Art Library

Jasper Johns

ジャスパー・ジョーンズ

アメリカ / 1930– / 戦後アメリカ美術/ネオ・ダダ

Human Interest:スコット・ロスコフが語るジャスパー・ジョーンズ (Whitney Museum of American Art)
表面の奥底に | 82nd and Fifth (The Met)
ジャスパー・ジョーンズ作「地図」(1961年)|MoMAエデュケーション (The Museum of Modern Art)
Jasper Johns’ Flag and his Fascination with the Familiar (Sotheby’s)

ジャスパー・ジョーンズ(1930–)は、1950年代半ばのニューヨークで、旗、標的、数字、文字、地図といった「すでに知っている」イメージを絵画へ持ち込み、戦後アメリカ美術の方向を大きく変えた作家です。アメリカ国旗を描いても、それを愛国的な象徴として説明することだけが目的ではありません。誰もが瞬時に認識できる形を使うことで、「これは旗なのか、旗の絵なのか」「意味を見るのか、絵具の物質を見るのか」という問題を同時に生み出しました。蜜蝋を使うエンカウスティーク、新聞紙のコラージュ、鋳造した身体や日用品、ステンシル文字、版画などを繰り返し使いながら、一つのイメージを別の素材へ移し、そのたびに見え方と意味がどう変わるかを70年以上にわたって検討しています。

生涯と制作の変遷

アメリカ南部で育ち、ニューヨークへ

ジョーンズは1930年5月15日、ジョージア州オーガスタに生まれ、主にサウスカロライナ州で育ちました。The Metropolitan Museum of Artによれば、幼い頃から画家になることを望み、University of South Carolinaに短期間在籍した後、1948年末にニューヨークへ移りました。Parsons School of Designにも短期間通いましたが、体系的な美術教育より、ニューヨークの展覧会や作家たちとの交流の中で制作を形成していきます。

朝鮮戦争期に軍へ入り、サウスカロライナと日本の仙台に駐留した後、1953年にニューヨークへ戻りました。その後ロバート・ラウシェンバーグと親しくなり、二人はティファニーやBonwit Tellerなど百貨店のウィンドウ・ディスプレイの仕事をしながら制作を続けました。作曲家ジョン・ケージ、振付家マース・カニングハムとの交流も、この時期の重要な環境でした。

1954年、過去の作品を捨てる

MoMAの回顧展資料によれば、ジョーンズは1954年頃、それ以前に制作した作品のうち手元にあるものをほぼ破棄しました。過去の発展過程を残さず、そこから旗、標的、数字、文字といった新しい作品群へ進みます。

同時代のニューヨークでは抽象表現主義が大きな影響力を持ち、画家の身体的な筆触や個人的な感情が絵画の重要な価値として語られていました。ジョーンズは筆触そのものを消したわけではありません。しかし、最初から誰もが知っている旗や標的の形を使うことで、「画家が内面から独自の形を生み出す」という考えから距離を取ります。

《Flag》

1954–55年の《Flag》は、ジョーンズの最初期の代表作です。MoMAによれば、切ったベッドシーツを支持体とし、新聞紙や布片を溶かした蜜蝋へ浸して貼り付け、その上に顔料を混ぜたエンカウスティークと油彩を使いました。

遠くから見れば誰もがアメリカ国旗だと認識できます。しかし近づくと、星条旗の表面が新聞紙、布、固まった蝋、筆跡でできていることが分かります。旗という平らな既製イメージと、非常に物質的な絵画表面が同じ場所にあります。

1955年:《Target with Four Faces》

《Target with Four Faces》では、同心円の標的を描いたカンヴァスの上に木箱を取り付け、その内部へ石膏で型取った四つの顔を置きました。顔は目の部分で切られ、木箱の蓋を閉じれば隠すこともできます。

