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紀元前298000年-

美術史って、どんな歴史なの?

美術史とは、絵画や彫刻、建築などの作品を通して、人々がどのように世界を見つめ、何を考え、何を大切にしてきたのかをたどる歴史です。

美術館で見かける古い絵や彫刻には、それぞれ生まれた時代があります。何百年も前の肖像画にも、何万年も前の洞窟壁画にも、それを作った人がいて、その人が暮らしていた世界がありました。

作品に描かれたものや、その作り方を知ると、当時の人々の生活や信仰、ものの見方が少しずつ見えてきます。そして、時代が変わるにつれて、美術そのものも大きく変化してきたことに気づきます。

大昔の人は、何を描いていたの?

およそ30万年前、アフリカには私たちと同じ種であるホモ・サピエンスが暮らしていました。そこから長い年月を経た時代の遺跡には、人間が残した線や絵、彫刻が見つかっています。石や動物の牙を削り、小さな動物の姿を形にした人々もいました。(参照:リヒターほか(2017年)|モロッコ・ジェベル・イルード遺跡の年代研究)

フランスのショーヴェ洞窟には、ライオンやサイ、馬などの壁画が残っています。動物たちは、体の輪郭や足の動きまで生き生きと描かれ、何頭もの姿が重なるところもあります。描かれた理由を記した文字は残されていませんが、動物の姿を注意深く観察し、それを壁に表す技術があったことは、作品そのものから確かめられます。ユネスコのショーヴェ洞窟の解説では壁画の様子も紹介されています。(参照:ユネスコ世界遺産センター|ショーヴェ洞窟の壁画)

時代が変わると、絵も変わる

古代エジプトの壁画や浮彫を見ると、人物の顔は横向きなのに、目は正面から描かれていることに気づきます。肩も正面から見たように表されることがありました。これは、それぞれの部分の特徴をよく伝えられる向きを組み合わせた描き方です。(参照:メトロポリタン美術館|古代エジプトの人物表現と墓の浮彫)

中世ヨーロッパの教会では、聖書の物語やキリストの姿が、壁画や彫刻、色鮮やかなステンドグラスで表されました。そうした作品は、信仰の対象であるとともに、物語を伝える役割も持っていました。(参照:メトロポリタン美術館|『中世美術の読み方』)

やがて15世紀のイタリアで、画家たちは遠くのものを小さく描き、線を一点へ向かわせることで、画面の奥へ空間が続くように見せる方法を発展させます。この描き方は「遠近法」と呼ばれます。建物や床の線が奥へ向かって集まる絵を見ると、平らな画面に深さが生まれていることが分かります。(参照:美術史教育サイト「スマートヒストリー」|ルネサンスの遠近法)

19世紀後半には、モネたちが光によって変わる景色に目を向けました。細部を一つずつ塗り込むのではなく、短い筆づかいや色の重なりで、そのとき目に映る印象を表そうとしたのです。(参照:ワシントン・ナショナル・ギャラリー|クロード・モネ)

そして20世紀初頭、ピカソは人物の顔や体を、いくつもの角度から見た形が組み合わさったように描きました。1907年の《アヴィニョンの娘たち》には、それまでの肖像画とは違う大胆な形が見られます。ニューヨーク近代美術館の作品ページで実際の絵を見ると、その違いがよく分かります。(参照:ニューヨーク近代美術館|ピカソ《アヴィニョンの娘たち》)

なぜ、こんなに描き方が変わったの?

美術の描き方が変わってきた理由は、画家の好みだけではありません。人々の信仰や暮らし、作品を注文する人、絵を見る場所、新しく生まれた技術が、何をどのように作るかに関わっていました。

古代エジプトでは、王や神々、死後の世界への信仰が多くの作品と結びついていました。中世の教会では、壁画や彫刻が聖書の物語を伝えました。ルネサンスの都市では、建築や数学への関心が、奥行きのある空間を描く技術ともつながっていきます。作品は、それぞれ異なる時代の目的や考え方の中で作られていたのです。(参照:メトロポリタン美術館|古代エジプトの人物表現と墓の浮彫・メトロポリタン美術館|『中世美術の読み方』・美術史教育サイト「スマートヒストリー」|ルネサンスの遠近法)

絵の具の材料や制作道具が変わり、印刷や写真などの技術が広がったことも、美術家の選択肢を増やしました。20世紀には、写真や映像を作品として発表する人々も現れます。美術史を知ることは、作品の姿だけでなく、その背景にある社会や技術の変化に気づくことでもあります。(参照:美術史教育サイト「スマートヒストリー」|ルネサンスの遠近法・ニューヨーク近代美術館|ピカソ《アヴィニョンの娘たち》)

何が美術になるのかも、変わってきた

美術史をたどると、何を美術と考えるのか、その考え方自体も変わってきたことが分かります。大きな教会の天井画も、王の肖像画も、身近な風景を描いた小さな絵も、美術史の一部です。

1917年、マルセル・デュシャンは、工場で作られた男性用小便器に《泉》という題名を付け、展覧会に出そうとしました。自分で彫刻を彫ったのではなく、既製品を選び、見せ方を変えることで作品として提示したのです。絵を描くことや彫刻を作ることだけが、美術家の仕事なのだろうか。デュシャンの試みは、それまでの常識に問いを投げかけました。(参照:サンフランシスコ近代美術館|デュシャン《泉》)

現在では、写真や映像、コンピューターを使った作品、鑑賞する人が参加する作品など、表現の方法はさらに広がっています。時代ごとに作品の姿が違うのは、技術だけでなく、美術に何を求めるかという考え方も変化してきたからなのです。(参照:サンフランシスコ近代美術館|デュシャン《泉》)

美術史を知ると、作品の見え方が変わる

例えば、ピカソの絵を初めて見たとき、「どうして顔をこんなふうに描いたのだろう」と不思議に思うかもしれません。そこで、ピカソが活動していた時代や、それ以前の画家たちが何を描こうとしていたのかを知ると、顔を組み替えるような描き方にも、新しい絵画を探ろうとする試みがあったことが見えてきます。

作品の美しさを楽しむのに、美術史の知識は必須ではありません。けれども、その作品がいつ、どこで、どのような考えのもとに作られたのかを知ることで、最初には気づかなかった面白さに出会うことがあります。もっと詳しく知りたいときは、専門記事「キュビスムの成立 — ピカソとブラック、空間を組み替える」から、ピカソたちの新しい描き方をたどれます。(参照:ニューヨーク近代美術館|ピカソ《アヴィニョンの娘たち》)

まとめ

美術史は、作品の名前や年号を順番に覚えるだけの歴史ではありません。大昔の壁画、古代の人物像、中世の教会、ルネサンスの絵画、そして現代の多様な表現には、それぞれの時代の人々が世界をどう見ていたかが表れています。作品を見比べるほど、異なる時代のものの見方が少しずつ身近になっていきます。

何万年も前の洞窟壁画から、私たちが生きる現代の美術まで。人々は何を見つめ、何を考え、どのような表現を生み出してきたのでしょうか。その長い歴史を、作品とともにたどっていきましょう。(参照:ユネスコ世界遺産センター|ショーヴェ洞窟の壁画・サンフランシスコ近代美術館|デュシャン《泉》)

参考資料・出典