Diane Arbus(1923–1971)は、第二次世界大戦後のアメリカ写真において、肖像写真とドキュメンタリー写真の関係を大きく組み替えた写真家です。彼女が撮ったのは、街を歩く人々、子ども、家族、カップル、芸能人、サーカスの出演者、ヌーディスト、当時の言葉で「female impersonator」と呼ばれた人物、知的・発達障害のある人々などでした。しかし重要なのは、珍しい被写体を集めたことではありません。Arbusは、社会的な肩書きや「普通/異常」といった分類が、カメラの前でどのように揺らぐのかを見つめました。多くの人物はカメラを意識し、正面からこちらを見返しています。その視線によって、写真は一方的な観察の記録ではなく、撮る側と撮られる側が向き合った時間の痕跡になります。
1950年代後半に個人制作へ軸足を移したArbusは、New Yorkの街頭で35mmカメラを用いるところから出発し、1962年頃にはRolleiflexによる正方形フォーマットへ移行しました。1963年と1966年にはGuggenheim Fellowshipを得て「American Rites, Manners and Customs」を進め、1967年にはLee Friedlander、Garry WinograndとともにMoMAの《New Documents》に参加します。晩年には《A box of ten photographs》を自ら編集し、写真を雑誌のための一回的な印刷物ではなく、選択・プリント・順序・箱まで含む作品として提示しました。Arbusの仕事は現在も、親密さと距離、協働と搾取、外見と自己像、記録と演出をめぐる議論を生み続けています。
CONTENTS
- 生涯と制作の変遷
- ファッション写真から個人制作へ
- Lisette Model――被写体へ近づくこと
- 1956–62年――New Yorkを歩く
- 正方形フォーマット――見ることと見返されること
- American Rites, Manners and Customs
- 1967年《New Documents》
- 肖像――「素顔」を暴くのではなく、自己像と出会う
- 「普通」と「例外」をどう見るか
- タイトル――人物と場所を記録する文章
- Arbusの写真をどう見るか
- 主要作品
- 親密さと倫理――なぜ評価が分かれるのか
- 《Untitled》――晩年の変化
- 《A box of ten photographs》――自分の作品を編集する
- 1972年以後――美術館と写真史
- Diane Arbus Archive――初期作品の再検討
- Diane Arbusは写真を何を変えたのか
- 略年譜
- 参考資料・出典
生涯と制作の変遷
1923年、New Yorkに生まれる
Diane Arbusは1923年3月14日、Diane NemerovとしてNew Yorkに生まれました。父David Nemerovは高級衣料品を扱うRussek’sに関わる裕福な家庭の出身で、兄Howard Nemerovはのちに詩人・作家となりました。ArbusはManhattanで育ち、若い頃から絵画や美術に関心を持ちました。1941年、18歳でAllan Arbusと結婚し、写真技術を学び始めます。
第二次世界大戦後、二人は商業写真の仕事を始め、1946年頃からDiane & Allan ArbusとしてGlamourやVogueなどの雑誌にファッション写真を提供しました。商業写真では、服、モデル、照明、背景を管理し、完成されたイメージを作る必要があります。Dianeはスタイリングや構成に深く関わり、Allanが撮影を担当することが多く、この経験は後年の彼女に「写真の中で人がどう見えるか」を強く意識させる基盤になりました。
1956年、共同スタジオを離れる
1950年代半ばになると、Arbusは商業写真の整えられた世界から距離を取り、自分自身の写真を本格的に制作し始めます。The Metの資料によれば、1940年代にはBerenice Abbott、1950年代半ばにはAlexey Brodovitchから学びましたが、決定的だったのは1956~57年頃にNew Schoolで受けたLisette Modelのワークショップでした。
1956年、DianeはAllanとの商業写真の共同仕事を終え、個人制作へ集中していきます。1959年には夫婦としても別居し、Greenwich Villageへ移りました。仕事上の転換と生活上の転換が重なった時期に、ArbusはNew Yorkの街頭を歩き、見知らぬ人へ声をかけ、写真を撮らせてもらう方法を深めていきました。
ファッション写真から個人制作へ
Arbusの個人作品は、ファッション写真と正反対のものとして語られることがあります。確かに、広告のために衣服やモデルを理想化する仕事から、街で出会う人物へ向かったことは大きな転換でした。しかし、商業写真の経験を完全に捨てたわけではありません。人物をどこに立たせるか、衣服や室内がその人の見え方へどう作用するか、正面性がどのような圧力を生むかという問題は、個人作品にも残り続けます。