MoMAは、標的をジョーンズが「the mind already knows」と呼んだ既知の形の一つとして説明しています。標的は見ることと照準を合わせることに関係する図形ですが、その上には目のない顔が並びます。平面の絵画、立体的な身体の断片、開閉可能な箱が一つになり、「絵画は壁に掛ける平らな面」という前提を崩しています。

1958年、Leo Castelli Galleryで最初の個展

1958年1月、Leo Castelli Galleryで最初の個展が開かれました。National Gallery of ArtとMoMAによれば、旗、標的、数字などを使った作品はすぐに大きな注目を集め、MoMAも個展とほぼ同時期に複数の作品を収蔵しました。

当時、作品は抽象表現主義への反応として読まれる一方、後のポップ・アート、ミニマリズム、コンセプチュアル・アートにつながる問題を含むものとして受け止められるようになります。ただし、ジョーンズ自身の制作はその後も特定の運動へ収まらず、同じイメージを何十年も変形しながら使い続けました。

《False Start》:色と言葉を食い違わせる

1959年の《False Start》では、赤、黄、青、オレンジなどの絵具が激しい筆触で塗られ、その上へRED、BLUE、YELLOW、ORANGEなどの色名がステンシルで置かれています。しかし文字が示す色と、その文字自体の色は一致しません。

「BLUE」という文字を読むことと、青を見ることが同時に一致しないため、鑑賞者は読むことと見ることの間を往復します。ジョーンズは抽象表現主義を思わせる筆触を使いながら、その上に言語という別の認識システムを重ね、絵具だけを感情的なジェスチャーとして見ることを難しくしました。

1960年:《Painted Bronze》

1960年、ジョーンズはBallantine Aleの二本の缶をブロンズで鋳造し、実物の市販品に見えるよう油彩で手描きしました。Whitney Museumによれば、一見すると二本の大量生産された缶に見えますが、ラベルまで手作業で描かれています。

これは日用品をそのまま展示するデュシャンのレディメイドとは異なります。大量生産品をわざわざブロンズで複製し、工業印刷のラベルを手で描くことで、「本物の日用品」と「手作りされた美術作品」の関係を反転させています。

1961年:《Map》

《Map》では、アメリカ合衆国の地図を約3メートル幅の巨大な油彩画へ変えました。州境と州名は残っていますが、絵具は激しく重なり、地図として必要な明瞭さは崩れています。

MoMAは、地図のような身近なイメージは「あまりにもよく知っているため、見てはいるが詳しく見ていない」ものだというジョーンズの考えを紹介しています。情報を伝えるための地図を絵画にすることで、通常なら読み飛ばす輪郭、文字、色、表面を改めて見ることになります。

1960年代半ば:一つの記号から複数の断片へ

1964年の《According to What》では、それまでの旗や標的のような一つの記号を中心とする構成から離れ、六枚のパネルへ文字、色、新聞、物体、身体の鋳型、デュシャンへの参照などを大量に組み込みました。

Whitneyは、この時期にジョーンズが複数の技法とモチーフを一つの画面へ集積する大型作品へ進んだと説明しています。作品は一つの主題を説明するより、互いに異なる視覚情報が並び、意味が常に別の方向へ移る構造になります。

主要作品

1950年代の旗と標的から、言葉と色、日用品の彫刻、地図、複数のイメージを集積した大型作品、自伝的な《The Seasons》、晩年の《Regrets》まで、ジョーンズが同じ問題を反復しながら制作を変化させてきた流れを追える8作品を選びました。存命作家であり作品は著作権保護下にあるため、ART LIBRARYでは画像なしで掲載します。

旗

Flag / 1954–1955(裏面に1954と記載) / エンカウスティーク、油彩、コラージュ・布(合板にマウント)、3パネル / 107.3 × 153.8 cm

The Museum of Modern Art, New York

ジョーンズの出発点となった代表作。MoMAによれば、切ったベッドシーツ、新聞紙、布片を使い、顔料を混ぜた蜜蝋で星条旗の形を作りました。遠くからは既知の国旗として瞬時に認識できますが、近づくと蝋、新聞、布、筆触という物質的な表面が現れます。「旗そのもの」と「旗を描いた絵」の境界を曖昧にした作品です。

