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2017–2023

コピーできるデジタル作品を、誰が所有するのか

NFTアートとデジタル市場の拡大

2021年3月、ビープルという名で活動するアーティストのデジタル作品《EVERYDAYS: THE FIRST 5000 DAYS》が、クリスティーズのオークションで6,934万6,250ドルで落札されました。約14年間に制作された5,000枚の画像を一つにまとめた作品です。画面上で鑑賞でき、画像データを同じ画質のまま複製することもできます。では、コピーできるデジタル作品をこれほどの高額で購入した人は、何を手に入れたのでしょうか。

この売買で使われたのが「NFT(エヌエフティー)」です。NFTは「Non-Fungible Token(非代替性トークン)」の略で、デジタル作品などと結びつけて発行できる、一つひとつを個別に識別するためのトークンです。トークンとは、ネットワーク上で発行され、保有者を記録し、ほかの人へ移すことができるデジタルな資産を指します。作家が画像と結びつけたNFTを発行し、収集家がそのNFTを購入すると、収集家がトークンの保有者として記録されます。画像を見ることと、その画像に結びついたNFTを保有することは、別々に行えるのです。

美術の世界には、これに似た考え方があります。写真家は同じ写真から複数のプリントを制作し、作家の署名や「1/10」のようなエディション番号を付けて、正規の作品として販売することがあります。写真の図柄を多くの人が見ることができても、番号を付けられた各プリントには固有の来歴があります。NFTでは、こうした個別の識別と保有の記録をデジタル上で扱えます。「非代替性」は、一点ずつを区別して扱う性質のことで、支払いの際に同じ額面の千円札を交換できることとは性質が異なります。

では、そのNFTを誰が持っているのか、どこで確かめるのでしょうか。そこで使われるのが「ブロックチェーン」です。たとえば、ある品物がAさんからBさんへ売られたとします。通常、売買の記録は店や運営会社が管理します。ブロックチェーンでは、取引の記録をネットワークに参加する多くのコンピューターで共有します。新しい取引が行われると、参加者が決められた手順で内容を確かめ、共有する記録に追加します。NFTが誰から誰へ移ったのかも、この仕組みで追うことができます。

「ブロックチェーン」という名前は、記録の保存方法に由来します。取引の記録を「ブロック」というまとまりに収め、前のブロックと順番につないで、鎖(チェーン)のような履歴を作ります。過去の記録を書き換えると、後に続くブロックとのつながりや、ほかのコンピューターが保管する記録との食い違いが生じます。この仕組みが、共有された取引履歴を後から改ざんすることを難しくしています。

ビットコインとイーサリアムは、どちらもブロックチェーンを利用したネットワークです。ビットコインは主に暗号資産の送金に使われます。イーサリアムには送金に加えて、あらかじめ定められた条件に従い、ネットワーク上でプログラムを実行できる機能があります。NFTを発行し、保有者が変わったときに記録を更新する仕組みも、こうしたプログラムによって動きます。この記事で扱う初期のNFT作品の多くは、イーサリアム上で発行されました。

ここで、最初の疑問に戻りましょう。NFTを購入すると、基本的には作品に結びついたトークンの保有者として記録され、そのトークンを別の人へ譲渡できるようになります。作品の画像や動画は別のサーバーに保存される場合があり、NFTの保有者以外も画面で鑑賞できます。著作権の移転や画像の商用利用については、作品ごとの契約や利用許諾で条件が決まります。また、どのNFTが作家の正規の発行に当たるかは、作家や発行元の情報と照らし合わせて確認します。

新しいNFTを発行する操作は「ミント」と呼ばれます。NFTを受け取った人は「ウォレット」というアプリなどを通じて管理します。ウォレットには、トークンの受け取り先を表す「アドレス」と、保有者が移転を承認する際に使う「秘密鍵」などの情報が関わります。アドレスは取引先に伝えられる公開の識別情報で、秘密鍵は本人が厳重に管理するものです。実際の保有・移転履歴はブロックチェーン上に記録され、ウォレットからその記録を確認したり、移転の操作を行ったりできます。

こうしたデジタル所有の実験は、2021年の高額落札より前から続いていました。2014年、ケヴィン・マッコイは《Quantum》に結びつく情報をブロックチェーンに登録し、2015年にはサラ・メヨハスが《Bitchcoin》で作品の価値とトークンの関係を探りました。2017年に登場した《CryptoPunks》は、24×24ピクセルの人物像一万体を個別に保有・交換する仕組みを公開し、同年の《CryptoKitties》はデジタルの猫を収集して新たな個体を生み出す遊びへと広げました。

2018年にはNFTの共通規格ERC-721が整備され、異なるサービスでもトークンを扱いやすくなります。2019年の《Autoglyphs》、2020年に始まったアート・ブロックスでは、プログラムによって個々の作品を生成し、その結果をトークンと結びつける制作が発展しました。ドミトリ・チェルニアク《Ringers》やタイラー・ホッブス《Fidenza》は、線や色彩の変化を生む規則を設計した生成美術の代表例です。

2021年のNFT市場の急拡大は、デジタル美術への関心とともに価格の高騰や投機的な売買も呼び起こしました。2022年以降は市場の熱狂が収束し、作家への二次販売報酬、画像データの保存、著作権と利用条件があらためて検討されます。2023年にはポンピドゥー・センターがブロックチェーン関連作品を収蔵し、生成美術の先駆者ヴェラ・モルナールも99歳でNFT作品を発表しました。本記事では、こうした技術を使って作家たちが何を制作し、作品の所有と評価がどう変化したのかを、主要な作品と出来事を通してたどります。

NFT以前から始まっていたデジタル所有の実験

ブロックチェーンに関する美術の実験は、2021年の市場熱狂よりもずっと早く始まっていました。複製しやすいデータの所有を示す方法を探る試みには、作品の価値を何によって保証するのかという問いが含まれます。

複製できる作品の真正性をどう証明するか

19世紀以来、写真や版画は同じ図像を複数の人へ届けてきました。限定部数を示す番号や作家の署名、画廊が発行する証明書によって、正規の作品を特定する慣行が生まれています。デジタル美術では、ファイルを同じ画質のまま複製できるため、作家が承認した作品と、その画像を見たり保存したりする行為をどう区別するかが、早くから議論されてきました。

NFTはブロックチェーンと呼ばれる共有の記録網に固有のトークンを発行し、保有者のアドレスや移転履歴を記録する技術です。多くの作品では作家や発行者が特定のトークンを作品と結びつけます。収集家が得る権限は、そのトークンの保有・譲渡と、別途示される利用許諾によって決まります。鑑賞用の画像は広く共有できる状態が続きます。

この考え方には、作品の認定や来歴をめぐる従来の美術市場との連続性があります。2014年のケヴィン・マッコイ《Quantum》、翌年のサラ・メヨハス《Bitchcoin》は、2021年のNFTブームに先駆け、作品とデジタルな記録を結ぶ方法を実験しました。(参照:世界知的所有権機関|NFTと著作権)

ケヴィン・マッコイ《Quantum》と初期ブロックチェーン美術

色鮮やかな多角形が回転しながら姿を変える《Quantum》は、ケヴィン・マッコイが2014年に制作したデジタル・アニメーションです。同年5月3日、作家はネームコインというブロックチェーンに作品と結びつく登録情報を残しました。共通のNFT規格が登場する以前に、デジタル作品と固有の記録を関連づけようとした初期の試みとして知られています。

2021年の競売は、最初期の作品を現在のNFT市場でどのように扱うかという問題も含んでいました。デジタルの図像は同じ作品を指していても、ネームコインの登録、イーサリアム上の発行、競売の契約が別々の履歴を形成しています。

2021年にはイーサリアム上で《Quantum》の新たなトークンを発行し、サザビーズで販売しました。最初の登録と競売で取引された記録は、異なるブロックチェーン上に存在しています。翌2022年には、古い登録について権利を主張する企業がマッコイとサザビーズを提訴しました。2023年3月、米国の連邦地方裁判所は当該訴訟の原告の請求を棄却しています。

同じ作品について、制作時の登録と市場で流通するトークンが異なる技術基盤を使う場合、作家による発行の経緯や取引時の条件が検討の対象になります。《Quantum》のその後の歩みは、ブロックチェーンの記録と美術作品の権利関係が、契約や法的な判断を通じて具体化されていく過程を示しています。(参照:米国連邦地方裁判所|《Quantum》をめぐる2023年判決)

サラ・メヨハス《Bitchcoin》と作品価値の設計

サラ・メヨハスは2015年、自身の名前とビットコインを掛け合わせた《Bitchcoin》を発表しました。独自のトークンを発行し、作家の作品や将来の活動に価値を結びつける企画です。美術市場で価格が決まる仕組みを、自分で設計して作品の題材にする試みでもありました。

2021年には、バラの花弁を大量に撮影したプロジェクト《Cloud of Petals》に関わる作品とトークンの関係を再構成しています。写真としての花弁、データとして整理された画像、作品の取得方法が、ひとつの制作活動の中で交差しました。トークンを発行することが、画像を販売するための手段であると同時に、価値の形成について考えるための行為になっています。

