

スクリーンと建築の関係を設計することは、アナドルの制作を支える重要な要素です。データの分析結果を一覧にする方法から、観客が滞在しながら経験する環境を作る方法へ転換することで、情報は視覚的な素材として扱われます。(参照:ARTECHOUSE|Machine Hallucination(2019))

没入型作品の美しさとデータの意味

アナドルの作品は、巨大な映像が生み出す光と色彩によって観客を引きつけます。《Machine Hallucination》ではニューヨークの都市画像が学習に利用され、抽象化された形の流れとして現れました。鑑賞者が受け取る体験は、都市の画像が選ばれた条件や、モデルの仕組みとも結びついています。

例えばデータに多く含まれる建築物や撮影地点は、モデルが学習する都市の姿へ影響します。都市を形づくる人間の生活や歴史が、抽象的な色彩の連続へ変換される過程も作品の背景にあります。映像の美しさを詳しく記述することと、どの資料を用いたかを調べることは、作品を読む異なる入口になります。

大規模な映像作品では、鑑賞者が画面のどこへ立ち、どれほどの時間を過ごしたかによっても経験が変化します。モデルの処理を細かく知らなくても、身体を囲む動く色面は強い印象を残します。視覚経験の厚みを記述したうえで、画像群の選択を調べると、生成技術が芸術作品としてどう組み立てられているかを具体的に考えられます。

没入型の展示はその場にいる身体へ強く作用します。アナドルの制作では、学習された画像群と、映像を置く建築空間を併せて見ることで、視覚的な魅力を支える具体的な条件が浮かび上がります。(参照:ARTECHOUSE|Machine Hallucination(2019))

2021年、文章と画像を結ぶ生成技術

画像生成のための操作が自然言語へ広がると、専門的なコードや画像編集ソフトに慣れていない人も、新しい画像を作れるようになりました。2021年のDALL·EとCLIPの発表は、言葉によって画像を指定するという新しい制作環境を理解する節目です。

初代DALL·Eと文章による画像の指定

2021年1月、OpenAIは文章から画像を生成する研究システムDALL·Eを発表しました。「アボカドの形をした椅子」のように離れた概念を文章で組み合わせると、その条件に応じた画像が作られます。作品の主題や属性を自然言語で指定する方法は、画像生成をめぐる操作の考え方を大きく広げました。

初代DALL·Eは文章と画像の組み合わせを学習し、入力された説明の内容に応じて画像を生成します。結果には、指示された物体が現れる一方、形や配置には予想外の変化も見られます。文章を書いた人がすべての線や色を直接決める方式から、生成された複数の候補を見て判断する制作へ移行する契機となりました。

2021年当時のDALL·Eは、研究発表として大きな注目を集めました。2022年以降のサービス普及とつなげる際には、研究成果の公開と、一般利用者が制作へ使える環境の成立を区別してたどることができます。(参照:OpenAI|DALL·E(2021))

CLIPが示した文章と画像の対応関係

DALL·Eと同じ2021年1月、OpenAIは画像と言葉の関係を学習するCLIPを発表しました。CLIPは画像を説明する文章と実際の画像を関連づけ、どの説明がどの画像に近いかを計算できます。視覚的な特徴と自然言語の表現を対応させる研究です。例えば一枚の画像について、いくつかの候補の説明文を比較し、近い内容を選ぶような処理ができます。画像を直接生成する技術とは目的が異なり、既存の画像に対して言葉の意味を結びつける働きを持ちます。この研究成果は後にさまざまな画像生成手法と組み合わされました。

文章が画像制作の操作へ深く関わるようになる背景には、言語と視覚情報を同じ計算環境で扱う研究がありました。2021年の二つの発表は、文章から画像を作る方法と、文章で画像を捉える方法が、それぞれ発達していたことを示しています。(参照:OpenAI|CLIP(2021))

画像を言葉で操作することの可能性と限界

文章によって画像を指定する方法では、利用者は人物の姿、物体の配置、光や色、画像の雰囲気などを言葉にします。モデルはその文章を内部の計算へ変換し、学習した視覚的な特徴から画像を構成します。利用者の意図と出力の間にはモデルの構造や学習した画像群が関わり、同じ文章でも異なる像が生まれます。

