Art Library
Art History

1972–1980

Pattern and Decoration

装飾、パターン、工芸の再評価

1970年代半ばのアメリカでは、MinimalismやConceptual Artによって作品の構造や制度が徹底的に問い直される一方、別の作家たちは、そこから排除されてきた「装飾」「パターン」「工芸」「色彩」そのものへ向かいました。壁紙、キルト、刺繍、タイル、絨毯、衣服、室内装飾、イスラム圏の幾何学文様、メキシコや中央アジアの装飾など、それまで近代美術の中心から低く見られがちだった視覚文化を、巨大な絵画や空間作品へ取り戻していきます。この動向が、のちにPattern and Decoration、略してP&Dと呼ばれるようになります。

Pattern and Decorationは、単に「派手な模様の絵画」を作った運動ではありませんでした。なぜ無地で簡潔なものが高度で、花柄や反復模様は軽薄とされるのか。なぜ油彩や彫刻は美術で、刺繍やキルトは工芸とされるのか。なぜ西洋近代美術の抽象は普遍的とされ、イスラム美術や民俗的な装飾は地域的なものとして扱われるのか。こうした価値の序列そのものが問題にされました。とりわけミリアム・シャピロ、ジョイス・コズロフ、ヴァレリー・ジョードンらにとって、装飾の再評価はFeminist Artと切り離すことができませんでした。

一方で、Pattern and Decorationのすべての作家が同じ政治的立場を共有していたわけではありません。ロバート・クシュナーやキム・マコネルは布、衣服、舞台的な展示を通して絵画の境界を広げ、ロバート・ザカニッチは「less is more」とは逆方向へ、巨大な花柄や家庭的な装飾へ向かいました。また、非西洋文化の文様を積極的に取り入れたことは西洋中心主義への批判であると同時に、今日の視点からは、異なる文化を「装飾」という一つの資源として扱うことの問題も再検討されています。Pattern and Decorationは、装飾の復権という明快な運動でありながら、その内部に複数の立場と矛盾を抱えていました。

CONTENTS

  1. Pattern and Decorationは一つの様式ではない
  2. 1972年以前 — 装飾はなぜ低く見られたのか
  3. 近代美術と「装飾」の緊張
  4. Feminist Artからの接続
  5. 1972年 シャピロ — 《Womanhouse》後の転換
  6. 布、レース、ハンカチを絵画へ入れる
  7. 1972–73年 コズロフ — パターンが画面を占め始める
  8. 1973年《Three Facades》
  9. 旅先の文様を採集する
  10. ザカニッチ — 抽象から装飾へ
  11. 「less is more」と逆方向へ進む
  12. 1975年 — 作家たちが互いを発見する
  13. 宣言文から始まった運動ではない
  14. エイミー・ゴールディンという批評家
  15. 1975年「Patterns, Grids, and Painting」
  16. gridとpatternは何が違うのか
  17. イスラム美術を見ること
  18. 1975年 Metのイスラム美術展示
  19. Holly Solomon Galleryと作家ネットワーク
  20. ロバート・クシュナー — 絵画を着る
  21. 衣服、身体、絵画
  22. 1977年 Fabric Workshopでの制作
  23. キム・マコネル — ベッドシーツを絵画へ
  24. 高価な支持体を使わない
  25. 装飾を背景にしない
  26. 1976年 — 「装飾」が批評の言葉になる
  27. コズロフ「Negating the Negative」
  28. 否定ではなく肯定から作る
  29. 1977年《Pattern Painting》
  30. P.S.1で26人をまとめて展示する
  31. Pattern PaintingからPattern and Decorationへ
  32. ヴァレリー・ジョードン — 絡み合う線と反復
  33. 中心を作らないパターン
  34. 1977–78年『Heresies』
  35. 「Art Hysterical Notions of Progress and Culture」
  36. fine art/decorative artという序列
  37. 西洋/非西洋という序列
  38. 男性の美術/女性の手仕事という序列
  39. シャピロ/メリッサ・メイヤー「Femmage」
  40. コラージュの歴史を書き換える
  41. 端切れを捨てずに組み立てる
  42. 「high / low」を崩す
  43. コズロフ《Pictures and Borders》
  44. borderを周辺ではなく主役にする
  45. 1979年《Pilaster》
  46. 陶板と建築装飾
  47. 1979–80年《An Interior Decorated》
  48. 絵画が部屋全体へ広がる
  49. 1978–79年 シャピロのFan作品
  50. 1979年《Barcelona Fan》
  51. 「つまらないもの」を巨大化する
  52. 装飾は政治的になり得るのか
  53. 「美しさ」や「快楽」を疑わない
  54. 禁欲的な美術だけが高度なのか
  55. 異文化の文様をどう扱ったのか
  56. 今日から見た文化的借用の問題
  57. Postmodernismへの接続
  58. 絵画にとって何が変わったのか
  59. 表面に「深さ」がなくてもよい
  60. キャンバス以外も絵画になり得る
  61. 美術史にとって何が変わったのか
  62. なぜその後忘れられたのか
  63. 近年の再評価
  64. 1972–1980年に何が変わったのか
  65. Pattern and Decoration以後
  66. 次の時代へ — 写真、映画、絵画の再編
  67. 参考資料・出典

