Art Library

Marc Chagall

マルク・シャガール

フランス(現在のベラルーシに生まれる) / 1887–1985 / エコール・ド・パリ・近代絵画・版画・ステンドグラス

Marc Chagall in 1967. Archive film 96824 (HuntleyFilmArchives)

マルク・シャガールの絵では、恋人が空を飛び、動物と人間が顔を寄せ、村の家々が上下を変えて現れます。その自由な光景は、ただ現実から遠ざかるための幻想ではありません。故郷を離れた人の記憶、身近な人への愛、失われた生活への思いが、同じ画面に置かれています。明るい色の作品にも不安が入り込み、宗教的な作品にも日常の人物や動物が姿を見せます。

「愛の画家」という紹介は、シャガールに近づく分かりやすい入口です。ただ、その愛を甘い感情だけで捉えると、彼の作品が受け止めた戦争や迫害、亡命の経験を見落とします。本記事では、恋人の浮遊から始め、故郷の記憶、近代絵画との出会い、版画、聖書、ステンドグラスへと視野を広げます。現実には起こらない配置が、どのように人間の経験を伝えるかを見ていきましょう。

マルク・シャガールとは

故郷とパリを、一つの絵の中に生かした画家

シャガールは1887年、当時のロシア帝国領ヴィテブスクに生まれました。現在の地理ではベラルーシにあたります。ユダヤ人の家庭で育ち、のちにフランスを制作の中心としましたが、その絵には故郷の家、動物、音楽家、人々の生活が繰り返し現れます。パリの新しい絵画に触れながらも、身近な記憶を捨てて新しい様式へ乗り換えることはしませんでした。

エコール・ド・パリという言葉は、20世紀前半のパリで活動した、さまざまな背景を持つ画家たちを考えるときに役立ちます。これは一つの統一された画風を意味する名称ではありません。シャガールの場合、故郷の文化とパリの前衛美術の出会いが、個人的な表現を育てる場所になりました。出身地と活動地のどちらか一方だけで説明するより、複数の場所を結ぶ画家として捉えるほうが分かりやすくなります。

具象を保ちながら、現実の秩序を変える

シャガールの作品には、人、動物、花、家など、名前の分かるものが多く描かれています。しかし、それらの大きさや位置は、現実の遠近や重力に従いません。人が空に浮かび、動物の顔の中に別の場面が入り、大きな人物の足元に小さな村が置かれます。対象を読めることと、場面を現実通りに説明できることは、別の問題なのです。

その自由さを、描写が不得手だった結果と考える必要はありません。何を大きく見せ、何を隣に置き、どの部分を同じ色で結ぶかという選択が、絵の意味をつくります。実際の距離よりも感情の近さが優先されるような画面では、記憶や愛の強さが位置と尺度に変わります。シャガールを見るときは、物の名前を確かめた後に、それらの関係へ目を移してみてください。

ヴィテブスクから、近代絵画のパリへ

ユダヤ文化と日々の生活

故郷の文化は、シャガールにとって作品を飾るための異国的な題材ではありませんでした。家族の生活、宗教、地域の習慣、音楽などが、自分の世界を理解する基盤になっています。ユダヤ文化との関係を知ることは大切ですが、それを作品の意味を一つに固定する鍵として使うと、絵そのものの働きが見えにくくなることもあります。

たとえば、音楽家や村の風景を見たときに、すべてを特定の宗教的象徴へ置き換える必要はありません。まず人物がどこに立ち、何と隣り合い、どの方向へ視線が進むかを観察しましょう。その後で生活や文化の背景を重ねると、絵の具体的な形と歴史的な意味を両方保てます。文化を知ることと、図像を暗号のように解読することは同じではありません。

パリで出会った色と構成

地元で学び、サンクトペテルブルクでの修業を経たシャガールは、1910年代初めにパリへ向かいます。最初の渡仏年は公開資料に1910年と1911年の表記がありますが、この時期にパリの前衛絵画と出会ったことが重要です。キュビスムの形の分割や、フォーヴィスムの強い色、ロベール・ドローネーの色彩の構成は、自分の主題を新しい画面に置く可能性を示しました。

