ダン・グレアム(Dan Graham, 1942–2022)は、雑誌のページ、写真、文章、映画、ビデオ、パフォーマンス、建築模型、二方向鏡を用いたパビリオン、さらに美術・建築・音楽についての批評までを横断しながら、20世紀後半の美術における「作品とは何か」「観客はどこにいるのか」という問いを繰り返し組み替えたアメリカの作家です。1960年代半ばの《Figurative》や《Homes for America》では、作品を美術館の壁から雑誌という大量流通媒体へ移し、郊外住宅の反復をミニマル・アートの反復構造と重ねて読みました。1969年以降は映画とビデオへ移り、身体、カメラ、鏡、時間遅延を使って、見ることが決して一人だけの内面的経験ではなく、他者や装置、建築によって組み立てられていることを露わにします。
グレアムを「コンセプチュアル・アートの作家」や「鏡のパビリオンの作家」とだけ説明すると、その仕事の連続性が見えにくくなります。郊外で育った経験、1964年に短期間運営したJohn Daniels Gallery、Donald Judd、Sol LeWitt、Robert Smithsonらとの近接、雑誌への関心、テレビと監視装置、企業建築のガラス、ロックやパンクの共同体まで、彼の制作は常に美術の外側にある社会的な仕組みへ開かれていました。後期のパビリオンも、単に美しい反射を楽しむ彫刻ではありません。透明に見えるガラスが同時に鏡となり、見る人を見られる人へ変え、周囲の景色と他者の身体を重ねます。本記事では、初期の出版作品から映像、パフォーマンス、建築的作品、音楽文化、そして死後の再評価までを、一つの長い「見ることの社会学」としてたどります。
CONTENTS
- 生涯と制作の変遷
- New Jerseyの郊外――後の主題が生まれた場所
- John Daniels Gallery――作家になる前に現代美術の現場へ入る
- 雑誌を展示空間にする――《Figurative》と初期出版作品
- 《Homes for America》――郊外住宅とミニマリズム
- 反復、規格化、消費――「同じもの」が少しずつ違う
- 写真は作品か、資料か――固定された完成形を避ける
- 1969年以降――写真から映画・ビデオへ
- 身体とカメラを一つの知覚装置にする
- フィードバック――見る自分をもう一度見る
- 《Past / Future Split Attention》――他者の時間を語る
- 《Present Continuous Past(s)》――8秒前の自分と同じ部屋にいる
- 《Performer/Audience/Mirror》――観客が観客自身を見る
- 《Public Space / Two Audiences》――作者を消して観客だけを残す
- Dan Grahamの作品をどう見るか
- 主要作品
- 映像から建築へ――空間そのものを装置にする
- 《Alteration to a Suburban House》――透明な家は自由なのか
- 二方向鏡――透明性と監視を同時に扱う素材
- パビリオン――彫刻と建築の中間
- Diaの《Rooftop Urban Park Project》――作品を都市の場所へ変える
- ロック、パンク、若者文化――美術の外側の共同体
- 《Rock My Religion》――宗教とロックを一本の歴史として読む
- 書くこと――批評と作品を分けない
- ユーモアと遊び――難解な理論だけではない
- 公共空間と参加――「参加型アート」との違い
- 2009年《Dan Graham: Beyond》――全体像が初めて大規模に示される
- 2022年の死と死後の展開
- 《Not Post-Modernism》――最後まで建築を考える
- 2025–26年――パビリオンとアーカイブの再評価
- Dan Grahamは何を変えたのか
- 略年譜
- 参考資料・出典
生涯と制作の変遷
1942年、Illinois州Urbanaに生まれる
Dan Grahamは1942年3月31日、Illinois州Urbanaに生まれ、その後New Jerseyの郊外で育ちました。Marian Goodman GalleryやWhitney Museum of American Artの資料は、彼を正式な美術教育によって形成された作家というより、読書、美術家との交流、ギャラリー運営、批評執筆を通じて自らの立場を作った「self-taught」の人物として紹介しています。実際、グレアムの制作を理解するうえで重要なのは、特定の技法を学んで一つの媒体を極めた経歴ではなく、必要に応じて媒体そのものを取り替えていったことです。
写真家、映像作家、彫刻家、建築家、批評家という肩書きを一つずつ当てはめることはできますが、どれも完全ではありません。本人も晩年には「Conceptual Art」という分類を自分の固定的な所属として扱うことを避けていました。彼にとって重要だったのは一つの運動へ帰属することより、ある制度や空間が人間の行動をどのように形づくるかを観察し、それを別の形式へ翻訳することでした。
New Jerseyの郊外――後の主題が生まれた場所
グレアムが育ったNew Jerseyの郊外は、後の《Homes for America》だけでなく、1970年代の住宅模型やパビリオンにまで続く重要な背景です。第二次世界大戦後のアメリカでは、高速道路網と住宅金融の拡大によって、都市の外側に大量の一戸建て住宅地が建設されました。住宅は「自分だけの家」という私的な夢を象徴しながら、実際には限られた間取り、外壁、色、庭、ガレージの組み合わせから選ばれる工業製品でもありました。
グレアムはこの風景を、社会学的な告発写真としてだけ撮ったわけではありません。似た形の住宅が少しずつ異なる色や配置で反復する様子に、当時New Yorkで台頭していたDonald JuddやSol LeWittらの反復構造との奇妙な類似を見いだしました。美術館では高度な美学として語られる「モジュール」「連続」「規格」が、郊外では不動産商品としてすでに日常化している。そのずれが彼の初期作品の核心になります。
John Daniels Gallery――作家になる前に現代美術の現場へ入る
1964年、22歳のグレアムはNew Yorkで友人たちとJohn Daniels Galleryを開き、短期間ながら運営とキュレーションに携わりました。Whitneyの回顧展資料によれば、そこではDonald Judd、Sol LeWitt、Robert Smithsonら、後にミニマリズムやコンセプチュアル・アートの中心とみなされる作家たちの仕事を紹介しています。ギャラリー自体は長続きしませんでしたが、この経験によってグレアムは美術作品が「作られる」だけでなく、誰が展示し、どのように価格をつけ、雑誌で批評され、誰のネットワークを通して認知されるのかを間近で見ることになります。