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四つの顔のある標的

Target with Four Faces / 1955 / エンカウスティーク・新聞紙と布(カンヴァス)、着色石膏の顔4点、蝶番付き木箱 / 全体(箱を開いた状態)85.3 × 66 × 7.6 cm

The Museum of Modern Art, New York

同心円の標的の上へ、同じモデルから異なる時期に型取った四つの石膏顔を置いた作品。顔は目の部分で切られ、木製の蓋を閉じれば隠すことができます。MoMAは、標的を『the mind already knows』ものの一つと説明し、蝋の厚い表面と立体物によって絵画の物体性を強めた作品としています。

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フォルス・スタート

False Start / 1959 / 油彩・カンヴァス / 170.8 × 137.2 cm

Private collection

赤、黄、青などの激しい筆触の上へ、RED、BLUE、YELLOWなどの色名をステンシルで配置した作品。文字が示す色と、その文字自体に使われた色が一致しないため、『読む』情報と『見る』情報が衝突します。後の版画《False Start I》でも同じ構成を色彩版と灰色版へ変換し、知覚と反復の問題を展開しました。

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ペインテッド・ブロンズ

Painted Bronze / 1960(この鋳造・彩色は1964) / ブロンズ、油彩、3パーツ / 全体 14 × 20.3 × 11.4 cm

Whitney Museum of American Art, New York

Ballantine Aleの二本の缶をブロンズで鋳造し、印刷ラベルに見える表面を油彩で手描きした彫刻。Whitneyは、一見同じ大量生産品に見える二本が、近づくと手描きによる差を持つことを指摘しています。既製品そのものではなく、既製品を重いブロンズと手仕事で再制作することで、商品と美術作品、複製とオリジナルの関係を反転させています。

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地図

Map / 1961 / 油彩・カンヴァス / 198.2 × 314.7 cm

The Museum of Modern Art, New York

アメリカ合衆国の州境と州名を残しながら、約3.1メートル幅の激しい油彩画へ変換した作品。MoMAは、地図をあまりにもよく知っているため通常は『見ているが調べていない』イメージとして説明しています。地理情報としての正確な図を、筆触と色の物質へ変えることで、知識と実際の視覚の差を表面化します。

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何に従って

According to What / 1964 / 油彩、木炭、鉛筆・カンヴァス、物体、6パネル / 全体 223.5 × 487 cm

The Middleton Family Collection

六枚のパネルへ色面、文字、新聞、身体の鋳型、椅子の断片、デュシャンの横顔を思わせる像などを集積した約4.9メートル幅の大型作品。Whitneyは、それまで一つの旗や標的を中心にしていたジョーンズが、1960年代初頭から複数の要素・技法を自己参照的にまとめる作品へ進んだ重要例として位置づけています。

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夏

Summer / 1985 / エンカウスティーク・カンヴァス / 190.5 × 127 cm

The Museum of Modern Art, New York

四季を扱う《The Seasons》の最初の作品。MoMAは、このシリーズを当時のジョーンズ作品の中で最も自伝的なものと説明しています。人物の影、腕、過去作品や私物を思わせる像が重なり、初期に避けていた心理・感情・時間・身体がより直接的に画面へ入ります。同じ影はSpring、Fall、Winterにも反復されました。

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リグレッツ

Regrets / 2013 / 油彩・カンヴァス / 170.2 × 243.8 cm

The Museum of Modern Art, New York

ジョン・ディーキンが撮影したルシアン・フロイドの古い写真を出発点とするシリーズの油彩。MoMAによれば、ジョーンズは人物だけでなく損傷した写真の状態にも惹かれ、反転、複製、切り取りを繰り返しました。題名は感情的な『後悔』だけでなく、招待などを断るため本人が作った『Regrets / Jasper Johns』というゴム印にも由来します。