ここでシャガールが得たものは、特定の画家の手法をそのまま真似するための規則ではありません。故郷を思い出す絵も、色や形の組み合わせによって現代的な表現になり得るという手応えです。《私と村》では、読める人物や家と、斜めに交差する線、大小の円や面が共存します。物語の内容と絵画の構成は、一方が他方の飾りになる関係ではなく、互いを支えています。

故郷は「昔の風景」のまま残るわけではない

故郷を描くことは、失った場所を正確に再現することだけではありません。離れてから思い出す村には、後から経験した都市や文化も入り込みます。シャガールの絵でパリと故郷が同じ空間に現れる場合、地理的な矛盾を探すより、異なる時期の経験がどう共存しているかを見るほうが、その作品に近づけます。

記憶は、一枚の写真のように固定されたものではなく、現在の感情によって見え方が変わります。大きく描かれる動物、小さく遠ざかる家、空へ持ち上げられる人物は、その変化を考える入口になります。「昔を懐かしんでいる」とだけまとめず、過去が現在の絵の中でどのような場所を与えられているかを観察してみましょう。

ベラと恋人たち――愛は、身体と空間の形になる

身近な部屋で起こる、現実を越えた動き

1914年、ベルリンでの個展の後に故郷へ戻ったシャガールは、第一次世界大戦によってパリへ戻れなくなります。1915年にはベラ・ローゼンフェルトと結婚しました。《誕生日》は、この時期の親密な関係に近づける作品です。花や家具のある室内という身近な場所で、人物の身体が日常の動きから離れます。

ここでは、背景も人物も同じように不思議なものへ変わっているわけではありません。部屋の床や壁が安定した場所を示すからこそ、身体の曲がり方と浮遊が強く感じられます。絵の中の現実的な部分を確認すると、非現実的な部分が何をしているかも見えやすくなります。驚きは、現実を全部消すことによってではなく、具体的な場所に別の運動を持ち込むことによって生まれます。

色は恋人たちの関係を包む

《緑の恋人たち》のように、顔の近さと色の広がりが主題になる作品もあります。恋愛を描く作品がすべて空中の人物を必要とするわけではありません。輪郭の近づき方、視線の向き、顔の周囲の色によって、二人の関係が表現されます。シャガールの愛の絵を比べると、同じ感情を同じ図像で繰り返すだけではないことが分かります。

「緑は何を意味するのか」と一つの答えを探す前に、その色がどこまで広がっているかを確認してみましょう。肌と背景の区別を弱めているのか、二人を一つのまとまりへ近づけているのか、別の色との対比をつくっているのか。色の意味は、名前だけで決まるものではなく、画面での働きからも生まれます。

ベラを、一人の人物として読む

《白い襟のベラ》では、ベラが大きな存在として画面を占めます。人物の大きさは現実の距離よりも重要さを伝えるものとして見られますが、それを「画家の理想の女性」という説明だけで終わらせると、ベラの具体的な存在が薄くなります。彼女は文学的な仕事も持つ人物であり、画家の人生を支える役割だけに還元できません。

人物画を見るときは、画家との関係を知ることと、描かれた人物の主体性を考えることを両立させたいものです。表情、衣服、身体の置かれ方を観察すると、愛される対象という説明を越えて、その人物の存在感を受け止められます。シャガールの恋人の絵にも、感情を描くことと、一人の人間を描くことの両方が重なっています。

革命、教育、舞台、版画へ

革命後の美術と、異なる教育の考え方

ロシア革命後、シャガールはヴィテブスクで美術教育に関わりました。新しい社会の中で美術がどのような役割を持つかという問題は、自分の制作だけで完結しません。学校には異なる表現を目指す画家が集まり、マレーヴィチらとの考え方の違いも生まれます。シャガールはその後、モスクワのユダヤ劇場の仕事へ移りました。

この対立を、具象の画家と抽象の画家が互いの美術を一切理解できなかったという単純な話にする必要はありません。作品の方向と、学校で何を教えるか、集団でどう制作するかという問題は、必ずしも同じではありません。シャガール自身も、パリで出会った形の分割や色彩の研究を受け止めています。異なる立場の接触があったことを踏まえつつ、一つの出来事で彼の全姿勢を説明しないことが大切です。