作家は文章を調整するほか、複数の生成結果から選び、気に入らない部分を再生成し、別のソフトウェアで編集することができます。手で直接描くときの線の動きとは異なる場所に、判断の時間が生まれます。偶然現れた形を作品へ採用するかどうかも制作の一部です。

2021年の技術は、画像を作る行為へ自然言語を取り込む可能性を広げました。2022年には一般利用者が試せるサービスが普及し、画像生成に関わる技能や作品の評価をめぐる議論がさらに活発になっていきます。(参照:OpenAI|DALL·E(2021))

拡散モデルが変えた画像生成の仕組み

2022年に広まった画像生成サービスを理解するには、拡散モデルの進展が重要です。敵対的生成ネットワークとは異なる計算方法によって高品質な画像生成が可能になり、研究成果が一般の利用者の操作画面へと結びついていきました。

ノイズから像を形成する拡散モデル

画像生成の研究では、2020年代初頭に拡散モデルが急速に発展しました。この方法では、画像へ段階的にノイズを加える過程をモデルに学習させ、その過程を逆方向へ進めることで像を生成します。生成時には雑音のような画面から繰り返し処理を行い、輪郭や色面が次第に現れる形になります。

GANが生成器と識別器の競争によって学習するのに対し、拡散モデルはノイズを除去する過程を軸に画像を作ります。どちらも大量の画像データから特徴を学習しますが、生成の手順は異なります。こうした手法の進歩によって、文章で指定した条件に沿う画像の表現力が高まっていきました。

作家にとっては、生成過程を途中で観察したり、条件を変えて異なる結果を試したりできる制作環境が広がります。画面に現れる像の変化は鑑賞の対象にもなり、学習モデルによる画像制作が日常的な道具へ近づいていきます。(参照:CVPR|潜在拡散モデルの研究論文(2022))

潜在空間で画像を扱うという考え方

潜在空間とは、画像の特徴をコンピューター内部の数値的な関係として表すための空間です。画像を圧縮した特徴の組み合わせとして扱うことで、モデルは色や形などの関係を計算できます。潜在空間の中で位置を変化させる操作は、ある画像に近い状態から別の画像に近い状態への移行として現れる場合があります。

生成映像では、この数値的な移動が、人物の顔や風景が滑らかに変身するような表面を生み出します。鑑賞者の目には一つの像が溶けて別の像へ変わるように見えますが、内部では学習された特徴をもとに計算が行われています。こうした表現はクリンゲマンやアナドルの作品を考える際にも手がかりになります。

2022年に発表された潜在拡散モデルでは、圧縮された内部表現の上で拡散過程を扱い、計算量を抑えながら高精細な画像を生成する方法が発展しました。数値的な構造と画面に現れる視覚表現が結びつく様子は、生成美術を理解するための重要な要素です。(参照:CVPR|潜在拡散モデルの研究論文(2022))

2022年の潜在拡散モデルと画像生成の効率化

2022年の国際会議CVPRで、ロビン・ロンバッハらは潜在拡散モデルに関する研究を発表しました。画像の画素を直接大規模に処理する方法と比べ、圧縮された潜在表現で生成を進めることによって計算負荷を抑える研究です。文章などの条件を画像生成へ組み込むための仕組みも示されました。この研究はStable Diffusionなどの画像生成技術につながり、専門的な研究機関の外でも画像生成モデルを利用する可能性を広げました。作家や開発者は、モデルを自分の制作環境へ組み込み、独自の設定や画像資料を使う方法を模索できるようになります。

技術的な進歩が美術へ与えた影響は、画像の精細さだけに表れたのではありません。処理に必要な計算資源や、制作ソフトへモデルを取り込めるかどうかも、誰がどのような作品を作れるかに関わりました。(参照:CVPR|潜在拡散モデルの研究論文(2022))

2022年、画像生成AIが一般へ広がる

2022年には複数の画像生成サービスが短期間に公開され、専門的な研究の成果が多くの人の日常的な制作へ届きました。DALL·E 2、Midjourney、Stable Diffusionには利用方法や公開形態の違いがあります。その違いが作品の作り方にも影響します。

