Art Library
Art History

2020–2023

COVID-19と美術制度

閉館、オンライン展示、OVR、アート市場の再編

2020年春、美術館、ギャラリー、アートフェア、オークション会場の扉が世界各地で短期間のうちに閉まりました。UNESCOは同年5月、世界の美術館の約90%が閉館したと報告し、ICOMの調査でも回答者の94.7%が所属する美術館が閉まっていると答えました。国際移動を前提としてきた展覧会とアート市場も停止し、2020年に分析された世界のアートフェアの61%が中止されました。

一方、美術そのものが消えたわけではありません。Metropolitan Museum of Artは#MetAnywhereを通して既存の360度映像、収蔵品画像、教育資源を前面に出し、MoMAは《Virtual Views》で閉館中の展覧会や映像作品をオンライン向けに再構成しました。ギャラリーとアートフェアはOnline Viewing Room(OVR)を急速に拡張し、Sotheby’sやChristie’sはオンライン・オークションとライブ配信型の販売へ移行します。2020年の世界美術市場全体は22%縮小した一方、オンライン販売は前年の倍となる124億ドルへ増加し、市場の25%を占めました。

しかし、この時期を「美術界のデジタル化が一気に進んだ成功物語」として描くことはできません。UNESCOによれば、AfricaとSmall Island Developing Statesでオンライン・コンテンツを提供できた美術館は約5%にすぎませんでした。ICOMはフリーランスの契約中止や給与停止の深刻さを記録し、ギャラリー調査では2020年前半に約3分の1が人員を削減しています。オンラインへの転換を可能にしたデジタル基盤、資金、人材そのものに大きな格差がありました。

2021年以後、物理空間は徐々に戻ります。しかし制度は2019年へそのまま戻りませんでした。Art Basel Hong Kongは現地ブース、海外ギャラリーのsatellite booth、ライブ配信、OVRを組み合わせ、同年9月のBasel展でもオンライン・プログラムを並行しました。2022年には物理フェアと市場が本格的に回復する一方、2023年のオンライン美術販売は市場の18%を占め、2019年の約2倍の比率を維持します。

本記事では、COVID-19を主題にした作品ではなく、作品を支える美術制度の変化を追います。閉館、保存、職員とフリーランス、オンライン展示、デジタル格差、OVR、価格公開、オークション、作家支援、再開、ハイブリッド化までを通して、2020–2023年が美術館や市場にとって単なる一時的な中断ではなく、物理空間とネットワークの役割を再編した期間だったことを整理します。

CONTENTS

  1. パンデミックを「オンライン化」だけで説明しない
  2. 2020年3月11日 — WHOがパンデミックと表現
  3. デジタル化は2020年に始まったわけではない
  4. 世界規模の閉館
  5. 閉館の影響は均等ではなかった
  6. 建物が閉まっても美術館の仕事は止まらない
  7. 学芸・事務部門のリモートワーク
  8. 最も不安定だったフリーランス
  9. 2020年秋にも危機は終わっていなかった
  10. 閉館と同時にデジタル活動が増える
  11. The Metの#MetAnywhere
  12. デジタル・アーカイブが非常時の資産になる
  13. MoMA《Virtual Views》
  14. オンライン展示は物理展示のコピーではない
  15. 展示空間からスクリーンへ
  16. パフォーマンスも配信へ移る
  17. 教育プログラムの遠隔化
  18. デジタル格差
  19. ウェブ利用の急増
  20. アクセス拡大と収益喪失が同時に起きる
  21. オンラインは中立的な代替空間ではない
  22. ギャラリーの物理空間も閉じる
  23. ギャラリーのデジタル販売が加速する
  24. OVRはパンデミック以前からあった
  25. オンライン・ビューイング・ルームとは何か
  26. 2020年Art BaselのOVR
  27. 価格が見えるようになる
  28. OVRはフェアの完全な代替ではなかった
  29. アートフェアの大量中止
  30. Art Basel Basel/Miami Beachも中止
  31. 2020年6月の第2回Art Basel OVR
  32. Frieze Viewing Room
  33. フェアを見ることが検索することへ変わる
  34. オンライン販売は既存顧客に支えられた
  35. InstagramとSNS
  36. オークションもオンラインへ
  37. Sotheby’sのオンラインDay Sale
  38. Christie’sのデジタル転換
  39. ライブ・オークション自体も変わる
  40. 2020年の世界美術市場は22%縮小
  41. オンライン販売は市場の25%へ
  42. オンラインの成長を「デジタルの勝利」としない
  43. 小規模ギャラリーへの圧力
  44. 作家の収入源も消える
  45. Artist Relief
  46. 支援制度は国によって大きく異なる
  47. Arts Council Englandの緊急支援
  48. 文化制度の「平常時」が脆弱だったこと
  49. 再開は以前への復帰ではなかった
  50. 時間指定入場が標準化する
  51. 再開しても活動は限定された
  52. 2021年 — ハイブリッド形式へ
  53. ギャラリー本人が渡航しなくてもブースを出す
  54. 2021年9月Art BaselがBaselへ戻る
  55. 2021年もオンライン市場は縮まなかった
  56. 2021年の美術市場回復
  57. オンライン疲れ
  58. 2021年ICOM第3回調査
  59. オンライン・コンテンツにも労働が必要
  60. オンライン公開と著作権
  61. 期間限定配信
  62. 「オンライン展示」には複数の形式がある
  63. 3D館内ツアーの長所と限界
  64. 実物を見ることの再評価
  65. 一方で地理的距離は大きく縮まった
  66. アクセシビリティの再検討
  67. 国際移動停止とローカルな観客
  68. アートワールドと航空移動
  69. ハイブリッドは万能解ではない
  70. 2022年 — 物理市場が本格的に戻る
  71. オンライン比率は下がったが消えなかった
  72. フェア復活とデジタル併用
  73. 2023年 — オンラインは新しい平常へ
  74. 高額市場では物理的経験が残る
  75. デジタルは特別企画から基盤へ
  76. 2023年5月5日 — 国際的緊急事態の終了
  77. 2019年へは戻らなかった
  78. 一方、すべてのデジタル施策が残ったわけでもない
  79. 美術館は建物だけなのか
  80. ギャラリーも「場所」からネットワークへ
  81. アートフェアは作品を並べる会場だけではない
  82. 市場情報の透明性
  83. 観客もデータになる
  84. 数字が増えても鑑賞の質は自動的に測れない
  85. デジタル活動そのものの保存
  86. 消えるオンライン展
  87. COVID-19を題材にした作品とは別の歴史
  88. 危機を「イノベーションの機会」とだけ語らない
  89. 「レジリエンス」の意味
  90. 2020–2023年に何が変わったのか
  91. パンデミック後に残った制度
  92. 次の時代へ — 2020年以後の美術館と制度的再検討
  93. 参考資料・出典

