Art Library

Anselm Kiefer

アンゼルム・キーファー

ドイツ/フランス / 1945– / 戦後ドイツ美術/新表現主義

アンゼルム・キーファー:「私の絵画は変化する」(San Francisco Museum of Modern Art)
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アンゼルム・キーファー(1945–)は、第二次世界大戦後のドイツに生まれ、ナチズムとホロコースト、ドイツ神話、文学、宗教、錬金術、天文学、廃墟、再生といった巨大な主題を、絵画・写真・彫刻・書物・建築・インスタレーションへ展開してきた作家です。藁、灰、鉛、土、植物、ガラス、鉄、コンクリートなどを画面や彫刻へ直接組み込み、歴史を説明するイメージではなく、重さ、焦げ、腐食、ひび割れ、崩壊といった物質そのものによって時間を感じさせます。初期には戦後ドイツが触れることを避けていたナチの記号をあえて再演し、その後はパウル・ツェランの詩、ワーグナー、ユダヤ神秘主義、古代神話、錬金術へ参照範囲を広げました。現在まで一貫しているのは、過去を清算済みのものとして遠ざけず、現在の中に残り続ける層として扱う姿勢です。

生涯と制作の変遷

1945年、戦争が終わる年に生まれる

キーファーは1945年3月8日、ドイツ南西部ドナウエッシンゲンに生まれました。第二次世界大戦がヨーロッパで終結する直前です。彼の世代はナチ体制を直接担った世代ではありませんが、その痕跡、沈黙、責任、戦後復興の中で育ちました。The Metropolitan Museum of Artは、1960年代末に登場したキーファーの制作を、すでにドイツ社会で進んでいた「過去との取り組み(Vergangenheitsbewältigung)」の文脈に置きつつ、ナチの記号を再び可視化する彼の方法がドイツ国内では強い論争を生んだと説明しています。

当初はフライブルク大学で法律やフランス語を学びましたが、やがて美術へ転向します。フライブルクでペーター・ドレーア、カールスルーエ美術アカデミーでホルスト・アンテスに学び、1970年代初頭にはデュッセルドルフでヨーゼフ・ボイスと接点を持ちました。GuggenheimとMetはいずれも、ボイスが神話、素材、歴史を使って社会や文化を考える方法がキーファーに大きな刺激を与えたとしています。

1969年:《Occupations》

1969年、キーファーはフランス、スイス、イタリアを旅し、父の軍服あるいは軍服を思わせる服装で、ローマのコロッセオ、海岸、古典建築、風景などの前に立ち、ナチ式敬礼を行う自分自身を撮影しました。この一連の行為は《Besetzungen / Occupations》と呼ばれます。

現在の視点でも強い不快感を伴うイメージです。Metは、この行為をナチの図像を肯定するものではなく、戦後社会が封じ込めようとしていた記号を再び表面へ出し、歴史を「呼び戻し、再演し、掘り起こす」試みとして説明しています。一方、当時のドイツでは、こうした禁忌の記号を使う方法自体が激しい批判を受けました。キーファーの作品では、その後も「批判対象を描くこと」と「その図像の力を再生産してしまうこと」の危うさが消えることはありません。

1970年代:ドイツ文化そのものを問い直す

1970年代のキーファーは、森、木造の大広間、焼けた風景、英雄、ワーグナー、北欧神話、ドイツ・ロマン主義などを繰り返し扱います。《Deutschlands Geisteshelden(ドイツの精神的英雄たち)》では、巨大な木造空間の床にヨーゼフ・ボイス、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ、テオドール・シュトルムらドイツ文化を形成した人物の名を書き込みました。

The Broadは、この空間を単純な「偉人の殿堂」ではなく、ナチ時代に文化や芸術がどのように国家主義へ利用されたのかを含め、ドイツ文化の遺産そのものを不安定にする場所として説明しています。文化的伝統を捨てるのでも、そのまま誇るのでもなく、その内部に歴史的暴力がどう入り込んだのかを問い直しています。

木版画と歴史的イメージの重層化

《Ways of Worldly Wisdom: Arminius’s Battle》では、木版による多数の人物像を大画面へ貼り合わせ、油彩を重ねています。題名にあるアルミニウス(ヘルマン)は、古代ローマ軍を破ったゲルマンの英雄として、19世紀以降のドイツ・ナショナリズムによって象徴化された人物です。