DALL·E 2が広げた編集と生成の操作

2022年4月、OpenAIはDALL·E 2を発表しました。文章からの画像生成に加えて、既存画像の一部を編集する操作や、画像の別バージョンを作る機能が紹介されました。画像を一度生成して完成とするだけでなく、生成結果へ手を加え、構図や細部を調整していく作業が可能になります。

同年9月には順番待ちなしで利用できる段階へ進み、生成画像を試す人の範囲が広がりました。人物や物体、光の方向を文章で指定して複数の案を生成し、その結果を編集する操作が、一般の利用者にとって身近なものとなります。言葉による指示と視覚的な判断が、同じ制作工程の中で反復されます。

作家が画像生成を利用する方法は、文章を考える仕事と、結果を選び直す仕事を組み合わせたものになりました。後に写真のような画像を作る表現や、生成画像を素材とするコラージュにも利用が広がっていきます。(参照:OpenAI|DALL·Eの一般公開拡大(2022))

Midjourneyとコミュニティ型の制作環境

Midjourneyは2022年、Discordというオンラインの会話サービスを介した画像生成で知られるようになりました。利用者が文章を入力すると複数の画像案が提示され、選んだ案を拡大したり、新たなバリエーションを作ったりできます。画像制作の操作が、ほかの利用者の制作や反応も見えるコミュニティの中で行われました。

公式資料によれば、2022年だけでもモデルのバージョンが短い周期で更新されています。同じ文章を入力しても、利用時点のモデルや設定が変われば、色彩や画面構成の傾向が変化します。作品を後から理解する際、使用したモデルとバージョンを記録する意味が大きくなりました。

このコンテストは、制作した画像の見た目を審査する場に、生成モデルを使った画像が参加したという出来事です。応募作品は物理的なプリントとして提出され、審査の結果が話題になりました。翌2023年、同作の著作権登録をめぐる米国著作権局の判断が公表され、作品の評価と、著作権登録に求められる人間の創作的寄与という二つの制度が交差しました。

この技術を使った事例に、ジェイソン・アレンの《Théâtre D’opéra Spatial》があります。2022年、生成画像を印刷してコロラド州の美術コンテストへ出品し、デジタルアート部門で第1位を受賞しました。生成画像の審査と作者の関与が広く議論されるきっかけとなりました。(参照:Midjourney|Legacy model versions / 2022 model history)

Stable Diffusionとモデルを利用できる範囲

2022年8月、Stable Diffusionが一般へ公開されました。潜在拡散モデルの研究を基盤とし、モデルの重みや関連するコードが一定の利用条件のもとで提供されたことが特徴です。画像生成をウェブ上のサービスだけに依存させず、自分の計算環境で動かしたり、独自の制作プログラムへ組み込んだりする選択肢が広がりました。作家や開発者は、画像を生成する条件を変えるだけでなく、追加の学習や外部ソフトウェアとの連携も試みました。どのモデルを使うかによって、編集の自由度、必要な計算機の性能、公開できる作品データの範囲が変わります。制作の道具を誰が管理するかという問題も、技術を選ぶ際の要素になりました。

2022年の画像生成AIの普及には、DALL·E 2のようなサービス型の利用と、Stable Diffusionのように利用者が制作環境を組み立てられる方法が並行して存在しました。それぞれの条件が、表現の幅と作品の再現方法を形づくっています。(参照:Stability AI|Stable Diffusion公開(2022))

画像生成AIが制作方法を変える

2022年の画像生成AIの普及は、作品制作の時間と役割を変えました。文章による指示、生成結果の選択、画像の修整に加え、美術賞の審査や写真の分類をめぐる出来事も起きます。実際の制作例から変化をたどります。

プロンプトを設計し、出力を検討する

画像生成AIでは、主題や構図、画面の雰囲気を伝える文章を「プロンプト」と呼びます。利用者は人物や背景、色彩、光の状態などを言葉で指定し、表示された画像を見て指示を変えていきます。絵具を塗るときとは異なる判断の順序が生まれ、出力を比較しながら作品の方向を探る工程が中心になる場合があります。

