Art Library

David Reed

デイヴィッド・リード

アメリカ / 1946– / 現代絵画/抽象絵画/ポスト・ミニマル以後の絵画

David Reed: Krefeld Miami New York / Häusler Contemporary Zürich (VernissageTV)
DAVID REED – Whirlpool (Our Choices Art)
David Reed on #721 (For Hitchcock and del Sarto): Frieze LA 2020 Online Viewing Room | Gagosian

デイヴィッド・リード(David Reed、1946–)は、1970年代以降のアメリカ抽象絵画において、「筆触とは作者の内面を直接示す痕跡である」という抽象表現主義以来の前提を受け継ぎながら、同時にそれを疑い続けてきた画家です。

1974–75年の初期《Brushstroke Paintings》では、細長いキャンバス上を一気に走る黒や赤の太い筆触を反復し、身振りを英雄的な一回性から、何度でも繰り返せる単位へ変えました。1980年代以降は油彩に速乾性のアルキド樹脂を組み合わせ、筆触を描いた後に削り、切り取り、移動し、透明層で覆うことで、肉体的な手跡でありながら写真や映画の静止画のように滑らかな「筆触の像」を作るようになります。長い水平画面や縦長画面の中で色と形が連続して移動する作品は、絵画でありながらCinemaScope、テレビ画面、編集、クローズアップ、フェード、残像といった映像経験を強く意識させます。

リードの重要性は、絵画を守るために映画や写真を拒んだのではなく、むしろ他媒体によって変化した視覚を絵画へ内部化したことにあります。1990年代にはAlfred Hitchcock《Vertigo》の寝室場面へ自作《#328》を映像上で挿入し、《Judy’s Bedroom》《Scottie’s Bedroom》として現実の部屋、映画の部屋、抽象画を往復させました。その一方で、制作過程を記録する《Working Drawings》には、色名、切り取る箇所、映画、美術史、日常生活、失敗への自己批判までが書き込まれ、完成画の滑らかな表面とは正反対の迷いが蓄積されています。

2026年New Yorkの《Terrible Idea》では、このWorking Drawingsと最新作を同じ空間へ置き、50年以上続けてきた修正の過程そのものを前面化しました。リードは抽象表現主義の身振り、Minimalismの反復と構造、BaroqueやMannerismの光、映画とテレビの色、デジタル画像のような滑らかさを、どれか一つに統合して終えるのではなく、矛盾したまま一枚の絵へ共存させます。本記事では、1970年代の単純なBrushstrokeから2026年の多層的な画面まで、なぜ「筆触」を半世紀以上描き直し続けているのかを中心に追います。

CONTENTS

  1. 生涯と制作の変遷
  2. California――光、海、Modernist house
  3. Reed College、Skowhegan、New York Studio School
  4. 1966年New York――「絵画は終わった」時代
  5. 初期風景画――LordsburgとOljato
  6. Door Paintings――身体寸法をformatにする
  7. Brushstroke Paintings――1974–75
  8. MinimalismとProcess Artから学んだもの
  9. 筆触――表現ではなく単位
  10. 作品名を番号だけにする
  11. 細長い画面――panoramaと映画
  12. 1975年Susan Caldwell Gallery
  13. 1980年代――筆触を「像」へ変える
  14. Alkyd――時間を編集できる絵具
  15. 切り取り、削り、再配置
  16. 写真のような筆触
  17. スクリーンの光と色
  18. Mannerism/Baroque――過去の絵画を見る
  19. Hitchcock《Vertigo》との出会い
  20. Judy’s Bedroom / Scottie’s Bedroom
  21. 絵画と映画――どちらが現実か
  22. Working Drawings――完成作の裏側
  23. 長期修正――制作年が何年にもまたがる理由
  24. 色――感情より「光学的経験」
  25. Painting 2.0――情報時代の絵画
  26. Mary Heilmannとの比較
  27. Christopher Woolと1975年の再発見
  28. Katharina Grosseとの対話
  29. 2024年《Whirlpool》
  30. 2026年《Terrible Idea》
  31. David Reedの作品をどう見るか
  32. 主要作品
  33. 《#3》――風景から抽象へ
  34. 《#95》――20フィートの一筆
  35. 《#117-2》――Brushstroke後の転換
  36. 《#294-2》――1980年代末の画像化
  37. 《#333》――映画的な長い画面
  38. 《Judy’s Bedroom》――映画へ絵を挿入する
  39. 《#453》――長い制作時間
  40. 《#481》――水平画面の成熟
  41. 《#636》――色と暗部の圧縮
  42. 《#714》――古い絵画とスクリーン光
  43. 《#795》――Whirlpool期
  44. 《#808》――2026年の修正
  45. 筆触は「本人の証拠」か
  46. GestureからImage of Gestureへ
  47. 絵画の時間――一瞬と数年間
  48. 「Bedroom Painter」という考え
  49. 複製画像と実物
  50. 美術史を引用する方法
  51. デジタル絵画ではない「デジタル的」絵画
  52. 番号作品と市場
  53. 保存――Alkyd、Polyester、改変履歴
  54. 現在の美術史的位置
  55. David Reedは何を変えたのか
  56. よくある単純化と読み直し
  57. 略年譜
  58. 参考資料・出典

生涯と制作の変遷

David Reedは1946年、California州San Diegoに生まれました。Southern Californiaの海と強い日光のもとで育ち、叔父John August Reedが設計したPoint LomaのModernist houseで幼少期を過ごしました。2024年のGalerie Nathalie Obadiaによるinterviewと展覧会資料では、室内へ流れ込む自然光と動き続ける影、海岸の美しさと危険が、後の色と光への感覚の原点として語られています。

1960年代前半にReed College、Skowhegan School of Painting and Sculptureで学び、1966年にNew Yorkへ移住。New York Studio SchoolでMilton Resnick、Mercedes Matterに学び、Philip Gustonのseminarにも参加しました。抽象表現主義の第一世代がまだ強い存在感を持つ一方、若い世代ではMinimalism、Conceptual Art、Process Artが急速に台頭し、「絵画はもう歴史的役割を終えた」という空気も強まっていました。Reedは絵画を捨てず、その批判を絵画内部へ受け入れる道を選びます。

1972年頃のDoor Paintingsを経て、1974–75年には黒・赤の太い筆触を細長いキャンバスへ反復するBrushstroke Paintingsを制作。1975年Susan Caldwell Galleryで初個展を開き、同年Whitney Biennialにも参加しました。1980年代になると、単一の筆触を即興的に残すだけではなく、筆触を一度描いた後に加工し、透明層を重ね、画面の中で「筆触の像」として編集する方法へ移ります。

