Art Library
Art History

1967–1973

Land Artの成立

site、earth、entropy、写真

Land Artというと、砂漠、湖、岩、巨大な溝といった「自然の中に作られた巨大作品」を思い浮かべやすいでしょう。しかし1960年代後半の作品を詳しく見ると、土地そのものだけでは説明できません。Robert Smithsonは採石場や郊外を写真に撮り、地図と石をgalleryへ持ち込み、Walter De Mariaは砂漠に線を引き、Michael Heizerは地面そのものを掘削しました。Nancy Holtは写真によって風景を見る行為そのものを作品化し、その経験から後にLocatorsやSun Tunnelsへ進みます。Land Artは「自然へ戻る芸術」ではなく、site、distance、map、camera、film、text、museumの関係を再編した美術でした。

そこで写真が重要になります。Land Artの多くは都市の美術館から遠く、巨大で、現地に行かなければ全体を見られず、自然条件によって変化し、場合によっては消えてしまいます。そのためphotographyは単なる記録以上の役割を持ちました。遠隔地のworkをgalleryや雑誌へ運ぶ媒体になり、地上では見えない全体形をaerial viewで示し、時間による変化を追跡し、ときには写真それ自体が独立した作品になります。SmithsonのNon-Sitesでは写真とmapは作品構造そのものに組み込まれ、Nancy Holtにとってはphotographyからsculptural “seeing devices”が生まれました。

つまりLand Artとphotographyには少し逆説的な関係があります。artistはgalleryのwhite cubeやportable art objectから離れて実際の土地へ向かったのに、そのworkを社会へ伝えるためにはcamera、film、book、magazineがますます必要になりました。現地のearthworkと、それを媒介するimageやtextのどちらが作品なのか。この問題は1970年代以降のsite-specific artだけでなく、今日screen上で作品を見る私たちの鑑賞体験にも直接つながっています。

CONTENTS

  1. Land Artとは何を指すのか
  2. 「自然を題材にした美術」ではない
  3. Minimalism/Process Artからの連続
  4. なぜLand Artに写真が必要なのか
  5. 記録写真か、それとも作品か
  6. 1967年 Smithson《The Monuments of Passaic》
  7. 普通の郊外をcameraで「monument」にする
  8. entropyという考え
  9. 1968年 Site / Nonsite
  10. 《A Nonsite (Franklin, New Jersey)》
  11. 石、map、photographを一つのsystemにする
  12. galleryの「here」とsiteの「elsewhere」
  13. 1968年 Dwan Gallery《Earth Works》
  14. Land Artがgalleryで始まるという逆説
  15. Robert Morris《Untitled (Dirt)》
  16. Walter De Maria《Munich Earth Room》
  17. 1968年《Mile Long Drawing》
  18. galleryでは成立しないscaleへ
  19. 1969年 Cornell《Earth Art》
  20. 作品を運ばず、artistがsiteへ行く
  21. 制作そのものをfilmで記録する
  22. Michael Heizer — excavationをsculptureにする
  23. 1969年《Double Negative》
  24. 「何もない場所」を作品にする
  25. 全体像を一地点から見られない
  26. 1968年「A Sedimentation of the Mind」
  27. geologyをart historyへ入れる
  28. human timeからgeologic timeへ
  29. 1969年 Nancy Holt《Trail Markers》
  30. Holtにとって写真は「記録」以上だった
  31. 風景全体ではなく、視線の経路を撮る
  32. walkingとphotography
  33. Smithson/HoltのEurope trip
  34. Mirror Displacementsとcamera
  35. 1970年《Spiral Jetty》
  36. basalt、salt、earth、water
  37. 自然変化を作品の外部にしない
  38. 《Spiral Jetty》はearthworkだけではない
  39. なぜ航空写真が重要なのか
  40. 写真はsiteとの距離を消すのか、強調するのか
  41. 写真がgalleryとmarketへの入口になる
  42. 1971–72年 HoltのLocators
  43. cameraの構造をsculptureへ変える
  44. 風景より「見る行為」を作品にする
  45. 1973年 — Sun Tunnelsの構想へ
  46. site-specificとは何がspecificなのか
  47. remote siteを選ぶ意味
  48. 美術館から離れたのに、美術館へ戻ってくる
  49. 保存できない/変化する作品
  50. Land Artとecologyを同一視しない
  51. 結局、Land Artと写真はどう関係するのか
  52. 1967–1973年に何が変わったのか
  53. Land Art以後 — site、archive、image
  54. 次の時代へ — Performance / Body Art
  55. 参考資料・出典

