1985–1993
Institutional Critiqueの第二世代
美術館、権力、展示、観客
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、美術館そのものを作品の主題とする作家が増えていきました。展示室の壁、作品の配置、案内係の言葉、寄付者の名前、警備員、収蔵品の分類、歴史資料の説明文。普段は作品を見るための「背景」として意識されないものが、作品の中心へ移ります。この流れはInstitutional Critiqueの第二世代と呼ばれることがあります。
ただし、第二世代が第一世代を否定して始まったわけではありません。1960–70年代にはHans Haacke、Michael Asher、Daniel Buren、Marcel Broodthaersらが、美術館やギャラリーの建築、スポンサー、所有関係、展示制度をすでに問題にしていました。1980年代後半の作家たちはその成果を引き継ぎながら、制度を単に「外から批判する対象」として見ることが難しいと考えるようになります。artistもcuratorもcollectorもvisitorも、制度の外に立っているわけではありません。批判する行為そのものも、美術館やgalleryの内部で行われ、そこで保存され、評価されます。
そこでAndrea Fraserはmuseum guideの役を演じ、Fred Wilsonは美術館の収蔵品を並べ替え、Renée Greenは歴史的な室内装飾の形式に植民地支配や奴隷制の記憶を重ね、Mark Dionは自然史博物館の分類法を模倣しました。作品を一から作る代わりに、美術館がすでに持っている言葉、物、展示台、分類法、職員の役割を使います。何を見せるかだけでなく、「なぜそれがそのように見えるのか」を作品にする美術でした。
CONTENTS
- Institutional Critiqueとは何を指すのか
- 正式な運動名ではない
- 第一世代という前史
- Haacke — 資金と所有関係を見る
- Asher — 展示空間そのものを変える
- Buren — 美術館が作品をどう作るか
- 「第二世代」で何が変わったのか
- 制度の外へ出ることはできるのか
- 1980年代半ば Andrea Fraserと「Institutional Critique」
- Louise Lawlerを論じることから始まる
- 美術館を社会的な関係の場として見る
- 1988–89年《The Public Life of Art: The Museum》
- Louise Lawlerとの共同制作
- 美術館は何を語り、何を語らないのか
- 1988–89年 Group Material《Democracy》
- 教育、選挙、文化参加、AIDS
- 民主主義を主題だけでなく展示方法にする
- Diaという制度の内部で行う
- 批判する制度から支援を受ける矛盾
- 1989年《Museum Highlights: A Gallery Talk》
- 架空の案内係Jane Castleton
- 美術館のガイドツアーを作品にする
- 展示室だけでなくcloakroomやtoiletを案内する
- 台本は引用だけで作られている
- 「趣味」と階級
- 寄付と公共性
- volunteer guideは誰なのか
- 制度批判を身体で演じる
- 笑えることと批判は両立する
- 観客も制度の一部になる
- 1991年《Welcome to the Wadsworth》
- 1991年 Fred Wilson《Guarded View》
- 美術館で「見えているのに見えない」人々
- 人種、労働、展示空間
- Wilsonにとってmuseumは素材である
- 1992–93年《Mining the Museum》
- Maryland Historical Societyの収蔵品を使う
- 新しい作品を追加するのではなく並べ替える
- 銀器と奴隷の拘束具を同じ展示ケースへ
- 家具の展示から暴力の歴史を読む
- ラベルと照明が意味を作る
- 収蔵されていても歴史から見えなくなる
- artistとcuratorの役割が重なる
- 観客の反応も記録される
- 1992–94年 Renée Green《Mise-en-Scène》
- 優雅なtoileに奴隷制の暴力を入れる
- period roomを批判の形式として使う
- 装飾は無害な背景ではない
- 植民地史を室内へ戻す
- 1992年 Mark Dion — 架空の研究機関
- Chinatownの魚市場を調査する
- galleryを研究室へ変える
- 分類は自然をそのまま写しているのか
- 科学的に見える展示の権威
- archiveとcollectionを作品形式にする
- 展示は中立ではない
- caption、case、wall colorまで作品になる
- 教育は説明ではなく権力でもある
- 「public」とは誰を指すのか
- classとcultural capital
- raceとmuseum canon
- genderとinstitution
- 受付、警備、清掃という見えにくい労働
- collectionは歴史そのものではない
- curatingが創作の方法になる
- appropriationとの接続
- Conceptual Artとの接続
- Performance Artとの接続
- identity politicsとの接続
- 「外部からの批判」から「内部化された制度」へ
- 批判作品を美術館が収蔵するとどうなるのか
- museum自身も批判を展示するようになる
- Institutional Critiqueは反美術館運動なのか
- 1985–1993年に何が変わったのか
- Institutional Critique以後
- 次の時代へ — 1993 Whitney Biennialとidentity politics
- 参考資料・出典
Institutional Critiqueとは何を指すのか
Institutional Critiqueは、美術館、gallery、collection、market、教育、批評、sponsorshipなど、美術作品を成立させる制度的な条件を作品の主題や材料として扱う実践を指す言葉です。「美術館は悪い」と主張する一つの政治運動ではなく、何がartとして認識され、誰が選ばれ、どのように説明され、誰に向けて展示されるのかを問う方法の総称です。
Hammer Museumは、Institutional Critiqueを、museumの分類や展示方法が鑑賞者の理解をどのように形成するかを調べる実践として説明しています。美術館は社会の外にある中立的な容器ではなく、社会の価値観や階層を反映する制度の一つとして扱われます。
正式な運動名ではない
Institutional Critiqueには、Surrealismのような創設宣言も、固定したmember listもありません。後から美術史家やartistが、異なる時代と方法を持つ実践の共通点を説明するために使った名称です。
