Art Library

Sonia Delaunay

ソニア・ドローネー

フランス(現在のウクライナに生まれる) / 1885–1979 / オルフィスム・同時主義・抽象絵画・テキスタイル

「ブラボー!」 | アーティスト、シーラ・ヒックスによるソニア・ドローネーの作品 (Louisiana Channel)
ファッションを描いた女性:ソニア・ドローネーの芸術革命 (One Fashion Question)
“She’s wearing the canvas.” | Designer Henrik Vibskov on Sonia Delaunay | Louisiana Channel

ソニア・ドローネーの作品では、色はカンヴァスの中に収まりません。息子のための掛け布、詩と一緒に開く本、身体に沿って動く衣服、室内を取り巻く大きな絵画へ広がります。異なる材料や用途があっても、隣り合う色が互いの見え方を変え、見る人や使う人の経験を組み立てるという関心がつながっています。

その歩みを、画家が絵画の模様を商品へ移したという説明だけで理解することはできません。布を縫う、本を折る、衣服を着るという行為には、それぞれ異なる時間と身体の動きがあります。ソニアは、その違いを制作の条件として扱いました。絵画とデザインを往復しながら、色彩を暮らしの中へ展開した作家です。

ソニア・ドローネーとは

絵画と生活の素材を、同じ色彩の問題で結んだ作家

ソニア・ドローネーは1885年、現在のウクライナにあたる地域で生まれ、1979年にパリで亡くなりました。生まれた当時はロシア帝国領でした。ロシアとドイツでの経験を経てフランスを主な活動の場とし、絵画、版画、本、テキスタイル、服飾、舞台など、多様な制作を展開しました。

抽象美術の先駆者として知られる一方、画家、工芸の作り手、デザイナーという複数の役割を持ちます。その役割を分けすぎると、制作同士のつながりが分かりにくくなります。絵画にある色の関係が布で別の表情を持ち、衣服で試した構成が紙や絵画で再び考えられる。異なる媒体が一方通行ではなく、互いに制作を変えています。

ロベール・ドローネーとともに、同時的な色彩の関係を探究しました。ただし、ソニアをロベールの妻という位置だけから説明すると、本人の独立した構想や、長く続いた制作を見落とします。ロベールが亡くなった1941年以降も、ソニアは約40年にわたり活動しました。初期の共同の環境と、戦後から晩年の展開を、両方見ることが必要です。

オルフィスムと同時主義

オルフィスムは、詩人・批評家のギヨーム・アポリネールが、色と光を重視する新しい表現に与えた呼び名です。ソニアやロベール、クプカらが関わります。一方、ソニアの仕事を考えるうえでは、同時主義、あるいは同時性という言葉も大切です。色の対比を一つの絵だけにとどめず、生活の複数の場面へ展開する考え方につながります。

同時性は、たくさんの物を一度に並べるという意味に限りません。ある色を見るとき、隣の色も視野の中で働きます。服の色を見るときには、それを着る身体や周囲の環境も一緒に見えます。本の文字を読むときには、紙面の色が読む経験に関わります。独立した要素が、同じ場で互いを変えることに注目できます。

ウクライナから、サンクトペテルブルク、パリへ

移動の中で得た教育と視覚の経験

ソニアは幼い頃、サンクトペテルブルクに住む裕福な叔父のもとで育ち、テルクという姓を使うようになりました。美術に接する機会を持ち、後にドイツのカールスルーエで学びます。1900年代半ばにはパリへ移り、同時代の絵画を見ながら制作を進めました。

幼少期の織物や掛け布の記憶は、後の制作を考える手がかりになります。ただし、出身地の伝統だけで作品を説明すると、ドイツやフランスでの教育、展覧会で見た絵画、自分で選んだ材料や構成が見えなくなります。記憶、学習、同時代の経験が、具体的な作品の中で組み合わされました。

出生地の都市名やパリへ移った年は、美術館資料にも異なる記載があります。本記事では、現在のウクライナに生まれ、1900年代半ばからパリを活動の中心とした点を軸にしています。一つの国名だけで制作をまとめるより、複数の場所を移動し、異なる文化の中で仕事をした作家として理解できます。

ロベールと出会う前の人物画

1907年の《若いフィンランド女性》や《フィロメーヌ》では、人物の形が明確に残っています。その一方、顔や身体の色は自然な肌色の再現だけに従っていません。人物の存在感と、画面に置かれた色の強さが並んでいます。フォーヴィスムやゴーギャンらの絵画に接した時期の関心が感じられます。