Pattern and Decorationは一つの様式ではない

Pattern and Decorationの中心作家として現在よく挙げられるのは、ヴァレリー・ジョードン、ジョイス・コズロフ、ロバート・クシュナー、キム・マコネル、ミリアム・シャピロ、ロバート・ザカニッチらです。しかし作品の外見は大きく異なります。ジョードンは緻密な線の反復、コズロフは多文化の装飾文様とタイル、クシュナーは布と衣服、シャピロは布やレースを貼り込んだ絵画、ザカニッチは巨大な花柄へ向かいました。

共通しているのは、装飾を「何か本質的なものへ付け加えられた余分なもの」と考えず、作品の中心そのものに置いたことです。MOCA Los AngelesはPattern and Decorationを、イスラム建築の装飾、アメリカのキルト、壁紙、ペルシャ絨毯、家庭の刺繍など、多様な視覚文化を積極的に参照した運動として再評価しています。

1972年以前 — 装飾はなぜ低く見られたのか

装飾が美術史で常に低く評価されていたわけではありません。古代建築、写本、陶器、織物、教会装飾などでは、反復する文様は文化の中心にありました。しかし近代美術が「芸術固有の本質」を追求する過程では、装飾はしばしば余分なもの、表面的なもの、実用品や家庭領域に属するものとして扱われます。

とりわけ20世紀のモダニズムでは、画面から物語、装飾、 illusion を減らし、媒体固有の構造へ向かうことが進歩として語られることがありました。Pattern and Decorationの作家たちは、その歴史の中で「何が削られてきたのか」に目を向けます。

近代美術と「装飾」の緊張

Frank StellaのBlack PaintingsやMinimalismでは、反復とgridは重要でした。しかしそれらは装飾的な豊かさを避け、構造の明確さや単純さへ向かう場合が多くありました。Pattern and Decorationは反復そのものを捨てません。むしろ同じ反復構造へ、花、arabesque、織物のpattern、鮮烈な色を戻します。

そのためP&DはMinimalismの単純な反対ではありません。grid、反復、平面性という現代美術の問題を引き継ぎながら、それまで排除されていた装飾性をそこへ流し込んだ運動として見ることができます。

Feminist Artからの接続

前の記事で見たFeminist Artは、刺繍、キルト、レース、陶芸などが「女性の手仕事」としてfine artより低く評価されてきた歴史を問題にしました。シャピロはこの議論から直接Pattern and Decorationへ進みます。

ただしP&D全体をFeminist Artの一部にしてしまうのも正確ではありません。男性作家も多く、全員が同じfeminist agendaを共有したわけではありません。それでも装飾と工芸を低く扱ってきた価値体系への批判は、Feminist ArtとPattern and Decorationが重なる重要な場所でした。

1972年 シャピロ — 《Womanhouse》後の転換

ミリアム・シャピロは1950–60年代にはNew Yorkで抽象絵画を制作し、その後CaliforniaでJudy ChicagoとFeminist Art Programを共同運営しました。1972年《Womanhouse》を経験した後、彼女の制作は大きく変化します。Smithsonian American Art Museumは、女性の歴史や経験を積極的に扱うようになり、レースやエプロンなどを取り込む「femmage」へ進んだことをこの転換の中心として説明しています。

それまで抽象絵画では「絵画に不要」と考えられやすかった実物の布、模様、家庭用品が画面へ入ります。作品の形式だけでなく、素材が背負っている社会的な意味まで絵画の一部になります。

布、レース、ハンカチを絵画へ入れる

シャピロは1970年代初頭から布、レース、ハンカチ、リボンなどを集め、絵具と組み合わせるようになります。Museum of Arts and Designは、この転換を女性運動との出会いから生まれた「工芸と装飾の積極的な格上げ」と説明しています。

ここで重要なのは、布を珍しい異素材として使ったのではないことです。それまで美術館ではなく家庭の引き出し、裁縫箱、衣服、食卓などにあったmaterial cultureを、巨大な現代絵画の表面へ移したことでした。

1972–73年 コズロフ — パターンが画面を占め始める

ジョイス・コズロフは1970年頃から装飾について考え始め、1972–73年頃にはその考えが絵画へ明確に入ったと、Smithsonianのoral historyで振り返っています。MoMAには1972年の《Taos Pueblo》《Acoma》などが収蔵されており、建築、土地、反復文様への関心がこの時期から確認できます。

彼女にとってpatternは画面の端を飾るborderではなく、画面全体を構成する原理になっていきます。中心に大きな主題を置き、その周囲を装飾するという関係が逆転します。