Land Artとは何を指すのか

Land Art、Earthworks、Earth Art、Environmental Artという名称は1960年代末から互いに重なりながら使われました。現在はRobert Smithson、Michael Heizer、Walter De Maria、Nancy Holtらを中心に「Land Art」とまとめることが多いものの、当時のartist全員が同じmovement名を共有していたわけではありません。1968年Dwan Galleryの展覧会名は《Earth Works》、1969年Cornellの展覧会名は《Earth Art》でした。

したがってLand Artは、共通styleというより、美術作品をgalleryの内部だけで完結させず、earth、site、distance、weather、geology、durationへ広げていった複数の実践を後からまとめた歴史的カテゴリーと考える方が適切です。

「自然を題材にした美術」ではない

Land Artをlandscape paintingの延長として「自然を作品にした」と説明すると重要な違いが消えます。Heizerは地面を掘削し、Smithsonはindustrial quarryやGreat Salt Lakeへ向かい、De Mariaはgalleryをearthで満たし、Holtはcameraとsighting deviceによって見る方向そのものを限定しました。

彼らが扱ったlandscapeは必ずしも手つかずのnatureではありません。quarry、road、suburb、salt lake、desertなど、人間のindustrial activityやmeasurementと交差する場所が多く選ばれています。Land Artは「自然礼賛」より、landscapeをmaterial、site、systemとして再考する動きでした。

Minimalism/Process Artからの連続

Land ArtはMinimalismやProcess Artと同時進行で生まれています。Andreがfloorへunitを置き、MorrisやSerraがgravityやsiteを制作へ入れたところから、gallery floorそのものを越えてactual landscapeへ進むことは不自然ではありません。Walter De Maria自身も1968年頃、museumやgalleryでsteel sculptureを制作し続けることから離れ、desertでのworkへ向かったとoral historyで振り返っています。

つまりLand Artはindoor sculptureの反対ではなく、「actual spaceを扱う」という1960年代の問題をより大きなscaleへ拡張した一つの方向でした。

なぜLand Artに写真が必要なのか

ここが今回の重要点です。Land Artにはphotographyが非常に深く関係します。作品がremote siteにあり、巨大で、一地点から全体を見られず、自然条件によって変化する場合、ほとんどの観客は実物を直接経験できません。そこでphotograph、map、film、textがsiteとviewerを結ぶ必要が生まれます。

《Double Negative》の巨大なtrenchも、《Spiral Jetty》のspiralも、地上を歩けば部分的にしか見えません。aerial photographなら全体形を一枚にできます。しかしその写真はactual scale、wind、heat、walking time、terrainを失います。Land Artにおける写真は、作品を理解しやすくすると同時に、実物とは別の経験へ変換する媒体なのです。

記録写真か、それとも作品か

Land Artのphotographは三つ程度の役割に分けて考えると理解しやすくなります。第一に、すでに存在するearthworkを伝えるdocumentation。第二に、SmithsonのNon-Siteのようにmapやrockとともに作品構造の一部となるimage。第三に、Nancy Holt《Trail Markers》のようにphotographそれ自体が完成作品である場合です。

つまり「Land Artの写真」と言っても全部が記録写真ではありません。この違いを記事の中で分けて扱う必要があります。

1967年 Smithson《The Monuments of Passaic》

1967年9月30日、Robert SmithsonはManhattanからNew Jersey州Passaicへbusで向かい、bridge、pipe、pumping equipment、sand boxなど普通のindustrial / suburban structuresをInstamatic cameraで撮影しました。その旅は同年12月の『Artforum』に「The Monuments of Passaic」として写真と文章で発表されました。

