クレス・オルデンバーグは、食べ物や家具、衛生器具、文房具などの見慣れた物を、素材と大きさの変化によって奇妙な存在へ変えた彫刻家です。1929年にスウェーデンのストックホルムで生まれ、アメリカで育ち、2022年に亡くなりました。床に置かれた巨大なケーキ、垂れ下がる柔らかなトイレ、街中に立つ洗濯ばさみは、すぐに何の形か認識できます。しかし、その物が普段どのように使われ、どのような硬さと重さを持つかという知識は、作品の前で役に立たなくなります。親しみやすさと不穏さが同時に生まれるところに、彼の制作の特徴があります。
オルデンバーグはポップ・アートの代表的な作家として知られますが、商品のイメージを彫刻にしたという説明だけでは十分ではありません。街の環境を素材にした初期の仕事、物と演技が重なるハプニング、布と縫製を用いた柔らかな彫刻、巨大な記念碑の構想、クージェ・ファン・ブリュッヘンとの公共作品まで、制作は多様です。本記事では、日常の物がどのように身体の尺度や場所の意味を変えるかを軸に、その展開をたどります。
CONTENTS
クレス・オルデンバーグとは
オルデンバーグの方法を考えるときは、モチーフ、素材、尺度、置き方の四つを分けるとわかりやすくなります。モチーフはハンバーガーでも、石膏の小さな塊と、人の身体ほど大きい布の彫刻では経験が異なります。硬いはずの物が柔らかくなり、手に持つはずの物が見上げる大きさになります。さらに床、ショーケース、大学構内、都市の広場では、その物が持つ役割も変わります。単に「大きくした」だけでない変化が、作品ごとに組み合わされています。
この制作にはユーモアがありますが、笑えば終わりという単純さはありません。巨大な食べ物は魅力的でも、食べられず、身体を圧倒します。柔らかな機械は愛嬌がある一方で、働くことができません。記念碑として立つ洗濯ばさみは、人物像に期待する権威を持たないようでいて、周囲の建物と競う高さを持っています。日常の知識が少しずれることで、物と身体、商品と欲望、彫刻と公共空間の関係が意識されます。
作家一人の手で完成した物として理解することにも限界があります。初期の布の彫刻にはパティ・ミュシャの縫製が関わり、後期の公共作品にはファン・ブリュッヘンの共同制作があります。大きな作品は、模型、設計、工場での製作、現場の設置を経て実現します。最初の発想と、実際に立つ物のあいだにある仕事を見ると、制作の規模が大きくなるにつれて、作者と協働の関係も変化したことがわかります。
シカゴからニューヨークへ
ストックホルムで生まれたオルデンバーグはシカゴで育ち、イェール大学で英文学や美術に取り組みました。その後、シカゴで報道の仕事をし、美術学校でも学び、1953年にはアメリカ市民となっています。1956年にニューヨークへ移ると、ロウアー・イースト・サイドの街の光景が制作の重要な出発点になりました。見栄えの良い商品だけでなく、看板、路上の人、落ちている断片などが、芸術に取り込めるものとして意識されます。
初期の環境作品《ストリート》では、段ボールや新聞紙、塗料などが使われました。街を精密に再現する模型というより、歩いて出会う物の断片や混乱を、粗い形へ変える仕事です。拾った材料の傷みや不揃いさは、完成度を妨げるだけの欠点ではありません。描かれる街の感覚と、使う材料の性質が関係しています。都市を外から眺める風景画と異なり、その街にある物を使って環境を作る方法が探られました。
当時の美術の中心には抽象表現主義の大きな絵画がありました。オルデンバーグは、その時代の表面や行為への関心を受け止めつつ、街の具体的な物へ目を向けました。手仕事の痕跡と日常の形は、作品の中で共存します。後の鮮やかな彫刻だけを見て、初期から広告のように均一な外観を目指したと考えると、制作の出発点を見落とします。粗さや不安定さも、彼の作品が日常を別の形へ変えるための手段でした。