パンデミックを「オンライン化」だけで説明しない

2020年からのCOVID-19は、美術館やギャラリーがウェブサイトを充実させた出来事として記憶されがちです。しかし制度史として重要なのは、展示、教育、保存、雇用、販売、国際移動、作家支援といった、美術を支えていた複数の仕組みが同時に停止・再編されたことです。

本記事ではCOVID-19を一つの新しい美術運動として扱いません。作品の様式ではなく、美術館、ギャラリー、アートフェア、オークション、作家、観客の関係を変えた外部条件として捉えます。

2020年3月11日 — WHOがパンデミックと表現

WHOは2020年1月30日にCOVID-19を国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態と宣言し、3月11日に世界的な感染拡大をパンデミックと位置づけました。

各国・地域で移動制限、集会制限、施設閉鎖などが異なる時期と規模で実施され、美術制度も一様ではない対応を迫られました。したがって「世界の美術館が同じ日に閉まった」という出来事ではなく、短期間のうちに国際的な展示・移動の仕組みが連鎖的に止まったと考える方が正確です。

デジタル化は2020年に始まったわけではない

美術館のオンライン・コレクション、360度映像、デジタル教育、ギャラリーのオンライン販売は、パンデミック以前から存在していました。Metropolitan Museumの《The Met 360° Project》やOpen Access、Gagosianの2018年Online Viewing Roomなどはその例です。

2020年の転換は、新しい技術が突然発明されたことではありません。すでに存在したデジタル基盤が、物理空間へ入れない状況で「補助的なサービス」から「活動を継続する主要経路」へ急速に移ったことにあります。

世界規模の閉館

UNESCOは2020年5月、世界の美術館の約90%がCOVID-19危機によって閉館したと報告しました。当時、世界には約95,000の美術館があると推計されており、文化施設の閉鎖は特定都市の出来事ではなく世界規模でした。

ICOMの2020年4–5月調査でも、回答者の94.7%が所属する美術館が閉館していると答えています。約1,600件、107か国からの回答にもとづく調査で、施設閉鎖が美術館労働、保存、財政、教育へ同時に影響したことが明らかになりました。

閉館の影響は均等ではなかった

同じ閉館でも、入館料収入への依存度、公的助成、寄付、観光客比率、雇用構造によって影響は大きく異なりました。大型国立館と小規模な私立館、観光都市の美術館と地域館では財政構造が同じではありません。

ICOMは将来的な活動縮小や人員削減を懸念する回答を多数記録し、地域別にも閉館リスクの認識に大きな差があったことを報告しました。パンデミックは既存の制度格差を均一化するのではなく、むしろ可視化しました。

建物が閉まっても美術館の仕事は止まらない

展示室を閉鎖しても、収蔵品の温湿度管理、防犯、設備保守、データ管理、将来展覧会の準備まで停止できるわけではありません。

ICOMの最初の調査では、回答館の約80%が閉館中も収蔵品の安全・保存措置を維持または強化したと回答しています。観客がいない美術館でも、作品を次の開館日まで安全に維持する「見えない業務」は続きました。

学芸・事務部門のリモートワーク

ICOM調査では、回答した美術館の84%で少なくとも一部の職員がリモート勤務を行っていました。

調査、執筆、広報、教育企画、オンライン会議などは自宅へ移せても、作品取扱、設備管理、保存修復など現場を必要とする仕事は完全には移行できません。パンデミックは、美術館内でもどの職務がデジタル化可能かという差を明確にしました。

最も不安定だったフリーランス

ICOMの2020年春の調査では、フリーランスの美術館専門職の16.1%が一時的に仕事を失い、22.6%が契約を更新されなかったと回答しました。また56.4%が自らの給与支払いを停止せざるを得なくなると見込んでいました。

展覧会設営、教育、翻訳、撮影、技術、執筆など、美術制度は多数の外部専門職に支えられています。閉館は施設の収入だけでなく、その周辺でプロジェクト単位に働く人々へ直接波及しました。

2020年秋にも危機は終わっていなかった

ICOMの第2回調査は2020年9–10月に実施されました。その時点ではEuropeやAsiaの多くの美術館が再開する一方、Latin America and the Caribbeanでは閉館が多く残るなど、地域差が大きくなっていました。

回答者の14%は一部職員が休職または解雇されたとし、再開がそのままパンデミック以前の運営回復を意味しないことが示されました。

閉館と同時にデジタル活動が増える

ICOMは、パンデミック中に美術館のデジタル活動が明確に増加したことを記録しています。2020年春にはソーシャルメディア活動が回答館の半数以上で増加し、秋の追跡調査でもライブ配信やオンライン教育など複数分野で増加が続きました。

重要なのは、単にウェブサイトへのアクセスが増えたことではありません。展覧会解説、講演、教育、作品鑑賞、パフォーマンスまで、これまで館内で行っていた活動を何がオンラインへ移せるのかが短期間で試されました。