1990年代には長い水平画面と映画への関心を深め、《Judy’s Bedroom》《Scottie’s Bedroom》でHitchcock《Vertigo》へ自作を挿入。1998–99年の巡回展《David Reed Paintings: Motion Pictures》によって、この映画と絵画の関係が大規模に検証されました。2000年代以降もWorking Drawings、映像、再制作、過去作品の再展示を行い、2015年Hamburger BahnhofではMary Heilmannとの《Two By Two》、2017年にはKaty SiegelとChristopher Woolが1975年作品を再集結した《Painting Paintings (David Reed) 1975》、2020年Gagosian《New Paintings》、2022年Basel《Losing and Finding》、2024年Paris《Whirlpool》へ続きます。2026年には80歳となり、Rodderの《Terrible Idea》で2024–26年の新作と制作ノートを同時に発表しています。

California――光、海、Modernist house

Reedの色彩をNew Yorkのpostmodern paintingだけから説明すると、Southern Californiaでの幼少期を見落とします。Point Lomaの家は叔父John August Reedが設計したModernist architectureで、大きな開口から自然光が入り、室内には刻々と影が動きました。

Galerie Nathalie Obadiaの2024年資料でReedは、自分の絵の良い部分はこの経験に根を持つだろうと述べています。画面上の色は物体固有のlocal colorではなく、光が透過し、反射し、隣の色によって変わって見えるものとして扱われます。

さらにCalifornia coastは明るいだけでなく、巨大な太平洋の危険を同時に感じさせる場所でした。ReedがGrand Canyonの崖から飛び降りる想像や、色の魅力に引き寄せられる危険を何度も語る背景には、光と恐怖が同居する幼少期の風景があります。

Reed College、Skowhegan、New York Studio School

Reed CollegeとSkowheganを経てNew Yorkへ移ったReedは、New York Studio Schoolで抽象表現主義の絵画教育に直接触れました。Milton Resnickは厚い絵肌と持続的な制作、Mercedes Matterは絵画の構造、Philip Gustonは絵画を思考として続ける態度を伝えました。

ただしReedは師たちのgestureをそのまま継承しません。Richard SerraやBarry Le VaのProcess Art、Donald JuddやSol LeWittの構造、映画の時間性にも同時に関心を持ちました。絵画内部の情動と、絵画外部で進行していた非個人的なprocessを両方受け取ることになります。

1966年New York――「絵画は終わった」時代

1966年のNew Yorkは、Abstract Expressionismの英雄的gestureへ反動が起きていました。Pop Artは筆触を商品画像へ変え、Minimalismは作者の手を消し、Conceptual Artは物体制作そのものを疑います。若い画家にとって、再び自由な筆触を描くことは保守的回帰とみなされる危険がありました。

Reedはこの条件を避けず、むしろ「筆触を残しながら、それをどう非英雄化できるか」という問題へ向かいます。筆触を捨てるのではなく、反復可能な手順、決められたformat、時間制限の中へ置くことで、表現主義とMinimalismの間に独自の位置を作りました。

初期風景画――LordsburgとOljato

1960年代末から70年代初頭、ReedはAmerican Southwestを参照するLordsburg、Oljato seriesなどの風景的抽象を制作しました。John Yauは、遠景を眺めるpanoramic viewと、表面へ密着する絵具の物質性が同時にあると指摘しています。

この時点ですでに、画面の「奥を見る視線」と「表面を見る視線」が分裂していました。後のReedは、この二重視を筆触そのものへ集中させます。筆触は絵具として手前にありながら、光の奥行きを持つimageにもなるからです。

Door Paintings――身体寸法をformatにする

1972年頃のDoor Paintingsでは、支持体の寸法をstandard doorから取ります。純粋なsquareや数学的ratioではなく、建築と身体によって既に決められたformatです。

扉は人間が通り抜ける寸法であり、絵画を見る身体と直接関係します。同時に、縦長の扉は横長panoramaを90度回した形にも見えます。Reedの長い画面formatが、抽象的geometryだけでなく、身体、建築、film frameと結びついていることがここから始まります。

Brushstroke Paintings――1974–75

1974年、ReedはBrushstroke Paintingsを開始します。多くは高さ76inch前後、幅11inch前後という極端に細長い縦画面で、wet white groundの上へ黒または赤の太いstrokeを上から下へ一気に引きます。複数panelをboltで連結する作品もありました。

作業は速く、描き直しができません。一回のstrokeは身体の動きを直接記録しますが、同じ手順を次のpanelで繰り返すため、strokeは唯一無二の「魂のsignature」ではなくseries化されたunitになります。

この反復によってMinimalism的なserialityとAbstract Expressionism的gestureが同時に成立します。機械的でも完全な即興でもない中間状態です。

MinimalismとProcess Artから学んだもの

ReedはRichard Serraのpoured leadやBarry Le Vaの散布されたmaterialに強く惹かれました。彼らは作品のimageを先に描いて再現するのではなく、materialへ手順を与え、そのprocessが形を生みます。

Brushstroke Paintingsも同様に、「何を描くか」より「どの幅、どの方向、どの速度でstrokeを引くか」が先にあります。完成像はprocessのdocumentです。

ただしReedはMinimalismの非人格性へ完全には向かいません。strokeごとの差、絵具の粘度、身体の揺れを残し、systemの内部へ人間の不完全さを入れます。

筆触――表現ではなく単位

Abstract Expressionismではbrushstrokeが作家固有の心理や身体を証明するものとして語られました。Reedはそれを完全に否定せず、strokeを「似ているが同じではないunit」として扱います。

Roy Lichtensteinの《Brushstroke》がgestureを漫画記号へ変えたのに対し、Reedのstrokeは実際の手の運動です。しかし反復されることで、一回性のauraを失い、imageに近づきます。

この「実際のgestureが、gestureのimageへ変わる」矛盾がその後50年の中心問題になります。

作品名を番号だけにする

Reedの絵画は多くが《#3》《#333》《#795》のような番号だけを題名とします。題名で物語や感情を指定しないため、色や形を特定の内容へ固定しません。

一方、番号は制作順序、archive、作業履歴を管理する非常に事務的なsystemでもあります。絵画の官能的な色と、冷たいcatalogue numberが並ぶことで、romantic expressionとadministrationが共存します。

例外的に《#715 (For Beccafumi—His Fall of the Rebel Angels)》《#709 (For Jeremy Blake and Theresa Duncan)》のような献辞や参照が付くと、その番号systemの中から個人的記憶や美術史が突然露出します。