《ストリート》から後年の公共作品への展開には、大きな形式の変化があります。しかし街と物の関係を読むという問いは続きます。路上で見つけた小さな断片を作品に取り込むことと、街に巨大な物を置くことは逆向きにも見えます。前者は街を室内へ持ち込み、後者は制作した物を街へ送り出します。その往復を意識すると、室内の彫刻と屋外の記念碑が、別々の関心から生まれたのではないとわかります。
《ストア》―商品と芸術の境界
1961年、オルデンバーグはニューヨークの小さな店舗を使い、《ストア》を展開しました。衣服、食品、時計などを思わせる物が、手作業で作られ、店のような場所に並びます。商品と芸術作品を完全に別のものとして扱う習慣が、ここでは揺らぎます。販売の場にある美術を見ているのか、買い物の場を美術に変えたものを見ているのか。その区分が簡単には決まりません。店という形式そのものが、作品を見る条件になっています。
《菓子のショーケース I》では、実際の皿やケースと、石膏を含ませた布による作り物の食品が一緒に使われます。現実の器があるため、菓子は食べられる物のように感じられます。しかし表面の塗料や凹凸を見れば、期待は裏切られます。食品模型と似た役割を持ちながら、均一で清潔な商品見本とは異なる手作業の存在が強く現れます。魅力を示す陳列と、食べられない物質が同じ場所にあります。
《全部入りのチーズバーガー二つ》でも、親しみやすい食べ物の輪郭と、奇妙な存在感が重なります。バーガーの大きさは後の巨大な布の作品と異なり、現実の食べ物に比較的近い尺度です。そのため、食べるという動作を想像しやすい一方で、石膏と塗料の塊であることが不一致を作ります。食べ物を芸術にする方法は、ただ図像を選ぶことではなく、その図像に向けられる欲望を別の材料へ導くことでもあります。
《ストア》を消費社会への批判だけにまとめると、その曖昧さが失われます。商品を欲しがる視線を作品は利用し、同時にその期待を満たしません。手作業で作られた物が売られるという点では、芸術作品も商品です。その関係を外から一方的に断罪するというより、店の形を通して鑑賞者自身をその中へ置きます。親しみやすい物の背後に、作る、並べる、売る、欲しがるという行為のつながりがあります。
ハプニングと、物が演じる場
1960年代初めのオルデンバーグは、ハプニングにも取り組みました。ジム・ダイン、アラン・カプローらが活動するニューヨークの実験的な場では、演技、音、物、環境が組み合わされます。物を展示して、その前に観客が静かに立つという関係だけではなく、身体が動き、物が使われ、出来事が進む場が作られました。日常の行為と芸術の行為をどこで区別するかという問いが、立体制作とともに展開されています。
ここで衣装や小道具は、演技を飾る背景だけではありません。布をまとった身体、持ち上げられる物、倒れたり膨らんだりする形が、出来事の印象を作ります。後の柔らかな彫刻を見るときも、この時間的な関心を意識すると理解が深まります。床の上の布の塊は動いていなくても、垂れる、倒れる、押されるといった動作を想像させます。作品の輪郭には、形がそうなるまでの行為が感じられます。
ハプニングの経験を、後年の公共彫刻の単なる準備として扱う必要はありません。その場で消える出来事と、長期間残る構造物では、経験の条件が異なります。それでも、人がどこに立ち、何をして、その物をどう受け取るかという関心は共通しています。公共作品の設置や公開も、物を据える作業だけでなく、街に新しい反応を生む出来事になります。オルデンバーグは、物の制作と、物の周囲で起こることの両方に関わりました。
記録写真を見る際は、彫刻の写真なのか、ハプニングの一場面なのかを確認することが大切です。同じように見える布や物でも、役割が異なる場合があります。ある写真が示すのは完成した作品の状態か、演技の途中か、設置中か。これを分けることで、画像だけでは伝わりにくい時間の位置がわかります。美術史の分類を覚えるだけでなく、記録された物と行為の関係を読むことが有効です。
柔らかな彫刻と重力
1962年の《フロア・ケーキ》《フロア・バーガー》では、日常の食品が大きな布の彫刻になりました。縫った外皮に発泡ゴムや段ボールなどを詰め、表面を彩色する方法は、石や金属の塊を削ったり鋳造したりする彫刻と異なります。輪郭は布と内部の詰め物の関係から生まれ、重力によってたわみます。柔らかな材料は、形を十分に支えないから失敗なのではなく、その不安定さが作品を成立させています。
