Art Library

Sherrie Levine

シェリー・レヴィーン

アメリカ / 1947– / ピクチャーズ・ジェネレーション/アプロプリエーション・アート/ポストモダニズム

Sherrie Levine, After Russell Lee: 1-60 (Smarthistory)
Sherrie Levine Pie Town (David Zwirner)
シェリー・レヴィーン《泉(ブッダ)》1996年 (The Broad)
The Case for Copying | The Art Assignment | PBS Digital Studios

シェリー・レヴィーン(Sherrie Levine、1947–)は、1970年代末以降の現代美術において、「作品は誰のものなのか」「何をもってオリジナルと呼ぶのか」という問いをもっとも徹底して扱ってきたアメリカの美術家の一人です。1981年の《After Walker Evans》では、Walker Evansが1930年代に撮影した写真を、展覧会カタログに印刷された複製からもう一度撮影し、自分の作品として提示しました。新しい被写体を探すことも、元写真へ大きな加工を加えることもありません。それでも作者名、展示場所、制作年代が変わるだけで、同じように見える像の意味は根本的に変化します。レヴィーンの仕事は、このわずかな差から始まります。

そのため、彼女の作品はしばしば「盗用」や「コピー」という言葉で説明されます。しかし、それだけでは不十分です。レヴィーンが扱っているのは、単に他人の作品を自分の名前で発表する挑発ではありません。近代美術が長く重視してきた「唯一の作者」「唯一の原作」「作家固有の表現」「独創性」という価値が、複製技術、美術館、画集、市場、批評、美術史によってどのように支えられているかを露出させます。Whitney Museumは《After Walker Evans》について、モダン・アートにおける真正性、唯一性、独創性の価値を揺さぶると同時に、男性中心の美術史的権威にも介入した作品として位置づけています。

一方、レヴィーンを「男性作家の権威を奪うフェミニスト作家」とだけ整理するのも狭すぎます。確かにWalker Evans、Edward Weston、Kazimir Malevich、Egon Schiele、Marcel Duchamp、Man Ray、Piet Mondrian、Ad Reinhardt、Alfred Stieglitzなど、西洋美術史の男性作家を繰り返し取り上げてきました。しかし作品には攻撃だけでなく、敬意、魅了、哀惜、欲望も含まれます。彼女は美術史を外部から破壊しようとするのではなく、自分が愛し、学び、すでに影響を受けている作品の内部へ入り込み、そこで「自分の作品」と「他人の作品」の境界を曖昧にします。

1970年代末から1980年代初頭にかけて、レヴィーンはCindy Sherman、Richard Prince、Robert Longo、Louise Lawlerらとともに、後に「Pictures Generation」と呼ばれる文脈で語られるようになります。ただし方法はそれぞれ異なります。Princeが広告写真を再撮影し、Shermanが存在しない映画のような像を自ら演じたのに対し、レヴィーンは美術史そのものを複製の対象にしました。写真集、画集、印刷物を通して私たちが名作を知るという現実を利用し、原作ではなく「原作の複製」をさらに複製します。

レヴィーンの重要性は、写真だけにとどまりません。1980年代半ばにはMalevichやSchieleを水彩で写し、抽象絵画の形式を小さな木板へ移し、合板の節だけを金色に塗る《Knot Paintings》を制作します。1990年代にはMan Rayの絵画に描かれたビリヤード台を立体化し、Duchampの《Fountain》を磨かれたブロンズへ変換し、Brancusiを思わせる《Newborn》をガラスで再制作します。2000年代には黒い鏡、頭蓋骨、近代彫刻の形態を繰り返し、2010年代以降はStieglitz、Reinhardt、Mondrianの形式を再び取り上げています。

ここで一貫しているのは、「コピー」と「差異」が同時に存在することです。レヴィーンの作品は元作品に似ているからこそ差が見えます。写真がブロンズになり、絵画が立体になり、カラーがモノクロになり、木目が絵画になり、既製品が展示物になる。その差は時に非常に小さいのですが、媒体、サイズ、作者名、価格、展示制度、歴史的文脈が変われば、作品を見る経験も変化します。彼女の制作は、完全なオリジナルと完全なコピーという二項対立の間にある、曖昧な領域を長く探究してきたといえます。

CONTENTS

  1. 生涯と制作の変遷
  2. ウィスコンシンからニューヨークへ
  3. 《Shoe Sale》――既製品から始める
  4. 1979年――雑誌の切り抜きと権力の肖像
  5. ピクチャーズ・ジェネレーションの中で
  6. 再撮影――写真を撮らずに写真を作る
  7. 《After Walker Evans》――同じ像は同じ作品なのか
  8. フェミニズム――男性中心の美術史をどう扱ったか
  9. Louise Lawlerとの《A Picture Is No Substitute for Anything》
  10. シェリー・レヴィーンの作品をどう見るか
  11. 主要作品
  12. MalevichとSchiele――引用する対象を美術史へ広げる
  13. 《Knot Paintings》――絵画を「描かない」絵画
  14. 《Large Check》――抽象絵画をゲーム盤へ近づける
  15. 《Krazy Kat》《Ignatz》――漫画とモダニズム
  16. 《La Fortune》――絵の中の物体を立体にする
  17. 《Fountain》――Duchampのレディメイドをブロンズへ
  18. 《Newborn》――Brancusiを思わせる形とガラス
  19. 木、ガラス、ブロンズ――物質性はなぜ重要なのか
  20. 《Black Mirror》――見る者自身を作品へ入れる
  21. Stieglitz――抽象写真をもう一度複製する
  22. 《After Reinhardt》――黒い絵画を再び作る
  23. 2023年《Wood》――既製品へ戻る
  24. Mondrian――2024年の新作へ
  25. 2025年《1977–1988》――初期11年間を再検討する
  26. コピー、複製、反復、差異
  27. 作者性――作品を作ったのは誰か
  28. 美術市場と商品――コピーもまた唯一の作品になる
  29. シェリー・レヴィーンは何を変えたのか
  30. 略年譜
  31. 参考資料・出典

生涯と制作の変遷

1947年、ペンシルヴェニア州ヘイズルトンに生まれる

シェリー・レヴィーンは1947年、Pennsylvania州Hazletonに生まれ、Missouri州St. Louisで育ちました。MoMA、Whitney、David Zwirner、Aspen Art Museumはいずれも1947年生まれのアメリカ人作家として記録しています。