細長い画面――panoramaと映画

Reedの特徴的な横長formatは、landscape panorama、CinemaScope、film strip、scrollなど複数の視覚経験を呼び起こします。極端に長い絵では全体を一度に見ることが難しく、視線を左右へ移動させる必要があります。

その移動が時間を作ります。painted imageは静止しているのに、見る行為がsequenceになります。縦長作品では反対に視線が上下へ走り、落下や上昇を感じさせます。

formatは単なる個性的な形ではなく、絵画へ時間を導入する装置です。

1975年Susan Caldwell Gallery

1975年Susan Caldwell Galleryの初個展は、ReedのBrushstroke Paintingsをまとまって提示した重要な展覧会でした。同年Whitney Biennialにも参加しています。

当時この作品群はMinimalismやConceptual Artが優勢な環境で目立つ一方、後のReedほど広く知られることはありませんでした。しかし若いChristopher Woolはこの展覧会を強く記憶し、数十年後にKaty Siegelとともに作品群を再集結します。

2016年Rose Art Museum、2017年Gagosianと356 Missionで行われた《Painting Paintings (David Reed) 1975》は、初期作品が1980年代以降の絵画へどうつながったかを歴史的に再評価する契機となりました。

1980年代――筆触を「像」へ変える

1980年代にReedのstrokeは複雑化します。一度のbrush movementをそのまま残すのではなく、絵具を積層し、masking、scraping、sanding、glazingを加え、strokeの一部を孤立させます。

結果としてstrokeは身体運動の直接痕跡であると同時に、別の場所から貼り込まれた写真のように見えます。Neues Museum Nürnbergは、Reedが1970年代半ばに表現的gestureを人工的で高度に制御された「brushstrokeの表象」へ変えたと説明しています。

筆触を描く行為と、その筆触を画像として編集する行為が分離し始めたのです。

Alkyd――時間を編集できる絵具

Reedは1980年代以降、油彩とともにalkydを重要なmaterialとして使います。Alkyd resinは油彩より乾燥を速め、透明で滑らかな層を作りやすいため、複数工程を短い間隔で重ねられます。

Reedはbrushmarkを一度で完成させず、乾いた後に削り、周囲をpaint overし、透明glazeを重ね、別のmarkと関係づけます。即興gestureがfilm editingのように後から修正できるものになります。

したがって完成画の流麗なstrokeが、一瞬で描かれたように見えても、実際には数か月、数年の作業を含む場合があります。

切り取り、削り、再配置

ReedのWorking Drawingsには「CUT OUT」「SAVE MARKS」「ISOLATE」「SPRAY OVER」など、画面の一部をどう処理するかという具体的な指示が繰り返し書かれています。

paintingの中で実際のbrushstrokeを孤立させると、それはcollage fragmentのようになります。gestureは「その場で起きた出来事」から、「後で選択されたimage」へ変わります。

この方法はphotographyのcropやfilm editingに近く、Reedがpaintingの内部で他媒体の考え方を使っていることを示します。

写真のような筆触

Reedの成熟期の筆触は、厚い絵具のphysical traceでありながら、表面が均されているため写真printed imageのように見えることがあります。Gagosianはこれを「photographic or filmic」と表現しています。

近づくと本物のpaintであり、離れるとscreen上のimageのように滑らか。この距離による二重性が重要です。

絵画がphotographyに負けないために物質性を強調するのではなく、photographic appearanceそのものをpaintで作ることで、両者の境界を内部から曖昧にします。

スクリーンの光と色

Reedの色にはtelevision、monitor、movie screenの発光感がしばしば指摘されます。特に紫、緑、蛍光に近いpink、deep blueが透明層で重なると、顔料が光を反射しているのか、画面自体が光っているのか分かりにくくなります。

これは電子screenをpaintで模倣することとは少し違います。screen cultureによって私たちが「明るい色」をどう感じるようになったかを、非発光のpaintingで再構成する試みです。

2024年《Whirlpool》ではこの問題が「optical color」として改めて前面化しました。

Mannerism/Baroque――過去の絵画を見る

Reedはcinemaやdigital imageだけでなく、Tintoretto、Beccafumi、Andrea del Sarto、Baroque paintingを繰り返し参照します。2020年Gagosian展でも、16–17世紀Italyのpaintingにおけるcangianteやglazeの光が重要な参照として語られました。

Tintorettoのgreen glazeの下からwhite leadが透け、実際には塗られていないpinkish lightが知覚されるような効果にReedは注目します。色は単純に「赤い絵具」「緑の絵具」ではなく、layerの関係から脳内で生成される経験です。

古典絵画とscreen imageを対立させず、どちらも「実在しない光を見せる技術」として接続するところにReedの美術史理解があります。

Hitchcock《Vertigo》との出会い

ReedにとってAlfred Hitchcockの《Vertigo》(1958)は、色、欲望、記憶、反復が結びついた重要な映画です。San Franciscoのホテル、赤と緑の光、同じ女性を別人として作り直す物語は、Reedのpaintingと強く共鳴しました。

特にKim Novak演じるJudyのbedroomへ注目し、映画内の壁に自作paintingをdigital/video processingで挿入します。映画を引用したpaintingを描くのではなく、paintingそのものを映画世界へ移植した点が重要です。

Judy’s Bedroom / Scottie’s Bedroom

《Judy’s Bedroom》(1992)と《Scottie’s Bedroom》(1994)は、painting、bed、bedding、lamp、videoを組み合わせるinstallationです。Reedは《Vertigo》のbedroomを実空間に再構成し、自作《#328》などを映画sceneへ挿入したloop videoをroom内に置きました。

観客はmuseumに作られた「映画の部屋」に入り、monitorでは「その部屋の映画」を見ます。screen内にはReedのpaintingがあり、同じpaintingが現実空間にも存在する場合があります。

original film、改変film、現実のset、real paintingのどれが「本物の空間」なのかが崩れます。抽象画をwhite cubeからbedroomへ戻すReedの願望が最も明確な作品です。

絵画と映画――どちらが現実か

映画は時間を持ち、paintingは静止しているという区分に対して、Reedは両方を交換可能にします。長いpaintingを横へ見ることはsequenceを生み、film stillは一瞬をfreezeしてpaintingのようになります。

さらに《Vertigo》へpaintingを挿入すると、1958年の映画が1990年代のpaintingを予言したかのようなanachronismが生まれます。

Reedの仕事では、paintingがfilmを模倣するのではなく、両者が互いの時間を侵食します。

Working Drawings――完成作の裏側

Working DrawingsはReedの制作を理解する最重要資料の一つです。小さな紙にpaintingの長方形を描き、色名、layer、masking、cut、spray、過去作との関係を書き込みます。Birmingham Museum of ArtにはDorothy and Herbert Vogel collection由来の1989–2002年の複数例が収蔵されています。