The Metの#MetAnywhere

Metropolitan Museum of Artは2020年3月19日、閉館期間中のデジタル活動をまとめる#MetAnywhereを発表しました。ホームページの重点を来館案内からオンライン資源へ切り替え、360度館内映像、展覧会資料、動画、教育コンテンツなどを前面に出しました。

ただし、それらの多くは閉館後に一から制作されたものではありません。Open Access、映像アーカイブ、The Met 360° Projectなど、以前から蓄積していたデジタル資産を再編集して提示した点が重要です。

デジタル・アーカイブが非常時の資産になる

パンデミック以前には、収蔵品データベースや過去動画は物理展示を補足する資料と考えられがちでした。閉館すると、その蓄積が観客と美術館をつなぐ主要な接点になります。

長年かけた作品撮影、権利処理、データ入力、映像制作が、緊急時の文化アクセスを支えるインフラになりました。デジタル化の価値が、広報だけでなく制度の継続性という観点から見直されます。

MoMA《Virtual Views》

MoMAは2020年4月から《Virtual Views》を展開し、閉館中の展覧会やコレクションをオンラインで再構成しました。《Private Lives Public Spaces》に関連する《Home Movies》では、館内で102面のスクリーンによって構成されていた展覧会から9本の映像を選び、オンライン解説とともに公開しました。

その後も彫刻庭園、映像作品、建築、デザインなどを対象に、オンライン公開とライブQ&Aを組み合わせました。

オンライン展示は物理展示のコピーではない

《Home Movies》の例が示すように、102面の映像インスタレーションを家庭の一枚の画面へそのまま移すことはできません。MoMAは一部作品を選び直し、別の構成として見せました。

オンライン展示は「展示室をデジタル撮影すれば完成」ではありません。スケール、複数スクリーン、音響、鑑賞者の移動を失う一方、テキスト、動画、拡大画像、リンクなど別の方法を加える必要があります。

展示空間からスクリーンへ

物理展では作品同士の距離、壁面、照明、観客の移動が意味を作ります。オンラインでは、作品はブラウザやスマートフォンの画面サイズへ変換されます。

巨大な絵画と小さな素描が同じ幅の画像として並ぶこともあり、物質的な差が弱くなります。一方、細部を高解像度で拡大したり、関連資料へ即座に移動できる利点も生まれました。

パフォーマンスも配信へ移る

閉館はパフォーマンスやライブ・プログラムにも影響しました。Metropolitan Museumは再開後の2020年秋、Lee MingweiとBill T. Jonesによる《Our Labyrinth》を、閉館日の展示室からオンライン観客へライブ配信しました。

観客が同じ空間にいないことを前提に、パフォーマンスはカメラ位置、配信時間、画面構成を含む別の作品経験へ変わります。

教育プログラムの遠隔化

美術館教育もZoom、配信動画、デジタル教材へ急速に移りました。Guggenheimは2020年4月、子ども、家族、学校向けの遠隔学習プログラムを拡張し、教育部門が閉館中にも活動を継続しました。

しかし学校や家庭の端末、通信環境、デジタル技能には差があります。オンライン教育は地理的距離を縮める一方、すべての利用者へ同じ条件を提供したわけではありません。

デジタル格差

UNESCOは2020年、パンデミックに対応して多くの美術館がオンライン活動を増やした一方、デジタル格差がより明確になったと報告しました。特にAfricaとSmall Island Developing Statesでは、オンライン・コンテンツを提供できた美術館は約5%にとどまったとしています。

「閉館したから世界中の美術館がオンライン化した」という説明では、機材、人材、通信環境、デジタル化済み収蔵品の有無という格差を見落とします。

ウェブ利用の急増

UNESCOは、通常は世界有数の来館者数を持つLouvreのウェブサイトへのアクセスがパンデミック初期に約10倍へ増加した例を報告しています。

物理来館者が消えた一方で、オンライン上の文化需要は消えませんでした。ただしウェブ訪問者数の増加と、入館料・物販・イベント収入を失った美術館の財政を直接置き換えることはできません。

アクセス拡大と収益喪失が同時に起きる

オンライン・コンテンツは世界のどこからでもアクセスできる可能性を広げます。一方、多くの美術館はウェブ閲覧を無料で提供しており、増えたアクセスが閉館による収入減を直接補うとは限りません。

パンデミックは「公共的アクセスを広げるデジタル化」と「施設を維持する収益モデル」を同じ問題として考える必要を浮かび上がらせました。

オンラインは中立的な代替空間ではない

オンライン鑑賞には、端末、ブラウザ、通信回線、プラットフォーム企業が介在します。

美術館へ無料で入れる地域であっても高速通信や大型画面を持たない人はいます。逆に地理的には遠い利用者が初めてコレクションへアクセスできる場合もあります。「オンライン化=民主化」と単純に結論づけず、誰のアクセスが増え、誰が取り残されるかを見る必要があります。

ギャラリーの物理空間も閉じる

美術館だけでなく、商業ギャラリーも展示空間を閉じ、アートフェアと国際移動が停止しました。Art BaselとUBSによる2020年半ばの調査では、回答したModern/Contemporary系ギャラリーの93%が1月から7月1日までの間に物理スペースを閉鎖したと回答しました。

同調査では、2020年前半の売上は平均36%減少し、約3分の1のギャラリーが人員を縮小しました。作品販売だけでなく、雇用、アーティストへの支払い、展覧会制作まで連鎖的に影響します。

同じ調査では、ギャラリー売上に占めるオンラインの比率が2019年の10%から2020年前半には37%へ上昇しました。72%のギャラリーがウェブサイトなどのオンライン・コンテンツを増やし、69%がソーシャルメディア活動を増やしています。

オンライン販売はゼロから始まったわけではありませんが、展示室とフェアを失ったことで、作品画像、PDF、動画、メール、オンライン・ビューイング・ルームが営業の中心へ押し出されました。

