Art Library

Gerhard Richter

ゲルハルト・リヒター

ドイツ / 1932– / 戦後ドイツ美術

Gerhard Richter Interview: In Art We Find Beauty and Comfort (Louisiana Channel)
Gerhard Richter: Painting After All | Met Exhibitions (The Met)
National trauma and the impossibility of forgetting | Gerhard Richter | UNIQLO ARTSPEAKS (The Museum of Modern Art)
Sotheby’s Presents: Gerhard Richter’s Monumental Masterpiece (Sotheby’s)
GERHARD RICHTER AT FONDATION LOUIS VUITTON – HIGHLIGHTS – WALKTHROUGH (BLACKQUBE MAGAZINE)
Gerhard Richter: 100 Works for Berlin / Neue Nationalgalerie Berlin (VernissageTV)
ゲルハルト・リヒターと彼の絵画をスクリーンで | ゲルハルト・リヒターの絵画フィルム | Euromaxx (DW Euromaxx)

ゲルハルト・リヒター(1932–)は、写真をもとにした絵画、抽象絵画、色見本、鏡やガラス、写真への加筆などを横断しながら、絵画が現実や記憶をどのように表象できるのかを問い続けてきたドイツの作家です。具象と抽象を別々の時期として切り替えるのではなく、複数の方法を長期間並行して用いることで、像の確かさと不確かさ、絵画と写真、歴史と記憶の関係を検討してきました。

生涯と制作の変遷

東ドイツから西ドイツへ

リヒターは1932年、ドレスデンに生まれました。1952年からドレスデン美術アカデミーで学び、社会主義リアリズムの制度下で壁画制作にも携わります。1959年には西ドイツのカッセルで開催されたdocumenta 2を訪れ、ジャクソン・ポロックやルーチョ・フォンタナなどの抽象表現に接しました。

1961年、ベルリンの壁が建設される直前に東ドイツを離れ、デュッセルドルフへ移ります。その後デュッセルドルフ美術アカデミーで学び直し、ジグマー・ポルケやコンラート・リュークらと交流しました。1963年には家具店を会場に《Leben mit Pop: Eine Demonstration für den Kapitalistischen Realismus》を行い、西側の消費社会やメディア環境を背景とした新しい絵画のあり方を模索します。

写真を絵画へ変換する

1962年頃から、リヒターは新聞、雑誌、家族写真などをもとに絵画を制作するようになります。写真の像をキャンバスへ移したうえで、まだ乾いている絵具を刷毛などで横方向にぼかし、写真の鮮明さと絵画の物質性を同時に揺らしました。

《Uncle Rudi(叔父ルディ)》は、家族アルバムの写真をもとに、軍服姿の叔父を描いた作品です。個人的な家族写真でありながら、第二次世界大戦とナチ時代のドイツという集合的な歴史とも接続します。現在この作品はチェコのLidice Memorialのコレクションに属しています。

色見本、グレー、ガラス

1960年代半ば以降、リヒターは写真絵画と並行して、色見本を拡大したような《Colour Charts》、グレーの単色画、ガラスを用いた作品などを制作します。《Ten Large Colour Charts》では、市販の塗料見本を思わせる色の配列を大画面へ拡大し、作家の主観的な色選択から距離を取ろうとしました。

1967年の《4 Panes of Glass》では、4枚のガラス板を金属フレームに取り付け、透過、反射、観客の位置や周囲の空間を作品へ取り込みます。写真に基づく絵画、抽象画、ガラス作品は見た目こそ大きく異なりますが、いずれも「像がどのように見えるか」という問題に結びついています。

具象と抽象を並行する

1970年代から1980年代以降、リヒターは風景、肖像、グレーの絵画、色彩を体系化した作品、大型の抽象画などを並行して制作します。大型抽象画では、絵具を塗り重ねた上からスキージーを引き、下層を隠すと同時に別の層を露出させることで、作家が完全には予測できない表面を生み出しました。