絵画の中の音楽から、舞台の空間へ

シャガールの音楽家は、曲の内容を画面に翻訳するだけの人物ではありません。楽器を持つ身体、周囲の人々、村や建物との関係によって、音楽が生活にあることを示します。絵には実際の音が流れませんが、身体の向きや繰り返す形によって、時間やリズムを感じることはできます。演奏者を見る目と、画面全体の動きを追う目を切り替えてみましょう。

舞台の仕事では、絵は壁に掛かるものから、動く身体の周囲に置かれるものへ変わります。背景、衣装、役者や踊り手、音楽が一つの時間の中で関わります。シャガールの画面に多い浮遊や尺度の変化は、舞台の仕事を考える入口にもなりますが、油彩と舞台美術を同じ条件で見ることはできません。観客の距離、照明、動きによって、色や形の働きも変わります。

版画で見ると、色以外の強さが分かる

1922年にロシアを離れ、ベルリンを経て1923年にパリへ戻ったシャガールは、版画や挿絵にも取り組みます。《わが生涯》に関わる版画や、ゴーゴリ、ラ・フォンテーヌの文学作品、聖書をめぐる仕事は、油彩とは違う入口です。とくに単色の版画を見ると、「色の美しい画家」という紹介だけでは捉えきれない線の働きが分かります。

線が密になる場所、紙がそのまま残る場所、輪郭が途切れる場所を比較してみてください。色の面がなくても、身体の動きや空間の不安定さは生まれます。版画の情報では、技法と紙の寸法、画面の寸法を区別することも必要です。同じ題材を扱っていても、油彩の別作品の制作年や寸法を流用すると、作品の物質的な条件が失われてしまいます。

迫害と亡命――明るい色の画家が描いた危機

幸福な光景にも、不安が入り込む

1930年代のシャガールの作品は、恋人や花の明るさだけでは説明できません。ナチズムの台頭とユダヤ人への迫害は、フランスで暮らす彼の世界にも迫りました。《エッフェル塔の新郎新婦》を見ると、恋人と白い鶏、パリの塔が祝祭的な光景をつくる一方で、周囲には不穏な要素もあります。幸福と危機が、別々の作品にきれいに分かれているわけではありません。

絵が明るい色で描かれているから、主題も明るいと決めることはできません。反対に、不安な歴史背景を知ったからといって、画面のすべてを悲劇の記号へ変える必要もありません。どの部分が愛や日常を支え、どの部分がそれを不安定にするかを、具体的に見ていきましょう。一つの感情へ整理できないことが、この時期の絵の強さでもあります。

《白い磔刑》を、制作された時点から見る

1938年の《白い磔刑》では、中央のイエスと、周囲の炎や逃げる人々が関わります。イエスに示されるユダヤ的な要素は、迫害を受ける人々との関係を考える手がかりです。ユダヤ人の画家がキリスト教の図像を描いたことを、改宗の証拠と見なすことはできません。この作品では、広く知られる受難の姿が、同時代の苦しみを訴える表現へ置き直されています。

制作年にも注意が必要です。1938年の絵は、第二次世界大戦が終わった後にその全体を振り返って描いた作品ではありません。後の歴史を知る私たちには先を見通すように感じられる部分がありますが、まず当時進行していた迫害と危機の中で成立した絵として見ることが大切です。後から知った出来事を、すべて制作時の画家の認識へ戻してしまわないようにしましょう。

アメリカでの亡命生活とベラの死

1941年、シャガールとベラはニューヨークへ逃れました。亡命は安全な場所へ移ることだけでなく、自分の言葉や生活の基盤から離れる経験でもあります。1944年にはベラが亡くなり、個人的な喪失が戦争の時代と重なります。この時期を扱ったユダヤ博物館の展覧会は、愛、戦争、亡命を結び、明るい幻想だけでは捉えられないシャガールを示しました。

作品と人生を結びつけることは有益ですが、人物の浮遊や特定の色を、そのつど一つの事件の直接的な結果と断定することには慎重さが必要です。画家が以前から使ってきた形も、別の時期に異なる重みを持ちます。同じ恋人の図像が、現在の喜び、過去への思い、喪失の感触を含む場合もあるでしょう。繰り返す形が、繰り返す同じ意味だとは限りません。