Holt/Smithson Foundationによれば、《The Monuments of Passaic》はarticle、photowork、photographic seriesという複数の形態で存在します。ここですでにSmithsonの制作は「現地にあるobject」だけではなく、walk、camera、text、publicationの組み合わせになっていました。

普通の郊外をcameraで「monument」にする

Smithsonが撮ったのは歴史的記念碑ではありません。建設途中のstructuresやindustrial remnantsを「monuments」と呼ぶことで、通常のmonument概念を反転させました。Foundationは、写真が一見photojournalisticでありながら、何気ない場所をhistorical significanceの問題へ変えると説明しています。

重要なのはcameraが単に現場を保存する装置ではないことです。何をframe内へ入れ、何を「monument」と名づけるかによって、普通のlandscapeが別の意味を持ち始めます。

entropyという考え

同じ1967年のessayでSmithsonはsand boxの例を使ってentropyを説明しました。black sandとwhite sandを混ぜるとgrayへ向かい、逆方向へ歩いても元の分離状態には戻らない。orderが時間とともに不可逆的に崩れるというimageです。

この考えはLand Artに重要です。landscapeを永遠に固定された美しいsceneとして見るのではなく、erosion、sedimentation、industrial ruin、水位変動など、時間によって変わり続けるsystemとして見るからです。

1968年 Site / Nonsite

1968年、SmithsonはNew Jersey各地からrock、sand、broken materialを採取し、geometric binへ入れてgalleryに展示するNonsitesを制作しました。Holt/Smithson FoundationはNonsiteを、specific outdoor siteからgeological materialをmuseumへ移す「material map」と説明しています。

重要なのはgallery内のobjectだけではworkが完結しないことです。そのmaterialがどこから来たかというactual Siteが作品のもう半分になります。

《A Nonsite (Franklin, New Jersey)》

《A Nonsite (Franklin, New Jersey)》(1968)はpainted wooden bins、limestone、photographs、map-like graphic、textから構成されます。rocksはFranklinのformer quarryから運ばれ、wall上のmapは採取地点を示します。Foundationによれば、Smithsonはsiteへのtourも可能だとtextに記しています。

galleryにある石を見ただけでは、そのsiteを完全には理解できません。一方siteへ行ってもgallery objectはありません。viewerはhere / elsewhereを頭の中で往復しなければならず、そのdistance自体が作品になります。

石、map、photographを一つのsystemにする

Nonsiteではphotographは補助的documentationではありません。stone、container、map、textと並ぶ情報のlayerです。FoundationによればSmithsonはそのphotographやmapを、siteをそのまま再現するものではなく、別の場所をpointするlogical representationとして考えていました。

ここではphotographyの「現実をそのまま写す」性質より、離れた場所とのrelationを作る能力が使われています。camera、map、rockがすべて異なる方法で同じsiteを示します。

galleryの「here」とsiteの「elsewhere」

SmithsonはSite / Nonsiteの関係によって、美術館のinside / outsideを単純に対立させませんでした。museumから外へ出るだけではなく、outsideをinsideへ持ち込み、insideからoutsideを指し返します。

そのためLand Artを「museumから逃げたart」とだけ見るのは不十分です。Smithsonではmuseumとの距離そのものがwork structureになっています。

1968年 Dwan Gallery《Earth Works》

1968年10月、Virginia DwanのDwan Galleryで《Earth Works》が開催されました。Smithsonian Archives of American ArtのDwan Gallery recordsには、Robert Smithsonのinstallation photographやexhibition filesが残っています。この展覧会はLand Art / Earthworksの成立を可視化した最初期の重要なcommercial gallery exhibitionの一つです。

しかし、多くのartistが実際のlarge-scale outdoor workをgallery内へそのまま持ち込めたわけではありません。proposal、photograph、earth material、drawingなどが、まだ実現されていない、あるいは遠隔地にあるworkを示しました。

Land Artはgallery systemを越える動きとして語られますが、その名称や作家networkが広まった重要な場所の一つがDwan Galleryでした。この逆説はLand Artの本質をよく表しています。作品はgallery外へ出ても、critic、dealer、publication、museumとの関係は消えません。