そのため「第一世代」「第二世代」という区分も絶対的ではありません。Hans Haacke、Michael Asher、Daniel Burenらを第一世代、Andrea Fraserら1980年代後半以降の作家を第二世代と整理することが多いものの、世代間には連続があり、Louise LawlerやGroup Materialのように一つのcategoryへ収まりにくい存在もいます。
第一世代という前史
1960年代末から70年代にかけて、作品を展示するwhite cubeそのものが問い直され始めました。gallery wall、museum architecture、collector、sponsor、real-estate ownershipなど、それまで作品の外部と考えられていたものが可視化されます。
Conceptual Artが「作品とは物体なのか」を問い、Site-specific Artが「作品は場所から独立できるのか」を問ったとき、その場所を管理するinstitutionも自然に問題になります。Institutional Critiqueはこの複数の動きが交差したところから発展しました。
Haacke — 資金と所有関係を見る
Hans Haackeは美術館のsponsor、企業、real estateなど、作品を取り巻く経済的・政治的関係を調査し、資料として展示しました。museumが作品の美しさだけを扱う場所ではなく、資金、所有、企業、trusteeによって支えられる組織であることを前面に出します。
ここではartistの役割がpainterやsculptorだけでなくresearcherへ広がります。美術館が隠している秘密を暴くというより、公開情報であっても普段は別々に見える関係を一つの展示へ組み直すことが重要でした。
Asher — 展示空間そのものを変える
Michael Asherはgalleryの壁を外す、入口を変える、通常は見えない建築構造を露出させるなど、展示空間そのものを作品として操作しました。objectを追加するより、既存spaceの条件を変えることで、鑑賞者がgalleryをどう通り、どこから作品を見るかを意識させます。
作品が撤去されると元の空間へ戻るため、写真や図面、文章が後世の重要な記録になります。この点ではPerformance ArtやLand Artと同じく、一時的な作品とdocumentationの問題も含んでいます。
Buren — 美術館が作品をどう作るか
Daniel Burenは一定幅のstripeをさまざまな場所へ設置し、同じ視覚形式でもstreet、gallery、museumによって意味が変わることを示しました。作品が「自律している」のではなく、置かれる場所の制度によって作品の読み方が作られるという問題です。
第一世代は、作品を囲むarchitectureとinstitutionを外部条件ではなく作品の一部として見せました。この前提が、1980年代の第二世代へ引き継がれます。
「第二世代」で何が変わったのか
第二世代と呼ばれる作家たちは、美術館の建物や資金構造だけでなく、そこで働く人、話される言葉、visitorの期待、class、race、gender、教育、歴史記述まで扱うようになります。
制度は建築物だけではありません。「museumらしい話し方」「良い趣味」「文化的に正しい振る舞い」「誰がartistらしく見えるか」といった、身体に内面化された規範もinstitutionの一部です。そのためperformanceやpersonaが重要になります。
制度の外へ出ることはできるのか
Institutional Critiqueには根本的な矛盾があります。美術館を批判する作品が美術館で展示され、その作品がcollectionへ入り、artistの評価を高めることです。
第二世代では、この矛盾を「失敗」として避けるより、そもそもartistが制度の完全な外側へ立てるのかという問いへ変わります。批判する人自身がartistという制度的役割を持ち、museum invitation、grant、gallery、collectorとの関係の中で活動しています。
1980年代半ば Andrea Fraserと「Institutional Critique」
Andrea Fraserは、1980年代半ばのLouise Lawlerについての文章「In and Out of Place」で「institutional critique」という語を早い時期に用いた人物として知られています。後年の研究では、この文章が現在一般化した名称の成立に重要だったことが指摘されています。
FraserにとってInstitutional Critiqueは、美術館を外から攻撃することではなく、art institutionを構成する関係の中で自分自身がどの位置を占めているかまで分析する方法へ発展していきます。
Louise Lawlerを論じることから始まる
前の記事でも扱ったLouise Lawlerは、美術作品がmuseum、auction、企業、collector宅などでどのように展示されるかを撮影しました。作品そのものではなく「作品の置かれ方」を見る方法です。
FraserがLawlerをInstitutional Critiqueの文脈で論じたことは象徴的です。第二世代では、museum wallを直接破壊しなくても、作品が価値を持つ社会的な環境を観察することで制度を批評できます。
美術館を社会的な関係の場として見る
美術館には作品だけでなくvisitor、guard、docent、curator、trustee、donor、artist、dealerがいます。それぞれが異なる権限と役割を持っています。
FraserやWilsonの作品では、この人間関係自体がmaterialになります。誰が説明する側で、誰が聞く側なのか。誰が作品を守り、誰が所有し、誰の名前がwallに残るのか。museumの社会構造が見えるようになります。
1988–89年《The Public Life of Art: The Museum》
Andrea FraserとLouise Lawlerは1988–89年、《The Public Life of Art: The Museum》を制作しました。MoMAによれば、The Metropolitan Museum of ArtとMoMAで撮影され、美術館に関わるさまざまな社会的行動と制度を検討するvideoです。
美術館が「作品を保存する箱」ではなく、visitor behavior、教育、collection、architecture、administrationによって成立するpublic institutionであることを映像から観察します。
Louise Lawlerとの共同制作
Lawlerは作品が置かれる環境を写真で捉え、Fraserはmuseumの言葉や役割をperformanceとして演じます。二人の共同制作は、制度を「建物」としてだけでなく、imageとbehaviorの両面から見ることを可能にしました。