シャガールの画面をつくる、四つの仕組み

1.人物の大きさが、重要さを伝える

人物や動物の大小を、手前と奥という遠近だけで説明しようとすると、シャガールの画面は矛盾して見えます。大きな顔と小さな村、大きな妻と足元の人物という配置では、重要さや親密さが尺度に置き換えられているように見えます。実際の大きさを一度忘れ、何が画面を支配しているかを確認すると、構成の中心が分かります。

そのとき、小さなものを脇役として急いで除く必要はありません。大きな人物の周囲にある家や人が、故郷や生活の広がりを示す場合もあります。中心を見ることと、周辺を見ることを往復すると、個人の感情がどのような世界に包まれているかを考えられます。小さい要素にも、視線を別の場所へ移す働きがあります。

2.上下を変えると、物語の順序も変わる

空へ浮かぶ恋人、逆さに置かれる人物、地上と天上を結ぶ梯子など、上下の方向はシャガールの作品で大切な役割を持ちます。現実には不可能な向きでも、画面では線や色に支えられた安定が生まれることがあります。人物だけを切り離して見るより、その周囲の曲線や色面も追ってみましょう。

上下の変化は、絵を一つの出来事として読む順序も揺らします。どこから見始め、どこへ移るかが一定でないため、複数の場面が同時に存在するように感じられます。「何が先に起こったか」という物語の順番と、「どこを先に見たか」という鑑賞の順番を区別すると、時間の扱いも考えやすくなります。

3.色が、離れたものをつなぐ

青や赤、緑が広く使われるとき、それらは空、肌、衣服などの現実の色を説明するだけではありません。離れた人物や物が同じ色に含まれることで、一つのまとまりが生まれます。まず色の範囲を見てから物の名前を読むと、題材だけでは気づかなかったつながりが見つかります。

色には決まった象徴があると思い込むより、作品ごとに働きを確かめるほうが有効です。同じ青でも、人物を包む空間になる場合と、別の色を強める面になる場合があります。色の名前は同じでも、面積、濃さ、隣り合う色、輪郭との関係が変われば、画面の経験も変わります。

4.異なる場所と時期が、一つの画面にある

故郷の村、パリの塔、恋人、宗教的な人物が共存する画面は、現実の一地点として説明しにくいものです。しかし、複数の経験が一人の中で同時に生きていることを考えるなら、その構成には理解できる部分があります。移住や亡命を経験した画家にとって、今いる場所だけが自分の世界のすべてではありません。

ここでも「夢だから何でもよい」と片づけず、何と何が近づけられているかを見てください。同じ形が離れた部分に繰り返されるのか、色によって結ばれるのか、視線の向きがつながるのか。自由な主題の組み合わせと、慎重な画面の組み立てが共存していることが、シャガールの絵の持続する魅力です。

主要作品

初期の自画像から、恋人と故郷、戦争、聖書を扱う油彩まで、版画を含む12点を紹介します。人物の大きさ、上下の方向、色と物語の結びつきを比べてみましょう。

自画像

Autoportrait / 1908年 / 油彩、亜麻布のカンヴァス / 30.2 × 24.2 cm

ポンピドゥー・センター/国立近代美術館

パリへ渡る前の、小さな自画像です。後年の空飛ぶ恋人を知ってから見ると、画家自身の顔を確かめるこの作品が別の入口になります。目や顔の輪郭、明るい部分と暗い部分の関係を追ってみましょう。自画像は外見の記録であると同時に、自分をどのような存在として画面に置くかという試みでもあります。ここでは紙の作品ではなく、所蔵館が油彩・亜麻布と記録する作品を扱います。

所蔵館の作品情報 ↗

私と村

I and the Village / 1911年 / 油彩、カンヴァス / 192.1 × 151.4 cm

ニューヨーク近代美術館(MoMA)

人と動物の顔が向き合い、その周囲に家や人物、植物が配置されています。大きさや上下が現実と違っても、視線と斜めの線を追うと画面に結びつきが見えてきます。動物の顔の中にも小さな場面があり、目の前の出来事と記憶が同時に存在するようです。村の地理を正確に示す風景として見るより、故郷との関係を組み直した画面として見ると、その構成に近づけます。

所蔵館の作品情報 ↗

誕生日

Birthday / 1915年 / 油彩、厚紙 / 80.6 × 99.7 cm

ニューヨーク近代美術館(MoMA)