むしろ外部siteとart institutionの間に、新しいmediating systemが必要になります。その中心がphotography、map、text、proposalでした。

Robert Morris《Untitled (Dirt)》

Dia Art Foundationによれば、Robert Morrisの《Untitled (Dirt)》(1968)はearth、peat moss、oil、debrisなどのmassからなり、Dwan Gallery《Earth Works》で最初に展示されました。Minimalist plywood objectの明確なgeometryから、まとまりを拒むloose materialへ移った作品です。

ここではearthはlandscapeの象徴ではなく、実際のmaterialです。gallery floorへ「土」を置くことで、outside / insideの境界が物理的に侵入します。

Walter De Maria《Munich Earth Room》

Walter De Mariaは1968年MunichのGalerie Heiner Friedrichで最初のEarth Roomを制作しました。Diaによれば、現在New Yorkにある1977年《Earth Room》は三作目で、1968年Munich版が最初です。gallery interiorを大量のearthで満たし、white cubeそのものをgroundへ変えました。

Land Artは必ずoutdoorでなければならないわけではありません。earthをgalleryへ持ち込んでも、material、scale、smell、humidity、walking restrictionによって室内環境そのものが変われば、従来のsculptureとは別のexperienceになります。

1968年《Mile Long Drawing》

De Mariaは1968年CaliforniaのMojave Desertで《Mile Long Drawing》を制作しました。Diaはこれを、彼がtraditional gallery spaceの外へ本格的に出た初期の重要workとして位置づけています。desert floorへparallelな長いlineを引き、landscapeそのものをdrawing surfaceにしました。

drawingがpaperを離れ、viewerのfield of visionよりはるかに長くなると、一目で全体を把握することはできません。作品を見ることがwalking、distance、durationへ変わります。

galleryでは成立しないscaleへ

De Mariaは1972年のSmithsonian oral historyで、museum内のart experienceとは異なり、desert workへ行くには数日かけて移動し、長時間その場所を歩くexperienceがあると語っています。scaleが大きいことは「迫力」のためだけではありません。作品経験の時間構造そのものを変えます。

そしてこのscaleのために、実物を見られないviewerへはphotographやfilmが必要になります。巨大化はphotographic mediationを不要にするどころか、逆に強く必要としました。

1969年 Cornell《Earth Art》

1969年2月、Cornell UniversityのAndrew Dickson White Museum of Artで《Earth Art》が開催されました。Cornellはこの展覧会をアメリカで最初のmuseum exhibition dedicated to Land Artの一つとして位置づけています。Willoughby Sharpがguest curatorを務め、Robert Smithson、Dennis Oppenheim、Richard Long、Hans Haacke、Robert Morris、Jan Dibbets、Günther Ueckerらが参加しました。

この展覧会ではartistが既存作品を送るのではなく、Ithacaへ来てindoor / outdoor siteを選び、現地でworkを制作することが重視されました。

作品を運ばず、artistがsiteへ行く

Cornell Museum資料によれば、Sharpのcuratorial directiveはartistにIthacaへ来てもらい、siteを選び、in situで制作させるものでした。従来のexhibition logisticsは「studio → crate → museum」ですが、ここでは「artist → site → production」へ変わります。

この変化によってexhibition installationとart makingの境界が消えます。museumは完成作品を受け取る場所ではなく、作品が発生するproduction environmentになります。

制作そのものをfilmで記録する

《Earth Art》の重要な点の一つがdocumentationです。Cornellの資料によれば、Sharpはephemeral worksの制作をmoving imageで記録する必要を感じ、student filmmaker Marilyn Rivchinに撮影を依頼しました。現在Dennis Oppenheimらの制作映像がCornell archiveに残っています。

これはLand Artとphotography / filmの関係を直接示します。workが一時的なら、完成状態だけでなく「どう作られたか」を記録するimageがhistorical evidenceになります。

Michael Heizer — excavationをsculptureにする

Michael Heizerはobjectを地面へ追加するより、groundをremoveすることでsculptureを作る方向へ進みました。earthをmassとして積むのではなく、excavationによってvoidを作ります。