1973年《Three Facades》

コズロフがoral historyで「最初の本格的なPattern painting」として挙げているのが1973年《Three Facades》です。Mexicoの教会建築に見られる装飾的なfacadeをもとにし、複数の文様を一つの大画面へ組み合わせました。

ここでは特定の場所を写実的に描くのではなく、建築表面からpatternを抽出し、絵画の語彙として再構成します。landscapeやarchitectureのimageを描くのではなく、その表面構造を採集する方法です。

旅先の文様を採集する

コズロフはMexico旅行中にsketchbookへ各地のpatternを鉛筆で描き、その夜にwatercolorとcolored pencilで大きなstudyへ展開したと語っています。cameraで表面をコピーするのではなく、一度手で描き取り、その後studioで別の組み合わせへ変換します。

この「採集して組み替える」方法は、その後彼女がイスラム圏、中央アジア、ヨーロッパ、アメリカ先住民文化など多様な装飾traditionを参照する制作へ進む基礎になります。

ザカニッチ — 抽象から装飾へ

ロバート・ザカニッチも当初は抽象絵画を制作していましたが、1970年代半ばに装飾的な花柄へ大きく方向を変えます。Hudson River Museumは彼をPattern and Decorationのfounderの一人として位置づけ、家庭のflooringやfurnishingで見た大きなrose patternなどが制作へ入ったことを紹介しています。

ここでは家庭的なpatternはnostalgiaの背景ではありません。巨大化してcanvas全体を占め、serious paintingのscaleとdecorative motifが正面から結びつきます。

「less is more」と逆方向へ進む

ザカニッチは、自分が「less is more」と正反対の方向へ進みたかったと振り返っています。これはMinimalismへの単純な敵意ではなく、1960年代まで高度な美術と結びつけられてきた抑制、簡潔さ、neutralityだけが唯一の進歩ではないという態度でした。

もっと色があってよい。もっとpatternがあってよい。美しく、過剰で、親しみやすいものでもよい。このaffirmativeな態度がPattern and Decorationの特徴になります。

1975年 — 作家たちが互いを発見する

MOCAの2019年回顧展を組織したcurator Anna Katzは、Pattern and Decorationが一つの運動として輪郭を持った重要な出来事として、1975年にRobert ZakanitchのManhattanの自宅で行われた作家たちのmeetingを挙げています。そこにはJoyce Kozloff、Miriam Schapiro、Tony Robbinら、装飾やpatternへ関心を持つartistが集まりました。

それぞれが別々に進めていた制作に、共通する問題があると認識した瞬間です。「自分だけがmainstreamから外れている」と考えるのではなく、複数のartistが同じ方向へ動いていることが分かり、展覧会、批評、gallery networkが急速に形成されていきます。

宣言文から始まった運動ではない

Pattern and DecorationにはFuturismのような一つの創設manifestoがありません。共通の視覚的関心を持つartistが互いを知り、criticやdealerがその動きを言語化し、group exhibitionによってmovementとして認識されていきました。

この形成過程はPop ArtやMinimalismとも似ています。movement名は制作より後からやって来ます。artistたちは最初から「P&D作品」を作っていたのではありません。

エイミー・ゴールディンという批評家

Pattern and Decorationの形成ではcritic Amy Goldinが非常に重要でした。GoldinはIslamic Artやfolk art、Matisseの装飾性などを長く研究し、Western modernismがpatternをどのように扱ってきたかを批評しました。

artistだけでなくcriticが新しいvisual fieldを認識し、それまで「minor」とされていたものへ別の語彙を与えたことが運動の成立を支えています。

1975年「Patterns, Grids, and Painting」

1975年9月、『Artforum』にGoldinは「Patterns, Grids, and Painting」を発表しました。MOCAの《With Pleasure》catalogueも、このessayをP&D形成期の基本文献として再録しています。

ここではgridとpatternの違いが考察されます。どちらも反復構造ですが、Western modernismではgridが理性的で自律的な抽象として高く評価される一方、patternは装飾や文化的連想を持つものとして低く見られやすい。その評価差自体が問題になります。

gridとpatternは何が違うのか

四角形を均等に反復すればgridに見えます。しかし同じ反復へ花や色彩、曲線、織物のrhythmを加えると「pattern」と呼ばれます。構造上は近いのに、一方がmodern artで他方がdecorationと呼ばれるなら、その境界は純粋にformalなものではありません。

Pattern and Decorationはこの境界を利用しました。modernist abstractionが大切にしてきた反復と平面性を、そのままdecorative cultureへ接続します。

イスラム美術を見ること

Pattern and DecorationのartistやcriticにとってIslamic Artは重要な参照源でした。figurative central imageに頼らず、幾何学、arabesque、反復、tile、architecture全体へpatternを展開するtraditionが、Western modernismとは異なるvisual orderとして見えたからです。

ただし、Islamic Artを「装飾だけの美術」と単純化することもできません。宗教、architecture、material、地域差を持つ複雑な歴史があります。P&Dがそこから何を見たかと、元の文化が持つ意味は同じではありません。