OVRはパンデミック以前からあった

Online Viewing Room(OVR)はCOVID-19によって発明されたものではありません。Gagosianは2018年Art Baselの時期に初のOnline Viewing Roomを開き、作品情報と価格をオンラインで公開していました。

2019年には同ギャラリーがArt Basel Hong Kongに合わせたオンライン展示でAlbert Oehlen作品を約600万ドルで販売したことが報告されています。高額市場でもオンライン販売が可能だという実験は、すでに始まっていました。

オンライン・ビューイング・ルームとは何か

OVRは、ギャラリーやアートフェアが限られた期間に作品をオンライン展示し、価格・作品情報・問い合わせ導線などをまとめる販売プラットフォームです。

美術館のオンライン展と似た見た目になることもありますが、主目的は販売です。展覧会、商品カタログ、営業資料の性格が重なります。

2020年Art BaselのOVR

Art Baselは2020年3月20–25日、最初のOnline Viewing Roomsを公開しました。もともとは物理フェアと並行する追加プラットフォームとして計画されていましたが、香港展で予定されていた作品をオンラインで紹介する場となり、235ギャラリーが参加しました。

Art Baselの後年の資料では、この香港向けOVRで約2,000点、推定総額2億7,000万ドル相当の作品が提示されたとされています。国際アートフェアの「会場」を短期間でブラウザへ移した象徴的な出来事でした。

価格が見えるようになる

従来の高額美術市場では、作品価格が公開されず「問い合わせ」が必要な場合が多くありました。Art BaselのOVRでは作品ごとに価格帯を表示し、オンライン閲覧に適した透明性を高めました。

2020年のArt Basel/UBS調査では、高額所得コレクターの81%がオンラインで作品を見る際、価格表示を重要または不可欠だと回答しました。デジタル販売は、作品情報の提示方法にも変化を要求しました。

OVRはフェアの完全な代替ではなかった

同じ調査では、高額所得コレクターの70%が作品を直接見ることを好むと回答しています。ギャラリー側からもオンライン空間では新規顧客を獲得しにくい、競合する情報量が多すぎるといった意見がありました。

作品を見るだけならオンライン化できても、偶然の出会い、作品のスケール、素材、会話、夕食、スタジオ訪問など、アートフェアが持っていた社会的なネットワーク全体は再現できませんでした。

アートフェアの大量中止

Art Basel/UBSの《The Art Market 2021》は、2020年に分析対象となった365の国際アートフェアのうち61%が中止、37%が物理開催、2%がハイブリッドまたは代替形式だったと報告しています。

ギャラリーにとってアートフェアは作品販売だけでなく、海外コレクター、キュレーター、他ギャラリーとの接点でした。中止の影響はブース売上だけに限定されません。

Art Basel Basel/Miami Beachも中止

Art BaselのBasel展は当初2020年6月から9月へ延期されましたが、国際移動と大規模イベント開催の不確実性から最終的に中止されました。Miami Beach 2020も同様に中止となります。

世界規模の現代美術市場が、航空移動、大規模会場、国境を越える作品輸送にどれほど依存していたかが明確になりました。

2020年6月の第2回Art Basel OVR

Basel展が開催できない中、Art Baselは2020年6月に第2回OVRを実施し、35か国・地域から282ギャラリーが参加しました。

OVRは一度だけの緊急代替ではなく、複数回開催される独立した販売形式へ展開します。

Frieze Viewing Room

Friezeは2020年5月、物理開催できなかったFrieze New Yorkに合わせて初のFrieze Viewing Roomを実施しました。5月8–15日の一般公開期間に200を超えるギャラリーが参加しました。

利用者は作家、価格、媒体、ギャラリーなどから作品を検索でき、映像作品や編集コンテンツも閲覧できました。フェアの会場図を歩く代わりに、検索とフィルターによって作品へ到達します。

物理フェアでは、来場者は通路を歩き、予定外のブースや作品に出会います。OVRでは検索条件、一覧表示、お気に入り、価格帯などが鑑賞経路を作ります。

作品発見の方法が建築的な移動からデータベース操作へ変わり、アートフェアもPost-Internet的な画像・検索環境の中へ本格的に入りました。

オンライン販売は既存顧客に支えられた

2020年半ばのArt Basel/UBS調査では、オンライン売上の74%がギャラリーの既存顧客によるもので、新規購入者は26%でした。

デジタル化は地理的な市場拡大の可能性を持ちながら、危機の初期には長年築いてきた信頼関係が販売を支えたことが分かります。オンライン化だけで人間関係が不要になったわけではありません。

InstagramとSNS

OVRと同時に、Instagramなどのソーシャルメディアも作品紹介と顧客関係の維持に使われました。《The Art Market 2021》では、高額所得コレクターの約3分の1が2020年にInstagramを通して作品を購入したと報告されています。

作品の発見、作家情報、ギャラリー営業、販売が同じプラットフォーム上で近づき、美術市場の「入口」はフェアや展覧会だけではなくなりました。

オークションもオンラインへ

国際オークション会社は、ライブ会場へ客を集められない状況で、オンライン限定販売とライブ配信を急速に拡大しました。

Sotheby’sは2020年最初の7か月だけで180回以上のオンライン・オークションを実施し、オンライン販売額は2億8,500万ドルを超え、前年同期比で540%増加したと発表しました。

Sotheby’sのオンラインDay Sale

2020年5月、Sotheby’sは初のContemporary Art Day Auction Onlineを開催し、1,370万ドルを売り上げました。当時の同社オンライン・オークション最高額でした。

従来オンライン販売は比較的低価格帯に向くと考えられがちでしたが、パンデミックはより高価格な作品までオンラインへ移す実験を加速させました。

Christie’sのデジタル転換

Christie’sは2020年のオンライン限定販売が3億1,100万ドルとなり、前年から262%増加したと発表しました。年間に200回を超えるオンライン販売を実施し、オンライン限定販売は同社オークション売上の10%超を占めました。