《Théâtre D’opéra Spatial》を制作したジェイソン・アレンは、Midjourneyを用いた画像生成と、その後の加工・印刷を組み合わせました。豪華な室内と人物を描いた古典絵画を思わせる画面は、2022年のコロラド州の美術コンテストで受賞し、生成技術と従来の美術審査が交わる事例となりました。

プロンプトによる指示は作業の出発点であり、最終的な画像を選んで加工する工程にも制作者の判断が加わります。作品の制作方法を説明するときには、使用したモデルとともに、出力の選択、編集、展示形式を記録することが役立ちます。(参照:米国著作権局|《Théâtre D’opéra Spatial》審査判断(2023))

大量生成と選択によって変わる作業時間

2022年以降、文章を入力すれば短時間に複数の画像を生成できる環境が一般に広がりました。一度に多くの案を比べられるため、構図や色彩を試す段階を短い時間で繰り返すことができます。生成された画像をそのまま発表する人も、数多くの候補から一部を選び、ほかの素材と組み合わせて作品へ変える人もいます。このとき制作時間の使い方も変化します。何を生成するかを考える時間、出力を見比べる時間、採用した画像を編集する時間が、新しい仕事として組み込まれます。技術が速くなっても、完成した作品の判断まで同じ速さで終わるとは限りません。選んだ理由や、画面をどう構成したかは作家ごとに異なります。

大量生成の環境を考えると、画像を作り出す操作に加えて、どの画像を残し、どのように社会へ発表するかという選択が際立ちます。作品の価値を説明する際にも、生成枚数や処理速度と、完成した表現の内容を区別する視点が生まれました。(参照:米国著作権局|《Théâtre D’opéra Spatial》制作工程・審査記録)

作家の技能とAI特有の表面

2022年の画像生成モデルには、強い光沢を持つ肌、細部が不自然に混じり合う手や衣服など、同時代のモデルに特有の表面が見られました。これらの特徴は、技術上の制約として経験されるだけでなく、制作者があえて画面へ残す造形要素にもなります。モデルの更新に伴い、画像の見た目や修正の必要な部分も変化しました。

ボリス・エルダグセンの《PSEUDOMNESIA | The Electrician》(2022)は、1940年代の写真を思わせる白黒の人物像を生成技術で構成した作品です。前景の若い女性と背後の年長の女性が写るように見えます。作者の説明では、文章による指示と画像の部分修正、画面の拡張を重ねて制作しました。過去の写真に似た「記憶」を新たに作るシリーズの一枚です。

エルダグセンは翌2023年、ソニー・ワールド・フォトグラフィー・アワードでこの画像が選ばれた後、受賞を辞退しました。作者の制作方法が公開されることで、生成画像を写真のコンテストでどのように扱うかという問題が広く議論されました。(参照:ボリス・エルダグセン|《PSEUDOMNESIA》制作資料)

AIが美術館のコレクションを再構成する

主要美術館のコレクションそのものを学習用データとして使う作品は、AIアートと美術史の関係を新しい段階へ進めました。2022年から23年にかけてMoMAで展示されたレフィク・アナドルの《Unsupervised》は、その象徴的な実例です。

MoMA《Refik Anadol: Unsupervised》

2022年11月19日、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のロビーで、レフィク・アナドルの《Unsupervised》の展示が始まりました。会期は2023年10月29日まで続き、来館者は大きなLED画面に流れる色彩と形態を体験しました。美術館が公開する所蔵品の情報を機械学習で処理し、絶えず変化する映像へ変換した作品です。

《Unsupervised》では、完成した一本の動画が決まった順序で再生される代わりに、生成システムが動き続けます。抽象的な色面が大きく広がり、絵画の断片や立体的な形を思わせる構成へ移り変わります。会場の建築と画面の大きさが、映像の時間と結びついたインスタレーションでした。

MoMAは「美術館の作品を機械が見たら何を夢見るか」という問いを掲げて紹介しています。その比喩の背景には、データを整え、学習モデルを設計し、画面の動きと展示方法を構成した制作チームの仕事があります。(参照:MoMA|Refik Anadol: Unsupervised(2022–23))

