Art Library

Adam Pendleton

アダム・ペンデルトン

アメリカ / 1984– / 現代美術/抽象絵画/コンセプチュアル・アート

翻訳という行為:アダム・ペンドルトンによる絵画と展覧会制作について (Pace Gallery)
Adam Pendleton: Our Ideas (Pace Gallery)
ICA Speaks: Adam Pendleton (Institute of Contemporary Art, Miami)
アンソロジー – アダム・ペンドルトン| MoMA デザイン ストア

アダム・ペンデルトン(Adam Pendleton、1984–)は、文字、写真、絵画、映像、出版、パフォーマンスを横断しながら、「ブラックネス」「抽象」「前衛」という通常は別々に語られてきた領域を、一つの制作方法の中で衝突させてきたアメリカの現代美術家です。画面にはBLACK DADA、WE ARE NOT、あるいは判読できない文字の断片が現れますが、それらはメッセージを明快に伝えるためのスローガンではありません。スプレー、インク、手描きの線、写真、複写、シルクスクリーンを何度も往復させることで、言葉は意味を伝える記号であると同時に、崩れ、重なり、消えかける抽象形態になります。ペンデルトンの絵画は、表現主義的な身振りに見えながら実際には撮影・複写・印刷を介して作られ、コンセプチュアル・アートのように言語を扱いながら、最終的には物質的な絵画として強く存在します。

その制作を貫く中心概念が、2008年から言語化されてきた「Black Dada」です。名称はAmiri Barakaが1964年に発表した詩《Black Dada Nihilismus》と、第一次世界大戦期のDadaをめぐる言語から刺激を受けています。しかしペンデルトンにとってBlack Dadaは、新たな美術運動の名称でも、「黒人美術」を一つの様式へ統一する標語でもありません。歴史を固定された過去ではなく、現在から何度も読み直される素材として扱い、W.E.B. Du Bois、Stokely Carmichael、Sun Ra、Ad Reinhardt、Gertrude Stein、Joan Jonas、Yvonne Rainer、Lorraine O’Grady、Malcolm X、Black Lives Matterなど、異なる時代と立場の言葉やイメージを同じアーカイブ上で再配置する方法です。本記事では、Richmondでの少年期、16歳でのItaly留学、18歳でのNew York移住、2007年《The Revival》、2008年Black Dada、絵画と複写技術、映像肖像、Black Dada Reader、System of Display、《WE ARE NOT》、MoMAの《Who Is Queen?》、2025–27年Hirshhorn《Love, Queen》、2026年Langen FoundationとStedelijk Museumまでをたどり、ペンデルトンが現代絵画における「抽象」と「政治」の関係をどのように組み替えてきたのかを考えます。

CONTENTS

  1. 生涯と制作の変遷
  2. 1984年Richmond――本、音楽、言葉の環境
  3. 16歳でItalyへ――通常の美大経路を通らない
  4. 18歳でNew Yorkへ
  5. 初期から言葉を描く
  6. 《The Revival》――説教、ゴスペル、詩、パフォーマンス
  7. 2008年Black Dada――運動名ではなく方法
  8. Amiri BarakaとDadaを並べる
  9. 「Black」を固定された表象にしない
  10. 歴史を直線ではなく再編集可能な素材として扱う
  11. 紙から始まり、写真と印刷を経て絵画へ戻る
  12. 複写の劣化を表現にする
  13. シルクスクリーン――反復と差異
  14. Black Dada paintings――文字が読めなくなるまで
  15. System of Display――アーカイブを「展示する仕組み」にする
  16. 脱植民地化の写真とモダニズムを同じ面へ置く
  17. 言葉が壊れるとき、意味が増える
  18. 《A Victim of American Democracy》――Malcolm Xの言葉
  19. 映像肖像――「人物を説明しない」ポートレート
  20. Lorraine O’Gradyとの対話
  21. Yvonne Rainer――記憶、身体、映像
  22. Black Dada Reader――本が作品の外部ではない
  23. Our Ideas――個人アーカイブを可視化する
  24. 《Anthology》――印刷物を独立した作品にする
  25. WE ARE NOT――否定形が共同体を固定しない
  26. Adam Pendletonの作品をどう見るか
  27. 主要作品
  28. 《Elements of Me》――幾何学、ブラックネス、集合性
  29. 《Ruby Nell Sales》――証言を一枚の肖像に閉じ込めない
  30. 《Who Is Queen?》――MoMAのアトリウムを編集装置へ変える
  31. 美術館は固定された歴史の倉庫なのか
  32. 声と音をアーカイブへ加える
  33. 《Who Is Queen?》のMoMA収蔵
  34. 黒と白だけではない――2020年代の色彩
  35. Days――日々の痕跡を蓄積する
  36. 《Love, Queen》――2025–27年Hirshhorn
  37. Resurrection City Revisited――1968年を現在へ戻す
  38. Who Owns Geometry Anyway?――抽象形態は中立なのか
  39. 2026年《Can I Be?》――制作全体を横断する
  40. 2026年Stedelijk Museum――次の制度的段階
  41. 2026年の現在地
  42. 「政治的アーティスト」とだけ呼べない理由
  43. 抽象への「権利」
  44. Adam Pendletonは何を変えたのか
  45. 略年譜
  46. 参考資料・出典

生涯と制作の変遷

Adam Pendletonは1984年、Virginia州Richmondに生まれました。母は教師で本を愛し、父は建設関係の仕事をしながら音楽を演奏する家庭で育ち、幼い頃から詩、音楽、読書、絵画へ強い関心を持ちました。高校を通常より早く終え、2000年から2002年までItalyのPietrasantaにあるArtspace Independent Study Programで学びます。大学のBFAやMFAという標準的な経路には進まず、18歳の2002年にNew Yorkへ移住し、Brooklynを拠点に作家活動を始めました。

20代前半には文字を用いる絵画、パフォーマンス、音楽的な構成を並行して制作し、2004年頃にはNew Yorkで最初の個展を開催。2007年Performaで発表した《The Revival》では説教者のように振る舞い、ゴスペル合唱、宗教語彙、同性愛をめぐる言葉、実験詩を一つの舞台へ重ねました。翌2008年にBlack Dadaの文章を構想し、同年から2009年にはStudio Museum in HarlemのArtist-in-Residenceとなります。この時期から、言語、黒い画面、歴史資料、複写、シルクスクリーンを結びつける現在の制作体系が形成されました。

2010年代にはBlack Dada paintings、System of Display、映像によるportrait、出版物を相互に展開。2017年には長年蓄積してきた資料群を《Black Dada Reader》として出版し、2018年《Our Ideas》では絵画、Mylar、鏡、映像、コラージュを同じ展覧会へ統合します。2019年頃から《Untitled (WE ARE NOT)》を展開し、2021年MoMAの巨大インスタレーション《Who Is Queen?》で絵画、映像、音、建築的足場を一体化しました。2025年からHirshhorn Museumで《Love, Queen》を開催し、2026年にはLangen Foundationで大規模個展《Can I Be?》。資料確認日2026年10月4日の5日後、10月9日にはStedelijk Museum Amsterdamで新たな個展が開幕予定です。