同社全体の2020年売上は前年から25%減少しており、オンライン販売の急増は市場全体の縮小を完全に補ったわけではありません。

ライブ・オークション自体も変わる

大手オークション会社は、競売人が一会場の客席へ向き合う形式だけでなく、複数地域の電話・オンライン入札を大画面で接続するライブ配信型の販売を発展させました。

オンライン限定販売とライブ販売の境界も曖昧になります。2021年以後、この配信技術は物理会場が戻っても継続されました。

2020年の世界美術市場は22%縮小

Art BaselとUBSの《The Art Market 2021》によれば、2020年の世界の美術品・骨董品売上は推計501億ドルで、2019年から22%減少しました。

パンデミック中にオンライン取引が伸びたことは事実ですが、市場全体が好調だったわけではありません。物理イベント停止、供給減少、経済的不確実性が大きく影響しました。

オンライン販売は市場の25%へ

同報告では、2020年のオンライン美術品・骨董品販売は124億ドルに達し、前年から倍増しました。市場全体に占める割合は2019年の9%から2020年には25%へ上昇しました。

これはパンデミックの制度変化を最も端的に示す数字の一つです。物理市場が縮む中、オンラインは補助経路から主要販売経路へ移りました。

オンラインの成長を「デジタルの勝利」としない

オンライン比率が上昇した理由の一部は、物理販売が急減したことです。また高額作品については、依然として実物確認や対面関係が重視されました。

デジタル化の成功を測るには、売上額だけでなく、新規顧客獲得、作家への収益還元、情報アクセス、長期的な利用継続まで見る必要があります。

小規模ギャラリーへの圧力

小規模ギャラリーは大型フェアのブース代、家賃、人員、作品輸送など固定費に対して余力が小さく、閉館の影響を受けやすい構造を持っていました。

一方、オンライン展示では大型ブースや一等地の立地差が薄まり、デジタル空間が中小ギャラリーに相対的に公平な場を与えると感じた回答者もArt Basel/UBS調査にはありました。デジタル化は格差を拡大する面と縮小する面を同時に持ちます。

作家の収入源も消える

展覧会延期、コミッション中止、講演・教育活動の停止、作品販売減少によって、作家も直接的な収入減に直面しました。

特にギャラリー所属や安定した教育職を持たない作家にとって、制作と生活費を支える小規模な複数収入が同時に失われる危険がありました。制度側の危機は、そのまま作家個人の生活危機につながります。

Artist Relief

米国では2020年4月、Academy of American Poets、Artadia、Creative Capital、Foundation for Contemporary Arts、MAP Fund、YoungArts、United States Artistsの連合によってArtist Reliefが始まりました。

2021年6月までの15か月に4,682人のアーティストへ各5,000ドルの緊急助成を行い、総額約2,340万ドルを配布しました。公的制度だけでなく、財団や芸術支援組織が横断的に緊急支援を作った例です。

支援制度は国によって大きく異なる

パンデミック時の文化支援は世界共通ではありません。失業制度、公的助成、民間財団、税制、文化政策によって、作家・美術館・ギャラリーが利用できる支援は大きく異なりました。

そのため一国の支援策を「美術界の対応」として一般化することはできません。危機はグローバルでしたが、安全網は国家・地域ごとに異なっていました。

Arts Council Englandの緊急支援

Arts Council Englandは2020年3月、総額1億6,000万ポンドのEmergency Response Packageを発表し、個人、National Portfolio外の組織、既存の主要助成組織に資金を振り分けました。

個人向け支援は、失った収入や在宅で活動を継続するための機材費などを対象にし、危機の最中に新しい作品成果を必須としませんでした。支援を「新作を作る報酬」だけでなく、作家が活動を継続するための生活・基盤維持として設計した点が重要です。

文化制度の「平常時」が脆弱だったこと

パンデミックは新しい問題を作っただけでなく、それ以前から存在した短期契約、フリーランス依存、高い都市家賃、イベント依存、観光依存を露出させました。

危機後に議論された「resilience」は、単にオンライン化を進めることではありません。次の危機でも職員、作家、収蔵品、観客との関係を維持できる制度構造をどう作るかという問題です。

再開は以前への復帰ではなかった

2020年夏以降、地域によって美術館が再開し始めます。しかし入場人数制限、予約制、マスク、距離確保、営業時間短縮など、新しい運用が導入されました。

Metropolitan Museumは約6か月の閉館後、2020年8月29日に再開し、当初は通常最大収容人数の25%に制限し、時間指定入場を導入しました。

時間指定入場が標準化する

予約時間を指定する仕組みはパンデミック以前にも特別展などで使われていましたが、2020年以降、多くの美術館で来場者数を管理する基本手段になりました。

来場者にとっては混雑を避けやすくなる一方、思い立ったとき自由に入る美術館体験から、事前にデジタル予約する体験へ変わる面もあります。

再開しても活動は限定された

展示室を再開できても、講演、ワークショップ、パフォーマンス、飲食、教育ツアーなど人が密集する活動は同時には戻りませんでした。

そのため2020–21年には、展示は現地、トークはオンラインという分業が多く生まれます。ハイブリッド化は高度な技術理念から始まったというより、感染対策上の必要から定着した側面があります。

2021年 — ハイブリッド形式へ

ワクチン接種が進み、各地域で制限が変化すると、2021年には物理開催とオンラインを併用する形式が増えました。

Art Basel Hong Kong 2021は104ギャラリーを集めて現地開催しながら、渡航できない56ギャラリーのためのsatellite boothと、OVR、ライブ配信、バーチャル・ウォークスルーを組み合わせた《Art Basel Live: Hong Kong》を導入しました。