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「すでに知っているもの」を描く

旗や標的は、画家が発明した形ではない

ジョーンズが1950年代に選んだ旗、標的、数字、アルファベットは、どれも社会の中ですでに規格化された形です。作家独自のモチーフとして一から発明する必要がありません。

National Gallery of Artは、ジョーンズがこうした素材を「things the mind already knows」と呼んだことを紹介しています。既知の形を使えば、「何を描くか」を考える必要が減り、その代わりに材料、表面、色、反復、絵と物の関係へ集中できます。

旗はイメージであり、物でもある

《Flag》が複雑なのは、実際の国旗と同じように長方形で、星と帯を持ち、それ自体が壁に置かれる平面だからです。風景画なら「風景」と「風景を描いたカンヴァス」は明確に異なります。しかし旗の場合、描かれた旗と実物の旗が形としてほぼ一致します。

そのため「これは旗の絵なのか、それとも絵として作られた旗なのか」という区別が不安定になります。ここからジョーンズは、表象と物体の境界を長く追究していきました。

政治的象徴に意味を限定しない

アメリカ国旗には当然政治的・国家的意味があります。Metは、作品を見る年代や鑑賞者の国籍によって、アメリカ国家、マッカーシズム、ベトナム戦争など異なる連想が生じ得ると説明しています。

しかしジョーンズは旗の意味を一つに固定していません。国家の象徴であると同時に、平らな形、繰り返されるパターン、誰もが暗記している図像でもあります。作品の重要性は、複数の意味が同時に存在し、どれか一つに決まらないところにあります。

絵なのか、物なのか

エンカウスティークが表面を固定する

ジョーンズは初期の多くの作品で、顔料を溶かした蝋へ混ぜるエンカウスティークを使いました。蝋は比較的早く固まり、下の新聞紙や布、筆の動きを表面へ固定します。

抽象表現主義の流動的な油彩の筆触と異なり、ジョーンズの筆触は蝋の中へ物質として止まります。遠くから認識できる記号と、近距離でしか見えない物質的な表面が共存します。

実物を付ける

《Target with Four Faces》の石膏顔、《According to What》の椅子や身体の鋳型、《Perilous Night》の腕や画家の道具など、ジョーンズは平面へ実物や鋳造物を取り付けました。

それによって絵画は「別のものを描く表面」であるだけでなく、実際に物体を含む存在になります。鑑賞者はイメージを読むことと、壁から突き出した物体を見ることを同時に要求されます。

《Painted Bronze》の逆転

《Painted Bronze》では逆に、実物の缶を使わず、彫刻として完全に作り直しました。見た目は工業製品ですが、実際には重いブロンズで、表面は手描きです。

既製品を美術館へ持ち込むレディメイドと、既製品を高度な手仕事で複製する彫刻。その二つの差を意図的に曖昧にしています。

色と言葉――見ることと読むことのずれ

言葉は意味を伝えるだけではない

ジョーンズはアルファベット、数字、色名、作品タイトル、署名などを繰り返し画面へ入れます。文字は文章として意味を伝えると同時に、線と形を持つ視覚的な物体でもあります。

《False Start》では「RED」「BLUE」「YELLOW」などの文字と実際の色を一致させません。鑑賞者は文字の意味を自動的に読んでしまいますが、目の前の色は別の情報を示しています。

知っていることと、見えていること

地図を見れば「アメリカ」と分かり、数字の5を見れば「5」と読みます。しかし、その瞬間に線の形や絵具の質感を見ることを止めている可能性があります。

ジョーンズの作品は、認識が速すぎることを利用します。分かったと思った瞬間に、表面、色、位置、素材の違いが認識を再び遅くします。

ジャスパー・ジョーンズの作品をどう見るか

最初に「何だと分かったか」を意識する

旗、標的、数字、地図を見ると、鑑賞者はほぼ瞬時に名前を付けます。まず、その自動的な認識自体を意識します。

その後で近づき、新聞紙、蝋、筆触、擦れ、文字、物体などを見ると、「知っているイメージ」と「実際に目の前にある表面」の差が見えてきます。

同じモチーフの違いを見る

ジョーンズは同じ旗、標的、数字、クロスハッチ、身体の断片を何度も描き直し、版画にも移します。繰り返しは同じ作品を量産することではありません。

《Flag》と《Three Flags》では、同じ星条旗でも前者はほぼ通常の平面、後者は三枚が前方へ飛び出す構造です。同じ像だからこそ、支持体、奥行き、色、材料の差が明確になります。