《若いフィンランド女性》では、正面を向く身体と背景を見比べられます。色の違いによって人物が浮かび上がりますが、立体の細かな陰影を描き尽くしているわけではありません。形の明快さと色の対比で、人の存在を強く示しています。後の抽象作品へ進む以前から、色が画面の構成に大きな役割を持っていたことが分かります。

《フィロメーヌ》では、人物と周囲の模様との関係にも注目できます。背景を、人物を引き立てるための付属物としてだけ見ると、模様の働きが弱くなります。顔と布、輪郭と繰り返される形を交互に見ることで、肖像であると同時に、画面全体が構成されていることに気づきます。初期の作品から、絵画と装飾の関係を考えられます。

共同の環境へ進むまで

画商ヴィルヘルム・ウーデとの結婚を経て、ソニアは1910年にロベールと結婚しました。二人はシュヴルールの色彩理論などに関心を持ち、同時的な色の対比を制作の中心へ置いていきます。生活と制作の場を共有しながら、絵画の外の素材にも関心が広がりました。

共通する理論があることは、二人が同じ作品をつくったことを意味しません。色の置かれ方をどう決めるか、何を材料にするか、作品を誰がどのように見るかは、それぞれに異なります。制作の関係を、影響を与えた側と受けた側に一度だけ分けるより、個々の仕事を通じて互いに変わる環境として見ることができます。

《ゆりかごの掛け布》――布から生まれる抽象

絵具の代わりに、布片を置く

1911年に生まれた息子シャルルのために、ソニアは布片を縫い合わせた掛け布を制作しました。後に《ゆりかごの掛け布》として所蔵される作品です。絵具で描いた抽象画とは違い、すでに色と質感を持つ布を選び、その形を組み合わせることで構成をつくっています。

この制作では、どの色を混ぜてつくるかだけではなく、どの布を選ぶかが判断になります。薄い布と厚い布、滑らかな布と表面の異なる布は、同じ色名で呼べても違う見え方を持ちます。縫い目は、形の境界であると同時に、材料をつなぐ物理的な場所です。色彩と作業の痕跡が、離れずに存在します。

抽象を、何も具体的な物を描いていない画面という定義だけで見ると、この作品は布の模様に見えるかもしれません。しかし、色の配置によって全体を組み立てるという問題は、絵画と共通します。異なる布が隣り合うことで、どの部分が強く見えるか、どこへ目が移るかが変わります。家庭で使う物の中から、抽象的な構成が生まれるところが重要です。

使う物から、見る作品へ

掛け布は、初めから美術館で平らに掛けられるためだけにつくられたものではありません。子どものために使われ、その後、額装されることで鑑賞の対象になります。平面として見る現在の状態と、身体を覆うための物だった状態には違いがあります。

布を使うときは、折れ、たわみ、身体の形に沿って変わります。平らに伸ばしたときには隣り合っていた色が、折り畳むことで離れたり、別の色が近づいたりします。作品の構成が、使い方によって変わることを想像できます。抽象的な形を固定された図柄としてだけ捉えない見方につながります。

ソニア自身は、この仕事を自分の抽象的な制作の初期の重要な経験として捉えました。ただし、それを世界で最初の抽象作品という断定へ広げる必要はありません。抽象美術には複数の出発点があります。ここでは、布を組み合わせる仕事が、ソニアのその後の絵画やデザインへどうつながったかを見ることができます。

踊る身体と電気の光

《バル・ビュリエ》の横長の時間

1913年の《バル・ビュリエ》は、パリのダンスの場を題材にしています。幅は3.9メートルありますが、高さは約1メートルです。横長の画面では、鑑賞者の目が左右へ移動し、踊る身体や光の形が連続して現れます。

最初は色の広がりが強く感じられ、人物の位置が読み取りにくいかもしれません。それでも腕や腰の形を追うと、ダンスをする身体が見えてきます。人物を特定した後、また色と曲線へ注意を戻すと、身体の動きが抽象的な構成と切り離せないことが分かります。色が背景になり、人物が前にいるという単純な関係には収まりません。

画面の人物を、複数のカップルとして読むことも、一組の身体が異なる瞬間に現れるように感じることもできます。どちらか一つの場面へ確定する前に、どの輪郭がつながって見えるかを観察してみましょう。静止した一枚の絵が、身体の運動や時間を含んでいることに気づけます。