縫製を担ったパティ・ミュシャの仕事も、この変化に欠かせません。絵画や彫刻の方法だけで考えると、縫うという行為は補助作業に見えがちです。しかし大きな布の形を成立させるには、外皮の切り方、縫い合わせ、詰める位置が関わります。オルデンバーグの彩色とミュシャの縫製を分けて見ることで、作品の形が複数の技術によって作られたことがわかります。柔らかい彫刻の発明を、一人の思いつきだけに縮めない視点です。
床に置かれた巨大な食品は、通常の食卓の関係を変えます。手に取る物が、周囲を歩く物になり、ひと口の対象が、人の身体を圧倒する大きさになります。見る人が大きな物を認識することと、自分の身体が小さく感じられることは同時に起こります。巨大化は寸法の問題であるだけでなく、鑑賞者の位置を変える方法です。形が親しみやすいからこそ、その尺度の変化は強く感じられます。
また、食品を大きくすれば必ず魅力が増すわけでもありません。たわむ外皮、床に接する面、身体のような塊は、欲望を呼び起こすと同時に不快さも感じさせます。可愛い、滑稽、巨大、だらしないといった印象が一つの物に重なります。その複数の感覚を一つの評価へ急いでまとめず、何を見てそう感じたかを確かめると、作品の構造がわかります。ユーモアは、不一致を意識させるための重要な入口です。
トイレと扇風機が身体のようになる
《柔らかなトイレ》は、硬い陶器に期待する性質を、垂れ下がるビニールへ置き換えます。衛生器具は使いやすさ、清潔さ、強さなどの条件で設計されます。しかし作品は、その条件を満たしません。用途を示す輪郭は残っているため、使えるはずという知識と、使えないという見た目が衝突します。日用品の認識が、機能だけでなく、素材の硬さや形の安定に支えられていることが見えてきます。
トイレには身体との直接的な関係もあります。作品をただの面白い家庭用品として扱うより、排泄、衛生、私的な空間の習慣を含む物として考えると、その奇妙さが理解できます。柔らかくしぼんだ形は、疲れたり老いたりした身体のようにも感じられます。これは特定の人を表す肖像ではありませんが、物に身体の気配を与える変換です。見慣れた道具が、どこか生きているように見えることがあります。
《巨大な柔らかい扇風機》では、巨大化と軟化が組み合わされます。機械として働くためには、部品の硬さと構造の安定が必要です。作品ではその安定が失われ、羽根や外皮が重力に従うように感じられます。大きな扇風機なら強い風を作るはずという想像に対して、柔らかな物は働かないまま存在します。想像される性能と、目の前の材料が一致しないところが、作品のユーモアを作ります。
コードやプラグを本体の付属物として見落とさないことも重要です。長いコードは、彫刻の範囲を周囲の空間へ広げます。機械を使う際の接続が、ここでは見える形の一部になっています。本体だけを写真で切り取ると、床や部屋との関係が弱まります。オルデンバーグの彫刻は、物を単独の輪郭へまとめるだけでなく、その物が普段持つ周辺の関係も、別の尺度へ変えることがあります。
巨大な記念碑を構想する
1960年代半ば、オルデンバーグは身近な物を巨大な公共の記念碑へ変える構想を、素描などに展開しました。建物をアイスクリームに置き換えたり、日用品を都市の中心へ立てたりする案は、実現された物と同じではありません。絵の中では、素材の強度や交通の条件を越える想像も可能です。構想図の役割は、完成するための実務的な設計だけでなく、街を別の形で見る視点を作ることにもあります。
記念碑は通常、歴史上の人物や出来事、国家の理念などを示します。そこへ日用品が置かれると、何が公共の場所で大きく扱われるべきかという問いが生まれます。ハサミ、洗濯ばさみ、消しゴムは誰かの功績を直接称える物ではありません。しかし人々の日常を支えるデザインでもあります。小さな道具に巨大な尺度を与えることは、価値の序列をずらす方法になります。物の親しみやすさが、記念碑の権威と出会います。