後の作品には美術史の知識が非常に強く現れますが、彼女の関心は単に「有名作品を引用すること」ではありません。美術作品をどのように学び、記憶し、所有するのかという制度全体が主題になります。多くの場合、私たちは原作を見る前に教科書、画集、スライド、ウェブ画像で作品を知っています。レヴィーンはその複製された経験を作品の出発点にしました。

1969–73年、University of Wisconsin–Madison

University of Wisconsin–Madisonで学び、1969年にBFA、1973年にMFAを取得しました。MoMAの資料によれば、その後California州Berkeleyで約2年間過ごし、1975年にNew Yorkへ移ります。

1970年代半ばのNew Yorkでは、Conceptual Art、Minimalism、performance、作家-run spaces、写真、批評が複雑に交差していました。レヴィーンは絵画の作家として一つの様式を作るより、写真、collage、レディメイド、ドローイングを行き来しながら、自分が作品を作る条件そのものを検討します。

1977年、《Shoe Sale》

2025年Aspen Art Museumの初期回顧展は、レヴィーンの実践の起点として《Shoe Sale》(1977)を置きました。店で購入した同一の子ども用黒革靴75足を、New Yorkのstorefront ギャラリーで販売した作品です。

これは後の《After Walker Evans》より4年前の仕事であり、レヴィーンが最初から「写真をコピーする作家」だったわけではないことを示します。Duchampのレディメイドと同じように、すでに作られ、流通している物体を選び、展示・販売の文脈へ移すことで作品化します。違うのは、レディメイドを一つの特別な物体へ変えるだけでなく、75足という商品としての反復性を残した点です。

1977–79年、初期個展

David Zwirnerの略歴によれば、1977年に3 Mercer Street、1978年にHallwalls Contemporary Arts Center、1979年にThe Kitchenで初期個展を開催しました。HallwallsはRobert Longo、Cindy Sherman、Charles CloughらがBuffaloで立ち上げた作家-run spaceであり、Pictures Generation前夜の人的ネットワークともつながります。

1979年、《Fashion Collages》《President Collages》

1979年には雑誌から切り抜いた写真を紙上で再構成するcollageを制作します。MoMA所蔵《Fashion Collage: 7》では、印刷物を切り貼りし、鉛筆を加えています。写真を新たに撮るより、既存の印刷物を選択し、配置する行為へ関心が移っています。

同年の《President Collage: 1》では、女性ファッションモデルの切り抜きを使ってGeorge Washingtonの横顔を構成しました。MoMAは、権力を象徴する大統領像を、消費文化の中で流通する女性像によって作ることで、権力、ジェンダー、消費の関係を可視化したと説明しています。ここではすでに「一つの像の中へ別の像を重ねる」という、後の制作に続く構造が現れています。

1980年頃、再撮影を始める

MoMAの資料では、1980年頃からEliot Porter、Edward Weston、Walker Evansらの写真を、写真集や印刷物の複製から再撮影するようになります。重要なのは原版やオリジナルプリントを撮影したのではなく、すでに複製された像をさらに撮ったことです。

写真はもともと複製可能な媒体です。絵画のように「唯一の原物」があるという考えが弱い一方、写真史では作者が撮影したネガと、そこから作られたプリントに高い価値が与えられてきました。レヴィーンは画集の印刷物へカメラを向けることで、「写真のオリジナルとは何か」という問題を極端な形で提示しました。

1981年、《After Walker Evans》

1981年、Walker EvansがGreat Depression期のアメリカ南部を撮影した写真の複製22点を再撮影し、《After Walker Evans》として発表しました。Whitneyは、この22点が彼女の代表作であり、ポストモダン美術を象徴する作品群の一つになったとしています。

《After Walker Evans: 4》の元になったのは、Alabamaの小作農家の女性Allie Mae Burroughsを撮影したEvansの著名な写真です。レヴィーンはその人物を自分で撮影していません。Evansの写真がカタログへ印刷され、その印刷物をレヴィーンが撮り直し、Sherrie Levine名義の作品になります。

この作品は「誰でもできる」ように見えます。しかし、まさにそこが重要です。近代美術では作者固有の技術や視点が作品価値を支えると考えられてきました。レヴィーンは手技を最小限にし、選択と命名と再提示だけを残すことで、作品価値がどこから発生するのかを問いました。

1981年、Metro Pictures

MoMAの資料は、1981年のMetro Pictures個展を《After Walker Evans》の重要な発表機会として記録しています。Metro PicturesはCindy Sherman、Robert Longo、Richard Princeらを扱い、Pictures Generationの作家たちを1980年代のNew York美術市場へ接続したギャラリーでした。

この時点でレヴィーンの作品は、美術史上の名作に寄生する二次的作品と批判される一方、独創性そのものを疑う新しい作品として高く評価されました。この評価の分裂自体が、作品が触れた問題の核心を示しています。

1981年、Louise Lawlerとの協働

同年、Louise Lawlerと《A Picture Is No Substitute for Anything》というprojectを複数会場で行いました。MoMAにはそのannouncement cardsが残されています。題名は直訳すれば「一枚の絵は何ものの代わりでもない」となり、イメージが何かを完全に代理できるという考えへの疑いを示します。

Lawlerが作品の展示、所有、制度的文脈を問う作家であることを考えると、この協働はレヴィーンの関心とよく重なります。作品単体より、「どこで、誰の名前で、どのように見せられるか」が意味を作ります。

1982–84年、写真から水彩へ

《After Walker Evans》の成功後も、同じ再撮影形式を固定した様式にはしませんでした。1982年以降、画集に掲載されたmodern mastersの作品を水彩や鉛筆で写すようになります。

1984年Nature Morte Galleryの《The 1917 Exhibition》では、Kazimir MalevichとEgon Schieleの作品を参照した40点の紙作品を展示しました。MoMA所蔵作品はいずれも35.6×27.9センチの小さな紙です。ロシア前衛の抽象と、オーストリア表現主義の身体像という異なる系譜を同じformatへ置き、個々の作家の「固有性」を再配置します。