ここは彼の後の制作を理解する重要な出発点です。グレアムは美術制度を外から批判したのではなく、若い時期にその内部へ入り、制度の仕組みを経験してから別の流通経路を探しました。雑誌を作品の場所として使う発想も、単なる紙への興味ではありません。ギャラリーやコレクターを通さず、一般の読者の家へ入り込める媒体に作品を置くことは、美術品の希少性と流通構造をずらす方法でした。
雑誌を展示空間にする――《Figurative》と初期出版作品
1965年の《Figurative》は、グレアムの初期を象徴する作品です。MoMA所蔵版では、スーパーのレシートのような数字と項目の並びを雑誌ページに掲載した印刷物として保存されています。ここでは「作家が手で作った唯一の物体」はほとんどありません。既存の印刷技術、雑誌という流通網、ページをめくる読者の行為そのものが作品の条件になります。
《Schema》など同時期の作品でも、誌面の寸法、活字数、ページ番号、紙質といった雑誌自体の物理的条件がテキストになります。文章が何かを説明するのではなく、文章が印刷される器の構造を文章によって示す。この自己参照的な方法は、後の鏡やビデオとよく似ています。雑誌は自分が「雑誌であること」を露わにし、ビデオは自分が「今この場を映している装置」であることを露わにする。媒体を透明な運搬手段として扱わず、媒体そのものを観客に意識させる姿勢は一貫しています。
また、雑誌には美術館とは異なる時間があります。読者はページを飛ばし、途中で閉じ、広告と記事を同じ流れで見ます。グレアムはその「注意が散る」状態を欠点ではなく、近代的な知覚の現実として受け入れました。作品を見るために静かな白い部屋へ入り、長時間集中するという美術館の規律とは別の受容を初期から想定していたのです。
《Homes for America》――郊外住宅とミニマリズム
《Homes for America》(1966–67)は、Dan Grahamの代表作でありながら、最初から現在美術館で見る二枚のボード作品として構想されたわけではありません。MoMAは、グレアム自身がこれを「美術作品」ではなく雑誌記事として考えていたと説明しています。写真はNew JerseyやNew York周辺の郊外住宅地で撮影され、住宅メーカーの宣伝文句や分類的な文章と組み合わされました。1966年末から1967年初頭の《Arts Magazine》に掲載された誌面では、同じような家が反復する街並みと、当時のミニマル・アートに共通する直方体、連続、単位の反復が並置されます。
この作品を「郊外生活への批判」とだけ読むと半分しか見えません。グレアムは規格住宅を嫌悪して単純に告発したのではなく、その形式が異様なほど洗練された視覚体系を持っていることにも反応しています。壁材、玄関、窓、屋根、色の組み合わせは限られているのに、一軒ごとに「個性」が付与される。大量生産と個人性は反対ではなく、むしろ大量生産のシステムが個人性の選択肢を提供していることが見えてきます。
さらに、住宅を撮った写真自体も高級な美術写真ではありませんでした。グレアムは安価なカメラやスライドを使い、写真を雑誌、スライド上映、後年の展示プリントなど異なる形で流通させました。したがって《Homes for America》には一つだけの「原型」があるというより、写真、文章、誌面、スライド、再制作された展示形態が重なっています。この可変性こそ、固定された美術品を疑う初期コンセプチュアル・アートの条件と結びつきます。
反復、規格化、消費――「同じもの」が少しずつ違う
ミニマル・アートでは、同一単位の反復によって作家の感情的な筆致を排除する方法が重要になりました。しかしグレアムは、それと似た構造が美術館の外にすでに存在することを示しました。郊外住宅、ファストフード店、モーテル、ショッピング施設、企業オフィスは、反復と標準化によって効率よく作られます。Juddの箱と住宅地のガレージが形式的に似ているという冗談は、同時に、前衛美術が自分を社会から完全に切り離すことはできないという批評でもあります。
ただし、グレアムは「ミニマリズム=大量消費社会」という単純な等式を作ったわけではありません。彼自身、Judd、LeWitt、Smithsonらの実践に強く刺激されていました。むしろ、前衛芸術と郊外文化を上下関係で分けず、同じ時代の二つの現象として並べています。美術と日常生活のあいだに意外な構造的類似を発見することが、彼の批評と制作の基本的な方法でした。
写真は作品か、資料か――固定された完成形を避ける
《Homes for America》に含まれる写真を単独で見ると、住宅や道路を淡々と撮影したスナップに見えます。しかし、その写真は単独の一枚として完結するより、並べられ、比較され、文章と結びつくことで機能します。写真は「美しい一瞬」を保存するというより、ある社会構造を読むためのデータに近づきます。
一方で、後年これらの写真は美術館コレクションへ入り、個々のプリントにも市場価値が生まれました。グレアムの初期作品は、美術制度から逃れようとした作品が再び美術制度へ回収される過程を自ら示しています。MoMAには《Homes for America》のボード版だけでなく、20枚の35mmスライド版も所蔵され、Metropolitan Museumにも関連する郊外写真があります。どれが「本物」かを一つに決めるより、同じ構想が媒体ごとに異なる見え方を持つことが重要です。
1969年以降――写真から映画・ビデオへ
1969年頃から、グレアムは映画とビデオを集中的に使い始めます。《Sunset to Sunrise》《Binocular Zoom》《Roll》《Two Correlated Rotations》などでは、映像を物語を語るための手段ではなく、知覚の仕組みを実験する装置として扱いました。MACBAは、この時期の作品について「パフォーマンスを記録する映画」ではなく、映画そのものがパフォーマンスの延長であると説明しています。
例えば《Sunset to Sunrise》(1969)では、カメラは地平線から空へと系統的に動き、通常なら安定した基準となる地面と空の関係を崩します。《Binocular Zoom》では二つのカメラが人間の両眼のように働き、《Roll》では撮影者の身体運動とカメラの回転が結びつきます。ここではカメラは目の代用品ではありません。人間の目とは異なる運動と時間を持つ機械を身体に接続し、その差を経験するための装置です。
身体とカメラを一つの知覚装置にする
初期映画に共通するのは、「誰が見ているのか」を一つに固定しないことです。撮影者が動けば画面が動き、別の撮影者も同時に撮れば視点が二つになります。1973年にSimone Fortiと制作した《Helix/Spiral》では、二人が互いを撮影しながら回転し、二つの映像が向かい合う壁に投影されます。観客は一つの正しい視点を与えられず、身体、カメラ、投影面のあいだを視線で往復します。
この方法は後のパビリオンへ直接つながります。二方向鏡の内側と外側で複数の人が互いを見る状況は、二台のカメラが互いを撮影する構造を建築へ拡張したものと考えられます。グレアムの媒体は写真からビデオ、建築へ変わっても、「一つの視点だけでは空間を把握できない」という問題は変わりません。