1975年 Metのイスラム美術展示

MOCAの《With Pleasure》catalogueは、GoldinとIslamic Art scholar Oleg Grabarの交流、そして1975年のMetropolitan Museum of ArtにおけるIslamic galleriesの重要性を独立した論考で扱っています。patternへの関心はstudio内部だけでなく、museumで何が展示され、どう見えるようになったかとも関係していました。

美術館のcollection displayが、現代作家の制作へ直接影響する例です。art historyは過去を保存するだけでなく、現在のartistが何を参照できるかを決める装置でもあります。

Holly Solomon Galleryと作家ネットワーク

1975年、New YorkにHolly Solomon Galleryが開き、Pattern and Decoration周辺のartistを積極的に紹介しました。Joyce Kozloff、Robert Kushner、Kim MacConnel、Valerie Jaudonらがこのnetworkで可視化されていきます。

Movementが成立するには作品だけでなく、gallery、critic、collector、exhibitionが必要です。P&Dも例外ではなく、1970年代後半にはcommercially successfulなmovementとして一定の市場を形成しました。

ロバート・クシュナー — 絵画を着る

ロバート・クシュナーは1970年代初頭からfabricとclothingへの関心を深め、decorated clothをperformerが身につけるrunwayのようなperformanceを行いました。Fabric Workshop and Museumは、彼がclothを身体にまとわせるsculptureとしても、壁へ平らに掛けるpaintingとしても考えたことを紹介しています。

ここではcanvasは矩形の支持体である必要がありません。布は畳まれ、揺れ、bodyに沿い、再びwallへ掛けられます。paintingとfashion、performance、decorationの境界が重なります。

衣服、身体、絵画

クシュナーの作品では、patternは見るためのsurfaceであると同時に着るものです。美術館のwallに掛かるhigh artと、毎日bodyへ身につけるtextileの距離が縮まります。

Performance Artがbodyをmediumへした同時期に、P&Dはclothingやfabricからpaintingを考え直していました。異なるmovementの問題が重なる場所です。

1977年 Fabric Workshopでの制作

Fabric Workshop and Museumは1977年、クシュナーを最初のArtist-in-Residenceとして招きました。そこでscreenprintを使った布作品を制作し、《Hawaiian Punch》などはcapeとして着用できる一方、壁に掛ける作品としても成立しました。

fine artとtextile designの境界を作品自身が行き来します。「これは衣服か絵画か」を決めることより、一つのsurfaceが複数の用途とcontextを持つことが重要になります。

キム・マコネル — ベッドシーツを絵画へ

キム・マコネルは安価なcotton fabricやbed sheetへ鮮やかなpatternを描き、壁へ緩く掛けました。Fabric Workshop and Museumは、彼が当時「serious」と見られなかったtextileを用いてMinimalismの支配的な美学へ対抗したと説明しています。

布をstretcherへ張ってtraditional canvasへ戻すのではなく、柔らかさや折れ、垂れを残します。Supportそのものがdecorative objectに近づきます。

高価な支持体を使わない

high artのpaintingではlinenやprepared canvasがmaterial authorityを持つことがあります。マコネルがbed sheetを使うと、そのauthorityが崩れます。日常生活にある安価な布でも巨大なpaintingを作ることができます。

これはProcess Artのunconventional materialsとも共通しますが、P&Dではそこへpattern、domestic association、pleasureが積極的に加わります。

装飾を背景にしない

Western paintingではpatterned curtainやcarpetが人物の背景として描かれることがあります。しかしPattern and Decorationでは、carpetやwallpaperのようなpattern自体が主役になります。

「何を表しているか」より「surfaceがどう反復しているか」が作品の中心になり、background / foregroundのhierarchyが消えます。装飾はmain subjectを引き立てる補助要素ではありません。

1976年 — 「装飾」が批評の言葉になる

1975–77年にかけて、装飾をめぐる文章と展覧会が急増します。Amy Goldinの批評、Joyce Kozloffの文章、group exhibitionsによって、「decorative」という語は単なる悪口ではなく、現代美術の立場を示す積極的な概念として使われ始めました。

ここでは作品が先にあり、批評がその周囲へ語彙を作り、さらにその語彙をartistが再び自分の制作へ返す循環が起きています。

コズロフ「Negating the Negative」

1976年、Joyce Kozloffは「Negating the Negative (An Answer to Ad Reinhardt’s ‘On Negation’)」を書きました。この文章もMOCA《With Pleasure》catalogueにhistorical textとして再録されています。

題名が示すように、禁欲、否定、削減を価値とするmodernist rhetoricに対し、色、装飾、異質なsourcesの混在を肯定する方向を打ち出します。

否定ではなく肯定から作る

20世紀美術では「何を捨てたか」がradicalityの指標になることがありました。illusionを捨てる、subjectを捨てる、gestureを捨てる、objectを捨てる。P&Dはそのlogicを反転させます。