1984年Richmond――本、音楽、言葉の環境

Pendletonの制作では、絵画の中に文章、引用、音声、書物が絶えず侵入します。その背景には少年期からの読書と言葉への強い関心があります。母親の本棚にあったAudre Lorde、Toni Morrison、Adrienne Richらの文学を読み、父親を通してjazzや音楽へ触れました。絵を描く以前から詩や文章を書き、視覚とことばを別の領域と考えていなかったことが、後の制作へ直接つながります。

Richmondは旧Confederacyの首都でもあり、Monument Avenueなど南北戦争と白人至上主義の記念文化が都市景観に深く刻まれていました。ただしPendleton作品を「南部出身だから人種問題を扱った」という心理的因果へ単純化すべきではありません。彼のBlack Dadaは個人の伝記を告白する形式ではなく、歴史資料と言語を複数人が使える公共的な編集空間へ変える方法です。

16歳でItalyへ――通常の美大経路を通らない

高校を早く終えたPendletonは16歳でItalyへ渡り、PietrasantaのArtspace Independent Study Programで2000年から2002年まで学びました。PietrasantaはCarraraに近く、彫刻工房や石材制作で知られる町です。彼は通常の四年制美術大学へ進まず、若い段階から制作中心の環境へ入りました。

この経路は後のキャリアにも特徴を与えます。美術史上の系譜を大学教育で体系的に学ぶより、自分で本を読み、展覧会を見て、他作家と会話し、自分の「reader」を作る方法を選びます。Black Dada Readerは、学術論文の参考文献一覧というより、作家自身が必要な思想を集め続ける個人的なカリキュラムでもあります。

18歳でNew Yorkへ

2002年、18歳でNew Yorkへ移住しました。本人が後に振り返るように、若い時から「作家として生きる」ことを明確に決めていた時期です。Williamsburgにstudioを構え、galleryへ作品資料を送り、自ら作品を持ち込むなどして活動を始めました。Gallery Onetwentyeightで作品が展示され、Sol LeWittが作品を見て交換したという逸話も、この初期New York時代に属します。

ここで重要なのは、Pendletonが2000年代のNew Yorkへ入った時、絵画、Conceptual Art、performance、identity politics、appropriation artのすべてがすでに歴史になっていたことです。彼の世代は「抽象か政治か」「形式かアイデンティティか」という1960~90年代の対立を、新規に選択する必要がありませんでした。むしろ既存の対立そのものを素材化できます。Black Dadaはこの世代的位置から生まれます。

初期から言葉を描く

New Yorkへ移った初期からPendletonは言葉を絵画へ取り込みました。Toni Morrisonなど文学から得たフレーズを使う作品もありましたが、文字は文章の内容を伝えるためだけのものではありませんでした。大きさ、反復、切断、配置によって言葉そのものが視覚形態へ変わります。

この考えはBarbara KrugerやLawrence WeinerのようなConceptual/text-based artとも接続しますが、Pendletonでは文字が次第に読みにくくなる点が異なります。明快な命題を壁へ提示するより、読もうとした観客が途中で文字と形の区別を失う状態を作ります。「読む」と「見る」が同時にできなくなる不安定さが、後のBlack Dada paintingsの核になります。

《The Revival》――説教、ゴスペル、詩、パフォーマンス

2007年Performaで発表した《The Revival》は、現在のモノクローム絵画だけからPendletonを知ると意外に見える初期代表作です。約1時間のperformanceで、本人がpreacherのような語りを行い、30人規模のgospel choir、religious rhetoric、queer lifeに関する言葉、experimental poetryを一つの場へ組み合わせました。

ここですでに、異なる言説を「引用して並べる」だけでなく、既存の形式を別の目的へ使う方法が現れています。revival meetingという宗教的集会の構造を借りながら、そこへ別種の身体、言語、欲望を流し込む。Black DadaでDada、Du Bois、Barakaらを組み替える方法と同じく、既存形式を所有者から切り離し、別の声が入り込める構造へ変えています。

2008年Black Dada――運動名ではなく方法

Pendletonは2008年、Black Dadaという言葉を自らの制作方法として明確にし始めました。作家公式サイトも、同年から「Blackness、abstraction、historical avant-gardesの関係を探るcritical framework」として形成したと説明しています。したがってBlack Dadaは、1920年代のSurrealismのような会員を持つ運動ではありません。

また「Black Dada style」という特定の見た目を意味するわけでもありません。絵画、video、book、performance、installationに同じ概念が使われます。Black Dadaとは何を描くかではなく、歴史・引用・Blackness・avant-gardeをどう一つの現在へ置くかという操作の名前です。

Amiri BarakaとDadaを並べる

「Black Dada」という二語の直接的な契機の一つは、Amiri BarakaがLeRoi Jones名義で1964年に発表した詩《Black Dada Nihilismus》です。PendletonはBarakaの詩集『The Dead Lecturer』でこの語に出会い、「Black」と「Dada」が隣に置かれた時の異物感に惹かれました。

一方Dadaは、第一次世界大戦下のZurichでHugo Ball、Tristan Tzaraらが既存の文化・合理性・芸術制度を攪乱した歴史的avant-gardeです。Walker Art CenterのAdrienne Edwardsは、PendletonのBlack DadaがBarakaの語とHugo BallのDada manifestoなどを接続することを指摘しています。

二つを並べることで、1920世紀初頭European avant-gardeと1960年代Black radical thoughtが同じ歴史空間へ入ります。これは「Dadaに黒人要素を追加する」ことではありません。誰がavant-gardeの歴史を所有するのか、Black radicalismもまた実験的形式と考えられるのではないか、という歴史区分そのものへの問いです。

「Black」を固定された表象にしない

PendletonはBlack Dadaについて、「Black」をraceの説明だけに限定しないopen-ended signifierとして扱う趣旨を繰り返し語っています。これは人種の現実を否定する意味ではありません。むしろ、Blacknessを「黒人の身体を描くこと」や「Black experienceを代表すること」へ閉じ込めないための方法です。

この姿勢は抽象絵画史と強く関係します。20世紀美術では、白人作家の抽象はしばしば「普遍的」「純粋」「形式的」と理解される一方、Black artistsにはidentityや社会的経験の表現が求められることがありました。PendletonはBlacknessとabstractionをあえて結びつけ、「Black artistが何を代表すべきか」という期待そのものを揺らします。