意味を一つに決めようとしない

ジョーンズの作品には、デュシャン、美術史、ジョン・ケージ、個人的な記憶、新聞写真など具体的な参照が多数あります。しかし、参照元を特定すれば作品が解けるわけではありません。

National Gallery of Artも、ジョーンズのイメージが複数の意味を許す「signs」として機能すると説明しています。参照を調べつつ、それらが一枚の作品の中で完全に統合されない状態を見る必要があります。

表面と構造を分けて見る

色彩だけでなく、カンヴァスが何枚あるか、箱や蝶番が付いているか、物体が前へ突き出しているかを確認します。ジョーンズでは支持体そのものが作品の論理へ参加しています。

デュシャン、ケージ、ラウシェンバーグとの接点

ラウシェンバーグとの近い制作環境

1950年代のジョーンズとロバート・ラウシェンバーグは親しく交流し、生活と制作の両面で非常に近い時期を過ごしました。二人は百貨店のウィンドウ装飾の仕事も共同で行い、それぞれが絵画へ日用品や既存イメージを取り入れていきました。

ラウシェンバーグのCombinesとジョーンズの旗・標的は外見上異なりますが、抽象表現主義の「絵具だけでできた独立した絵画」から、既存の世界へ再び接続するという点で共通する問題を持っています。

ジョン・ケージ

作曲家ジョン・ケージとの交流は、偶然、反復、日常的な素材、作品と観客の関係を考えるうえで重要でした。ジョーンズはケージやマース・カニングハムの活動とも関わり、舞台美術などにも参加しました。

ケージの方法をそのまま絵画へ移したわけではありませんが、「作者がすべての意味を支配しない」という考えはジョーンズの曖昧で開かれた作品と重要な共通点を持ちます。

マルセル・デュシャン

既製品、言葉、偶然、作品の定義を問い直したマルセル・デュシャンは、ジョーンズにとって重要な先行者でした。《According to What》にはデュシャンの横顔のシルエットを持つ小さなカンヴァスなど、直接的な参照が含まれています。

Whitneyの2021年回顧展では、《According to What》とデュシャンの言語・絵画・物体を横断する考えとの関係が明確に取り上げられました。ただしジョーンズはレディメイドを反復したのではなく、既製の形を手作業で何度も作り直す方向へ展開しています。

版画と反復――同じ像を別の方法で作る

1958年以降、版画は中心的な媒体になる

ジョーンズは1958年頃からUniversal Limited Art Editions(ULAE)などで本格的に版画制作を始めました。National Gallery of Artは、ジョーンズを20世紀後半の重要な版画家の一人として位置づけています。

リトグラフ、エッチング、スクリーンプリント、鉛レリーフなどを用い、絵画で使った旗、標的、数字、地図を何度も版画へ変換しました。

複製のためだけではない

同じ《False Start》をリトグラフにした際には、色彩版と黒・灰色版を同じ石版から作りました。MoMAは、同じ構成を異なる状態へ変換することが、ジョーンズの版画で繰り返される方法になったと説明しています。

版画は完成した絵画をコピーして広める手段ではありません。一つの像を別の技術へ移したとき何が残り、何が失われ、何が新しく生まれるかを検討する実験です。

「Take an object / Do something to it」

ジョーンズは1963–64年頃のノートに「Take an object / Do something to it / Do something else to it」という有名なメモを残しています。Metもこの言葉を、同じ対象へ変形を重ねる彼の制作方法を示すものとして紹介しています。