違いは、完成された理想像を作ることから、人物が自分自身をどう提示しているのかを見ることへ目的が変わった点にあります。Arbusの写真では、服装、化粧、髪型、家具、庭、旗、玩具といったものが単なる背景になりません。それらは被写体が社会の中でどのような役割を演じ、どのような自己像を作っているのかを示す要素になります。
Lisette Model――被写体へ近づくこと
Lisette ModelはArbusにとって、技術以上に写真家としての姿勢を確立する上で重要な存在でした。Model自身は街頭で人物へ大胆に近づき、身体や表情を強い存在感とともに写す写真で知られています。ArbusはModelの授業を通して、自分が本当に関心を持つものを撮ること、興味を持った人物から距離を取らずに関係を作ることを学びました。
初期のArbusは35mmカメラを使い、Times Square、Lower East Side、Coney Islandなどを歩きました。路上で瞬間を奪うだけでなく、気になる人物へ近づき、話し、時には後日その家を訪れました。The MetのDiane Arbus Archiveをもとにした研究では、この初期段階からすでに、中央性、親密さ、正面性、意図的な不器用さに見える構図など、後のArbusを特徴づける要素が現れていたことが示されています。
1956–62年――New Yorkを歩く
1956年から62年頃の作品は、長い間その後の代表作の前史として扱われてきました。しかし2016年のThe Met《Diane Arbus: In the Beginning》は、この7年間だけで100点以上を集め、初期作品そのものを独立した重要な時期として再評価しました。《Lady on a bus, N.Y.C.》《Female impersonator holding long gloves, Hempstead, L.I.》《The Backwards Man in his hotel room, N.Y.C.》などを見ると、ArbusがすでにNew Yorkを「既知の都市」であると同時に、未知の習慣や人物が潜む場所として歩いていたことが分かります。
この頃の35mm写真には、後年の正方形作品よりも動きがあり、人物が画面の端に寄ったり、周囲の雑然とした空間が大きく入ったりします。しかし、単なるスナップ写真ではありません。Arbusは気になる人物を繰り返し撮り、人物の外見と環境が一つの肖像として成立する瞬間を探しました。街頭写真と肖像写真の中間にあるこの方法が、後の成熟期へつながります。
正方形フォーマット――見ることと見返されること
1962年頃、Arbusは35mmカメラから2¼インチ判のRolleiflexへ移行します。正方形の画面と大きなネガによって像はより明瞭になり、人物を画面中央へ置く構成が増えました。腰の位置でファインダーを覗く二眼レフは、撮影者の顔をカメラで完全に隠さず、被写体と話しながら撮影しやすい機材でもありました。
《Child with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C.》はこの転換期を象徴する作品です。少年はカメラを見つめ、片手に玩具の手榴弾を持ち、もう片方の手を不自然に握っています。Arbusは同じ少年を複数枚撮影しており、有名な一枚だけが偶然に現れたわけではありません。撮影が続く時間の中で表情や身体が変化し、その中から一枚が選ばれています。
正方形は人物を安定して中央へ置く一方、Arbusの写真ではその安定がしばしば不穏さを生みます。背景が整理され、人物と鑑賞者の距離が近くなるため、私たちは被写体を「眺める」よりも、見返される位置へ置かれます。この相互性が、Arbusの肖像の強さを作っています。
American Rites, Manners and Customs
1963年、ArbusはJohn Simon Guggenheim Memorial Foundationの助成を受け、「American Rites, Manners and Customs」を開始しました。1966年にも再びGuggenheim Fellowshipを得ています。彼女が関心を持ったのは、結婚、家族、コンテスト、パレード、ヌーディスト・キャンプ、祝祭など、人々が繰り返す現代の儀礼でした。New YorkとNew Jerseyだけでなく、Pennsylvania、Florida、Californiaにも足を運びました。
ここで重要なのは、Arbusが珍しい人物を探していたというより、アメリカ社会全体をさまざまな「儀礼」の集合として見ていたことです。郊外の家族が芝生で日曜日を過ごすことも、愛国的なパレードへ参加することも、ヌーディスト・キャンプで共同生活を送ることも、それぞれ固有の規則、衣服、姿勢、集団意識を持っています。彼女の写真は、日常的に見える行為を少し離れた場所から見ることで、その中にある演技性を明らかにしました。
1963年に訪れたNew JerseyのSunshine Parkでは、服を脱ぐことが「自然」や「解放」を意味する一方、外の社会に対してはその生活を秘密にせざるを得ない人々がいました。《Retired man and his wife at home in a nudist camp one morning, N.J.》では、裸であることが必ずしもすべてを明らかにするわけではありません。身体を見せることと、社会的な秘密を持つことが同時に存在し、Arbusが繰り返し扱った「見えること/隠れること」の問題が現れます。