2023年には、ポンピドゥー・センターが《Bitchcoin》と《Cloud of Petals》を収蔵しました。メヨハスの実践は、デジタル作品の市場が拡大する以前から、作家の労働と作品の価格、収集家との関係を制作の仕組みとして扱っていた歴史を伝えています。(参照:ポンピドゥー・センター|2023年NFT関連作品の収蔵資料)

2017年、《CryptoPunks》の登場

2017年のCryptoPunksは、小さなピクセル画像の集合を所有・交換できる作品として公開しました。その視覚形式と収集方法は、後年のNFT文化全体へ大きな影響を与えます。

ラルバ・ラブズが公開した一万体の人物像

2017年6月、マット・ホールとジョン・ワトキンソンによるラルバ・ラブズが《CryptoPunks》を公開しました。24×24ピクセルで描かれた一万体の人物像は、髪型、眼鏡、帽子、ひげなどの要素をプログラムで組み合わせて生成されています。同じ正方形の枠に収まりながら、一体ずつ異なる姿を持つシリーズです。

制作された人物像の一覧には、同じ髪型や眼鏡を持つ複数の顔が並びます。形を最小限の画素へ圧縮しながら一万体に違いを与える設計は、初期のコンピューター画像の簡潔さと、収集のための分類の仕組みを併せ持っています。

ラルバ・ラブズはそれぞれに固有の保有記録を結びつけ、イーサリアム上で受け取りや譲渡ができるようにしました。当初の配布は、ネットワーク手数料を支払えば作品を取得できる方式でした。やがて一万体すべてが引き取られ、利用者同士の交換や売買が広がります。ERC-721が標準化される前の実践で、独自のプログラムが取引を支えていました。

顔を拡大すると、曲線は四角い画素の階段状の並びに変わります。ほんの数ピクセルで表情や特徴を識別できる設計と、各個体を追跡できる仕組みが組み合わされ、画像群はオンラインの収集文化へ広がっていきました。(参照:Larva Labs|CryptoPunks公式記録)

ピクセルアートと生成された顔の違い

《CryptoPunks》には人間のほか、ゾンビ、猿、宇宙人といった種類が含まれています。すべての顔は24×24ピクセルの画面で表現され、限られた色と小さなパーツの配置が一体ごとの違いを生みます。作者は一万体を一枚ずつ描き分ける代わりに、顔の種類と属性を組み合わせる規則を設計しました。

並べて見ると、帽子の有無、眼鏡の形、口元の数ピクセルの違いが際立ちます。個体ごとの特徴は一覧表や検索機能によって比較でき、画面上で次々に人物像を見比べる行為が作品の受容を形づくりました。初期のコンピューターゲームを思わせる粗い画素も、このシリーズの視覚的な個性です。

後に利用者は保有する人物像をSNSのプロフィール画像へ設定するようになります。小さな顔を掲げる行為は、その造形への好みだけでなく、特定のシリーズに参加していることを周囲へ伝えるものになりました。(参照:ラルバ・ラブズ|CryptoPunksの生成と視覚的な設計)

希少性と収集を成立させた分類体系

《CryptoPunks》では、帽子、眼鏡、ひげなどの属性ごとに、シリーズ内で何体がその特徴を持つかを数えられます。ゾンビや宇宙人のように出現数が少ない種類もあり、収集家は人物像の見た目と、全一万体に占める出現頻度を照らし合わせて選ぶようになりました。

この希少性は、制作時に組み込まれた生成規則から生じています。トレーディングカードで特定の図柄を探す楽しさと、限られた作品数を持つ美術コレクションの仕組みが重なります。たとえば似た髪型の人物でも、別の属性を組み合わせることで個体としての特徴が変わります。

取引が活発になると、希少な属性に高値が付く傾向も生まれました。収集家の好み、売り手の提示価格、シリーズの人気は時期によって変化します。作品の生成規則から始まった分類は、やがて市場で比較するための指標としても利用されました。(参照:Larva Labs|CryptoPunks公式記録)

《CryptoKitties》とデジタル収集文化

同じ2017年に登場したCryptoKittiesは、所有したデジタル資産同士を組み合わせて新しい個体を作るゲームでした。NFTがプログラムによって変化する収集の仕組みであることを広く示します。

2017年《CryptoKitties》とデジタル猫

2017年11月に登場した《CryptoKitties》では、参加者がデジタルの猫を集め、売買し、二匹を交配させて新しい猫を誕生させます。丸い目や毛色、模様などの外見はプログラムで定められた特徴の組み合わせから生まれ、猫ごとに固有の保有記録が結びついています。

利用者は手元の猫を選び、次の世代にどのような特徴が現れるかを楽しみました。新しい猫が生まれると、その猫にも識別番号と保有記録が与えられます。すでに出来上がった画像を集める活動に、次の画像を生み出す操作が加わったことが、このゲームの特徴です。

《CryptoKitties》はゲームと収集品の文化の中で広まりました。NFTが芸術作品の販売に使われる以前から、固有のデジタル資産を持ち、それを利用して遊ぶという経験が多くの人に共有されていたことを示しています。(参照:CryptoKitties|公式ゲームガイドと交配の方法)

繁殖によって変化するデジタル所有

《CryptoKitties》の猫には、目、毛並み、体色などの外見に関わる情報が設定されています。公式の解説では、実際の姿に現れている特徴と、親から子へ受け継がれながら外見には現れていない特徴が説明されています。次の世代で思いがけない模様や色が生まれる可能性も、遊びの一部です。

参加者は自分の所有する猫同士を交配させたり、ほかの所有者の猫を相手に選んだりできます。世代の情報は親の世代に基づいて決まり、誕生した子猫は新たなトークンとして記録されます。どの猫を組み合わせるかという選択は、次に生まれる画像の条件を決める行為になりました。所有者が画像をただ保管する段階から、プログラムが用意した生成過程に参加する段階へ。このゲームでは、収集と制作に似た操作が一つの仕組みに収まっています。(参照:CryptoKitties|遺伝と特徴の継承)

取引の集中が明らかにしたネットワークの限界

《CryptoKitties》の売買や交配は、イーサリアム上で取引として記録されます。猫を増やす操作が実行されるたび、共有ネットワークの処理能力が使われ、取引手数料が発生しました。2017年12月4日、開発チームは利用の急増によるネットワークの混雑を報告し、交配に関わる手数料の引き上げを説明しています。画面の中では猫が一匹生まれるだけでも、記録の更新には多くの参加者が利用する仕組みが働いています。ひとつのゲームが人気を集めると、同じネットワークで動く別のサービスの取引にも遅れや費用の増加が及ぶことがあります。作品の流通を支える技術が、鑑賞や遊びの体験に直接影響した出来事でした。

《CryptoKitties》は、デジタル収集品の魅力とともに、利用が集中したときの処理能力や手数料という課題を早い段階で可視化しました。後のNFT市場でも、取引の仕組みと作品の発表方法は切り離せない関係にあります。(参照:CryptoKitties開発チーム|2017年12月のネットワーク混雑と手数料)

NFTの技術的な仕組みと所有の条件

ブロックチェーンに記録されるトークンと、画像・映像などの作品データは、保存される場所や役割が異なります。ここでは、共通規格の成立から作品の権利と保管の条件までを整理します。

2018年ERC-721と共通規格の成立

2018年1月24日、イーサリアム上で固有のトークンを扱うための共通規格「ERC-721」が提案されました。個々のトークンに識別番号を付け、保有アドレスを調べ、別のアドレスへ移転する方法などを定めた技術仕様です。作品名や画像に結びつく情報を参照する仕組みも含まれています。

《CryptoPunks》などの初期の企画では、それぞれの開発者が独自に所有や譲渡の仕組みを設計していました。共通規格が整うと、異なるサービスが同じ仕様に沿ったトークンを扱いやすくなります。ウォレット、販売サービス、閲覧ツールが接続できることは、市場の拡大を支える条件になりました。

ERC-721が扱うのは、トークンをどのように識別し移転するかという技術上の手順です。作品の著作権や商用利用の範囲は、発行者が示す契約や許諾に基づきます。NFTの仕組みを理解するには、この二つの層を区別すると分かりやすくなります。(参照:イーサリアム改善提案|ERC-721の公式仕様)

トークンと画像ファイルが置かれる場所

あるデジタル作品のNFTを購入したとき、ブロックチェーン上にはトークン番号、保有者のアドレス、移転履歴などが記録されます。画像や動画は、そのトークンに関連づけられた参照先に保存される場合があります。たとえば販売サイトに表示された絵のデータが、一般のウェブサーバー上に置かれているケースです。

サーバーの運営が止まったりURLが変わったりすると、トークンから画像を表示するための情報へたどり着きにくくなります。ファイルの内容に基づく識別子を使うIPFSも利用されています。こちらは複数の場所から同一内容のファイルを取得できる仕組みですが、実際のデータを保管し続ける運用が前提となります。

ラルバ・ラブズ《Autoglyphs》のように、生成に関わる情報をブロックチェーン上に組み込む作品も現れました。トークン、画像ファイル、生成プログラムがどこに存在するかによって、購入後に作品へアクセスする方法も、長期保存の条件も変わってきます。(参照:イーサリアム改善提案|ERC-721と作品情報)