フィードバック――見る自分をもう一度見る
1970年代にグレアムが使った閉回路ビデオは、撮影された映像をその場でモニターへ返すことができます。テレビ放送のように遠くの出来事を見るのではなく、自分がいる場所が映像として即座に戻ってくる。これによって観客は「作品を見る人」でありながら、同時に作品に映される対象になります。
ここで重要なのがフィードバックです。観客が画面の自分を見て姿勢を変えると、その変化が再びカメラへ入り、次の映像になる。つまり映像は完成済みの内容ではなく、見ることによって更新され続ける循環です。グレアムはこの循環に数秒の遅延を加えたり、鏡の即時反射と組み合わせたりすることで、現在、過去、自己像、他者から見た像を一つの空間へ重ねました。
今日ではスマートフォンの自撮りや監視カメラ、オンライン会議によって、自分の顔を画面で見ながら行動することは日常化しています。しかし1970年代のビデオ技術では、同じ経験はまだ新鮮でした。グレアムの作品は新しい機械を未来的なものとして称賛するより、その機械が自己認識と集団行動をどのように変えるかを実験しています。
《Past / Future Split Attention》――他者の時間を語る
《Past / Future Split Attention》(1972)では、同じ場所にいる二人が異なる時間を言葉で作ります。一人はもう一人のこれからの行動を予測し、もう一人は相手の過去について語ります。MACBA所蔵の映像版は17分の白黒ビデオです。ここでは特殊な映像効果より、他者について語る言葉そのものが時間差を発生させます。
人は自分の現在を生きているつもりでも、他者からは過去の行動を記憶され、未来の行動を予測されます。自己像は自分だけが所有するものではありません。この作品では、心理学的な「内面」が直接表現されるのではなく、二人の発話関係によって作られます。後の鏡やビデオ作品でも、自己は単独で完結せず、他者からの視線や説明を通して成立します。
《Present Continuous Past(s)》――8秒前の自分と同じ部屋にいる
1974年の《Present Continuous Past(s)》は、二枚の鏡、白黒ビデオカメラ、モニター、遅延装置を組み合わせた代表的なインスタレーションです。Centre Pompidou所蔵作品では、閉回路映像が時間差を伴って再生されます。鏡は現在の観客をほぼ即時に返しますが、モニターには少し前の観客が現れます。さらに鏡の中にはモニターが映り、映像の中の過去が再び反射されます。
この作品の面白さは、難しい時間論を説明文として読む前に、身体で理解できることです。腕を上げると、鏡の中ではすぐ上がる。しかしモニターでは少し後に上がる。その映像を見ている自分も次の映像へ記録される。観客は「今ここ」にいる一人の自分を維持できず、複数の時間へ分裂します。
グレアムにとって時間遅延は特殊効果ではありません。私たちが自分自身を理解するとき、すでに起きた行為を記憶し、他者の反応を受け取り、それを現在の自分へ戻している。その心理的な構造を、ビデオ装置が物理的な空間として見えるようにするのです。
《Performer/Audience/Mirror》――観客が観客自身を見る
《Performer/Audience/Mirror》(1975)では、グレアム自身が鏡の前に立ち、観客の動作や自分の動作を言葉で記述します。Electronic Arts Intermixに残る映像は22分52秒。演者はまず観客を見て説明し、次に鏡へ向き直って、自分と観客が一緒に映る状態を説明します。
通常の舞台では、観客は暗い客席から演者を見る匿名の集団です。しかし大きな鏡があると、観客は自分たち自身を「観客という集団」として見てしまいます。さらに演者から服装や身振りを言葉で指摘されることで、自分が他者から観察されていることを意識します。見る側と見られる側の区別が往復するのです。
ここでグレアムが目指したのは、観客を楽しく参加させることだけではありません。美術館や劇場では、「観客は自由に作品を見る」という前提がありますが、実際には椅子の向き、照明、舞台、壁、他の観客の存在が行動を規定しています。《Performer/Audience/Mirror》は、その普段は見えない社会的な配置を観客自身へ返します。
《Public Space / Two Audiences》――作者を消して観客だけを残す
1976年のVenice Biennaleのために制作された《Public Space / Two Audiences》では、グレアム自身が演者として立つ必要さえなくなります。二つの部屋は防音ガラスで分けられ、一方の端には壁一面の鏡があります。それぞれの部屋へ入った観客は、ガラス越しに別の観客を見ますが直接会話しにくく、同時に鏡によって自分たちの集団も見せられます。Walker Art Centerは、この作品で「見る人」が同時に演者と観客になると説明しています。
重要なのは、作品の中心に置かれる物体がほとんどないことです。展示されるのは観客自身の視線と行動です。Biennaleの各国館が国家を代表する作品を陳列する「ショーケース」であるなら、グレアムはそのショーケースの中へ観客を入れ、観客を展示物へ変えました。
ただしグレアム自身は、この作品が白い壁を持つことで美術館の「ホワイト・キューブ」を再び強化してしまったとも考えました。そこで後のパビリオンでは白壁を減らし、ガラス、二方向鏡、金属といった商業建築に近い素材へ移ります。《Public Space / Two Audiences》は、映像作品から建築的パビリオンへ移る決定的な中間地点です。
Dan Grahamの作品をどう見るか
第一に、作品そのものだけでなく「どこに自分が立たされているか」を見てください。グレアムの作品では、観客の位置が意味を作ります。鏡の前に立つのか、二方向鏡の外側にいるのか、ビデオカメラの視野へ入っているのかによって、同じ作品でも見えるものが変わります。
第二に、透明と反射を反対語だと思わないことです。グレアムの二方向鏡は、光の条件によって向こう側を見せながらこちら側も映します。「透明だから開放的」「鏡だから閉鎖的」という単純な区別が崩れます。企業のロビーや商業施設で使われるガラスが、開放性の象徴であると同時に監視しやすい空間も作るという矛盾が見えてきます。
第三に、作品を難解な理論の図解へ縮小しないことです。子どもが鏡の迷路を走り、人々が互いの像を見て笑うような身体的な楽しさも、グレアムは意図的に残しました。Walker Art Centerのパビリオンが多くの来園者に触られ、遊ばれてきたことは、その作品が理論だけで成立していないことをよく示しています。
最後に、初期の雑誌作品と後期のパビリオンを別々の作家のように見ないことです。雑誌ページではページの構造を、ビデオでは時間の構造を、パビリオンでは建築の構造を観客へ返しています。どの時期にも共通するのは、普段は背景として意識しない「媒体」「空間」「制度」を、見る対象へ変えることです。
