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Art History

1984–1990

Neo-GeoとCommodity Art

商品、幾何学、シミュレーション

1980年代半ばのニューヨークでは、巨大な筆触や荒々しい人物像とは対照的に、極端に滑らかで、冷たく、商品陳列のように整えられた作品が注目され始めました。蛍光色の長方形、工業製品のような箱、ショーケースに入った掃除機、水槽に浮かぶバスケットボール、企業ロゴで構成された「自画像」。それらは感情を直接ぶつけたようなNeo-Expressionismとはまったく違う外観を持っていました。批評家はこの動きをNeo-Geo、Neo-Conceptualism、Simulationism、Commodity Artなど、複数の名称で呼びました。

しかしNeo-Geoも、明確な宣言文と会員を持つ運動ではありません。Peter Halley、Jeff Koons、Ashley Bickerton、Meyer Vaismanの4人が1986年Sonnabend Galleryで同じ展覧会に並んだことで、ひとつの世代として急速に注目されましたが、彼らの作品はかなり異なります。Halleyは幾何学抽象を都市の「cell」と「conduit」に読み替え、Koonsは新品の掃除機やバスケットボールを展示装置の中へ置き、Bickertonは企業ロゴと輸送用ケースのような支持体を組み合わせました。同時期のHaim Steinbachは、日用品を棚に並べることで、彫刻と商品陳列の境界を曖昧にしています。

共通していたのは、商品社会、美術市場、広告、展示、ブランド、複製といった「作品の外側」に見える仕組みを、作品の内部へ持ち込んだことでした。Pop Artが商品イメージを描き、Pictures Generationが広告写真を引用した後、1980年代半ばの作家たちは、商品そのもの、売り場の棚、ガラスケース、企業ロゴ、蛍光塗料といった消費社会の形式を使います。そしてMinimalismの幾何学や清潔な表面も、純粋な形式ではなく、都市、管理、流通、商品の展示を思わせる記号として読み替えられました。

CONTENTS

  1. Neo-Geoとは何を指すのか
  2. Neo-Geo、Simulationism、Commodity Art
  3. 一つの様式としてまとめすぎない
  4. Neo-Expressionismの「次」ではない
  5. Pictures Generationからの接続
  6. Minimalismを純粋な形のまま受け継がない
  7. 1982年 Peter Halley《Red Cell with Conduit》
  8. 長方形を「cell」と呼ぶ
  9. 線を「conduit」と呼ぶ
  10. 蛍光色とRoll-a-Tex
  11. 純粋抽象ではなく都市の図式
  12. Halleyは画家であると同時に批評を書いた
  13. 1984年「The Crisis in Geometry」
  14. 幾何学は中立なのか
  15. シミュレーションという考え
  16. International with Monument
  17. East Village内部から別の方向が現れる
  18. 1985年 Halleyの初個展
  19. Koons — 1980年《The New》という前史
  20. 新品の掃除機を作品にする
  21. ショーケースは作品の外側ではない
  22. 「新品」であることを保存する
  23. 1985年《Equilibrium》
  24. 水槽に浮かぶバスケットボール
  25. 物理学者Feynmanへの相談
  26. 上昇、成功、救済のイメージ
  27. 救命具をbronzeにすると何が起こるか
  28. 商品は「欲しい」という感情を作る
  29. 1986年 Sonnabend Gallery
  30. Koons、Halley、Bickerton、Vaisman
  31. Neo-Expressionismからの転換として報道される
  32. Koons《Rabbit》
  33. 膨らませる玩具をstainless steelにする
  34. 鑑賞者まで商品表面に映り込む
  35. 1986年《Luxury and Degradation》
  36. 酒類広告と階級イメージ
  37. Haim Steinbach — 商品を棚に並べる
  38. 1983年《Shelf with Lifetime Cutlery》
  39. 1985年《supremely black》
  40. 棚は台座か、売り場か
  41. 「作る」より「選んで並べる」
  42. 1986年《Damaged Goods》
  43. 物体と経済を同時に考える
  44. 商品から情報へ
  45. Louise Lawlerとの接続
  46. 1986年《Endgame》
  47. 「reference」と「simulation」
  48. 新しい形を発明することだけが新しさではない
  49. Ashley Bickerton — 絵画を商品箱にする
  50. 「contemplative wall units」
  51. 企業ロゴを自画像にする
  52. 1987–88年《Tormented Self-Portrait》
  53. Van Goghの自画像との距離
  54. 消費によって自己を表す
  55. 作品自身が商品として振る舞う
  56. Meyer Vaisman — gallery ownerでありartist
  57. galleryも作品史を作る
  58. 「4人組」という物語が作られる
  59. 1987年 — Simulationsという言葉
  60. 「本物の後のコピー」ではない
  61. Baudrillardとの関係
  62. 理論だけで作品を説明しすぎない
  63. 1980年代美術市場との関係
  64. 市場を批判しているのか、利用しているのか
  65. 展示方法が価値を作る
  66. artist nameもブランドになる
  67. 1989年 Whitney Biennial
  68. Christopher Woolと同時代の別の絵画
  69. 1980年代後半をNeo-Geoだけで説明しない
  70. 絵画にとって何が変わったのか
  71. 彫刻にとって何が変わったのか
  72. Pop Artとの違い
  73. Conceptual Artとの違い
  74. Minimalismとの違い
  75. Pictures Generationとの違い
  76. 1984–1990年に何が変わったのか
  77. Neo-Geo以後
  78. 次の時代へ — Institutional Critiqueの第二世代
  79. 参考資料・出典