これらは完成画のための美しい下絵ではありません。「NOT ENOUGH」「NO」「MIGHT STILL BE GOOD IDEA」「TERRIBLE IDEA」のような自己評価、日付、他作品を見た記憶までが混ざります。

2026年Rodder《Terrible Idea》は、このWorking Drawingsを完成paintingsと並置し、滑らかな完成画が大量の迷いと修正の結果であることを公開しました。

長期修正――制作年が何年にもまたがる理由

Reedの作品には《#714, 2014–19》《#726, 2005–10/2018–19》のように制作年が長く分断して記録されるものがあります。完成後に一度studioを離れたpaintingへ戻り、数年後に再び手を加えることがあるためです。

一般的な制作年は「その作品が完成した瞬間」を示しますが、Reedでは完成が暫定的です。paintingが長く生き、作者との関係が変化すると再び開かれます。

この時間感覚は映画のre-editやdirector’s cutにも似ています。作品のidentityが一回の完成へ固定されません。

色――感情より「光学的経験」

Reedは色を心理symbolへ単純化しません。redがpassion、blueがsadnessという対応より、隣接する色、下層、glaze、周囲のgrayによって色がどう変化して知覚されるかを重視します。

2024年《Whirlpool》でGalerie Nathalie Obadiaは、Reedが各作品を「可能なあらゆるcolor experienceを試すunique experience」にしようとしていると説明しました。

色を見ることが感情なのか思考なのか判別できない瞬間を作ることが目的で、Reed自身もpaintingがmindの中の「emotionでもthoughtでもない何か」をactivateすると語っています。

Painting 2.0――情報時代の絵画

Reedは2015年Museum Brandhorstの《Painting 2.0: Expression in the Information Age》にも参加しました。この展覧会が扱ったのは、digital technologyが登場した後、paintingがどう画像流通と共存するかという問題です。

Reedはcomputerで生成した画面をcanvasへprintする作家ではありません。それでもgestureをimage化し、film、photography、monitor lightをpaintingへ組み込んだ点で、information ageのpaintingを先取りしました。

手描きかdigitalかという二分より、手描きがすでにscreenによって変えられた視覚の中で行われることを示しています。

Mary Heilmannとの比較

Mary HeilmannとReedはCalifornia出身でNew Yorkへ移り、Abstract Expressionism以後のpaintingを1970年代から続けた同世代です。2015年Hamburger Bahnhof《Two By Two》では40点のpaintingとinstallationが対話しました。

Heilmannは家具、音楽、日常生活、color fieldを軽やかなgeometryへ変えるのに対し、Reedはbrushstrokeをfilm-like imageへ変換し、光と身体の感覚を長いformatへ引き伸ばします。

二人ともmodernist purityを拒み、paintingにnarrativeやemotionを戻しますが、その方法は大きく異なります。

Christopher Woolと1975年の再発見

Christopher Woolは若い頃にReedの1975年Susan Caldwell Gallery展を見て強い印象を受けました。2016–17年、Katy SiegelとWoolは初期Brushstroke Paintingsを再集結し、《Painting Paintings (David Reed) 1975》として展示しました。

これは単なるretropectiveではなく、1980–90年代のpostmodern paintingで重要となる「gestureをimageとして扱う」考えが、1975年にすでに存在したことを見直す企画でした。

Wool自身のstencil、roller、eraseというpaintingも、gestureとreproductionの関係を扱います。Reedの初期作が後の世代から再発見されたことは、その歴史的位置を考えるうえで重要です。

Katharina Grosseとの対話

2019年に行われたKatharina Grosseとの対話では、paintingをどのようにgallery空間へ置くか、色と時間、画面同士の関係が話題になりました。

Grosseがspray gunで建築・地面まで色を広げるのに対し、Reedはcanvasのformatを維持します。しかし両者とも、色をobjectの属性より環境を変える力として扱います。

Reedがwhite wallの余白を必要とし、異なるpaintingが互いに「fight」すると語ることは、paintingを単独物ではなく展示空間内のrelationとして考えていることを示します。

2024年《Whirlpool》

2024年Galerie Nathalie Obadia Parisの《Whirlpool》は、Reedの同gallery初個展でした。《#792》《#793》《#795》など2022–24年の作品で、gray、electric green、yellow、mauve、blueが透明層とsolid markの間を往復します。

John Yauはstudio訪問記で、これらがdigital-likeな空間に見えながら完全にpaintだけで作られているparadoxを指摘しました。markの一部はsolid、別の部分はghostlyなcopyのように後方へ退き、同一gestureが異なる時間に存在するように見えます。

Whirlpoolという題名どおり、視線は一つの中心へ固定されず、paint layerの間を旋回します。

2026年《Terrible Idea》

2026年9月8日から10月24日までNew YorkのRodderで《Terrible Idea》が開催されています。Reedにとって同gallery初個展で、Rodderは同年9月にReedのrepresentationも発表しました。

展示には《#808, 2024–26》《#809, 2025–26》《#805, 2024–26》《#804, 2024–25》などのrecent paintingsと、Color Studies、Working Drawingsが含まれます。題名「Terrible Idea」は、Reedが自分のstudyへ書き込んだ自己批判から取られました。

80歳の現在、Reedが前面に出しているのは「master painterの確信」ではなく、迷い、修正、誤りです。完成作のauthorityを強めるのではなく、完成が無数の捨てられた可能性の残りであることを見せています。

David Reedの作品をどう見るか

第一に、strokeを一回のgestureだと決めつけず、「実際に描かれた痕跡」と「後から加工されたstroke image」のどちらかを考えます。第二に、paintingの制作年を確認します。5年、10年と開いている場合、その時間差も作品の一部です。

第三に、horizontal formatでは左から右へ一度だけ見るのではなく、戻って見ます。filmのようにsequenceがありながら、paintingなので逆方向にも読めます。第四に、実物ではlayerとsurfaceに注目します。reproductionではdigital imageのようにflatに見えても、透明層、削り、impastoの差があります。

第五に、Working Drawingsが見られる場合は完成作と比較します。滑らかなimageの背後にある大量の決断と否定が見えると、Reedのpaintingがspontaneous gestureとは正反対の長時間のconstructionでもあることが分かります。