このため、リヒターの制作を「写真絵画から抽象画へ進んだ」と一直線に説明することはできません。The Metropolitan Museum of Artも、リヒターの長い制作を表象と抽象という二つの方法を継続的に往復する実践として位置づけています。

歴史的記憶をどう描くか

1988年の15点組《October 18, 1977》では、西ドイツのRed Army Faction(RAF)をめぐる新聞・警察写真などをもとに、暗くぼかされたモノクロームの絵画を制作しました。報道写真をそのまま再現するのではなく、二次的なイメージを絵画へ変換することで、出来事そのものと、それが後に記憶されるイメージとの距離を示しています。

2014年の《Birkenau》では、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で囚人によって秘密裏に撮影された4枚の写真を出発点としました。リヒターは当初その像をキャンバスへ描こうとしましたが、最終的に何層もの絵具で覆い、スキージーで削ることで抽象画へ変えました。Metはこの過程を、ホロコーストという歴史的惨事を絵画で表象できるのかという問いへの継続的な格闘として説明しています。

リヒターの作品をどう見るか

写真は「客観的な現実」ではない

リヒターは写真を現実そのものの証拠として扱うのではなく、一度撮影され、選ばれ、印刷され、記憶されたイメージとして扱います。写真を絵画へ変換し、さらにぼかすことで、像は見えているのに完全には確定しない状態になります。重要なのは、写真と絵画のどちらがより正しいかを決めることではなく、どちらも現実を媒介する方法であることです。

抽象画でも作者がすべてを支配しない

スキージーを用いる抽象画では、絵具の層を引き延ばすことで、下層が偶然現れたり、逆に覆われたりします。リヒターは工程を選択し、止める判断を行いますが、表面の細部まで完全に計画することはできません。偶然と制御が同時に存在する点が、リヒターの抽象画を見る重要な手がかりです。

ガラスと鏡は周囲を作品へ入れる

《4 Panes of Glass》や後年の《House of Cards (5 Panes)》では、透明なガラスが周囲の空間を透過させる一方、角度によって反射も生じます。観客が移動すると、見える像も変化します。Metは《House of Cards》について、複数の反射と屈折によって知覚が不安定になることを、リヒターの写真絵画や抽象画における像の揺らぎと関連づけています。

歴史を一つの像に固定しない

《October 18, 1977》や《Birkenau》では、歴史的出来事が直接的な説明図として描かれているわけではありません。ぼかし、反復、上塗り、削り取りによって、記録写真と絵画のあいだに距離がつくられます。それは歴史を曖昧にするというより、過去を一つの鮮明な像へ固定すること自体の困難さを示しています。

主要作品

リヒターを一つの様式に限定しないため、初期の写真絵画、色見本、ガラス、歴史を扱う連作、大型抽象画、近年のガラス作品まで7件を掲載します。

叔父ルディ

Onkel Rudi (Uncle Rudi) / 1965 / 油彩・カンヴァス / 87 × 50 cm

Lidice Memorial, Czech Republic

家族写真をもとに、ドイツ国防軍(Wehrmacht)の軍服姿の叔父を描いた作品。1960年代にLidice Memorialへ寄贈されました。

所蔵館の作品情報 ↗

10の大型カラーチャート

Ten Large Colour Charts (Zehn große Farbtafeln) / 1966 / 塗料・カンヴァス、10点組 / 全体 250 × 950 cm