Neo-Geoとは何を指すのか

Neo-Geoは「新しい幾何学」を意味する略称として、1980年代半ばのニューヨークで、幾何学的で冷たい外観を持つ絵画や彫刻を説明するために批評家が使うようになった名称です。代表的な作家としてPeter Halley、Jeff Koons、Ashley Bickerton、Meyer Vaismanが頻繁に挙げられますが、4人がNeo-Geoという宣言文を発表して結成したわけではありません。

MoMAの資料でもSonnabend Galleryが1986年に紹介した彼らは、後にNeo-Geoと強く結びつけられた世代として整理されています。一方、Halley自身はNeo-Conceptualismの文脈でも語られ、KoonsはCommodity Art、Bickertonは商品と自己像、Vaismanは絵画と展示制度という別々の問題を持っていました。名称は便利ですが、作品の違いを消さないことが重要です。

Neo-Geo、Simulationism、Commodity Art

この周辺では複数の名称が使われました。Neo-Geoは幾何学的な外観、Simulationismは既存の様式や商品イメージがすでに複製・記号化された世界を扱うこと、Commodity Artは商品や商品陳列を直接作品へ取り込むことに重点があります。

同じ作家が複数の名称に入ることもあります。KoonsをNeo-Geoと呼ぶ場合もあればCommodity Artと呼ぶ場合もあり、HalleyはSimulationismやNeo-Conceptualismとも関係づけられました。これらを厳密な会派名ではなく、1980年代半ばに浮上した問題を異なる角度から説明する批評用語として考える方が適切です。

一つの様式としてまとめすぎない

Halleyの蛍光色の絵画とKoonsの掃除機は見た目がまったく違います。Bickertonの壁掛け作品は輸送用containerや高級商品を思わせ、Steinbachは既製品を棚へ並べます。共通するのは「冷たい見た目」だけではありません。

重要なのは、作品を自律した美的objectとして切り離さず、都市の管理system、商品流通、広告、展示装置、美術市場と接続したことです。幾何学も商品も、すでに社会の中で使われている形として扱われます。

Neo-Expressionismの「次」ではない

1986年Sonnabend Galleryの4人展は、Guggenheimが記録するように、批評家から「1980年代前半を支配したNeo-Expressionismからの転換」として受け取られました。荒い筆触と人物像に対し、滑らかな工業製品、蛍光色の幾何学、企業ロゴが現れたため、視覚的な対比は非常に分かりやすかったからです。

しかしHalleyの《Red Cell with Conduit》は1982年、Koonsの《The New》は1980年から始まっています。Neo-Expressionismが終わった翌日にNeo-Geoが始まったわけではありません。複数の方向が同時に進み、1986年頃に美術市場と批評の焦点が変化したと考える方が正確です。

Pictures Generationからの接続

前の記事で扱ったPictures Generationは、広告、映画、名作写真など既存イメージを引用し、作者性とオリジナリティを問い直しました。New MuseumはInternational with Monument周辺の作家について、彼ら自身が1970年代末からの写真流用の動きを継ぐ世代だと考えていたことを記録しています。

Neo-Geo周辺では、その問題が二次元イメージだけでなく「物」へ広がります。広告写真を再撮影する代わりに、掃除機そのものを展示したり、商品の棚を彫刻にしたり、企業logoで自画像を作ります。引用の対象がイメージから商品・展示方法・幾何学形式へ拡張します。

Minimalismを純粋な形のまま受け継がない

長方形、箱、反復、工業的な仕上げを見るとMinimalismとの連続が見えます。しかし1980年代の作家は、その形を「意味を持たない純粋な物体」とは扱いません。

Halleyの長方形は監獄や部屋、Bickertonの箱は商品や輸送container、Koonsのガラスケースは売り場やmuseum displayに見えます。Minimalismが作品を実際の空間へ置いた後、その幾何学自体に社会的な意味が読み込まれ始めました。

1982年 Peter Halley《Red Cell with Conduit》

MoMA所蔵《Red Cell with Conduit》(1982)は、Halleyの基本的な語彙が早い段階ですでに成立していたことを示します。画面の上部に大きな長方形、下部に横長の帯があり、アクリル、蛍光アクリル、Roll-a-Texによる粗い表面で描かれています。

見た目だけならColor Field PaintingやHard-edge abstractionの系譜に置けます。しかしHalleyは上の長方形を「cell」、下の帯を「conduit」と呼びました。その命名によって純粋な幾何学が、閉じた部屋と接続路へ変わります。

長方形を「cell」と呼ぶ

cellには細胞という意味と、独房という意味があります。Halleyの長方形は、Modernist paintingの自律した色面であると同時に、閉鎖された個室、住宅、office、監獄、screenのようにも読めます。

一つの形へ複数の社会的連想を与えることで、抽象絵画の「何も表していない」という前提を崩します。幾何学はすでに都市生活のarchitectureとtechnologyの中で使われています。

線を「conduit」と呼ぶ

conduitは管路、導管、配線などを意味します。Halleyの画面でcellから伸びる線は、情報、電気、物、人の移動を思わせます。MoMAは彼のcell / conduitを、工業社会・脱工業社会の風景を再解釈するための図式として説明しています。

孤立した個室と、それらを結ぶnetwork。1980年代の都市、telecommunication、office、highwayを非常に単純な幾何学へ変換したものと見ることができます。

蛍光色とRoll-a-Tex

Halleyは伝統的な油彩の深みより、Day-Gloの人工的な蛍光色と、壁材として使われるRoll-a-Texのざらついたtextureを好みました。MoMA《Red Cell with Conduit》でもこの材料が確認できます。