1985–87年、抽象絵画へ

1985年から《Golden Knots》《Broad Stripe Paintings》など、木材と絵具を使う作品を本格化します。Aspen Art Museumは、1985年からchecks、stripes、chevronsを用いる絵画を制作し始めたと整理しています。

ここでは特定の一作品を直接複製しない場合もあります。Mondrian、Minimalism、モダニズム abstractionを連想させる「一般化された抽象」の形式を借り、シリーズとして反復します。個人の内面から生まれるoriginal gestureではなく、美術史ですでに共有された形態の語彙を使います。

1987年、《Large Check》

MoMA所蔵《Large Check》は12点のシリーズで、caseinとwaxをmahogany panelへ塗っています。格子状の構成はMondrianやmodern geometric abstractionを想起させますが、MoMAはpastel colorや単純化された構成によって、heroic モダニズムを装飾、game、repetitionの領域へ引き寄せる作品と説明しています。

ここで重要なのは、「引用元を当てる」ことより、抽象絵画がすでに一つの共有されたlanguageになっていることです。誰もがMondrian的だと感じるgridは、果たして誰の所有物なのでしょうか。

1988年、《Krazy Kat》《Ignatz》

1988年にはGeorge Herrimanの漫画《Krazy Kat》のcharactersを木板へ描く作品を制作しました。Walker Art Center所蔵《Ignatz: 6》などが知られています。

美術史上のmasterpieceだけでなく、漫画という大衆文化へ参照元を広げることで、high art/low artの区分を崩します。同時に、小さな木板へ繰り返し同じcharacterを置くことで、漫画の反復可能性と美術作品の物質性を同時に見せます。

1990年、《La Fortune》

Man Rayが1938年に描いた《La Fortune》に登場する傾いたビリヤード台を、レヴィーンは三次元の物体として作り直しました。Whitneyは、二次元絵画に描かれた不可能なperspectiveの物体へ物理的な存在を与えることで、同じsubjectでも媒体と時代が変われば新しい意味を持つと説明しています。

これは「絵をコピーする」より複雑な翻訳です。平面のillusionを立体へ戻した瞬間、Man Rayが描いた物体とLevineが制作した彫刻は同一ではなくなります。

1991年、《Fountain》

1991年、Marcel Duchampの《Fountain》(1917)を参照したurinalをbronzeで鋳造しました。Walker Art Center所蔵《Fountain (after Marcel Duchamp: A.P.)》は36.8×36.2×63.5センチです。

Duchampのレディメイドは、量産品のurinalを選び、美術制度へ置くことで「手で作ること」と美術作品を切り離しました。Levineはそのレディメイドを手間と費用のかかるbronze 彫刻へ戻します。工業製品だった形は磨かれた彫刻へ変わり、Duchampが揺さぶった「美術品としての価値」が再び強化されるという逆説が生まれます。

1994年、《Black Newborn》と《Fitz》

Walker Art Center所蔵《Black Newborn》はsand-blasted cast glassによる小さな彫刻です。形態はBrancusiの《Newborn》を強く想起させますが、素材、色、作者、制作年代が異なります。Levineは近代彫刻の「純粋な形」を別素材へ翻訳し、original formがどこまで別作品になり得るのかを問います。

同時期の《Fitz: 1–12》では、1920年代のanimated cartoonに登場するFitz the Dogの顔を、cherry wood panelへcaseinで描きました。2023年《Wood》展ではこのシリーズが再提示され、レヴィーンが美術史と大衆文化を同じ方法で扱ってきたことが強調されました。

2001–04年、頭蓋骨と黒い鏡

2000年代にはskull、mirror、glass、bronzeなど、反射と複製に関わる物体を増やします。Walker所蔵《Skull》(2001)、《Black Mirror: 8》(2004)はこの時期の代表例です。

特にblack mirrorは、絵画のように壁へ掛かりながら、像を完全には映しません。鑑賞者は画面の中へ自分の姿をぼんやり見つけます。引用元となる画像がなくても、「見る者」と「作品」の関係自体が複製の問題になります。

2006–10年、Stieglitzへ

Alfred Stieglitzの《Equivalents》を参照する作品では、空を撮影した初期抽象写真をもう一度複製します。2006年《Equivalents (After Stieglitz)》、2010年《Gray and Blue Monochromes after Stieglitz》など、写真から絵画的monochromeへ変換するシリーズを展開しました。

Stieglitzの写真は、被写体を記録する媒体だった写真が抽象表現へ向かう重要な転換点として語られてきました。Levineはその歴史的「転換点」をさらに引用することで、美術史を一直線の進歩として見ることへ疑問を投げかけます。

2011–12年、Whitney《MAYHEM》

2011年11月から2012年1月まで、Whitney Museumで《SHERRIE LEVINE: MAYHEM》が開催されました。《After Walker Evans: 1–22》から《Crystal Skull》まで約30年の制作を横断し、古い作品と新しい作品を年代順ではなく「constellation」のように配置しました。

この展示方法はLevine自身の美術史観と一致します。歴史を直線的な進歩として並べるのではなく、異なる時代の作品を隣接させ、意味が互いに変化するようにします。

2015年以降、David Zwirner

2015年にDavid Zwirnerへ所属し、2016年New Yorkで同ギャラリー初個展を開催しました。その後《Pie Town》(2017)、《After Reinhardt》(2019)、《Hong Kong Dominoes》(2021)などを発表しています。

2019年《After Reinhardt》ではAd Reinhardtのblack 絵画sとの関係を再検討しました。黒い画面は一見同じに見えても、近づけば色差や構造が見える。Levineは「差の見えにくさ」そのものを長く扱ってきたため、Reinhardtは非常に相性のよい参照対象でした。

2023年、《After Stieglitz》《Rectangle Paintings》《Wood》

2023年Paris展では《After Stieglitz: Set A/B》を発表し、Stieglitzの《Equivalents》へ再び戻りました。同展の《Rectangle Paintings: 1–12》は、Navajoの伝統的blanketに見られる幾何学的motifを参照しています。西洋モダニズムが非西洋文化の形態から多くを吸収してきた歴史を、appropriationの問題として逆照射しました。