花も使う。goldも使う。fabricも使う。ceramicも使う。decorative borderも使う。複数文化のpatternを並べる。新しさを「排除」ではなく「受け入れる範囲の拡大」として考えます。

1977年《Pattern Painting》

1977年11月14日から12月4日まで、P.S.1で《Pattern Painting》が開催されました。MoMAのarchiveによれば26 artistsが参加し、Joyce Kozloff、Robert Kushner、Mary Grigoriadisらが含まれています。

個々のgalleryで見えていた装飾的なpaintingが、group exhibitionによって一つのfieldとして提示されました。exhibition title自体がmovementの認識を強めます。

P.S.1で26人をまとめて展示する

26人という規模は、P&Dが数人の趣味的なgroupではなく、1970年代後半にかなり広い広がりを持っていたことを示します。MOCAも後年、このmovementがmid-1970sからmid-1980sにinstitutionally recognized、critically received、commercially successfulだったと振り返っています。

現在の美術史ではMinimalismやConceptual Artほど頻繁に語られないため、当時も周辺的だったように見えますが、実際のvisibilityとは区別する必要があります。

Pattern PaintingからPattern and Decorationへ

初期にはPattern Painting、Decorative Art、New Decorativenessなど複数の名称が使われました。やがてPattern and Decorationという呼び方が定着します。

「Painting」だけではなく「Decoration」を入れた名称になったことは重要です。movementはpaintingに限定されず、textile、ceramic、installation、performanceまで含んだからです。

ヴァレリー・ジョードン — 絡み合う線と反復

ヴァレリー・ジョードンのpaintingでは、太い線が織物やcalligraphyのように複雑に絡み合い、画面全体へ反復します。figureを中心へ置くことなく、patternが端から端まで続きます。

見た目はornamentalですが、構造は非常に厳密です。線がどこを通り、どこで交差し、どの部分がpainted / unpaintedになるかが画面のrhythmを作ります。decorativeとsystematicは対立しません。

中心を作らないパターン

patternには、一つのcenterやclimaxを作らず、同じunitを広げ続けられる性質があります。この点はPollockのall-over paintingやMinimalismのserialityとも接続できます。

しかしP&Dではそのall-over structureへ、文化的なmotifとsensuous colorを積極的に入れました。formal historyとdecorative historyが同じsurfaceへ重なります。

1977–78年『Heresies』

1977–78年の『Heresies』第4号「Women’s Traditional Arts: The Politics of Aesthetics」は、Pattern and DecorationとFeminist Artが交差する重要資料です。Joyce Kozloff、Valerie Jaudon、Miriam Schapiro、Melissa Meyer、Lucy Lippardらが、装飾、工芸、女性の伝統的制作について文章を発表しました。

作品だけではなく、なぜdecorative artが低く評価されてきたのかをhistorical languageから分析します。Feminist Artがcritical writingを制作の一部としていたことがここでも分かります。

「Art Hysterical Notions of Progress and Culture」

Valerie JaudonとJoyce Kozloffは「Art Hysterical Notions of Progress and Culture」で、modern art historyにおける「decorative」という語の否定的な使われ方を調べました。彼女たちはその背後に、fine artをdecorative artより上に、西洋美術を非西洋美術より上に、男性の美術を女性の制作より上に置くhierarchyがあると論じました。

ここではpattern paintingのformal defenseだけでなく、art historyのlanguageそのものが批評対象になります。

fine art/decorative artという序列

「装飾的だ」という批評は、しばしば「表面的で内容がない」という意味を含みます。しかしなぜ表面的な快楽(surface pleasure)は知的深度/知的な深み(intellectual depth)より下位なのでしょうか。

P&Dはこの二分を拒みます。visual pleasureがあることと、critical thoughtがあることは両立できます。むしろ「美しく見えてはいけない」という別のorthodoxyができているのではないかと問い返します。

西洋/非西洋という序列

Islamic tile、Persian carpet、Mayan / Pre-Columbian pottery、Native American weavingなど、世界の多くの文化ではpatternは高度なvisual systemを形成してきました。それをWestern fine artの外側にあるdecorative traditionとして一括すること自体がWestern-centeredなclassificationだと批判されました。

P&D artistsはこれらのsourcesをmodern paintingへ入れることでWestern canonの狭さを示そうとしました。この意図は重要ですが、異文化のmotifを誰がどのように使用するかという別の問題も残ります。

男性の美術/女性の手仕事という序列

quilting、needlework、lace making、appliquéなどは、高度なskillと複雑なdesignを持っていても、美術史ではanonymous domestic craftとして扱われることが多くありました。

一方、男性artistのcanvas上のabstract patternはmuseum artになります。この差が純粋なformal qualityだけで説明できるのか。SchapiroとFeminist artistsは、その評価systemにgender historyがあると考えました。