蛍光色は自然の風景から採取した色というより、看板、工業製品、都市照明を思わせます。Roll-a-Texも「画家の筆触」ではなく、建築内装のtextureとして流通する材料です。抽象絵画を人工環境へ近づけています。

純粋抽象ではなく都市の図式

Halleyは幾何学抽象を否定して具象画へ戻ったわけではありません。四角形と直線という抽象絵画の語彙を維持しながら、それを社会構造の表象へ変えました。

この違いは重要です。MondrianやMinimalismの形式を引用しながら、「この長方形は単なる長方形ではなく、私たちが住む閉鎖空間を表している」と読み替える。過去の抽象を再利用すること自体が制作になります。

Halleyは画家であると同時に批評を書いた

Halleyは1981年以降、美術雑誌へ多数のessayを発表しました。本人のbibliographyには「Beat, Minimalism, New Wave, and Robert Smithson」(1981)、「Nature and Culture」(1983)、「The Crisis in Geometry」(1984)、「Frank Stella…and the Simulacrum」(1986)などが並びます。

作品だけでなく、自分が継承するMinimalismや幾何学抽象を言葉で再検討した点が特徴です。1980年代の絵画では、理論と制作を対立させず、画家自身が批評を書く例が増えます。

1984年「The Crisis in Geometry」

Halleyは1984年『Arts Magazine』に「The Crisis in Geometry」を発表しました。幾何学を理性、秩序、普遍性の象徴として無条件に扱うのではなく、現代社会では幾何学的な空間そのものが管理、閉鎖、network化と結びついていることを考えます。

Modernismでは新しい抽象形式だったsquareやgridが、1980年代にはoffice cubicle、住宅block、computer circuit、都市計画など日常環境の形になっている。その歴史的変化がHalleyの絵画の背景にあります。

幾何学は中立なのか

四角形は感情を持たない中立な形に見えます。しかし建物の部屋、cell、道路網、screen、商品packageも四角形です。社会が人や情報を整理するために幾何学を使っているなら、geometryは完全にneutralとは言えません。

Halleyは抽象絵画を社会から隔離するのではなく、その形がすでに社会のarchitectureと共有されていることを利用しました。

シミュレーションという考え

1980年代の批評では「simulation」という言葉が頻繁に使われます。ここでのsimulationは、単に本物に似せた偽物を作ることではありません。すでに大量の複製、広告、記号、歴史的様式に囲まれた社会では、「original」と「copy」の順序そのものが不明瞭になるという問題です。

HalleyがModernist abstractionに似た絵を描いても、それは1950年代の抽象を素朴に復活させたものではありません。「抽象絵画らしさ」がすでに美術史の記号になった後で、その記号をもう一度使います。

International with Monument

1980年代半ばのEast Villageで重要な場所の一つがInternational with Monumentです。New Museumは、Jeff Koons、Peter Halley、Ashley Bickerton、共同運営者Meyer Vaismanを、このgalleryの最後期East Village sceneを代表する作家群として挙げています。

前の記事で扱ったFUN Galleryの熱気やstreet文化に比べると、International with Monumentの作品はより冷たく、磨かれ、理論的に見えました。同じEast Villageの内部から、数年で美学が大きく変化していたことが分かります。

East Village内部から別の方向が現れる

New Museumは1984年Pat Hearn Galleryの登場以降、East Villageにより洗練された展示空間と作品が増えたと説明しています。Peter SchuyffやPhilip Taaffeの絵画、International with Monument周辺の作家は、初期East VillageのDIY的な外観から距離を取っていました。

したがってNeo-GeoはEast Villageに対する外部からの反動ではありません。同じ地域のsceneが急速にprofessional化し、市場と国際美術へ接続していく中から生まれた方向の一つです。

1985年 Halleyの初個展

Halleyの公式記録によれば、1985年International with Monumentで最初の個展を開催しました。cellとconduitを使った蛍光色の幾何学絵画が中心となり、彼の視覚言語が広く認識される重要な機会になりました。

同じ年、同galleryではKoonsの《Equilibrium》が開催されます。まったく異なる作品でありながら、どちらもNeo-Expressionist paintingの筆触や個人的神話とは異なる冷たい外観を持っていたため、同じ新しい傾向として見られるようになります。

Koons — 1980年《The New》という前史

Koonsのこの方向は1985年に突然始まったものではありません。Whitneyによれば、1980年New Museumの14th Streetのstreetfront windowで、最初期の《The New》を展示しました。新品の掃除機と照明を組み合わせ、商品が販売前に持つ「新品」という状態そのものを作品にしました。

East VillageのNeo-Geoより前から、Koonsは商品、展示、欲望を美術の問題として扱っていたことになります。

新品の掃除機を作品にする

《New Hoover Convertibles, Green, Blue; … Doubledecker》(1981–87)では、実際のHoover掃除機4台が透明なcaseと蛍光灯の中に展示されます。Whitneyによれば、掃除機は一度も使用されず、電源cordも購入時のように巻かれたままです。

汚れを吸い取るための家庭用品が、決して使われることなく「完全に新しい」状態で保存されます。機能を止めることで、商品が持つ外観と欲望だけが前面に出ます。

ショーケースは作品の外側ではない

Koonsの父親はinterior decoratorで、Koons自身も商品displayに囲まれて育ったとWhitneyの音声資料で語っています。掃除機を美しく見せる透明caseと照明は、museum vitrineであると同時に家電売り場のshowcaseにも見えます。