この方法では作品はtransportできません。掘られた場所そのものがworkです。site-specificityがsculptureの構造へ直接入ります。

1969年《Double Negative》

MOCA Los Angelesによれば、《Double Negative》(1969)はNevada州Mormon Mesaに作られたland artで、二つの巨大なtrenchによって約240,000 tonsのrhyolite / sandstoneをdisplaceしました。各cutはmesaの両側から谷を挟んで向かい合い、見えない一本のlineをnegative spaceとしてつなぎます。

作品titleの「double negative」は、二つのremovalと、その間にあるabsenceを示します。sculptureがmaterialを加えてvolumeを作るという常識を反転させています。

「何もない場所」を作品にする

《Double Negative》にはcentral objectがありません。作品の中心はremoved earthとgapです。MOCAが引用するHeizerの説明にもあるように、「nothing」がsculptureとして成立します。

ここではvoidがconceptではなくactual spaceです。viewerはその中を歩き、wallの高さ、distance、desert scaleを身体で経験します。

全体像を一地点から見られない

《Double Negative》は巨大で、地上に立つviewerが全体を一つのimageとして見ることは困難です。そこでaerial photographやdistant photographが作品理解に強く関わります。

このことはLand Artのphotographic paradoxをよく示します。現地experienceを重視するworkほど、history bookやmuseumではphotographによって「一枚のimage」に縮約されます。私たちはしばしば実物より先に、そのphotographを作品として記憶します。

1968年「A Sedimentation of the Mind」

Smithsonは1968年9月『Artforum』に「A Sedimentation of the Mind: Earth Projects」を発表しました。Holt/Smithson Foundationが公開する原文では、mindとearthをerosion、sediment、crack、debris slideといったgeological processのmetaphorで結びつけています。

ここではlandscapeは静止した背景ではなく、巨大な時間の中で崩れ、堆積し、変化するprocessです。artistの思考まで同じprocessとして扱われます。

geologyをart historyへ入れる

Smithsonはrock strataを「jumbled museum」と表現し、geologic layerをhistoryの別モデルとして見ました。museumがobjectをchronological orderに並べるのに対し、earthの地層はpressure、erosion、collapseによって複雑に混ざります。

この考えはart historyのlinear progressにも疑問を投げます。新しいstyleが古いstyleを完全に置き換えるのではなく、異なるtimeがlayerとして重なるというimageです。

human timeからgeologic timeへ

Paintingやsculptureのhistoryは数十年、数百年単位で考えられますが、geologyは何千年、何百万年というscaleを扱います。Land Artではartist lifespanやmuseum lifespanを越える時間が作品条件になります。

erosionやsedimentationを作品のdamageとして排除せず、workのtimeに含める考えは《Spiral Jetty》でさらに具体化します。

1969年 Nancy Holt《Trail Markers》

Nancy Holtの《Trail Markers》(1969)はEnglandのDartmoorで撮影された20点のphotographic seriesです。Holt/Smithson Foundationによれば、hikerのため岩に描かれたorange circleを追いながらcameraを下向きに構え、歩行経路を連続写真として記録しました。

ここではHolt自身がlandscapeを物理的に改変していません。すでに存在するtrail markerを発見し、それをcameraによってsequenceへ変えます。Land Art周辺の歴史には、このようにphotography自体がlandscape workとなる例も含まれます。

Holtにとって写真は「記録」以上だった

Holt/Smithson FoundationはphotographyをHoltにとってessential mediumと位置づけています。彼女にとってcameraは「visionをfixする」装置であり、見る範囲と方向を限定します。その関心が1971年以降のLocatorsというsculptural seeing devicesへ直接発展しました。

したがってHoltの写真は、Land Art作品を後から記録したものではありません。photographic framing自体が、彼女のsite / perceptionの探究の出発点です。

風景全体ではなく、視線の経路を撮る

《Trail Markers》はgrand landscapeをpanoramicに見せません。FoundationはHoltがall-encompassing viewを拒み、travelerがpathを追うようなmyopic / dynamic experienceを作ったと説明しています。