花を持つ女性と、身体を大きく曲げて口づけする男性が描かれています。床や家具のある身近な室内で、二人の動きだけが重力から離れます。背景が具体的だからこそ、人物の浮遊が感情の強さとして見えてきます。まず部屋の直線を追い、次に二人の身体がつくる曲線をたどってみましょう。恋人を描く絵でありながら、親密さを身体の形と空間の関係へ変えた作品です。

所蔵館の作品情報 ↗

緑の恋人たち

Les Amoureux en vert / 1916〜1917年 / 油彩、カンヴァスに貼った厚紙 / 69.7 × 49.5 cm

ポンピドゥー・センター/国立近代美術館

恋人たちの顔が近づき、緑の色がその関係を包みます。飛ぶ人物がなくても、肌や背景の色は日常の見え方から離れています。二人の顔の向きと、その間に残る距離を確かめてみましょう。愛情を表す決まった記号を探すより、近づく輪郭と広がる色の関係を見ることで、親密さの描き方が分かります。空に浮かぶ恋人の作品と比較すると、同じ主題にも異なる空間があることに気づけます。

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白い襟のベラ

Bella au col blanc / 1917年 / 油彩、カンヴァス / 149 × 72 cm

ポンピドゥー・センター/国立近代美術館

ベラの大きな姿と、下方の小さな人物や風景が対照をなします。人物の大きさを現実の遠近だけで説明せず、画面での重要さを伝える尺度として見てみましょう。白い襟と暗い衣服の対比が、顔の周囲に視線を集めます。画家の妻を描いた作品ですが、ベラ自身にも文学的な仕事がありました。単なる理想の女性像として眺めるだけでなく、具体的な一人の人物を記念する画面として読めます。

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音楽家――《わが生涯》の補遺版画

The Musician (Der Musiker), supplementary print from My Life (Mein Leben) / 1922年 / ドライポイント / 画面 27.5 × 21.5 cm/紙 42 × 33.5 cm

ニューヨーク近代美術館(MoMA)

自伝的な版画集《わが生涯》に関わる一枚です。油彩の鮮やかな色を離れると、線の方向、濃淡、紙の余白が鑑賞の中心になります。音楽家という題材が、故郷の生活や記憶とどのようにつながるかを考えてみましょう。線を刻む版画では、色の面とは違う仕方で形や空間が生まれます。よく知られる別の油彩のヴァイオリン弾きと混同せず、独立した版画として見ることが大切です。

所蔵館の作品情報 ↗

エッフェル塔の新郎新婦

Les Mariés de la Tour Eiffel / 1938〜1939年 / 油彩、亜麻布のカンヴァス / 150 × 136.5 cm

ポンピドゥー・センター/国立近代美術館

大きな白い鶏と恋人たち、エッフェル塔が一つの画面で出会います。パリと故郷を思わせる要素が並び、場所を越えて記憶が結ばれています。祝祭的な色や人物だけでなく、周囲の炎や不穏な部分にも目を向けてください。愛の絵としての明るさと、1930年代末の危機を思わせる感触が同居します。画面のどこを見るかで、幸福と不安の比重が変わる作品です。

所蔵館の作品情報 ↗

白い磔刑

White Crucifixion / 1938年 / 油彩、カンヴァス / 154.6 × 140 cm

シカゴ美術館

白い光の中の磔刑像と、その周囲の火災や逃げる人々が描かれます。イエスにはユダヤ的な衣服の要素が示され、迫害される人々との関係が強調されています。1938年の作品なので、第二次世界大戦後の記録画として扱うことはできません。中央の静かな姿と周辺の混乱を往復して見ると、宗教的な主題が同時代の暴力への訴えになっていることが分かります。

所蔵館の作品情報 ↗

聖書の物語から、共有できる光の空間へ

聖書を、遠い過去だけの物語にしない

シャガールは聖書をめぐる版画や絵画に長く取り組みました。《出エジプト》や《ヤコブの夢》を、物語の場面を分かりやすく図解した作品としてだけ見ると、人物の尺度や色の広がりが持つ働きが抜け落ちます。聖書の知識は入口になりますが、その先には、移動、出会い、苦しみ、希望を絵の中でどう経験するかという問題があります。