通常、展示台は作品を「見せるための補助物」と考えられます。しかしKoonsでは、どう見せれば物が価値あるものに感じられるかという展示技術自体が作品になります。

「新品」であることを保存する

商品は購入され、使われた瞬間から古くなります。《The New》ではその循環を止め、新品の瞬間を永久化しようとします。しかしWhitneyが指摘するように、当時最新だったHooverのmodelも時間とともに古いdesignになります。

「永遠の新品」を作ろうとすると、逆に流行の寿命が可視化されます。美術も常に「new」を求める制度であることと、consumer goodsの「new and improved」が重なります。

1985年《Equilibrium》

1985年5月4日から6月2日まで、KoonsはInternational with Monumentで《Equilibrium》を開催しました。Koons公式資料とWhitneyは、水槽に浮くbasketball、bronzeで鋳造された救命具、Nike posterなどを組み合わせた展覧会として記録しています。

「均衡」は安定した美しい状態に見えますが、Koonsにとっては達成し続けることのできない理想でもありました。物体が浮き続けることと、社会的上昇を夢見ることが重ねられます。

水槽に浮かぶバスケットボール

《One Ball Total Equilibrium Tank》(1985)では、basketballが水槽の中央付近に浮かびます。通常なら水面まで浮き上がるはずのballが、どこにも接触せず停止しているように見えるため、非常に人工的で不思議な状態です。

作品はbasketballを彫刻へ変形していません。既製品の形をほぼそのまま維持し、周囲の物理条件を設計することで意味を変えています。

物理学者Feynmanへの相談

Whitneyの資料によれば、Koonsはballを水槽内で均衡させる方法を検討する際、Nobel Prize受賞物理学者Richard P. Feynmanへ相談しました。最終的には濃度の異なる液体を層状にし、その境界へballを置く方法を採用しました。

ただし完全な均衡は永久には続きません。液体は時間とともに混ざり、ballの位置も変化します。「永遠の安定」を技術で作ろうとしても、物理現象によって崩れるところに作品の緊張があります。

上昇、成功、救済のイメージ

Whitneyは《Equilibrium》について、basketball starと社会的上昇の夢を結びつけるKoonsの考えを解説しています。同展にはNikeの広告posterも含まれ、athleteが成功のモデルとして提示されました。

スポーツ商品、広告、成功物語が一つの文化systemを作ります。Koonsはそれを単純に賛美または否定するのではなく、非常に魅力的なdisplayとして再提示しました。

救命具をbronzeにすると何が起こるか

《Lifeboat》(1985)は本来水に浮くinflatable lifeboatをbronzeで鋳造した作品です。Whitney curator Scott Rothkopfが説明するように、柔らかく空気を含み、生命を救う物が、重く沈むbronzeへ変わります。

見た目は救命具なのに機能すれば沈む。商品のimageと実際の物理的機能が逆転します。readymadeのように見えて、実際にはmaterial transformationが重要な作品です。

商品は「欲しい」という感情を作る

Koonsは商品を社会批判の図解として冷たく見せるだけではありません。掃除機の光沢やstainless steelの表面を非常に魅力的に仕上げます。viewerが「きれい」「欲しい」と感じることまで作品へ組み込まれます。

消費社会を外から批判するのではなく、自分自身も欲望する側にいることを認める。この曖昧さがKoonsを単純なanti-consumer artistにできない理由です。

1986年 Sonnabend Gallery

1986年、Sonnabend GalleryはJeff Koons、Peter Halley、Ashley Bickerton、Meyer Vaismanの4人を同じgroup exhibitionで紹介しました。Guggenheimは、この展覧会の冷たい外観がNeo-Expressionismからの転換として批評家に受け取られたと記録しています。

International with MonumentというEast Villageの小さな場所から、SoHoの有力galleryへ移ったことも重要です。数年で地域的なsceneが国際的な市場へ接続されました。

Koons、Halley、Bickerton、Vaisman

後世にはこの4人がNeo-Geoの中心として頻繁に並べられます。しかし共通styleを作ろうとしていたわけではありません。Halleyはpainting、Koonsは商品と彫刻、Bickertonは工業的な壁掛け作品、Vaismanは絵画とgallery活動を行いました。

「4人組」という見え方は、作品だけでなくgalleryの展示と批評記事によって作られたものです。ここでも美術運動のidentityにdealerとmediaが大きく関わります。

Neo-Expressionismからの転換として報道される

数年前までBasquiat、Schnabel、Kieferなど大画面のfigurative paintingが注目されていたため、Sonnabendの4人は極端に新しく見えました。筆触を消し、工業的に仕上げ、商品や記号を扱う姿勢が「次の世代」のimageとして報道されます。

しかしこの交代劇自体が1980年代art marketの速度を示します。新しいmovementが市場とmediaによって短期間で発見され、「前のstyleは終わった」と宣言される。作品が批判していた商品文化と、美術界自身の流行の速さが重なっています。

Koons《Rabbit》

1986年《Rabbit》では、空気で膨らませる安価なrabbit toyの形をstainless steelで精密に作り直しました。Guggenheimはこの作品が同年のKoonsを代表する重要作となったことを記録しています。

形は子どもの玩具ですが、素材は高価で耐久性があり、表面はmirrorのように磨かれています。cheap / luxury、soft / hard、temporary / permanentという対立が一つのobjectへ入ります。

膨らませる玩具をstainless steelにする

inflatable toyは軽く、空気が抜ければ潰れます。《Rabbit》はその「膨らんでいる状態」を重いmetalで永久化します。《Lifeboat》と同じく、一時的な形を耐久materialへ固定する操作です。