同時期のNew York《Wood》では、Fitz 絵画sに加え、online auctionなどから得た日本の木製狐像、New Guineaのstone head、wooden scholar figureといった既製物体をそのまま展示しました。1977年《Shoe Sale》から約半世紀を経て、再び「選ぶだけで作品になるのか」というレディメイドの問いへ戻ったことになります。

2024–25年、Mondrianと初期回顧展

2024年制作の《After Piet Mondrian Inverse》は、2025年Frieze New YorkのDavid Zwirner solo boothで新作として紹介されました。Mondrian的な幾何学を引用しながら、色、比率、反転を通して「誰のものでもあるようなモダニズム vocabulary」をもう一度自分の作品へ変換します。

2025年6月から9月にはAspen Art Museumで《Sherrie Levine: 1977–1988》が開催されました。Whitneyの《MAYHEM》以来、アメリカでは久しぶりの大規模美術館 presentationで、最初の11年間に焦点を絞り、《Shoe Sale》《President Collages》《After Walker Evans》《Knot Paintings》などを再検討しました。現在のLevineを理解するために、写真だけではなくレディメイド、collage、絵画が初期から並行していたことを示す重要な展覧会です。

ウィスコンシンからニューヨークへ

レヴィーンは1960年代末から70年代初頭にformal art educationを受けましたが、New Yorkへ移った1975年は、従来の絵画や彫刻を中心とする美術観が大きく変化していた時期でした。作品は物体でなくてもよく、写真や文章、instruction、performanceも美術になり得るという前提がすでに存在していました。

彼女が行ったのは、その自由を「何でも作れる」という方向へ使うことではありません。むしろ「すでに誰かが作ったものしかないのではないか」という逆の問題へ向かいました。新しい形を発明することより、既存の文化との関係をどう扱うかが制作になります。

《Shoe Sale》――既製品から始める

《Shoe Sale》を起点にすると、Levineのcareerは非常に一貫して見えます。75足の同じchildren’s shoesは、一足一足は大量生産品です。それをギャラリーで販売することで、shoeはcommodityであると同時にartworkへ接近します。

この作品では作家’s handがほとんどありません。しかし「どの商品を選ぶか」「何足並べるか」「どこで売るか」というdecisionが作品になります。後のAfter Walker Evansも同じです。大きく作り変える代わりに、選択と文脈変更を最小限のgestureとして使います。

1979年――雑誌の切り抜きと権力の肖像

Fashion CollagesとPresident Collagesは、Levineのappropriationが最初からart 歴史だけに向いていなかったことを示します。雑誌のfashion イメージやmass printも重要な参照元でした。

President Collageではfashion modelの身体がWashingtonのprofileを作ります。男性政治家のpublic authorityと、女性身体を商品化するmagazine cultureが一つのsurfaceに重なります。どちらも「人物のイメージ」を社会へ大量に流通させるsystemです。

ピクチャーズ・ジェネレーションの中で

Pictures Generationという呼称は、1977年Artists Spaceの《Pictures》展とDouglas Crimpの批評を出発点に、1970年代末から80年代初頭のNew Yorkの作家群を後からまとめたものです。Levine自身は1977年展の5人には含まれていませんが、同時代のイメージ critiqueをもっとも徹底した作家の一人として、この文脈の中心に位置づけられました。

Sherman、Prince、Kruger、Lawler、Levineは同じstyleを持ちません。共通するのは、作家が世界を初めて見るのではなく、television、advertising、film、art 歴史などのイメージsをすでに通して世界を見るという認識です。

Levineの場合、その問題を美術館 canonそのものへ向けたことが特徴です。mass mediaだけでなく、美術史もまたイメージsを選び、複製し、権威を与えるmedia systemとして扱われます。

再撮影――写真を撮らずに写真を作る

re写真は、すでに存在する写真をcameraで再び撮る行為です。技術的には極端に単純です。しかし作者性の構造を大きく変えます。

Walker Evansがcameraを向けた時には、subject、lighting、moment、frameを選ぶ判断がありました。Levineが画集へcameraを向ける時、元写真の構図はすでに決まっています。残るのは「このイメージを選ぶ」というdecisionです。

それによって、写真におけるcreativityを撮影技術からselection、context、作者性へ移しました。写真史上のmasterpieceを撮り直すことは、その価値を否定するというより、なぜそれがmasterpieceとして記憶されているのかを問う行為になります。

《After Walker Evans》――同じ像は同じ作品なのか

After Walker Evansを画面だけで見ると、Evansの写真とほぼ同じです。しかし物体としては異なります。negative、紙、print date、作者名、署名、edition、展示歴、市場 valueが違います。

この差こそ作品です。美術史で「同じイメージ」と「同じwork」は同義ではありません。Mona LisaのposterとLouvreの絵画は同じイメージを持っていても、同じ物体として扱われません。Levineは写真でも同じ制度的な差が存在することを露出しました。

さらに、Evans自身の写真も「純粋な現実」ではありません。1930年代のFSA project、撮影者の選択、publication、後世のcanonizationを経て、Great Depressionを象徴するイメージになっています。Levineはその歴史的層の上へ自分の作者名を重ねます。

フェミニズム――男性中心の美術史をどう扱ったか

Levineの1980年代作品は、フェミニズム art criticismにとって重要な対象となりました。Western art 歴史では「独創的な天才」という作者像が長く男性を中心に形成されてきたため、女性作家がそのcanonical male 作家sの作品を自分名義で再提示することは、権威のgender structureを露出させます。

WhitneyもAfter Walker Evansを、patriarchal canonのauthorityをsubvertする仕事として説明しています。一方で、Levineの作品を「男性から作品を奪う復讐」とだけ読むと単純すぎます。彼女は参照元 作家sを嫌っているから引用するのではなく、しばしば強い関心やaffectionを持つからこそ戻ります。

したがってLevineのフェミニズムは、「女性の新しいイメージを提示する」より、誰が独創性を所有できるとされてきたかという制度的な問いに近いものです。

Louise Lawlerとの《A Picture Is No Substitute for Anything》

Louise Lawlerとの共同projectは、イメージを単独の物体として考えない二人の共通点を示します。Lawlerは他人の作品がcollectorの家、美術館 storage、auction、ギャラリーでどう見えるかを撮影し、Levineは他人の作品が自分名義へ移ったとき何が起こるかを示しました。