つまりcameraはlandscapeを所有するように一望する装置ではなく、viewerの視線を部分から部分へ移動させる装置になります。この問題は後のLocatorsやSun Tunnelsへつながります。

walkingとphotography

《Trail Markers》では写真sequenceがwalkの時間を含みます。一枚のlandscape photographではなく、次のorange dotを探しながら進む複数imageの連鎖です。

同じ時期Richard Longもwalkingをart practiceにしており、Land Art周辺ではwalking、mapping、photographyが強く結びつきます。土地を「眺める対象」から「身体が通過するprocess」へ変えるためです。

Smithson/HoltのEurope trip

1969年、HoltとSmithsonはEnglandやWalesを旅行し、siteを探しながらphotography、Mirror Displacement、walkを制作へ取り込みました。《Trail Markers》もこのtrip中に生まれています。

二人の制作は同一ではありませんが、camera、site、distance、mappingへの関心を互いに共有する環境がありました。Land Artの歴史ではSmithsonだけでなくHolt自身の独立したphotographic / sculptural practiceを分けて見る必要があります。

Mirror Displacementsとcamera

SmithsonのMirror Displacementsではmirrorをlandscape内へ一時的に置き、その状態をphotographに残します。mirror自体は撤去されるため、後に残る重要なartifactはphotographになります。

ここではdocumentationとworkの境界がさらに曖昧です。現地installationはtemporaryですが、そのphotographic imageがart worldへ流通する主要形態になります。

1970年《Spiral Jetty》

Robert Smithsonの《Spiral Jetty》(1970)はUtah州Great Salt Lake北東岸Rozel Pointに作られたsite-specific sculptureです。Dia Art Foundationによれば、black basalt rock、salt crystal、earth、waterからなり、長さ約1,500 feet、幅約15 feetのcoilが湖へ伸びています。

現在Land Artを象徴する作品ですが、制作当時からearthwork単体だけで考えられていたわけではありません。

basalt、salt、earth、water

《Spiral Jetty》のmaterialは周辺siteそのものです。basaltを別の場所からgalleryへ運んでsculptureにするのではなく、lake shoreをconstruction siteとして使います。

そのためworkとenvironmentの境界は不明瞭です。saltが結晶化し、水位が上下し、泥の色が変わり、shorelineも変化します。完成時のappearanceを永遠に固定することはできません。

自然変化を作品の外部にしない

Diaは《Spiral Jetty》について、Great Salt Lakeのchanging water levelsがSmithsonのentropyへの関心と結びついていたと説明しています。workは一時期lake waterの下へ沈み、2002年以降長くvisibleになりました。現在も周囲のlake conditionとともに変化しています。

この変化を単なるdamageと見るのではなく、作品がsiteと時間へ開かれていることの一部として考える必要があります。

《Spiral Jetty》はearthworkだけではない

DiaはSmithsonの《Spiral Jetty》をめぐる重要なensembleとして、earthwork、film、essayを挙げています。つまり湖にあるspiralだけが唯一の作品経験ではありません。Smithson自身がfilmとtextによってsiteを別媒体へ変換しました。

filmではearthworkを空から、地上から、移動しながら見ることができます。essayではgeology、map、history、science fictionなどがsiteへ重ねられます。physical workとmedia representationが互いを補完しています。

なぜ航空写真が重要なのか

spiralの全体形はground levelでは把握しにくく、aerial imageで最も分かりやすく見えます。そのため《Spiral Jetty》は航空写真によってiconic imageになりました。現在Diaも作品の変化を追うため2012年以降annual / semiannual aerial photographic documentationを続けています。

しかしこれは「航空写真が本当の見え方」という意味ではありません。ground experienceではstoneの大きさ、salt、水、歩行距離が重要です。aerial viewとwalking viewは異なる作品経験を作ります。

写真はsiteとの距離を消すのか、強調するのか

photographを見ることで、東京やNew Yorkにいても《Spiral Jetty》の形を知ることができます。その意味ではdistanceを消します。一方、写真を見れば見るほど「これは実際にはUtahのlakeにある」という不在も意識されます。

SmithsonのSite / Nonsiteと同じく、imageはsiteを完全にreplaceしません。むしろ「ここにはない場所」を意識させます。photographyはdistanceを埋めるmediumであると同時に、そのdistanceを作品化するmediumでもあります。