ただし表面に溶接跡や手仕事を強く残さず、工業製品のような完成度を目指します。作者の手の痕跡より、製品としての完璧さが前面に出ます。

鑑賞者まで商品表面に映り込む

磨かれたstainless steelには、gallery、照明、他作品、鑑賞者自身が映り込みます。作品を外から眺めているはずのviewerが、表面のimageへ入ります。

Minimalist sculptureでも鑑賞者の身体と空間は重要でしたが、Koonsではそれが鏡面と商品的な魅力を通して起こります。「見る人」と「欲しがる人」の位置が重なります。

1986年《Luxury and Degradation》

1986年Koonsは《Luxury and Degradation》を展開し、酒類広告のimageや、bar setなどをstainless steelで制作しました。Guggenheimは、このseriesでconsumerist decadenceが明確な主題になったと説明しています。

広告は商品そのものだけでなく「どんな人がそれを飲むか」という階級、成功、洗練のimageを売ります。Koonsはそのvisual languageを作品へ移しました。

酒類広告と階級イメージ

高級酒と安価な酒では広告のデザインも、想定される消費者像も異なります。Luxury and Degradationでは、その違いが社会的aspirationと結びつきます。

商品を選ぶ行為は単に味の選択ではなく、「自分がどの階層に属する人間なのか」を表す行為になる。消費とidentityが接続する点で、Bickertonのself-portraitともつながります。

Haim Steinbach — 商品を棚に並べる

Haim Steinbachは1980年代に、家庭用品、玩具、食器、package商品などを自作の棚へ並べる作品を発展させました。Princeton University Art Museumは、彼の作品を「commodity sculpture」と呼び、彫刻と商品陳列の区別を曖昧にするものとして説明しています。

Steinbachは商品のimageを描きません。実際の商品を購入・収集し、その組み合わせと並べ方を作品にします。

1983年《Shelf with Lifetime Cutlery》

Princeton所蔵《Shelf with Lifetime Cutlery》(1983)は、cutleryとそれを載せるshelfから構成されます。美術館の台座へ置かれた彫刻のようであり、department storeの商品displayのようでもあります。

どこから作品が始まり、どこまでが展示器具なのかが曖昧です。棚は単なるsupportではなく、物の価値を作る仕組みとして作品に含まれます。

1985年《supremely black》

MoMA所蔵《supremely black》(1985)は、plastic laminateの棚、ceramic pitchers、detergent boxesから構成されています。形や色の違う既製品が、設計された棚によって一つの視覚的な関係へ置かれます。

objects自体は日常的ですが、museum wallへ配置されると急に注意深く見る対象になります。Duchamp以後のreadymadeの問題が、1980年代のretail displayとconsumer choiceへ更新されています。

棚は台座か、売り場か

Princeton MuseumはSteinbachのshelfについて、traditional sculptureのpedestalと、storeやsupermarketの陳列棚の両方を模倣すると説明しています。

Museumとstoreは目的が違いますが、物を見やすい高さへ置き、周囲から切り離し、価値あるものとして見せる点では似ています。Steinbachはその共通性を作品にしました。

「作る」より「選んで並べる」

Steinbachの作者性は、商品を一から造形することより、何を選び、何と隣り合わせ、どんな棚へ置くかにあります。Pictures Generationのselection / editingが三次元へ移ったようにも見えます。

ただし商品の所有や個人的なattachmentも重要であり、彼は日用品を単なるcapitalismのsymbolとして扱うだけではありません。人が物に感情を投影することも、後年まで一貫した関心になります。

1986年《Damaged Goods》

1986年6月21日から8月10日まで、New MuseumでBrian Wallis企画《Damaged Goods: Desire and the Economy of the Object》が開催されました。参加者にはJeff Koons、Haim Steinbach、Louise Lawler、Allan McCollum、Barbara Bloom、Gretchen Bender、Andrea Fraserらが含まれます。

この展覧会はNeo-Geoの4人展ではありません。むしろ、1980年代半ばに「物」「欲望」「商品」「展示」がどのように変化しているかを、複数のartistとcriticから検討した企画でした。

物体と経済を同時に考える

New Museumのcatalogueは、consumer objectをその実用性より、広告、展示、presentationによって消費欲望を作るものとして捉えています。物は単にそこにあるのではなく、経済的な価値とimageをまとっています。

そのため作品も「美的object」であるだけではなく、値段を持ち、展示され、売買され、collectionされるcommodityとして考え直されます。

商品から情報へ

《Damaged Goods》は、高度なtechnology、telecommunication、広告の発達によって、経済の中心が物体だけでなくimageやinformationへ移りつつあることにも注目しました。

この点は現在から見ると非常に重要です。1980年代にはまだinternet以前ですが、物よりbrand、image、informationが価値を左右する社会への移行が、すでに美術の問題になっていました。

Louise Lawlerとの接続

《Damaged Goods》にLouise Lawlerが参加していることは、Pictures GenerationとCommodity Artが断絶していないことを示します。Lawlerは美術作品がmuseum、auction、private collectionでどのように見せられるかを撮影しました。

KoonsやSteinbachがdisplayそのものを作品へ作り込むのに対し、Lawlerは既存のdisplayを写真で観察します。方法は異なりますが、「価値はobjectだけに内在しているのか」という問いを共有しています。