主要作品
1965年の雑誌作品《Figurative》から《Homes for America》、初期映画、時間遅延ビデオ、パフォーマンス、郊外住宅の建築模型、《Rock My Religion》、二方向鏡のパビリオン、2020年制作の《Portal》まで、グレアムが「媒体の構造」を「観客と空間の構造」へ拡張していく過程が分かる12点を選びました。
フィギュラティヴ
Figurative / 1965(1968年印刷) / オフセット印刷された雑誌ページ / ページ 31.4 × 24.2 cm
The Museum of Modern Art, New York
スーパーマーケットのレシートを思わせる数字列を既存の雑誌ページへ置き、作品の支持体を美術館の壁から大量流通する印刷媒体へ移した初期作です。内容だけでなく、雑誌が読者の手へ届き、別の記事や広告と並んで読まれる状況まで作品の条件にしました。
アメリカの住宅
Homes for America / 1966–1967 / ゼラチン・シルバー・プリント、発色現像方式カラー・プリント、塗料見本、フェルトペン、色鉛筆、ボード2枚 / 各 101.4 × 84.5 cm
The Museum of Modern Art, New York
New Jersey周辺の規格住宅を写真と文章で分類し、郊外開発の反復を当時のミニマル・アートの連続構造と重ねた代表作です。もともとは雑誌記事として構想され、スライドや誌面など複数の形で流通したため、固定された一つの物体ではなく媒体の変換そのものを含む作品として見る必要があります。
サンセット・トゥ・サンライズ
Sunset to Sunrise / 1969 / 16mmカラー映画、無声 / 4分27秒
MACBA Museu d’Art Contemporani de Barcelona
カメラを地平線から空へ、また空から地平線へと系統的に動かし、安定した空間認識を崩す初期映画です。映画を出来事の記録ではなく、カメラの運動と身体の知覚を比較する実験装置として扱う方向が明確になります。
過去/未来・分割された注意
Past / Future Split Attention / 1972 / シングルチャンネル・ビデオ、白黒、音声 / 17分
MACBA Museu d’Art Contemporani de Barcelona
二人の参加者の一方が相手の未来の行動を予測し、もう一方が相手の過去について語る作品です。同じ現在にいる二人が異なる時間を言葉によって作り、自己像が自分だけでなく他者の記憶や予測によって形成されることを示します。
現在進行形の過去
Present Continuous Past(s) / 1974 / 閉回路ビデオ・インスタレーション:白黒カメラ、白黒モニター、鏡2枚、遅延装置 / 寸法可変
Centre Pompidou, Musée national d’art moderne, Paris
鏡が現在の姿を即時に返す一方、モニターには時間差を伴う過去の姿が現れます。観客は現在の自分、少し前の自分、鏡に反射された映像を同時に見ることになり、「今ここ」の自己を複数の時間へ分裂させるグレアムの代表的な時間遅延作品です。
パフォーマー/観客/鏡
Performer/Audience/Mirror / 1975 / ビデオ、白黒、音声 / 22分52秒
Whitney Museum of American Art, New York
鏡の前に立つグレアムが観客と自分の動きを言葉で記述し、観客自身にも鏡像として集団の姿を見せます。見る側だった観客が同時に見られる対象となり、舞台、客席、作者、鑑賞者という役割の境界を可視化します。
郊外住宅の改変
Alteration to a Suburban House / 1978 / 彩色木材、布、プラスチック、ファイバーボード、紙、ガラス / 約 152.4 × 147.3 × 124.5 cm
The Museum of Modern Art, New York
典型的な郊外住宅の正面をガラスへ置き換え、内部を鏡で分ける建築模型です。住人は外を見ることができますが、同時に外から生活を見られる対象にもなります。近代建築が透明性を開放性と結びつけてきた考えを、私的空間と監視の問題から反転させます。
ロック・マイ・リリジョン
Rock My Religion / 1982–1984 / ビデオ、白黒・カラー、音声 / 55分27秒
Whitney Museum of American Art, New York
Shakerの宗教共同体、戦後アメリカの「teenager」、ロック、パンクを映像・音楽・テキストのモンタージュで接続します。音楽を趣味的な主題として扱うのではなく、集団の身体、恍惚、家族制度からの距離という社会構造を考える映像論考です。
三つの連結した立方体/映像を見せる空間のインテリア・デザイン
Three Linked Cubes/Interior Design for Space Showing Videos / 1986 / 3チャンネル・ビデオ・インスタレーション、モニター6台、木枠、透明ガラス、二方向鏡 / 232.3 × 215.9 × 539.8 cm
Whitney Museum of American Art, New York
映像を単に壁のモニターで見るのではなく、透明ガラスと二方向鏡で構成された空間そのものの中で見るインスタレーションです。映像、反射、他の観客、建築が一体化し、後期パビリオンへつながる段階を示します。
屋上都市公園プロジェクト/立方体内部の二方向鏡の円筒
Rooftop Urban Park Project/Two Way Mirror Cylinder Inside Cube / 1981/1991 / 二方向鏡ガラス、ガラス、金属による建築的パビリオンを中心とするサイトスペシフィック・プロジェクト / 設置場所に応じた環境作品(寸法可変)
Dia Art Foundation
Dia Center for the Artsの屋上を小規模な都市公園へ変え、パビリオン、カフェ、映像鑑賞室を組み合わせた長期プロジェクトです。二方向鏡に都市と人々を映し込み、美術作品、休憩場所、社会的な場という複数の機能を重ねました。
二方向鏡・パンチング鋼板・生垣の迷路
Two-way Mirror Punched Steel Hedge Labyrinth / 1994–1996 / ステンレス鋼、ガラス、ニオイヒバ / 228.6 × 523.2 × 1290.3 cm(設置時)
Walker Art Center, Minneapolis Sculpture Garden
二方向鏡、パンチング鋼板、生垣を組み合わせた屋外迷路です。観客は自分、他者、植物、空を同じ面に見ながら内部を歩きます。理論的な知覚装置であると同時に、子どもを含む多くの来園者が実際に触れ、遊ぶ公共彫刻として機能してきました。