歴史を直線ではなく再編集可能な素材として扱う

Black Dada manifestoでPendletonは、historyを現在から切り離された完成済みの物語として扱いません。歴史は何度も変奏され、現在の考えを投射できるものだと捉えます。《Who Is Queen?》や《Black Dada Reader》では、年代順に資料を並べるのではなく、異なる時代の文章、写真、思想を隣接させます。

そのためPendletonの作品には「正しい歴史を教える」教育展示とは異なる構造があります。1960年代Civil Rights Movement、Dada、Conceptual Art、Black Lives Matter、experimental poetryが時間順序を越えて出会います。過去を現在へ利用する行為自体を見せ、歴史が常に編集されていることを可視化します。

紙から始まり、写真と印刷を経て絵画へ戻る

Hirshhorn Museumは、近年のPendletonのpainting processを具体的に説明しています。制作はまず紙の上で始まり、drip、splatters、spray、geometric shapes、words、broken-letterのようなink fragmentsを作ります。その紙を撮影し、画像を拡大・重層化し、silkscreenによってblack-gessoed canvasへ転写します。

この工程が重要なのは、「手描き」と「機械的複製」が分離しない点です。最初のmarkは身体的ですが、最終画面では写真と印刷を介して距離化されます。逆にscreenprintは機械的に均一になるはずですが、重なり、かすれ、ink densityによって一回性が戻ります。

その結果、観客は目の前のdripが直接canvas上で垂れたのか、別の紙に垂れたものを撮影して転写したのか判別できません。Abstract Expressionismが重視した「画面=行為の痕跡」という神話を利用しながら、その直接性を疑わせます。

複写の劣化を表現にする

PhotocopyはPendletonの重要な道具です。古い本や写真をcopyし、さらに拡大・再複写すると、階調が潰れ、細部が黒と白へ単純化されます。Kemper Art MuseumのSystem of Display解説では、資料が高contrastのimageへ意図的に劣化され、元のcontextual specificityを失っていく工程が説明されています。

通常、archiveでは高解像度化によって原資料を保存しようとします。Pendletonは逆に、copyするほど情報が失われる性質を利用します。写真が「歴史の証拠」から抽象的な影へ変わることで、archive自体が中立ではないことを示します。何が残り、何が消えるかは複製の技術と編集者の判断によって変化します。

シルクスクリーン――反復と差異

SilkscreenはAndy Warhol以来、複製、mass media、image circulationと結びついてきた技法ですが、Pendletonはそれを抽象絵画の中核へ置きます。同じ版を使っても、下地、ink、重なり、croppingを変えることで完全なduplicateにはなりません。

この反復可能性がBlack Dadaの歴史観と対応します。同じ文字、同じphotograph、同じphraseは別のcontextへ置かれるたび意味を変えます。歴史もimageも一回限りのoriginalではなく、再演・再印刷によって現在へ戻ってきます。

Black Dada paintings――文字が読めなくなるまで

MoMA所蔵《Black Dada (LK/LC/AA)》(2008–09)は、二枚組のcanvasにBlack Dadaのletter fragmentsをsilkscreenした初期の基準作です。文字は大きく配置されますが、文章として容易に読めるわけではありません。languageが意味とshapeの間へ置かれます。

その後Black Dada paintingsは変化を続けます。2024年《An Abstraction》以降には鮮やかなblue、red、purpleなどが入り、letter formsはgestural marksとさらに複雑に重なります。Hirshhorn《Love, Queen》ではこの新しいcolor phaseが大規模に展示され、Black Dadaが固定された黒白styleではないことを明確にしました。

System of Display――アーカイブを「展示する仕組み」にする

System of Displayは2008年頃から続くseriesで、個人libraryから選んだphotographやbook imageをcopy、crop、enlargeし、mirrorやacrylicへsilkscreenし、shadow boxに収めます。Kemper Art Museum所蔵の2018–19年作品では、African sculptureの写真とIsraeli kinetic artist Yaacov Agamの作品画像が同一seriesに置かれています。

titleにはHERE、LOOK、IMPLICITなどRon Sillimanのpoem《Albany》から得たwordsのletter fragmentが組み込まれます。viewer自身がmirrorへ映るため、歴史写真を外側から見るだけでは済みません。現在の身体がarchive imageの中へ物理的に重なります。

「display」という言葉も重要です。museumやbookは資料をただ見せるのではなく、選択、分類、framingによって意味を作ります。Pendletonはその制度的装置を作品の題名にし、歴史をどう並べるか自体を主題にしています。

脱植民地化の写真とモダニズムを同じ面へ置く

Pendletonのarchiveには20世紀Africaのdecolonizationに関するphotograph、African masksやceramics、European/American modernism、Concrete Poetryなどが混在します。《Our Ideas》やSystem of Displayでは、それらをoriginal contextの説明付きで並べるのではなく、copyとfragmentとして重ねます。

この方法は、European ModernismがAfrican artから形式的影響を受けながら、その文化的文脈を周縁化してきた歴史を再び可視化します。African objectsを「Picassoへ影響したもの」という従属的位置へ置かず、modernismとdecolonizationを同じarchive上で交差させます。

ただしPendletonは新しい単一の正史を提示しません。contextをあえて不完全にし、viewerに関係を作らせます。作品は「この歴史をこう理解せよ」と指示するより、複数の歴史が同時に存在する状態を維持します。

言葉が壊れるとき、意味が増える

Pendletonはlanguageが完全に読めなくなる瞬間に関心を持ちます。通常、政治的artでは言葉を明確に伝えることが求められます。しかしPendletonはphraseをcropし、overlapし、sprayで覆い、読解を妨げます。

本人は《A Victim of American Democracy》について、languageがbreak downした時により深くengageできるという趣旨を語っています。これは意味を消すためではありません。明快なsloganとして一回で消費されるのを防ぎ、文字の歴史、音、視覚形態、誰が発した言葉かを改めて考えさせます。

《A Victim of American Democracy》――Malcolm Xの言葉

《Untitled (A Victim of American Democracy)》seriesは、Malcolm Xが1964年のspeechでBlack peopleを「American democracyのvictims」と表現した言葉から題名を取ります。2018年Pace《Our Ideas》では大型canvasとして展示され、spray paintとsilkscreenによってlanguageが断片化されました。

ここでもMalcolm Xのspeechをそのままquotation paintingとして提示しません。言葉を隠し、壊し、abstract fieldへ変換します。歴史的発言の「内容」だけでなく、それが時代を越えてどのように引用され、別の政治状況で再び聞こえるかを問題にしています。

映像肖像――「人物を説明しない」ポートレート

PendletonはLorraine O’Grady、Yvonne Rainer、Ruby Salesなど、年長世代のartist、choreographer、civil rights activistをvideo portraitとして撮影してきました。しかしtraditional documentaryのように、その人物の経歴を順番に説明しません。interview、silence、gesture、archival image、reading、編集を通じて、subject自身の言葉が断片的に現れます。