1986年《Endgame》

同年9月25日から11月30日まで、Institute of Contemporary Art Bostonで《Endgame: Reference and Simulation in Recent Painting and Sculpture》が開催されました。MIT Pressのcatalogueには、Ross Bleckner、Peter Halley、Sherrie Levine、Philip Taaffe、General Idea、Jeff Koons、Haim Steinbachらをめぐる論考が収録されています。

展覧会名に「Reference」と「Simulation」が明示されたことは象徴的です。1980年代半ばの美術を、新しいstyleの発明ではなく、すでに存在する形式を参照し、再演し、ずらす行為から捉えようとしました。

「reference」と「simulation」

Halleyの幾何学はModernist abstractionを参照し、Levineは過去の写真を再撮影し、Koonsはconsumer goodsを美術の展示形式へ置きます。どれも「何もないところから新しい形を生む」という制作観から距離があります。

その代わり、すでに社会にある形式をどのように再配置するかが重要になります。referenceは引用であり、simulationは既存の形式がもう一度作動する状況です。

新しい形を発明することだけが新しさではない

Modernist art historyでは、新しいstyleを発明することが歴史的な重要性と結びつけられることがありました。しかし1980年代には「すべての形はすでにどこかで見たことがある」という感覚が強まります。

そこで新しさは形そのものではなく、どのhistoryを参照し、どのcontextへ移し、どんな社会的意味を露出させるかへ移ります。Postmodernismの重要な転換です。

Ashley Bickerton — 絵画を商品箱にする

Ashley Bickertonは1980年代前半、Minimalismのrectangular objectを思わせる壁掛け作品を作り始めました。MoMAはこれらを本人の言葉で「contemplative wall units」と紹介しています。

しかしMinimalist boxのような外観に、leather、rubber、metal bracket、logo、handleのような要素が加わります。作品は絵画、彫刻、輸送case、高級商品packageの中間に位置します。

「contemplative wall units」

美術館のwallに掛かるrectangular objectという点ではpaintingに見えますが、厚みがあり、工業materialを使い、強力な金具で固定されます。Bickertonは「絵画の平面」を商品objectのbodyへ変えました。

Minimalismが匿名的な工業製品のようなobjectを作ったのに対し、Bickertonはそこへbrandとpersonal identityを戻します。

企業ロゴを自画像にする

Bickertonの作品ではCon Edison、Bayerなど実在brandのlogoや、自作の「Susie」というmarkが並びます。MoMAは、現代のidentityが日々選ぶ商品やbrandを通して表現されるという問題を、この作品の中心として説明しています。

伝統的なself-portraitなら顔を描きますが、Bickertonは「自分が何を消費しているか」を並べます。顔の代わりにconsumer profileがpersonalityを表します。

1987–88年《Tormented Self-Portrait》

MoMA所蔵《Tormented Self-Portrait (Susie at Arles)》(1987–88)は、acrylic、anodized aluminum、bronze powder、rubber、plastic、formica、leather、chrome-plated steel、canvasなどを組み合わせた巨大な壁掛け作品です。

中心にはbrand logos、周囲にはBickerton自身のsignature / trademarkである「Susie」が配置され、商品containerやsponsored racing carのような印象を作ります。

Van Goghの自画像との距離

副題の「at Arles」はVan Goghを意識しています。Van Goghのself-portraitは筆触、色彩、顔によってartistの存在を示すModern artist像の代表的な例です。

Bickertonはその形式を逆転し、顔も感情的なbrushstrokeも使わず、logoとproduct identityで「自分」を表します。Modernist artistの内面と、consumer societyの自己像を対比させています。

消費によって自己を表す

服、薬、電力会社、飲料、車、音楽など、人は何を買うかによって生活styleを示します。「私は何者か」という問いに、所有物とbrandが答える社会です。

Bickertonはそれを単に嘲笑しているわけではありません。自分自身もそのsystemの中にいるからこそ、企業logoを自画像の材料にします。

作品自身が商品として振る舞う

MoMAは《Tormented Self-Portrait》について、protective leather、hanging system、brandingを備え、購入・輸送できる商品としての美術作品を意識的に見せていると説明しています。

美術市場を作品の外側の問題にせず、「この作品自身も売買されるcommodityである」という事実を外観へ出します。critiqueと商品性が同じobjectの中に共存します。

Meyer Vaisman — gallery ownerでありartist

Meyer VaismanはInternational with Monumentの共同運営者であると同時にartistでもありました。1986年Sonnabendのgroup exhibitionではKoons、Halley、Bickertonと並び、自身も「新しい世代」の一人として見られます。

ここではartist / dealerという役割の境界も曖昧です。誰を展示するかを決める人と、自分自身が展示される人が同じsceneの中にいます。

galleryも作品史を作る

MoMAはIleana Sonnabendの活動を、20世紀美術史でdealerが果たした役割を再評価する重要な事例として扱っています。どのartistを一緒に展示するかは、単なる販売上の判断ではありません。後世がmovementとして記憶する組み合わせを作ります。

International with MonumentからSonnabendへという移動そのものが、Neo-Geoというhistorical identityを強めました。

「4人組」という物語が作られる

Koons、Halley、Bickerton、Vaismanが同じ展覧会へ並ぶと、criticは共通点を探し、「次の世代」として記事を書きます。個別作品より先にgroup identityが流通することもあります。

前の記事で見たNeo-Expressionismと同様、movementはartistだけでなくgallery、critic、collector、magazineによって作られます。Neo-Geoはその仕組み自体を商品・情報として扱う作品だったため、この矛盾が特に目立ちます。