デジタル所有と著作権・利用許諾の関係

NFTを購入する人は、通常、特定のトークンを保有し、取引条件に従って移転する権限を得ます。画像や映像を複製する権利、商品や広告に使用する権利、著作権そのものの譲渡は、発行者が定める契約や利用許諾の範囲によって扱いが変わります。

画像を保有者のプロフィール画像として使用する場合にも、作家が設定した利用条件が関わります。個人の表示を認める許諾と、広告や衣類へ印刷して販売する許諾は、作品の流通後の使われ方に異なる影響を与えます。

この区別は、絵画や写真の購入にも見られます。作品の現物を持つことと、その図像を印刷して販売することには、それぞれ別の権利関係があるためです。NFTでも、保有者に広い商用利用を認めるシリーズと、私的な表示・鑑賞を中心に許諾するシリーズがあります。購入時の利用条件が、収集後にできる行為を具体的に定めます。

発行者の確認も欠かせない要素です。誰でもトークンを作成できる技術環境では、他人の画像を無断で結びつける事例も起こります。作家の公式な発表、契約、作品情報と台帳の記録を照合することで、正規の作品と保有者の権限を確かめられます。(参照:世界知的所有権機関|NFTと著作権)

デジタル作品の販売が変わり始める

2018年前後からデジタル作家が作品を一点ごとに発行し、収集家が来歴を追える市場が成長します。長く複製の容易さを問題とされてきたデジタル作品の販売に、新しい制度が加わりました。

2018年スーパーレアが開いた販売の場

2018年に始まったスーパーレアは、デジタル作品を発表し販売するオンラインの場として成長しました。作家が一点物を中心とする作品を発行し、収集家は作品ページで画像や制作情報を見ながら購入・入札します。美術館や画廊で知った作家に関心を持つ従来の経路に加え、販売サイト上で新しい作家を発見する経路が広がりました。

作品ページには発行者、保有者、過去の売買などの情報も集められます。収集家が画像を見て気に入り、作品の来歴を調べ、購入へ進むまでを、一つの画面でたどれる設計です。作家の紹介や作品の選定、購入者との関係づくりといった画廊に近い仕事も、この種のサービスが担うようになりました。

作品を市場へ届けるための仲介者が、デジタル環境に合わせて変化していった時期です。NFTを扱うプラットフォームは、作品を販売するための技術と、作家を社会へ紹介する仕組みを合わせ持つようになりました。(参照:SuperRare|プラットフォームの記録)

デジタル作品の「一点物」を誰が定めるのか

一枚のデジタル画像は、複製しても同じ見た目を保てます。NFTによる一点物の発行では、作家が特定のトークンを正規作品として定め、その発行数を一点に限定します。画像を閲覧する人は数多くいても、シリーズの発行記録に対応したトークンを保有するアドレスは記録上特定できます。

写真や版画には、正規の部数を限定するエディションという慣行があります。NFTでは、その取り決めをネットワーク上の発行数と結びつけることが可能になりました。収集家が購入する対象には、画像に加えて、作家が定めた発行条件と保有履歴も含まれます。作家がある図像を一点だけ発行する場合も、同じ企画から多数の異なる図像を生成する場合もあります。希少性の形は、作品の制作方法と販売の設計によって異なります。画像を複製できる環境で正規作品をどう認定するかが、NFTにおける一点物の中心的な問題です。(参照:世界知的所有権機関|NFTと著作権)

来歴、ウォレット、収集家という存在

NFTを別の人へ渡すと、トークンがどのウォレットアドレスへ移転したかがブロックチェーンに記録されます。従来の美術取引で画廊の請求書や収集家の記録に分かれていた履歴の一部が、ネットワーク上で連続して確認できるようになりました。作品の来歴を調べるための新しい資料です。

公開されるのは主にアドレスと取引の情報です。そのアドレスを管理する人物の実名や、発行時の著作権関係、契約の具体的な内容は、作家の発表や当事者の資料を併せて調べます。トークンの移転履歴と作品の完全な来歴は、異なる情報を含んでいます。

収集家はウォレットを操作する秘密鍵も管理します。鍵を失うとトークンの移転が難しくなり、第三者に知られれば不正に移転される危険が生じます。新しい所有形式には、作品の正規性を確かめる仕事と、記録にアクセスするための情報を守る仕事が伴いました。(参照:Ethereum|ERC-721規格)

2019年、ブロックチェーンが作品を生成する

ラルバ・ラブズの《Autoglyphs》は、ブロックチェーンの内部で作品を生成する方法を示しました。トークンが完成画像を指す仕組みから、コードの実行自体が制作となる仕組みへの変化をたどります。

《Autoglyphs》が変えた作品の生成場所

2019年4月、ラルバ・ラブズは《Autoglyphs》を発表しました。イーサリアム上のプログラムを実行して幾何学的な図像を生成する作品で、発行数は512点に限定されています。上限に達すると新しい作品を生成する機能は停止しました。完成画像をあらかじめ用意して配る方式とは異なる実践です。

作者は図像をつくる規則と発行数を設計し、取得の際にプログラムが個々の結果を決めます。ブロックチェーン上の処理に応じて記号の配列が生まれ、それを一定の方法で表示すると抽象的な図柄が現れます。生成に関わる主要な情報を共有の台帳に保存することで、作品の成立と記録を同じ技術基盤に置きました。

生成後の図柄には、作者が完成品を一枚ずつ選別する工程とは異なる偶然性があります。《Autoglyphs》は、トークンを作品の記録として使うことから、プログラムを作品制作の現場として使うことへ、発想を広げた例でした。(参照:ラルバ・ラブズ|Autoglyphsの制作と生成方式)

記号の配列から生まれる幾何学的な抽象

《Autoglyphs》では、点、丸、斜線、縦横の線など、文字として扱える記号が幾何学的な図柄をつくります。密度の高い網目、規則的な反復、放射状に広がる構成など、出力によって形はさまざまです。白黒を基調とした簡潔な画面には、初期のコンピューター・アートや文字を使った描画表現を思わせる趣があります。

64行の文字を読むとき、記号そのものを表示する方法と、記号を線や図形へ置き換えて描画する方法とでは、画面の印象が変わります。図像がどの形式で保存され、どの方法で表示されるかという問題まで、作品の構造の中に含まれています。

ラルバ・ラブズの説明によると、一つの作品は64行×64文字の出力で構成されます。色彩豊かな画像を保存する方法に比べ、記号の組み合わせだけで豊かな変化をつくるための制約が明確です。同じプログラムから生まれた作品同士を見比べると、規則の共通性と出力の違いが同時に現れます。

512点という作品数も、シリーズを一つの集合として捉える条件になりました。個別に収集される一枚一枚と、共通の規則から生まれる全体像が、対になって作品の鑑賞を支えています。(参照:ラルバ・ラブズ|《Autoglyphs》原資料と64文字×64行の生成記録)

コードの所有とコンセプチュアル・アート

1960年代以降のコンピューター・アートでは、作家が線の方向や密度、反復の手順を決め、計算機やプロッターに描画させる実践が続いてきました。作者が設計する規則と、そこから生まれた個々の出力の関係は、生成美術の長い歴史の中心にあります。

《Autoglyphs》はこの考え方をブロックチェーン上で展開し、プログラムによる生成と固有の保有記録を結びつけました。コンセプチュアル・アートにも、作家が示した指示書によって別の人が作品を実現する例があります。どのような規則や証明によって作品が成立するかという点で、両者を比較することができます。

NFTに固有の変化は、生成された結果がトークンと結びつき、その取得や移転をネットワーク上で扱えるようになったことです。制作の規則、出力された画像、収集家が保有する記録という複数の要素が、一連の仕組みとして動きます。(参照:サザビーズ|生成美術とブロックチェーン作品の歴史)

2020年、アート・ブロックスと生成美術の新しい展開

Art Blocksは作家がプログラムを登録し、収集家が購入すると初めて個々の作品が生成される仕組みを展開しました。ここでは作品の取得が制作の時間と結びつきます。

2020年アート・ブロックスとエリック・カルデロン

2020年、エリック・カルデロンはアート・ブロックスを立ち上げ、生成美術の作品を発行・販売する新しい形式を展開しました。作家が登録するのは、個々の画像を生み出すためのプログラムと、その変化の条件です。収集家が発行操作を行ったときに、各トークンに固有の図像が生成されます。

カルデロン自身もスノーフロの名で《Chromie Squiggle》を発表しました。作家がすべての結果を事前に見て選ぶ制作とは異なり、規則を確定した後の個々の形は、生成処理によって生まれます。収集家は作者の規則や作例を頼りに、自分のトークンからどんな作品が現れるかを待ちます。

アート・ブロックスは、半世紀以上にわたる生成美術の方法をNFTの流通と結びつけました。制作の実行、作品の発行、購入者への引き渡しが近い時点で起こることが、この仕組みの特徴です。(参照:アート・ブロックス|仕組みと設立の背景)

《Chromie Squiggle》が示した色彩の規則

スノーフロ《Chromie Squiggle》(2020)には、画面を横切る一本の曲線が現れます。虹のように変化する色の帯は、大きく波打ったり、細かく震えたり、折り返したりします。画面を埋め尽くす複雑な要素を使わず、曲線の形と色の変化だけでシリーズを成立させています。