Institutional CritiqueとPictures Generationはここではっきり交差します。美術館もまた、作品を撮影し、説明し、imageとして流通させるmedia systemだからです。
美術館は何を語り、何を語らないのか
museum labelやguide talkは、客観的な説明に見えます。しかし、何を重要と呼び、どの作品に長い説明を付け、何を省略するかには判断があります。
第二世代のInstitutional Critiqueは、作品の選択だけでなく「説明するlanguage」に注目しました。museumのauthorityはcollectionだけでなく、説明する声によって作られます。
1988–89年 Group Material《Democracy》
1988年9月から1989年1月まで、Dia Art Foundationの77 Wooster StreetでGroup Materialは《Democracy》を開催しました。当時のGroup MaterialはDoug Ashford、Julie Ault、Felix Gonzalez-Torresの3人で構成されていました。
Diaによれば、この企画はReagan政権末期のアメリカ民主主義をめぐる「危機」に応答し、展覧会、roundtable、town meetingを組み合わせた4部構成のprojectでした。
教育、選挙、文化参加、AIDS
4つの主題は「Education and Democracy」「Politics and Election」「Cultural Participation」「AIDS and Democracy: A Case Study」でした。各回ごとに展示内容が変化し、artistの作品だけでなく、新聞、television、資料、activist organizationのflyerなどが同じ空間へ入りました。
art objectとpublic informationを分けず、社会的な問題について考えるための展示空間を作ります。
民主主義を主題だけでなく展示方法にする
Diaは《Democracy》について、democracyを主題にしただけでなく、collaborative productionとpublic participationを通して「作業方法と展示形式」にもしたと説明しています。
展覧会を見るだけでなく、town meetingへ参加し、資料を持ち帰り、raffleに参加する。museum / foundationの観客を静かなviewerだけに固定しない試みでした。
Diaという制度の内部で行う
Group MaterialにとってDiaからのinvitationは単純な成功ではありませんでした。Diaの公式資料は、彼らが当初、Diaを「exclusive、white、esoteric、male」と捉え、自分たちが目指すinclusive、multicultural、nonsexist、socially relevantな文化と対立するinstitutionだと考えていたことを引用しています。
それでも彼らは依頼を断って制度の外へ留まるのではなく、その空間と資金を使って制度内部に別のpublic forumを作りました。
批判する制度から支援を受ける矛盾
この矛盾こそ第二世代Institutional Critiqueの重要な問題です。institutionに反対しながら、同じinstitutionの資金、space、publicityを使う。それは一見すると矛盾しています。
しかし完全な外部が存在しないなら、問題は「純粋な場所から批判すること」ではなく、与えられたinstitutional relationをどう変形するかになります。Group Materialはその緊張を隠さずprojectの条件にしました。
1989年《Museum Highlights: A Gallery Talk》
1989年2月、Andrea FraserはPhiladelphia Museum of Artで《Museum Highlights: A Gallery Talk》を行いました。現在残るvideoは約30分で、Fraserが架空のvolunteer docent「Jane Castleton」としてmuseum visitorを案内する様子を記録しています。
Whitneyは、このperformanceがmuseum tourの形式を使いながらcultural institutionの構造をparodyし、同時にcritiqueした作品だと説明しています。
架空の案内係Jane Castleton
Fraserはgray suitを着て、museumに実在しそうな丁寧で自信のあるguideを演じます。Jane Castletonは架空の人物ですが、MACBAはこのpersonaを、アメリカのmuseumで長く重要だったupper-class amateur volunteerの社会的位置を誇張したものとして説明しています。
誰が文化について説明する権利を持つのかという問題が、guideという人物像を通して見えてきます。
美術館のガイドツアーを作品にする
通常のmuseum tourでは作品が主役で、guideは作品理解を助ける透明な媒介者です。Fraserはその関係を逆転し、guideのlanguage、gesture、authorityそのものを作品にしました。
viewerは展示作品を見に来ているはずなのに、次第に「この説明はどこから来たのか」「なぜこの人の話を信じているのか」を考えるようになります。
展示室だけでなくcloakroomやtoiletを案内する
Hammer Museumによれば、Jane Castletonはgalleryだけでなく、museum shopやcloakroom、toilet、cafeteriaなど、通常はtourの主役にならない場所について熱心に語ります。
その結果、museumの「高い文化」と、visitorを管理する日常的なinfrastructureが同じ水準へ置かれます。作品を鑑賞するにはticket、bathroom、restaurant、security、shopも必要です。museumは純粋な精神空間ではありません。
台本は引用だけで作られている
Hammer Museumは《Museum Highlights》のtour scriptが、museum brochureやarchive資料、art review、Immanuel Kant、Daniel Patrick Moynihanら多様なsourceからの引用を組み合わせて作られていると説明しています。
Fraser自身の意見をそのまま語るのではなく、institutionとsocietyにすでに存在する言葉をcollageします。Pictures Generationが既存imageを引用したように、Fraserは既存のinstitutional languageをappropriationしました。
「趣味」と階級
museumは「良いもの」を保存し、鑑賞者へ美的価値を教える場所です。しかし「良い趣味」を判断する能力が、education、income、family backgroundなどと結びついているなら、その価値判断は完全にuniversalではありません。