Kunstsammlung Nordrhein-Westfalen, Düsseldorf

市販の塗料見本を思わせる色の配列を拡大した初期のColour Charts。Catalogue Raisonné 144。

所蔵館の作品情報 ↗

4枚のガラス

4 Panes of Glass (4 Glasscheiben) / 1967 / ガラス、鉄・4点組 / 各 190 × 100 cm

Herbert Foundation, Ghent

4枚のガラス板が金属フレームに取り付けられ、透過と反射、観客の位置によって見え方が変化します。Catalogue Raisonné 160。

所蔵館の作品情報 ↗

1977年10月18日

October 18, 1977 / 1988 / 油彩・カンヴァス、15点組 / 展示寸法可変

The Museum of Modern Art, New York

Red Army Faction(RAF)をめぐる報道・警察写真などをもとに制作された15点の連作。

所蔵館の作品情報 ↗

Cage 1

Cage 1 / 2006 / 油彩・カンヴァス / 290 × 290 cm

Tate, London

6点組《Cage》の一作。スキージーによる重層的な抽象画。Catalogue Raisonné 897-1。

所蔵館の作品情報 ↗

ビルケナウ

Birkenau / 2014 / 油彩・カンヴァス、4点組 / 各 260 × 200 cm

Gerhard Richter Art Foundation / long-term loan to Neue Nationalgalerie, Berlin

アウシュヴィッツ=ビルケナウで囚人が秘密裏に撮影した4枚の写真を出発点に制作。2026年現在、Neue Nationalgalerieの長期貸与作品群の中心作品として展示されています。

所蔵館の作品情報 ↗

ハウス・オブ・カード(5枚のガラス)

House of Cards (5 Panes) / 2019 / ガラス、鋼 / 各 320 × 180 × 1 cm/全体 320 × 380 × 285 cm

The Metropolitan Museum of Art, New York

5枚の大型ガラス板を自立させた作品。透明、反射、屈折により、観客の移動と周囲の空間が像へ組み込まれます。

所蔵館の作品情報 ↗

一つの「作風」にまとめない

リヒターの作品は、ぼかされた写真絵画、グレーの単色画、色見本、大型抽象画、鏡、ガラスと大きく姿を変えます。そのため、作品の外見だけを基準にすると、一人の作家の仕事とは思えないほど分散して見えます。しかしThe Metの回顧展《Gerhard Richter: Painting After All》が示したように、その全体には、表象と抽象、写真と絵画、複製と唯一性、個人的記憶と集合的歴史という問題が繰り返し現れます。

重要なのは、具象か抽象かのどちらかをリヒターの「本当の作風」と決めることではありません。異なる制作方法を並行して維持し、一つの様式へ自分を固定しないこと自体が、リヒターの長い制作の特徴です。

現在も画像利用には注意が必要

リヒターは1932年生まれの現代作家で、作品画像の多くは現在も著作権保護下にあります。MoMAやThe Metの作品ページでもGerhard Richterの著作権表示が付されています。ART LIBRARYでは、作品情報を掲載できることと、作品画像を転載できることを分けて扱い、画像については利用許諾や各機関の公開条件を個別に確認します。

略年譜

1932
ドレスデンに生まれる。
1952–1957
ドレスデン美術アカデミーで学び、壁画制作を専攻する。
1959
documenta 2を訪れ、ポロックやフォンタナなど西側の現代美術に接する。
1961
東ドイツを離れデュッセルドルフへ移住。デュッセルドルフ美術アカデミーで学ぶ。
1962
写真を資料とする絵画を本格的に開始。
1963
コンラート・リュークと《Leben mit Pop: Eine Demonstration für den Kapitalistischen Realismus》を開催。
1965
《Uncle Rudi》を制作。
1966
《Colour Charts》の制作を始める。
1967
《4 Panes of Glass》を制作。グレーの単色画にも取り組む。
1968
写真や新聞切り抜き、スケッチなどを集積する《Atlas》を体系化していく。
1988
15点組《October 18, 1977》を制作。
2006
6点組《Cage》を制作。
2014
4点組《Birkenau》を制作。
2019
ガラス作品《House of Cards (5 Panes)》を制作。
2023以降
Gerhard Richter Art FoundationからNeue Nationalgalerieへの長期貸与作品群がベルリンで公開され、《Birkenau》もその中心作品として展示される。

参考資料・出典

本ページは以下の美術館・作家公式資料を参照してART LIBRARYが独自に執筆しました。原文の全文翻訳ではありません。作品画像の著作権・転載条件は各所蔵館および権利者の案内をご確認ください。

資料確認日:2026年9月30日 / ART LIBRARY