《人間の創造》では、天使とアダムの場面が、ほかの聖書の要素や歴史の広がりと関わります。一つの瞬間を切り取るというより、人間の誕生を長い物語の入口として見せるような構成です。下方と上方の色を比較し、その間をどの形が結ぶかを観察すると、知識を確認するだけではない鑑賞ができます。

同じ題名でも、別の作品がある

シャガールには、同じ題材を異なる時期や大きさで扱った作品があります。《ヤコブの夢》も、ここで紹介するポンピドゥー・センターの油彩と、ニースの国立美術館の別作品を区別する必要があります。「聖書のメッセージ」というシリーズ名を知っていても、すべての同題作品がその同じ一枚を指すわけではありません。

作品を見る際には、原題、制作年、寸法、技法、所蔵先を組み合わせて確かめると、混同が減ります。小さな紙の習作と大きな油彩では、視線の動きも制作条件も変わります。本記事の主要作品欄でも、シリーズ全体の年記を個々の作品へ一律に当てはめず、それぞれの所蔵記録を基準にしています。

ステンドグラスでは、色が光を通す

晩年のシャガールは、ステンドグラス、モザイク、陶芸などにも制作を広げました。ステンドグラスでは、油彩の表面に反射する光を見ることとは異なり、色のあるガラスを通った光が空間をつくります。時間や天候、見る位置によっても印象が変わり、作品の経験は建築と結びつきます。

メッツの大聖堂やエルサレムのハダサ医療センターのシナゴーグなど、異なる宗教的な場所での仕事は、画家の主題と公共空間の関係を考える入口です。ただし、異なる伝統をすべて一つにまとめたという説明だけでは、それぞれの場所の具体性が失われます。共通する色や人物の表現と、設置される場所の固有の役割を両方見ることが大切です。

オペラ座の天井画と、晩年の大きな仕事

見上げる絵には、別の構成が必要になる

1964年に公開されたパリ・オペラ座の天井画は、音楽と色彩を結ぶ代表的な仕事です。円形の天井へ向けた構成では、壁に掛ける長方形の絵と違い、観客が見上げること、建築の中心を囲むことが条件になります。作曲家へのオマージュや舞台を思わせる要素が、色の領域を通して結ばれています。

この作品を単に「フレスコ画」と呼ぶと、制作方法を取り違えます。シャガールはカンヴァス上の油彩をパネルに取り付ける方法で制作しました。また、以前の天井画は新しい作品の下に覆われる構成であり、シャガールが古い絵をすべて描きつぶしたという説明とも異なります。題材だけでなく、素材と設置方法を知ると、公共的な仕事の具体性が見えてきます。

絵画が、人の集まる場所と出会う

大きな公共的作品では、一人の鑑賞者が静かに絵の前へ立つ経験だけを想定できません。演奏を聴く人、礼拝に来る人、建物を通る人などが、異なる目的と時間を持って作品に出会います。シャガールの色は、そうした場所でも視線を引きつけ、人物や物語に気づく入口になります。

大規模な仕事を、小さな油彩を単に拡大したものとして扱わないことも重要です。遠くから形が読めること、建築の輪郭に合うこと、素材を扱う専門家との協働などが制作に関わります。画家の個人的な記憶を出発点にした表現が、多くの人が共有する空間へ広がっていく過程として見ると、晩年の仕事が初期の絵とつながります。

ニースの美術館と、長い制作の終わり

1948年にフランスへ戻った後、シャガールは南仏で制作を続けました。1966年にはマルクとヴァランティナ・シャガールからフランス国家への寄贈があり、「聖書のメッセージ」の作品群が公的なコレクションになりました。1973年にはニースの国立美術館が開館し、存命中の画家自身もその場に立ち会っています。

1985年、シャガールはサン=ポール=ド=ヴァンスで亡くなりました。長い生涯の中で作品の場所と素材は大きく広がりましたが、人間、愛、記憶、苦しみへの関心は繰り返し現れます。晩年の明るい色を、すべての問題が解決した結果と受け取る必要はありません。長く扱い続けた主題を、別の素材や場所で生かす仕事として読むこともできます。