Fraserはmuseum guideの洗練された言葉を誇張することで、tasteがclassとどのように結びつくかを可視化しました。
寄付と公共性
アメリカのmuseumはpublic missionを掲げながら、private donorやtrustee、philanthropyに大きく依存してきました。MACBAは《Museum Highlights》がtasteとclassだけでなく、private philanthropyとpublic policyの関係を扱うと説明しています。
「public museum」と呼ばれる場所が、誰の資金と価値観によって作られるのか。作品を選ぶ権限と経済的支援の関係まで、museumの社会史へ含まれます。
volunteer guideは誰なのか
Jane Castletonは単なるfunny characterではありません。無償またはvolunteerとして文化的労働を提供できるには、時間と一定の経済的余裕が必要です。
museumの「善意のvolunteer」という存在も、class structureから自由ではない。Fraserは役柄を身体的に演じることで、その社会的位置を抽象的な批評文ではなくvisitorとのinteractionとして見せました。
制度批判を身体で演じる
Fraserの大きな特徴は、Institutional CritiqueとPerformance Artを結びつけたことです。第一世代がwall、architecture、documentへ注目したのに対し、Fraserはinstitutional roleを自分のbodyで演じます。
institutionは建物だけでなく、声のtone、服装、礼儀、gesture、教育された話し方として身体に入っています。制度が身体化されるという考えです。
笑えることと批判は両立する
《Museum Highlights》は強い批判を含みながら、しばしば非常に滑稽です。普通なら価値の高いartworkへ使う大げさなaesthetic languageをwater fountainやtoiletへ向けることで、museum languageの不自然さが見えてきます。
批判は怒りの声明だけで行われるとは限りません。笑うことで、普段は自然だと思っている制度的な言葉との距離を作れます。
観客も制度の一部になる
Fraserのtourではvisitorもperformanceの外にいません。visitorはguideについて歩き、説明を聞き、笑い、ときに戸惑います。その反応自体がmuseum behaviorを表します。
institutionを構成するのはdirectorやcuratorだけではありません。visitorがticketを買い、静かに歩き、labelを読み、authorityを信頼することでもmuseumは成立します。
1991年《Welcome to the Wadsworth》
Fraserは1991年《Welcome to the Wadsworth: A Museum Tour》でもmuseum tourを作品化しました。Art Institute of Chicagoのcollection資料では、《Museum Highlights》と並び、museum practiceとprotocolを使った初期Institutional Critiqueの代表作として整理されています。
同じ「tour」という形式を別のinstitutionで繰り返すことで、特定museumだけの問題ではなく、美術館という形式自体に共通するlanguageとsocial roleが見えてきます。
1991年 Fred Wilson《Guarded View》
Fred Wilsonの《Guarded View》(1991)は、4体の黒いheadless mannequinsにNew Yorkの4つの美術館のsecurity guard制服を着せたinstallationです。Whitneyによれば、制服はJewish Museum、Metropolitan Museum of Art、Whitney、MoMAのものです。
通常、美術館でguardは作品ではありません。しかしWilsonは彼らを彫刻の位置へ置き、鑑賞者が正面から見る対象へ変えました。
美術館で「見えているのに見えない」人々
Wilson自身は学生時代にmuseum guardとして働いた経験があり、「displayされているのにinvisible」という矛盾を語っています。galleryに一日中立っているためvisitorから常に見えるのに、作品鑑賞の際には存在しないものとして扱われる職種です。
制服だけを残し、顔をなくしたmannequinは、その匿名性をさらに強調します。
人種、労働、展示空間
Whitneyは《Guarded View》について、security personnelがしばしばgallery内で数少ないpeople of colorであるという制度的な構造を指摘しています。壁に掛かるcanonical artは主にwhite artistによって作られ、それを守る労働者にはpeople of colorが多いという対比です。
作品collectionだけを見てmuseumのrepresentationを判断するのではなく、誰がそこで働いているかまで含めてinstitutionを見る必要があります。
Wilsonにとってmuseumは素材である
WhitneyはWilsonについて「museumは訪れる場所や作品を展示する場所であるだけでなく、paletteでありsubjectでもある」と説明しています。彼はmuseumの収蔵品、展示方法、家具、label、staff、歴史資料を制作materialとして扱います。
その方法が最も大規模に展開されたのが1992年《Mining the Museum》です。
1992–93年《Mining the Museum》
《Mining the Museum》は1992年4月4日から1993年2月28日まで、BaltimoreのThe ContemporaryとMaryland Historical Societyの共同projectとして開催されました。Smithsonianのcatalogue recordにもこの期間が記録されています。
WilsonはMaryland Historical Societyのcollectionとarchiveを調査し、既存のobjectsを選び直して新しい展示を作りました。新作を持ち込んでmuseumへ置くのではなく、museumの中にすでにあった物を「掘り起こす」ことが題名の意味です。
Maryland Historical Societyの収蔵品を使う
historical societyには銀器、家具、肖像画、工芸品、documentなど地域史を物語る膨大なcollectionがあります。しかしcollectionに存在することと、常設展示で目立つことは同じではありません。