衣服を着て、同じ場へ出る

ソニアは、同時的な色彩を用いた衣服も制作しました。絵の中で踊る身体と、実際に色を身につけて踊る身体が関わります。作品をつくる場所と、それを見せる場、生活する場が近づいていきます。

衣服の色は、平らな図柄として固定されません。着る人が振り向くと、前に見えていた色が隠れ、袖や背中の色が現れます。照明を受ける角度も変わります。色の対比を、身体の動きとともに考える必要があります。絵画の色面を外へ広げることが、新しい条件を持つ制作になります。

ダンスという題材には、音楽と身体、見る人と踊る人、人工照明と衣服の色が一緒に存在します。同時性は、これらを一つの同じものへ溶かすことではなく、異なる要素が互いに作用する経験として考えられます。絵画と服飾を往復するソニアの関心が、この場で具体的になります。

《電気のプリズム》の大きな色面

1914年の《電気のプリズム》では、電気照明による色の経験が大画面へ展開します。一辺2.5メートルの正方形の中で、円形の構成が広がります。街灯や電球をそのまま描いて説明するより、光を見るときに生じる色の変化を画面で組み立てています。

円の輪を追っていると、隣の色に目が引かれ、別の方向へ移動することがあります。一つの安定した中心があるかどうかを確認することも、鑑賞の手がかりです。円形の輪郭と、内部の色の分割が一致しない場所では、視線が複数の道筋を持ちます。画面は静止していますが、目の動きによって時間が生まれます。

文字の入る部分にも注意を向けてみましょう。円と色だけの世界に見える作品に、本や詩とのつながりが残っています。抽象的な絵画を、言葉や都市の経験から完全に切り離す必要はありません。色の自律した構成と、具体的な制作環境が同じ作品の中に存在します。

サンドラールとの本――読むことと見ること

蛇腹を開くと、作品の尺度が変わる

1913年の《シベリア鉄道とフランスの小さなジャンヌの散文》は、詩人ブレーズ・サンドラールとソニアによる共同の仕事です。サンドラールの文章と、ソニアの色彩が組み合わされます。蛇腹式の本を開くと、約2メートルの縦長の紙面が現れます。

閉じた本は手元で扱える大きさですが、開いた状態では、絵画に近い尺度になります。読む人は、順に折りを開いて文章を追うことも、全体を広げて色と文字の配置を一度に見ることもできます。本という媒体が持つ順序と、画面を見るときの同時性が、一つの物で出会います。

文字は右側にあり、ソニアの幾何学的な色彩が左側を流れます。ただし、文章と絵が完全に別々の領域に閉じているわけではありません。余白や文字の周囲にも色が働き、読む場所の印象を変えます。挿絵が文章の内容を具体的に説明するという関係とは異なり、文字と色が並行して経験をつくっています。

旅の主題と、読む時間

詩は鉄道の旅を題材にしますが、単純な実際の旅行記として扱うことはできません。記憶、想像、時間の飛躍を含む文章です。ソニアの色彩も、各場面を順番に写実的な絵へ置き換えるのではなく、読む時間に別の流れを与えます。

文章を読みながら色に気を取られると、読み進める速度が変わります。色の全体を見た後で文章へ戻ると、同じ紙面が違うまとまりを持ちます。二つの要素のどちらかを主、どちらかを従と決めるより、行き来の中で生まれる経験を見ることができます。

この本では、ポショワールという型紙を用いた彩色も重要です。印刷された文字と、型紙を通して置かれた色、手彩色のカバーが、一冊の物を構成しています。同じ版の本でも個体の情報を確認する必要があります。本記事の作品欄は、MoMA所蔵の一冊の寸法と技法を基準にし、別の所蔵先の記録と混在させていません。

戦争による移動と、仕事を続ける方法

ポルトガルの市場を描く

第一次世界大戦の勃発時、ソニアとロベールはスペインに滞在していました。その後はポルトガルとスペインで暮らし、制作を続けます。パリの人工照明やダンスとは異なる環境の中で、市場や生活の場が題材になりました。

1915年の《ポルトガルの市場》では、鮮やかな色と円形の構成が、生活の場を表す題材と共存しています。商品や人物を探した後、色の配置だけを見てみると、具体的な場面と抽象的な構成が分けられないことが分かります。旅先の風景を記録することと、色の関係を研究することが重なります。