シャピロ/メリッサ・メイヤー「Femmage」

1977–78年、Miriam SchapiroとMelissa Meyerは『Heresies』に「Waste Not Want Not: An Inquiry into What Women Saved and Assembled — FEMMAGE」を発表しました。そこではsewing、piecing、hooking、cutting、appliquéなど、歴史的にwomen’s techniquesとされてきた制作を「femmage」という概念で捉え直しています。

文章は作品の作り方を説明するだけではありません。近代collage史の出発点をPicasso / Braqueだけに置くと、それ以前から布、紙、写真、scrapを組み合わせていた女性や民俗文化のpracticeが見えなくなると批判しました。

コラージュの歴史を書き換える

art historyでは「誰が最初に発明したか」が重要視されます。しかし日常生活の中で布片、紙片、photographを組み合わせる行為は、20世紀avant-garde以前から存在していました。

SchapiroとMeyerは、museumに記録されなかった制作をhistoryへ戻そうとします。これは新しいmasterを発見するだけでなく、「発明」という歴史記述の方法そのものを問い直す行為です。

端切れを捨てずに組み立てる

femmageではscrap、leftover、saved materialが重要になります。家庭の裁縫では余った布を保存し、別の用途へ再利用することがあります。Schapiroはそのpracticeを、大規模なcontemporary paintingへ持ち込みました。

作品はpure new materialから作られるのではなく、すでに誰かが使ったfabricやdecorative fragmentのhistoryを抱えます。「新しいform」の追求とは別の創造性です。

「high / low」を崩す

P&Dはfine artとcraftだけでなく、serious / pleasurable、intellectual / decorative、unique / repeatedといった複数の二分を崩しました。

この点でPop Artとも接続します。Popがadvertisementやcomicをhigh artへ入れたように、P&Dはwallpaper、fabric、ceramic tileを入れます。ただしmass mediaより、decorative / domestic / craft traditionに重点がある点が異なります。

コズロフ《Pictures and Borders》

MoMAにはJoyce Kozloffの《Pictures and Borders III》(1977)が収蔵されています。このseriesでは複数のpattern fieldとborderが組み合わされ、画面内部の「主画像」と外周の「飾り」という序列が曖昧になります。

borderは作品を囲うだけの補助線ではなく、それ自体がvisual eventになります。中心と周縁のhierarchyをsurface上で組み替えています。

borderを周辺ではなく主役にする

decorative artではborderが重要です。carpet、manuscript、tile、textileでは、中央と縁が複数のpatternによって関係づけられます。

Modernist paintingがframeから内部surfaceを自律させようとしたのに対し、P&Dはむしろborderというhistorically decorativeなstructureを画面へ戻します。

1979年《Pilaster》

MOCA所蔵のKozloff《Pilaster》(1979)はceramic tiles、grout、plywoodからなる細長い作品です。pilasterは建築を支える柱ではなく、壁面を装飾する平たい柱状要素です。その「構造的には不要で、装飾のために存在するもの」を題名と形式の中心へ置きました。

MOCAは、Moroccan tile、Viennese Art Nouveau、American quilt、Pre-Columbian pottery、Islamic calligraphyなど複数のsourcesを組み合わせた作品と説明しています。

陶板と建築装飾

Kozloffはclayをrolling pinで伸ばし、cookie cutterのような道具でtileを切り、bathroom tile用のgroutを使いました。household / craft processとmuseum-scale workが直接結びつきます。

paintingのsurfaceを模様で満たすだけでなく、actual ceramic tileを使うことで、decorative artとarchitectureの歴史へさらに近づきました。

1979–80年《An Interior Decorated》

1970年代末、Kozloffは《An Interior Decorated》を制作しました。silkscreened fabric、hand-painted ceramic tile、lithograph、tiled floorなどを組み合わせ、展示空間全体をdecorative environmentへ変えるprojectです。

作品は一枚のpaintingからroom-scale installationへ進みます。patternがwall、column、floorを横断し、viewerは作品の前に立つのではなく、その内部を歩きます。

絵画が部屋全体へ広がる

ここまで来ると、Pattern and Decorationはpainting movementだけではありません。paintingのsurfaceがarchitectureへ拡張され、Interior DecorationとFine Artの境界が意図的に消されます。

「decorative」という語がもともと室内装飾と結びついていたなら、そのassociationを消すのではなく、gallery全体をactual decorationへ変えることで逆利用します。

1978–79年 シャピロのFan作品

Schapiroは1978年頃からtraditional hand fanのshapeを大きな作品へ使い始めました。Metropolitan Museumはfanを、女性性、装飾、trivialityと結びつけられてきたobjectをheroic scaleへ変える象徴として説明しています。

rectangular canvasを維持せず、fan自体の外形をsupportへするため、shaped canvasの歴史とも接続します。しかしStellaのgeometryとは異なり、shapeそのものがgendered cultural objectです。

1979年《Barcelona Fan》

Met所蔵《Barcelona Fan》(1979)はfabricとacrylicを組み合わせた大作で、扇形の画面を24の放射状segmentと複数の同心半円へ分け、花柄のcloth、lace、paintを重ねています。