「pictureは何ものの代わりでもない」という題名は、representationを代理物として安易に扱うことへの警戒でもあります。イメージは現実そのものでも、元作品そのものでもありません。複製されるたびに別のcontextを持ちます。

シェリー・レヴィーンの作品をどう見るか

第一に、元になった作品や物体を確認します。ただし「元ネタ探し」で終わらせないことが重要です。Walker Evans、Duchamp、Man Ray、Brancusi、Stieglitz、Mondrianなど参照元が分かったら、次に何が変わったかを見ます。

第二に、媒体の変更を見ます。写真が写真のまま再撮影されたのか、絵画が彫刻になったのか、陶器がbronzeになったのか、空の写真がpainted panelになったのか。Levineでは媒体 changeが意味を大きく変えます。

第三に、作品が置かれている制度を見る必要があります。美術館に収蔵され、作家名が付され、editionとprovenanceを持つことで、「コピー」も唯一性と市場 valueを獲得します。この矛盾は失敗ではなく作品の中心です。

最後に、作品の物質的な美しさも無視しない方がよいでしょう。bronze Fountain、cast glass Newborn、polished mirror、wood grainは非常にsensualです。Levineはconceptだけの作家ではなく、見ることと触れたいと思う欲望を利用します。批判と魅了が同時に存在します。

主要作品

1977年の《Shoe Sale》から、1979年のcollage、《After Walker Evans》、Malevich/Schiele、抽象絵画、漫画、Man Ray、Duchamp、Brancusi、black mirror、そして2023年の《After Stieglitz》まで、Levineが「すでにあるもの」を写真・絵画・彫刻・既製品へ横断的に変換してきた流れが分かる12点を選びました。

靴のセール

Shoe Sale / 1977 / 黒革の子ども用既製靴 / 1足 17.8 × 7.6 × 7.6 cm

Marc Freidus and Sandra Gilbert Freidus Collection, New York

同一の市販children’s shoes 75足をstorefront galleryで販売した初期作品。Aspen Art Museumの2025年初期回顧展は本作をLevineの実践の出発点に置いています。写真の再撮影以前から、既製品を選び、展示・販売の文脈を変えることで作品化するreadymadeの問題に取り組んでいたことを示します。

所蔵館の作品情報 ↗

ファッション・コラージュ:7

Fashion Collage: 7 / 1979 / 印刷物の切り貼り、鉛筆・紙 / 61 × 45.7 cm

The Museum of Modern Art, New York

雑誌などのmass-produced imageryを切り取り、再配置した初期collage。新しい写真を撮るのではなく、既存の印刷物を選択・編集すること自体を制作へ変えました。後のAfter Walker Evansへつながる「すでに流通している像を材料にする」姿勢が明確に現れています。

所蔵館の作品情報 ↗

プレジデント・コラージュ:1

President Collage: 1 / 1979 / 印刷物の切り貼り・紙 / 61 × 45.7 cm

The Museum of Modern Art, New York

女性fashion modelの切り抜きを組み合わせ、quarter coinで知られるGeorge Washingtonの横顔を構成した作品。MoMAは、政治的powerを象徴する男性像と、消費文化で流通する女性身体のimageを重ねることで、権力、gender、consumptionの関係を可視化したと説明しています。

所蔵館の作品情報 ↗

ウォーカー・エヴァンスによる:4

After Walker Evans: 4 / 1981 / ゼラチン・シルバー・プリント / シート 25.4 × 20.3 cm/画像 24 × 18.9 cm

Whitney Museum of American Art, New York

Walker EvansがAlabamaの小作農家の女性Allie Mae Burroughsを撮影した著名な写真を、展覧会catalogueのreproductionから再撮影した《After Walker Evans》22点の一作。Levineの代表作であり、作者性、originality、photographic copy、男性中心のcanonをめぐる議論の中心となりました。

所蔵館の作品情報 ↗

無題(マレーヴィチとシーレによる)

Untitled (After Malevich and Schiele), from the 1917 exhibition, Nature Morte Gallery, New York / 1984 / 鉛筆、水彩・紙 / 35.6 × 27.9 cm

The Museum of Modern Art, New York

Kazimir MalevichとEgon Schieleの作品を画集の複製から小さな紙作品へ写した《The 1917 Exhibition》seriesの一作。抽象とfigurative drawingという異なる美術史的系譜を同じformatへ置き、個々の作家の固有性と美術史の分類を再配置しました。

所蔵館の作品情報 ↗

ラージ・チェック:10

Large Check: 10 / 1987 / カゼイン、ワックス・マホガニー / 61 × 50.8 cm

The Museum of Modern Art, New York

12点からなるgeometric painting series。Mondrianなどmodern abstract paintingのgridを想起させながら、pastel colorと単純な反復によって、heroic abstractionを装飾、game、repetitionへ近づけます。特定の一作品をcopyするのではなく、近代抽象の共有されたvisual vocabularyそのものをappropriationしています。

所蔵館の作品情報 ↗

イグナッツ:6

Ignatz: 6 / 1988 / 木、カゼイン / 61 × 50.5 × 2.2 cm

Walker Art Center, Minneapolis

George Herrimanのcomic《Krazy Kat》に登場するIgnatz Mouseをwood panelへ描いた作品。美術史上のmasterpieceだけでなく、反復されるpopular cartoon characterも同じappropriationの対象とし、high art/popular culture、unique object/mass reproductionの境界を揺さぶります。

所蔵館の作品情報 ↗

ラ・フォルチュンヌ(マン・レイによる:3)

La Fortune (after Man Ray: 3) / 1990 / 木、フェルト、樹脂 / 84.5 × 292.1 × 165.7 cm

Walker Art Center, Minneapolis

Man Rayの1938年絵画《La Fortune》に描かれたbilliard tableを三次元化した作品。平面のsurrealistic perspectiveに置かれていた物体を実空間へ移すことで、「同じsubjectを再現する」行為がmedium変更によって必ず差を生むことを示します。

所蔵館の作品情報 ↗

MalevichとSchiele――引用する対象を美術史へ広げる

1984年の《The 1917 Exhibition》では、Kazimir MalevichとEgon Schieleという、一見すると非常に異なる作家を同じ展示構造へ置きました。Malevichは幾何学的抽象、Schieleは身体表現で知られます。Levineは両者の作品を画集などの複製から小さな水彩・鉛筆画へ移し、すべて同じ35.6×27.9センチの紙に収めました。