絵具には油彩と蝋が用いられています。画像では色の強さが前に出ますが、実物では材料の違いによる表面も見え方に関わります。光の条件が異なる場所で、描く題材と材料の選択がどう変わるかを考えられます。抽象と具象を相反する段階に分けず、同じ色彩の関心が両方に働くと見ることができます。

マドリードの店と、制作の経済

ロシア革命後、それまでの収入が途絶えたことを背景に、ソニアは制作を販売する仕事へ一層取り組みます。マドリードでは1918年に「カサ・ソニア」を開き、服飾や室内のデザインを扱いました。芸術の構想と、生活を支える仕事が結びついた時期です。

商業的な仕事を、純粋な絵画からの妥協と決めつける必要はありません。一方、すべてを自由な実験として語るだけでも、顧客、材料、制作する人、費用という条件が消えてしまいます。どのような物が求められ、それに対して色と形をどう提案したかを見ると、デザインの具体的な判断が分かります。

室内で使う布や衣服は、美術館での鑑賞とは異なる環境に置かれます。照明が変わり、ほかの家具と並び、身体に触れ、日々使われます。作品が暮らしへ入るという考え方は、抽象的な理想だけでなく、使う物を実際につくる仕事によって試されました。

パリでの服飾とテキスタイル

服に色を移すと、構成の条件が変わる

1921年にフランスへ戻った後、ソニアはパリでテキスタイルと服飾の仕事を広げました。1920年代には制作の工房や自分の店を展開し、1925年の装飾芸術博覧会でも仕事を紹介します。色の研究が、実際の衣服や布の制作と販売へつながりました。

布の図案では、繰り返される模様の単位が重要になります。一枚の絵の中で完結する構成と、長い布に反復される構成は同じではありません。どこで裁断されても形が働くか、模様の向きが変わると印象はどうなるかという問題があります。色の面積と反復の間隔が、素材と用途に応じて判断されます。

衣服では、平らな布を身体へ沿わせます。前面で大きく見えていた色面が、側面や袖では細くなるかもしれません。歩くことで布が揺れると、隣り合う色の関係も変わります。抽象の構成は、身体の上で固定された平面を離れます。その変化まで含めて考えることが、ソニアの服飾を見る鍵です。

デザイン画と、実物の衣服を見分ける

《詩のドレス第688番》のような作品は、紙に描かれたデザインです。水彩やグアッシュ、鉛筆の線から、身体と色面の構想を見られます。しかし、その紙の寸法を実物のドレスの寸法として扱うことはできません。紙上の構成と、布を裁断し縫い合わせた物には、それぞれ違う情報があります。

デザイン画では、構想が明快に示される部分と、実際の素材に任せられる部分があります。服の輪郭があっても、布の重さや透け方、縫い目、着たときの動きは、その図だけでは確定しません。紙にある色彩を鑑賞しつつ、実物をつくるために必要な判断を想像することで、図と物の関係が見えてきます。

また、完成した衣服は作家一人の手だけでつくられるとは限りません。工房での縫製や素材の供給など、複数の仕事が関わります。ソニアの構想と、それを実現する制作の環境を両方考えることができます。独立したデザイナーとしての仕事を認めることは、周囲の労働を見えなくすることとは別です。

小さな付属品まで広がる抽象

1930年頃の《ネクタイ》は、幅6センチの細長い布です。小さな菱形が並び、黒い縁取りが模様を区切ります。大きな抽象絵画と同じように、色と形の関係が働きますが、身につける物としての尺度は大きく違います。

ネクタイを平らに置くと、模様の反復がよく見えます。結ぶと、折れや重なりによって、一部の模様が隠れます。身体の中央で、ほかの衣服の色と隣り合うことにもなります。一つの図案が、使い方と周囲の条件で変わることを具体的に想像できます。大きな画面の研究が、小さな日用品にも別の形で現れています。

詩と舞台、共同制作の広がり

言葉を身につける構想

「詩のドレス」という仕事では、言葉と衣服が近づきます。文字は、紙の上で順に読むものだけではなく、身体に沿って見えるものになります。動く身体に文字が置かれると、見る角度や距離によって、読める部分も変わります。

この関係を、本の挿絵と同じように考えると、衣服ならではの条件が分かりにくくなります。文字を全部読めることが常に優先されるのか、色や形として見えることが重視されるのか。作品ごとの図や資料から考える必要があります。言葉と図柄が、身体を介して別の働きを持ちます。