ポータル
Portal / 1997/2020 / ガラス、ステンレス鋼 / 284.5 × 299.7 × 299.7 cm
Whitney Museum of American Art, New York
1997年に構想され、2020年に制作された後期パビリオンです。Whitneyによれば、企業ロビーやショッピングモールに用いられる光沢のあるガラス建築への関心を背景に、反射、透明性、監視を遊びのある空間へ変換しています。天井の鏡を見上げると、宗教建築の天井画の代わりに観客自身が現れます。
映像から建築へ――空間そのものを装置にする
1970年代後半、グレアムはビデオ装置で行ってきた実験を建築へ拡張します。閉回路ビデオでは、カメラとモニターが観客を互いに見せる関係を作りました。建築では、壁、ガラス、鏡、通路そのものが同じ役割を担います。観客は装置の前に立つのではなく、装置の内部へ入り、他者と同じ空間を共有します。
この移行は「映像をやめて彫刻家になった」という変化ではありません。むしろ、画面の中で生じていた反射、遅延、視点の交換を、人が実際に歩ける大きさへ拡大したものです。グレアムは建築家のように恒久的な建物を設計する一方、美術家として建築の社会的な意味を故意に不安定にしました。雨風を完全に防ぐわけでも、特定の用途だけに奉仕するわけでもないパビリオンは、「建築のようだが建築ではない」中間領域に置かれます。
《Alteration to a Suburban House》――透明な家は自由なのか
1978年の《Alteration to a Suburban House》は、郊外住宅の正面外壁を大きなガラスへ置き換え、内部を鏡で分割するという仮想的な建築計画です。MoMA所蔵の模型では、普通の一戸建て住宅のリビングが道路側から丸見えになり、住人は外を見ることができる一方、自分自身も外部から展示される対象になります。
近代建築では、ガラスはしばしば開放性、合理性、民主性の象徴として語られてきました。しかしグレアムは、物理的に透明であることと社会的に自由であることは同じではないと示します。大きな窓は外部と内部をつなぎますが、同時に住人の私生活を可視化します。透明性は解放だけでなく、監視と自己演出も生みます。
この作品は《Homes for America》の続編としても読めます。1960年代には住宅の外観を分類していたグレアムが、1970年代後半には住宅内部の家族関係へ踏み込みます。郊外住宅は単なる建築様式ではなく、「家族がどう見られ、どう外部から切り離されるか」を設計する社会装置になります。
二方向鏡――透明性と監視を同時に扱う素材
グレアムの後期作品を特徴づける二方向鏡は、片側から見ると鏡のように反射し、光の条件によって向こう側も透けて見える素材です。Marian Goodman Galleryは、グレアムがこの素材によって反射と透過を同時に起こし、環境が私たちの視線をどのように構造化するかを意識させたと説明しています。
この素材が重要なのは、美術史的な鏡の象徴性だけではありません。二方向鏡は警察の取調室、監視空間、企業のガラス建築などとも結びついています。誰から誰が見えているかが対称ではない可能性を常に含みます。グレアムのパビリオンでは、光や時間帯、立ち位置によってその非対称性が変化するため、観客は自分が今「見る側」なのか「見られる側」なのかを完全には確定できません。
また、鏡像は自分だけを返しません。周囲の建築、空、植物、別の観客が同じ面へ重なるため、自己像は環境から切り離せなくなります。この点で、グレアムの鏡はナルシシズムを促すための道具というより、「自己が環境と他者の中でしか見えない」ことを示す社会的な素材です。
パビリオン――彫刻と建築の中間
1980年代以降、グレアムはガラス、二方向鏡、ステンレス、アルミニウムなどで多数のパビリオンを制作しました。円筒、立方体、曲面、三角形など幾何学的な形態を持ち、庭園、美術館の屋上、都市広場、彫刻公園へ設置されます。これらは外見だけを見るとミニマルな環境彫刻に見えますが、人が中へ入ると意味が変わります。
曲面ガラスでは身体や景色が歪み、平面の二方向鏡では反射像と透過像が重なります。歩くたびに像の関係が変わるため、作品には一つの理想的な正面がありません。写真で見るだけでは分かりにくく、実際に周囲を歩き、他の人が入ってくることで初めて成立する部分が大きい作品です。
グレアムはこれらを「建築」と呼び切ることも「彫刻」と呼び切ることもしませんでした。建築には通常、居住、商業、移動などの機能がありますが、彼のパビリオンの機能は見ることそのものです。一方、彫刻のように外側から眺めるだけではなく、観客が内部に入り、人間関係が発生します。この中間性が後期作品の重要な特徴です。
Diaの《Rooftop Urban Park Project》――作品を都市の場所へ変える
《Rooftop Urban Park Project》(1981–91)は、New YorkのDia Center for the Artsの屋上を小規模な都市公園へ変えた長期プロジェクトです。Diaの公式記録によれば、1991年から2004年まで一般公開され、グレアムは建築家Mojdeh Baratloo、Clifton Balchと協働して二方向鏡の大型パビリオンを設計しました。屋上にはカフェと映像鑑賞室も設けられ、作品鑑賞、休憩、会話が同じ場所で起こるように構成されていました。
ここでは美術作品が都市生活から切り離されません。人々は「作品を見るため」だけでなく、座る、話す、飲む、空を見るといった目的で屋上を使います。パビリオンの鏡面にはNew Yorkの空と建物が映り、内部にいる人と外側にいる人の姿が重なります。作品は一個の自律した物体ではなく、都市の一部を一時的に再編成する場所になります。
この仕事は、後年「参加型」「関係性」と呼ばれる美術の先行例として語りたくなりますが、グレアムの関心は単に人々を交流させることではありません。交流が生まれる建築条件そのものを見せ、同時に互いが見えることの快楽と不安を残しています。
ロック、パンク、若者文化――美術の外側の共同体
グレアムは1960年代から音楽雑誌やテレビ番組へ強い関心を持ち、1980年代にはNew Yorkのパンク、ノーウェーブ、実験音楽の周辺へ深く関わりました。Whitneyの回顧展は、彼の活動をSonic Youth、Glenn Branca、Japantherらとの関係まで含めて紹介しています。MoMAも、グレアムが1981年頃のSonic Youth形成に関与し、その後もバンドと長く交流したことを指摘しています。
美術館の観客とロック会場の観客は同じ「audience」でも行動が大きく違います。美術館では静かに作品を見ることが求められますが、ライブ会場では身体を動かし、叫び、他人と密集します。グレアムにとってロックは趣味的な別領域ではなく、集団の身体がどのように一つの場を作るかを考える実例でした。