一本の線が作品全体を形づくるため、同じ企画から生まれた出力を並べると、それぞれの違いがよく分かります。線の曲がり方、長さ、太さ、色の切り替わりといった限られた条件が、一点ごとの表情を決めます。共通する規則を見抜きながら個別の形を楽しむことは、生成美術の鑑賞の基本的な面白さでもあります。《Chromie Squiggle》はアート・ブロックスの初期を代表する作品になりました。単純に見える一筋の線が、作品の生成と収集という新しい仕組みを分かりやすい造形に結びつけています。(参照:スノーフロ|《Chromie Squiggle》の制作と公開)

収集家が作品の誕生に立ち会う

アート・ブロックスでの購入は、完成画像を一覧から選ぶという方法とは異なる時間を生み出しました。作家がプログラムを登録した後、購入者の発行操作によって、そのトークンに固有の出力が決まります。画面に何が現れるかは、作家が設定した規則と、発行時に使われる数値によって左右されます。

収集家は作者の過去の作品や、公開された出力例を見ながら購入を判断します。線の密度や色の組み合わせはおおよそ想像できても、自分のトークンに対応する完成形は、発行後に初めて確かめることになります。購入する行為が、一点の作品の姿を確定する出来事にもなりました。

この形式では、作家は可能な形の幅を設計し、収集家はその規則が具体的な図像になる瞬間に立ち会います。発行される個々の作品に作者の手作業の最終選別を挟まないことが、シリーズとしての統一感と結果の偶然性を生んでいます。(参照:Art Blocks|プラットフォームの歴史と仕組み)

アルゴリズムから生まれる抽象表現

生成美術の豊かさは、作品の見た目と規則の関係から具体的に理解できます。《Ringers》と《Fidenza》は、単純な操作や形態の語彙が多様な抽象構成を生み出すことを示しています。

ドミトリ・チェルニアク《Ringers》の線と構成

円形に並んだ杭の周囲へ糸を巻きつける。その身近な動作を、ドミトリ・チェルニアクは《Ringers》(2021)という生成作品の規則へ変えました。画面には、杭を囲む線、鋭く折れ曲がる経路、密集して網目のようになった糸が現れます。完成形を見ると、手で糸を引っかけていく動作が想像できる作品です。

シリーズを見比べると、中央に大きな余白が残るもの、線が何重にも重なって暗い帯を作るものなど、緊張感の違いが感じられます。線がどの杭を経由するかという規則が、画面の重心や輪郭の見え方にも現れます。

プログラムは杭の数や配置、線の色、巻きつく方向などを変化させ、千点の異なる構成を生みました。少ない線で広い余白を残すものもあれば、幾何学的な線が複雑に絡み合うものもあります。一本の糸と杭という制約が、シリーズ全体に共通の秩序を与えています。

チェルニアクは一枚ずつ図柄を完成させる工程に代えて、どんな経路が成立するかをプログラムに組み込みました。身体で行える単純な操作を計算規則に変換し、その多様な結果を抽象的な線の作品として見せています。(参照:アーキペラゴ|ドミトリ・チェルニアク《Ringers》)

タイラー・ホッブス《Fidenza》の流れと色彩

タイラー・ホッブスの《Fidenza》は2021年6月11日にアート・ブロックスから発表されました。999点のシリーズには、風や水の流れを思わせる曲線と、細長い色面が現れます。線が滑らかに続く画面から、大きな帯が折れ重なる画面まで、密度や配色が大きく変化します。

作者は《Fidenza》について、曲線と矩形的な帯という限られた要素の中で、規模、配置、表面の質感、色彩を多様に変えられるアルゴリズムだと説明しています。とりわけ余白の取り方と色面の重なり方は、同じシリーズの画面を大きく違って見せます。

制作に用いられた「フローフィールド」は、平面上の位置ごとに方向を定め、その方向へ線を進ませる方法です。ホッブスは形の長さや太さ、余白、色の組み合わせを調整し、同じ規則の内部に幅広い構図が生まれるよう設計しました。作家自身は森や河川など、自然の中で秩序と不規則さが共存する現象にも関心を示しています。

収集家がトークンを発行すると、そこで具体的な線と色面の組み合わせが確定します。作者が形の変化を精密に組み立てることと、その規則から未知の構成が現れることが、ひとつの制作方法に収まっています。(参照:アート・ブロックス|タイラー・ホッブス《Fidenza》インタビュー)

1960年代の生成美術からNFTへ

ゲオルク・ネース、フリーダー・ナーケ、ヴェラ・モルナールらは、1960年代から計算機や数学的な規則による造形を探究していました。描画装置に線を引かせ、数値を変えて図柄を比較し、偶然によって現れる形を制作へ取り入れた歴史です。コンピューターで画像を生成する美術は、NFTが普及する半世紀以上前に始まっています。

《Ringers》や《Fidenza》にも、少数の規則が多様な形を生み出すという関心が受け継がれています。NFTの技術によって、出力された一枚に固有の記録を結びつけ、ネットワーク上で収集・移転する方法が加わりました。生成の美学と作品の流通が接続されたのです。

2023年には99歳のモルナールもNFTによる生成作品を発表します。長年にわたり線と形の変化を研究してきた作家が、新たな発表方法を取り入れた出来事でした。美術の技法が世代を越えて継承され、流通の仕組みとともに展開する歴史として捉えられます。(参照:サザビーズ|ヴェラ・モルナールと生成美術史)

2021年、ビープルが美術市場を揺るがす

2021年のクリスティーズでの落札は、NFTを世界的な話題へ押し上げました。作品の長年の制作過程と、価格によって形成された社会的な注目を分けて考えていきます。

ビープルが続けてきた毎日のデジタル制作

ビープルの名で知られるマイク・ウィンケルマンは、2007年から毎日一枚のデジタル画像を制作・公開する《Everydays》を続けています。3Dソフトウェアなどを使って架空の風景や人物、政治家の風刺、インターネット文化の図像を描き、その日の制作結果を積み重ねてきました。毎日制作するという反復が、プロジェクトそのものの形式です。

2021年の《EVERYDAYS: THE FIRST 5000 DAYS》は、その最初の五千日分をひとつの大きなデジタル・コラージュへまとめた作品です。全体を遠くから見ると小さな画像が規則正しく密集し、拡大すれば、それぞれの日の造形や色彩、時代ごとの関心を見比べられます。

作品の背景には約14年間にわたる日々の制作があります。NFTとしての発行と競売は、この蓄積を新しい収集の仕組みへ結びつけました。高額落札によって知られる前から続く制作の時間が、一枚の巨大な画面に刻まれています。(参照:クリスティーズ|ビープルの制作史と作品)

2021年3月11日、クリスティーズでの高額落札

2021年3月11日、クリスティーズのオンライン競売で、ビープル《EVERYDAYS: THE FIRST 5000 DAYS》が6,934万6,250ドルで落札されました。老舗の競売会社が、NFTと結びついたデジタル作品を大きく取り扱い、その価格が世界中で報道された出来事です。

作品は五千点の画像を格子状に並べた巨大なコラージュで、制作期間は2007年から2021年に及びます。さまざまな時期の人物や風景、風刺的なモチーフが一画面に集まり、見る人は長い時間の変化を一度に確かめられます。クリスティーズによる販売では、そのデジタル作品に結びつくトークンが競売の対象となりました。

落札額の大きさは、暗号資産の世界で活動していた収集家と伝統的な美術市場が接近する象徴になりました。作品の制作、NFTの発行、価格を決めた競争入札が重なり、デジタル作品の流通が一般の美術ニュースにも大きく取り上げられるようになります。(参照:クリスティーズ|《Everydays》落札記録)

高値が生んだ話題と作品への評価

《Everydays》の落札価格は、複製可能な画像を高額で取引することへの驚きを呼びました。NFTの所有記録を取得する仕組み、暗号資産市場の資金、競売会社の宣伝、収集家同士の競争が、ひとつの作品へ集中したのです。価格の形成を理解するには、作品への評価と当時の市場環境を併せて見ることができます。ビープルが長年続けてきた毎日の制作には、同時代の政治やインターネット文化を画像へ取り込む習慣が見られます。五千点を一画面に並べる構成は、日付ごとに発表された個々の画像を、ひとつの歴史的な集積として見せます。NFT市場の拡大は、そのような制作を収集家へ届ける経路を新たに開きました。

競売で付いた価格は2021年の市場史の記録として残ります。作品を鑑賞する際には、初期の画像と後年の画像を比べたり、膨大な数をひとつの画面にまとめる表現を見たりする楽しさもあります。話題になった金額と、作家が続けた制作の時間は、異なる角度からこの作品を形づくっています。(参照:クリスティーズ|《Everydays》落札記録)

サザビーズがNFTの美術史を示す

大手オークションハウスは、作品の販売だけでなく、何を初期NFT美術として評価するかという歴史の形成にも関わりました。2021年の《Natively Digital》から、その作用を検討します。

2021年《Natively Digital》の歴史的な構成

2021年6月、サザビーズは《Natively Digital: A Curated NFT Sale》を開催しました。2014年のケヴィン・マッコイ《Quantum》から《CryptoPunks》、生成美術、コンセプチュアルな実験までを集め、NFTを扱う制作がどのように展開してきたかを示す競売です。作品の制作年や技術を紹介する文章も、企画の重要な部分でした。