写真がgalleryとmarketへの入口になる

巨大earthworkは通常のpaintingのようにcollectorの家へ運べません。そこでphotograph、drawing、map、film、edition、proposalなどがgalleryやmuseumで流通します。

これはLand Artがart marketから完全に脱出したわけではないことを示します。portable objectを拒否しても、作品を社会へ共有・保存・売買する別のmedia systemが形成されました。

1971–72年 HoltのLocators

1971年、Nancy Holtは最初のLocatorsを制作しました。Holt/Smithson Foundationによれば、Locatorsはindustrial steel pipeをT字に組んだ「seeing devices」で、一眼で覗くと特定のviewだけがcircle内に切り取られます。

最初のLocatorsはNew York studioのwindow越しに、cracked windowやexhaust pipeなど外部環境のdetailへ視線を向けました。その後mirror、painted locus、sunlightなどへ展開します。

cameraの構造をsculptureへ変える

FoundationはLocatorsがHoltのphotographyへの関心、特にlensのcircularityから発展したと説明しています。cameraでframeを限定していた操作を、physical sculptureとしてviewerの眼の前へ置きました。

つまりphotographyからLand Art / sculptureへ移ったというより、cameraの「見る範囲を限定する構造」をsculptureへ翻訳したと考えられます。

風景より「見る行為」を作品にする

HoltのLocatorsでは、見える対象以上に「自分がどこから、何を、どの範囲で見ているか」が意識されます。landscapeは客観的にそこにあるだけではなく、viewerのpositionとframingによって成立するexperienceになります。

この考えは後の《Sun Tunnels》でdesert landscape、sun、viewer’s body、concrete cylinderを結びつける基礎になります。

1973年 — Sun Tunnelsの構想へ

Holt/Smithson Foundationによれば、《Sun Tunnels》は1973–76年に展開されました。1970年代初頭のLocators、outdoor seeing devices、photographyの研究から、巨大concrete cylinderによってdesertとsunをframeするworkへ進みます。

本記事では完成作品の詳細までは次の時代へ譲りますが、1973年頃までにLand Artが単なるearth-movingではなく、perception、astronomy、site-specific viewingへ広がっていたことが分かります。

site-specificとは何がspecificなのか

site-specificという言葉は「その場所にある作品」という意味だけではありません。《Double Negative》ではmesaのgeologyとgap、《Spiral Jetty》ではlake、salt、water level、《Mile Long Drawing》ではdesert scaleがwork structureに入っています。

場所を変えれば同じ作品ではなくなる。siteはbackgroundではなくmaterial / dimension / meaningを決める条件です。

remote siteを選ぶ意味

remote desertやsalt lakeへ作品を置くことはgalleryのconventionから距離を取りますが、viewer accessを困難にもします。作品を見るためにtravelが必要になり、多くの人にとってphotoやfilmがprimary experienceになります。

このaccess problemはLand Artの魅力と矛盾を同時に生みました。museumの権威から離れる一方、誰でも簡単に見られるartになるとは限りません。

美術館から離れたのに、美術館へ戻ってくる

Land Artのhistoryはmuseumとの断絶では終わりません。Diaは《Spiral Jetty》のowner / stewardとしてsiteを管理し、MOCAは《Double Negative》をcollectionとして所有し、museumはphotograph、drawing、film、archiveを保存しています。

作品がoutsideへ出た結果、institutionの役割が消えるのではなく、ownership、preservation、access、documentationを扱う新しい役割へ変化しました。

保存できない/変化する作品

earthworkはerosion、weather、vegetation、水位変化、人間活動の影響を受けます。《Spiral Jetty》についてDiaが継続的にaerial photographを撮っているのは、作品の状態が一定ではないからです。

Land Art conservationでは「完成当時の状態へ戻すこと」が常に正解とは限りません。自然変化そのものをworkの一部として認めるartist intentと、作品を失わないためのstewardshipの間に難しい判断があります。