1967年《New Documents》
1967年2月28日から5月7日まで、MoMAでJohn Szarkowskiが企画した《New Documents》が開催され、Diane Arbus、Lee Friedlander、Garry Winograndの3人が紹介されました。規模の大きな展覧会ではありませんでしたが、戦後写真史の転換点として繰り返し参照されています。
Szarkowskiは、1930~40年代の社会改革的なドキュメンタリー写真に対し、この世代がドキュメンタリーの方法をより個人的な目的へ向けたと説明しました。社会を改善するための証拠写真ではなく、世界がどのように見え、自分がその世界とどのように関係するのかを知るための写真です。この枠組みは3人を一括りにするものではありません。Winograndが街頭の瞬間と構図の不確定性、Friedlanderが反射や影を含む複雑な視覚構造へ向かったのに対し、Arbusは人物との対面と肖像へ深く入りました。
《New Documents》によってArbusは美術館の文脈で広く知られるようになります。しかし、彼女の仕事は「ドキュメンタリー写真」の客観性を強めたのではなく、その反対に、写真家が被写体を選び、近づき、会話し、待ち、選択する主観的な過程を前面に出しました。
肖像――「素顔」を暴くのではなく、自己像と出会う
Arbusの人物写真は、ときに「被写体の仮面を剥がした写真」と説明されます。しかし、その表現だけでは作品の複雑さを捉えきれません。多くの被写体は、撮影されていることを知り、服装や姿勢を選び、カメラへ視線を返しています。MoMAも、Arbusが被写体に自分自身をどのように見せたいかという余地を与えた点を指摘しています。
《A young man in curlers at home on West 20th Street, N.Y.C.》では、カーラーを巻き、化粧をした人物が煙草を持って正面を向きます。写真はその人物を「暴露」するのではなく、本人がカメラの前で提示している姿を詳細に受け止めています。Arbusの時代に使われた性別表現をめぐる言葉の中には、現在ではそのまま使うことが適切でないものもあります。そのため作品を見る際には、当時の社会的分類をそのまま反復するのではなく、被写体自身の姿と写真の関係に注目する必要があります。
《Identical twins, Roselle, N.J.》でも、二人の少女は「同じ」であることと「違う」ことを同時に示します。同じ服、同じ髪型、ほぼ同じ姿勢で立ちながら、表情はわずかに異なります。写真は双子を珍しい存在として提示するだけでなく、私たちが顔の差異をどれほど細かく読み取ろうとするかを露わにします。
「普通」と「例外」をどう見るか
Arbusの代表作には、低身長症の人、非常に背の高い人、ヌーディスト、サーカスや舞台に関わる人々などが登場するため、長い間「社会の周縁にいる人々を撮った写真家」と説明されてきました。しかし彼女は同時に、中流家庭、子ども、カップル、愛国的な若者、Fifth Avenueの通行人、有名人も撮影しています。SFMOMAが《Diane Arbus Revelations》で示したように、彼女の関心は「外見とアイデンティティ」「幻想と信念」「演技と現実」の関係に広がっています。
《A family on their lawn one Sunday in Westchester, N.Y.》はその意味で重要です。郊外住宅の芝生、両親、子ども、玩具のプールという、一見すると典型的な中流家庭の休日です。しかし人物同士の距離、視線の方向、広い芝生の空白によって、家族写真として期待される親密さが少しだけ崩れます。Arbusにとって「普通の家庭」もまた、自分たちがどう見えるべきかという社会的な形式をまとった存在でした。
そのため、Arbusの作品を「異形への好奇心」だけに限定すると、彼女が写真にしたかった社会全体の構造を見失います。彼女の写真では、誰もが服装、家族、職業、身体、信念、趣味などを通じて何らかの自己像を作っています。例外的に見える人物と一般的に見える人物の間に、実は同じ問題が存在します。
タイトル――人物と場所を記録する文章
Arbusの作品タイトルは、《Identical twins, Roselle, N.J.》《A Jewish giant at home with his parents in the Bronx, N.Y.》《Boy with a straw hat waiting to march in a pro-war parade, N.Y.C.》のように、人物、行為、場所を具体的に記します。詩的な抽象題ではなく、写真を見たあとにもう一度状況を限定する文章です。
ただし、このタイトルは中立なラベルではありません。「Jewish giant」「Mexican dwarf」のような表現には、当時の社会が人物を身体的特徴や出自によって分類した言語が含まれています。今日その言葉を使うときは、作品の歴史的タイトルとして保持しつつ、現在の人物表現とは区別して読む必要があります。同時に、Arbusのタイトルが地名や家庭環境まで記すことで、人物を匿名の象徴ではなく、ある時間と場所に存在した具体的な人として残している点も重要です。