キーファーは英雄そのものを描くだけでなく、哲学者、詩人、芸術家など多数の肖像を同じ表面へ重ねます。歴史は一人の英雄の物語としてまとまるのではなく、文化、政治、神話、記憶が絡み合った複数の層として提示されます。

1980年代:藁、灰、写真、巨大な絵画

1980年代に入ると、作品のスケールと物質性がさらに増します。油彩だけではなく、藁、灰、砂、シェラック、写真、鉛などを直接画面へ取り込みます。SFMOMAは、キーファーが藁、土、灰などを厚い絵具の中へ埋め込み、歴史や記憶を単なる図像ではなく、物理的な堆積として画面化してきたと説明しています。

この時期の重要な参照源の一つが、ホロコースト生存者で詩人のパウル・ツェランです。《Margarethe》《Sulamith》では、ツェランの詩「死のフーガ」に登場する二人の女性像が、金色の藁と黒く焼けた建築空間という対照的な物質へ変換されます。

1992年、フランス南部Barjacへ

1992年、キーファーはドイツを離れ、南フランスのBarjacに広大な土地を取得しました。ここで旧絹工場と周辺の土地を長期間かけて改造し、スタジオ、地下道、温室、塔、彫刻、鉛の書物、インスタレーションが連続するLa Ribauteを形成します。

Eschaton—Anselm Kiefer Foundationによれば、La Ribauteは約40ヘクタールに広がり、90以上のインスタレーションが道、トンネル、地下空間によって接続されています。1992年から2007年まで制作拠点の中心となり、その後も継続的に発展しました。絵画を壁に掛けるだけでなく、土地、建物、移動経路まで含めて作品化する方向が明確になります。

2004年:《The Seven Heavenly Palaces》

2004年、ミラノのPirelli HangarBicocca開館に合わせて、七つのコンクリート塔からなる《The Seven Heavenly Palaces》を制作しました。塔はそれぞれ約90トン、約13〜19メートルの高さを持ち、各層の間には鉛の本などが挟まれています。

題名は古代ユダヤ神秘主義の「宮殿(Hechalot)」文献に由来しますが、Pirelli HangarBicoccaは同時に、第二次世界大戦後の西洋文明の廃墟、神へ近づこうとする建築の欲望、未来の再生という複数の意味を作品に読み取っています。キーファーにとって建築は完成された永続的な記念碑ではなく、崩壊寸前の状態を含んだものとして現れます。

主要作品

1969年の挑発的な写真行為から、ドイツ文化の再検討、パウル・ツェランを参照した絵画、鉛による彫刻、ユダヤ神秘主義、巨大建築インスタレーションまで、キーファーの制作が絵画から環境そのものへ拡張する流れを追える8作品を選びました。存命作家であり作品は著作権保護下にあるため、ART LIBRARYでは画像なしで掲載します。

占領

Besetzungen (Occupations) / 1969 / 写真によるアクション/銀塩写真シリーズ / シリーズ、各作品により異なる

複数所蔵/Bayerische Staatsgemäldesammlungenほか

フランス、スイス、イタリア各地で、父の軍服を思わせる服装を身につけ、ナチ式敬礼を行う自己像を撮影したシリーズ。Metは、戦後ドイツ社会が封じ込めようとしていたナチの図像をあえて再演し、歴史を呼び戻す挑発的な方法として説明しています。1975年には18点が雑誌『Interfunktionen』にフォトエッセイとして掲載されました。

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ドイツの精神的英雄たち

Deutschlands Geisteshelden / 1973 / 油彩、木炭・麻布(カンヴァスにマウント) / 306.1 × 680.1 cm

The Broad, Los Angeles

約6.8メートル幅の木造大広間に、ボイス、ベックリン、シュティフター、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ、シュトルムらドイツ文化を形成した人物の名を書き込んだ作品。The Broadは、空間を単純な英雄殿ではなく、ドイツ文化とナショナリズム、第三帝国による文化の利用が絡み合う不穏な記憶の場所として解説しています。

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世界の知恵の道:アルミニウスの戦い

Ways of Worldly Wisdom: Arminius's Battle / 1978 / 油彩、木版・紙(カンヴァスにマウント) / 196.2 × 239.4 cm