ほかの近代美術と比べると、何が見えるか

キュビスムとの共通点と違い

形の分割、複数の方向、平たい面の構成は、キュビスムとシャガールを比較する手がかりです。ブラッ クやピカソの作品と同じく、一つの視点から見える形をそのまま写すことだけが目的ではありません。ただし、シャガールでは、村、人、動物といった題材の個人的な意味が、構成と密接に結びついています。

形が分かれているからすべて同じ運動に属すると判断せず、分割が何を可能にしているかを比べてみましょう。対象の見え方を問い直す働きと、異なる記憶を同じ絵へ集める働きには、重なる部分と違う部分があります。似た手段でも、何のために使うかによって作品の経験は変わります。

シュルレアリスムと、想像力の近さ

空を飛ぶ身体や、現実には成立しない組み合わせから、シャガールをシュルレアリスムと結びつけて紹介することがあります。確かに比較は有益ですが、非現実的な絵を描く画家がすべて同じ運動の一員というわけではありません。シャガールの初期の代表作は、1924年のシュルレアリスム宣言より前に成立しています。

夢のような光景という共通点を確かめた後、個々の作品が何を出発点にしているかを見ましょう。故郷の生活や家族の記憶、宗教的な主題は、シャガールの自由な構成を支える大切な要素です。「夢」という便利な言葉で具体的な背景を省かず、想像力と経験がどう結ばれるかを考えると、比較が深まります。

ドローネーと、色の働きを比べる

ロベール・ドローネーの円や色面とシャガールの画面を比べると、色が形と空間を生むという共通の問題が見えます。シャガールでは、色の構成の中に人物、村、動物が残り、それらの関係も鑑賞の中心になります。色を見ることと題材を読むことが、互いに邪魔をするとは限りません。

二人の作品を比べるときは、鮮やかさの印象だけでなく、色がどこで区切られ、どこで複数の対象を包むかを確認してください。色が自立した構成の中心になる場合と、人物や記憶を結ぶ働きを持つ場合を比較すると、シャガールが近代絵画の研究を自分の主題へ変えたことが分かります。

初めて見る人のための、鑑賞の順番

最初は、見つけたものを三つ挙げる

絵の意味を急いで決める前に、人、動物、家、花、楽器など、見つけたものを三つ挙げてみましょう。それぞれが画面のどこにあり、どのくらいの大きさかを確認します。自分が最初に見たものと、題名が示すものが違う場合、その違いも鑑賞の手がかりになります。

次に、その三つが線、色、視線の方向で結ばれているかを探します。一つずつ名前を付ける見方から、関係を見る見方へ移ると、画面の自由さにも構成があることに気づけます。解説文を読んだ後でも、初めに自分が気づいた関係を捨てる必要はありません。資料と画面の観察を行き来することが大切です。

色だけを見る時間と、物語を読む時間を分ける

一度、人物の名前や意味を脇に置き、広い色の面積と配置を見てみてください。青がどこまで続くか、白がどの部分を目立たせるか、赤が離れた場所に繰り返されるかを確認します。その後で、人物と出来事を読んでみると、色が物語の理解をどう導いていたかが分かります。

色の美しさに惹かれることは、十分な入口になります。ただ、そこから別の部分へ視線を移すと、明るさの中の不安や、静けさの中の動きが見えてくることがあります。一度の印象で作品を決めず、全体と細部を往復する余地を残しておきましょう。

実物の大きさと素材を確認する

画面上の画像では、小さな自画像も高さ約3メートルの《人間の創造》も、同じ程度のサイズで表示されます。寸法を確かめると、作品の前に立つ身体の経験を想像しやすくなります。顔の近くへ寄って見る絵なのか、離れて全体を受け止める絵なのかでも、印象は変わります。

油彩、厚紙、版画、ステンドグラスには、それぞれ異なる表面と光があります。同じ画家の同じ題材でも、素材が違えば、見る距離と時間が変わります。作品名と画像の印象に加えて、素材の情報を一つ確認するだけでも、鑑賞は具体的になります。

