ジョセフ・コスース(1945–)は、1960年代後半に成立したコンセプチュアル・アートを代表するアメリカの作家です。《One and Three Chairs》に見られるように、実物の椅子、その写真、辞書に記された「chair」の定義を並べ、同じ対象が「物」「像」「言葉」という異なる方法でどのように表されるかを問いかけました。その後は辞書の定義そのものを作品とし、新聞、雑誌、広告看板、ガラス、ネオン、公共空間、美術館建築へと言葉を展開していきます。
コスースの作品は文字を使っているため、「文章を読む芸術」と説明されることがあります。しかし彼の中心的な関心は、伝えたいメッセージを文章として掲示することだけではありません。ある物を「椅子」と呼ぶとき、言葉と対象はどのような関係にあるのか。辞書は意味を説明しているようで、別の言葉によって言葉を定義しているだけではないか。さらに、ある物が美術館へ入り「作品」と呼ばれたとき、その芸術としての意味は見た目から生じるのか、それとも芸術という文脈の中で機能することから生じるのか。コスースは、作品を作ることと同時に、芸術という概念そのものを検討の対象にしました。
1969年には論考《Art After Philosophy》を発表し、マルセル・デュシャン以後の芸術を、形態や美的価値ではなく「芸術とは何か」を問う活動として捉え直しました。その主張は当時から強い議論を生みましたが、作品を物質的な造形物だけでなく、命題、言語、文脈、制度、観客の解釈を含むものとして考える方向を明確にしたことは、戦後美術史の大きな転換点の一つです。
CONTENTS
- 生涯と制作の変遷
- Proto-Investigations――物・写真・言葉
- 《One and Three Chairs》――椅子はどれなのか
- 《Art as Idea as Idea》――定義そのものを作品にする
- ウィトゲンシュタインと言語
- 《Art After Philosophy》――芸術を定義する芸術
- コスースの作品をどう見るか
- 主要作品
- Investigations――作品を「調査」にする
- 美術館から広告媒体へ――The Second Investigation
- Art & Languageと共同的な理論活動
- Text/Context――同じ文章でも場所が変われば意味は変わる
- 1980年代以降――引用、歴史、心理、色
- ネオン――言葉を光として空間へ置く
- 《Neither Appearance Nor Illusion》――歴史的な壁と現在の言葉
- コスースの主張をそのまま「正解」にしない
- ジョセフ・コスースは何を変えたのか
- 略年譜
- 参考資料・出典
生涯と制作の変遷
オハイオ州トレドで学ぶ
ジョセフ・コスースは1945年、アメリカ・オハイオ州トレドに生まれました。Städel Museumの資料によれば、1955年から1962年までToledo Museum School of Designで学び、その後1963年から1964年にCleveland Institute of Artへ進みます。幼い頃から造形教育を受ける一方、哲学や科学にも関心を持っていました。
1965年にニューヨークへ移り、School of Visual Artsに入学します。この時期、まだ20歳前後だったコスースは、従来の絵画制作から急速に離れていきます。後年《One and Three Chairs》について語ったインタビューでは、20歳まで絵画に真剣に取り組んでいたものの、芸術には「別のことができる」と感じたと振り返っています。
1965年、最初期の言語作品
1965年頃、コスースは日常的な物体、それを撮影した写真、辞書による定義を組み合わせる一連の作品を考案します。《One and Three Chairs》《One and Three Mirrors》《Clock (One and Five)》などです。Centre Pompidouはこの時期の作品群を、後に「Proto-Investigations」と呼ばれることになるシリーズとして紹介しています。
ここで重要なのは、椅子や時計そのもののデザインではありません。既製品を選び、その対象を写真と言語でも提示することで、一つのものを理解するときに「現物」「視覚的な像」「言語的な概念」がどのように働くのかを分解します。作品は一つの物体ではなく、複数の表象の関係として成立します。
1966年、《Art as Idea as Idea》へ
翌1966年頃から、コスースはさらに物体を減らし、辞書の定義そのものを大きく写真複写する《Art as Idea as Idea》のシリーズへ進みます。「art」「meaning」「definition」「idea」などの単語を辞書から取り出し、その定義を拡大して展示しました。
MoMA所蔵の《Titled (Art as Idea as Idea) The Word “Definition”》では、「definition」という語の辞書項目自体が作品となります。ここで展示されるPhotostatは、貴重なオリジナルの絵画として扱われるものではありません。MoMAは、コスースが作品を「与えられた語の定義」と考え、展示のたびに指定寸法へ写真拡大するよう求めていたと説明しています。つまり、壁に掛かる物質的な紙より、その背後にある言語的な構造が作品の中心です。
1967年、Museum of Normal Art
1967年、ニューヨークでコスースはMuseum of Normal Artという実験的な展示スペースの設立に関わりました。Isabella Stewart Gardner Museumの略歴によれば、コスースの初期コンセプチュアル作品が最初に展示された場所の一つでもあります。
名称に「Museum」と付いていても、通常の恒久的な美術館ではありませんでした。1960年代後半には、ギャラリーや美術館の既存形式だけに依存せず、出版、郵送、写真、指示書、仮設展示などで作品を流通させる試みが広がります。コスースの作品も、物理的なオリジナル作品を一か所へ固定する必要性を弱めていきました。
1968–70年、Investigationsと公共媒体
1968年以降、制作は《First Investigation》《Second Investigation》《Fifth Investigation》《Sixth Investigation》など、「Investigation(調査)」と呼ばれる系列へ展開します。《The Second Investigation》では、Rogetのシソーラスをもとにした分類体系から言葉を選び、新聞、雑誌、広告、看板、テレビなどの公共媒体へ匿名で掲載しました。