The Museum of Modern Art, New York

ゲルマン民族の英雄として後世に神話化されたアルミニウスの物語と、ドイツの哲学者・文学者・文化人の肖像を重ねた作品。多数の木版像を貼り合わせて油彩を加えることで、英雄神話を一枚の統一された歴史ではなく、文化的記憶の複雑なネットワークとして扱っています。

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マルガレーテ

Margarethe / 1981 / 油彩、藁、エマルジョン、銀塩写真・リネン / 290.3 × 400.8 cm

San Francisco Museum of Modern Art

パウル・ツェラン「死のフーガ」の『金色の髪マルガレーテ』を参照する大型作品。実際の藁を画面へ貼り、金髪を物質へ変換しています。SFMOMAは、藁が黄金色の暖かさと豊かさを示す一方、非常に燃えやすく脆い材料であることを指摘しています。

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ズラミート

Sulamith / 1983 / 油彩、エマルジョン、シェラック、アクリル、木版、藁・リネン / 288.3 × 370.8 cm

San Francisco Museum of Modern Art

ツェラン「死のフーガ」の『灰色の髪ズラミート』を参照。《Margarethe》と対になる作品です。空間はナチ時代に構想された兵士のための葬祭建築をもとにしながら、黒く焼けた追悼空間へ転換されています。遠方に並ぶ七つの炎が、破壊と記憶の両方を示します。

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二つの河の国―女祭司

Zweistromland – The High Priestess / 1985–1987 / ミクストメディア・2枚のカンヴァス、ワイヤー、金属オブジェ / 330.2 × 558.8 cm

The Broad, Los Angeles

『二つの河の国』はチグリス川とユーフラテス川に挟まれたメソポタミアを指します。幅約5.6メートルの巨大な二面作品に金属やワイヤーを組み込み、古代文明、知識、宗教、書物というテーマを絵画の物質性へ接続した作品です。

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メランコリア

Melancholia / 1990–1991 / 鉛、ガラス、鉄、灰 / 167.1 × 442 × 320 cm

San Francisco Museum of Modern Art

鉛板で作られた地上に横たわるジェット爆撃機。左翼には灰を入れたガラスの多面体が置かれています。SFMOMAは、飛行のための航空機を重い鉛で作る矛盾と、鉛を金へ変える錬金術的変容を作品の重要な構造として解説しています。

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七つの天上の宮殿

The Seven Heavenly Palaces 2004–2015 / 2004–2015 / 鉄筋コンクリート、鉛ほか/サイトスペシフィック・インスタレーション / 7基の塔、各高さ約13–19 m、各約90トン

Pirelli HangarBicocca, Milan

2004年にPirelli HangarBicoccaのために制作された七つの巨大コンクリート塔。古代ユダヤ神秘主義の『七つの宮殿』を参照し、塔の層には鉛の書物や楔が挟まれています。2015年に大型絵画5点を加え、現在の恒久インスタレーションへ拡張されました。宗教的上昇、文明の廃墟、未来の再生が同じ建築に重ねられています。

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歴史を「再現」するのではなく、掘り起こす

歴史画ではなく、歴史の残留物

キーファーはナチズム、ホロコースト、戦争を扱いますが、具体的な事件を写実的に再現する歴史画を作っているわけではありません。焼けた畑、空の建築、名前、灰、鉛、藁など、出来事が終わった後に残るものを使います。

Metは、キーファーの制作において複数の歴史と複数の媒体が層として重なっていることを重要な特徴として挙げています。彼にとって歴史を理解することは、過去を一つの物語へ整理することではなく、既に埋められたものを再び呼び出すことです。

ドイツ文化を肯定/否定の二択にしない

ワーグナー、ゲーテ、ドイツ・ロマン主義、森、英雄伝説は、ナチ以前から存在したドイツ文化です。しかし20世紀にはそれらの一部が民族主義的なプロパガンダへ利用されました。キーファーは、それらを「汚染されたから捨てる」ことも、「本来は純粋だから取り戻す」ことも簡単には選びません。

作品の中では、美しい文学や音楽と政治的利用の歴史が同じ場所に残ります。《Deutschlands Geisteshelden》の空間が荘厳でありながら焼け落ちそうにも見えるのは、その矛盾を視覚的に残しているからです。