旗を描く、版画にする、白くする、三枚重ねる、反転する。完成した一つの答えを求めるより、同じ対象に別の操作を加え続けることが制作を前へ進めます。

1980年代以降――個人的な像が増えていく

公共的な記号から、作家の身近なものへ

National Gallery of Artによれば、1980年代初頭からジョーンズの作品には、陶器、スタジオ内の物、新聞から切り取った写真、美術史上の作品など、一般の鑑賞者より本人にとって身近なイメージが増えていきます。

それ以前の旗や数字は誰でも同じ形を知っています。1980年代以後の作品では、像の出所を知らなければすぐには意味が分かりません。作品はより私的で、解読しにくい構造になります。

《Perilous Night》

1982年の《Perilous Night》では、ジョン・ケージの楽曲、ピカソの「泣く女」のハンカチ、グリューネヴァルト《イーゼンハイム祭壇画》の一部、自宅のドアをもとにした木目、腕の鋳型、画家の道具などが同じ作品へ集められています。

National Gallery of Artは、これらを「独立した視覚システム」が解決されないまま共存する作品として説明しています。初期作品の冷静な公共記号とは異なり、死、身体、美術史、個人的環境がより直接的に重なります。

《The Seasons》

1985–86年の《The Seasons》では、Spring、Summer、Fall、Winterの四季を通じて同じ人影、腕、過去作品の断片、私物などが反復されます。MoMAは、このシリーズを当時のジョーンズ作品の中で最も自伝的なものと説明しています。

《Summer》には地面へ落ちた人物の影をトレースした形が使われています。初期に自分の心理や感情を作品から隠そうとしていたジョーンズが、時間、身体、老い、記憶をより直接的に扱い始めた重要な転換です。

《Regrets》――一枚の写真を何度も変換する

ルシアン・フロイドの古い写真

2012年、ジョーンズはオークション・カタログに掲載されていた写真家ジョン・ディーキン撮影のルシアン・フロイドの古い写真を目にしました。MoMAによれば、ベッドに座り額へ手を当てるフロイドの姿だけでなく、写真自体の損傷や欠落にも関心を持ちました。

その一枚を反転し、左右に配置し、拡大し、切り取り、油彩、水彩、木炭、版画などへ変換して、2012–14年にまとまったシリーズを作りました。

同じ出発点から何種類の像を作れるか

《Regrets》では、同じ写真を使っているにもかかわらず、媒体や反転によって身体が洞窟、骸骨、鏡像のように見える作品があります。MoMAはこのシリーズを、行き止まりと新しい始まりが連続するジョーンズの制作過程を明確に示すものと説明しています。

1950年代に旗や標的で行った「同じ像に別の操作を加える」方法が、80歳を超えた時期にも続いていることが分かります。

「Regrets」は感情の告白だけではない

Regretsという言葉は「後悔」を意味しますが、MoMAによれば、ジョーンズが招待などを断る際に押すため作った「Regrets / Jasper Johns」というゴム印から題名が来ています。

深刻な感情を連想させる言葉と、事務的な断り文句が同じ題名に重なります。初期から続く「読むことと見ることのずれ」が、晩年には個人的なイメージと結びついています。

戦後美術のなかでの位置

抽象表現主義の「次」として現れた

ジョーンズは抽象表現主義を完全に否定したわけではありません。《False Start》には激しい筆触があり、作品表面への強い関心も共有しています。ただし、その筆触を旗、文字、地図などすでに意味を持つ形と組み合わせることで、純粋な個人的表現として読むことを難しくしました。

ポップ・アートの先行者だが、ポップ作家そのものではない

日常的な記号や商品を美術へ入れたことは、ウォーホル、リキテンスタインら後のポップ・アートに大きな道を開きました。MoMAやWhitneyも、ジョーンズの制作がポップ、ミニマリズム、コンセプチュアル・アートなど次世代の複数の動向を刺激したと位置づけています。