Van Abbemuseumが所蔵する《The Second Investigation》は、オフセット印刷された紙を原型とし、展示時にはカラー写真、スライド、マイクロフィッシュ、ライトボックスなど複数の形式で実現できる作品です。固定された一つの物体より、情報が複数の媒体と文脈を通過することが重要になっています。
1969年、《Art After Philosophy》
1969年、コスースは美術理論史上もっともよく知られる文章《Art After Philosophy》を『Studio International』誌の10月、11月、12月号に発表しました。そこでは、デュシャンのレディメイド以後、芸術の中心的な問題は作品の見た目ではなく「芸術という概念」になったと論じます。
コスースにとって、ある作品が芸術であるのは、美しく構成されているからでも、特定の素材で作られているからでもありません。芸術の文脈の中で「芸術とは何か」という問いに関係する命題として機能することが重要でした。この主張は、クレメント・グリーンバーグに代表される当時のフォーマリズムへの強い対抗でもありました。
Art & Languageへの参加
1969年、コスースはイギリスで始まったArt & Languageの機関誌『Art-Language』のAmerican Editorとなりました。Städel Museumと同誌のアーカイブには、1970年2月刊行の第1巻第2号でコスースがAmerican Editorとして掲載され、自身のイントロダクションを執筆したことが記録されています。
Art & Languageでは、芸術作品を制作することと、美術について議論し文章を書くことを明確に分離しませんでした。理論的なテキスト、対話、編集、共同作業そのものが実践になります。コスースが作品制作だけでなく批評や理論執筆を重要視したことは、この時期のコンセプチュアル・アートに特徴的な動きの一つです。
1970年、MoMA《Information》展
1970年、ニューヨーク近代美術館で開催された《Information》展に参加します。同展は、従来の絵画や彫刻だけでは捉えにくい、情報、言語、写真、指示、行為、記録を中心とする国際的な新しい動向を大規模に紹介しました。
MoMAの記録では《One and Three Chairs》や《Notebook on Water》が展示され、《The Sixth Investigation (Art as Idea as Idea), Proposition Two》も展覧会資料に掲載されています。コスースは、物体から「情報」へ作品の重心が移動した1960年代末の変化を象徴する作家の一人として広く知られるようになります。
1971–72年、哲学と人類学を学ぶ
1971年から72年にはNew School for Social Researchで人類学と哲学を学びました。初期からルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの哲学に強い関心を持っていましたが、その後の仕事では言語だけでなく、社会的・文化的文脈、精神分析、歴史的引用へ関心が広がります。
MIT Pressが刊行した著作集《Art After Philosophy and After》は、1966年から1990年までの文章をまとめ、コスースの思考が言語哲学から人類学、マルクス主義、言語学、フロイト、フランス現代思想へ広がったことを示しています。1960年代の辞書作品だけで全制作を説明することはできません。
Proto-Investigations――物・写真・言葉
一つの対象を複数の方法で示す
1965年のProto-Investigationsでは、日常物、写真、定義という三つの要素が繰り返し使われます。物体は現実空間に存在し、写真はその物体を視覚的に記録し、辞書は言葉によって一般的な意味を説明します。
この三つは同じものを示しているようで、同じではありません。実物の椅子には特定の色、大きさ、傷、材質があります。写真はその一回の設置状態を平面へ変換します。辞書の定義は個別の椅子ではなく、無数の「椅子」に共通する概念を説明します。三つを並べると、対象とその表象の間に必ず差があることが見えてきます。
「本物」を一つに決められない
《One and Three Chairs》では、実物の椅子がもっとも「本物」に見えるかもしれません。しかし椅子が作品の中心なら、展示のたびに別の椅子を使えることは矛盾して見えます。一方、写真は設置された椅子を撮影し直すため、これも固定された一枚だけが唯一の作品ではありません。
残る辞書の定義も、辞書の版や言語が変われば文章が変化します。つまり作品は三つのうちどれか一つに宿るのではなく、三つの表し方を同時に比較させる構造にあります。この点で、作品は物質より「関係」に近づきます。
《One and Three Chairs》――椅子はどれなのか
物、像、言葉
MoMA所蔵の《One and Three Chairs》は、木製の折り畳み椅子、その椅子を実物大に近い状態で撮影した写真、「chair」という語の辞書定義を拡大したパネルから構成されます。MoMAはこの三つを、object、image、wordsという異なる表象として説明しています。
作品を見ると、「どれが椅子なのか」という素朴な問いが生じます。座ることができる実物だけが椅子なのか。写真を見て私たちが「椅子」と認識できるなら、写真も椅子を表している。辞書を読めば実物を見なくても概念を理解できます。作品は答えを与えるより、私たちが何かを理解するときに、物と言葉とイメージをどのように結びつけているかを意識させます。
作家の手仕事を減らす
コスースは椅子を自作せず、市販の椅子を選びました。写真も自分の造形的な写真作品として作るのではなく、設置された椅子を所定の方法で記録します。辞書の文章ももちろん彼が書いたものではありません。
そのため、作品の価値を「作家の卓越した手技」や「独創的な形」に求める見方が成立しにくくなります。作家が行うのは、既存の物、既存の表象、既存の言葉を選び、それらの関係を一つの問題として提示することです。
デュシャン以後のレディメイドを別方向へ進める