ダダの舞台と衣装

1923年には、トリスタン・ツァラの劇《ガスの心臓》に関わる衣装を構想しました。《口嬢と目氏》のデザインでは、人物の身体が図形や区分と関わります。登場人物の名前そのものが身体の一部を示し、衣装によって別の姿へ変えられます。

衣装をつくるときには、正面からの形だけでなく、動けるか、回転すると何が見えるか、舞台の距離でどう読めるかが問題になります。抽象的な形は、演者の身体を隠すことも、動きを強調することもできます。紙上のデザインから、舞台で生まれる身体の変化を想像できます。

ソニアはバレエの衣装などの仕事にも関わりました。共同制作には、画家だけでなく、演者、振付家、音楽家、制作する人がいます。美術がほかの芸術を飾るという一方向の関係ではなく、色と形が動きや時間を変え、逆に身体の条件がデザインを変える関係として捉えられます。

大きな絵画と、建築空間の中の色

絵画でも続いた独立した構成

服飾や布の仕事がよく知られるため、ソニアの絵画をその背景に置いてしまうことがあります。しかし、大きな抽象絵画も制作の中心にありました。1938年の《リズム》では、円や幾何学的な色面が、縦長のカンヴァスで組み合わされています。

形が規則的に見える場合でも、色の面積や境界を比べると、単純な模様の反復とは違います。目が同じ形を追って進む一方、別の色に引かれて横へ移ることがあります。構図は、一つの中心へすべてを集めるだけではなく、複数の方向を持ちます。絵画の前で見る時間が、具体的な構成の一部になります。

布での仕事を知った後で絵画を見ると、反復や裁断を思わせる部分に気づくかもしれません。一方で、絵画は身につけたり、折り畳んだりする物とは異なります。つながりを認めながら、媒体ごとの違いを見ることができます。ソニアが複数の素材を使ったことは、すべてを同じ見え方にしたことではありません。

1937年の航空館

1937年のパリ万国博覧会で、ソニアは航空館などの大きな装飾に参加しました。航空館では、プロペラ、航空機のエンジン、計器盤に関わる主題を扱います。ロベールや建築家との共同の環境の中で、ソニア自身が担当した作品の構想がありました。

機械を描くときにも、技術図のように部品を正確に説明するだけではありません。円や方向を示す形、強い色の配置が、動きや速度を思わせます。抽象的な構成と同時代の技術が、同じ大画面で関わります。日常の小さな布の仕事から、大勢が訪れる建築の壁へ、色彩の尺度が変わります。

建築の中では、鑑賞者は作品全体を一つの位置からだけ見るわけではありません。歩き、曲がり、遠くから見た後で近づきます。壁面の色は建物の形や照明とも関わります。大きくすることが、単純な拡大にとどまらず、見る身体と空間の関係を変えることだと分かります。

戦後から晩年――制作と記録を続ける

ロベールの死後も続いた仕事

1941年にロベールが亡くなった後、ソニアは自分の制作を続けながら、ロベールの作品を紹介し、保存する仕事にも関わりました。その二つを混同しないことが大切です。過去の共同の活動を残すことと、新しい作品をつくることが並行していました。

戦後の制作では、幾何学的な形や色の関係が再び考え直されます。長い活動の中で使ってきた形があっても、それを同じ意味の繰り返しとしてだけ見る必要はありません。素材が変わり、構成が変わり、展示の環境が変わることで、以前の形も別の働きを持ちます。晩年の作品を、初期の付け足しとして扱わずに見ることができます。

版画、モザイク、タペストリーなどへ広がる仕事も、媒体ごとの判断を含みます。印刷の色、織りの表面、壁面の尺度は、それぞれ違います。ひとつの原図が複数の形で実現される場合には、構想の年と、実際の制作の年を区別することも必要になります。多様な制作の豊かさを、作品情報の正確さとともに捉えられます。

《シンコペ》から見る晩年のリズム

1971年の《シンコペ》はリトグラフです。音楽を思わせる題名を手がかりに、形の反復と間隔の変化を見られます。ただし、具体的な音楽を図解した作品と断定する必要はありません。紙の上で、目がどのような順序を選ぶかが、鑑賞の出発点になります。

同じような形があると、目は次にも同じ関係を期待します。その予想と異なる色や間隔が現れると、見る速度が変わります。リズムという言葉を、一定の拍子に限らず、繰り返しと変化の両方を含むものとして考えられます。初期のダンスや電気の光とは異なる作品でも、見る時間への関心が続いていると感じられます。