Wilsonはstorageとarchiveまで調べ、普段のmuseum narrativeでは中心に置かれないobjectsを見つけ、それらを有名なdecorative artsと一緒に展示しました。
新しい作品を追加するのではなく並べ替える
《Mining the Museum》の革新は、歴史博物館の説明へartistの「正しい答え」を追加したことではありません。同じcollectionでも、何を隣に置き、どのtitleを付け、どうlightingするかによって意味が大きく変わることを示した点です。
curating自体がcreative / critical actになります。
銀器と奴隷の拘束具を同じ展示ケースへ
《Mining the Museum》で最も知られる展示の一つでは、華麗なsilver vesselsと、奴隷制で用いられたiron shacklesが「Metalwork」という同じ分類の中へ置かれました。美しい銀細工と暴力の道具を、material categoryだけで隣り合わせます。
通常ならdecorative artsとslavery historyは別のgalleryへ分離されるかもしれません。しかし同じ時代と地域の富を考えれば、両者は無関係ではありません。展示分類が分離していた歴史を、同じcaseへ戻します。
家具の展示から暴力の歴史を読む
Wilsonは高級家具の展示と、身体的な暴力や強制を示すobjectsを対置することで、誰がその快適なinteriorを享受し、誰のlaborによって社会が支えられていたのかを考えさせました。
object自体を変えなくても、隣り合わせによって意味が変わります。これはmuseum displayがneutralではないことを非常に明快に示します。
ラベルと照明が意味を作る
museumで何を見るかはobjectだけで決まりません。title、date、category、spotlight、vitrine、wall color、並ぶ順序が鑑賞を誘導します。
Wilsonはcuratorが普段使うこれらの技術をartistとして操作しました。その結果、museumのauthorityを外からparodyするのではなく、内部の正式な展示言語を使って別のhistoryを語ります。
収蔵されていても歴史から見えなくなる
《Mining the Museum》が示した大きな問題は、「museumに物がないから歴史が語られない」とは限らないことです。objectsがcollectionに存在していてもstorageに置かれ、展示されず、別categoryへ分類されればpublic memoryから消えます。
何をcollectするかと同じくらい、何をdisplayするかが歴史を作ります。absenceは物理的な不在だけではありません。
artistとcuratorの役割が重なる
Wilsonは自分の作品を展示するartistというより、collectionを調査し展示を組み替えるguest curatorのように行動しました。しかし目的は中立的なcollection presentationではなく、museumのhistorical narrativeそのものを問い直すことです。
artist / curator / historianの境界が重なることで、1990年代以降のresearch-based artへ重要な先例を作りました。
観客の反応も記録される
《Mining the Museum》の公式catalogueには作品checklistだけでなく、docent discussionやaudience responsesも収録されています。展示を見た人が何を感じたかまでproject historyの一部になりました。
Institutional Critiqueではviewerは受動的な最後の受け手ではありません。制度がどう変わるかを考えるためのparticipantでもあります。
1992–94年 Renée Green《Mise-en-Scène》
Renée Greenの《Mise-en-Scène: Commemorative Toile》(1992–94)は、photograph、chair、wall treatment、wallpaperなどから構成されるinstallationです。Hammer Museumによれば、18世紀の室内装飾に見られる牧歌的なtoileの構図へ、奴隷制や反乱の暴力的なsceneを組み合わせています。
一見すると上品なhistorical interiorですが、近づくとそのdecorative patternが植民地支配と暴力のimageでできていることが分かります。
優雅なtoileに奴隷制の暴力を入れる
toile de Jouyのような布では、田園風景、遊び、恋愛などが反復patternとして使われます。Greenはその形式を保ちながら、通常なら装飾から排除される歴史的暴力を入れました。
美しいsurfaceと歴史的暴力が分離されていること自体を問題にします。
period roomを批判の形式として使う
Hammer MuseumはGreenのinstallationがmuseumのperiod roomを思わせると説明しています。period roomは家具、壁紙、curtainを配置し、「ある時代の生活」を再現する展示形式です。
しかし、どのclassの誰の生活を「その時代」と代表させるのかという問題があります。Greenはperiod roomというmuseum languageを借り、その穏やかな再現から排除されたhistoryを戻します。
装飾は無害な背景ではない
Pattern and Decorationの記事でも見たように、decorative patternは単なるbackgroundではありません。Greenではさらに、装飾のsourceがcolonial tradeやwealthのhistoryと結びつきます。
interior designを見ることが、political and historical relationを見ることになります。
植民地史を室内へ戻す
colonial wealthによって作られた家具やtextileがmuseumで「美しいdecorative arts」として展示されるとき、商品やmaterialがどのような労働、trade、violenceを通じて作られたかは見えにくくなります。
Greenはその欠落を説明文だけで補うのではなく、decorative formそのものへ歴史を埋め込みました。
1992年 Mark Dion — 架空の研究機関
Mark Dionは1992年、New YorkのAmerican Fine Arts, Co.で《The Department of Marine Animal Identification of the City of New York (Chinatown Division)》と《N.Y. State Bureau of Tropical Conservation》を含む作品を発表しました。Hammer Museumは、office、laboratory、collection storageを組み合わせたようなinstallationとして説明しています。