マルセル・デュシャンは既製品を選び、芸術の文脈へ移すことで、物の美的な形と芸術としての地位が一致しないことを示しました。コスースも既製品を使いますが、《One and Three Chairs》では「選ばれた物」そのものより、物を指す写真と言語を加えることで、意味の生成へ焦点を移します。
何が芸術なのかというデュシャンの問いを、何が「意味」を作っているのかという言語的・分析的な問題へ展開した点に、コスースの初期作品の特徴があります。
《Art as Idea as Idea》――定義そのものを作品にする
物体すら必要なのか
Proto-Investigationsではまだ椅子、時計、鏡などの物体が残っていました。《Art as Idea as Idea》では、それさえ取り除かれ、辞書の定義だけが壁面へ現れます。作品の主題が「chair」ではなく「definition」「meaning」「idea」「art」といった抽象語になれば、具体的な物体を置く必要もなくなります。
これは作品を単純化しているように見えますが、逆に「定義とは何か」という循環的な問題が生じます。辞書は言葉の意味を説明しますが、その説明もまた別の言葉でできています。完全に言語の外へ出て意味を確認することはできません。
Photostatは作品そのものではない
《The Word “Definition”》についてMoMAは、コスースが作品を辞書にある「定義」そのものと考え、壁に掲示されるPhotostatはその都度製作される提示形態だと説明しています。最初に作られたPhotostatでさえ、唯一無二の原物というより歴史的な実現例として扱われます。
これは絵画のオリジナル性とは大きく異なります。モナ・リザの場合、複製写真がどれほど正確でも原画と同じものにはなりません。しかしコスースの作品では、適切な手順で辞書定義を拡大すれば作品を再提示できます。芸術作品を支えるのは特定の物質ではなく、規則や概念であるという考え方がここにあります。
ウィトゲンシュタインと言語
言葉の意味はどこにあるのか
コスースの制作を理解する際、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは繰り返し参照されます。特に後期ウィトゲンシュタインの『哲学探究』では、言葉の意味を対象との単純な一対一対応で説明するのではなく、具体的な使用や「言語ゲーム」の中で考えます。
《One and Three Chairs》でも、「chair」という単語の意味は写真のように対象へ似ているから成立するわけではありません。私たちが社会の中でその語を学び、どのように使用するかによって機能します。辞書もその言語活動の一部です。
初期作品だけでウィトゲンシュタインを図解しているわけではない
ただし、コスースの作品をウィトゲンシュタイン哲学の「挿絵」と考えるのは単純すぎます。作品の目的は哲学書の内容を分かりやすく説明することではありません。芸術という制度の中で、言語や定義を実際に働かせることによって、美術作品が意味を持つ仕組みを試しています。
1990年の《276 (On Color) [Yellow]》では、『哲学探究』の第276節を黄色いネオンで提示します。色について書かれた文章が、実際に黄色い光として見えるため、読む内容と見る経験が一致するようで一致しません。後期作品でも哲学は引用元であると同時に、実際の知覚を揺さぶる材料になっています。
《Art After Philosophy》――芸術を定義する芸術
フォーマリズムへの反論
1960年代のアメリカ美術批評では、クレメント・グリーンバーグらによるモダニズム論が大きな影響力を持っていました。絵画なら平面性など、その媒体固有の形式的条件を追究することが重要だという考えです。コスースは、このような形式中心の芸術観を強く批判しました。
彼にとって重要なのは「どのように見えるか」より、その作品が芸術についてどのような問いを提出するかでした。絵画、彫刻、写真という媒体の差より先に、「そもそも芸術とは何をする活動なのか」を考えます。
芸術を分析的な命題として考える
《Art After Philosophy》でコスースは、芸術作品を芸術についての命題として捉えました。ある作品が新しい形を発明するだけではなく、「芸術」という概念の範囲を再検討するなら、その作品は芸術そのものへ言及していることになります。
彼はこれを「tautology(同語反復・トートロジー)」という言葉で説明しました。作品が芸術であることを、芸術の実践そのものによって示す。この立場では、芸術の価値を外部の美しさや実用性から証明する必要がありません。
理論と作品を分けない
コスースにとって論文を書くことは、作品の外側から自作を説明する補助活動ではありませんでした。芸術とは何かを理論的に考えること自体が制作の延長です。1960年代末のコンセプチュアル・アートでは、批評家が作品を解釈し、作家が物を作るという分業そのものも疑われました。
このため彼の制作では、作品、論考、インタビュー、編集活動、教育が密接に結びつきます。美術家が視覚的な形を生産する人だけでなく、自分が参加する芸術制度の概念を考える人へ変わっていく重要な例です。
コスースの作品をどう見るか
文字を読んだだけで終わらない
コスースの作品には辞書や引用文が多いため、文章を読んで「内容を理解した」と考えやすいでしょう。しかし、何が書かれているかと同じくらい、なぜその文章がその場所、その素材、そのサイズで提示されているのかを見る必要があります。
辞書の一項目が巨大化すれば、本の中で読むときとは違うものになります。広告欄へ匿名で掲載されれば、美術館の壁で見るときとは別の文脈を持ちます。ネオンになれば、言葉は情報であると同時に光る物体です。コスースの作品では「テキスト」と「コンテクスト」を分けることができません。
何が作品として保存されているかを見る
《One and Three Chairs》の椅子や写真は展示ごとに条件に応じて制作・選択できます。《Art as Idea as Idea》でもPhotostatは再制作可能です。《The Second Investigation》では一つの広告が新聞、スライド、写真、マイクロフィッシュなど複数の媒体へ移ります。
そこで、作品の本体はどこにあるのかを考えてみると理解しやすくなります。物体そのものなのか、証明書や指示なのか、言語情報なのか、再展示できる規則なのか。コンセプチュアル・アートでは、保存とは「同じ物質を残すこと」だけではなくなります。