藁・灰・鉛――材料そのものが意味を持つ

藁:黄金、生命、燃えやすさ

《Margarethe》で使われる藁は、ツェランの詩にある「黄金の髪」を直接物質として画面へ置く役割を持ちます。しかし藁は黄金色である一方、乾燥し、簡単に燃え、崩れます。SFMOMAは、藁が豊かさや暖かさだけでなく、脆さ、可燃性、さらに焼畑後の再生を含む矛盾した材料であることを指摘しています。

つまり一つの材料が一つの意味を固定的に表しているわけではありません。キーファーの材料は、相反する意味を同時に持つことが多くあります。

灰と焼けた表面

火はキーファーの作品に繰り返し登場します。火は破壊し、建物や植物を灰にしますが、農地を焼く行為は新しい生育の準備にもなります。La Ribauteを運営するEschaton Foundationも、「終焉や破壊を通じて創造と再生が生まれる」という循環を、キーファー制作の重要なモチーフとして説明しています。

そのため焼けた画面を単純に「死の象徴」と読むだけでは不十分です。崩壊と生成が同じ素材の中で連続しています。

鉛:重さ、毒、錬金術

1980年代以降、鉛はキーファーを代表する材料の一つになります。鉛は重く、毒性を持ち、放射線を遮蔽し、柔らかく変形できます。また錬金術では、より高次の物質へ変換される出発点「prima materia」と結びつけられてきました。

SFMOMAの《Melancholia》では、飛行するための航空機が非常に重い鉛で作られています。飛行と落下、技術と戦争、物質的重さと精神的変容が一つの彫刻の中で矛盾します。

書物を鉛で作る

キーファーは多数のアーティストブックを制作しています。Metは、後期の書物では紙の代わりに鉛板をページとして使い、その上に塗料、鉱物、植物などを加える例を紹介しています。読むための書物が持ち上げることさえ難しい物体へ変わります。

知識を保存する書物と、重く毒性のある鉛を結びつけることで、記憶や文化を受け継ぐことの重さそのものが物質化されます。

キーファーの作品をどう見るか

最初にサイズを見る

キーファーの絵画は数メートルを超えることが多く、写真ではその身体的な圧力が失われます。《Deutschlands Geisteshelden》は横約6.8メートル、《Margarethe》は約4メートル、《Sulamith》も約3.7メートルあります。

これらは遠くから一枚のイメージとして見るだけでなく、近づいて藁、ひび割れ、厚い絵具、焦げた表面を確認し、再び離れて巨大な空間を経験する必要があります。画面を見る身体の移動そのものが重要です。

何が描かれているかと、何でできているかを分けない

普通の絵画では「描かれた麦」と「画材」は別のものです。キーファーでは麦畑を描いた画面に実際の藁が貼られます。廃墟の像には灰や土が加えられ、書物は鉛で作られます。

したがって作品の意味は、図像だけを解読しても完結しません。なぜこの場面が藁なのか、なぜ鉛なのか、なぜ表面を燃やすのかを見る必要があります。

文字を読む

キーファーは画面へ詩人、哲学者、神話的人物、場所、概念の名前を直接書き込みます。文字は作品タイトルを説明するラベルではなく、物質や像と同じ画面要素です。

《Margarethe》《Sulamith》では一つの名前がツェランの詩、ドイツ文化、ホロコーストの記憶へ作品を接続します。《Ways of Worldly Wisdom》では多数の名前が人物像を歴史的ネットワークへ変えます。作品を見る際は、まず文字を確認し、その名前がどの文脈から来たのかを調べると構造が大きく開きます。

象徴を一対一で解読しすぎない

鉛=死、藁=生命、塔=ナチズムというように、一つの素材を一つの意味へ固定するとキーファーの作品は単純になりすぎます。鉛は毒であると同時に錬金術的変容の始点であり、藁は黄金色であると同時に燃え、塔は権力の建築であると同時に崩壊する廃墟でもあります。

作品の重要な部分は、一つの象徴が複数の方向へ引かれることにあります。

「暗いドイツ史の絵」で終わらせない

初期から1980年代までドイツ史は中心的テーマですが、制作はそこだけに限定されません。ユダヤ神秘主義、古代メソポタミア、錬金術、宇宙論、植物、詩、ギリシャ神話など参照領域は大きく広がっています。