ラルバ・ラブズによる人物像の収集と、《Quantum》が試した作品の登録、リア・マイヤーズ《Secret Artwork》の見えない作品の所有では、トークンの使い方がそれぞれ異なります。同じ販売形式に並ぶことで、NFTを使う作家が抱いてきた関心の広さが伝わります。

競売会社が作品を選び、来歴や歴史的な意義を解説することは、価格を決める以上の影響を持ちます。サザビーズの企画は、NFTの初期史を市場の場で編集し、収集家や観客へ提示する試みでもありました。(参照:サザビーズ|《Natively Digital》)

リア・マイヤーズ《Secret Artwork》と見ることのできない作品

リア・マイヤーズの《Secret Artwork》(2018)は、内容を秘密にした作品について、その存在を示す記録を発行する実践です。作家は秘密の内容から暗号学的なハッシュ値を計算し、イーサリアム上へ登録しました。ハッシュ値は、後から内容と照合できる固有の手がかりになります。公開された値を見ても、秘密の作品が何であるかは分からない仕組みです。

作家の公式解説によれば、画面に表示されるのは作成時刻や保有者、ハッシュ値など、ネットワークから取得できる情報です。情報の表示形式を増やすほど、作品の核心が隠されていることが際立ちます。見られるものが増えるほど、見られないものを意識させる構成です。

作品にはトークンも発行され、保有者と移転履歴を確認できます。画面上のプログラムはトークンやハッシュ値などの情報を色や文字、音へ変換します。鑑賞者は多くの情報を受け取りながら、秘密にされた中心的な内容を想像することになります。

所有者にも秘密の内容は明かされないという設定が、この作品の核心です。トークンを保有するという明確な記録と、所有対象の姿をつかめない経験が同時に成立します。マイヤーズはNFTの仕組みを利用し、作品を所有することが何を意味するのかを実験しています。(参照:リア・マイヤーズ|《Secret Artwork》作家公式解説)

オークションが選び取ったデジタル文化の記録

2021年のNFT競売には、新しく制作された美術作品とともに、デジタル文化の歴史的な資料も登場しました。同年6月には、ワールド・ワイド・ウェブの発明者ティム・バーナーズ=リーが、初期のソースコードに関する資料をNFTと結びつけてサザビーズへ出品し、約540万ドルで落札されています。

同じ年の5月、クリスティーズはラルバ・ラブズが保有していた《CryptoPunks》九体をまとめて販売しました。ウェブ技術の開発を伝える資料と、アルゴリズムから生まれた人物像のシリーズとでは、鑑賞の対象も歴史も異なります。両者がNFTという形式で売買されたことから、市場が扱う対象の幅広さが分かります。

競売会社は作品の制作背景や技術史を説明し、歴史的な出来事と結びつけて収集家に紹介しました。NFTは造形作品のほか、技術史の記録や文化的な資料の所有をめぐる場でも使われるようになりました。(参照:サザビーズ|World Wide WebソースコードNFT)

《CryptoPunks》からプロフィール画像文化へ

NFTは画面で見る作品という役割を越えて、SNS上のアイデンティティ、会員資格、ブランドの一部にもなりました。所有の社会的な意味が変わっていく過程です。

プロフィール画像が社会的な記号になる

2021年頃、オンラインでは《CryptoPunks》などの人物像や動物の画像を、SNSのプロフィールに掲げる習慣が広がりました。持ち主は自分が選んだキャラクターをアイコンに使い、同じシリーズを保有する人々と交流します。小さな画像が趣味や所属、収集歴を示す記号になりました。

プロフィール画像型の企画の中には、保有者向けの交流の場や催し、追加サービスを設けるものも現れました。収集家が作品を選ぶ理由には、外観への好みに加え、ほかの保有者とのつながりや参加できる活動も含まれます。画像の利用許諾もシリーズごとに設計されました。《CryptoPunks》の人物像は、オンラインで共有される画像でありながら、特定の保有記録と結びついたものとして使われます。自分のアカウントの顔として作品を表示する行為は、鑑賞と社会的な自己表現を近づけました。(参照:Larva Labs|CryptoPunks公式記録)

収集品、ブランド、美術という複数の役割

NFTは、作品を鑑賞するためのものからゲーム内の資産、会員資格を表す証明、ブランドのキャラクターまで、多様な用途を持つようになりました。プロフィール画像型のシリーズでは、画像の造形、市場での希少性、保有者の交流が同時に作品の受け止められ方へ影響します。

例えばトークンを持つ人にイベントへの参加を認める場合、そのトークンは参加資格を確かめる手段になります。画像を商品へ使用できる企画では、商用利用の許諾も収集する理由のひとつです。どこまで利用できるかはシリーズを管理する権利者の契約によって変わります。

2023年にポンピドゥー・センターが《CryptoPunk #110》を収蔵した背景には、一つの人物像の造形に加えて、2017年から続く生成と収集の仕組みがありました。NFTの歴史を美術館で扱う際には、画像の外観、技術的な構造、利用者が育てた文化をあわせて記録することになります。(参照:Larva Labs|CryptoPunks公式記録)

2022年ユガ・ラボによる知的財産権の取得

2022年3月、ユガ・ラボはラルバ・ラブズから《CryptoPunks》と《Meebits》の知的財産権などを取得したと発表しました。多くの人がすでに個別のトークンを所有するなかで、シリーズを生み出した事業者の権利が別の企業へ移るという出来事です。

ユガ・ラボは取得後、トークンの保有者に各画像の商用利用を認める方針も示しました。ここには、個々のトークンを保有する収集家、作品群の著作権やブランドを管理する企業、画像を利用する人という複数の立場があります。発行された作品の歴史が続く間にも、画像の利用条件は権利者の判断によって変化し得ます。

収集家がひとつの人物像を保有することと、シリーズ全体を管理することは別の権限です。知的財産権の移転によって、ブロックチェーンの所有記録と作品の利用許諾が異なる仕組みで動いていることが、具体的な出来事として見えました。(参照:Yuga Labs|CryptoPunks・Meebits取得発表)

NFTが作家と収集家の関係を変える

NFTの普及に伴って、作品販売と二次流通の収益配分、収集家との交流、流通を仲介する事業者の役割が変わりました。技術の理想と市場での実際の運用を整理します。

二次販売ロイヤリティと作家への還元

NFT市場では、収集家が作品を再販売した際に、その売上の一部を作家へ還元する仕組みが注目されました。従来の美術市場にも追及権などの制度が存在しますが、適用される国や取引の条件はさまざまです。NFTの販売サービスでは、プログラムと利用規約を通じて作家への報酬を設定する方法が生まれました。

二次販売の支払いがどこまで行われるかは、販売サービスの方針や取引の種類によっても変わります。作者に収入を還元するという理念が広がるにつれ、誰が報酬を計算し、どのように支払うかという実務も市場の争点になっていきました。

2020年に提案されたERC-2981は、二次販売時のロイヤリティについて、受取人と金額を問い合わせるための共通仕様です。実際の支払いは販売サービスの仕組みや契約によって処理されます。たとえばウォレット間でトークンを移しただけの場合、売買代金が発生しているかどうかは個別に判断されます。

2022年以降、販売サービスによって作者への還元条件に差が生じ、作家の収入をめぐる議論が広がりました。NFTで設定できる報酬が安定して支払われるためには、技術規格に加えて市場の運用と契約が関係しています。(参照:イーサリアム改善提案|ERC-2981の公式仕様)

販売サービスが担った新しい仲介

NFT作品の発行・販売がオンラインで広まると、作家は自ら作品ページを公開し、収集家へ直接届ける道を得ました。販売サービスは決済や所有記録の管理だけでなく、出品審査、作品の紹介、作家への注目を集める編集なども担います。どの場で発表するかは、作品が誰に見つけられるかにも関わりました。

スーパーレアのように作家や作品の選定を重視するサービス、SNSを通じた収集家の推薦、大手オークションによる企画販売が、異なる形で市場を支えました。作家にとっては新しい収入の機会が生まれるとともに、価格設定、作品データの管理、購入者への説明といった仕事も日常の制作活動に加わります。

画廊が担ってきた紹介や販売の仕事の一部は、オンラインの販売サービスや収集家のコミュニティへ移りました。流通の技術が変わるにつれて、作品を選び、評価し、社会へ届ける人々の関係も組み換えられています。(参照:SuperRare|プラットフォームの記録)

共同収集とオンラインの支持者たち

NFTの収集には、複数の人が資金や意思決定を持ち寄る試みも現れました。DAO(分散型自律組織)と呼ばれる団体では、参加者による投票やあらかじめ定めた規則を用いて運営する場合があります。実際の管理方法は組織によって異なり、企画を進める役割を少人数が担う例も見られます。

2021年、収集団体PleasrDAOはエドワード・スノーデンのNFT作品《Stay Free》を取得しました。米国の監視をめぐる裁判所の判断を素材にした作品で、その競売収益は報道の自由を支援する活動に充てられています。複数の参加者が、作品への関心と社会的な目的を共有して収集活動を進めた例です。