タイトルを飛ばさない
《One and Three Chairs》《Art as Idea as Idea》《Investigation》《Text/Context》など、タイトルは作品の考え方をかなり直接的に示しています。タイトルが作品に後から付いたラベルではなく、作品を作動させる言葉の一部です。
一方、タイトルを読めば意味が完全に決まるわけでもありません。「one」と「three」が同時に成立する矛盾や、「idea as idea」という自己参照的な言い回しは、簡潔な結論より問いを残します。
美的な要素が本当に「消えているか」を見る
コスースは初期に美的・形式的な価値から距離を取ろうとしました。しかし実際の作品を見ると、巨大な黒白のPhotostat、整然としたタイポグラフィ、ネオンの光、建築空間への配置など、視覚的な効果は存在します。
作者が「形より概念が重要」と主張したことと、鑑賞者が作品の形や光を経験することは別です。理論をそのまま作品の唯一の読み方にせず、理念と実際の視覚経験の間にどんな緊張があるかを見ることも重要です。
主要作品
1965年のProto-Investigationsから、辞書を用いた《Art as Idea as Idea》、公共メディアへ展開したInvestigations、1970年代のText/Context、ウィトゲンシュタインを引用したネオン、ルーヴルの歴史的建築へ介入した作品まで、コスースが「物」から「意味・文脈」へ制作の重心を移していく流れを追える11作品・シリーズを選びました。作品は現在も著作権管理下にあるため、画像は掲載せず、所蔵館・公式機関の情報を中心に構成します。
一つと三つの椅子
One and Three Chairs / 1965 / 木製折り畳み椅子、椅子の写真、辞書定義の写真拡大パネル / 椅子 82 × 37.8 × 53 cm、写真 91.5 × 61.1 cm、テキストパネル 61 × 76.2 cm
The Museum of Modern Art, New York
実物の椅子、その椅子を撮影した写真、「chair」の辞書定義を並べたコスースの代表作。物体、像、言葉という三つの異なるコードが同じ対象をどのように表すかを比較させます。MoMAによれば、コスースは椅子を制作せず、写真も自らの造形的写真として扱わず、三つを選択・配置する関係そのものを作品化しました。
水についてのノートブック
Notebook on Water / 1965–1966 / 封筒、ノート・地図・写真・辞書定義を含む15枚のシート / 封筒 30.5 × 24.2 cm、各シート 約15 × 13 cm〜28 × 23 cm
Tate Archive / Multiples Inc. archive, London
水という対象を一枚の画像へ固定せず、手書きのメモ、地図、写真、辞書定義など異なる情報形式によって扱った初期作品。後に1970年の《Artists & Photographs》で出版され、MoMA《Information》にも出品されました。《One and Three Chairs》と同様、対象そのものより、それを記述・表象する複数のシステムを比較します。
一つの色、五つの形容詞
One Color, Five Adjectives / 1966 / ネオン、変圧器 / 165 × 350 × 3 cm
Centre Pompidou, Musée national d’art moderne, Paris
英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語で「形容詞」を意味する五つの語を白いネオンで提示した作品。同じ概念を示す言葉でも綴りと形は異なり、文字が意味を伝える記号であると同時に、発光する物体でもあることを可視化します。Centre Pompidouは1966年以降の《Art as Idea as Idea》への展開と関連づけています。
《アイデアとしての芸術としてのアイデア》「定義」という語
Titled (Art as Idea as Idea) The Word "Definition" / 1966–1968 / 辞書定義を写真拡大したPhotostat、台紙 / 144.8 × 144.8 cm
The Museum of Modern Art, New York
辞書の「definition」の項目だけを巨大化した《Art as Idea as Idea》シリーズの一作。MoMAによれば、作品本体はPhotostatという特定の紙ではなく「与えられた語の定義」であり、Photostatは展示時の実現形態です。美術作品のオリジナル性を物質から概念・規則へ移す重要な作品です。
第二の調査
The Second Investigation / 1968 / 紙へのオフセット印刷(原型)、展示用カラー写真、スライド、マイクロフィッシュ、ライトボックス / インスタレーション、可変
Van Abbemuseum, Eindhoven
Rogetのシソーラスの分類体系をもとに、言葉を新聞、雑誌、広告、ビルボードなど公共媒体へ展開したシリーズ。Van Abbemuseum所蔵版も複数の媒体で再実現できる構造を持ちます。作品を特定の物体へ固定せず、情報が媒体と文脈を移動するときに意味がどう変わるかを扱いました。
第六の調査(A.A.I.A.I.)命題7
The Sixth Investigation (A.A.I.A.I.) Proposition Seven / 1970 / ガラスへのテキスト / 147.3 × 121.9 cm
High Museum of Art, Atlanta
言語だけで構成されたInvestigationsの一作。High Museumは、このシリーズがルイス・キャロルの論理学的著作を基礎にし、ゲーム、論理、言語の関係を扱うと説明しています。初期の物・写真・定義という構成から、論理的な命題そのものへ制作が抽象化していく段階を示します。
テキスト/コンテクスト
Text/Context / 1977–1979 / 公共空間のビルボード、ウィンドウ、印刷テキストほか / 設置場所により可変
各地で再制作・展開
文章を都市の広告看板やギャラリーなど異なる場所に置き、同じテキストが置かれる文脈によって別の読み方を生むことを扱ったシリーズ。1978–79年にヨーロッパと北米の複数都市で実現し、ニューヨークではSoHoの屋外看板にも設置されました。初期の「意味」の探究が社会的な展示環境へ拡張した作品です。