《キャタピラー付きの上昇する口紅》では、化粧品と履帯の組み合わせが、現実の大学構内に置かれました。初期版には膨張式の先端や木の構造があり、後に材料と形が変更されます。口紅の魅力と、軍事的なものを連想させる下部は、一つの意味へ簡単にはまとまりません。軍事、商業、身体、性のイメージが重なる作品として考えられますが、制作に関わった人々の説明も一様ではありません。政治的な読みと、唯一の政治的意図の断定は区別したいところです。
この作品は1974年の再制作を経て、2026年に修復後、美術館の彫刻庭園へ移されました。長く同じ場所にあった公共作品でも、設置場所や材料は変わることがあります。作品の年記を最初の発表年だけで読むと、その歴史が消えます。大学の広場、居住施設の中庭、美術館の庭では、見る人と接する条件も異なります。物の形の持続と、周囲の変化を一緒に読むことが、公共彫刻を理解する助けになります。
《洗濯ばさみ》と都市の尺度
1976年の《洗濯ばさみ》は、フィラデルフィアのセンター・スクエア広場に立つ公共彫刻です。約13.7メートルの高さを持ち、手に持つ小さな道具が、建物とともに見る対象になっています。地下鉄の出口や通行する人々、向かい側の市庁舎との関係が、作品の経験を作ります。白い背景で切り抜かれた形だけを見ると、都市の中で生まれる尺度の変化が伝わりにくくなります。
ここでの形は、普通の洗濯ばさみをそのまま拡大した厳密な複製ではありません。二つの形が上部で寄り添い、ばねが両者をつなぐ構成は、彫刻としてまとめ直されています。オルデンバーグはブランクーシの《接吻》との類似にも触れました。日用品の認識と、二つの身体が抱き合うような認識が重なります。道具の形を知っていることが、作品を一つの意味へ閉じるのではなく、別の連想を開く入口になります。
耐候性鋼の表面とステンレス鋼のばねでは、色と光の受け方が異なります。木製の洗濯ばさみの記憶があっても、実物の材料はそれとは違います。形の親しみやすさと、都市の建築に近い物質の重さが組み合わされています。表面を単に茶色とだけ見るのでなく、周囲の光や建物の色との関係を確かめると、作品が街に置かれた物であることがわかります。
公共の目印として親しまれることと、作品の問いが弱まることは同じではありません。繰り返し通る人には、いつしか見慣れた風景になるでしょう。その一方で、立ち止まって見直せば、日用品がなぜこの高さで立つのかという不一致は残っています。都市の中で作品が日常へ組み込まれることも、オルデンバーグの制作の一部として考えられます。美術館の特別な時間と、生活の途中で物に出会う時間は、異なる経験を生みます。
ファン・ブリュッヘンとの共同制作
オルデンバーグとクージェ・ファン・ブリュッヘンの協働は、1976年の《こて I》の再設置から始まりました。美術史家、批評家、作家として活動したファン・ブリュッヘンは、公共作品の共同制作者です。作品を一人が考え、もう一人が事務的に支えたという説明では、その関係を捉えきれません。対話、素描、模型、色、場所との関係を通して、作品の構想が具体化されました。後期の作品には、二人の作者名を明記する必要があります。
《スプーンの橋とサクランボ》は、1985年から1988年にかけて構想・実現された共同作品です。スプーンの曲線は橋のように見え、サクランボの茎からの霧が、水景の働きを加えます。食卓で使うものが屋外の風景へ移されることで、道具の認識と地形の認識が重なります。季節や光によって変わる周囲も、作品の見え方に関わります。巨大な日用品を風景に置けばすべて同じ効果が生まれるわけではありません。
1994年の《シャトルコック》では、バドミントンの羽根が、美術館と芝生の尺度を変えます。小さな遊びの道具を拡大することで、建物の威厳に別の見立てが持ち込まれました。設置には歓迎だけでなく、芸術として認めない批判もありました。作品が公共の場に置かれると、専門的な評価だけでは反応を決められません。街の人々がどのように使う場所だと考えているか、その期待と作品が出会うことになります。