さらに、音楽雑誌、レコードジャケット、テレビ、ライブ映像は、大衆文化の流通形式でもあります。初期に雑誌を作品の場所として使ったグレアムが、後にロック文化へ惹かれたことには一貫性があります。どちらも少数の美術コレクターだけでなく、多数の読者・聴衆へ複製物として届く文化だからです。
《Rock My Religion》――宗教とロックを一本の歴史として読む
《Rock My Religion》(1982–84)は、白黒とカラー映像、音声、テキストを組み合わせた55分27秒の映像作品です。Whitneyは、この作品が18世紀以来のShakerの宗教共同体と、1950年代以降のアメリカの若者文化、ロック、パンクを大胆に接続すると説明しています。Shakerの集団舞踊、Elvis Presley、Woodstock、Patti Smithなど異なる時代の映像がモンタージュされ、宗教的な恍惚と音楽ライブの集団的高揚が比較されます。
この作品は「ロックは宗教である」という単純な主張ではありません。家族制度から距離を取ったShaker共同体と、戦後郊外の核家族から自立しようとする「teenager」という社会的存在を重ねることで、音楽が単なる娯楽ではなく、別の共同体を一時的に作る力を持つことを示します。
同時に、この映像はグレアムが批評家であり編集者でもあったことを示します。自分で撮影した映像だけを純粋な作品として扱うのではなく、既存映像、音楽、文章、歴史資料を編集し、異なる文化領域の間へ仮説を作ります。ここでも彼の作品は「物」より関係の構築として成立しています。
書くこと――批評と作品を分けない
グレアムは生涯にわたり、美術、建築、テレビ、音楽について大量の文章を書きました。批評活動は制作の補足説明ではありません。初期の《Homes for America》からすでに、写真と文章が同じ作品構造の一部でした。後年も、建築家について書くこと、ロック文化を分析すること、若い作家を紹介することが、パビリオン制作と並行して続きます。
彼の文章には、学術的な理論だけでなく、Dean Martinのテレビ番組、Dwight D. Eisenhowerの絵画、占星術、ポップソングなど一見周辺的な対象も頻繁に登場します。文化を「高い芸術」と「低い大衆文化」に分けず、異なる領域の構造を横断的に比較する姿勢が特徴です。
この点でグレアムは、作品を作る人と批評する人を分業する近代美術の構造にも馴染みません。自分の世代の作家を批評し、その作家たちと展示し、その関係を作品へ戻す。彼の活動全体が、作品・文章・人間関係のネットワークとして存在しています。
ユーモアと遊び――難解な理論だけではない
グレアムの作品は、サルトル、精神分析、サイバネティクス、社会学、建築史などとの関係から理論的に説明されることが多くあります。しかし実際の作品体験には、かなり強いユーモアがあります。鏡に映った自分が突然歪み、向こう側の人と視線が合い、子どもが走り回る。Walker Art Centerの《Two-way Mirror Punched Steel Hedge Labyrinth》は、長年多くの来園者が触れ、覗き込み、遊ぶ作品として定着しています。
この遊びは理論を分かりやすくするためのサービスではありません。自分を客観的に見ようとしても、鏡像が歪んで笑ってしまうという身体的な反応そのものが、固定した自己像を崩します。グレアムは「鑑賞者に正しい答えを理解させる」より、装置へ入った人が予想外の関係に巻き込まれることを重視しました。
公共空間と参加――「参加型アート」との違い
グレアムのパビリオンには観客の存在が不可欠です。しかし、観客がボタンを押して作品を完成させるような単純な参加型ではありません。何もせず立っているだけでも、身体は鏡へ映り、別の人から見られ、作品の構成要素になります。参加するかどうかを完全に選べないところが重要です。
また、公共空間に作品を置けば自動的に民主的になるわけでもありません。二方向鏡は企業ロビーや商業施設の素材でもあり、公共空間と私有空間の境界を曖昧にします。グレアムは公共性を祝福するだけでなく、「誰が見ることを許され、誰が見られているのか」という権力関係を残しました。
このため、彼の作品は1990年代以降の関係性を重視する美術や参加型インスタレーションの先行例として参照されながらも、それらと完全に同一ではありません。人間関係を生むこと自体より、人間関係が建築や媒体によって条件づけられていることを露出させる点にグレアム独自の批評性があります。
2009年《Dan Graham: Beyond》――全体像が初めて大規模に示される
2009年、Museum of Contemporary Art, Los Angeles、Whitney Museum of American Art、Walker Art Centerを巡回した《Dan Graham: Beyond》は、グレアムのアメリカにおける初の包括的な回顧展となりました。写真、雑誌作品、映画、ビデオ、パフォーマンス記録、建築模型、パビリオン、文章、音楽との共同制作を一つの展覧会で扱い、40年以上にわたる仕事の連続性を可視化しました。
Whitneyは、この回顧展の中心的な問題を、建築とマスメディアによって媒介される「個人と社会の関係」と説明しています。この視点はグレアムを理解するうえで非常に有効です。《Homes for America》の住宅も、《Present Continuous Past(s)》のビデオも、パビリオンの鏡も、個人が自分だけで完結せず、環境によって形成されることを示すからです。
また、この回顧展によって、後期パビリオンだけが独立して評価されるのではなく、1960年代の安価な雑誌ページや郊外写真、1970年代の実験的パフォーマンスが同じ重要度で見直されました。グレアムの仕事が単一の代表様式に収まらないこと自体が、回顧展の主題になったと言えます。
2022年の死と死後の展開
Dan Grahamは2022年2月、New Yorkで79歳で死去しました。Marian Goodman Gallery、Lisson Gallery、303 Gallery、Regen Projectsは共同声明で、作家、批評家、写真家、建築的作品の制作者、映画・映像作家としての幅広い影響を追悼しました。同年MoMAは《Homes for America》を中心とする追悼展示を行い、観客、公共性、私的空間という彼の問いを改めて紹介しました。
死後の評価で特徴的なのは、作品が「歴史化」される一方、パビリオンが実際に公共空間で使われ続けていることです。紙の資料や映像はアーカイブとして保存されますが、屋外作品は光、天候、植物、人の動きによって毎日変化します。グレアムの遺産には、美術館の収蔵庫に保管される作品と、現在も人々が歩き回る場所の両方があります。
《Not Post-Modernism》――最後まで建築を考える