共同購入した作品を誰が保管し、展示や売却の決定をどのように行うかは、団体ごとの取り決めに左右されます。参加者に与えられる権限と著作権の扱いも個別の契約によって決まります。NFTの共同収集は、美術作品を所有する主体と、その意思決定のあり方を探る活動へ広がりました。(参照:TechCrunch|PleasrDAOによるNFT作品の共同収集(2021))

NFTの所有と長期保存をめぐる問題

NFTの所有記録が残っていても、作品のデータやプログラムが失われる場合があります。長く鑑賞できる状態を保つための、ファイルの保存方法と実行環境を取り上げます。

外部サーバーに置かれた作品を守る

NFTの保有履歴はブロックチェーンに記録されます。作品の画像や動画が外部のサーバーに置かれている場合、そのデータを保存し配信する仕事は、トークンの記録とは別に続きます。ウェブサイトの閉鎖やURLの変更によって、画像へのアクセスが途絶えることもあります。

長期保存では、作家が正規の作品として認めたファイルを確保し、解像度、動き、音、制作に用いたソフトウェアなどを記録します。ブラウザ上で動く作品では、閲覧するためのプログラムや対応する環境も保存の対象となります。美術館が過去の映像や電子機器を収蔵するときと共通する課題です。

NFTは誰がトークンを保有してきたかという履歴を残すことができます。将来の鑑賞者が作品にアクセスできるようにするためには、その記録に加えて、映像やプログラムを継続して保管する体制が関わります。(参照:Ethereum|ERC-721規格)

IPFSとオンチェーン作品の保存条件

IPFSは、ファイルが置かれたサーバーの住所に加え、内容から作る識別子によってデータを探せる仕組みです。同じ内容のファイルを複数の場所で保持していれば、特定のサーバーに依存する度合いを減らせます。NFTの画像や動画を保存する技術としても利用されてきました。

ファイルを外部へ保存する作品と、生成規則をオンチェーンに置く作品は、保存すべき対象が異なります。前者では作品の元データとその複製先、後者では記録されたコードや実行条件を丁寧に残すことが、将来の鑑賞に関わります。

そのファイルを配信するためには、どこかのコンピューターがデータを持ち続ける必要があります。IPFSでは、ファイルを保持する「ピン留め」などの運用が用いられます。識別子の仕組みと、実際のデータを維持する仕組みが組み合わさって、長期的なアクセスが支えられます。

《Autoglyphs》のようなオンチェーン作品は、生成に関わる情報をブロックチェーン上へ記録しています。実際の表示には、記号を画面へ描くプログラムや端末も使われます。画像の保存場所、作品を再現するためのコード、鑑賞環境という条件を分けて考えると、作品ごとに保存する対象が明確になります。(参照:IPFS|ファイルの保持と配信)

美術館が管理するトークンと作品

NFTを収蔵する美術館では、トークンを管理するウォレットと、鑑賞の対象になる画像やプログラムの両方を扱います。秘密鍵を安全に保持する仕組みは作品の移転を防ぎ、作品ファイルの保存は将来の再展示を支えます。発行者、過去の所有者、作品に適用される利用条件も調査の対象です。

一枚の画像を画面に表示する作品と、実行するたびに生成画像が変化する作品では、展示の方法が異なります。《Secret Artwork》のように内容を秘密にする作品では、どの情報を公開し、何を体験させるかも保存・展示の条件になります。美術館の仕事には、作者が想定した鑑賞方法を記録し、将来の環境で再現するための判断が含まれます。

映像作品やインターネット・アートの収蔵で培われた技術に、NFT固有の所有記録とプログラムの管理が加わりました。2023年のポンピドゥー・センターによる取得は、これらの課題を現代美術館が引き受ける段階を示しています。(参照:ポンピドゥー・センター|2023年NFT関連作品収蔵発表)

2021年、NFT市場が急拡大する

暗号資産市場の拡大とともに、NFTの取引量や価格が急上昇しました。取引履歴が公開される市場では、作品を鑑賞する経験と価格を追う経験も同じ画面に現れます。

2021年の取引急増と暗号資産市場

2021年、NFT関連の取引へ流入する資金が急増しました。暗号資産分析企業チェイナリシスは、同年にNFT販売サービスへ送金された暗号資産を約400億ドル相当と推計しています。対象には美術作品に加えて、ゲーム内の資産、プロフィール画像型の収集品などが含まれます。市場全体の資金の動きを表す指標です。

販売サイトでは画像の隣に取引価格、保有者のアドレス、過去の売買履歴が並びました。作家の新作を長期的に収集する人々と、短期間での価格上昇を期待して売買する人々が、同じ市場に参加します。暗号資産の相場も作品をドルなどに換算した価格へ影響しました。

市場の規模を読むときは、サービスへ送金された資金、実際に成立した売買額、販売件数を区別します。2021年の数字からは、NFTをめぐる活動が広範なデジタル商品へ広がり、美術の流通にも大きな影響を与えていたことが分かります。(参照:チェイナリシス|2021年NFT市場の報告)

フロア価格と金融化される作品の評価

《CryptoPunks》などのシリーズには、現在出品されている個体のうち、最も安い売り出し価格が表示されるようになりました。「フロア価格」と呼ばれる指標で、日本語では最低出品価格に当たります。売り手が付けた希望価格をもとに、シリーズの相場感をつかむために使われます。実際の成約価格は、その後の売買によって決まります。

同じシリーズの中でも、宇宙人やゾンビなど出現数の少ない個体は特別な価格を付けられる場合があります。全体の最低出品価格と、ひとつの作品がもつ造形や希少な属性は、それぞれ別の指標として見られました。NFT市場の画面では、作品画像を眺める行為のすぐそばに価格の比較が置かれています。抽象画や人物像として作品を見ることと、数値の変化を追うことが同時に起こる環境は、この時期の収集文化を特徴づけました。(参照:DappRadar|2023年市場年次報告)

公開された取引履歴と見えにくい実態

NFTの売買記録からは、トークンがどのアドレスへ移り、どの程度の価格で取引されたかを確認できます。こうした公開情報を分析することで、作品の価格や取引量の変化が追いやすくなりました。アドレスを管理する人物の身元は、別の資料と結びつけて調べることになります。

市場では、自分が管理する複数のアドレス間で売買を繰り返し、取引量や価格を大きく見せる「仮装売買」も問題になりました。チェイナリシスは2022年、NFTの取引記録からこうした行為に関連する特徴を分析しています。台帳に残る数字を調べる際には、売り手と買い手の関係や資金の動きも検討されます。

ウォレットを公開して所蔵品を見せる収集家がいる一方、匿名のまま取引する人々もいました。透明な台帳に記録が残る環境には、収集品を共有する文化と、個人の活動履歴が追跡される問題が同時に存在しています。(参照:チェイナリシス|NFT市場の仮装売買分析)

エネルギー消費とブロックチェーンの転換

NFTを支える技術は、電力消費をめぐる批判にもさらされました。2022年のイーサリアムの仕様変更を中心に、技術的な環境負荷がどのように変化したのかを確認します。

マイニングとNFTに向けられた環境批判

2021年、NFT市場の急拡大とともに、ブロックチェーンの電力消費が美術家の間でも議論されました。当時のイーサリアムでは、プルーフ・オブ・ワークと呼ばれる方法で取引を承認していました。多数の計算機が計算を競う仕組みで、ネットワークの維持に多くの電力が使われていたためです。

NFTの作品を発行し売買する際にも、この共有基盤が利用されていました。環境への影響を評価するには、利用されたブロックチェーン、発行時期、取引記録を承認する方式を確認します。ネットワークごとの技術が異なるため、消費電力の推計もその条件に沿って扱うことになります。

作家が選ぶ技術基盤は、作品の価格や流通だけでなく、制作の環境負荷にも関係するものとして注目されました。画面に映るデジタル画像の背後には、計算機や通信設備を動かす物理的なインフラがあります。(参照:Ethereum|The Mergeの公式資料)

2022年、イーサリアムの「マージ」による技術転換

2022年9月15日、イーサリアムは「マージ」と呼ばれる大規模な技術更新を実施しました。多数の計算機が競って記録を承認するプルーフ・オブ・ワーク(PoW)から、暗号資産を預け入れた参加者が承認を担うプルーフ・オブ・ステーク(PoS)へ移行したのです。

イーサリアムの公式資料は、この移行によってネットワーク全体のエネルギー消費が推計約99.95%減少したとしています。2021年のNFTブームを支えた基盤の運用方法が大きく変わり、美術家が発行先を選ぶ際の条件にも影響しました。

この数値はイーサリアム全体の消費電力を比較した推計です。個々のNFTを制作・表示する際には、端末、通信、ファイル保存などの設備も利用されます。マージは取引を支える基盤技術の電力消費を大幅に変えた出来事として記録されます。(参照:イーサリアム公式|2022年「マージ」とエネルギー消費)

電力、端末、保存を含む長期的な環境負荷

イーサリアムのマージ以降、NFT作品の環境負荷を考える条件も変化しました。発行時期が2021年なのか2023年なのか、どのネットワークを使用したのかによって、取引を記録する技術と電力消費は異なります。