1987年 — Simulationsという言葉

1987年にはMilwaukee Art Museumで《Simulations: New American Conceptualism》が開催され、Koonsを含む新しい世代を「simulation」という概念から整理する動きがさらに強まりました。Koonsの公式展覧会記録にも同展への参加が確認できます。

この時期にはNeo-Geoというformalな名称より、「すでに存在するstyleや商品imageを再利用すること」を説明できるsimulationという言葉の方が広い現象を捉えやすいと考えるcriticもいました。

「本物の後のコピー」ではない

通常のcopyにはoriginalが先にあります。しかしsimulationをめぐる議論では、人が現実より先に広告、television、brand、既成のstyleを見ているため、「本物」と「image」の順序が単純ではなくなります。

高級生活を広告で知り、成功したartist像をmagazineで知り、Modernist abstractionを美術史bookで知る。私たちはoriginal experienceより先にmodelを知っています。その状況を作品が再演します。

Baudrillardとの関係

1980年代のsimulationをめぐる美術批評では、Jean Baudrillardのsimulacra / simulationの議論が頻繁に参照されました。Halley自身も1980年代のessayでsimulacrumという語を使い、French theoryを積極的に読んでいました。

ただしNeo-Geo作品を「Baudrillardの理論を絵にしたもの」とだけ考えるのは不十分です。Koonsの商品経験、Bickertonのmaterial construction、Steinbachの日用品収集など、それぞれの制作には理論へ還元できない具体的な物質性があります。

理論だけで作品を説明しすぎない

Neo-Geoは理論的な批評と強く結びついたため、作品を見る前に「simulation」「consumer society」「postmodernism」という言葉だけで説明される危険があります。

しかし実際に見るとHalleyの蛍光色は強烈で、Koonsのstainless steelは非常に美しく、Steinbachの物の組み合わせにはhumorがあり、Bickertonのobjectは異様に重く複雑です。理論と感覚的な魅力は同時に存在します。

1980年代美術市場との関係

Neo-Geoは1980年代のart market拡大と切り離せません。East VillageからSonnabendへ移った若いartistは短期間で国際的に知られ、作品価格とmedia attentionも上昇しました。

とりわけKoonsやBickertonの作品は、商品、brand、marketを主題にしながら、自分自身も高価なart commodityになります。この自己言及的な構造が批評家を強く惹きつけました。

市場を批判しているのか、利用しているのか

この問いに一つの答えを与えるのは難しいでしょう。商品を作品にすることはconsumerismの批判に見えますが、同時に商品が持つ魅力を非常に丁寧に増幅しています。

Koonsはしばしばdesireを否定せず、Bickertonは作品自身を売買可能な商品として誇張します。市場の外から道徳的に批判するより、市場の内部でその仕組みを露出させる態度に近い部分があります。

展示方法が価値を作る

掃除機を家のfloorへ置けば家電ですが、蛍光灯とacrylic caseに入れmuseumへ置くと美術になります。detergent boxをsupermarket shelfへ置く場合とSteinbachのdesigned shelfへ置く場合でも見え方が変わります。

Neo-Geo / Commodity Artは「物そのものの価値」だけでなく、照明、shelf、vitrine、gallery、captionが価値を作ることを作品化しました。

artist nameもブランドになる

商品にbrandがあるように、美術作品にもartist nameがあります。市場が拡大すると、名前そのものが作品価格と期待を作ります。

Bickertonが自分の「Susie」をcorporate logoのように反復したことや、Koonsが高度に統一されたproduction imageを作ったことは、artist identityもbrand systemから自由ではないことを示します。

1989年 Whitney Biennial

1989年Whitney BiennialにはJeff Koons、Ashley Bickerton、Christopher Wool、Ross Bleckner、Mary Heilmann、Robert Goberらが参加しました。Whitneyのinstallation viewには、Koons《Pink Panther》とBickertonの大型作品、Woolの文字絵画が同じ展覧会空間に置かれた様子が残っています。

1980年代末になると、Neo-Geoだけでなく、商品彫刻、文字絵画、抽象、身体や家庭を扱う彫刻など複数の方向が併存していました。ひとつのmovementが時代全体を代表する状況ではありません。

Christopher Woolと同時代の別の絵画

Christopher WoolはNeo-Geoの中心4人には入りませんが、1980年代後半にstencil文字やroller patternを使った絵画で注目されました。Whitney Biennial 1989でKoonsやBickertonと同時に展示されていることは、絵画でも作者の手、印刷、反復、既成patternをめぐる別の問題が進んでいたことを示します。

Neo-Geoの冷たい表面とWoolの工業的なpainting techniqueには共通する時代感覚がありますが、同じmovementへまとめる必要はありません。

1980年代後半をNeo-Geoだけで説明しない

同じ時期にはAIDS activism、Institutional Critique、Feminist Artの新世代、identityをめぐる作品、写真、video、installationも展開しています。Neo-Geoがmarketと批評で非常に目立ったからといって、それが1980年代後半の唯一の中心だったわけではありません。

ART HISTORYでは、同じ年に複数の方向が重なっていることを維持しておく必要があります。

絵画にとって何が変わったのか

HalleyやBickertonを見ると、paintingはartistの内面を筆触で表す媒体から、社会systemや商品identityを模型化するsurfaceにもなります。brushstrokeを完全に消してもpaintingは成立します。

また過去の幾何学抽象を「新しいformal language」として発明するのではなく、すでに歴史化されたstyleとして引用することが可能になります。paintingそのものがart historyを参照する記号になります。