ここで大きな意味を持つのは、引用された作品そのものだけではなく、違う作家の作品が同じ大きさ、同じ紙、同じ作者名の下へ入ることです。美術史では「Malevichらしさ」「Schieleらしさ」が個々の天才性として語られますが、Levineのシリーズではその差が一度平らにされます。

また展覧会名の「1917」は、Duchampの《Fountain》が発表された年でもあります。Levineは近代美術の複数の転換点を一つの架空的な歴史空間へ重ね、歴史の出来事を年代順の一本線ではなく、後世から組み替えられる関係として扱いました。

《Knot Paintings》――絵画を「描かない」絵画

1985年以降の《Knot Paintings》では、合板そのものの木目と節を作品の構成として利用します。Levineは大きな構図を最初から設計するのではなく、工業製品として切り出された板にすでに存在する節を見つけ、それらへ金色などを加えました。

Aspen Art Museumは、この作品を偶然性への関心と、英語の「knot」と「not」を重ねた「not 絵画」という言葉遊びの両方から説明しています。つまり「描いた絵画」でありながら、「絵画ではない」とも読める構造です。

ここでは他作家の作品を直接コピーしていません。それでも作者性の問題は続いています。木目や節を作ったのは作家ではなく、樹木の成長、製材、工業生産です。Levineが行うのは、それを選び、強調し、絵画として提示することです。

《Large Check》――抽象絵画をゲーム盤へ近づける

1987年の《Large Check》は、Mahoganyの小さなパネルにカゼインとワックスで格子を描く12点のシリーズです。MoMAは、この作品がPiet Mondrianをはじめとする近代抽象絵画の幾何学を思わせながら、パステル調の色や単純な反復によって、それを装飾やゲーム盤のような領域へ移すと説明しています。

モダニズムでは抽象絵画が普遍的な精神性、純粋な視覚、絵画固有の形式などと結びつけられてきました。Levineは同じ格子を小さく、反復的に、やや軽やかに提示し、その崇高さを少しずらします。

しかし、これは抽象絵画を笑うだけの作品ではありません。Mahoganyの木肌、waxの表面、色の組み合わせは丁寧で美しく、鑑賞者は形式そのものへ惹かれます。批判と愛着が同時に存在することが、Levineの作品を単純なパロディから遠ざけています。

《Krazy Kat》《Ignatz》――漫画とモダニズム

George Herrimanの漫画《Krazy Kat》からKrazy KatやIgnatz Mouseを取り出した1988年の木板作品では、Levineは美術史の名作と漫画のキャラクターを同じ方法で扱います。Walker Art Centerには《Ignatz: 6》が所蔵されています。

漫画は複製されることを前提とし、同じキャラクターが何度も描かれます。一方、美術館の絵画は「唯一の原作」が重視されます。Levineが漫画の線を木板へ丁寧に描き直すと、量産される線が一つの美術物体へ変わり、high/lowの境界が揺れます。

また、キャラクターを一枚だけではなくシリーズで反復することで、「同じものが繰り返されるとどこから差が生まれるのか」という彼女の長期的な問いがより明確になります。

《La Fortune》――絵の中の物体を立体にする

1990年の《La Fortune (After Man Ray)》では、Man Rayが1938年に描いた同名絵画に登場するビリヤード台を、実際の三次元物体として制作しました。Whitneyは、この変換によって二次元の表象だったものが物理的な存在を獲得し、同じsubjectが別の時代と媒体で新しい意味を持つと説明しています。

この作品は「複製=同じ見た目を作る」という理解を崩します。Man Rayの絵画にある不可能な角度のtableを現実の空間へ持ち出せば、必ず別の物体になります。忠実に再現しようとするほど、平面と立体の差が露出します。

Levineにとって重要なのは、元作品を完全に再現することではありません。むしろ再現不可能性を利用し、媒体が変わることで生まれるズレを作品にします。

《Fountain》――Duchampのレディメイドをブロンズへ

Marcel Duchampの《Fountain》は、1917年に既製のurinalを選び、向きを変え、署名して美術作品として提示したことで、20世紀美術の象徴的なレディメイドとなりました。Levineは1991年、その形をbronzeで鋳造します。

Walker Art Center所蔵版では、元々安価な工業製品だった形が、重く、磨かれた、伝統的な彫刻素材へ変わっています。Duchampが「作家が手で作らなくてもartになり得る」と示した物体を、Levineは再び職人的な彫刻へ戻します。

その結果、FountainはレディメイドでありながらBrancusiやArpの抽象彫刻のようにも見えます。また、Duchampの作品自体もoriginal 1917 物体が失われ、後世のauthorized replicasを通して知られているため、「原作」をめぐる問題はさらに複雑です。LevineはDuchampの問題を繰り返すだけでなく、Duchamp自身がすでに歴史的canonとなった後に、レディメイドをもう一度商品価値の高い彫刻へ変えました。

《Newborn》――Brancusiを思わせる形とガラス

1994年の《Black Newborn》は、sand-blasted cast glassによる小さな作品です。横たわる滑らかな楕円形はConstantin Brancusiの《Newborn》を想起させますが、黒い半透明のガラスが元作品とは異なる存在感を作ります。

Brancusiは近代彫刻において、物体を極端に単純化した「本質的な形」へ近づけた作家として評価されてきました。Levineは、その「本質的」とされる形そのものがすでに美術史の記号になっていることを利用します。

形を借りても素材が変われば、光の透過、重さ、表面、触覚が変わります。コピーでありながら、身体的な経験は別物です。ここでも概念的な引用と物質的な美しさが同時に働きます。

木、ガラス、ブロンズ――物質性はなぜ重要なのか

Levineは「コピーの作家」と呼ばれるため、作品をideaだけで理解されがちです。しかし1990年代以降の彫刻や木板作品では、素材そのものが非常に重要です。bronzeの重さ、glassの透明度、mahoganyの木目、mirrorの反射は、web画像では十分に伝わりません。

これは興味深い逆説です。彼女は複製されたイメージを使って独創性を疑いながら、完成作品では非常にspecificな物質経験を作ります。つまり「original 物体なんて重要ではない」と言っているのではありません。むしろ、イメージが同じでも物体が違えば経験が変わることを示しています。