ギャラリー本人が渡航しなくてもブースを出す

香港展のsatellite boothでは、参加ギャラリーが現地へ渡航できない場合、Art Baselが手配した現地スタッフが小規模ブースを運営しました。

国際フェアへの参加が「ギャラリスト自身と作品が同時に国境を越える」ことを必須としない実験でした。これは単なるオンライン化とは異なる、物流・人的移動の分離です。

2021年9月Art BaselがBaselへ戻る

Art Baselは2021年9月24–26日、2019年以来初となる本格的なBasel展を開催しました。272ギャラリー、33か国・地域が参加し、主催者発表では6万人が来場しました。

同時にArt Basel LiveとOVRを継続し、現地のUnlimitedやParcoursまでオンラインで紹介しました。物理フェアが戻るとデジタルが消えたのではなく、現地体験を拡張する補助層へ位置を変えました。

2021年もオンライン市場は縮まなかった

《The Art Market 2022》によれば、2021年のオンライン販売は133億ドルで、2020年からさらに7%増加しました。

市場全体の回復によってオンライン比率は2020年の25%から20%へ低下しましたが、2019年の9%を大きく上回っています。物理市場の復活とオンライン市場の定着が同時に起きました。

2021年の美術市場回復

2021年の世界美術市場は推計651億ドルとなり、2020年から29%増加し、2019年のパンデミック前水準も上回りました。

この回復は「オンラインだけで市場が成立した」ことを意味しません。物理フェア、ギャラリー、ライブ・オークションが戻る一方、オンラインの販売インフラも残る混合型市場が形成されました。

オンライン疲れ

2020年春にはオンライン展、Zoomトーク、ライブ配信が大量に登場しましたが、画面上のコンテンツが増えすぎると、観客の注意を獲得すること自体が難しくなります。

デジタル化によって配信枠が無限に増える一方、観客が使える時間は増えません。「公開すれば見られる」という前提は早くから崩れました。

2021年ICOM第3回調査

ICOMは2021年の第3回調査で、パンデミック初期から続いたデジタル活動の急増が、将来どの程度持続可能なのかを重要な論点として挙げました。

緊急対応として無償で大量制作したオンライン企画を、職員数や予算が元に戻らない状態で続けることは難しい。デジタルは無料で作れるという誤解も制度内部で問題になります。

オンライン・コンテンツにも労働が必要

配信、撮影、字幕、ウェブ編集、権利処理、アクセス対応、サーバー管理には専門的な労働が必要です。

閉館中に急速に作られたデジタル企画は、美術館の業務を消したのではなく、新しい作業を追加しました。物理展示とオンライン活動を同時に続ける「ハイブリッド」は、むしろ人的負担を増やす場合があります。

展示室では合法的に展示できる作品でも、インターネット上で高解像度画像や映像を配信するには別の著作権許諾が必要になる場合があります。

特に映像作品や現代美術では、閉館したからといって全作品をオンライン公開できるわけではありません。パンデミックは、美術館のデジタル権利処理が文化アクセスの速度を左右することを明確にしました。

期間限定配信

MoMAの《Virtual Views: Video Lives》では、2020年7月の一定期間だけ7本の映像作品をオンライン公開し、その後ストリーミングを終了しました。

作品を永久無料公開するのではなく、展覧会のように公開期間を設定する方法です。デジタル作品も権利、作家意向、展示契約によって時間的な境界を持ちます。

「オンライン展示」には複数の形式がある

2020年にオンライン展示と呼ばれたものには、展示室の360度撮影、作品画像と文章のウェブページ、動画配信、ライブ・トーク、ブラウザ専用作品、VR空間、販売用OVRなど異なる形式がありました。

これらをすべて一つの「virtual exhibition」と呼ぶと、鑑賞方法と目的の違いが見えにくくなります。美術館教育とギャラリー販売では、同じブラウザを使っていても制度的な役割が異なります。

3D館内ツアーの長所と限界

3Dや360度の館内ツアーは、展示の空間関係をある程度残せます。遠隔地の観客が展示室の配置を確認できる利点があります。

一方、マウスで視点を移動することと、自分の身体で作品へ近づき、他者と同じ空間を共有することは同じではありません。パンデミックは、物理鑑賞で何が失われるのかを逆に意識させました。

実物を見ることの再評価

デジタル化が急速に進んだ2020年には、オンラインで代替できる活動とできない活動が同時に明確になりました。

絵具の表面、彫刻の重量感、映像インスタレーションの音響、巨大作品のスケールなどは、画面画像だけでは完全に伝わりません。オンライン化は実物鑑賞を不要にしたのではなく、その固有性を再認識させる面もありました。

一方で地理的距離は大きく縮まった

現地へ渡航できない観客にとって、オンライン・トークや配信はそれまで参加できなかった美術館活動への入口になりました。

国際的な講演者も移動せず参加でき、地域の小規模な企画が国外から視聴されることも可能になります。パンデミック後にオンライン・トークが完全に消えなかった理由の一つです。

アクセシビリティの再検討

身体的理由、介護、仕事、距離などによって美術館へ行きにくい人にとって、オンライン参加は新しいアクセス手段になりました。

一方、字幕、音声解説、スクリーンリーダー対応がなければデジタルだから自動的にアクセシブルになるわけではありません。オンライン化はアクセシビリティを「来館できるか」だけでなく、情報設計の問題として考える機会にもなりました。

国際移動停止とローカルな観客

国際観光客が消えた美術館やフェアは、地元の観客やコレクターとの関係を改めて重視しました。

Art Basel Hong Kong 2021では海外渡航が大きく制限される中、現地観客とデジタル参加を組み合わせました。グローバルな美術制度が、必ずしも大量の航空移動だけで成立する必要はないのかという問いも生まれます。

アートワールドと航空移動

国際フェア、ビエンナーレ、ギャラリー展、スタジオ訪問は、作品と人間が頻繁に航空移動する仕組みに支えられていました。

パンデミックによってその移動が停止し、輸送費、スケジュール、環境負荷、地域スタッフ活用など、従来は当然とされていた国際展の運営条件が再検討されました。

ハイブリッドは万能解ではない

物理とオンラインを同時に提供することはアクセスを増やせますが、二つのプログラムを並行運営する費用と労働も必要です。

「今後はすべてハイブリッドにすればよい」という結論では、予算の小さい組織ほど負担が増える可能性を見落とします。2021年以後、各組織は何をオンラインで残し、何を現地だけへ戻すかを選別するようになります。