この方法はpaintingと同じです。portraitでも「完全なidentity」を提示せず、複数の断片からviewer’s understandingが形成される構造を作ります。人物を代表的な一つのstoryへ閉じ込めないことが、Black Dadaのnonlinear historyと一致します。

Lorraine O’Gradyとの対話

MoMA所蔵《Lorraine O’Grady: A Portrait》(2012)は22分50秒のcolor videoです。O’Gradyはperformance、photomontage、criticismを通じてrace、gender、institutionを問う重要なartistで、Pendletonより一世代以上年長です。

若いartistが先行世代を「influence」として一方的に紹介するのではなく、conversationそのものを作品へする点が重要です。Black art historyは系譜図として固定されるのではなく、同時代のdialogueとして更新されます。2020年Isabella Stewart Gardner Museumでも二人は公開対話を行い、Pendletonの《Elements of Me》とO’Gradyのprojectが同時期に展示されました。

Yvonne Rainer――記憶、身体、映像

《Just Back from Los Angeles: A Portrait of Yvonne Rainer》(2016)はMoMA所蔵のblack-and-white videoで、durationは14分です。RainerはJudson Dance Theaterを代表するchoreographerで、MinimalismやConceptual Artと並行してdanceの制度を変えた人物です。

PendletonはRainerの身体を美しく記録するdance filmを作るのではなく、speechとmemory、pause、face、archival referenceを編集します。身体芸術をhistoryへ保存することと、保存することで固定してしまう危険の間に作品を置きます。

Black Dada Reader――本が作品の外部ではない

Black Dada Readerは長年studio内で増殖してきたphotocopied textsとdocumentsをまとめ、2017年に350ページ規模のbookとして出版されました。Walker Art CenterやPaceによれば、W.E.B. Du Bois、Hugo Ball、Stokely Carmichael、Amiri Baraka、Sun Ra、Adrian Piper、Gertrude Stein、Ad Reinhardt、Joan Jonas、William Pope.L、Thomas Hirschhornなど、通常は別々の領域へ分類される書き手とartistsが同じbookに収められています。

これは「作品を理解するための参考書」ではありません。ReaderそのものがPendletonの方法を実演します。年代順にhistoryを説明せず、異なるvoiceを隣接させ、readerが関係を作る。paintingがimageとtextをlayerするのと同じ操作がbook formatで行われています。

さらにReaderは完成したcanonではなく、版や再編集を通じて変化しています。2021年には『Pasts, Futures, and Aftermaths: Revisiting the Black Dada Reader』も刊行されました。archiveが完成しないこと自体がBlack Dadaの原則です。

Our Ideas――個人アーカイブを可視化する

2018年Pace London《Our Ideas》は、Black Dada paintings、System of Display、《A Victim of American Democracy》、Yvonne Rainerのvideo、collage、Mylar worksなどを横断した重要展です。タイトル作品《Our Ideas #2》《#3》では、数十枚のMylarへphotograph、drawings、phrases、African masks、ceramics、decolonization imagesを重ねました。

「Our」という所有格が興味深い点です。資料はPendletonのpersonal libraryから出ていますが、最終的には個人の私有記憶より、複数人が共有できるideasとして提示されます。archiveはartist’s identityを証明するcollectionではなく、viewerが別の関係を作れるpublic fieldになります。

《Anthology》――印刷物を独立した作品にする

MoMA所蔵《Anthology》(2018)はscreenprinted artist’s bookで、edition 24。各pageは約46×34.9cm、閉じた状態でも厚みを持つlarge-format objectです。Pendletonにとってbookはcatalogueの副産物ではなく、screenprint、sequence、turning pagesを使った独立した作品媒体です。

Paintingでは複数のlayersが一画面に同時存在しますが、bookではページをめくる時間が加わります。一つのarchiveをlinearly読むように見えながら、反復するimageとmarksによって前後が循環します。Black Dadaのnonlinear historyを別のmaterial formで実現しています。

WE ARE NOT――否定形が共同体を固定しない

《Untitled (WE ARE NOT)》seriesは2019年頃から本格化しました。phraseは2008年Black Dada textへ遡り、さらにTristan TzaraのDada manifestoにある「we are not…」という否定形を反転・再編集したものです。PendletonはWE、ARE、NOTのlettersをsprayし、それをphotograph、silkscreenして何層も重ねます。

「WE」は共同体を作る言葉ですが、同時に誰を含み誰を排除するかを決めます。そこへNOTを加えると、identityは確定できなくなります。「私たちは何者か」ではなく「私たちは何ではないのか」、さらにlettersが崩れることで「we」「not」の境界まで不安定になります。

2022年Montreal Museum of Fine Arts《These Things We’ve Done Together》では、304.8×594.3cmのmonumental《Untitled (WE ARE NOT)》が展示されました。言葉を読むには大きすぎ、身体全体でscreenprinted fieldへ入るようなscaleです。文字はstatementからenvironmentへ変わります。

Adam Pendletonの作品をどう見るか

第一に、文字をすべて読もうとし過ぎないことです。読めない部分は失敗ではなく、languageがvisual formへ変化する重要な場所です。第二に、gestureがどこで作られたかを考えてください。canvas上のsprayのように見えても、紙→写真→screenprintという複数工程を通っている可能性があります。

第三に、引用元を「答え合わせ」するだけで終わらないことです。Du Bois、Baraka、Malcolm X、Rainerなどsourceを知ることは重要ですが、作品はそれらをoriginal contextのまま保存していません。なぜ異なる資料が同じ面へ置かれたのかを見る必要があります。

第四に、black-and-whiteをraceの二項対立へ直結させないことです。黒はBlacknessと関係しながら、printing、monochrome painting、positive/negative、photocopyのcontrastなど複数の歴史を持ちます。第五に、近年の色彩作品も同じBlack Dadaの延長として見てください。black groundの上でblueやredが現れることで、むしろ「Black Dada=黒白style」という固定観念が壊れます。

主要作品

2006–07年の大規模絵画《Sympathy for the Devil》から、Black Dada、映像肖像、MylarとSystem of Display、WE ARE NOT、MoMA《Who Is Queen?》、2025年《Resurrection City Revisited》まで、Adam Pendletonが言語・複写・歴史資料・抽象絵画を一つの可変的な制作体系へ展開してきた過程を示す12点を選びました。

悪魔への同情

Sympathy for the Devil / 2006–2007 / アクリル、カンヴァス(90点組) / 各 約76.2 × 59.2 cm

Museum of Contemporary Art Chicago

MCA Chicagoの依頼で制作された90点組の大規模絵画作品。後のBlack Dada以前から、反復する画面群を一つの環境として扱っていたことを示します。

所蔵館の作品情報 ↗

ブラック・ダダ(LK/LC/AA)

Black Dada (LK/LC/AA) / 2008–2009 / シルクスクリーン・インク、カンヴァス(2点組) / 各121.9 × 192.7 cm、全体243.8 × 192.7 cm