主要作品

1972年《#3》の風景的抽象から、1975年の極端なBrushstroke Painting《#95》、その直後の《#117-2》、gestureを画像化した《#294-2》《#333》、Hitchcock《Vertigo》へ自作を挿入する《Judy’s Bedroom》、長期revisionの《#453》、horizontal painting《#481》、Hamburger Bahnhofで展示された《#636》、2014–19年《#714》、2024年《Whirlpool》の《#795》、そして2026年《Terrible Idea》の《#808》まで、筆触・film・光・時間の関係を示す12点を選びました。

#3

#3 / 1972 / 油彩、キャンバス / 193 × 96.5 cm

The Museum of Modern Art, New York

Door Paintingsへ向かう初期の重要作。まだ後年の極端な細長いformatではありませんが、風景的奥行きと絵具表面の物質感を同時に扱い、Reedが『画面の中を見ること』と『表面を見ること』の二重性を探っていた段階を示します。

所蔵館の作品情報 ↗

#95

#95 / 1975 / 油彩、キャンバス / 高さ8 in × 長さ約20 ft(公式論考記録)

公式作品記録参照

1974–75年Brushstroke Paintingsの極端な横長作。約20ftの細長い画面へ四つのbrushstrokeを引き、一回の身体的gestureをMinimalism的な反復単位へ変えました。描き直せない一回性と、何度も繰り返せるserialityが同時に成立します。

所蔵館の作品情報 ↗

#117-2

#117-2 / 1976 / アクリル、キャンバス / 20.3 × 276.9 cm

公式作品記録参照

Brushstroke Paintings直後の転換を示す初期作。単一strokeの反復から、複数の水平sectionが互いに緊張関係を作る構成へ移り、後年のfilm-likeな長い画面へつながります。2025年Häusler Contemporaryで公開され、初期careerの再評価を促しました。

所蔵館の作品情報 ↗

#294-2

#294-2 / 1990–1991 / 油彩、アルキド、リネン / 274.3 × 91.4 cm

公式作品記録参照

1980年代末から90年代初頭、brushstrokeが身体の直接痕跡から、切り取り・glaze・加工を受けた『gestureのimage』へ変わった時期の作品。Alkydによる滑らかな層がpaintを写真や映画の断片のように見せます。

所蔵館の作品情報 ↗

#333

#333 / 1993–1994 / 油彩、アルキド、キャンバス / 66.5 × 274.5 cm

公式作品記録参照

長いfilm stripのようなformatを持つ成熟期作品。Birmingham Museum of Artには複数pageのWorking Drawingsが残り、pink、green、Payne’s gray、spray、cut、ghostなどの詳細な指示から、完成画の流麗さが長いrevisionの結果であることが分かります。

所蔵館の作品情報 ↗

ジュディの寝室

Judy’s Bedroom / 1992 / 1994– / 絵画、ベッド、寝具、ヘッドボード、ランプ、ビデオほか / インスタレーション/寸法可変

特別プロジェクト/公式展覧会記録参照

Alfred Hitchcock《Vertigo》のJudy’s bedroomを実空間に再構成し、自作《#328》を映画sceneへ挿入したvideoとpaintingを組み合わせる代表的project。映画のfictional room、museum内のroom、real paintingが互いの現実性を揺らします。

所蔵館の作品情報 ↗

#453

#453 / 1996–2000 / 油彩、アルキド、リネン / 42 × 144 in(約106.7 × 365.8 cm)

Neues Museum Nürnberg

4年間にわたり制作された長大なhorizontal painting。完成を一度のgestureへ固定せず、何度も画面へ戻って修正するReedの時間感覚を示します。視線は約3.6mの画面を映画のpanのように移動します。

所蔵館の作品情報 ↗

#481

#481 / 2001–2002 / 油彩、アルキド、リネン / 32 × 144 in(約81.3 × 365.8 cm)

Private collection, U.S.(公式studio記録)

2000年代初頭のhorizontal paintingを代表する一作。長い画面を複数のfluid brush imageが横断し、実際のpaintの凹凸とscreen内のfloating imageのような奥行きを同時に作ります。

所蔵館の作品情報 ↗

#636

#636 / 2010–2013 / 油彩、アルキド、ポリエステル / 71 × 127 cm

公式展覧会記録参照

2015年Hamburger Bahnhof《Two By Two》でMary Heilmann作品と対話した一作。比較的小型の画面に暗部と高彩度のgestureを圧縮し、Reedのillusionisticな光と多層的surfaceを明確に示します。

所蔵館の作品情報 ↗

#714

#714 / 2014–2019 / アクリル、油彩、アルキド、ポリエステル / 71.1 × 299.7 cm

公式展覧会記録参照

2020年Gagosian《New Paintings》の主要作。5年間の制作期間にopaque mark、transparent glaze、dark fieldを重ね、screen lightとMannerism/Baroque由来の光学的色彩を一枚へ統合しています。

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#795

#795 / 2023–2024 / アクリル、ポリエステル / 76.2 × 172.7 cm

公式展覧会記録参照

2024年Paris《Whirlpool》の主要作。固い色面とghostlyな透明層を重ね、digital imageのように見える空間をpaintのみで構築します。近年Reedが『optical color』と呼ぶ、色が脳内で生成される経験を前面化した作品です。

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#808

#808 / 2024–2026 / 絵画/公式作品記録参照 / 公式作品記録参照

Rodder《Terrible Idea》で発表/公式作品記録参照

2026年New York《Terrible Idea》で発表された最新作の一つ。Working DrawingsやColor Studiesと同時展示され、滑らかな完成画の背後にある修正、却下、自己批判を可視化します。80歳のReedが現在も『完成』よりdecision processを重視していることを示します。

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《#3》――風景から抽象へ

MoMA所蔵《#3》(1972)は193×96.5cmの油彩です。制作時期はDoor Paintingsへ向かう初期で、Reedが風景的奥行きと絵具表面の物質性を同時に扱っていた段階を示します。

後の極端に細長いformatに比べると、まだ比較的伝統的な縦長矩形ですが、paintのlayerと色の区切りが、見る側を奥へ誘いながら表面へ押し戻します。

Reedのcareerを1975年Brushstrokeから始めず、その直前に「どの距離からpaintingを見るか」という問題があったことを示す重要作です。

《#95》――20フィートの一筆

《#95》(1975)は高さ約8inch、長さ約20ftという極端に細長いBrushstroke Paintingです。David Reed Studio掲載のJohn Yau論考によれば、この長いformatの中に四つのdistinct brushstrokesが引かれました。

一つのstrokeを始点から終点まで引く間、手と腕は長距離を移動します。gestureは短いexpressive markではなく、身体がformatを横断する時間の記録になります。