しかしジョーンズ自身の作品は、大量消費社会のイメージだけを扱うものではありません。蜜蝋の物質性、言葉、知覚、記憶、美術史、身体、反復などへ問題を広げており、一つの運動名で全体を説明することはできません。

「意味を説明しすぎない」作品

ジョーンズは作品の解釈を一つに固定することを避けてきました。2021–22年にWhitney MuseumとPhiladelphia Museum of Artが二都市同時開催した大回顧展《Mind/Mirror》も、鏡像、反復、対、記憶、異なる媒体という複数の視点から70年近い制作を構成しました。

ジョーンズの作品では、「これは何を意味するのか」という問いに一つの答えを与えるより、見る、読む、知る、触れることのできる物質を区別しながら、それらが一致しない状態を経験することが重要です。

画像利用について

ジャスパー・ジョーンズは存命作家であり、作品は現在も著作権保護下にあります。MoMAは2026年現在、作品画像に「© 2026 Jasper Johns / Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), NY」と表示し、WhitneyもVAGA / ARSによる権利管理を明示しています。ART LIBRARYでは主要作品画像を無断転載せず、現段階では作品情報と公式所蔵館・展覧会ページへのリンクで構成します。

略年譜

1930
5月15日、ジョージア州オーガスタに生まれ、主にサウスカロライナ州で育つ。
1948–1949
University of South Carolinaを離れニューヨークへ移る。Parsons School of Designにも短期間在籍。
1951–1953
アメリカ陸軍に所属。サウスカロライナおよび日本の仙台に駐留する。
1953
ニューヨークへ戻り、ロバート・ラウシェンバーグ、ジョン・ケージ、マース・カニングハムらとの交流を深める。
1954
過去の作品の多くを破棄。旗、標的、数字など「すでに知っている」形を使う制作を始める。《Flag》の制作を開始。
1955
《Target with Four Faces》などを制作。エンカウスティーク、コラージュ、立体物を組み合わせる。
1958
Leo Castelli Galleryで最初の個展。MoMAが同時期に作品を収蔵。版画制作も本格化する。
1959
《False Start》を制作。色彩と色名を意図的に食い違わせる。
1960
《Painted Bronze》を制作。Ballantine Ale缶をブロンズで鋳造し、手描きで市販品の外観を再現する。
1961
《Map》を制作。
1963–1964
ノートに「Take an object / Do something to it / Do something else to it」と記す。《According to What》を制作。
1960年代後半
スクリーンプリント、リトグラフ、鉛レリーフなど版画・複製技術の実験を拡大。旗石状のクロスハッチへつながるモチーフも現れる。
1970年代
クロスハッチ、身体の断片、自作の引用などを用い、より抽象的で自己参照的な作品を展開。
1982
《Perilous Night》を制作。美術史、身体、私物、音楽などより個人的な参照を複雑に組み合わせる。
1985–1986
《The Seasons》を制作。自分自身を思わせる影や過去作品の断片を用い、自伝的要素を強める。
1988
ヴェネツィア・ビエンナーレでアメリカ館を代表し、作品を発表。
1996–1997
MoMAで大規模回顧展《Jasper Johns: A Retrospective》開催。その後ケルン、東京へ巡回。
2012–2014
ルシアン・フロイドの古い写真を出発点に《Regrets》シリーズを制作。2014年MoMAで発表。
2021–2022
Whitney Museum of American ArtとPhiladelphia Museum of Artで、二館同時の大回顧展《Jasper Johns: Mind/Mirror》開催。

参考資料・出典

本ページはThe Museum of Modern Art、Whitney Museum of American Art、The Metropolitan Museum of Art、National Gallery of Art、Philadelphia Museum of Artなどの美術館資料を参照してART LIBRARYが独自に執筆しました。原文の全文翻訳ではありません。

資料確認日:2026年10月1日 / ART LIBRARY