Dionはmuseumを批判するためにmuseum objectを並べ替えるのではなく、museumやscientific institutionが知識を作る方法そのものを演じました。
Chinatownの魚市場を調査する
《The Department of Marine Animal Identification…》では、Dionがgallery近くのChinatown marketで販売されている魚を集め、記録し、保存しました。Hammer Museumによれば、展示期間中の調査行為そのものがperformanceに含まれています。
街のmarketにある商品が、採集・保存・labelingを通してnatural history specimenのように変化します。
galleryを研究室へ変える
metal cabinet、glass jar、lab coat、maps、measurement toolsを置くと、galleryはofficial research laboratoryのように見えます。しかし「N.Y. State Bureau」というinstitutionは作品内で作られたfictionです。
鑑賞者は、なぜ白衣とlabelを見るとscienceを信頼するのかを意識させられます。authorityは内容だけでなく外観と展示形式によって作られます。
分類は自然をそのまま写しているのか
natural history museumでは、生物がspecies、geography、eraなどのcategoryに整理されます。それは研究に不可欠ですが、category自体がhuman constructionであることも忘れられやすくなります。
Dionは「自然」を批判するのではなく、自然についてknowledgeを作るinstitutional processを可視化しました。収集、分類、保存という行為に価値判断が含まれることを示します。
科学的に見える展示の権威
museum case、archive box、scientific label、white coatにはauthorityがあります。同じobjectでも机の上に乱雑に置く場合と、catalogue numberを付けglass caseへ入れる場合では受け取られ方が変わります。
Dionの作品は、この「institutional appearance」がknowledgeの信頼性をどう支えているかを利用します。
archiveとcollectionを作品形式にする
1980年代後半から90年代にかけて、archive、database、collection、research tableを作品形式として使うartistが増えます。Hammer MuseumもInstitutional Critique周辺の重要なthemeとしてarchive / collectionを挙げています。
artistがimageを一枚作るのではなく、多数のdocumentsとobjectsのrelationを設計するようになります。作品を見ることは、資料を読むことに近づきます。
展示は中立ではない
Institutional Critiqueの第二世代が繰り返し示した最も基本的なことは、displayがneutralではないということです。作品や歴史資料の意味は、並べ方、説明、照明、隣接関係によって変わります。
この意味ではcuratingそのものがrepresentationの一種です。展示は「すでにある意味を伝える」だけでなく、意味を作ります。
caption、case、wall colorまで作品になる
Wilsonのdisplay case、Greenのwallpaper、Dionのlabel、Fraserのguide talkを見ると、作品と展示装置の区別がほとんどなくなります。
美術館の中で普段「透明」であるべきものを目立たせることで、viewerは作品ではなくmuseum apparatusを見るようになります。
教育は説明ではなく権力でもある
museum educationには作品へのaccessを広げる重要な役割があります。しかし何を「正しい理解」として教えるかによって、authorityも生まれます。
Fraserがdocentを演じた理由の一つはここにあります。visitorを助ける声と、価値判断を教える声は完全には分離できません。教育とpowerを同時に考える必要があります。
「public」とは誰を指すのか
museumが「publicに開かれている」と言うとき、法的には誰でも入れるかもしれません。しかしticket price、location、education、language、dress code、文化的な慣れによって、実際のaccessには差があります。
Group MaterialやFraserは、「public」という抽象的な一つの観客ではなく、異なる社会的位置を持つ複数のaudiencesを意識しました。
classとcultural capital
美術館へ頻繁に行き、作品名を知り、静かに見る作法を身につけていることは、自然に生まれる能力ではありません。家庭や教育を通じて獲得される文化的な経験でもあります。
FraserのJane Castletonは、このcultural capitalがmuseum patronageと結びつくことを誇張して見せました。tasteは個人の好みであると同時に社会的なpositionを示します。
raceとmuseum canon
Wilsonの《Guarded View》《Mining the Museum》は、誰が美術館の壁にartistとして現れ、誰が労働者として現れ、誰の歴史がcollection displayから消えているのかを問いました。
Institutional Critiqueは形式だけの問題から、raceとhistorical representationへ広がります。この変化は1990年代のidentity politicsと直接つながります。
genderとinstitution
Fraserのdocent personaにはclassだけでなくgenderも関係します。museum volunteer、education、service laborの一部が歴史的に女性によって担われてきた一方、director、trustee、canonical artistの構成には別のgender hierarchyが存在しました。
Feminist Artが「誰がartistとして認められるか」を問うた問題が、museum operationの細部へ入ってきます。
受付、警備、清掃という見えにくい労働
museum historyはdirector、curator、artist、collectorの名前を記録します。しかし実際にmuseumを毎日動かすには受付、security、cleaning、installation、educationなど多数の労働が必要です。