幾何学的な構造は非常に明確ですが、その内部に異質なfabric patternが次々に入ります。systemとdecorationが対立せず、一つのpaintingを作っています。

「つまらないもの」を巨大化する

Schapiroはfanについて、cultureの中でtrivialとされてきたものをheroic formへ変えたかったと語っています。これはP&D全体を理解する重要な考えです。

小さなlace、家庭のpattern、wallpaper、hand fanなど、日常のbackgroundに追いやられていたものを巨大化し、museum wallを占領させます。価値のhierarchyをscaleによって反転します。

装飾は政治的になり得るのか

「decorative」と「political」は対立するように見えるかもしれません。しかしP&Dにとって、何をdecorativeと呼び、それを誰のworkと結びつけ、どのmuseum categoryへ入れるか自体がpolitical questionでした。

装飾されたsurfaceに明示的なsloganがなくても、そのmaterialとreferenceがart hierarchyを問う場合があります。politicsは作品のmessageだけでなく、作品が何を価値あるものとして見せるかにも存在します。

「美しさ」や「快楽」を疑わない

MOCAの2019年回顧展が《With Pleasure》と題されたことは象徴的です。P&D artistsはbeauty、sensuality、color、visual pleasureを、critical artと両立しないものとして排除しませんでした。

見ることが楽しい。色が鮮やかである。patternが魅力的である。そのことを作品の弱点ではなく力として使います。これは1960年代後半の厳格で禁欲的に見える一部の美術への重要なcounterpointでした。

禁欲的な美術だけが高度なのか

MinimalismやConceptual Artそれ自体が「冷たい」「美しくない」と単純化できるわけではありません。しかし1970年代のart worldでは、decorative pleasureをsuspectなものとして見るcritical climateが確かにありました。

P&Dはそこへ「過剰でもよい」という選択肢を入れます。complexity、sensuousness、ornament、colorを減らすのではなく、意図的に増やしました。

異文化の文様をどう扱ったのか

P&D artistsはWestern canonだけでなくIslamic architecture、Mexican churches、Persian carpets、Native American pottery、Japanese textileなど広いsourcesを参照しました。その背景には、西洋modernismだけをuniversal standardとする考えへの反発がありました。

Kozloffのように現地でpatternをsketchし、複数のvisual traditionsをstudyしたartistもいます。彼らにとってこれは「minor decorative arts」とされてきた文化をserious visual sourceとして認める行為でした。

今日から見た文化的借用の問題

一方、現在はこのcross-cultural approachを無条件にprogressiveと評価することはできません。異なる歴史、宗教、地域を持つpatternを西洋のartistが自由に採集し、gallery paintingへ再配置する行為には、cultural appropriationやpower imbalanceの問題もあります。

2019年のMOCAによる再検討も、P&Dのpluralismを評価しつつ、このmovementを単純なheroic historyではなく、1970年代のcosmopolitanismとその矛盾を含むものとして読み直しています。西洋中心主義を批判しようとしたことと、その方法に今日から見て問題が残ることは両立します。

Postmodernismへの接続

Pattern and Decorationは、後のPostmodernismで一般化する複数様式の引用、high / lowの混在、歴史的motifの再利用を早い段階で実践していました。ただし1980年代のappropriation artのような冷たいdistanceとは少し異なります。

MOCAはP&Dのappropriationを、そのsourcesへのloveから生まれたものとして特徴づけています。quotationすることでoriginalityを疑うだけでなく、「このpatternが好きだから使う」というpleasure自体が制作理由になります。

絵画にとって何が変わったのか

P&Dによって、paintingは再びcolorfulになったというだけではありません。supportはfabricになり、ceramic tileになり、room全体へ広がり、衣服としてbodyに着られます。

さらにpainting surfaceは「artistがゼロから作るoriginal composition」だけでなく、すでに世界に存在するpatternをcollect、quote、repeat、combineする場所になります。これは後のappropriation、sampling、digital image cultureにもつながる大きな変化です。

表面に「深さ」がなくてもよい

「decorative」はsurfaceに留まり、deeper meaningがないという批判に使われてきました。P&Dはその前提を逆転します。surfaceそのものにhistory、labor、gender、cultureが積み重なっているなら、surfaceはshallowではありません。

cloth patternやtile ornamentを深いsymbolへ翻訳しなくても、その物質と歴史をsurfaceへ置くだけで複数のcontextが現れます。「深さ」というmetaphor自体が批評対象になります。

キャンバス以外も絵画になり得る

MacConnelのsheet、Kushnerのwearable textile、Kozloffのceramic installation、Schapiroのfabric collageを見ると、paintingはstretched canvasへ限定されなくなります。

これは1960年代のshaped canvasやPost-Minimalismから続く支持体の拡張ですが、P&Dはそこへ装飾文化と生活materialを入れることで別の方向へ進めました。