死の直前までグレアムが取り組んでいた重要な仕事が、建築展《Not Post-Modernism. Dan Graham and 20th-Century Architecture》です。Serralves Museum of Contemporary Artで2023年10月から2024年3月まで開催され、Serralvesはこれをグレアムが生前に構想した最後の展覧会プロジェクトと位置づけています。キュレーターBartomeu Maríが作家との対話を引き継ぎ、Atelier Bow-Wowが展示構成に関わりました。
この展覧会では、グレアム自身の作品だけを並べるのではなく、彼が長年考えてきた20世紀・21世紀の建築家のプロジェクトを選び、建築についての一種の立体的な論考を作りました。Serralvesによれば、8組の建築家から20の建築プロジェクトが選ばれています。つまり、最後の仕事まで彼は「自分の作品を見せる作家」であると同時に、他者の仕事を編集し、関係を作る批評家・キュレーターでした。
これは1964年のJohn Daniels Galleryへ奇妙な形で戻る仕事でもあります。若い時期に他の作家を展示することから美術界へ入り、最晩年には他の建築家を選び直す展覧会を構想した。制作とキュレーションを分けない姿勢は生涯を通して続きました。
2025–26年――パビリオンとアーカイブの再評価
2025–26年にもグレアムの作品は継続的に展示されています。Los AngelesのMOCAでは2025年から2026年初頭の《Fictions of Display》に作品が含まれ、展示空間が観客をどのように「演出」するかという文脈で再読されました。ParisのGrand Palaisでは2025年6月から2027年8月までの《Transparency》にグレアムの作品が組み込まれ、透明性、光、反射を身体で経験する作品として新しい世代の観客へ紹介されています。
2026年にはLaM(Lille Métropole Musée d’art moderne, d’art contemporain et d’art brut)の彫刻庭園に《Bayonne Pavilion》(2016)が新たに常設されました。同館は、ガラスと鋼のパビリオンを、反射と「互いに見ること」を身体的に経験する作品として紹介しています。またMarian Goodman Galleryでは2026年春にEttore Spallettiとの二人展が開催され、異なる方法で観客、光、空間を扱った作家として比較されました。
日本では、東京オペラシティ アートギャラリーが2025年12月に発表した2026年度年間予定の段階では、2026年10月17日から12月20日まで「ダン・グレアム Dan Graham」展を開催し、前半で代表作、後半で《Not Post-Modernism》を再構成すると告知していました。しかし2026年10月4日現在の同館公式サイトでは、同期間の企画展は《種と根っこ ─ 都市の耕し方》へ変更されており、ダン・グレアム展は現行の開催予定として掲載されていません。したがって、過去の年間予定と現在の公式スケジュールは区別して確認する必要があります。
この近年の再評価では、グレアムを単なる「1970年代コンセプチュアル・アートの歴史的人物」として保存するだけでなく、現在の監視社会、ガラス張りの都市建築、自己像を常時確認するデジタル環境と接続して読む余地が大きくなっています。ただし、その現在性をスマートフォンやSNSへ単純に置き換えるのではなく、彼が半世紀前から建築、メディア、身体、集団の関係を継続的に扱っていたことを確認する方が重要です。
Dan Grahamは何を変えたのか
第一に、作品の場所を変えました。1960年代に雑誌ページを作品の場としたことで、美術作品がギャラリーの壁に掛けられる唯一物である必要を崩しました。読者が雑誌を買い、家で読み、捨てることまで含めて作品の流通条件になります。
第二に、観客を作品の外側から内部へ移しました。閉回路ビデオ、鏡、時間遅延によって、観客は見る主体であると同時に見られる対象になります。これは「観客参加」を楽しい仕掛けとして導入しただけではなく、鑑賞者という立場そのものを可視化した点で重要です。
第三に、建築の透明性を批判的に扱いました。ガラス張りの建物を近代的で開放的なものとして単純に受け入れず、透明性が監視、自己演出、企業的な権力と結びつく可能性を示しました。二方向鏡は、その矛盾を一枚の素材の中で体験させます。
第四に、美術と大衆文化の境界を横断しました。郊外住宅、雑誌、テレビ、Dean Martin、ロック、パンク、ショッピングモールなどを、現代美術より低い対象として排除せず、むしろ社会の構造を理解する重要な資料として扱いました。
第五に、作家、批評家、キュレーターという役割を分離しませんでした。John Daniels Galleryから《Not Post-Modernism》まで、他者の作品を選び、文章を書き、自分の作品を作ることが一つの知的活動として続いています。
そして最も大きいのは、「見ること」を個人的な視覚経験から社会的な関係へ広げたことです。私たちは一人で対象を見ているようで、実際には建築、鏡、カメラ、雑誌、他者の視線によって見る位置を与えられています。Dan Grahamの作品は、その条件を説明するのではなく、観客自身の身体へ返します。だからこそ、初期の安価な誌面も、巨大な二方向鏡のパビリオンも、同じ問いの異なる形として現在まで有効なのです。
略年譜
- 1942
- 3月31日、Illinois州Urbanaに生まれる。のちNew Jerseyの郊外で育つ。
- 1964
- New YorkでJohn Daniels Galleryを友人らと設立・運営。Donald Judd、Sol LeWitt、Robert Smithsonら同世代の作品を紹介する。
- 1965
- 雑誌ページを作品の場とする《Figurative》《Schema》など初期の出版作品を展開する。
- 1966
- New Jersey周辺の郊外住宅を撮影。スライド、写真、文章を組み合わせた《Homes for America》を形成する。
- 1966–1967
- 《Homes for America》が《Arts Magazine》冬号に掲載される。規格住宅の反復とミニマル・アートの構造を並置する代表作となる。
- 1969
- 《Sunset to Sunrise》《Binocular Zoom》《Two Correlated Rotations》など映画作品を制作し、知覚とカメラ運動の実験へ進む。
- 1970
- 《Roll》など身体とカメラを連動させる映画を制作。《Artists & Photographs》にも参加。
- 1972
- 《Past / Future Split Attention》を制作。Documenta 5に参加。
- 1973
- Simone Fortiと《Helix/Spiral》を制作。複数カメラと身体運動を結びつける。
- 1974
- 《Present Continuous Past(s)》を制作。鏡、閉回路ビデオ、時間遅延によって現在と過去を同じ空間へ重ねる。