美術館が収集してきたものをAIが学習する

《Unsupervised》の素材になったのは、MoMAが長年にわたり収集し、デジタル化してきた作品の情報です。作家の公式資料では、所蔵品に関する13万8,151点の画像データなどを扱ったと説明されています。美術館の収集史が、機械学習のための画像群として利用され、そこから別の抽象的な像が生まれました。

美術館のコレクションは、収集方針、寄贈、購入、展示や研究の積み重ねによって形成されます。どんな時代や地域の作品が集められ、どの資料がデジタル化されたかという選択も、モデルへ与えられる画像群に反映されます。アナドルの作品を見ることは、美術館が蓄積してきた情報が別の視覚表現へ変わる過程を見ることでもあります。

画面に現れる色や形は、個々の所蔵品を見分けるための図録の画像とは異なる経験を生みます。収蔵品を比較して学ぶ場である美術館が、その記録から新たな生成美術を作る場にもなったことが、この作品の大きな特徴です。(参照:MoMA|Refik Anadol: Unsupervised(2022–23))

展示・収蔵・ブロックチェーンとの関係

2023年、MoMAは《Unsupervised — Machine Hallucinations — MoMA》の収蔵を発表しました。公式資料では、生成AIによって同館の所蔵品を解釈・変換する三部構成のデジタル作品として紹介され、環境から受け取る情報に応答しながら映像を変化させる仕組みも説明されています。作品の保有記録にはブロックチェーンを用いたトークン化が関わりました。

展覧会では、来場者が無料のブロックチェーン記念品を受け取れる企画も行われました。映像を生成する技術と、所有や記録のための技術は、作品の中で役割を分けています。巨大な展示画面、計算機、学習モデル、データ、記録の管理が、美術館の収蔵対象をめぐって重なりました。

生成作品を長く展示するには、モデルを動かす環境と、作者が定める鑑賞の条件を残すことが必要です。MoMAの収蔵は、AIによるリアルタイム映像を美術館の保存と研究の時間軸へ位置づける出来事となりました。(参照:MoMA|2023年デジタル作品の新規収蔵発表)

2023年、著作権と作者性が問われる

画像生成AIが一般化した翌年、作品の登録や学習データの利用をめぐる問題が大きく論じられました。2023年の米国著作権局の文書や訴訟は、当時どのような制度的論点が生まれていたのかを示す資料です。ここでは個別の判断と未確定の争点を分けて整理します。

米国著作権局の2023年登録指針

2023年3月16日、米国著作権局はAI生成素材を含む作品の登録に関する指針を公表しました。人間の創作的な寄与が認められる部分を特定し、AIが生成した素材を含む場合には申請時にその事実を説明するという方針です。画像生成サービスを使った制作が広がる中、登録制度上の判断基準が示されました。

文章、画像の選択、配置、編集などに人間の創作性が認められる場合、その部分が保護対象となる可能性があります。判断は具体的な制作の経緯と申請内容にもとづきます。どの工程を人間が行い、どの素材が生成されたのかを記録することが、著作権をめぐる検討にも関わるようになりました。

この指針は米国の著作権登録制度に関する2023年時点の文書です。各国の法律やその後の司法判断とは対象を区別し、当時の制度的な動きとして理解できます。生成技術による制作の多様さが、法律の上でも具体的に扱われ始めました。(参照:米国著作権局|AI生成素材を含む作品の登録指針(2023))

《Zarya of the Dawn》と《Théâtre D’opéra Spatial》

米国著作権局は2023年2月、クリスティーナ・カシュタノヴァによるコミック《Zarya of the Dawn》について、登録内容を再検討した判断を公表しました。人間が書いた文章と、文章・画像の選択や配置に関する部分は保護対象とし、Midjourneyで生成した個々の画像を登録対象から除外しました。作品の中に人間の制作と生成素材が混在する事例です。

同じ年の9月には、ジェイソン・アレンの《Théâtre D’opéra Spatial》の著作権登録拒否が審査で維持されました。この作品は、豪華な劇場を思わせる空間に人物を配した画面で、2022年のコロラド州の美術コンテストで受賞していました。アレンはMidjourneyで生成した画像に加工を加えたと説明しています。登録審査では、生成された部分と人間の寄与をどう申告し、保護範囲を特定するかが争われました。