Arbusの写真をどう見るか
最初に見るべきなのは、被写体がカメラを意識しているかどうかです。Arbusの代表作では正面視が多く、人物がこちらを見返します。そのとき、鑑賞者は透明な観察者ではいられません。見るという行為そのものが作品の一部になります。
次に、人物の周囲を確認します。ホテルのベッド、家族の居間、郊外の芝生、パレードの旗、カーラー、玩具などは、その人の属性を説明する小道具であると同時に、本人が自分をどう見せているかを構成する要素です。Arbusは背景を消して顔だけを切り取るのではなく、人物と環境の関係を肖像として使いました。
三つ目に、写真が「自然な瞬間」か「演出された瞬間」かを二択にしないことが重要です。Arbusは被写体にポーズを取らせることも、会話の途中で表情が変わるのを待つこともありました。撮影者の介入と被写体の自己演出が重なって一枚が成立します。
最後に、作品を「かわいそう」「奇妙」「怖い」といった第一印象だけで終わらせず、なぜ自分がそう感じたのかを考える必要があります。Arbusの写真は、被写体そのものだけでなく、鑑賞者が持っている正常さ、美しさ、家族、性別、身体についての基準を露わにします。
主要作品
1957年の初期街頭写真から、正方形フォーマットへの転換を示す《Child with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C.》、Guggenheim期のヌーディスト・キャンプ、双子、ジェンダー表現、家族、Eddie CarmelとLauro Moralesの肖像、晩年の《Untitled》と《A woman with her baby monkey》まで、Arbusの方法がどのように変化したかを確認できる12点を選びました。
バスの中の女性、ニューヨーク市
Lady on a bus, N.Y.C. / 1957 / ゼラチン・シルバー・プリント / イメージ 21.6 × 14.6 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
個人制作を本格化した初期の代表例。35mmカメラを用いた縦長の画面で、後年の正方形・正面型の肖像とは異なる街頭写真の感覚が残ります。The Metの初期作品研究は、1956~62年の段階ですでに、知らない人物へ近づき、都市を既知であると同時に異質な場所として見るArbusの方法が成立していたことを示しています。
おもちゃの手榴弾を持つ子ども、セントラル・パーク、ニューヨーク市
Child with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C. / 1962 / ゼラチン・シルバー・プリント / 39.5 × 38.3 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
Arbusが35mmから2¼インチ判の正方形フォーマットへ移行した時期を象徴する代表作です。少年は玩具の手榴弾を握り、緊張した表情でカメラを見返します。同じ少年を撮った複数のカットの中から選ばれた一枚であり、偶然の瞬間というより、撮影の継続によって人物の表情と身体が変化する過程から生まれました。
ヌーディスト・キャンプの若いウェイトレス、ニュージャージー
A young waitress at a nudist camp, N.J. / 1963 / ゼラチン・シルバー・プリント / イメージ 37.2 × 36.3 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
1963年のGuggenheim Fellowshipによる「American Rites, Manners and Customs」の時期、New JerseyのSunshine Parkで撮影された作品。裸体を共同体の規範として受け入れる場所で、エプロンを着けた若いウェイトレスという社会的役割が強く残ります。身体を見せることと、職業・年齢・共同体の規則が同時に画面へ現れる作品です。
ある朝、ヌーディスト・キャンプの自宅にいる退職した男性と妻、ニュージャージー
Retired man and his wife at home in a nudist camp one morning, N.J. / 1963 / ゼラチン・シルバー・プリント / イメージ 39.9 × 37.9 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
Sunshine Parkで制作された重要作。The Metはこの写真を、Arbusが繰り返し扱った「明らかにすること」と「隠すこと」の緊張が現れる例として位置づけています。裸で生活することは究極の露出のように見えますが、当時その生活自体を家族や職場へ秘密にしていた人も多く、可視性と秘密が同時に存在します。
一卵性双生児、ロゼール、ニュージャージー
Identical twins, Roselle, N.J. / 1966 / ゼラチン・シルバー・プリント / 37.7 × 37.0 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