- 1975
- 《Performer/Audience/Mirror》を制作。演者、観客、鏡像、言葉の関係を作品化する。
- 1976
- Venice Biennaleで《Public Space / Two Audiences》を発表。二室をガラスで分割し、観客自身を展示対象へ変える。
- 1978
- 《Alteration to a Suburban House》など建築模型を制作。郊外住宅、透明性、私的/公共空間の問題を建築へ展開する。
- 1981
- 後のDia《Rooftop Urban Park Project》へつながる《Two-Way Mirror Cylinder Inside Cube》を構想。二方向鏡を用いるパビリオンを本格化。
- 1982
- Documenta 7に《Two Adjacent Pavilions》を設置。建築的作品が制作の中心へ移る。
- 1982–1984
- 《Rock My Religion》を制作。Shakerの宗教共同体と戦後アメリカの若者・ロック文化を映像とテキストで結びつける。
- 1986
- 《Three Linked Cubes / Interior Design for Space Showing Videos》を制作。映像を見る場所そのものをパビリオン化する。
- 1991
- Dia Center for the Artsで《Rooftop Urban Park Project》公開。屋上をパビリオン、カフェ、映像鑑賞を含む都市公園へ変える。
- 1992
- Skowhegan Medal for Mixed Mediaなどを受賞。
- 1994–1996
- 《Two-way Mirror Punched Steel Hedge Labyrinth》を制作。Minneapolis Sculpture Gardenに設置される。
- 1997
- 《Portal》を構想。後に2020年版が制作され、Whitney Museumのコレクションに入る。
- 2001
- パリ市からVermeil Medalを受ける。
- 2009
- MOCA Los Angeles、Whitney Museum、Walker Art Centerを巡回する包括的回顧展《Dan Graham: Beyond》開催。
- 2010
- American Academy of Arts and Lettersの賞を受賞。
- 2016
- 後にLaMへ設置される《Bayonne Pavilion》を制作。
- 2022
- 2月、New Yorkで死去、79歳。MoMAが同年《Homes for America》を中心とする追悼展示を行う。
- 2023–2024
- Serralves Museumで、生前に構想した最後の展覧会プロジェクト《Not Post-Modernism. Dan Graham and 20th-Century Architecture》開催。
- 2025–2027
- Grand Palaisの《Transparency》に作品が展示され、光と透明性を身体的に経験する作品として紹介される。
- 2026
- LaMの彫刻庭園に《Bayonne Pavilion》が新たに常設。Marian Goodman GalleryではEttore Spallettiとの二人展が開催される。
参考資料・出典
本ページはThe Museum of Modern Art、Whitney Museum of American Art、Museum of Contemporary Art Los Angeles、Walker Art Center、Centre Pompidou、MACBA、Dia Art Foundation、National Gallery of Art、The Metropolitan Museum of Art、Herbert Foundation、Serralves、LaM、Grand Palais、Marian Goodman Gallery、東京オペラシティ アートギャラリー等の公開資料を中心に参照し、ART LIBRARYが独自に執筆しました。作品の形式が雑誌、写真、映像、パフォーマンス、建築模型、恒久設置へ変化するため、所蔵館によって同名作品の媒体・制作年・再制作年が異なる場合があります。本文では個別所蔵記録を優先し、歴史的な構想年と後年の制作・設置年を可能な限り区別しています。
- The Museum of Modern Art — Dan Graham
- The Museum of Modern Art — Homes for America, 1966–67
- The Museum of Modern Art — Alteration to a Suburban House, 1978
- The Museum of Modern Art — Dan Graham’s Homes for America, 2022
- Whitney Museum of American Art — Dan Graham
- Whitney Museum of American Art — Dan Graham: Beyond
- Whitney Museum of American Art — Rock My Religion
- The Museum of Contemporary Art, Los Angeles — Dan Graham: Beyond
- Walker Art Center — Two-way Mirror Punched Steel Hedge Labyrinth
- Centre Pompidou — Present Continuous Past(s)
- MACBA — Dan Graham
- Electronic Arts Intermix — Dan Graham
- Dia Art Foundation — Dan Graham
- Dia Art Foundation — The Rooftop Urban Park Project
- The Metropolitan Museum of Art — New House, Staten Island, New York; Development, Side Views, Bayonne, N.J.
- Herbert Foundation — Dan Graham
- Serralves — Not Post-Modernism. Dan Graham and 20th-Century Architecture
- Grand Palais — Transparency
- Marian Goodman Gallery — Dan Graham
- 東京オペラシティ アートギャラリー — プレスリリース/2026年度展覧会予定
資料確認日:2026年10月4日 / ART LIBRARY