十の部分的記述
Ten Partial Descriptions / 1979 / 2色シルクスクリーン、10点組 / 各 18.2 × 36.1 cm
Centre Pompidou, Musée national d’art moderne, Paris
10点のテキスト・プリントからなる作品。タイトルの「partial descriptions」が示すように、記述が対象を完全に置き換えられるのかという問題を扱います。言語を透明な説明手段として使うのではなく、どの記述も部分的で、選択された視点を含むことを示す1970年代末の仕事です。
Investigations――作品を「調査」にする
完成品ではなく、問いを継続する
コスースが1960年代後半に作品群を「Investigations」と呼んだことは重要です。Investigationは完成された傑作を意味する言葉ではなく、調査、検討、研究という意味です。芸術作品を一回の完成品ではなく、「芸術とは何か」「意味はどう作られるか」を継続的に検討する過程として位置づけます。
Proto-Investigationsでは物・像・言葉を比較し、First Investigationでは辞書定義へ絞り込み、Second Investigationではシソーラスの分類と言葉を社会的なメディアへ送ります。後のInvestigationsでは論理学、言語学、社会的文脈など別の問題へ移っていきます。シリーズ名が変わらず「調査」であることによって、作品同士は一つの研究プログラムのようにつながります。
《The Sixth Investigation》と論理
High Museum of Art所蔵の《The Sixth Investigation (A.A.I.A.I.) Proposition Seven》は、ガラス面へテキストを置いた1970年の作品です。同館は、このシリーズが『不思議の国のアリス』で知られるルイス・キャロルの論理学的著作をもとにし、ゲーム、論理、言語の関係を検討していると説明しています。
1965年の椅子では、一つの日常物を三つのコードで示していました。数年後には、具体物すらなく、命題と論理構造そのものが作品になります。制作が「ものを表す」ことから「どのような規則によって意味が成立するか」を分析する方向へ急速に抽象化したことが分かります。
美術館から広告媒体へ――The Second Investigation
Rogetのシソーラスを使う
1968年に始まる《The Second Investigation》では、Peter Mark Rogetが19世紀に考案したシソーラスの分類体系を参照します。辞書が一つの語を定義するのに対し、シソーラスは意味の近い語を分類し、関連づけます。
コスースはそこから抽出した言語情報を、新聞や雑誌の広告欄、ポスター、ビルボードなどに掲載しました。2020年にMIT Pressが紹介した同シリーズの研究書は、このプロジェクトが1968年から1974年に展開され、新聞、雑誌、看板、テレビなどの公共媒体を使った匿名広告という形式を取ったと説明しています。
なぜ「匿名」で出すのか
美術館で「Joseph Kosuth」と書かれた作品を見ると、観客は最初からそれを美術として読みます。しかし通常の新聞広告欄で作者名を強調せずに言語情報と出会った場合、それを美術と認識する保証はありません。
ここでは内容だけでなく、作品を取り囲む制度的なフレームが問題になります。同じ文字列でも、美術館の白い壁、新聞の広告欄、都市の看板では意味と注意の向け方が変わります。作品は、言葉が社会のどこに置かれるかを実験するものになります。
物質の「脱物質化」だけではない
コンセプチュアル・アートはしばしば「作品の脱物質化」と説明されます。確かに《The Second Investigation》では絵画や彫刻のような恒久的物体の重要性は低下しています。しかし新聞紙、看板、写真、スライド、マイクロフィッシュといった物質的媒体は残っています。
重要なのは物が完全になくなることではなく、どの物質形態も唯一の本体ではなくなったことです。言語情報が異なる媒体へ移植され、その移動自体が作品の一部になります。
Art & Languageと共同的な理論活動
雑誌が活動の中心になる
Art & Languageは1968年頃、Terry Atkinson、Michael Baldwin、David Bainbridge、Harold Hurrellらを中心にイギリスで形成されました。1969年から機関誌『Art-Language』を刊行し、美術作品、理論、批評の区別そのものを問い直します。
コスースは1969年にAmerican Editorとなり、1970年の第1巻第2号には「Introductory Note by the American Editor」を発表しました。雑誌の編集と理論的議論が、単なる作品解説ではなくコンセプチュアル・アートの実践そのものとして扱われました。
「作者一人」のモデルを揺らす
近代美術では、作品は一人の作家の独自な感性やスタイルの表現として理解されやすくなります。Art & Languageでは、多数の参加者による文章、対話、編集、共同研究が行われ、誰が単独の作者なのかを明確にできない活動も生まれました。
コスース自身の個人制作は継続しますが、この経験は「芸術家が独創的な物体を作る」という従来像からさらに離れる動きでした。作者性は物を作る手技ではなく、問い、議論、選択、文脈設定へ移ります。
コンセプチュアル・アートは一枚岩ではない
コスース、Sol LeWitt、Lawrence Weiner、Robert Barry、Douglas Huebler、Art & Languageなどはまとめてコンセプチュアル・アートと呼ばれますが、作品観は同じではありません。例えばLeWittはアイデアと実行の分離を重視し、Weinerは言語によって行為や素材の可能性を提示しました。Art & Languageは理論的共同作業を拡大します。
コスース自身は芸術の自己定義や言語的性格を強く主張しました。それを「コンセプチュアル・アート全体の唯一の理論」と考えるのではなく、同時代に存在した複数の立場の中でも特に理論的で自己言及的な一つの立場として見る方が正確です。