美術史にとって何が変わったのか

Pattern and Decorationは、modernismの物語を「より少なく、より純粋に」という一本道として見ることを困難にしました。装飾を捨てることだけが進歩なら、世界中のdecorative traditionsはhistoryの外へ置かれてしまいます。

Jaudon、Kozloff、Schapiroらは、art historyのprogress languageそのものを問い直しました。20世紀後半にpluralismが強くなる背景には、このような「一つの進歩の方向」を疑うmovementがあります。

なぜその後忘れられたのか

MOCAはPattern and Decorationについて、当時institutional recognitionとcommercial successを得ていたにもかかわらず、後の美術史では十分研究されてこなかったと指摘しています。

1980年代にはNeo-Expressionism、Appropriation Art、Pictures Generationなど別のnarrativeが強くなり、P&Dのdecorative pleasureは一時的なfashionのように扱われる場合もありました。またcraftやfeminist art自体がmainstream canonで低く扱われたことも影響しています。

近年の再評価

2019年MOCA Los Angelesの《With Pleasure: Pattern and Decoration in American Art 1972–1985》は、北米で初めての本格的な学術surveyとして45 artistsを紹介しました。core membersだけでなく、Emma Amos、Al Loving、Betty Woodmanなど、それまでP&Dのhistoryに十分入っていなかったartistsも含めています。

現在、textile、craft、ornament、pattern、decorative paintingがcontemporary artで再び広く見られることから、P&Dは一時的な1970年代styleではなく、その後の美術へ長く影響した問題系として読み直されています。

1972–1980年に何が変わったのか

1972年頃、Schapiroは《Womanhouse》後にfabricやlaceをpaintingへ取り込み、Kozloffは世界各地のdecorative patternを画面構造として使い始めました。1973年《Three Facades》ではMexican architectureのpatternが絵画へ変換され、mid-1970sにはZakanitch、Jaudon、Kushner、MacConnelらがそれぞれ別の経路からornamentへ向かいます。1975年のartists’ meetingとAmy Goldinの「Patterns, Grids, and Painting」によって、それらの実践が一つの同時代的問題として認識され始めました。

1977年《Pattern Painting》はmovementの規模を可視化し、同年から翌年の『Heresies』ではJaudon / Kozloffがfine art、Western art、men’s artを上位に置く歴史的hierarchyを批判し、Schapiro / Meyerはfemmageによってcollageとwomen’s traditional artsのhistoryを書き換えようとしました。1979年にはKozloffがceramicとarchitectureへ、Schapiroがmonumental fanへ進み、paintingはroom、fabric、craft、domestic objectまで含む広いfieldへ展開します。

この時期に起きた大きな変化は、「装飾を取り戻した」ということだけではありません。装飾を低く評価してきたart historyのlanguage、fine artとcraftのdivision、Western / non-Westernの序列、paintingのsupport、originalityの考え方まで同時に問い直されたことです。Pattern and Decorationは「more is more」というvisual excessの中に、1970年代のpluralismとinstitutional critiqueを持ち込んだmovementでした。

Pattern and Decoration以後

P&Dの影響は1980年代以降、必ずしもmovement名を伴わず残ります。fabric、ceramic、wallpaper、pattern、decorationをfine artと分けずに使うことは次第に一般化し、1990年代以降のinstallationやpaintingでも強く見られるようになります。

またpaintingにとっては、既存のmotifを引用し、複数のvisual cultureを同じsurfaceへ重ねる方法が重要になります。後のPostmodern paintingやcontemporary abstractionを考えるとき、P&Dがmodernist purityを一度大きく緩めた意味は小さくありません。

次の時代へ — 写真、映画、絵画の再編

1970年代後半へ進むと、絵画だけでなく写真の位置も大きく変わります。Conceptual Art、Land Art、Performanceでは長く「記録」の役割を担っていたphotographyが、それ自体で現代美術の中心的媒体になり始めます。同時に映画、television、advertisingから流通する既存imageを扱うartistsが現れ、originalityとauthorshipの問題が新しい段階へ入ります。

次の記事では、1977–1984|Pictures Generation — 写真、引用、メディア・イメージとして、1977年《Pictures》展、Douglas Crimp、Cindy Sherman、Sherrie Levine、Richard Prince、Barbara Krugerらを中心に、なぜ「自分で新しいimageを作ること」より、すでに存在するimageを選び直すことが重要になったのかを追います。

参考資料・出典

本ページは、美術館、大学・研究機関、作家archive、oral history、同時代の批評文を参照してART LIBRARYが独自に構成・執筆しています。Pattern and DecorationをFeminist ArtやPostmodernismへ単純に吸収せず、装飾、工芸、異文化参照、絵画の拡張という複数の側面を区別しています。また非西洋文化の文様利用については、当時の西洋中心主義批判としての意図と、今日から見た文化的借用の問題の双方を考慮しています。原文の全文翻訳ではありません。

資料確認日:2026年10月1日 / ART LIBRARY