SFMOMAが2006年の展覧会「Heaven and Earth」で強調したように、キーファーはドイツの集合記憶だけでなく、人間が天と地、破壊と再生、生と死をどのように理解してきたのかというより広い問題へ制作を広げています。

パウル・ツェラン――《Margarethe》と《Sulamith》

「金色の髪」と「灰色の髪」

パウル・ツェランの詩「死のフーガ」は、強制収容所を思わせる状況の中で、「おまえの金色の髪マルガレーテ」と「おまえの灰色の髪ズラミート」という二つの女性像を反復します。Metは、マルガレーテをドイツ文学的な女性像、ズラミートを『雅歌』に由来するユダヤの女性像として説明しています。

キーファーはこの対比を人物の肖像として描きません。《Margarethe》では黄金色の藁が髪の代わりになり、《Sulamith》では黒く焼けた記念建築の奥で小さな炎が灯ります。言葉をそのままイラスト化するのではなく、詩の対立構造を物質と空間へ翻訳しています。

二枚を対で見る

SFMOMAでは《Margarethe》と《Sulamith》が対応する作品として紹介されています。《Margarethe》の明るい藁と、《Sulamith》の暗い建築空間は視覚的に大きく異なります。

しかし両方とも火と燃焼を含みます。藁はいつでも燃え得る材料であり、《Sulamith》の建物には火が灯ります。そのため「ドイツ=金、ユダヤ=灰」という固定した図式だけではなく、両者が同じ破壊の歴史へ巻き込まれていることが画面上で残ります。

錬金術、鉛、変容

鉛を金へ変えるという思想

錬金術は、単に金属から金を作る技術ではなく、物質の変容と精神的な変容を結びつける思想としても発展しました。キーファーはこの考えを繰り返し参照します。

《Melancholia》では重い鉛の戦闘機に、灰を入れたガラスの多面体が載せられています。SFMOMAの解説では、キーファー自身が鉛を錬金術のprima materia、すなわち金への変容が始まる最初の物質として語っています。

破壊されたものは別の形へ変わる

火で焼く、酸化させる、鉛を曲げる、植物を乾燥させる、建物を崩壊寸前に置く。キーファーは材料を新品の状態で保存しようとしません。劣化や変質を制作方法として使います。

この考えは、歴史を完全に修復できるという発想とも距離があります。過去は元通りにはならない。しかし壊れた物質は別の状態へ変わり、新しい意味を持つ。その変容を作品の中で継続させています。

建築と廃墟――絵画から空間へ

ナチ建築を別の記憶へ変換する

《Sulamith》の空間は、ヒトラーのベルリン改造計画に含まれていた「偉大なるドイツ兵士のための葬祭ホール」の建築案を参照しています。SFMOMAは、ナチ兵を顕彰するために構想された空間が、キーファーの作品では焼け焦げた追悼空間へ変えられていると説明しています。

Metの《The Unknown Masterpiece》にも同様の建築参照があります。キーファー自身は、建築は完全に破壊されず、時代ごとに別の用途へ変換され続けるという考えを語っています。敵対する歴史を消すのではなく、構造を残したまま意味を反転させる方法です。

塔は完成ではなく崩壊を含む

《The Seven Heavenly Palaces》のコンクリート塔は高くそびえますが、まっすぐで完璧な建築ではありません。床のようなコンクリート板が不規則に積まれ、鉛の楔や書物が挟まり、今にも倒れそうな印象を持ちます。

Pirelli HangarBicoccaは、塔を人間が天へ近づこうとする建築的欲望と同時に、西洋文明の廃墟として説明しています。建築は進歩や永続性の象徴ではなく、建設と崩壊を同時に含む状態です。

La Ribaute――スタジオそのものを作品にする

40ヘクタールの制作環境

BarjacのLa Ribauteでは、作品が一つずつ独立して置かれているのではありません。塔、温室、地下トンネル、クリプト、アンフィシアター、鉛の書物、植物、絵画が土地全体の中で関係づけられています。

Eschaton Foundationによれば、現在は40ヘクタール以上に90を超えるインスタレーションが存在します。1992年から2007年までキーファーの主要なスタジオ兼居住地であり、その後も作家自身が継続的にサイトを変化させています。