同時に、同じようなstrokeが複数反復されるため、heroic actionはserial unitへ変わります。Minimalismの反復とpainting gestureが最も単純な形で衝突した作品です。

《#117-2》――Brushstroke後の転換

《#117-2》(1976)はacrylic on canvas、20.3×276.9cm。2025年Häusler Contemporaryで初めてpublic presentationされたとgalleryが説明する、初期の重要作です。

Brushstroke Paintings直後の作品ですが、単一strokeを反復する構造から、複数のhorizontal sectionが互いに関係する構成へ進んでいます。画面は一つのgestureではなく、異なるimage zoneのsequenceとして読まれます。

後のfilm-like paintingへ向かう転換点として、1975年形式と1980年代以降の複雑なlayeringの間をつなぎます。

《#294-2》――1980年代末の画像化

《#294-2》(1990–91)は油彩とalkyd、linen、274.3×91.4cm。Häusler Contemporaryの作品記録で確認できます。

1970年代のwet-on-wet strokeに比べ、brushmarkが独立したshapeとして浮き、backgroundとforegroundの関係が複雑になります。Alkydによるsmooth layerが、strokeをphysical paintでありながらphotographic fragmentのように見せます。

1980年代後半から90年代初頭に、Reedがgestureを「gestureのimage」へ変換した成熟期を示す作品として位置づけられます。

《#333》――映画的な長い画面

《#333》(1993–94)はoil and alkyd on canvas、約66.5×274.5cm。Working DrawingsもBirmingham Museum of Artに複数pageが残り、制作processを具体的に追える作品です。

drawingsにはpink、pale green、Payne’s gray、spray、curtain、ghostなどの言葉が書き込まれ、色とlayerが何度も検討されています。完成paintingのsmoothなflowの裏に、非常に細かなdecision treeが存在します。

long horizontal formatはfilm stripのようですが、各passageはframeとして完全に分かれず、色が連続して移動します。movie editingとpainting continuityの中間にある作品です。

《Judy’s Bedroom》――映画へ絵を挿入する

《Judy’s Bedroom》(1992)はvariable installationで、bed、bedding、headboard、lamp、video、painting《#328》などから構成されます。1990年代半ばには《Vertigo》のJudy’s bedroom sceneへ《#328》を挿入した映像も制作されました。

Reedは映画を題材にした絵を描くのではなく、自分の絵を映画の世界へ侵入させます。するとpaintingは1958年のfictional bedroomに「昔から存在した」ように見えます。

さらにmuseum内へbedroom setを作ることで、film imageが現実空間へ戻ります。painting/film/installationの三媒体が互いのoriginalityを揺らす代表的projectです。

《#453》――長い制作時間

《#453》(1996–2000)はoil and alkyd on linen、42×144inch(約106.7×365.8cm)、Neues Museum Nürnberg collection。David Reed Studioのrecent horizontal paintingsに記録されています。

制作年が4年間にまたがること自体がReedの方法を示します。一度のgestureを保存するpaintingではなく、長期間にわたり何度も戻り、削り、覆い、再構成するpaintingです。

約3.6mの長い画面を一度に把握することは難しく、viewerの視線はfilm cameraのpanのように移動します。しかし好きな位置で止まり、逆方向へ戻れる点はpainting固有です。

《#481》――水平画面の成熟

《#481》(2001–02)はoil and alkyd on linen、32×144inch前後(David Reed Studioでは32×144inch、auction recordでは32¼×144inch)。長い水平画面の成熟例です。

fluid brush imageが複数のzoneを横断し、background colorと透明layerによって前後へ出入りします。strokeはpaint surfaceに接しているはずなのに、screen内のfloating imageのようなdepthを持ちます。

2000年代のReedは、この「触れられるpaint」と「触れられないlight image」の矛盾を長いformatで持続的に追求しました。

《#636》――色と暗部の圧縮

《#636》(2010–13)はoil and alkyd on polyester、71×127cm。2015年Hamburger Bahnhof《Two By Two》でMary Heilmann作品と並んで展示されました。

比較的小型の横画面に、暗いfieldと濃密な色のgestureが圧縮されています。Reedのpaintingが必ずしも巨大formatへ依存せず、screen-like depthを小さなsurfaceにも作れることを示します。

Heilmannのflat geometryと並べると、同じpost-Abstract Expressionist generationでも、Reedがillusionistic lightとlayerへ強く依存している違いが明確になります。

《#714》――古い絵画とスクリーン光

《#714》(2014–19)はacrylic、oil、alkyd on polyester、71.1×299.7cm。2020年Gagosian《New Paintings》に出品されました。

制作期間は5年に及び、opaque mark、transparent glaze、dark field、bright colorが重なります。filmやmonitorを思わせるlight effectと、Mannerism/Baroque paintingから学んだglazingが同じsurfaceへ存在します。

新mediaから古いpaintingを守るのではなく、両者のoptical techniqueを一枚へ統合するReedの成熟した考えを示す作品です。

《#795》――Whirlpool期

《#795》(2023–24)はacrylic on polyester、76.2×172.7cm。Galerie Nathalie Obadia《Whirlpool》の主要作の一つです。

oilやalkydを使わずacrylicで構成され、green、blue、grayなどがsolid markとtransparent-looking layerを作ります。John Yauは同展のrecent worksについて、digital-likeなspaceをpaintだけで作るparadoxを強調しました。

2020年代のReedは、screenを参照すること自体より、色を見る脳の働きへ関心を深めています。《#795》はその「optical color」の現在形です。

《#808》――2026年の修正

《#808》(2024–26)はRodder《Terrible Idea》で発表された最新作の一つです。galleryは《#809》《#805》《#804》などとともに、Working DrawingsやColor Studiesを並べています。

ここで完成paintingだけを見れば、controlledなcolor fieldとgestureが自然に成立したように見えます。しかし展示は、その背後にdiscarded ideas、annotations、self-critical notesがあることを明示します。

Reedが80歳で示しているのは、長年の経験による迷いの消失ではなく、迷いをより精密に使うことです。完成画は「確信の結果」ではなく、複数の可能性を捨てた跡として提示されています。

筆触は「本人の証拠」か

Modern paintingではbrushstrokeがauthor’s handのindex、つまり本人がそこにいた物理的証拠として理解されてきました。Reedも実際のbrush movementを重視しますが、それを後から修正し、maskし、再配置するため、indexは純粋ではありません。

markが本人のgestureだった事実は残る一方、そのmarkを最終画面へ残すかどうかは別のdecisionです。paintingはactionのdocumentではなく、actionを編集したimageになります。