The Museum of Modern Art, New York

Black Dadaを明確に視覚化した初期基準作。文字を文章として読ませるより、巨大なletter fragmentsとして抽象化し、言語と絵画の境界を揺らします。

所蔵館の作品情報 ↗

ロレイン・オグレディ:ある肖像

Lorraine O'Grady: A Portrait / 2012 / ビデオ(カラー、音声) / 22分50秒

The Museum of Modern Art, New York

Lorraine O’Gradyを経歴説明へ閉じ込めず、会話、沈黙、声、身体の断片から構成した映像肖像。世代間のBlack art historyを対話として扱います。

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電車の中の女性がアンジェラ・デイヴィスにサインを求める

a woman on the train asks angela davis for an autograph (14017) / 2014 / シルクスクリーン・インク、Mylar / 195.6 × 151.1 cm

Museum of Contemporary Art Chicago

Ron Sillimanの詩《Albany》の一文を題名に用いた作品。言葉を引用しながら視覚的には判読困難にし、意味とナンセンスの間を維持します。

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ロサンゼルスから戻ったばかり:イヴォンヌ・レイナーの肖像

Just Back from Los Angeles: A Portrait of Yvonne Rainer / 2016 / ビデオ(白黒、音声) / 14分

The Museum of Modern Art, New York

Yvonne Rainerの記憶、声、表情を断片的に編集した映像肖像。ダンスの記録ではなく、人物と歴史を一つの固定した説明へ回収しない作品です。

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アンソロジー

Anthology / 2018 / アーティスト・ブック、シルクスクリーン印刷(固有表紙を含む) / 各ページ46 × 34.9 cm、閉じた状態46.8 × 35.6 × 5 cm

The Museum of Modern Art, New York

約200ページ規模の印刷物を独立した作品へしたアーティスト・ブック。画面のlayeringを、ページをめくる時間とsequenceへ置き換えています。

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無題(アメリカ民主主義の犠牲者)

Untitled (A Victim of American Democracy) / 2018 / シルクスクリーン・インク、スプレー・ペイント、カンヴァス / 243.8 × 175.3 cm

作家蔵/公式展覧会記録参照

Malcolm Xの1964年の言葉を題名へ取り込みながら、文字自体は画面内で分解・遮蔽されます。政治的statementを一読可能なsloganへ固定しない代表的seriesです。

所蔵館の作品情報 ↗

展示のシステム O(LOOK/ナイジェリア東部ムムイェの祖先像)

System of Display, O (LOOK / Ancestor figure, Eastern Nigeria, Mumuye) / 2018–2019 / シルクスクリーン、アクリル、鏡 / 額装24.9 × 24.9 × 7.9 cm

Mildred Lane Kemper Art Museum, Washington University in St. Louis

African sculptureの複写画像を鏡へ印刷し、viewer自身の姿をhistorical imageへ重ねるSystem of Displayの一作。展示制度とarchiveの編集を主題化します。

所蔵館の作品情報 ↗

無題(WE ARE NOT)

Untitled (WE ARE NOT) / 2021 / シルクスクリーン・インク、カンヴァス / 304.8 × 594.3 cm

作家蔵/Montreal Museum of Fine Arts展覧会記録参照

WE ARE NOTというphraseを巨大画面で反復・解体した作品。共同体を示すWEを肯定文で固定せず、NOTによってidentityを開いたままにします。

所蔵館の作品情報 ↗

ルビー・ネル・セールズ

Ruby Nell Sales / 2020–2022 / ビデオ(カラー/白黒、音声) / 61分13秒、サイズ可変

Whitney Museum of American Art, New York

Civil Rights activist Ruby Salesの長尺video portrait。歴史上の証人として一面的に説明せず、声、沈黙、表情、時間そのものをportraitの構成要素にします。

所蔵館の作品情報 ↗

フー・イズ・クイーン?

Who Is Queen? / 2021 / HDビデオ3点、シルクスクリーン・インク、カンヴァス、木、Mylar、紙、粉体塗装スチール、コンクリート、LED電球、粘着ビニール / サイズ可変

The Museum of Modern Art, New York

MoMA Atriumを三基の巨大scaffold、絵画、映像、音、言葉で再構成したtotal installation。2024年にMoMAが収蔵し、2025年に取得が公表されました。

所蔵館の作品情報 ↗

レザレクション・シティ再訪(いったい誰が幾何学を所有するのか?)

Resurrection City Revisited (Who Owns Geometry Anyway?) / 2025 / シングルチャンネル・ビデオ、床から天井までの投影、音声 / サイズ可変

Hirshhorn Museum展覧会記録参照

1968年Poor People’s CampaignのResurrection City資料と幾何学形態、found footageを交差させる映像。National Mallという展示場所と歴史上のencampmentの場所を重ねます。

所蔵館の作品情報 ↗

《Elements of Me》――幾何学、ブラックネス、集合性

2020年Isabella Stewart Gardner Museumの《Elements of Me》は、square、triangle、circleという三つの基本形を反復するroom-sized installationでした。museumはこの展示を、geometric abstraction、Blackness、languages of collectivityの関係を考えるものと説明しています。Pendletonの作品には歴史的photographやlanguageが多く登場しますが、ここでは最も基本的な幾何学形態まで政治やidentityから完全に中立ではないことが問題になります。

この展示ではMylar、mirror-polished steel、collage、sculptureなどが同じ空間へ置かれました。白いgallery wallの上に独立作品を掛ける通常の展示より、wall、floor、viewerのmovementまで構成の一部になります。このroom-scale thinkingが翌年MoMA《Who Is Queen?》へ直接つながります。

また同時期GardnerではLorraine O’Gradyの作品も展示され、二人による公開conversationが行われました。PendletonはBlack art historyを一人で代表するのではなく、異なる世代のartistsが互いを参照し続ける関係として提示します。

《Ruby Nell Sales》――証言を一枚の肖像に閉じ込めない

Whitney Museum所蔵《Ruby Nell Sales》(2020–22)は61分13秒のvideoです。Ruby SalesはStudent Nonviolent Coordinating Committeeに関わり、1965年Alabamaでcivil rights activismに参加した人物です。Pendletonは彼女を歴史資料の「証人」として一方向に撮るのではなく、長いconversation、silence、close-up、voiceによって複雑なpresenceとして扱います。

Whitney Biennial 2022《Quiet as It’s Kept》にも出品されました。過去のCivil Rights Movementを現在のmuseumへ持ち込む点ではBlack Dada的ですが、historical footageだけをappropriationするのではなく、当事者と現在形で話す点が重要です。archiveとliving voiceが同じ作品内で衝突します。