Wilsonのguard像は、その見えにくいlaborをgalleryの中心へ置きます。institutionを見るとは、建物やcollectionだけでなくlabor structureを見ることでもあります。
collectionは歴史そのものではない
museum collectionは過去を保存しますが、過去そのものではありません。誰かが選び、寄贈し、購入し、分類したobjectsの集合です。
《Mining the Museum》はcollectionの「穴」を探すだけでなく、すでにあるobjectsのrelationを変えることで、同じcollectionから別のhistoryを作れることを示しました。
curatingが創作の方法になる
1980年代後半以降、artistがcollectionを調査し、objectsを選び、displayを設計する作品が増えました。このときcuratingとart makingの境界が曖昧になります。
Wilson、Green、Dionのworkは、1990年代以降のresearch-based installationやartist-curated exhibitionへ重要な先例になります。
appropriationとの接続
Pictures Generationが既存のphotographやadvertisementを再利用したように、Institutional Critiqueはmuseumの言葉、展示case、archive、collection、tour formatをappropriationします。
引用対象が個別imageからinstitutional conventionへ広がったと考えることもできます。museumそのものが巨大な既成形式になります。
Conceptual Artとの接続
作品の意味をmaterial objectだけに置かない点で、Institutional CritiqueはConceptual Artを強く継承しています。research、text、instruction、documentationが重要です。
しかし第二世代ではideaだけでなく、class、race、gender、labor、audienceといったsocial relationがより強く前景化します。neutralなconceptual systemではなく、誰がそのsystemを使えるのかを問います。
Performance Artとの接続
Fraserはmuseum roleをbodyで演じ、Dionはresearcherのようにcollection activityを行います。institutional behaviorがperformanceになります。
ここではperformanceは劇場的なeventだけではありません。「guideらしく話す」「scientistらしく分類する」といった日常的な専門職の振る舞いが、すでに一種のsocial performanceとして扱われます。
identity politicsとの接続
1990年代へ近づくとInstitutional Critiqueは、race、gender、sexuality、colonial historyと強く結びつきます。問題は「museumは公平か」という一般論ではなく、具体的に誰のhistoryが語られ、誰が排除されてきたのかへ移ります。
WilsonやGreenのworkは、1993年Whitney Biennialをめぐって大きく可視化されるrepresentationとidentityの議論へ接続します。
「外部からの批判」から「内部化された制度」へ
第二世代の大きな転換は、institutionをmuseum buildingだけに限定しなくなったことです。artist、critic、viewerが持つ価値判断の中にもinstitutionがあります。
「良いartとはこういうもの」「museumではこう振る舞う」「このartistは重要だ」という判断が個人の内面にまで入っているなら、institutionの完全な外側は存在しません。批判は自分自身のpositionへも向かいます。
批判作品を美術館が収蔵するとどうなるのか
《Museum Highlights》は現在Whitney、Hammer、MACBAなどのcollectionで扱われています。museumをcritiqueした作品がmuseumによって保存されるという状況です。
これは作品の批判力が失われた証拠とも、museumが変化した証拠とも一概には言えません。むしろInstitutional Critiqueは、批判とinstitutional recognitionが同時に起こる矛盾を避けられないものとして扱うようになります。
museum自身も批判を展示するようになる
1990年代以降、美術館は自分自身のcollection history、colonial history、sponsorship、representationを批判的に扱う展覧会を増やしていきます。その際Institutional Critiqueの方法がmuseum practiceへ逆輸入されます。
artistがmuseumを批判し、museumがその作品を収蔵し、さらにmuseum自身が自己検証を行う。批判と制度の境界はますます複雑になります。
Institutional Critiqueは反美術館運動なのか
Institutional Critiqueを「museumを壊すためのanti-museum art」と理解すると、この時期の作品を見誤ります。FraserもWilsonもmuseumで仕事をし、collectionとstaffのknowledgeを利用しています。
目的はinstitutionを存在しない状態へ戻すことではなく、institutionがどのような価値を作っているかを見えるようにすることでした。批判とは否定だけではなく、別の展示、別の語り方、別の観客関係を試すことでもあります。
1985–1993年に何が変わったのか
1980年代半ば、「Institutional Critique」という名称がAndrea Fraserの批評を通じて明確になり、美術館を作品の外側ではなく社会的な関係の場として捉える言葉が整っていきます。1988–89年《The Public Life of Art》ではFraserとLouise Lawlerがmuseumの日常的な運営とpublic lifeを映像から観察し、同じ時期Group Material《Democracy》はDiaというinstitutionの内部で、教育、選挙、文化参加、AIDSをめぐる展示とpublic forumを組み合わせました。