Text/Context――同じ文章でも場所が変われば意味は変わる
1970年代後半、作品の外部へ目を向ける
初期コスースは、芸術そのものを自己言及的に検討することを強調しました。しかし1970年代には、言葉の意味が制度や社会的な状況によってどのように変わるかという「context」への関心がより明確になります。
1977–79年の《Text/Context》では文章を大きな広告看板として都市空間へ置きました。Castelli Galleryの記録によれば、1978年と79年にヨーロッパと北米の複数都市で実現され、ニューヨークではSoHoのHouston StreetとBroadwayなどにも設置されました。
広告として見える文章、美術として見える文章
都市のビルボードは通常、商品の宣伝や短いメッセージを素早く伝えるための媒体です。そこへ美術について考える文章を載せると、観客は広告を見る習慣と同じ姿勢でテキストに出会います。
一方、同じ作品の断片がギャラリーへ入れば、文字は「美術作品」として注意深く読まれます。文章そのものが変わらなくても、置かれる場所が変わることで読み方が変化します。《Text/Context》という題名は、この関係をそのまま作品の問題として示しています。
文脈は後付けではない
作品にはまず内容があり、それを展示する場所は後から決めるだけだと考えるなら、contextは外部条件です。しかしコスースにとって、文脈は意味を作る内部要素です。
この考えは初期の《One and Three Chairs》にも遡れます。同じ木の椅子が家庭にあれば家具ですが、美術館で写真と定義の間に置かれれば別の役割を持ちます。1970年代の仕事では、この「置かれた状況が意味を変える」という問題が社会的な空間へ拡張されました。
1980年代以降――引用、歴史、心理、色
辞書から他者の文章へ
1980年代以降、コスースは辞書の短い定義だけでなく、哲学者、作家、精神分析家などの文章を長く引用する作品を増やします。作品の中で使われる言語が、一つの語の分析から文化的・歴史的な引用のネットワークへ広がります。
MIT Pressの著作集は、後期の思考にフロイト、ウィトゲンシュタイン、フランス理論、人類学などが関係していると整理しています。コスースは言語を透明な情報として使うのではなく、誰の言葉なのか、どの時代の文章なのか、どの場所へ置くのかによって意味を変える素材として扱います。
《Zero & Not》――フロイトを引用する
1985年の《Zero & Not》では、言葉をネオンによって提示します。mumok所蔵作品は高さ52センチ、幅304センチのネオン作品として記録されています。この時期の一連の《Zero & Not》はフロイトのテキストと関係し、読み取り、削除、否定、無意識といった問題を扱います。
初期作品では辞書という匿名的・制度的な言語が使われましたが、後期には歴史上の特定の思想家の文章が作品へ入ります。意味を一般化する辞書から、意味をめぐる議論そのものを歴史的引用として展示する方向への変化です。
《276 (On Color) [Yellow]》――黄色についての文章を黄色で見る
1990年に構想され、Centre Pompidouでは2016年版が所蔵される《276 (On Color) [Yellow]》は、ウィトゲンシュタイン『哲学探究』第276節の文章を黄色いネオンで示します。テキストでは、色を見て名前を付けるとき、私たちは何を「意味している」のかが問われます。
ここでは文章を読むだけではありません。「黄色」という知覚について考えながら、実際に黄色い光を見ます。言語と感覚を分離しようとしても、作品の中では同時に経験されます。初期コスースが距離を置こうとした視覚性が、後期には概念を検討する条件として意図的に利用されていることが分かります。
ネオン――言葉を光として空間へ置く
ネオンは「文字」であり「物」でもある
コスースは1960年代半ばからネオンを使用しています。《One Color, Five Adjectives》では、「Adjective」を意味する英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語の五つの単語を白いネオンで壁面へ並べます。
意味としては「形容詞」という同じ概念を指していますが、文字列の長さや綴りは異なります。さらにネオンは読める記号であると同時に、ガラス管、電気、光を持つ物体です。言語を純粋な概念として扱おうとしても、その言語は常に何らかの物質的な形で現れます。
広告の素材を芸術へ戻す
ネオン文字は都市の商業看板にも使われます。そのため、美術館の白い壁に設置されたネオンは、現代美術であると同時に広告や都市景観の記憶を伴います。これは《The Second Investigation》や《Text/Context》で広告媒体を使った仕事ともつながります。
コスースの場合、ネオンの美しい発光そのものを目的にするというより、言語が公共空間でどのように目に入るかという既存の形式を利用しています。しかし実際には、光の強さや色が鑑賞体験に作用するため、「非美学的なコンセプチュアル・アート」という初期の理論だけでは説明しきれない豊かな視覚性も生まれています。
《Neither Appearance Nor Illusion》――歴史的な壁と現在の言葉
2009年、ルーヴルの中世の城壁へ
2009年、コスースはルーヴル美術館の中世の城壁跡に《Neither Appearance Nor Illusion(Ni apparence ni illusion)》を設置しました。ルーヴルの所蔵記録によれば、作品は15の文章と一つの文章断片をネオンで構成し、12世紀の城壁に沿って展開します。2016年から再展示され、2022年には作品の一式がルーヴルへ寄贈されています。
壁は単なる展示用の白い背景ではありません。かつての要塞の基礎であり、現在は世界的な美術館の内部に保存された歴史的遺構です。そこへ現在の言葉を置くことで、建築の歴史、美術館の歴史、観客が歩く現在の時間が重なります。
文章を一度に読むことができない
作品は長い通路に沿って設置されているため、全文章を一つの視点で見ることはできません。観客は壁に沿って歩き、断片を順番に読みます。ルーヴルの作品記録に含まれる文章の一つも、壁は部分的にしか見ることができず、全体は頭の中にあるという趣旨を示しています。