寄贈と評価の広がり

1964年には、ソニアとシャルルによる作品の寄贈に関わる展示がルーヴルで行われました。ソニア自身の作品と、ロベールの制作が公開されます。その後も、展覧会や資料の保存を通じて、二人の活動が広く紹介されました。

ソニアの仕事は長くロベールとの関係から語られることが多く、独立した制作の評価も重要な問題になりました。今日では、絵画と服飾を別々に評価するだけでなく、その往復や、素材を扱う判断、制作と販売を結ぶ活動まで研究されています。多様な仕事をしたことを、中心のない活動と見るのではなく、同じ色彩の問題を異なる条件で考えた歩みとして見ることができます。

1979年にパリで亡くなるまで、ソニアは長い制作を続けました。現存する絵画、衣服、紙の作品、写真、資料は、それぞれ異なる側面を伝えます。一つの代表作だけで理解するより、複数の媒体を比べることが、この作家の仕事に近づく方法になります。

主要作品

初期の人物表現から、色の研究を広げた制作まで、12点を紹介します。題名だけでなく、形の境界、色の面積、素材、実物の尺度を比べながら見てみましょう。

若いフィンランド女性

Jeune Finlandaise / 1907年 / 油彩、カンヴァス / 80 × 64 cm

ポンピドゥー・センター/国立近代美術館

正面を向く人物の形が強く示され、背景と肌の色が大きな関係をつくります。自然な肌色かどうかより、顔や身体の色が周囲からどう浮かび上がるかを見てみましょう。輪郭の明確さと、色の大胆さは、後の抽象的な制作へ進む以前から存在しています。ロベールと結婚する前の作品として、ソニア自身の初期の判断を考える手がかりにもなります。

所蔵館の作品情報 ↗

フィロメーヌ

Philomène / 1907年 / 油彩、カンヴァス / 92 × 54.5 cm

ポンピドゥー・センター/国立近代美術館

人物と周囲の模様を、異なる種類の形として見比べられます。顔を読むと肖像としての存在感があり、背景の配置を追うと画面全体が色と模様の関係になります。人物以外を背景として一括りにせず、衣服や周囲の形にも注意を向けてください。同題の習作も所蔵されていますが、ここで紹介するのは作品番号AM 1976-947の油彩です。習作の寸法を本作へ移さないよう区別しています。

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ゆりかごの掛け布

Couverture de berceau / 1911年(所蔵館の推定年記) / 布片をカンヴァスに縫い付け / 111 × 82 cm

ポンピドゥー・センター/国立近代美術館

息子シャルルのためにつくられた布の作品です。絵具で色面を描く代わりに、異なる布の形を縫い合わせています。色の隣接とともに、縫い目や素材の違いにも目を向けてください。使うためにつくられた物が、後に額装されて鑑賞される作品になるという履歴も重要です。家庭の仕事を絵画の周辺に置かず、そこから抽象的な構成が生まれる可能性を考えられます。

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バル・ビュリエ

Le Bal Bullier / 1913年 / 油彩、マットレス用の布 / 97 × 390 cm

ポンピドゥー・センター/国立近代美術館

ダンスの身体と照明の光が、横に長い画面で連続します。踊る人物の輪郭を見つけた後、曲線や色が次の形へどう移るかを追ってみてください。幅3.9メートルの画面では、一度に全部を見ることと、部分を順に見ることが異なる経験になります。所蔵館はマットレス用の布を支持体として記録しています。ダンス、衣服、日常の素材が絵画の中で関わる作品です。

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シベリア鉄道とフランスの小さなジャンヌの散文

La Prose du Transsibérien et de la Petite Jehanne de France / 1913年 / 蛇腹式の本。ポショワール、活版印刷、色インク・鉛筆による書き込み、手彩色の羊皮紙カバー / 展開した紙面196.9 × 35.6 cm/閉じた全体18.4 × 10.5 × 1.6 cm

ニューヨーク近代美術館(MoMA)

ブレーズ・サンドラールの詩とソニアの色彩が組み合わされた本です。折り畳むと手元で扱う物になり、開くと約2メートルの縦長の紙面が現れます。文章を順に読む時間と、広がる色を一度に見る経験が重なります。詩は旅を題材としますが、事実の旅行記として単純に扱うことはできません。ここで記載した寸法と技法は、MoMAが所蔵する一冊の情報に基づきます。

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電気のプリズム(同時的な色彩)