《Who Is Queen?》――MoMAのアトリウムを編集装置へ変える

2021年9月から2022年2月までMoMAで開催された《Who Is Queen?》は、Pendleton初のNew York美術館個展であり、それまでの制作を一つの建築的環境へまとめた転機です。MoMAのMarron Family Atriumに五層分の高さを持つblack scaffold towersを三基建て、そこへpaintings、drawings、textile、sculpture、moving image、soundを配置しました。

MoMAはこれを「Blackness、abstraction、avant-gardeを探るspatial collage」と説明しています。scaffoldは完成したmuseum architectureを一時的な工事現場のように変えます。美術館が完成されたhistoryを安定して見せる場所ではなく、現在進行形で組み立て直されるstructureとして見えるようになります。

title《Who Is Queen?》自体も、明快な答えへ導く問いではありません。queenとは誰か、authorityは誰が持つのか、誰がhistoryを語るのか。問いが作品全体へ開かれたまま残ります。Pendletonの作品においてquestionはknowledge不足ではなく、固定したdefinitionを避ける方法です。

美術館は固定された歴史の倉庫なのか

《Who Is Queen?》の重要な論点はmuseum institutionそのものです。MoMAは20世紀Modernismのcanonical historyを作ってきた中心機関の一つです。そのatriumにPendletonはBlack Dadaのarchive、Civil Rights Movement、Black Lives Matter、Occupy、experimental music、poetryを導入しました。

これはMoMAの既存collectionを単純に批判する「institutional critique」だけではありません。museumという大型archiveを別の使用法へ一時的に変える試みです。何がcollectionされ、誰がcaptionを書き、どのmovementが「重要」とされるかは固定ではない。Pendletonのscaffoldはそのhistorical frameworkを物理的に仮設化します。

一方で、2024年にMoMAが《Who Is Queen?》自体をcollectionへ取得したことで、制度批判的なinstallationがmuseumのpermanent collectionへ入るという新しい局面も生まれました。2025年にPaceが取得を発表し、MoMAの2025 acquisitions listにも記載されています。作品が制度の外から問いかけるだけでなく、制度内部へ保存されることで、その問いが今後どう変化するかも重要になります。

声と音をアーカイブへ加える

《Who Is Queen?》ではaudio dialoguesが月ごとに制作され、writers、theorists、musiciansらのconversation fragmentsがsound installationへ加えられました。Jack Halberstam、Lynne Tillman、Michael Hardt、Joshua Chambers-Letson、Ruby Sales、Simone White、Susan Howe、Alexis Pauline Gumbs、Tyshawn Sorey、Matana Robertsなど異なるvoicesが参加しました。

重要なのは、discussionを結論へまとめずfragmentとして流すことです。Black Dada Readerのtext fragmentsが、ここではspoken voiceへ変わります。archiveはsilent documentsだけではなく、breath、pause、tone、disagreementを持つ声として存在します。

《Who Is Queen?》のMoMA収蔵

MoMAは《Who Is Queen?》を2024年に取得し、2025年のacquisitions公表資料に作品を掲載しました。three high-definition videos、silkscreen ink on canvas/wood/Mylar/paper、powder-coated steel、concrete、LED bulbs、adhesive vinylから構成される35-part installationで、dimensionsはvariableです。

この収蔵はPendletonのinstitutional positionを示すだけでなく、作品保存上も興味深いものです。固定されたpainting一枚ではなく、映像、足場、紙、光、配置を将来再installationしなければなりません。「history is never finished」という彼の考えを、museum conservationが実際に何度も再構築することになります。

黒と白だけではない――2020年代の色彩

Pendletonの作品は長くblack-and-whiteのimageで知られてきました。photocopyとsilkscreenのprocessにも適し、Black Dadaという言葉とも強く結びついて見えます。しかし2024年Pace New York《An Abstraction》以降、blue、purple、redなど彩度の高い色がBlack Dada paintingsへ明確に導入されました。

Paceは、これらの新作でsans-serif lettersとgestural marksが何度もtransposed/overwrittenされ、artist自身のgestureの「living library」が作られると説明しています。色彩の導入は、政治性を弱めて「純粋なpainting」へ戻ったことを意味しません。むしろBlack Dadaが特定paletteへ固定されることを拒みます。

Hirshhornの《Love, Queen》ではblack-gesso groundの上に二色程度の強い色を置くpaintingが連続し、遠距離ではgestural abstraction、近距離ではscreenprinted tracesとして見えます。painting、drawing、photographyの境界を曖昧にするprocessが、色によってさらに認識しやすくなりました。

Days――日々の痕跡を蓄積する

《Days》seriesは、日常的なstudio mark-making、collage、fragmentation、indexingを蓄積して作られます。2024年《An Abstraction》と2025年HirshhornではBlack Dada、WE ARE NOTと並ぶ主要seriesとして展示されました。

Black Dadaが歴史的languageとの関係を強く持つのに対し、《Days》はartistのstudio timeそのものをarchive化する側面があります。毎日のdrawing、spray、ink marksを一回の「完成gesture」にまとめず、photographし、選び、recombineして次のpaintingへ送ります。

ここでもoriginalityは「一度だけ生まれたmark」ではなく、同じmarkが別のcontextへ何度も移動することから生まれます。Pendletonのstudioは作品を生産する場所であると同時に、自分自身の過去のgestureを保存して再利用するarchiveです。

《Love, Queen》――2025–27年Hirshhorn

2025年4月4日から2027年1月3日までWashington, DCのHirshhorn Museumで《Adam Pendleton: Love, Queen》が開催されています。資料確認日2026年10月4日現在も会期中です。PendletonにとってWashington初のmuseum solo exhibitionで、museumのcircular architectureとNational Mallという政治的場所そのものが展示条件になっています。

展覧会にはBlack Dada、Days、WE ARE NOT、新しいCompositionとMovement paintingsが並びます。Hirshhornはこれらを、gestural abstractionのimmediacy、Minimal/Conceptual artの精密性、Concrete Poetryのplayfulnessが同時に存在するpaintingsとして説明しています。

この評価はPendletonを「text artist」や「political artist」だけにしない点で重要です。2020年代の彼は明確にpaintingの歴史そのものへ介入しています。gesture、monochrome、Color Field、screenprint、language paintingといった複数のhistoryを一画面へ重ね、どの一つにも完全には所属しません。

Resurrection City Revisited――1968年を現在へ戻す

《Love, Queen》で初公開された《Resurrection City Revisited (Who Owns Geometry Anyway?)》は、floor-to-ceilingで投影される新しいsingle-channel videoです。1968年、Martin Luther King Jr.が構想したPoor People’s Campaignの最終局面としてNational Mallに設営されたResurrection Cityのstill/moving imagesを用います。