2022年 — 物理市場が本格的に戻る

2022年には国際フェアやオークションの物理開催が大幅に回復しました。Art Basel/UBSの2023年報告によれば、世界美術市場は678億ドルに達し、2019年のパンデミック前水準を上回りました。

ギャラリー売上に占める物理アートフェアの割合も2021年の27%から2022年には35%へ上昇しました。ただし2019年の42%には戻っておらず、市場構造は完全な復元ではありません。

オンライン比率は下がったが消えなかった

2022年のオンライン限定売上は110億ドルで、2021年の133億ドルから17%減少しました。市場全体に占める比率も16%へ低下しました。

それでも金額は2019年より85%高く、オンライン市場はパンデミック前の水準へ戻りませんでした。緊急時の一時的な代替が、恒常的な販売経路として定着したことが分かります。

フェア復活とデジタル併用

Art Baselは2022年にもOVR、ライブ配信、ソーシャルメディアを物理フェアと並行させました。

フェアの価値が対面交流にあることを再確認しながら、現地に来られない観客のためのデジタル層も残す。2020年の「代替」から、2022年には「補完」へ役割が変わりました。

2023年 — オンラインは新しい平常へ

Art Basel/UBSの2024年報告によれば、2023年のオンライン美術販売は118億ドルで、前年から7%増加し、市場全体の18%を占めました。

2020年の25%というピークより低いものの、2019年の約2倍の比率です。パンデミック終了後にオンライン販売が消えるという予想は実現せず、美術市場の常設インフラになりました。

高額市場では物理的経験が残る

同じ2023年の市場データでは、最も高額な作品は依然としてオフライン取引へ偏る傾向がありました。

オンラインはすべての価格帯を均等に置き換えたのではありません。高額作品では実物確認、専門家との会話、競売会場の演出などが依然として重要です。

デジタルは特別企画から基盤へ

2020年には「オンライン展を始めました」という事実自体がニュースになりました。2023年にはウェブ上の作品情報、ライブ配信、オンライン販売、予約システムが特別な革新ではなく、多くの組織の通常業務になります。

パンデミックが残した最大の変化の一つは、デジタル活動を物理活動と別の部署・別の観客だけのものとして扱いにくくしたことです。

2023年5月5日 — 国際的緊急事態の終了

WHOは2023年5月5日、COVID-19が国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態にはもはや該当しないと判断しました。

ただしWHOは同時に、COVID-19そのものが世界的な健康上の脅威として終わったわけではないと明確に述べています。本記事も2023年を感染症の「消滅」ではなく、美術制度が緊急対応から長期的な運営へ移った一つの区切りとして扱います。

2019年へは戻らなかった

2023年までに美術館、フェア、ギャラリー、オークションは物理活動を大きく回復しました。しかし、2019年と完全に同じ制度へ戻ったわけではありません。

時間指定予約、オンライン・コレクション、配信トーク、デジタル販売、遠隔入札、OVR、SNS営業など、危機の中で急拡大した仕組みの多くが通常業務へ組み込まれました。

一方、すべてのデジタル施策が残ったわけでもない

2020年に急増した360度展示、毎週のライブ配信、無料動画公開のすべてが同じ規模で継続したわけではありません。

物理空間が戻ると、予算、人員、需要を考えながらデジタル企画は整理されました。パンデミックは不可逆的な全面オンライン化ではなく、デジタルの用途を選別する過程を生みました。

美術館は建物だけなのか

長期間扉を閉じても、収蔵品管理、研究、教育、出版、オンライン活動を続けた美術館は、「美術館とは展示室の建物だけではない」という事実を強く示しました。

一方、作品と観客が同じ場所に集まることの価値も再認識されます。パンデミックは物理とデジタルのどちらが優れているかを決めたのではなく、美術館が複数の機能の組み合わせであることを明らかにしました。

商業ギャラリーも同様です。展示室が閉まっても、作家との制作相談、コレクターとの連絡、作品撮影、配送、オンライン販売は続きました。

ギャラリーは白い展示室を持つ場所であると同時に、作家、作品、収集家、機関をつなぐ関係のネットワークであることが可視化されました。

アートフェアは作品を並べる会場だけではない

OVRは作品画像と価格をオンラインへ移せましたが、物理フェアを完全には代替できませんでした。

この失敗は、アートフェアの役割が作品陳列だけではないことを示します。対面会話、偶然の発見、都市全体のイベント、社交、関係構築が市場機能と一体化していました。

市場情報の透明性

オンライン販売の拡大によって、作品価格、寸法、媒体を事前に公開することが一般化しました。

すべてのギャラリーが完全な価格公開へ移ったわけではありませんが、「問い合わせなければ価格が分からない」という従来の慣行に対し、デジタル市場はより多くの情報を画面上へ出す圧力を強めました。

観客もデータになる

オンライン展示や予約システムはアクセスを広げる一方、閲覧数、滞在時間、クリック、メール登録など、観客行動をデータとして把握しやすくします。

物理来館者数だけで活動を評価していた施設が、ウェブ訪問、動画再生、オンライン参加者など複数の指標を持つようになりました。文化アクセスの評価方法も変化します。

数字が増えても鑑賞の質は自動的に測れない

ウェブサイトに100万人がアクセスしたことと、100万人が展覧会を深く理解したことは同じではありません。

デジタル化は大量の計測可能な数字を生みますが、鑑賞の質、学習、感情的な経験、長期的な関係を単純なクリック数で測ることはできません。

デジタル活動そのものの保存

2020年のオンライン企画の多くは、緊急対応として短期間で制作されました。配信動画、Zoomイベント、特設サイト、SNS投稿が将来も同じ状態で残るとは限りません。