《タイプライターの消しゴム、スケールX》では、今では用途を知る人が少なくなった道具が巨大化されます。もとの物を知っていれば懐かしさがあり、知らなければ不可思議な構造に見えるかもしれません。身近だった物が、時代によって見慣れない物になることもあります。日用品を扱う芸術は、常にわかりやすいとは限りません。作品の長い寿命と道具の短い流行の差が、別の意味を生むところも考えたい作品です。
《マウス・ミュージアム》と収集する視線
《マウス・ミュージアム》は、巨大な日用品を街へ置く作品とは別の方向から、物への関心を示します。ネズミを思わせる幾何学的な平面形を持つ小さな建物のような空間に、日常の物や収集した断片が並びます。所蔵館mumokの作品台帳は1965年から1977年という期間を掲げ、1972年の実現段階と、1977年の現形を説明しています。完成年の一点だけでなく、収集と構想の継続を考えられる仕事です。
中の物は、通常の美術館の分類に従って権威を示すためだけに並べられているわけではありません。物の形が似ていることや、隣の物との連想が視線を動かします。収集品の価値を価格や希少性だけで判断すると、その関係が見えません。なぜこの小さな断片が残され、ここに並ぶのかという問いが生まれます。大きくして目立たせる方法と、小さな物を多数集めて関係を作る方法が、同じ作家の制作に共存しています。
《ストア》の陳列と比べることも役立ちます。どちらも物をケースや空間に置き、見る順序を作ります。しかし店では購入や商品への期待が強く働き、美術館の形式では保存や選別の権威が意識されます。物を展示する仕組みを変えることで、同じ日常への関心が違う問いになります。単独の彫刻の形だけでなく、物がどのように並べられ、どのような制度の中で見られるかも、オルデンバーグの制作の対象です。
保存される物と、変わり続ける日常
オルデンバーグの作品は、彫刻の材料や形式を広げただけでなく、日常の物を見る尺度を変えました。2022年の没後も、美術館のコレクション、公共空間の作品、素描や記録を通して制作をたどれます。ただし柔らかな布や合成材料、彩色された屋外の金属は、それぞれ異なる保存の問題を持ちます。作品が当初どう作られ、どの形を維持しようとしているかを調べる作業も、その歴史を支えています。
MoMAによる《フロア・ケーキ》の保存修復の紹介は、見た目の面白さの背後にある構造を伝えています。外皮の塗装と、内部に詰められた材料は別々の働きを持ちます。作品を柔らかそうだと感じることと、実際に触れてよいことは同じではありません。材料を維持しながら、重力によるたわみを作品の性質としてどのように残すかという問題があります。保存は形を無条件に硬く固定することではなく、作家の方法を理解して行われます。
同じ物を大きくする、硬さを変えるという方法は、一見簡単にまねできそうです。しかし作品の効果は、何を選び、どの程度変え、どこへ置くかの具体的な関係から生まれます。食品とトイレでは身体への連想が異なり、店内と広場では物を見る習慣が異なります。ユーモアの背後にあるこの調整を読むことで、オルデンバーグを巨大な日用品の作家という一言だけで終えずに理解できます。
主要作品
1961–62年の《菓子のショーケース I》から、1999年に制作された《タイプライターの消しゴム、スケールX》まで12件を紹介します。石膏の食品、柔らかな彫刻、収集の環境、屋外の公共作品を比較できます。
菓子のショーケース I
Pastry Case, I / 1961–1962 / 石膏を含ませた麻布・モスリンにエナメル塗装、金属の鉢、陶器の皿、ガラス・金属のケース / 52.7 × 76.5 × 37.3 cm
ニューヨーク近代美術館(MoMA)
店先の菓子を思わせる形を、実際の皿とケースに並べた作品。食べ物を見つけるときの期待と、明らかに作り物だとわかる表面が同時に働きます。色の鮮やかさだけでなく、盛り付け、陳列、見る側との距離を確かめてください。商品を選ぶ視線と、美術を鑑賞する視線が重なりながら、食べられないという違いによってその関係が揺さぶられます。