この点から見ると、After Walker EvansとFountainは正反対ではありません。前者はほぼ同じイメージを別の写真物体へし、後者は同じ形を別素材へします。どちらも「同じ」と「違う」の境界を操作しています。

《Black Mirror》――見る者自身を作品へ入れる

《Black Mirror》シリーズは、黒く暗いmirrorを壁へ掛ける作品です。通常の鏡ほどはっきり像を返さないため、鑑賞者は自分の姿を見ようとして近づきますが、反射は不鮮明です。

mirrorは古くから絵画におけるrepresentationのmetaphorとして使われてきました。「artは世界を映す鏡」という考えがあります。しかしLevineのblack mirrorは、世界を明瞭に映しません。見ようとする行為そのものが意識されます。

また、美術館 wallに掛けられた黒い矩形はAd Reinhardtのblack 絵画やモダニズム monochromeにも見えます。mirror/絵画、reflection/abstractionの境界が一つの物体で重なります。

Stieglitz――抽象写真をもう一度複製する

Alfred Stieglitzの《Equivalents》は、雲を撮影しながら具体的な場所や物語から離れ、写真がabstractionへ進む重要なシリーズとして美術史に位置づけられています。Levineは2006年以降、このシリーズを繰り返し参照しました。

2023年《After Stieglitz: Set A: 1–6》では、archival giclée printsとしてStieglitzへ戻ります。David Zwirnerは、Levineが美術史の「転換点」とされる作品を好んで取り上げ、モダニズムを絶え間なく前進する歴史として考えることへ疑いを向けると説明しています。

一度「抽象への革新的な転換」とされた作品が後世に反復されると、その革新性は何になるのか。Levineは新しい転換点を作るより、すでに転換点と呼ばれたものを繰り返し、歴史の構造自体を見直します。

《After Reinhardt》――黒い絵画を再び作る

Ad Reinhardtのblack 絵画sは、一見ほぼ完全な黒ですが、長く見ると微妙な色差と十字形の構造が現れます。Levineの2019年《After Reinhardt》は、この「同じに見えるが同じではない」という視覚経験を自分の長年の問題へ接続しました。

Levineの作品もまた、最初はコピーにしか見えません。しかし参照元、素材、date、author nameを知ると差が拡大します。Reinhardtのblack 絵画sは、Levineが扱ってきたrepetition and differenceを極端に視覚化できる参照対象でした。

2023年《Wood》――既製品へ戻る

New Yorkの《Sherrie Levine: Wood》では、1994年《Fitz: 1–12》と、2023年のfound-物体 彫刻sが同じ空間に置かれました。《Fox》は日本のburlwoodによる狐像、《Head》はNew Guineaのceremonial stone mortar head、《Scholar Figure》は木製の人物像です。

これらをLevine自身が彫刻したわけではありません。online auctionなどを通して入手し、ギャラリーで自作として選択・展示しました。約半世紀前の《Shoe Sale》と同じレディメイドの仕組みが戻ります。

しかし1977年と2023年では条件が違います。Levine自身がすでに美術史のcanonへ入っており、彼女が「選んだ」だけで物体の市場的・制度的statusが変わります。若い作家がレディメイドを提示する場合と、著名作家が同じgestureを行う場合のpower differenceも作品の一部になります。

Mondrian――2024年の新作へ

2024年制作《After Piet Mondrian Inverse》は、2025年Frieze New YorkでDavid Zwirnerがsolo presentationとして発表しました。Levineは1980年代からMondrianを直接・間接に参照してきましたが、70代後半になって再びそのgridへ戻っています。

Mondrianの構成は20世紀モダニズムを象徴する一方、現在では家具、fashion、graphic designにも広く引用され、ほとんど公共語彙のように流通しています。Levineがそれを再び絵画にすると、「誰もが知るform」と「個人作家の作品」の境界が改めて問題になります。

2025年《1977–1988》――初期11年間を再検討する

Aspen Art Museumの《Sherrie Levine: 1977–1988》は、2025年6月6日から9月28日まで開催されました。同館は、2011年Whitney《MAYHEM》以来のアメリカにおける重要な美術館 exhibitionと位置づけ、career最初の11年間だけに焦点を絞りました。

最初の《Shoe Sale》からPresident Collages、re写真、After Walker Evans、Malevich/Schiele、Knot Paintings、checks、stripesまでを並べることで、Levineの初期が一つの手法へ収束していなかったことを示しました。

特に重要なのは、《After Walker Evans》だけが孤立した「盗用事件」ではなく、レディメイド、collage、reproduction、abstract 絵画、wood 素材という複数の実験の一部だったことです。Levineのcareer全体を理解する上で、この再構成は大きな意味を持ちます。

コピー、複製、反復、差異

Levine作品の基本は「コピー」ですが、完全な同一性を目指しているわけではありません。むしろコピーすると必ず差が生まれることを利用します。

印刷されたWalker Evansを再撮影すればgrainやcontrastが変わります。Duchampのurinalをbronzeにすればweightとsurfaceが変わります。Stieglitzのcloud 写真を別printとして作ればscaleと紙が変わります。Mondrianのgridを別作者が描けばhistorical positionが変わります。

同じものを作ろうとするほど、何が同じで何が違うかが見えてきます。Levineの作品は「originalなんて存在しない」という単純な結論より、originalとコピーの区別がどのような制度・物質・歴史によって作られるかを見せる仕事です。

作者性――作品を作ったのは誰か

After Walker Evansを見れば、「写真を撮ったのはWalker EvansなのだからEvansの作品だ」と言いたくなります。しかしLevineのprintを美術館が収蔵すると、catalogueにはSherrie Levineの作品として登録されます。参照元 creditとauthor creditが分離します。

この不安定さは、作家が何をしたら作者になるのかという問題を露出させます。camera shutterを押すこと、compositionを考えること、イメージを選ぶこと、printを作ること、titleを付けること、ギャラリーで発表すること。そのどこに作者性が宿るのでしょうか。

Levineは一つの答えを提示しません。むしろ、作者性が自然に存在するものではなく、名前、署名、institution、市場、歴史によって作られることを作品の流通そのもので示します。