Resurrection Cityは貧困問題を可視化するため数週間存在した仮設encampmentでした。Hirshhorn自体もNational Mallに位置するため、作品は遠いhistorical documentaryを任意のmuseumへ持ち込んだのではありません。映像に写る政治的占拠の場所と、viewerが立つ現在のWashingtonが地理的に重なります。

documentary materialの間へgeometric formsとfound footageがflashし、Hahn Roweのscoreにはlate Amiri Barakaのreadingも組み込まれます。Civil Rights historyとabstractionを別の層へ分けず、geometryがphotographを中断し、political imageがabstract screenを破る構造です。

Who Owns Geometry Anyway?――抽象形態は中立なのか

「Who Owns Geometry Anyway?」という問いは、近年のPendletonを理解する重要な鍵です。square、triangle、circle、gridはModernismでuniversalなformal languageとして扱われてきました。しかし「universal」と呼ばれたhistory自体が、誰のmuseum、誰のschool、誰のcanonによって作られたのかという問題があります。

Pendletonはgeometryを拒絶するのではなく、むしろ積極的に使います。Black artistがgeometric abstractionを使う時、それをidentityから逃げる形式と見るのか、それともBlackness自体がabstractionの歴史を書き換えるのか。作品はこの問いを一方へ解決しません。

2025年にはFriedman Benda New Yorkでも《Who Owns Geometry Anyway?》が展覧会titleとなり、Hirshhornのvideo subtitleにも使用されました。geometryの所有を問うことは、abstract artのcanonの所有を問うことでもあります。

2026年《Can I Be?》――制作全体を横断する

2026年4月19日から9月20日までGermany・NeussのLangen Foundationで《Adam Pendleton: Can I Be?》が開催されました。Tadao Ando設計のarchitectureの中にpainting、drawing、sculpture、videoなど80点以上を集めた大規模solo exhibitionで、Black Dadaを中心にartistの複数seriesを横断しました。

会期は資料確認日の約2週間前に終了しています。ここで重要だったのは、PendletonをMoMA《Who Is Queen?》のような一つのtotal installationだけでなく、drawingの量、individual paintings、object、videoを含むpractice全体として見せたことです。

「Can I Be?」というtitleもidentityを確定するstatementではなくquestionです。WE ARE NOT、Who Is Queen?と同様、Pendletonは名詞でidentityを定義するより、問いと否定によってopen conditionを維持します。

2026年Stedelijk Museum――次の制度的段階

Paceの現行経歴によれば、2026年10月9日から2027年1月17日までStedelijk Museum AmsterdamでPendletonのsolo exhibitionが予定されています。関連発表では《Some Wild Kind of Language》というtitleが示され、paintingとdrawingを中心に、Black Dadaとpostwar abstractionの関係をmuseumのmodern collectionと対話させる構想が伝えられています。

資料確認日2026年10月4日時点では開幕5日前です。StedelijkはDe Stijl、Malevich、Newmanなど20世紀abstractionの重要collectionを持つmuseumであり、そこでPendletonの作品を展示することは「contemporary political art」の枠だけでなく、Modernist abstractionのcanonそのものへ入れる意味を持ちます。

彼の現在のinstitutional trajectoryを見ると、2021 MoMA、2023–24 mumok/Kemper、2025–27 Hirshhorn、2026 Langen/Stedelijkと、museumが次々に異なる角度からpracticeを検証しています。急速な評価上昇をmarket successだけで説明せず、painting、archive、institution、Black art historyの複数問題を同時に扱える点を見る必要があります。

2026年の現在地

2026年10月4日現在、Hirshhorn《Love, Queen》は2027年1月3日まで開催中で、Langen Foundation《Can I Be?》は9月20日に終了、Stedelijk Museumの新展は10月9日開幕予定です。またMunichのPinakothek der Moderne《Sweeter than Honey: A Panorama of Written Art》では、Pendletonが文字とvisual languageを扱う国際的系譜の中で紹介され、4月には本人がlanguage in artについてartist talkへ参加しました。

日本でも2026年9月のTokyo Gendaiに作品が紹介され、本人のinterviewが公開されています。これはmuseum retrospectiveほど重要な制度的出来事ではありませんが、PendletonがAmerican/European institutionsだけでなくAsian contemporary art circulationの中でも認知を広げていることを示します。

さらに2024年にはAmerican Academy of Arts and LettersのRosenthal Family Foundation Award for Paintingを受賞しました。現在の評価はConceptual artistとしてだけではなく、paintingの可能性を拡張するartistとして明確に強まっています。

「政治的アーティスト」とだけ呼べない理由

Pendleton作品にはMalcolm X、Black Lives Matter、Civil Rights Movement、decolonization、Poor People’s Campaignなど明確なpolitical referencesがあります。そのため「political artist」と呼ぶこと自体は間違いではありません。しかし、それだけでは彼の作品がなぜabstract paintingとして成立しているのかを説明できません。

彼は政治的messageを最短距離で伝えるためにimageを使っていません。むしろlanguageを読みにくくし、historical photographを劣化させ、contextをfragment化します。activist posterのようなclarityと逆方向へ進むことがあります。

この不明瞭さは政治から逃げるためではなく、political languageが簡単にstereotypeやfixed identityへ変わることを避けるためです。誰が「Black art」を定義し、何がpoliticalに見え、何がformalと分類されるのか。その分類自体が政治的であることを作品が露出させます。

抽象への「権利」

Pendletonをめぐる近年の批評で重要なのが、Black artistとabstractionの関係です。歴史的にBlack artistsは、社会的・人種的経験を可視化するrepresentational responsibilityを期待されることがありました。一方でwhite abstractionは「universal」と扱われやすい。Pendletonのpracticeはこの不均衡を拒みます。

Blacknessをabstract conceptとして扱うことは、raceを現実から消すことではありません。逆にBlacknessを一枚の顔、一つのbody、一つのnarrativeで代表させないことです。Black Dadaではblacknessがpolitics、art history、language、material、absence、negationへ同時に接続します。

その意味でPendletonのpaintingsは「政治的内容を持つ抽象」より、抽象そのものの歴史が誰に開かれてきたかを問い直す仕事です。2020年代にmuseumが彼をpainting historyの中へ積極的に配置している理由もここにあります。

Adam Pendletonは何を変えたのか

第一に、Blacknessとabstractionを対立させる美術史的習慣を崩しました。Black artが必ずfigurative representationやidentity narrativeを担うという期待に対し、Blacknessをopen-ended conceptual fieldとして扱いました。

第二に、言葉をmessageとshapeの中間へ置きました。読むことができる瞬間と読めない瞬間を往復させ、language-based conceptual artとgestural paintingを一つにしました。

第三に、paintingの「直接性」を複雑にしました。手で作ったmarkをphotographし、copyし、screenprintしてcanvasへ戻すことで、gestureはauthenticな一回性ではなく、編集・複製可能なarchiveになります。

第四に、archiveを資料保存ではなく制作方法へ変えました。Du Bois、Baraka、Dada、decolonization photographs、Conceptual Art、poetryを同じcollectionへ置き、historyを固定されたchronologyから解放しました。