全部入りのチーズバーガー二つ
Two Cheeseburgers, with Everything (Dual Hamburgers) / 1962 / 石膏を含ませた麻布にエナメル塗装 / 17.8 × 37.5 × 21.8 cm
ニューヨーク近代美術館(MoMA)
二つの食品の形を並べた石膏の作品。柔らかな巨大バーガーとは材料も規模も異なります。具が重なった輪郭は、食べ物の魅力と、口のようにも感じられる奇妙さを持っています。機械的に整った食品模型としてではなく、手作業の凹凸や塗装を見ることが重要です。日常の物を再現しながら、その物に対する欲望や期待を少しずらす制作を示します。
フロア・ケーキ
Floor Cake / 1962 / 発泡ゴムと段ボール箱を詰めたカンヴァスに合成樹脂塗料、ラテックス塗料 / 148.2 × 290.2 × 148.2 cm
ニューヨーク近代美術館(MoMA)
人の身体に匹敵する大きさのケーキの一切れ。布の縫製にはパティ・ミュシャが関わりました。柔らかな内部と彩色した外皮によって、食べられるはずの物が床に横たわる大きな身体のようになります。写真では形を把握できても、周囲を歩くと大きさの印象が変わります。台座上の硬い彫刻を当然とする習慣を、素材と置き方から問い直す作品です。
フロア・バーガー
Floor Burger / 1962 / 発泡ゴムと段ボール箱を詰めたカンヴァスにアクリル塗装 / 132.1 × 226.1 cm(所蔵館掲載値)
オンタリオ美術館
大きく膨らんだ布のバーガー。食品としての形を保ちながら、食べる側と食べられる側の大きさの関係が逆転します。《全部入りのチーズバーガー二つ》と比べると、同じモチーフでも素材と規模が異なる経験を生むことがわかります。硬い石膏の塊と、重力によってたわむ布の違いに注目してください。オンタリオ美術館の寸法表記に合わせ、未記載の奥行きを推測して加えていません。
柔らかなトイレ
Soft Toilet / 1966 / 木、ビニール、カポック、針金、アクリル樹脂板、金属支持体、彩色した木製台座 / 全体142.6 × 79.5 × 76.5 cm
ホイットニー美術館
硬い陶器製の衛生器具を、垂れ下がる柔らかな素材へ変えた作品。清潔で規格化された製品に期待する性質が、手縫いの外皮と重力によって崩れます。輪郭を認識することに加え、どの部分が折れ、どの部分が支えられるかを見てください。使うための道具を使えない形へ変えることで、日用品と身体の関係を奇妙なものとして意識させます。
巨大な柔らかい扇風機
Giant Soft Fan / 1966–1967 / 発泡ゴムを詰めたビニール、木、金属、プラスチック管 / 本体約305 × 149.5 × 157.1 cm/コードとプラグの長さ739.6 cm
ニューヨーク近代美術館(MoMA)
大きな扇風機が、硬い機械ではなく柔らかくたわむ存在になります。機能しそうな外観と、機能を支えられない材料の組み合わせがユーモアを生みます。長いコードも作品の一部で、本体だけを切り取ると周囲の空間との関係が失われます。大型化と軟化という二つの変化を分けて考えると、身近な機械を巨大な身体のように感じさせる仕組みが見えてきます。
キャタピラー付きの上昇する口紅
Lipstick (Ascending) on Caterpillar Tracks / 1969(初期設置)/1974(再制作) / 金属、ガラス繊維強化樹脂など/初期版には木と膨張式ビニールを使用 / 高さ約7.3 m
イェール大学美術館(2026年、同館彫刻庭園へ移設)
口紅と履帯を組み合わせた大学構内の公共作品。化粧品の魅力と軍事的な形の組み合わせは、複数の解釈を誘います。学生・教員らの協力で1969年に設置され、初期版の柔らかな先端や木の構造は後に変更されました。1974年には再制作版が設置され、2026年には修復後に美術館の彫刻庭園へ移設されています。一つの物の歴史として、材料と場所の変化も考えたい作品です。
洗濯ばさみ