Land Artとecologyを同一視しない

今日のenvironmental artやeco artから見ると、Land Artをenvironmental consciousnessの先駆けとして読みたくなります。しかし初期Land Artではheavy machineryによるlarge-scale excavationも行われ、ecological restorationを主目的にしていない作品も多くあります。

Cornellが後年《Earth Art》を環境問題と関連づけて再検討しているように、Land Artはecological thinkingへ重要な入口を作りましたが、「環境に優しいart」という意味で始まったわけではありません。この区別は必要です。

結局、Land Artと写真はどう関係するのか

結論として、Land Artとphotographyはかなり強く関係しています。ただし「Land Artは写真作品である」という意味ではありません。photographyには少なくとも、遠隔地の作品を伝えるdocumentation、巨大なformを俯瞰して見せるview、時間変化を記録するarchive、siteとgalleryを結ぶ作品要素、そしてHoltのように写真そのものを完成作品とするpracticeという複数の役割があります。

特にSmithsonでは、写真を単なる「現地の証拠」に縮めると作品を誤解します。《The Monuments of Passaic》は写真とtext、《Nonsites》はstone・map・photograph、《Spiral Jetty》はearthwork・film・essayという複数mediaで構成されています。Land Artがgalleryから外へ出たことで、逆に「siteをどのようなimageとして持ち帰るのか」が大きな問題になったのです。

1967–1973年に何が変わったのか

1967年SmithsonはPassaicをcameraとtextで「monuments」として再構成し、1968年にはSite / Nonsiteによってgalleryとactual placeを一つのsystemへ結びました。同年Dwan Gallery《Earth Works》とDe Mariaの《Munich Earth Room》《Mile Long Drawing》によってearthとlarge-scale site workが急速に可視化されます。1969年Cornell《Earth Art》ではartistがsiteへ移動してin situで制作し、制作process自体がfilmで記録されました。Heizer《Double Negative》はearthを加えるのではなくremovalによってsculptureを作り、作品をtransport不能なものへします。

1970年《Spiral Jetty》ではsite-specific earthwork、geologic time、entropy、film、essayが一つのprojectへ重なり、Holtは《Trail Markers》からLocatorsへ進み、photographyのframingをactual viewing deviceへ変換しました。ここでartworkはportable objectからsiteへ移る一方、photograph、map、film、publicationによって複数の場所へ再び流通します。「作品はどこにあるのか」という問いそのものがLand Artの中心問題になりました。

Land Art以後 — site、archive、image

Land Art以後、site-specificityはPublic Art、Installation、Institutional Critique、Architecture-based workなどへ広がります。同時に、remote / temporary workをdocumentationによって経験することがcontemporary artの一般的な方法になります。

これは現在のdigital image environmentにもつながります。私たちはmuseumへ行く前にwebsiteやSNSで作品写真を見ます。巨大installationやtemporary performanceでは、実物よりphotographic imageの方が広く知られることも珍しくありません。Land Artは「実物こそ重要」という方向へ進みながら、同時にimage mediationの重要性を最大化した歴史でもありました。

次の時代へ — Performance / Body Art

1960年代末には、作品をobjectからprocessへ変えるもう一つの方向として、artist自身のbodyをmediumにするPerformance / Body Artが急速に広がります。Bruce Naumanはstudioでの単純なbody actionをfilmにし、Vito Acconciはviewerとの心理的・身体的relationを作品化し、Carolee Schneemann、Yoko Ono、Chris Burden、Ana Mendietaらはbody、risk、gender、violence、traceを異なる方法で扱いました。

次の記事では、1964–1975|PerformanceとBody Art — 身体、行為、記録として、Happening/FluxusからPerformance Artへ何が変わったのか、そしてLand Artと同じく「一度だけ起きる行為」がなぜphotographyやfilmを必要としたのかを追います。

参考資料・出典

本ページは、美術館、作家財団、大学archive、同時代artist writing、oral historyを参照してART LIBRARYが独自に構成・執筆しています。Land Artにおけるphotographyを一律に「記録写真」と扱わず、documentation、作品要素、独立したphotoworkなどの役割を区別しています。原文の全文翻訳ではありません。

資料確認日:2026年10月1日 / ART LIBRARY