アレンは著作権局へ提出した説明で、最初の画像を得るまでに少なくとも624回のプロンプトの更新を行い、生成後には画像編集ソフトで細部を調整したと述べています。著作権局は、こうした作業の記録を検討したうえで、AI生成部分を登録申請から除外する必要があると判断しました。制作の労力と著作権上の創作性をめぐる基準が、ここで具体的な争点となりました。

二つの事例は、AI画像の制作に関わる人間の役割を、作品単位の具体的な事実から審査する過程を伝えています。競技会での受賞、作品としての評価、著作権登録の判断は、異なる制度のもとで行われました。(参照:米国著作権局|Zarya of the Dawn登録判断(2023)/米国著作権局|《Théâtre D’opéra Spatial》審査判断(2023))

学習データの利用と権利をめぐる争い

2023年、画像生成AIの学習に既存の作品を利用したことをめぐり、米国などで訴訟が起きました。サラ・アンダーセン、ケリー・マッカーナン、カーラ・オルティスらの作家は、Stability AI、Midjourney、DeviantArtに対して訴えを提起しています。ゲッティイメージズもStability AIに関する法的手続きを始めました。争点には、著作権で保護される作品を学習に利用すること、モデルの出力と既存作品の関係、作者による許諾の範囲などが含まれます。公表された訴状は原告側の主張を記録した資料であり、その後の審理で判断が変化する場合もあります。2023年に何が争われ始めたかを理解するうえでは、提訴時点の主張と確定した判断を分けることが大切です。

学習用データの収集は、作家の制作や収益の仕組みと関わる問題になりました。リドラーのように自分でデータセットを作る実践と、大規模な公開画像を使って学習するサービスでは、画像の出典や利用条件が大きく異なります。(参照:U.S. District Court, N.D. California|Andersen et al. v. Stability AI et al., filed 2023)

AIによる画像生成は美術をどう変えたのか

2015年から2023年までの変化を、作品の制作と鑑賞の両面から振り返ります。写実的な合成画像が写真賞へ登場し、生成装置や大規模映像が美術館で展示されました。何を作り、どう見せ、どのように記録するかという問題が、作家ごとに異なる形で現れています。

写真の記録性と合成画像の広がり

2023年、ボリス・エルダグセンは、AI生成画像《PSEUDOMNESIA | The Electrician》がソニー・ワールド・フォトグラフィー・アワードのクリエイティブ部門で選ばれた後、受賞を辞退しました。画像には、古い家族写真のような白黒の画面に、異なる世代の二人の女性が写っているように見えます。作者は、実在した場面を撮影した写真としてではなく、存在しなかった過去の記憶を構成した作品として説明しています。

《PSEUDOMNESIA》は「偽の記憶」を意味する言葉に由来します。作家は文章による指示、画像の部分修正、画面の拡張を重ね、1940年代の写真を思わせる表現を作りました。被写体となる場面をカメラで記録する方法と、学習モデルで架空の場面を構成する方法が、似た視覚表現へ到達した事例です。

2023年4月の授賞式で、エルダグセンは制作がAIによるものだと公表し、写真と生成画像をどう区分するかについて議論を呼びかけました。作品の制作方法について主催者側がどの段階で把握していたかには、作家と主催者の説明に相違があります。受賞辞退という出来事の記録では、作家による声明と主催者の見解を区別することが求められます。

受賞辞退とその後の議論は、写真のコンテストが何を審査し、作品の制作工程をどう扱うかという問題を広く知らせました。写実的な画像の出典を調べることが、鑑賞や報道、美術館の展示に関わるようになっていきます。(参照:ボリス・エルダグセン|写真賞をめぐる声明と記録(2023))

作家の制作と自動化の分かれ方

AIを使う作家の仕事は多様です。チャンは紙へ線を引く身体的な行為をロボットと共有し、リドラーは学習用の花を撮影して注記します。クリンゲマンは肖像を生成し続ける装置を制作し、アナドルは美術館のデータを大規模な映像環境へ変換しました。いずれも機械学習を利用しながら、作品として組み立てる行為は異なります。2022年以降の画像生成サービスでは、既存モデルへ文章を入力し、多くの候補から選ぶ制作も広がります。この方法でも、発表される画像には、主題の設定、採用する出力、編集、支持体、展示空間などの選択が重なります。作家がどの工程を自分の仕事として引き受けているかを具体的に見ることで、それぞれの実践の違いを理解できます。