1989年《Museum Highlights》ではFraserが架空のdocentを演じ、museumのauthorityを建物ではなくlanguage、class、gestureとして身体化します。1991年Fred Wilson《Guarded View》は、galleryで日常的に見えていながら制度史では見えにくいmuseum guardsを彫刻の中心へ置きました。そして1992–93年《Mining the Museum》では、Maryland Historical Societyの既存collectionを並べ替えるだけで、奴隷制、富、race、historical memoryの関係を露出させます。
同じ1992年頃、Renée Greenはperiod roomとdecorative textileの形式へcolonial historyを重ね、Mark Dionはlaboratoryとnatural history museumの分類法をfictionとして再演しました。この時期にInstitutional Critiqueは、gallery architectureの批判から、collection、education、race、class、gender、labor、knowledge production、audienceへ大きく広がります。作品はmuseumの中に置かれるものではなく、museumが「どう見るか」を作る仕組みそのものになります。
Institutional Critique以後
1990年代以降、この方法は特定のmovementとしてではなくcontemporary artの基本的な手法へ広がります。archiveを調査する、museum collectionを再展示する、staffやvisitorへinterviewする、sponsorを調べる、wall textを書き換えるといった方法は、現在では幅広いartistによって使われています。
その結果、Institutional Critique自身も制度化されました。「制度批判らしい作品」がmuseum programの一つのgenreになるという新たな矛盾が生まれます。だからこそ、後のFraserはinstitutionを外部のenemyとして考えるのではなく、artist自身のdesireやcareerまで含むrelationとして考えるようになります。
次の時代へ — 1993 Whitney Biennialとidentity politics
1990年代初頭には、museum制度の問題とrace、gender、sexuality、AIDS、representationをめぐる議論がさらに強く結びつきます。1993年Whitney BiennialはDaniel J. Martinezのadmission button、Pat Ward Williams、Glenn Ligon、Lorna Simpson、Renée Green、Fred Wilsonらを含み、アメリカ美術館が誰をrepresentするのかをめぐって大きな論争を呼びました。
次の記事では、1989–1995|Identity Politicsと1993 Whitney Biennial — 人種、ジェンダー、セクシュアリティ、表象として、AIDS crisis以後の美術、1993年Whitney Biennial、Glenn Ligon、Lorna Simpson、Felix Gonzalez-Torres、Daniel J. Martinezらを中心に、1990年代初頭に「誰が語るのか」という問題がなぜ美術の中心へ入ったのかを追います。
参考資料・出典
本ページは、美術館、研究機関、展覧会archive、artist資料を参照してART LIBRARYが独自に構成・執筆しています。「Institutional Critiqueの第二世代」は固定した会派名ではなく、1980年代後半から1990年代初頭に、制度批判をclass、race、gender、labor、visitor、knowledge productionへ広げた複数の実践を整理するための美術史上の枠組みとして使用しています。原文の全文翻訳ではありません。
- Hammer Museum — Take It or Leave It: Museum / Institutional Critique
- Hammer Museum — Andrea Fraser
- Hammer Museum — Andrea Fraser, Museum Highlights: A Gallery Talk, 1989
- Whitney Museum of American Art — Andrea Fraser, Museum Highlights: A Gallery Talk, 1989
- Whitney Museum of American Art — Andrea Fraser
- MACBA — Andrea Fraser, Museum Highlights: A Gallery Talk, 1989
- The Museum of Modern Art — Andrea Fraser and Louise Lawler, The Public Life of Art: The Museum, 1988–89
- Art Institute of Chicago — Andrea Fraser / Museum Highlights, May I Help You?, Welcome to the Wadsworth
- Dia Art Foundation — Group Material, Democracy, 1988–89
- Dia Art Foundation — Group Material, Felix Gonzalez-Torres and Democracy
- The Museum of Modern Art — Group Material’s Activist Timelines
- Whitney Museum of American Art — Fred Wilson
- Whitney Museum of American Art — Fred Wilson, Guarded View, 1991
- Art21 — Fred Wilson / Mining the Museum
- Smithsonian Libraries and Archives — Mining the Museum catalogue record
- Art21 — Fred Wilson, Mining the Museum installation views
- Hammer Museum — Renée Green, Mise-en-Scène: Commemorative Toile, 1992–94
- Hammer Museum — Renée Green
- Hammer Museum — Mark Dion, N.Y. State Bureau of Tropical Conservation, 1992
- Hammer Museum — Mark Dion, The Department of Marine Animal Identification…, 1992
- Hammer Museum — Mark Dion
資料確認日:2026年10月1日 / ART LIBRARY