Clothespin / 1976 / 耐候性鋼、ステンレス鋼のばね、コンクリート台座 / 高さ約13.7 m(45フィート)
フィラデルフィア、センター・スクエア広場(不動産所有者所蔵)
街中に立つ巨大な洗濯ばさみ。日用品の拡大でありながら、二つの形が寄り添う姿としても見ることができます。市庁舎や周囲の建物との対比によって、記念碑の主役が誰であるべきかという問いが生まれます。普通の洗濯ばさみの完全な複製ではなく、形を簡潔にまとめ直した彫刻です。耐候性鋼の表面と、異なる素材のばねを見比べることも重要です。
マウス・ミュージアム
Mouse Museum / 1965–1977(現形は1977年に実現) / 木、波形アルミニウム板、アクリル樹脂、展示ケース内の385点の物、音 / 空間:263 × 960 × 1007 cm
mumok近代美術館(オーストリア・ルートヴィヒ財団からの貸与)
幾何学的なネズミを思わせる平面形を持つ、小さな美術館のような環境。日常の物や収集した断片が、照明のあるケースに並びます。収蔵品の権威や通常の分類に従うより、物どうしの類似と連想が視線を導きます。大きな公共彫刻とは反対に、手に収まる物の密度から世界を見る作品です。初期構想、1972年の実現段階、1977年の現形を区別できます。
スプーンの橋とサクランボ
Spoonbridge and Cherry / 1985–1988(クージェ・ファン・ブリュッヘンとの共同作品) / アルミニウム、ステンレス鋼、塗料 / 全体899.2 × 1569.7 × 411.5 cm(所蔵館のインチ値から換算)
ウォーカー・アート・センター/ミネアポリス彫刻庭園
巨大なスプーンとサクランボを組み合わせた水景。食卓で使う物が風景の規模へ移され、サクランボの茎からの霧も経験に関わります。スプーンの曲線を橋のように見立てることで、道具の輪郭と周囲の地形がつながります。共同制作者の名前と、構想から設置までの期間を含めて考えたい作品です。公共の目印として親しまれることと、日常の尺度を変える問いが同居しています。
シャトルコック
Shuttlecocks / 1994(クージェ・ファン・ブリュッヘンとの共同作品) / アルミニウム、ガラス繊維強化プラスチック、塗料 / 各高さ約585.0 cm/直径約487.4 cm
ネルソン=アトキンス美術館
バドミントンの羽根を美術館の敷地に巨大化して置いた作品。建物と芝生を一つの遊びの場のように見立て、文化施設の威厳に別の尺度を持ち込みます。大きな物の面白さだけでなく、羽根の傾きや配置を見てください。1994年の設置には歓迎と批判の両方がありました。準備素描と模型を紹介する美術館の資料から、形の発想と実際の設置を比べられます。
タイプライターの消しゴム、スケールX
Typewriter Eraser, Scale X / 1998(模型)/1999(制作、共同作品) / 彩色したステンレス鋼、ガラス繊維強化樹脂 / 602.6 × 387.4 × 345.4 cm
ナショナル・ギャラリー・オブ・アート、ワシントン
タイプライターの訂正に使う消しゴムとブラシを巨大化した共同作品。もとの道具を知らなければ、何の形かすぐにはわからないかもしれません。輪と後ろへ伸びるブラシの関係が、静止した彫刻に動きの印象を与えます。身近な日用品が時代の変化によって見慣れない物になることも考えられます。模型の年と、所蔵される現物の制作年を分けて記載しています。
作品を見るための手がかり
普段の硬さと、作品の硬さを比べる
トイレや扇風機を見るときは、通常の製品の性質を思い出してください。陶器や金属の硬さ、部品が安定していることが、その物の機能を支えています。作品ではどこが垂れ、どこが折れ、何が使えなくなっているかを追います。形が何かを認識した後で、素材の不一致を確かめると、柔らかな彫刻の働きが見えてきます。
人の姿を尺度として見る