この点でReedはAbstract Expressionismを否定せず、その「authentic gesture」という神話だけを複雑化しました。

GestureからImage of Gestureへ

1980–90年代の批評でReedはしばしば「image of gesture」を作る画家として論じられました。これはgestureをfakeにするという意味ではありません。

本物のstrokeを作り、そのstrokeをpainting内でobjectのように扱うことで、gestureが二重化します。viewerは「これは一回の動きの跡だ」と同時に「これはbrushstrokeを表すshapeだ」と認識します。

この二重性は、photographyやdigital imageが日常化した時代に、手描きがどう見えるかという問題へつながります。

絵画の時間――一瞬と数年間

Reedのpaintingには二つの極端な時間があります。一つはBrushstroke Paintingsの数秒のgesture。もう一つは《#714》のように数年間にわたり修正される制作期間です。

完成画ではその二つが同時に見えます。fluid markは一瞬で描かれたように見えるのに、その位置や色は長時間のrevisionで決まっています。

paintingを見るviewerも、一瞬でimageを把握した後、layerを追って時間をかけることになります。制作時間と鑑賞時間が単純に一致しない点がReedの重要なテーマです。

「Bedroom Painter」という考え

Reedは自分を「bedroom painter」にしたいという考えを繰り返し語ってきました。museumのpublic spaceより、眠る前、夢を見る前後、個人的な時間にpaintingと一緒にいることを想定します。

bedroomは映画《Vertigo》の重要空間でもあり、sexuality、dream、memory、vulnerabilityが集まる場所です。white cubeで抽象画を知的対象として見るのとは異なり、身体が横たわる私的空間へ戻そうとします。

《Judy’s Bedroom》は、この理想をliteralにinstallation化したものです。

複製画像と実物

Reedのpaintingはphotographで見ると、とくにdigital-lookingに見えます。surfaceの凹凸がflattenされ、transparent layerがscreen上のeffectと区別しにくくなるからです。

しかし実物では、brush ridge、sanding、opaque paint、polyester supportの質感が存在します。Reedはこの再現差を欠点として避けず、むしろpaintingがreproductionで別物になることを前提に制作してきました。

filmへのpainting挿入も、real paintingとimage reproductionの差を作品化する方法の一つです。

美術史を引用する方法

Reedの美術史参照は、古典作品をそのままappropriationする方法とは異なります。Tintorettoのspecific figureをcopyするより、glazeによるoptical color、Beccafumiのfalling bodies、Andrea del Sartoのcolor shiftなど、paint技術と視覚効果を抽出します。

そのためrecent paintingは一見すると完全abstractでも、内部にはRenaissance/Mannerism/Baroqueの知識が埋め込まれています。

美術史をiconographyではなく、painting technologyのarchiveとして使う点がReedの特徴です。

デジタル絵画ではない「デジタル的」絵画

Reedの画面はsoftwareで生成したように見えることがありますが、基本的にはphysical paintによって作られます。digital printerでgestureを印刷しているわけではありません。

重要なのは技法ではなく、digital media以後の視覚です。copy、layer、undo、crop、move、transparencyというcomputer操作に似た考えを、Reedはpaint surface上でphysicalに行います。ただしpaintingには完全なundoがなく、一度覆ったlayerは痕跡を残します。

digital-likeでありながら不可逆。この差がReedのpaintingを単なるscreen imitationから区別します。

番号作品と市場

Reedのnumber-only titleは作品をneutralに見せる一方、美術市場ではinventory numberのようにも機能します。長いcareerでhundreds of paintingsが番号管理され、auctionやgalleryでも番号がidentityになります。

signature styleであるlong formatとfluid brush imageは市場上のrecognizabilityを持ちます。その反復がbrand化する危険はあります。

しかし制作年の長期化、過去作品へのreturn、Working Drawingsの公開は、同じvisual vocabularyを単純に量産しているという理解を複雑にします。Reedは同じ問題を長期間修正し続けることでdifferenceを生んでいます。

保存――Alkyd、Polyester、改変履歴

Reedの作品はoil、acrylic、alkyd、linen、canvas、polyesterなど時期によってmaterialが変わります。透明glazeとsanded surfaceが多いため、surface sheenやlayer relationは保存上重要です。

さらに作品が完成後にstudioへ戻され再制作される場合、「どの時点がfinal stateだったか」というdocumentationが必要になります。制作年表記が2005–10/2018–19のようになるのは、この改変履歴を作品identityの一部として残すためです。

将来のconservationではmaterial analysisだけでなく、photograph、Working Drawings、studio recordを合わせて、作者によるrevisionと後世のdamageを区別する必要があります。

現在の美術史的位置

Reedは長く「painter’s painter」、つまり他の画家から高く評価される一方、大衆的なiconographyを持たないため一般認知が限定的な作家でした。しかし2010年代以降、歴史的位置の再検討が急速に進みました。

2015年Hamburger Bahnhof《Two By Two》、2016–17年《Painting Paintings (David Reed) 1975》、2020年Gagosian、2024年Paris《Whirlpool》、2025年Häusler Contemporaryでの未公開《#117-2》、2026年Rodder《Terrible Idea》は、初期から現在までのcontinuityを可視化しています。

とくに現在は、1970年代にpaintingのdeathが語られた時期から、gestureを捨てずにMinimalism、film、photography、digital-like visionを吸収した点が重要視されています。

David Reedは何を変えたのか

第一に、brushstrokeを「自己表現」か「obsoleteなもの」かという二択から救い出しました。strokeをreal gestureでありながらrepeatable unit、さらにimageとして扱う第三の方法を作りました。

第二に、paintingへfilmの時間を導入しました。long format、sequence、crop、freeze、fade、re-editをcanvas上で使い、static imageの内部にmoving imageのlogicを持ち込みました。

第三に、photographyやscreen cultureへ対抗せず、その見え方をpaintで再構成しました。paintingがdigital-likeに見えることを弱点ではなく、新しいoptical experienceとして受け入れました。

第四に、gestureの一瞬とrevisionの数年間を同じsurfaceへ共存させました。spontaneityとplanningを反対概念として扱わず、instant markを長期間編集できるものにしました。

第五に、RenaissanceからHollywoodまでをpainting techniqueとして横断しました。美術史引用をstyle quotationではなく、light、color、movementの問題として現在へ持ち込みました。

第六に、Working Drawingsによって完成画のauthorityを相対化しました。完成作の背後にある「NO」「NOT ENOUGH」「TERRIBLE IDEA」といった失敗と迷いを残し、paintingを正解ではなくdecision processとして提示します。