彫刻にとって何が変わったのか

KoonsとSteinbachでは、彫刻を一から造形することと、既製品を選び展示することの境界がさらに曖昧になります。Duchampのreadymadeと違うのは、1980年代の商品display、brand、luxury marketが強く意識されている点です。

作品の形だけでなく、「どんな棚へ置かれ、どう照明され、どのような商品として見えるか」がsculptureの構成要素になります。

Pop Artとの違い

WarholがCampbell’s SoupやCoca-Colaのimageを美術へ持ち込んだ1960年代から20年以上が経ち、商品文化と美術の関係はさらに複雑になっていました。Koonsは商品imageではなく商品そのものとdisplayを使い、Steinbachは消費物を実際に棚へ並べます。

Pop Artがmass cultureをhigh artへ持ち込む衝撃を作った後、1980年代の作家は「美術館も商品を魅力的に見せるsystemの一つではないか」と問い始めます。

Conceptual Artとの違い

Conceptual Artはidea、instruction、languageによって美術作品を物体から解放しました。Neo-Geo周辺の作家はその知的遺産を継ぎながら、逆に非常に魅力的で高価なobjectsを作ります。

ideaとcommodityが対立しなくなります。高度にconceptualな作品が、同時に市場で売買しやすいluxury objectでもあり得る。この矛盾が1980年代の特徴です。

Minimalismとの違い

MinimalismのboxやgridはNeo-Geoの重要な前提ですが、HalleyやBickertonでは幾何学が社会的な意味を持ちます。KoonsのvitrineもDonald Judd的なclear constructionを思わせながら、内部の商品を欲望の対象として照らします。

同じclean surfaceでも、「物体そのものを見る」方向から、「なぜこの物体がこのように価値づけられているのか」を見る方向へ変化しています。

Pictures Generationとの違い

Pictures Generationが写真、film、広告など既存imageの流通を分析したのに対し、Commodity Artは物とdisplayの流通を強く扱います。ただし両者は重なっています。

New Museum《Damaged Goods》にLawlerとKoonsが同時に入り、《Endgame》にLevine、Halley、Koonsが並んだことからも、1980年代半ばには「image」と「commodity」を分離できない問題として考えていたことが分かります。

1984–1990年に何が変わったのか

1982年Halleyはすでにcellとconduitによって幾何学抽象を都市systemの図式へ変え、1984年にはその理論的背景を文章で整理していました。1985年International with MonumentではHalleyの個展とKoons《Equilibrium》が続き、East Villageの荒々しいpaintingとは異なる冷たく人工的な美学が可視化されます。Koonsは商品とdisplay、Steinbachは棚と日用品を使い、作品と商品陳列の境界を崩しました。

1986年Sonnabend GalleryでKoons、Halley、Bickerton、Vaismanが並ぶと、批評は彼らをNeo-Expressionismの後に来る新世代として急速に位置づけます。同年New Museum《Damaged Goods》は物、欲望、広告、経済を、ICA Boston《Endgame》はreferenceとsimulationを中心に1980年代美術を整理しました。作品の外にあるはずだったmarket、display、brand、copyが、美術の中心的な主題になります。

1987–88年Bickertonは《Tormented Self-Portrait》で企業logoとconsumer choiceを自画像へ変え、1989年Whitney BiennialではKoons、Bickerton、Woolら異なる方向がすでに並存していました。この時期に起きたのは「荒い絵画が冷たい幾何学へ置き換わった」ことだけではありません。Modernist abstraction、Minimalism、Pop Art、Conceptual Art、Pictures Generationを、商品と情報が支配する1980年代の社会へ接続し直す作業でした。

Neo-Geo以後

Neo-Geoという名称自体は1990年代に入ると1980年代固有のhistorical labelとして扱われるようになりますが、その問題は残ります。商品と作品の境界、artistのbrand化、展示と価値、既成styleの引用、工業的な制作、consumer identityは、その後のcontemporary artでさらに一般化します。

またHalleyのcell / conduitはnetwork societyとdigital interfaceの時代に別の読みを持ち、Koonsの高度な外注productionは1990年代以降の大型studio型制作へ接続します。Bickertonが示した「消費によるself-portrait」は、SNSでbrandや所有物を通してidentityを提示する現在から見ると、さらに身近な問題になっています。

次の時代へ — Institutional Critiqueの第二世代

Neo-GeoとCommodity Artが商品、展示、marketを作品の内部へ取り込んでいた同じ1980年代後半、Andrea Fraser、Renée Green、Fred Wilsonらは、美術館そのものがどのように価値、知識、歴史、観客を組織しているのかをさらに直接的に扱い始めます。Hans HaackeやMichael Asherによる第一世代のInstitutional Critiqueを引き継ぎながら、artist自身も制度の外には立てないという問題が前面に出ます。

次の記事では、1985–1993|Institutional Critiqueの第二世代 — 美術館、権力、展示、観客として、Andrea Fraser《Museum Highlights》、Fred Wilson《Mining the Museum》などを中心に、「作品を見る場所」だったmuseum自体がどのように作品の主題になったのかを追います。

参考資料・出典

本ページは、美術館、作家公式資料、展覧会archive、同時代の展覧会catalogueを参照してART LIBRARYが独自に構成・執筆しています。Neo-Geo、Simulationism、Commodity Artを厳密に同一の運動とはせず、1980年代半ばに商品、幾何学、展示、複製、消費社会を扱った複数の批評的枠組みとして区別しています。また、作品を市場批判だけに還元せず、商品が持つ魅力や作品自身の商品性も含めて記述しています。原文の全文翻訳ではありません。

資料確認日:2026年10月1日 / ART LIBRARY