略年譜

1887
ロシア帝国領ヴィテブスクに生まれる。現在のベラルーシ。
1900年代後半
地元とサンクトペテルブルクで絵画を学ぶ。
1910年代初め
最初のパリ滞在。渡仏年は資料に1910年・1911年の表記がある。
1911
《私と村》を制作。
1914
ベルリンで個展。故郷への帰還後、第一次世界大戦により滞在が長引く。
1915
ベラと結婚。《誕生日》を制作。
革命後
ヴィテブスクの美術教育と、その後のモスクワのユダヤ劇場の仕事に関わる。
1922〜1923
ロシアを離れ、ベルリンを経てパリへ戻る。版画・挿絵の仕事を展開。
1931
パレスチナを訪れる。聖書に関わる制作を深める。
1937
フランス国籍を取得。
1938
《白い磔刑》を制作。
1941
アメリカへ亡命。
1944
ベラが亡くなる。
1948
フランスへ戻る。
1950年代以降
聖書を扱う大作、陶芸、ステンドグラスなどの仕事を広げる。
1964
パリ・オペラ座の天井画が公開される。
1966
マルクとヴァランティナからフランス国家へ「聖書のメッセージ」作品群を寄贈。
1973
ニースの国立マルク・シャガール美術館が開館。
1985
サン=ポール=ド=ヴァンスで死去。

よくある疑問

なぜ恋人たちは空を飛ぶのですか?

すべての作品に共通する一つの理由へ決めることはできませんが、重力から離れた身体は、愛や喜び、記憶の強さを現実とは違う空間で表す方法として見られます。大切なのは、飛ぶ人物だけを見るのでなく、地上の家や室内、周囲の色との関係を確かめることです。浮遊が画面全体の中でどのような働きをしているかを見ると、作品ごとの違いが分かります。

シャガールはシュルレアリスムの画家ですか?

シュルレアリスムとの比較は可能ですが、夢のような表現だけを理由に運動への所属を断定するのは適切ではありません。シャガールは初期から独自の非現実的な構成を育てました。近代絵画のさまざまな研究を受け止めながら、故郷やユダヤ文化、個人的な記憶を主題にした画家として見ると、分類だけでは説明できない部分が分かります。

ユダヤ人の画家が、なぜイエスを描くのですか?

《白い磔刑》などでは、イエスの受難が迫害される人々の苦しみと結びつけられています。ユダヤ的な衣服の要素も、その関係を考える手がかりです。宗教図像を使うことと、画家がその宗教へ改宗することは別の問題です。作品が成立した時期の暴力と、図像をどのように置き直しているかを合わせて見る必要があります。

愛の絵と戦争の絵は、別の世界を描いていますか?

両者がはっきり分かれるとは限りません。恋人や故郷が、危機のある画面にも現れることがあります。守りたいものが描かれているからこそ、その周囲の不安が強く感じられる場合もあります。同じ人物や動物が繰り返されても、そのつど周囲の色、配置、歴史的な状況を確認すると、異なる重みを持つことが分かります。

最初に見るなら、どの作品がよいですか?

故郷と構成に関心があれば《私と村》、恋人と身体の動きなら《誕生日》、歴史と宗教図像なら《白い磔刑》が入口になります。その後で版画や《人間の創造》を比べると、同じ画家の中にも違う素材、尺度、主題があることが分かります。一点から全体を判断せず、異なる時期の二、三点を見比べてみましょう。

シャガールが残した、記憶と色の可能性

シャガールの自由さは、現実との関係を失う自由ではありませんでした。自分の育った文化、身近な人、離れた故郷、迫害への不安を、現実通りの位置に縛られずに置く自由です。人が飛び、大小が変わり、異なる場所が一つになる画面には、近代の移動と喪失を経験した人間の世界が含まれています。

油彩から版画、舞台、ステンドグラスへ目を広げると、シャガールは美しい色の図像を繰り返しただけの画家ではないことが分かります。どの素材と場所でも、人が何を覚え、何を愛し、何を失うのかという問題を、形と色へ結びつけました。作品の前では、まず自分の目が惹かれた部分から始め、その周囲にある小さな人物や不穏な場面へも、ゆっくり視線を移してみてください。

参考資料・出典

生涯と制作史は美術館・研究機関の公開資料を参照し、作品の年記、技法、寸法、所蔵情報は各作品ページを基準にしました。作品の日本語題名には異訳があるため原題を併記しています。本文での画面構成や鑑賞についての記述には、これらの資料を踏まえた本記事の解釈も含みます。

資料確認日:2026年10月3日 / ART LIBRARY