同じ服と髪型で並ぶ双子を正面から撮ったArbusの最もよく知られた作品の一つです。左右対称に近い構図でありながら、表情や身体のわずかな差が強く意識されます。「同一性」を確認しようとする鑑賞者の視線そのものを作品へ巻き込み、似ていることと異なることが同時に見える肖像です。
自宅でカーラーを巻いた若い男性、西20丁目、ニューヨーク市
A young man in curlers at home on West 20th Street, N.Y.C. / 1966 / ゼラチン・シルバー・プリント / イメージ 39.2 × 36.7 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
カーラーを巻き、化粧をし、煙草を持つ人物を自宅で正面から撮影した作品。Arbusの写真では、被写体がカメラを知らないまま盗み撮られるのではなく、自分の姿を意識しながら視線を返すことが重要です。性別表現をめぐる1960年代の社会規範と、被写体自身の自己提示が一枚の肖像の中で交差します。
戦争支持パレードへの行進を待つ麦わら帽子の少年、ニューヨーク市
Boy with a straw hat waiting to march in a pro-war parade, N.Y.C. / 1967 / ゼラチン・シルバー・プリント / 50.8 × 40.8 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
Vietnam Warをめぐる対立が激化していた時期、戦争支持のパレードに参加する少年を撮影。The Metは、Arbus自身が明示的な社会評論を避け、賛成・反対の双方の集会を撮影していたことを指摘しています。帽子、旗、バッジ、表情が一体となり、愛国心という社会的役割を子どもの身体がどのように引き受けるのかを考えさせます。
ある日曜日、ウェストチェスターの芝生にいる家族、ニューヨーク州
A family on their lawn one Sunday in Westchester, N.Y. / 1968 / ゼラチン・シルバー・プリント / イメージ 41.0 × 39.4 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
郊外の中流家庭を広い芝生とともに撮った代表作。両親は離れて横たわり、子どもは背景に小さく写り、玩具のプールが置かれています。理想的な家族写真のような要素が揃いながら、人物同士の距離と広い空白によって違和感が生まれます。Arbusが「普通の生活」もまた儀礼や自己演出として見ていたことを示します。
Bronxの自宅で両親といるユダヤ人の巨人、ニューヨーク市
A Jewish giant at home with his parents in the Bronx, N.Y. / 1970 / ゼラチン・シルバー・プリント / イメージ 38.6 × 38.4 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
非常に高身長だったEddie Carmelを両親とともに自宅で撮影した代表作。身体の大きさの差が最初に目へ入りますが、同時に、息子を見る両親の視線、室内の低い天井、家族という関係が写真を構成します。身体的特徴だけを切り離さず、家庭という具体的な場所に人物を置くArbusの方法が明確です。
ホテルの部屋にいるメキシコ人の小人、ニューヨーク市
Mexican dwarf in his hotel room in N.Y.C. / 1970 / ゼラチン・シルバー・プリント / イメージ 38.0 × 36.3 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
被写体はLauro Morales。ホテルのベッドに腰掛け、シーツを身体に巻きながらカメラへ視線を向けています。舞台や見世物の場ではなく私的な室内で撮ることで、社会的なカテゴリーと一人の人物の存在がずれます。歴史的作品タイトルに含まれる語は当時の表記として保持されますが、現在の人物表現とは区別して読む必要があります。
無題(7)
Untitled (7) / 1970–1971 / ゼラチン・シルバー・プリント / イメージ 約36.8 × 37.8 cm
The Metropolitan Museum of Art, New York
New JerseyのVineland Developmental CenterでのHalloween行事に関連する晩年の《Untitled》シリーズの一枚。複数の人物が仮面や衣装を身につけて移動し、成熟期の一人を中央に固定した肖像とは異なる流動性があります。The Metは、この写真を集団が画面を横切る叙情的な構成として解説しています。
赤ちゃん猿を抱く女性、ニュージャージー 1971
A woman with her baby monkey, N.J. 1971 / 1971 / ゼラチン・シルバー・プリント / イメージ 37.7 × 38.1 cm
Smithsonian American Art Museum, Washington, D.C.