ここでは「意味」が文字列だけにあるのではなく、移動と記憶によって組み立てられます。《One and Three Chairs》では三つの要素を同時に見比べることができましたが、40年以上後のこの作品では、観客自身が空間の中を移動しなければ作品全体を構成できません。
美術館そのものがテキストの一部になる
ルーヴルは歴史上の作品を集め、分類し、保存し、展示する制度です。その最古層の建築へ言葉を直接置くことで、コスースは「美術館の中に作品を展示する」のではなく、美術館の歴史そのものを作品の材料へ変えています。
初期の辞書作品から一貫しているのは、意味が単独の物から自動的に出てくるのではないという考えです。言葉、場所、歴史、制度、観客の経験の関係によって、その都度意味が生成されます。
コスースの主張をそのまま「正解」にしない
《Art After Philosophy》は歴史的に重要だが、作家自身の立場でもある
コスースは《Art After Philosophy》でデュシャン以後の芸術を強く概念的な方向から捉え、形式的・美的な問題を二次的なものとして論じました。この文章はコンセプチュアル・アートの代表的理論として大きな影響を持ちましたが、美術史全体についての中立的な説明ではなく、一人の若い作家による意図的に強い主張でもあります。
同時代にも、絵画、彫刻、身体、素材、知覚、政治などを別の方法で追究する作家は多数いました。「デュシャン以後のすべての芸術は概念的である」というコスースの有名な立場を、そのまま歴史的事実として採用する必要はありません。
美学を排除しようとしても作品には形がある
初期コスースは、芸術を外観や美しさによって判断することに反対しました。しかし《Art as Idea as Idea》の巨大な黒白の文字、《One Color, Five Adjectives》のネオン、《Neither Appearance Nor Illusion》の歴史的石壁と光など、作品には強い視覚的な特徴があります。
観客は文章の意味だけでなく、文字の大きさ、発光、壁との距離、空間の暗さを経験します。コスースの理論と作品の物質性の間にあるこの緊張は、矛盾として排除するより、彼の制作を長期的に見るうえで重要なポイントです。
辞書は中立な真理ではない
辞書は客観的な定義を与える装置に見えますが、どの言葉を採用し、どう定義するかは歴史や社会から独立していません。言葉の意味も時代と使用によって変化します。
初期作品では辞書の無機質な定義が、主観的な絵画に対する対照として機能しました。しかしコスース自身の後期制作が文脈、歴史、引用へ広がったことは、意味が固定された定義だけでは完結しないことを示しています。彼の50年以上の制作は、初期理論を単純に反復したのではなく、その問題を別の条件で何度も開き直したものと見ることができます。
ジョセフ・コスースは何を変えたのか
作品の中心を「作られた物」から「問い」へ移した
《One and Three Chairs》に高度な彫刻技術は必要ありません。《Art as Idea as Idea》では辞書項目が作品となり、《The Second Investigation》では広告媒体が使われます。従来なら作品そのものとは見なされにくかった選択、定義、比較、分類、配置、再制作の規則が、制作の中心になります。
これは「物を作らなくてよい」という単純な自由化以上の変化です。美術家の仕事を、対象を造形することから「どの問題をどの条件で提示するか」へ広げました。その後のインスタレーション、制度批判、テキスト・アート、リサーチ型の制作を考えるうえでも重要な転換です。
美術と言語の関係を中心課題にした
文字は古くから絵画や彫刻に登場しています。しかしコスースは、文字を画像の補助的説明としてではなく、作品を成立させる主要な媒体として扱いました。MoMAも、1960年代のコンセプチュアル・アートで言語が伝統的な素材に代わる重要な手段となり、コスースが言葉へ中心的な役割を与えた初期の作家の一人だったと整理しています。
彼の作品以後、文章を書くこと、辞書を引用すること、指示を与えること、広告を出すこと、理論を発表することが、絵画や彫刻とは別の二次的活動とは限らなくなります。言葉そのものが制作になり得ます。
「文脈」を作品の内部へ持ち込んだ
コスースの制作を1965年から現在まで見ると、初期の自己言及的な「芸術の定義」から、次第に社会的・歴史的な文脈へ関心が広がったことが分かります。新聞広告、ビルボード、ギャラリー、歴史的建築など、言葉が置かれる場所が作品の意味に直接作用します。
そのため彼の仕事は、単に「アイデアが物より重要」と言うだけではありません。どんなアイデアも、言語、媒体、制度、歴史、観客の関係の中でしか意味を持たない。長い制作を通して、コスースはその条件自体を作品にし続けています。
略年譜
- 1945
- 1月31日、オハイオ州トレドに生まれる。
- 1955–1962
- Toledo Museum School of Designで美術を学ぶ。
- 1963–1964
- Cleveland Institute of Artで学ぶ。
- 1965
- ニューヨークへ移りSchool of Visual Artsへ入学。《One and Three Chairs》《One and Three Mirrors》《Notebook on Water》など、後にProto-Investigationsと呼ばれる作品群を開始。
- 1966
- 辞書定義を拡大する《Art as Idea as Idea》シリーズを開始。《One Color, Five Adjectives》など初期ネオン作品も制作。
- 1967
- ニューヨークでMuseum of Normal Artの設立に関わり、初期コンセプチュアル作品を展示する。
- 1968
- 《The Second Investigation》を開始。Rogetのシソーラスを用い、新聞・雑誌・広告など公共メディアへ作品を展開。Seth Siegelaub周辺の展覧会・出版にも参加。
- 1969
- Leo Castelli Galleryで個展。『Studio International』に《Art After Philosophy》を三回にわたり発表。Art-LanguageのAmerican Editorとなる。《When Attitudes Become Form》など重要な国際展に参加。
- 1969–1970
- 《15 Locations》《The Sixth Investigation》など、Investigationsを展開。