パンデミック期の美術史を研究するには、物理展の作品だけでなく、ウェブページ、配信記録、スクリーンショット、メール告知なども資料になります。制度のデジタル化は、新しいアーカイブ問題も生みました。

消えるオンライン展

特設サイトはサーバー移転やリニューアルで消え、動画は権利期間終了によって非公開になります。

オンラインは「永久に残る」媒体ではありません。2020年のデジタル転換を記録するには、意識的な保存が必要です。

COVID-19を題材にした作品とは別の歴史

パンデミック中には、隔離、病気、死、労働、都市の空白、家族、通信などを題材にした作品も多数制作されました。

しかし本記事の中心は、それらの作品様式ではありません。作品が制作・展示・販売・保存される制度条件がどのように変化したかを扱っています。COVID-19を主題にした美術と、美術制度へのCOVID-19の影響は分けて考える必要があります。

危機を「イノベーションの機会」とだけ語らない

パンデミック期には「危機がデジタル革新を加速した」という説明が多く使われました。それは事実の一部ですが、同じ期間に失業、契約中止、収入減、閉館リスクが存在しました。

制度の技術的進歩を語るとき、その変化を可能にした職員の追加労働や、危機によって仕事を失った人々を同時に見る必要があります。

「レジリエンス」の意味

美術制度で頻繁に使われたresilienceは、危機から元通りになる能力という意味だけではありません。

物理閉館時にも観客へ到達する複数経路、収入源の分散、フリーランスを含む労働者への支援、デジタル・アーカイブ、保存体制など、次の中断に耐えられる制度を作れるかという問いへ広がりました。

2020–2023年に何が変わったのか

2020年春、UNESCOが世界の美術館の約90%が閉館したと報告し、ICOM調査では回答館の94.7%が閉館していました。美術館は既存のデジタル・コレクション、360度映像、動画、教育資料を急速に前面化し、Metropolitan Museumの#MetAnywhereやMoMA《Virtual Views》のようなオンライン・プログラムを展開します。しかしAfricaやSmall Island Developing Statesではオンライン・コンテンツを提供できた美術館が約5%にとどまり、デジタル化の地域格差も露出しました。

商業市場では物理ギャラリーの93%が一時閉鎖し、2020年前半のギャラリー売上は平均36%減少しました。Art BaselはOVRを開始し、FriezeもViewing Roomを導入します。2020年に世界のアートフェアの61%が中止される一方、オンライン美術販売は124億ドルへ倍増し、市場全体の25%を占めました。Sotheby’sとChristie’sもオンライン・オークションを急拡大し、対面中心だった高額美術市場が短期間にデジタル取引へ適応しました。

同時に、フリーランス、契約職、小規模組織、作家の脆弱性が明確になります。Artist ReliefやArts Council Englandなど複数の支援策が生まれましたが、利用できる安全網は国や雇用形態によって大きく異なりました。デジタル化の物語と労働危機は同時に存在しています。

2021年にはArt Basel Hong Kongがsatellite boothとOVRを組み合わせ、Basel展も物理開催とArt Basel Liveを併用しました。美術市場は651億ドルへ回復し、オンライン販売も133億ドルまで拡大します。2022年には物理フェアが本格的に戻りオンライン比率は16%へ低下しましたが、金額は2019年を85%上回りました。2023年のオンライン売上は118億ドル、市場の18%となり、パンデミック以前の約2倍の比率を維持しました。

2023年5月、WHOはCOVID-19について国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態を終了しましたが、感染症そのものの脅威が消えたとはしていません。同じように、美術制度も「パンデミック前へ戻った」のではありません。物理展示と対面市場の重要性を再確認しながら、オンライン・コレクション、配信、時間指定予約、遠隔入札、OVR、デジタル販売を通常業務へ組み込んだ、別の制度状態へ移りました。

パンデミック後に残った制度

COVID-19は美術館をオンライン空間へ置き換えませんでした。むしろ、物理空間が不可欠な活動と、ネットワークへ拡張できる活動を分けて考える契機になりました。

2020年の緊急対応で作られたすべての仕組みが残ったわけではありません。しかし美術を見る、学ぶ、買う、参加するために物理会場以外の入口が恒常的に存在することは、2023年までに美術制度の前提の一つになりました。

次の時代へ — 2020年以後の美術館と制度的再検討

パンデミックによって美術館の運営構造が揺らいでいた2020年、米国を中心にBlack Lives Matterの抗議が拡大し、美術館でも収蔵、展示、雇用、理事会、記念碑、表象をめぐる議論が一段と強まりました。同時期には植民地主義期に取得された文化財の返還をめぐる動きも国際的に加速します。

次の記事では、2020–2024|美術館の再検討 — Black Lives Matter、記念碑、収蔵、返還、制度として、2020年の抗議と美術館、Monument debate、Philip Guston展延期をめぐる議論、Benin Bronzesの返還、decolonizationという言葉の広がりを、異なる問題を一つの立場へ単純化せず整理します。

参考資料・出典

本ページは、国際機関、美術館、博物館専門機関、アートフェア、オークションハウス、芸術支援機関、市場調査等を参照してART LIBRARYが独自に構成・執筆しています。COVID-19の影響は国・地域・機関規模によって大きく異なるため、特定都市の事例を世界共通の状況として扱わず、UNESCO、ICOM等の国際調査と具体的な機関事例を分けて記述しています。また、オンライン販売の成長を美術市場全体の成長と混同せず、デジタル化によるアクセス拡大とデジタル格差・雇用危機を併記しています。WHOによる2023年5月の判断についても、公衆衛生上の国際的緊急事態が終了したことと、COVID-19という健康上の脅威が消滅したことを区別しています。原文の全文翻訳ではありません。

資料確認日:2026年10月1日 / ART LIBRARY