Arbus最後の雑誌仕事の一つとして撮影された作品。Gladys “Mitzi” Ulrichがstump-tailed macaqueのSamを人間の乳児のように抱いています。Bea Feitlerの《A box of ten photographs》には11点目として加えられました。Smithsonianの研究は、奇異さよりもケアと愛情に注目し、晩年のArbusに見られる柔らかな感情の重要例として読み直しています。
親密さと倫理――なぜ評価が分かれるのか
Diane Arbusの写真は、発表当時から現在まで評価が大きく分かれてきました。被写体との距離が近く、見る側に強い感情を起こすため、親密で共感的な写真だと評価される一方、写真家が社会的に弱い立場に置かれた人物を「見世物」にしているのではないかという批判もあります。Smithsonian American Art Museumも、Arbusの直接的な出会いを、脆弱さや協働として捉える見方と、対立的・搾取的とみなす見方の両方が存在すると整理しています。
この問題に単純な答えを与えることはできません。撮影の許可があったことだけで倫理的問題が解消されるわけではなく、反対に、被写体が特徴的な身体や生活を持つという理由だけで写真を搾取と断定することもできません。重要なのは、誰が写真を撮り、誰が見られ、写真が雑誌、美術館、市場の中でどのように流通したかという力関係を含めて考えることです。
同時に、Arbusの写真には被写体の強い自己提示があります。《Mexican dwarf in his hotel room in N.Y.C.》のLauro Morales、《A Jewish giant at home with his parents in the Bronx, N.Y.》のEddie Carmel、《A young man in curlers at home on West 20th Street, N.Y.C.》の人物は、単に観察されるだけではなく、カメラへ視線を返し、自分自身の姿を提示しています。Arbusの写真が現在も議論を生むのは、支配的な視線と協働的な肖像のどちらか一方へ完全には整理できないからです。
《Untitled》――晩年の変化
1969年頃から71年にかけて、ArbusはNew Jerseyの施設などで知的・発達障害のある人々を撮影しました。これらは生前にはまとまったシリーズとして公表されず、のちに《Untitled》として知られるようになります。初期から成熟期の代表作に見られる、正面性の強い一人の肖像とは印象が異なり、複数の人物が動き、仮面や衣装を身につけ、画面の中で互いに関係し合う写真が増えます。
The Met所蔵《Untitled (7)》は、Vineland Developmental CenterでのHalloweenの行事に関連する写真です。人物たちは左から右へ移動し、誰か一人を固定した肖像というより、集団の流れそのものが画面を作っています。Arbus自身は当時の手紙で、この時期の写真を叙情的で優しく美しいものとして捉えていました。後年、娘Doon Arbusもこの晩年作について、精密さから動きへ、皮肉からより直接的な感情へ変化したことを述べています。
《Untitled》を、Arbusがそれ以前の方法を否定したシリーズと考える必要はありません。むしろ、人物を静止させて正面から見る方法を長く続けた写真家が、同じ関心を持ちながら、より不安定な動き、集団、時間へ写真を開き始めた例として見ることができます。
《A box of ten photographs》――自分の作品を編集する
1969年末、Arbusは自作を10点のプリントにまとめた《A box of ten photographs》の制作を始めました。Marvin Israelが箱の設計に関わり、Arbus自身が写真を選び、プリントし、各作品に手書きの情報を添えました。当初50部を予定していましたが、1971年の死までにプリントを完成させたことが確認されるセットは限られ、生前に販売したのは4セットでした。Richard Avedonが2セット、Jasper Johnsが1セット、Harper’s BazaarのアートディレクターBea Feitlerが1セットを購入しています。
Feitlerのセットには特別に《A woman with her baby monkey, N.J. 1971》が11点目として加えられました。この作品はArbus最後の雑誌仕事の一つとして撮影されたもので、女性が幼い猿を人間の子どものように抱いています。奇異さだけに注目すると関係性を見失います。Smithsonianの研究は、この写真を愛情やケアの表現として読み直し、Arbus晩年の柔らかな感情と結びつけています。
《A box of ten photographs》が重要なのは、Arbusが「代表作」を他者に選ばせず、自分自身で作品群を編集した点です。雑誌では編集者、記事、レイアウトが写真の意味を変えますが、箱の中ではプリントそのもの、順序、手書きの情報、見る距離が作品体験を作ります。Arbusは写真家であると同時に、自分の作品をどのような集合として残すかを考える編集者でもありました。
1972年以後――美術館と写真史
Arbusは1971年7月26日にNew Yorkで亡くなりました。翌1972年、MoMAはJohn Szarkowskiのもとで大規模な回顧展を開催し、その後アメリカとカナダを巡回しました。同年、《A box of ten photographs》の作品群がVenice Biennaleのアメリカ館に展示され、写真が国際的な現代美術の場で扱われる象徴的な出来事となりました。Smithsonian American Art Museumの研究では、Arbusは同ビエンナーレで写真家として初めて作品を展示された人物とされています。
この死後の急速な評価によって、Arbusは1970年代以降の写真教育、美術館展示、写真集文化に大きな影響を与えます。特に、写真を社会の客観的な証拠としてではなく、写真家と被写体の関係が刻まれた個人的な表現として扱う考え方は、後の肖像写真に広く受け継がれました。