デジタル作品は、ファイルを保管するサーバーや通信機器、鑑賞するためのディスプレイを使います。美術館で映像を長時間上映する場合には、画面や音響装置の電力がかかり、作品データを何世代にもわたって保存する作業にも設備が伴います。環境への影響は、発行時だけでなく、長期的な展示や保存まで含めて考えることができます。絵画の制作や輸送に材料と資源が使われるように、デジタル美術にも固有の物質的な条件があります。どの範囲の電力や排出量を測定した数字なのかを示すことによって、作品の技術ごとの違いが具体的に比較できるようになります。(参照:イーサリアム財団|2022年「マージ」とエネルギー消費の変化)

2022〜2023年、市場の熱狂が収束する

2022年以降、NFT市場では価格と取引量が大きく変動しました。作品の制作が続くなかで、収集家の活動や販売サービスの報酬制度も変化していきます。

2022年の市場変動と価値の不安定さ

NFT市場では2022年に入ると取引額の変動が激しくなりました。チェイナリシスが同年5月5日に公表した報告では、NFT販売サービスへ送られた暗号資産の週ごとの額が、2月13日週の約39億ドルから3月13日週には約9億6,400万ドルへ減少したとされています。4月には持ち直す時期もあり、市場が短期間で大きく上下していた様子が分かります。

この統計はゲーム関連の資産や収集品を含むNFT販売サービスへの資金移動を示しています。作品がイーサで値付けされていた場合、暗号資産の相場の変化によってドル換算額も変わります。時期の異なる取引を比較するには、使われた通貨とその日の相場を確かめることになります。

取引の急増によって広がった注目は、価格の下落によって別の形へ変化しました。技術としてのNFTの利用、個別作品の評価、市場での取引額は、それぞれ異なる推移をたどることになります。(参照:チェイナリシス|2022年のNFT取引動向)

2022〜2023年のロイヤリティをめぐる競争

2022〜2023年には、NFT販売サービスの手数料と作者への二次販売報酬をめぐる競争が強まりました。収集家にとって取引費用が低いサービスが広まるにつれ、従来の販売サービスが設定していたロイヤリティの扱いにも変化が生じました。同じ作品でも、再販売する場所によって作家へ届く報酬が異なる場合がありました。

ERC-2981は報酬の受取先や金額を伝える技術規格です。実際の送金は市場の運営や契約に組み込まれることで実現します。ウォレット間の移動には贈与や自己管理のための移転も含まれるため、販売価格に応じた報酬をいつ支払うかという条件が、取引サービスによって定められます。

市場の競争は、作家への継続的な還元をめぐる期待を見直す契機になりました。二次販売の報酬を長期的に支える仕組みには、プログラムの規格とともに、販売サービスの運用や収集家の合意が関わっています。(参照:イーサリアム改善提案|ERC-2981の報酬情報規格)

2023年の取引統計が示した変化

ダップレーダーが公表した2023年の年間報告では、調査対象となったNFT市場の取引額は約126億ドルで、前年に比べ49%減少しました。販売件数は約6,000万件と前年比445%増加し、同社が算定した平均販売価格は2022年の2,254ドルから2023年には約210ドルへ低下しています。高額な取引の減少と、比較的安い価格帯での取引の増加が同時に進んだ年でした。

同社の報告では、年間の取引額と販売件数に加え、平均販売価格も比較されています。高額の少数取引が市場を牽引する時期から、比較的安価な多数の取引が目立つ時期へと、数字に表れる活動の構成が変わりました。

集計の対象には、デジタル美術、プロフィール画像、ゲーム、収集品などが含まれています。販売件数の増加は取引の活発さを示しますが、参加した個人の人数や、美術作品の評価の変化とは別の指標です。2021年の高額落札が大きな話題となった後、NFT市場の規模と構成は変化しました。

収集家の活動や作品の受容を知るためには、価格の統計とともに、作家がどのような作品を制作し、美術館や研究機関が何を収蔵したのかを見ることができます。2023年には、市場の数字と美術史上の評価を異なる時間軸で考える動きも現れました。(参照:ダップレーダー|2023年NFT市場年間報告)

2023年、美術館がNFTを収蔵する

2023年には、NFT関連作品を美術史の一部として収蔵・研究する動きが明確になりました。ポンピドゥー・センターの取得と、ヴェラ・モルナールの新作から歴史的な評価の方向を探ります。

2023年ポンピドゥー・センターの取得

2023年1月18日、ポンピドゥー・センターの取得委員会は13組の作家による18のプロジェクトを収蔵することを決定しました。翌2月に公表された作品一覧には《CryptoPunk #110》《Autoglyph #25》、サラ・メヨハス《Bitchcoin》、ラファエル・ローゼンダールの作品などが含まれています。寄贈や購入によって、美術館のコレクションへ加わった作品群です。

同館の公式資料では、制作の形式として暗号資産を扱う作品、ネット・アート、生成美術、既存の美術制度を考察する作品が挙げられています。個別のトークンを取得することに加え、技術を使う作家たちの幅広い態度を収集しようとする方針が読み取れます。

選定には、生成美術やネット・アート、コンセプチュアルな実践など、幅広い制作方法が含まれていました。フレッド・フォレストやクロード・クロスキーらの仕事と《CryptoPunks》を同じコレクションで扱うことにより、ブロックチェーンが作品の制作や流通、所有の方法に与えた変化を歴史的に捉えようとしています。

美術館が作品を受け入れる際には、トークンとともに、作品ファイル、制作情報、展示方法などを管理することになります。NFT市場の急騰期を経た2023年に、これらの作品が長期的な研究と保存の対象となったことは、制度上の節目です。(参照:ポンピドゥー・センター|2023年収蔵作品一覧)

美術館の収蔵が変えるNFTの位置づけ

2023年2月、ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)は、収集家コゾモ・デ・メディチから13人の作家による22点のブロックチェーン関連作品について寄贈・寄贈約束を受けたと発表しました。2017〜2022年に制作された作品を含み、生成美術や映像、写真など、異なる表現形式が紹介されています。

取得作品の一つであるドミトリ・チェルニアク《Ringers #962》(2021)は、杭の周囲をめぐる糸の構成をプログラムから生成するシリーズの作品です。モニカ・リッツォーリ《Fragments of an Infinite Field #800, Autumn》(2021)やマット・デローリエ《Meridian #547》(2021)も含まれます。収蔵された作品を並べて見ると、生成規則や画面の形式の違いを比較できます。

同時期のポンピドゥー・センターの収蔵には、トークンの所有そのものを扱う概念的な実践も含まれています。各館が作品を選ぶ方針には差がありますが、作品の制作方法や歴史を調べ、長く保存するという共通の仕事が見られます。(参照:LACMA|コゾモ・デ・メディチ・コレクションの取得)

ヴェラ・モルナール《Themes and Variations》

ヴェラ・モルナールは、計算機による生成美術の先駆者です。1950年代末から「想像上の機械」と呼ぶ方法で、形の位置や色を変化させる規則を考え、後にはコンピューターを使った制作を続けました。2023年、99歳のモルナールはマーティン・グラッサーと協働し、500点の生成作品《Themes and Variations》を発表します。

2023年7月26日の販売では、500点の作品が購入時に生成される方法が採用されました。サザビーズは、モルナールの鉛筆による素描から始まる制作を紹介し、コンピューターを使う以前の実験と新たな技術との連続性を強調しています。

制作は、N・F・Tの三文字を鉛筆で描くところから始まりました。文字を伸ばしたり太らせたりして幾何学的な形へ変え、色や配置を変化させるプログラムを組み立てています。一つ前の作品の背景色が次の作品の前景色になるような規則も用いられました。読み取れる文字と抽象的な図形の間を行き来する構成です。

各作品は購入時にプログラムが実行されて生成される方式でした。長いあいだ規則と偶然の関係を研究してきた作家が、NFTを通じて新たな流通の仕組みに参加した事例です。(参照:サザビーズ|ヴェラ・モルナール《Themes and Variations》の制作過程)

NFTアートが美術史へ残したもの

NFTが持ち込んだのは、作品と所有者の関係を記録する新しい方法でした。その仕組みはコンセプチュアル・アートや生成美術の長い歴史ともつながり、現代のデジタル作品の保存と収集へ問いを残しています。

作品の証明書とブロックチェーン上の記録

NFTのトークンは、作品の証明書や販売履歴を記録する台帳に似た役割を持ちます。1960年代以降のコンセプチュアル・アートでも、物体とともに、作品を実現するための指示書や正規性を示す証明書が扱われてきました。NFTではこの種の記録が共有ネットワーク上で発行され、保有者や移転の経緯を調べることができます。

正規の発行者は誰か、どのトークンを作品と結びつけたのか、保有者にどのような利用が許されるかは、作品ごとの契約や記録によって確かめられます。ケヴィン・マッコイ《Quantum》の訴訟は、異なるブロックチェーン上の記録と権利主張をめぐる問題を具体的に表しました。

リア・マイヤーズ《Secret Artwork》では、秘密の内容を持つ作品のトークンが公開され、所有者にも作品内容は知らされません。同じNFTの技術から、歴史的な登録の検証と、所有という概念そのものを扱う美術表現が生まれています。(参照:米国連邦地方裁判所|《Quantum》をめぐる判決)