巨大な食品や公共作品では、周囲の人、建物、道路が大きさを理解する手がかりになります。作品だけを切り抜いた画像と、現場を含む写真を比較してみてください。手に持つ物が見上げる物になることは、寸法が増えるだけではなく、自分の身体の位置を変えます。どれほど大きいかに加え、どこから見る物になったかを考えることが重要です。
模型、素描、完成した設置を分ける
構想図には、実際には建てられていない巨大な物もあります。模型は小さな規模で形を考えるための作品であり、完成した屋外彫刻と同じ寸法や素材ではありません。題名に「構想」「模型」「スケール」とある場合は、その情報を確認してください。想像の自由と、現実に立つ物の条件の差も、制作の重要な側面です。
作者と設置の歴史を確かめる
後期の共同作品では、オルデンバーグとファン・ブリュッヘンの名前を一緒に確認してください。さらに初期版、再制作、移設がある作品では、一つの年号が歴史のすべてを示すわけではありません。材料や場所が変わると、作品に接する条件も変わります。現在の写真を見ながら、どの段階の物が写っているかを確かめると理解が深まります。
略年譜
- 1929
- スウェーデンのストックホルムに生まれ、アメリカのシカゴで育つ。
- 1940年代後半–1950年代前半
- イェール大学で英文学や美術を学び、シカゴで報道の仕事や美術の学習に取り組む。
- 1953
- アメリカ市民となる。
- 1956
- ニューヨークへ移り、ロウアー・イースト・サイドの環境を制作の出発点にする。
- 1960
- 《ストリート》を展開。街の断片と拾った材料を用いる環境作品を制作。
- 1961
- 店舗を用いる《ストア》を展開し、商品と芸術の関係を探る。
- 1962
- パティ・ミュシャの縫製による《フロア・ケーキ》《フロア・バーガー》などを制作。
- 1960年代半ば
- 柔らかな日用品の彫刻と、巨大な公共の記念碑の構想を展開。
- 1969/1974
- イェール大学に《キャタピラー付きの上昇する口紅》を初期設置。1974年に再制作版を設置。
- 1976
- フィラデルフィアに《洗濯ばさみ》を設置。《こて I》の再設置を契機にファン・ブリュッヘンとの協働を始める。
- 1977
- 《マウス・ミュージアム》を現在の形で実現。
- 1985–1988
- ファン・ブリュッヘンと《スプーンの橋とサクランボ》を構想・実現。
- 1994/1999
- 共同作品《シャトルコック》を設置。1999年に《タイプライターの消しゴム、スケールX》を制作。
- 2009
- 共同制作者クージェ・ファン・ブリュッヘンが死去。
- 2022
- ニューヨークで死去。
- 2026
- 《キャタピラー付きの上昇する口紅》が修復後、イェール大学美術館の彫刻庭園へ移設される。
参考資料・出典
生涯と制作史は美術館・研究機関の公開資料を参照し、作品の年記、技法、寸法、所蔵情報は各作品ページを基準にしました。作品の日本語題名には異訳があるため原題を併記しています。本文での画面構成や鑑賞についての記述には、これらの資料を踏まえた本記事の解釈も含みます。
- メトロポリタン美術館:生涯、公共作品、共同制作
- MoMA:The Street and The Store、2013年展の解説
- ウォーカー・アート・センター:Claes Oldenburg
- MoMA:Floor Cakeの保存修復
- ポーラ・クーパー・ギャラリー:クージェ・ファン・ブリュッヘンとの協働
- MoMA:Claes Oldenburg、1929–2022
- 《菓子のショーケース I》:作品資料
- 《全部入りのチーズバーガー二つ》:作品資料
- 《フロア・ケーキ》:作品資料
- 《フロア・バーガー》:作品資料
- 《柔らかなトイレ》:作品資料
- 《巨大な柔らかい扇風機》:作品資料
- 《キャタピラー付きの上昇する口紅》:作品資料
- 《洗濯ばさみ》:作品資料
- 《マウス・ミュージアム》:作品資料
- 《スプーンの橋とサクランボ》:作品資料
- 《シャトルコック》:作品資料
- 《タイプライターの消しゴム、スケールX》:作品資料
資料確認日:2026年10月3日 / ART LIBRARY