美術市場と商品――コピーもまた唯一の作品になる

Levineの作品には一つの強い逆説があります。独創性とuniquenessを批判する作品が、ギャラリーで販売され、美術館に収蔵され、editionやprovenanceを持つvaluable art 物体になります。

これは彼女の批判が市場に「回収されて失敗した」というだけではありません。むしろ市場による価値形成そのものが作品に含まれています。《Shoe Sale》では既製靴をギャラリーで売り、《Fountain》では量産品の形をbronze 彫刻へ変え、After Walker Evansではreproductionをlimited art 写真へ変えます。

コピーであってもSherrie Levineという作者名が付けば、新しい市場 valueが生まれる。その事実は「作者なんて意味がない」のではなく、作者名がどれほど強い経済的装置かを逆に示します。

シェリー・レヴィーンは何を変えたのか

第一に、appropriationを現代美術の中心的な方法へ押し上げました。既存作品を引用すること自体は美術史で古くから行われていましたが、Levineはほとんど変更を加えず、自分の作品として提示することで、引用と作品制作の境界を極端に狭めました。

第二に、「独創性」を作品の条件ではなく、検討すべき制度へ変えました。作家は何もないところから完全に新しいformを生むというモダニズム mythに対し、すべての作品は先行作品、文化、language、イメージsとの関係から作られることを前景化しました。

第三に、美術史そのものを素材にしました。Walker Evans、Malevich、Schiele、Duchamp、Man Ray、Brancusi、Stieglitz、Reinhardt、Mondrianはreferenceであるだけでなく、美術館 canonがどのように作られるかを考える装置です。

第四に、conceptual critiqueと物質的な魅力を両立させました。bronze、glass、wood、mirrorの作品は強く美しく、触覚的です。参照元を知識として理解するだけでなく、物体そのものへ惹かれる経験が残ります。

第五に、フェミニズム critiqueを「女性を描くこと」から作者性の構造へ広げました。男性中心のcanonへ女性作家が入り込み、その作品を自分名義で再制作することで、誰がgeniusと呼ばれ、誰が影響を受ける側とされてきたかを問い直しました。

そして最も重要なのは、Levineが約50年間、「同じものをもう一度作る」ことを単純な反復にしなかったことです。コピーするたびに媒体、date、author、site、市場、歴史が変わります。作品は元作品を消すのではなく、元作品との間に新しい関係を作ります。その小さな差の中に、私たちが美術作品へ与えている価値の仕組みそのものが現れるのです。

略年譜

1947
Pennsylvania州Hazletonに生まれる。St. Louisで育つ。
1969
University of Wisconsin–MadisonでBFA取得。
1973
同大学でMFA取得。その後Berkeley, Californiaで約2年間過ごす。
1975
New Yorkへ移住。
1977
3 Mercer Streetで初期個展。《Shoe Sale》で75足の既製children’s shoesを展示・販売。
1978
Hallwalls Contemporary Arts Center, Buffaloで個展。
1979
The Kitchenで個展。《Fashion Collages》《President Collages》を制作。
1980
Eliot Porter、Edward Weston、Walker Evansらの写真複製を再撮影する実践を開始。
1981
《After Walker Evans: 1–22》を制作し、Metro Picturesで発表。Louise Lawlerと《A Picture Is No Substitute for Anything》を展開。
1982
写真だけでなく、画集のmodern mastersを水彩などで再制作する方法へ拡張。Documenta 7参加。
1984
Nature Morte Gallery《The 1917 Exhibition》でMalevichとSchieleを参照する40点を発表。
1985
《Golden Knots》《Broad Stripe Paintings》など木板・抽象絵画を本格化。Whitney Biennial参加。
1987
《Large Check》シリーズ。《Knot Paintings》を継続。
1988
《Krazy Kat》《Ignatz》シリーズ。Carnegie International参加。
1989
Whitney Biennial参加。
1990
Man Rayの絵画を三次元化する《La Fortune》を制作。
1991
Duchampを参照するbronze《Fountain》を制作。Kunsthalle Zürich、SFMOMAなどで個展。
1993
Philadelphia Museum of Artで個展。
1994
《Black Newborn》《Fitz: 1–12》。Portikus, Frankfurtで個展。
1995
Museum of Contemporary Art, Los Angeles、Menil Collection, Houstonで個展。
1998
São Paulo Biennial参加。
2001
《Skull》。
2004
《Black Mirror》シリーズ。SITE Santa Fe参加。
2006
《Equivalents (After Stieglitz)》でStieglitzを再訪。
2010
《Gray and Blue Monochromes after Stieglitz》。Museum Haus Lange, Krefeldで個展。
2011–2012
Whitney Museumで大規模展《SHERRIE LEVINE: MAYHEM》。
2014
Whitney Biennial参加。
2015
David Zwirnerに所属。
2016
David Zwirner New Yorkで同ギャラリー初個展。
2017
《Pie Town》。Neues Museum Nürnbergで《After All》。
2019
David Zwirner New York《After Reinhardt》。
2021
David Zwirner Hong Kong《Hong Kong Dominoes》。
2023
Parisで《After Stieglitz》《Rectangle Paintings》、New Yorkで《Wood》。found-物体 彫刻sへレディメイドの問題を再展開。
2024
《After Piet Mondrian Inverse》を制作。
2025
Frieze New YorkでDavid ZwirnerがLevineのsolo boothを展開。Aspen Art Museumで《Sherrie Levine: 1977–1988》、初期11年間を再検討。
2026
New Yorkを拠点に活動継続。MoMA、Whitney、Met、Walker Art Centerなど主要美術館で作品が収蔵・研究されている。

参考資料・出典

本ページはAspen Art Museum、The Museum of Modern Art、Whitney Museum of American Art、The Metropolitan Museum of Art、Walker Art Center、David Zwirner、Paula Cooper Gallery等の美術館・作家取扱ギャラリーの公式資料を参照してART LIBRARYが独自に執筆しました。フェミニズム、ポストモダニズム、アプロプリエーションをめぐる解釈は単一の結論として扱わず、各美術館の歴史的位置づけと作品の具体的な方法を区別して記述しています。原文の全文翻訳ではありません。

資料確認日:2026年10月1日 / ART LIBRARY