市場の内側から所有と価値を考える

NFT作品は、美術館の展示室に入る前から、販売サイトで画像と価格を並べて見られることが多くありました。現在の提示価格、過去の売買履歴、保有アドレスが画面上に並び、作品を見ることと取引情報を調べることが近い行為になります。

この仕組みを自ら作品の一部にした作家もいます。サラ・メヨハス《Bitchcoin》は作家の制作活動とトークンの価値を結びつけ、リア・マイヤーズ《Secret Artwork》は内容を秘密にしたまま保有記録を取引する状況を作りました。どちらもNFTの技術が提供する所有や流通の方法を、造形やコンセプトへ取り込んだ例です。NFTを利用した作品を読む際には、トークンがどの役割を果たしているかが手がかりになります。画像の正規性を示すもの、生成処理を起動するもの、所有と価値をめぐる実験の一部となるもの。作家によって仕組みの使い方は大きく異なっています。(参照:ポンピドゥー・センター|NFT関連作品の歴史と制度)

デジタル作品の所有が美術に残した課題

2014年の《Quantum》から2023年の美術館収蔵まで、NFTをめぐる制作にはさまざまな方向がありました。作品の正規性を示す登録、収集家が発行時に関わる生成美術、所有の意味を問い直すコンセプチュアルな作品が、それぞれ異なる関心から生み出されています。

2021年の市場急拡大は、デジタル作品の発表と収集の場を大きく広げました。その後の価格変動は、流通の仕組みや二次販売の報酬、作品の長期保存について、より具体的な検討を促しました。2023年のポンピドゥー・センターやLACMAの取得は、市場の動きより長い時間をかけて作品を研究する場が広がった例です。

《Ringers》《Fidenza》で見られる規則と偶然の造形、モルナールが半世紀以上にわたって続けた実験、《Secret Artwork》の所有の仕掛けは、NFTという共通の技術の中でそれぞれの表現を成立させています。その多様性は、生成美術、コンセプチュアル・アート、インターネット・アートの歴史をたどる手がかりにもなります。(参照:ポンピドゥー・センター|NFT時代の美術館)

2014〜2023年の略年表

NFTアートの成立には、2017年以前からのブロックチェーン美術の試みがつながっています。以下では技術の成立、主な作品の発表、オークション、美術館収蔵の動きを同じ時間軸で整理します。

  • 1960年代|コンピューターによるアルゴリズム美術が実験的に発展し、後の生成美術の基盤が築かれる。
  • 2014年5月|ケヴィン・マッコイが《Quantum》をネームコインへ登録する。
  • 2015年|サラ・メヨハスが《Bitchcoin》を開始し、作品価値とトークンの関係を実験する。
  • 2017年6月|ラルバ・ラブズが一万体の《CryptoPunks》をイーサリアム上で公開する。
  • 2017年11月|CryptoKittiesが登場し、デジタル猫の所有と繁殖による新たな収集文化を広げる。
  • 2018年1月|非代替性トークンの共通規格ERC-721が提案される。
  • 2018年|スーパーレアが始まり、デジタル作家の作品を収集する市場が成長する。
  • 2018年|リア・マイヤーズが《Secret Artwork》を発表し、所有と閲覧の関係を問う。
  • 2019年4月|ラルバ・ラブズが《Autoglyphs》を公開。512点で生成が終了する。
  • 2020年春|新型コロナウイルス感染症の流行でオンライン展示・販売への関心が高まる。
  • 2020年9月|NFTロイヤリティ情報の標準化を目的とするERC-2981が提案される。
  • 2020年11月27日|アート・ブロックスでスノーフロ《Chromie Squiggle》が発表される。
  • 2021年1月|ドミトリ・チェルニアク《Ringers》がアート・ブロックスから公開される。
  • 2021年3月11日|ビープル《EVERYDAYS: THE FIRST 5000 DAYS》がクリスティーズで6,934万6,250ドルで落札される。
  • 2021年5月|クリスティーズがラルバ・ラブズ保有のCryptoPunks九体を競売にかける。
  • 2021年5月|マッコイが《Quantum》をイーサリアム上のNFTとして新たに発行する。
  • 2021年6月|サザビーズが《Natively Digital》を開催し、初期NFT美術から生成美術までを紹介する。
  • 2021年6月|CryptoPunk #7523がサザビーズで1,175万4,000ドルで落札される。
  • 2021年6月|タイラー・ホッブス《Fidenza》がアート・ブロックスから公開される。
  • 2021年6月|ワールド・ワイド・ウェブの初期ソースコードに関するNFTがサザビーズで売買される。
  • 2021年後半|プロフィール画像型NFTの人気が高まり、所有とSNS上のアイデンティティが結びつく。
  • 2021年末|NFT市場への暗号資産送金額が約400億ドルに達する(チェイナリシスの推計)。
  • 2022年2月|チェイナリシスがNFTの仮装売買分析を公表する。
  • 2022年2月|《Quantum》の古い登録をめぐる権利を主張した企業が、ケヴィン・マッコイとサザビーズを提訴する。
  • 2022年3月|ユガ・ラボがCryptoPunksとMeebitsの知的財産権を取得する。
  • 2022年5月5日|チェイナリシスがNFT市場の月ごとの変動を分析した報告を公表する。
  • 2022年9月15日|イーサリアムが「マージ」を実行し、合意形成方式を変更する。
  • 2022年後半|NFT販売サービス間で手数料と作家ロイヤリティをめぐる競争が強まる。
  • 2023年1月18日|ポンピドゥー・センターが13組・18プロジェクトの収蔵対象を選定する。
  • 2023年2月13日|ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)が22点・13作家のNFT関連作品の取得・寄贈約束を公表する。
  • 2023年2月|ポンピドゥー・センターがNFT関連作品の取得を公表する。
  • 2023年3月17日|《Quantum》をめぐる訴訟で、米国連邦地方裁判所が原告の請求を棄却する。
  • 2023年7月|ヴェラ・モルナールがマーティン・グラッサーとの協働による《Themes and Variations》を発表する。
  • 2023年末|NFT市場では年間取引額の減少と販売件数の増加が見られ、翌2024年1月の報告書で数値が公表される。

まとめ|NFTアートが変えた制作と所有

2017年のCryptoPunksは、複製できるピクセル画像に特定の所有記録を結びつけ、デジタル作品を収集する感覚を新しい形で生み出しました。CryptoKittiesではトークンの保有と新しい個体の生成が結びつき、2018年のERC-721はそれぞれの仕組みを共通のインフラへつなげる基盤になりました。2014年《Quantum》や2015年《Bitchcoin》の先駆的な実践と合わせることで、この変化には市場の流行以前から続く制作上の問いがあったことが分かります。

2019年《Autoglyphs》と2020年アート・ブロックスは、ブロックチェーンを作品の所有記録から生成の条件そのものへと広げました。ドミトリ・チェルニアク《Ringers》やタイラー・ホッブス《Fidenza》は、規則と偶然による豊かな抽象作品を生み出し、コードによって形を考える長い美術史を現代のデジタル収集に接続します。2023年にヴェラ・モルナールが発表したNFT作品も、1960年代以来の生成美術の実践が新しい技術によって更新されることを示しました。

2021年、ビープル《EVERYDAYS: THE FIRST 5000 DAYS》の高額落札と、CryptoPunksを扱う大手オークションの企画によってNFTの社会的な認知が急速に広がりました。作品画像とともに価格や取引履歴が公開される販売サービスでは、鑑賞と投資的な関心が強く接近します。流通経路が増えたことは、作家の発表機会を広げるとともに、相場の変動や市場の仲介者への新たな依存も生みました。

2022年以降、暗号資産とNFT市場の熱狂が収束し、環境負荷や作家ロイヤリティ、ファイル保存の問題が改めて検証されます。イーサリアムの「マージ」は電力消費の構造を大きく変更しました。著作権の移転、画像ファイルの保存、ロイヤリティの支払いには、それぞれ個別の契約やシステムの設計が関わっています。デジタル所有とは何かという問いは、作品の実際の使い方と保存方法に結びついています。

2023年にポンピドゥー・センターやLACMAがブロックチェーン関連作品を収蔵したことで、NFTをめぐる制作は、美術館の研究と保存の対象としても広がりました。作品を成立させるコード、正規の作品を示す記録、購入者が参加する生成の仕組みなど、作家ごとの方法を知ることは、現代美術における所有と制作の変化をたどる手がかりになります。

この時期のもう一つの大きな変化は、パンデミックによって美術館やギャラリーの活動がオンラインへ移ったことでした。次の記事では「2020–2023|COVID-19と美術制度 — 閉館、オンライン展示、アート市場の再編」を取り上げ、展覧会と販売の場所がどのように変化したのかを追います。

参考資料・出典

本記事は、作家と美術館の公式記録、ブロックチェーンの技術仕様、オークションハウスの作品資料、世界知的所有権機関の解説、市場調査機関の公開資料などを参照してART LIBRARYが独自に構成・執筆しています。制作年、作品の発行年、競売の日付は資料に応じて区別しました。ブロックチェーンの記録、著作権、画像ファイルの保管、作家への二次販売報酬についても、それぞれ個別の仕組みとして記述しています。

資料確認日:2026年10月17日 / ART LIBRARY