Prismes électriques (couleurs simultanées) / 1914年 / 油彩、カンヴァス / 250 × 250 cm

ポンピドゥー・センター/国立近代美術館

大きな円形の色の構成が、正方形の画面を広く占めます。電気照明による色の変化を出発点にしながら、電球や街路をそのまま説明する絵にはなっていません。色の輪の連なりと、途中で方向が切り替わる部分を比べてください。実物は一辺2.5メートルあり、色の配置が身体に対して大きな尺度を持ちます。画面に入る文字の部分は、サンドラールとの本の仕事とも関わっています。

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ポルトガルの市場

Portuguese Market / 1915年 / 油彩・蝋、カンヴァス / 90.5 × 90.5 cm

ニューヨーク近代美術館(MoMA)

市場を題材にした作品です。商品や人物を探す視線と、彩度の高い色を追う視線が交差します。円や面の組み合わせを抽象的な模様として眺めた後、題名が示す生活の場を思い浮かべると、両者が離れずに存在していることに気づきます。油彩と蝋による表面も作品の要素です。同時的な色彩の研究が、パリの人工照明からポルトガルの市場へ展開する過程を考えられます。

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詩のドレス第688番(デザイン画)

Robe Poeme No. 688 / 1922年 / 水彩、グアッシュ、鉛筆、紙 / 31.2 × 23.8 cm

ニューヨーク近代美術館(MoMA)

衣服を考えるための紙の作品です。人物の姿と色の配置を、身体が動くことを前提とした構成として見られます。絵画の色面をそのまま服へ貼ると考えるより、身体の曲がりや縦の伸びが形をどう変えるかを想像してみてください。「詩のドレス」という題名は、言葉と装う身体との関係にも視線を向けます。ここに記載する技法と寸法は、実物の衣服ではなくデザイン画のものです。

所蔵館の作品情報 ↗

作品を楽しむための見方

形を追った後、色のつながりを見る

まず円、直線、人物の輪郭などを追って、形のまとまりを確認してみましょう。次に、同じ色がどこにあるかを探します。形の道筋と色の道筋が一致しないと、目は異なる順序で画面を移動します。色彩を鮮やかという一言で捉えず、具体的な働きとして見られます。

赤が強く見えるなら、その赤がどれほどの面積を占め、何色と接しているかを確かめてください。小さくても注意を引く部分と、大きく広がる部分では違う働きがあります。境界が黒い線で区切られているかどうかも、色のまとまりを変えます。画面全体の印象を、部分の関係から考えられます。

素材と、使われる状態を想像する

掛け布、ドレス、本、絵画を、すべて平らな画像として並べると、媒体の違いが弱まります。掛け布なら身体を覆う、服なら歩く、本なら折りを開くという行為を想像してみましょう。その行為によって、色の配置の見え方も変わります。

縫い目、紙の折り目、印刷の余白、絵具の表面は、作品を支える具体的な要素です。色だけを見た後で、何に色が置かれているかを見ると、構成が一層具体的になります。同じ図柄が使われていても、異なる素材の作品を一つの同じ物として扱わないことが大切です。

図案と実物、初期と晩年を比較する

デザイン画と完成した物を比較できる場合、何がそのまま実現され、どこが変わったかを見ます。完成品の方が常に上位ということではありません。紙の作品は構想を示す独立した画面としても見られます。用途と鑑賞の両方があることを意識すると、評価の幅が広がります。

初期の《ゆりかごの掛け布》と晩年の版画を並べると、色面の関係という共通点があります。しかし、縫い合わせた布と印刷された紙では、境界や表面の質が違います。続いている問題と、変わった条件を両方見ると、長い制作の中の変化が分かります。

関連する作家と比べる

ロベール・ドローネー

二人の作品は、色の対比や円形の構成を共有します。そのうえで、個々の作品が何を媒体にし、鑑賞者にどのような経験を求めるかを比較できます。ロベールの《窓》とソニアの蛇腹式の本では、目を動かすことと、物を開いて扱うことの違いがあります。共通点を確認した後、作品ごとの条件へ進む見方が有効です。

マティスと、初期の人物画

初期のソニアの人物画を見ると、自然な色の再現を越えて、色彩が顔や背景の関係をつくります。マティスの作品と比べるなら、使った色が似ているかだけでなく、輪郭、背景の模様、身体の量感がどう働くかを見てみましょう。影響という言葉で説明を終えず、ソニアの具体的な選択を見ることができます。