一方で、死後の名声は作品を「異形の人々を撮った写真」というわかりやすいイメージへ固定する作用も持ちました。2003年にSFMOMAが企画した《Diane Arbus Revelations》、2016年のThe Met《Diane Arbus: In the Beginning》、2018年のSmithsonian《Diane Arbus: A box of ten photographs》は、それぞれ異なる資料からこの固定像を解きほぐしています。
Diane Arbus Archive――初期作品の再検討
2007年、The Metropolitan Museum of Artは、Arbusの娘Doon ArbusとAmy ArbusからDiane Arbus Archiveの寄贈および寄贈約束を受けました。そこには数千本規模のフィルムのネガとコンタクトプリント、初期写真、ノート、手帳、書簡、蔵書、写真コレクションなどが含まれます。このアーカイブによって、完成作だけを並べていた従来の理解から、撮影前後の思考や選択を含む制作過程の研究へ進むことが可能になりました。
《In the Beginning》が示した最大の成果の一つは、1962年以前を単なる準備期間と見なせなくなったことです。35mmカメラで撮った縦長・横長の写真にも、後年と同じように、人物へ近づくこと、都市の中で社会的役割を観察すること、写真の「上手さ」より出会いの強さを優先することがすでに存在していました。
またアーカイブは、有名な一枚の背後に多数の別カットがあることも見せます。Arbusの写真は決定的瞬間を偶然捕まえたものではなく、撮影し続け、被写体との関係を変化させ、コンタクトシートから選ぶ過程を含んでいます。完成写真の強さだけでなく、その前後にあった時間を考えることが、現在のArbus研究では重要になっています。
Diane Arbusは写真を何を変えたのか
第一に、Arbusはドキュメンタリー写真と肖像写真の境界を曖昧にしました。街で出会った現実の人物を撮りながら、透明な記録者を装わず、自分がそこにいて相手と関係を作ったことを写真の構造へ残しました。
第二に、人物がカメラを見返すことを作品の中心にしました。被写体は一方的な観察対象ではなく、撮影されることを知る存在です。鑑賞者はその視線を受けることで、自分自身が「見る側」にいることを意識させられます。
第三に、外見とアイデンティティの間にあるずれを写真の主題にしました。服装、身体、家族、部屋、庭、化粧、儀礼は、その人が誰であるかを完全には説明しません。写真が情報を増やすほど人物が理解できるとは限らず、むしろ謎が残ります。
第四に、「普通」と「特殊」という社会的区分を同じ方法で撮影しました。郊外の家族も、ヌーディストも、パレード参加者も、舞台に立つ人物も、すべて自分たちの規則と自己像を持つ存在として写真へ入ります。この並置によって、何を普通とみなすかという鑑賞者側の基準が問われます。
第五に、写真の倫理を作品の外部問題ではなく、鑑賞体験の中心へ残しました。Arbusの写真を見て感じる居心地の悪さは、被写体の外見だけから生じるのではありません。自分が他人を見ること、その視線に快楽や好奇心が含まれることへ気づかされるためでもあります。
そして最後に、Arbusは写真を雑誌の情報媒体から美術館の作品へ移行させた世代の中心人物となりました。《New Documents》《A box of ten photographs》、1972年のMoMA回顧展とVenice Biennaleを通じて、写真は社会を説明する図版であるだけでなく、作者の視点、被写体との関係、プリントそのものの物質性を含む現代美術として受け止められるようになります。彼女の影響は、特定の正方形構図やフラッシュの模倣以上に、「人物を撮るとは何をすることなのか」という問いを写真史の中心へ置いたことにあります。
略年譜
- 1923
- 3月14日、Diane NemerovとしてNew Yorkに生まれる。
- 1941
- Allan Arbusと結婚。写真技術を学び始め、Berenice Abbottの授業にも参加する。
- 1945
- 長女Doon Arbus誕生。Allanは第二次世界大戦中、軍務に就いていた。
- 1946頃
- Allanと商業写真スタジオを本格化し、Diane & Allan ArbusとしてGlamour、Vogueなどの仕事を手がける。
- 1954
- 次女Amy Arbus誕生。Dianeは個人制作への関心を強める。
- 1956
- Allanとの商業写真の共同仕事を終え、自身の写真へ集中。Lisette Modelのワークショップに参加。
- 1956–1957
- New Yorkの街頭で35mmカメラによる撮影を活発化。Times Square、Lower East Side、Coney Islandなどを歩く。
- 1959
- Allanと別居し、Greenwich Villageへ移る。個人の写真家として活動を本格化。
- 1960
- Esquire誌に最初の主要なフォトエッセイを発表。雑誌仕事と個人制作を並行する。
- 1962
- Rolleiflexによる2¼インチ判の正方形フォーマットへ移行。《Child with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C.》を制作。
- 1963
- Guggenheim Fellowshipを受賞し、「American Rites, Manners and Customs」を進める。New JerseyのSunshine Parkなどで撮影。
- 1966
- 2度目のGuggenheim Fellowship。《Identical twins, Roselle, N.J.》《A young man in curlers at home on West 20th Street, N.Y.C.》などを制作。
- 1967
- MoMAの《New Documents》にLee Friedlander、Garry Winograndとともに参加。John Szarkowskiにより戦後写真の新しい方向として紹介される。
- 1968
- 《A family on their lawn one Sunday in Westchester, N.Y.》などを制作。雑誌仕事、講義、個人制作を続ける。
- 1969