AIによって制作の一部が自動化されると、作者性をめぐる問いも変化します。作品を見る際には、画像の見た目とともに、データやモデルを誰が用意し、どのような経緯で最終形が決まったのかが重要な資料になります。(参照:ホイットニー美術館|Harold Cohen: AARON)

新技術の驚きから継続的な美術史の評価へ

2015年のDeepDreamから2023年の生成画像をめぐる議論まで、AIが生み出す視覚表現は大きく変化しました。技術の発表当初に珍しく見えた像も、一般の利用者が生成できるようになるにつれて、別の評価が求められます。作品に使われた手法、資料、制作の継続性、鑑賞者との関係が、歴史的な位置づけを考える手がかりになります。

例えばリドラーのチューリップ写真には収集と分類の時間が残り、チャンのドローイングには人間とロボットの即興が刻まれています。クリンゲマンの装置は生成を続け、アナドルの映像は建築空間と一体になって鑑賞されました。新しい計算技術を使ったという共通点の内側に、それぞれ異なる造形の歴史があります。

AIアートを保存し研究するためには、作品に使われたデータとモデル、作者が認める展示方法、制作に関わった人々の記録が役立ちます。2015〜2023年の動きは、画像生成技術の発達とともに、作品が成立する条件を具体的に調べる美術史の領域を広げました。(参照:MoMA|Deep Learning: AI, Art History, and the Museum)

2015〜2023年の略年表

本記事で扱った重要な作品、研究成果、展覧会、制度上の出来事を制作年と開催年に沿って整理します。2015年以前の出来事は前史として記載し、制作年と展覧会・競売の年を区別しています。

  1. 1960年代末 — ハロルド・コーエンが《AARON》を構想し、後に描画装置と結びつけて発展させる。
  2. 1970年代 — コーエンが《AARON》の生成した線をプロッターで紙へ描く実験を展開する。
  3. 2014年 — イアン・グッドフェローらが敵対的生成ネットワーク(GAN)を提案する。
  4. 2015年6月 — Google Researchがニューラルネットワークを可視化するDeepDream関連の研究を公表する。
  5. 2015年 — スグウェン・チャンがD.O.U.G._1と《MIMICRY》を制作する。
  6. 2015〜2016年 — 《MIMICRY》の共同描画パフォーマンスが複数の会場で行われる。
  7. 2017年 — メモ・アクテンが《Learning to See》を制作する。
  8. 2017年 — チャンが過去の描画を学習するロボット《MEMORY》を発表する。
  9. 2017年 — アーメド・エルガマルらが創造的敵対的ネットワーク(CAN)の研究を発表する。
  10. 2018年 — アンナ・リドラーが《Myriad (Tulips)》を制作する。
  11. 2018年 — アンナ・リドラーが単一画面版《Mosaic Virus》を制作する。
  12. 2018年 — マリオ・クリンゲマンが《Memories of Passersby I》を制作する。
  13. 2018年10月25日 — オブヴィアス《Edmond de Belamy》がクリスティーズで43万2500ドルで落札される。
  14. 2018年11月 — ロビー・バラットの公開コードとオブヴィアスの制作との関係が報道される。
  15. 2019年3月 — 《Memories of Passersby I》がサザビーズの競売に出品される。
  16. 2019年5〜8月 — バービカン・センターで《AI: More than Human》が開催される。
  17. 2019年 — アンナ・リドラーが3画面版《Mosaic Virus》を制作する。
  18. 2019年 — ジェイク・エルウェスが《Zizi – Queering the Dataset》を制作する。
  19. 2019年9月 — ARTECHOUSEニューヨークでアナドル《Machine Hallucination》が公開される。
  20. 2021年1月 — OpenAIがDALL·EとCLIPの研究を公開する。
  21. 2022年 — ロンバッハらの潜在拡散モデルに関する研究がCVPRで発表される。
  22. 2022年春 — DALL·E 2の研究プレビューが始まる。
  23. 2022年 — MidjourneyがDiscordを通じて画像生成サービスを展開し、モデルを短期間で更新する。
  24. 2022年 — ジェイソン・アレン《Théâtre D’opéra Spatial》がコロラド州の美術コンテストのデジタルアート部門で受賞する。
  25. 2022年秋 — ボリス・エルダグセンがAI生成画像《PSEUDOMNESIA | The Electrician》を制作・発表する。
  26. 2022年8月22日 — Stable Diffusionが一般に公開される。
  27. 2022年9月28日 — DALL·Eのベータ版が順番待ちなしで利用できる段階へ移る。
  28. 2022年11月19日 — MoMAで《Refik Anadol: Unsupervised》が始まる。
  29. 2023年1月 — 生成AIの学習データをめぐる米国の訴訟が提起される。
  30. 2023年2月 — 米国著作権局が《Zarya of the Dawn》に関する登録判断を公表する。
  31. 2023年3月16日 — 米国著作権局がAI生成素材を含む作品の登録指針を公表する。
  32. 2023年4月 — エルダグセンがソニー・ワールド・フォトグラフィー・アワードでの受賞を辞退し、写真と生成画像の関係が議論される。
  33. 2023年春 — 生成AIをめぐる著作権・訓練データについて政策的な議論が進む。
  34. 2023年9月 — 《Théâtre D’opéra Spatial》の登録拒否を維持する審査判断が公表される。
  35. 2023年10月29日 — MoMAの《Refik Anadol: Unsupervised》が閉幕する。
  36. 2023年10月 — MoMAがレフィク・アナドル《Unsupervised》の取得を発表する。
  37. 2023年末 — AIアートの保存、作者性、データの透明性が継続的な美術的・制度的課題となる。