完成した美術館ではなく、成長する場所

La Ribauteは最初から美術館として設計された場所ではありません。制作の必要に応じて建物を建て、掘り、壊し、作品を移し、植物を育てながら徐々に形成されました。

2016年にキーファー自身がEschaton—Anselm Kiefer Foundationを設立し、2020年にはLa Ribauteを財団へ寄贈するためのフランス政府の承認を得ました。2022年から一般公開が始まりました。スタジオを保存するのではなく、作品群と環境を一体のものとして次世代へ残す試みです。

絵画から総合的な環境へ

キーファーの巨大絵画には、以前から建築や土地の感覚がありました。La Ribauteでは、その画面内部に描かれていた廃墟、塔、地下空間、書物が実際の三次元空間になります。

その意味で、後期の巨大インスタレーションは絵画を捨てた結果ではありません。絵画の中で長年扱ってきた時間、物質、歴史、建築を、鑑賞者が身体で歩く空間へ拡張したものと考えることができます。

画像利用について

キーファーは存命の作家であり、作品は現在も著作権保護下にあります。MoMAは2026年現在、作品ページに「© Anselm Kiefer」と表示し、The MetもRights and Reproduction欄で同様の著作権表示を行っています。SFMOMAも作品画像の出版利用について個別の問い合わせを求めています。ART LIBRARYでは主要作品画像を無断転載せず、現段階では作品情報と公式所蔵館へのリンクで構成します。

略年譜

1945
3月8日、ドイツ南西部ドナウエッシンゲンに生まれる。
1965–1966
フライブルク大学で法律・フランス語を学ぶ。その後美術へ転向する。
1960年代後半
フライブルクでペーター・ドレーア、カールスルーエ美術アカデミーでホルスト・アンテスに学ぶ。
1969
フランス、スイス、イタリアで《Occupations》を制作。軍服姿でナチ式敬礼を行う自己像を撮影する。同年、カールスルーエで最初の個展。
1970年代初頭
デュッセルドルフでヨーゼフ・ボイスと接点を持ち、神話・素材・歴史を扱う考えから刺激を受ける。
1973
《Deutschlands Geisteshelden》を制作。
1970年代
森、木造空間、ワーグナー、ゲルマン神話、ドイツ・ロマン主義などを扱う大型絵画を制作。
1975
1969年の《Occupations》から18点を選び、雑誌『Interfunktionen』にフォトエッセイとして発表。
1978
《Ways of Worldly Wisdom: Arminius’s Battle》を制作。
1980
ヴェネツィア・ビエンナーレの西ドイツ館に出品し、ドイツ文化・歴史を扱う作品が大きな論争を呼ぶ。
1981
《Margarethe》を制作。
1983
《Sulamith》を制作。パウル・ツェラン「死のフーガ」を参照した作品群を展開。
1980年代
藁、灰、鉛、写真、シェラックなどを大規模絵画へ本格的に導入。ユダヤ神秘主義、錬金術、文学への参照を広げる。
1985–1987
《Zweistromland – The High Priestess》を制作。
1990–1991
鉛の航空機彫刻《Melancholia》を制作。
1992
南フランスBarjacへ移り、La Ribauteの制作を開始。
1992–2007
La Ribauteを主要制作拠点とし、塔、地下道、温室、彫刻、絵画を含む巨大な環境へ発展させる。
2004
ミラノのPirelli HangarBicoccaに《The Seven Heavenly Palaces》を設置。
2007
Barjacからパリ地域へ主要制作拠点を移す。La Ribauteの発展はその後も継続。
2015
五点の大型絵画を加え、《The Seven Heavenly Palaces 2004–2015》として恒久展示を再構成。
2016
Eschaton—Anselm Kiefer Foundationを設立。
2020
La Ribauteを財団へ寄贈する計画がフランス政府から承認される。
2022
La Ribauteがガイドツアー形式で一般公開を開始。

参考資料・出典

本ページはThe Metropolitan Museum of Art、The Museum of Modern Art、SFMOMA、The Broad、Solomon R. Guggenheim Museum、Pirelli HangarBicocca、Eschaton—Anselm Kiefer Foundationなどの美術館・財団資料を参照してART LIBRARYが独自に執筆しました。原文の全文翻訳ではありません。

資料確認日:2026年10月1日 / ART LIBRARY