- 1970
- MoMA《Information》展に参加。《One and Three Chairs》《Notebook on Water》などが展示される。『Art-Language』第1巻第2号にAmerican Editorとして寄稿。
- 1971–1972
- New School for Social Researchで人類学と哲学を学ぶ。
- 1972
- documenta 5および第36回ヴェネツィア・ビエンナーレに参加。
- 1976
- ヴェネツィア・ビエンナーレに参加。Sarah Charlesworth、Anthony McCallらとのInternational Localなど共同的活動にも関わる。
- 1977–1979
- 《Text/Context》をヨーロッパ・北米の都市空間、ビルボード、ギャラリーなどで展開。
- 1979
- 《Ten Partial Descriptions》を制作。言語と記述、文脈を扱う仕事を継続。
- 1980年代
- 歴史的画像と文章、精神分析、哲学的引用を組み合わせる作品へ展開。《Cathexis》《Zero & Not》《Modus Operandi》などを制作。
- 1985
- 《Zero & Not》を制作。ネオンと言語による作品群をさらに展開。
- 1990
- ウィトゲンシュタイン『哲学探究』第276節を用いた《276 (On Color) [Yellow]》を構想。
- 1991
- 著作集《Art After Philosophy and After: Collected Writings, 1966–1990》がMIT Pressから刊行される。
- 1992
- documenta 9に参加。
- 1993
- ヴェネツィア・ビエンナーレでMenzione d’Onoreを受ける。フランス政府から芸術文化勲章シュヴァリエを受章。
- 2001
- University of Bolognaから哲学・文学分野の名誉博士号を授与される。
- 2007
- ヴェネツィア、San Lazzaro degli Armeniで《The Language of Equilibrium》を発表。
- 2009
- ルーヴル美術館の中世の城壁跡に《Neither Appearance Nor Illusion》を制作。
- 2016
- 《276 (On Color) [Yellow]》のCentre Pompidou所蔵版が実現。ルーヴルでは《Neither Appearance Nor Illusion》の再展示が始まる。
- 2022
- 《Neither Appearance Nor Illusion》がルーヴル美術館へ寄贈される。
- 2025
- 80歳。ニューヨークで《Future Memory》展が開催され、1960年代から最新作までを回顧する。
- 2026
- ヴェネツィアCasa dei Tre Ociで《The-exchange-value-of-language-has-fallen-to-zero》展。初期作品と新作《A Chain of Resemblance》を展示。
参考資料・出典
本ページはThe Museum of Modern Art、Centre Pompidou、Museo Reina Sofía、Van Abbemuseum、High Museum of Art、mumok、Musée du Louvre、Isabella Stewart Gardner Museum、Städel Museum、La Biennale di Venezia、MIT Press、Studio Internationalなどの美術館・研究機関・出版資料を参照してART LIBRARYが独自に執筆しました。原文の全文翻訳ではありません。
- The Museum of Modern Art — Joseph Kosuth
- The Museum of Modern Art — One and Three Chairs
- The Museum of Modern Art — Titled (Art as Idea as Idea) The Word “Definition”
- The Museum of Modern Art — Information
- The Museum of Modern Art — Conceptual art
- The Museum of Modern Art — Language and Art
- Centre Pompidou — Joseph Kosuth
- Centre Pompidou — One and Three Chairs
- Centre Pompidou — One Color, Five Adjectives
- Centre Pompidou — 276 (On Color) [Yellow]
- Museo Reina Sofía — One and Three Chairs
- Van Abbemuseum — The Second Investigation
- High Museum of Art — The Sixth Investigation, Proposition Seven
- mumok — Zero & Not
- Musée du Louvre — Neither Appearance Nor Illusion
- Isabella Stewart Gardner Museum — Joseph Kosuth
- Städel Museum — Joseph Kosuth
- La Biennale di Venezia Historical Archive — Joseph Kosuth
- MIT Press — Art After Philosophy and After
- Studio International — Art after philosophy: part 3, December 1969
- Castelli Gallery — A Short History of Text/Context, 1977–1979
- Cleveland Museum of Art — One and Three Photographs [Ety.] context
資料確認日:2026年10月1日 / ART LIBRARY