そして最も重要なのは、「painting after painting」という条件を真正面から引き受けたことです。1960年代末にはすでにpaintingの終焉が語られていました。Reedは新しいmediaへ移るのではなく、paintingが他mediaに汚染され、歴史を背負い、複製されてもなお何ができるかを50年以上検証しました。その持続性こそ、現在の抽象絵画へ与えた最大の影響です。

よくある単純化と読み直し

第一の単純化は、「Abstract Expressionismのbrushstrokeを現代風にした画家」という理解です。Reedはgestureを継承するだけでなく、Minimalism、Process Art、film、photographyによってgestureの意味を解体しました。

第二は、「digital paintingのような作家」という理解です。screen-like appearanceは重要ですが、作品はphysical paintのlayer、sanding、glazingによって作られます。

第三は、「一気に描いた流麗なbrushstroke」という理解です。多くの成熟期作品は数か月から数年かけてrevisionされ、gestureは後から編集されています。

第四は、「long horizontal formatだけが特徴」という理解です。Door format、vertical paintings、bedroom installations、drawings、video projectsもcareerの重要部分です。

第五は、「番号だけなので内容がない」という理解です。number titleはnarrativeを抑えますが、Working Drawingsやdedication、film reference、美術史参照には非常に具体的なmemoryとstoryがあります。

第六は、「1970年代作品と現在作品は別style」という理解です。見た目は変化しても、brushstrokeをreal markとimageの両方として扱い、panoramic timeとbody scaleを考える問題は1970年代から一貫しています。

略年譜

1946
California州San Diegoに生まれる。Point LomaのModernist houseとSouthern Californiaの光・海の環境で育つ。
1960年代前半
Reed College、Skowhegan School of Painting and Sculptureで学ぶ。
1966
New Yorkへ移住。New York Studio SchoolでMilton Resnick、Mercedes Matterに学び、Philip Gustonのseminarに参加。
1967–1971
Southwestの風景経験を背景にLordsburg、Oljato等の初期paintingを制作。panoramaとsurfaceの関係を模索。
1972
Door Paintingsを開始。standard doorの身体的寸法をabstract paintingのformatへ導入。《#3》制作。
1974
Brushstroke Paintings開始。wet groundへ黒・赤の太いstrokeを反復し、gestureとserial processを接続。
1975
Susan Caldwell Galleryで初個展。Whitney Biennial参加。《#95》など極端に細長いbrushstroke worksを制作。
1976–1979
Acrylicによるbrushstroke seriesを展開。《#117-2》など複数sectionを持つhorizontal paintingへ移行。
1980
Institute for Art and Urban Resources / Clocktowerで個展。MoMA PS1でもDavid Reed展。
1980年代前半
Oilとalkydを組み合わせ、gestureを切り取り、layer化し、imageとして加工する方法を発展。
1989
Whitney Biennial参加。Working Drawingsに詳細なcolor/revision notesを残す制作方法が定着。
1990–1991
《#294-2》《#300》など、long formatとphotographic-looking brush imageを成熟させる。
1992
《Judy’s Bedroom》を制作。Alfred Hitchcock《Vertigo》のbedroomへ自作paintingを挿入するprojectを開始。
1993–1994
《#333》制作。《Scottie’s Bedroom》へ展開。painting、video、installationの関係を深める。
1995
Kölnischer Kunstverein等で大規模個展。Arthur Dantoらがpaintingとbedroom/filmの関係を論じる。
1998–1999
《David Reed Paintings: Motion Pictures》がMuseum of Contemporary Art San Diego、Wexner Center、Rose Art Museum、MoMA PS1を巡回。
2001–2002
《#481》などlong horizontal paintingを制作。Working Drawingsにcut、layer、color revisionを詳細に記録。
2005
《Leave Yourself Behind. Paintings and Special Projects 1967–2005》巡回展。painting、film、special projectsを総合的に検証。
2008
Reed Collegeで《Lives of Paintings》。paintingを完成物ではなく長いlifeを持つものとして再考。
2012
Kunstmuseum Bonn《Heart of Glass: Paintings and Drawings 1967–2012》。
2015
Hamburger BahnhofでMary Heilmannとの《Two By Two》。40点のpaintingとinstallative workを対話させる。
2016
Pérez Art Museum Miami《Vice and Reflection—An Old Painting, New Paintings and Animations》。Rose Art Museumで《Painting Paintings (David Reed) 1975》。
2017
Katy Siegel、Christopher Wool企画《Painting Paintings (David Reed) 1975》をGagosian New York、356 Mission Los Angelesで開催。
2018
Kunstmuseum WinterthurでDrawings展。Working Drawingsの独立した重要性が再評価される。
2019–2020
Neues Museum Nürnberg《Vice and Reflection #2》。Gagosian New York《New Paintings》で《#714》《#715》《#709》などを発表。
2022
Gagosian Basel《Losing and Finding》。過去作へ再び手を加える制作と、見失う/見つける経験を前景化。
2024
Galerie Nathalie Obadia Paris《Whirlpool》。recent paintingで「optical color」を探究。
2025
Häusler Contemporary Zürichで《David Reed #117-2》。1976年作品を初公開し、初期careerを再検証。
2026
80歳。9月8日–10月24日、Rodder New Yorkで《Terrible Idea》。Working Drawings、Color Studies、《#808》《#809》《#805》等のrecent paintingsを同時展示し、gallery representationも開始。

参考資料・出典

本ページはDavid Reed Studio、The Museum of Modern Art、Gagosian、Hamburger Bahnhof – Nationalgalerie der Gegenwart、Häusler Contemporary、Galerie Nathalie Obadia、Birmingham Museum of Art、Neues Museum Nürnberg、Rodder等の作家公式・美術館・gallery資料を中心に参照し、ART LIBRARYが独自に構成・執筆しました。Reedの初期Brushstroke Paintingsについては、1974–75年にwet groundへblack/red strokeを反復し、身体的gestureをserial processへ変えたという作家studio掲載のJohn Yau論考と2017年再検証資料を基礎としています。1980年代以降については、oil/alkydによる多層化、photographic/filmicなbrush image、Hitchcock《Vertigo》を用いる《Judy’s Bedroom》《Scottie’s Bedroom》、Working Drawingsの修正記録を重要な転換として扱いました。2024年《Whirlpool》のoptical color、2025年《#117-2》再公開、2026年《Terrible Idea》とRodderによるrepresentation開始まで反映しています。作品寸法・技法は可能な限り所蔵館またはgalleryの現行記録を優先し、確認できない場合は推測していません。

資料確認日:2026年10月4日 / ART LIBRARY