第五に、bookを作品の補助物から中心媒体へ引き上げました。《Black Dada Reader》《Anthology》《Who Is Queen? A Reader》ではpublicationそのものがcollage、sequence、archiveとして機能します。

第六に、portraitを一人のidentityを説明する形式からdialogueへ変えました。O’Grady、Rainer、Ruby Salesの映像では、subjectを「代表的人物」としてまとめず、声、silence、memoryの断片を残します。

第七に、museum exhibitionを作品を並べるcontainerではなく、historical editingの装置として使いました。《Who Is Queen?》のscaffoldingや《Love, Queen》のarchitectureへの対応は、viewer自身をarchiveの内部へ置きます。

第八に、政治的artとformal abstractionの二分法を弱めました。Civil Rights historyを扱うvideoへgeometryを差し込み、Black Dada paintingではhistorical languageをabstract markへ変えます。形式と政治を分けてから結び直すのではなく、最初から同じ画面の問題として扱います。

そして最も重要なのは、Pendletonが「歴史を表現する」より「歴史がどう作られるか」を作品にしたことです。古いphotographやtextを引用して過去を説明するのではなく、copy、crop、layer、erase、repeatという操作によって、歴史が常に選択と編集の結果であることを見せます。Black Dadaは過去の正しい意味を回復するprogramではありません。異なるvoiceを一つの空間へ置き、意味が固定される直前の状態を維持する方法です。そのため彼のpaintingは、読むほどabstractになり、abstractとして見るほどhistoryが立ち上がります。この往復運動こそ、Pendletonが21世紀の絵画とConceptual Artに持ち込んだ最も重要な変化です。

略年譜

1984
Virginia州Richmondに生まれる。教師の母と、建設業に携わりながら音楽を演奏する父のもとで、本、詩、音楽に親しむ。
2000
高校を早く修了し、16歳でItaly・PietrasantaのArtspace Independent Study Programへ。
2000–02
Pietrasantaで制作を学ぶ。通常のBFA/MFA課程とは異なる経路でartist careerを開始。
2002
18歳でNew Yorkへ移住しBrooklynを拠点に制作。Gallery Onetwentyeightなどで作品を発表し始める。
2004
Wallspace, New Yorkで初期solo exhibition《Being Here》。
2005
Studio Museum in Harlem《Frequency》などへ参加。text-based paintingで注目を集める。
2006–07
Museum of Contemporary Art Chicagoのため《Sympathy for the Devil》を制作。90点からなる大型painting installation。
2007
Performa 07で《The Revival》。preacher、gospel choir、poetryを組み合わせた約1時間のperformance。
2008
Black Dadaを自らのworking methodとして言語化し始める。Isabella Stewart Gardner Museum Artist-in-Residence。
2008–09
Studio Museum in Harlem Artist-in-Residence。《Black Dada (LK/LC/AA)》など初期Black Dada works。
2010
MoMA PS1《Greater New York》。The Kitchenで《BAND》を発表。
2011
MoMAが《Black Dada (LK/LC/AA)》を取得。Black Dadaが主要seriesとしてinstitutional collectionへ入る。
2012
《Lorraine O’Grady: A Portrait》。MoMA《Ecstatic Alphabets/Heaps of Language》へ参加。Pace Londonで個展《I’ll Be Your》。
2014
Pace New Yorkで個展。《a woman on the train asks angela davis for an autograph (14017)》などlanguage/Mylar worksを制作。
2015
《Blackness in Abstraction》をめぐる批評などを通じ、Black Dadaとabstractionの関係が広く論じられる。
2016
《Just Back from Los Angeles: A Portrait of Yvonne Rainer》。Contemporary Arts Center New Orleansなどで《Becoming Imperceptible》。
2017
《Black Dada Reader》を出版。KW Institute Berlin《shot him in the face》など。ReaderはNew York Timesの年間best art booksにも選ばれる。
2018
Pace London《Our Ideas》。《Anthology》刊行。《A Victim of American Democracy》、System of Display、Mylar worksなどを横断して展示。
2019
《Untitled (WE ARE NOT)》seriesを本格展開。Black Dada textの否定形を反復・解体するpaintingへ。
2020
Isabella Stewart Gardner Museum《Elements of Me》。square、triangle、circleを用い、geometric abstraction、Blackness、collectivityを検討。
2020–22
《Ruby Nell Sales》を制作。Civil Rights activistのvoiceとpresenceを長尺video portraitとして構成。
2021
MoMA《Adam Pendleton: Who Is Queen?》。atrium全体をscaffold、painting、video、sound、textで構成。『Who Is Queen? A Reader』『Pasts, Futures, and Aftermaths』刊行。
2022
Montreal Museum of Fine Arts《These Things We’ve Done Together》。monumental《WE ARE NOT》とBlack Dada drawingsを展示。《Ruby Nell Sales》をWhitney Biennialへ出品。
2023–24
mumok Vienna《Blackness, White, and Light》、Mildred Lane Kemper Art Museumなどで大規模solo exhibitions。
2024
Pace New York《An Abstraction》。Black DadaとDays paintingsに鮮やかな色彩を導入。American Academy of Arts and LettersからRosenthal Family Foundation Award for Paintingを受賞。
2025
4月4日Hirshhorn Museum《Love, Queen》開幕(2027年1月3日まで)。新作video《Resurrection City Revisited (Who Owns Geometry Anyway?)》を初公開。MoMAによる《Who Is Queen?》取得が公表される。
2026
4月19日–9月20日Langen Foundation《Can I Be?》で80点以上を横断展示。9月Tokyo Gendaiで作品紹介。資料確認日10月4日現在Hirshhorn展は継続中。Paceの現行経歴では10月9日からStedelijk Museum Amsterdamで個展(2027年1月17日まで)を予定。

参考資料・出典

本ページはAdam Pendleton公式サイト、The Museum of Modern Art、Hirshhorn Museum and Sculpture Garden/Smithsonian、Whitney Museum of American Art、Museum of Contemporary Art Chicago、Mildred Lane Kemper Art Museum、Isabella Stewart Gardner Museum、Montreal Museum of Fine Arts、Walker Art Center、Stiftung Insel Hombroich/Langen Foundation、Pinakothek der Moderne、Pace Gallery等の美術館・作家公式・一次資料を中心に参照し、ART LIBRARYが独自に構成・執筆しました。Black Dadaについては「黒人美術の新運動」や固定的styleとして単純化せず、作家本人・美術館の現行説明に従い、Blackness、abstraction、historical avant-gardeの関係を継続的に問い直すworking frameworkとして扱っています。また《Who Is Queen?》のMoMA取得、《Love, Queen》の2025–27年会期、2026年Langen Foundation展、Stedelijk Museumの開幕予定など、資料確認日2026年10月4日時点のinstitutional informationを反映しました。

資料確認日:2026年10月4日 / ART LIBRARY