- New Jerseyの施設などで、のちに《Untitled》として知られる写真群の制作を開始。年末頃から《A box of ten photographs》を構想する。
- 1970
- 《A Jewish giant at home with his parents in the Bronx, N.Y.》《Mexican dwarf in his hotel room in N.Y.C.》などを制作。Rhode Island School of Designなどで講義。
- 1971
- ArtforumがArbusの写真を大きく紹介。《A box of ten photographs》を制作・販売。《A woman with her baby monkey, N.J. 1971》を撮影。7月26日、New Yorkで死去。48歳。
- 1972
- MoMAで大規模回顧展が開催され、その後巡回。作品がVenice Biennaleのアメリカ館で展示される。
- 1972
- Apertureから『Diane Arbus: An Aperture Monograph』刊行。作品と本人の言葉が広く流通する契機となる。
- 2003–2006
- SFMOMA企画《Diane Arbus Revelations》が開催され、各地を巡回。作品、書簡、ノート、資料を含む包括的再検討が進む。
- 2007
- The Metropolitan Museum of ArtがDoon Arbus、Amy ArbusからDiane Arbus Archiveの寄贈・寄贈約束を受ける。
- 2016
- The Metで《Diane Arbus: In the Beginning》。1956–62年の初期作品100点以上を中心に再評価。
- 2018–2019
- Smithsonian American Art Museumで《Diane Arbus: A box of ten photographs》。Arbus自身が編集したポートフォリオを中心に晩年と死後の評価形成を再検討。
参考資料・出典
本ページはThe Metropolitan Museum of ArtのDiane Arbus Archiveおよび展覧会資料、The Museum of Modern Art、Smithsonian American Art Museum、San Francisco Museum of Modern Art、National Gallery of Art等の美術館・公的資料を参照し、ART LIBRARYが独自に執筆しました。作家を「社会の周縁を撮った写真家」という一つの説明へ還元せず、初期35mm作品、正方形フォーマット、被写体との関係、《New Documents》、《Untitled》、《A box of ten photographs》、死後の評価形成を区別して構成しています。原文の全文翻訳ではありません。
- The Metropolitan Museum of Art — Diane Arbus: In the Beginning
- The Metropolitan Museum of Art — Diane Arbus: Revelations
- The Metropolitan Museum of Art — Department of Photographs / Diane Arbus Archive
- The Museum of Modern Art — Diane Arbus
- The Museum of Modern Art — New Documents, 1967
- Smithsonian American Art Museum — Diane Arbus
- Smithsonian American Art Museum — Diane Arbus: A box of ten photographs
- Smithsonian American Art Museum — Depicting Love in Diane Arbus’s A woman with her baby monkey, 1971
- San Francisco Museum of Modern Art — Diane Arbus Revelations
- National Gallery of Art — Diane Arbus
- The Met — Lady on a bus, N.Y.C., 1957
- The Met — Child with a toy hand grenade in Central Park, N.Y.C., 1962
- The Met — A young waitress at a nudist camp, N.J., 1963
- The Met — Retired man and his wife at home in a nudist camp one morning, N.J., 1963
- The Met — Identical twins, Roselle, N.J., 1966
- The Met — A young man in curlers at home on West 20th Street, N.Y.C., 1966
- The Met — Boy with a straw hat waiting to march in a pro-war parade, N.Y.C., 1967
- The Met — A family on their lawn one Sunday in Westchester, N.Y., 1968
- The Met — A Jewish giant at home with his parents in the Bronx, N.Y., 1970
- The Met — Mexican dwarf in his hotel room in N.Y.C., 1970
- The Met — Untitled (7), 1970–71
- Smithsonian American Art Museum — A woman with her baby monkey, N.J. 1971
資料確認日:2026年10月4日 / ART LIBRARY