まとめ|AIと現代美術の関係が変わった時代

2015年のDeepDreamはニューラルネットワークが画像を処理する様子を、驚きのある視覚表現として広く知らしめました。2014年に提案されたGANも、2010年代後半には人物や花を生成する作品へと応用されます。画像の制作は作家が直接手で描く工程に加えて、モデルへデータを学習させ、生成条件を設定し、得られた結果から選択する工程を持つようになりました。

同時代の作家の実践を並べると、共通の技術に複数の表現があることが分かります。チャンはロボットとともに線を描き、アクテンは学習データによる視覚の違いを示しました。リドラーは写真と手書きの分類を展示することで、生成画像へ至る準備そのものを作品化しています。クリンゲマンは像を生成し続ける装置を所有の対象とし、エルウェスは訓練データの構成を変えて人物像の表象へ介入しました。

2018年の《Edmond de Belamy》の競売は、AIアートを一般社会へ広く知らせる出来事になりました。コードの出典をめぐる論争は、画像の生成が複数の人々の開発や作業に支えられていることも明らかにします。大きな注目を集めた市場の出来事から、作品の制作方法や社会的な意味を継続して評価する段階へ進む必要があります。

2021年のDALL·EとCLIP、2022年の拡散モデルと各種生成サービスの普及によって、文章を入力して画像を作る方法が多くの人へ届きました。生成のしやすさは新しい表現の可能性を広げ、同時に学習データの出典、人間の創作的な寄与、サービスの変更による再現性の問題も浮かび上がらせます。

2022〜23年のMoMA《Unsupervised》は、美術館自身のコレクションが生成のためのデータとなり、リアルタイムで変化する映像が美術館の展示空間へ入る状況を示しました。2015〜2023年のAIアートの歴史は、画像生成技術が発達した年代記であるとともに、制作のどこに作家の選択があり、作品を何として保存し、どのように鑑賞するかが変わっていった歴史として理解できます。

参考資料・出典

本記事は美術館、作家・研究者の公式資料、技術研究論文、オークションハウス、公的な著作権機関による記録を照合し、ART LIBRARYが構成・執筆しました。美術作品の解説と技術史・制度史の記録を区別し、制作年と展覧会・販売時期を整理しています。著作権に関する部分は、記事対象期間である2023年までの出来事と当時の判断を記録しています。

資料確認日:2026年10月17日 / ART LIBRARY