アルバースや、織物を扱う作家

色を周囲との関係で考える仕事や、織物と抽象を結ぶ制作とも比較できます。ただし、後の作家をすべてソニアからの直接の影響として扱う必要はありません。色が素材によってどう変わるか、反復する図柄をどう構成するか、工房と個人の仕事がどう関わるかという共通の問いから比較できます。

よくある疑問

ソニアは画家ですか、デザイナーですか

どちらの役割も持つ作家です。絵画を中心に置いてほかを周辺とする見方や、服飾だけで説明する見方では、仕事のつながりが弱まります。作品ごとの媒体と目的を確認し、その間で色の問題がどう移動するかを見ると、活動の全体が分かります。

《ゆりかごの掛け布》は抽象絵画ですか

布片を縫い合わせたテキスタイル作品です。抽象的な構成を持ち、ソニアの制作史で重要な位置にありますが、技法を油彩と記載することはできません。絵画との共通点と、使う物としての履歴を両方考えられます。

作品の模様には、決まった象徴がありますか

どの円も太陽、どの色も特定の感情という固定した読み方は必要ありません。題名や資料を手がかりにしつつ、形の位置、色の面積、素材を確認してください。特に衣服や本では、見るだけでなく、使う状態によって関係が変わることも重要です。

ロベールの作品と見分けにくい場合はどうしますか

色や図形の印象だけで作者を推測せず、所蔵館の作者名、題名、年、作品番号を確認します。同題の《リズム》もあり、媒体の違いや別作品の寸法が混ざりやすい作家です。共同制作については、資料が示す担当や作者名を基準にできます。

服や本の色を、画像だけで正確に見られますか

画像は構成を知る助けになりますが、素材の表面、尺度、折れ、動きまでは十分に伝わりません。本の展開状態と閉じた状態、衣服の図案と着用写真など、異なる記録を比較できます。画像の色がそのまま実物の色であると決めず、素材と表示の条件も考えることが大切です。

略年譜

1885
現在のウクライナにあたる地域に生まれます。当時はロシア帝国領でした。
幼少期
サンクトペテルブルクの叔父のもとで育ちます。
1900年代前半
ドイツのカールスルーエで美術を学びます。
1900年代半ば
パリへ移り、同時代の絵画に接します。
1907
《若いフィンランド女性》《フィロメーヌ》などの人物画を制作します。
1908
ヴィルヘルム・ウーデと結婚します。
1910
ウーデとの離婚を経て、ロベール・ドローネーと結婚します。
1911
息子シャルルが生まれ、ゆりかごのための掛け布を制作します。
1913
《バル・ビュリエ》を制作。サンドラールと蛇腹式の本を制作します。
1914
《電気のプリズム》を制作。戦争の勃発後はイベリア半島で暮らします。
1915
ポルトガルの市場を題材にした制作を展開します。
1918
マドリードでカサ・ソニアを開き、服飾や室内のデザインを扱います。
1921
フランスへ戻ります。
1920年代
詩のドレス、舞台衣装、テキスタイルと服飾の仕事を展開します。
1937
パリ万国博覧会の大きな装飾に参加します。
1941
ロベールが亡くなります。その後も自身の制作と、作品を紹介・保存する仕事を続けます。
1964
寄贈に関わる作品展示がルーヴルで行われます。
1970年代
版画や日用品の制作など、複数の媒体で活動します。
1979
パリで亡くなります。

色が、暮らしと身体に出会う場所

ソニア・ドローネーの制作では、抽象的な構成と日常の素材が出会います。掛け布は使う身体と関わり、衣服は動きによって色の関係を変え、本は開くことによって尺度を変えます。絵画でも、視線が移る時間が構成の中にあります。媒体が変わるたびに、同じ色彩の問題が新しい条件で考え直されました。

作品を見たとき、鮮やかな色に目を向けた後で、その色が何に置かれ、どのように見られたり使われたりしたかを確かめてみてください。絵画とデザイン、見ることと暮らすことを結ぶ具体的な判断が見えてきます。そこに、ソニア自身の長い制作の豊かさがあります。

参考資料・出典

生涯と制作史は美術館・研究機関の公開資料を参照し、作品の年記、技法、寸法、所蔵情報は各作品ページを基準にしました。作品の日本語題名には異訳があるため原題を併記しています。本文での画面構成や鑑賞についての記述には、これらの資料を踏まえた本記事の解釈も含みます。

資料確認日:2026年10月3日 / ART LIBRARY